鉄と鋼
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論文
複合組織冷延鋼板におけるマルテンサイトの集合組織形成に及ぼすα+γ二相域およびγ単相域焼鈍の影響
南 秀和奥田 金晴金子 真次郎長滝 康伸
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2017 年 103 巻 1 号 p. 45-53

詳細
Synopsis:

Dual-phase (DP) steel sheets composed of soft ferrite and hard martensite phases are typical advanced high strength steel sheets applicable to a variety of automobile parts. The crystallite texture of steel sheets is an important factor which influences the press formability. However, the texture of the martensite itself in DP steel sheets has not been discussed, since the texture was generally measured by the X-ray diffraction method, which does not distinguish the texture of martensite from that of ferrite. The objective of this study is to investigate the texture evolution behavior of each compromising phase; especially the martensite phase, in DP steel sheets by a newly-developed analysis method using Electron Back-Scatter Diffraction (EBSD). The chemical composition of the steel used was 0.088%C -1.23%Si -2.29%Mn -0.093%Ti (mass%). The two sequent annealing was conducted, changing the second annealing temperature, both in the intercrtical region and in the γ single-phase region. The obtained DP microstructures were controlled to have the same volume fraction of martensite of approximately 40%. The overall texture including martensite after the intercritical annealing was similar to the texture before 2nd-annealing, while the texture after the γ single-phase annealing became weak. The new analysis technique using OIM clearly revealed that the discriminate textures from only martensite were close to, but slightly weaker than those of ferrite under the two annealing conditions.

1. 緒言

近年,車輌の軽量化によるCO2排出量削減と乗員保護の両立を目的とした自動車用薄鋼板の高強度化が進んでいる。ハイテンと呼ばれる高強度鋼の適用は,板厚減少に拠る軽量化を可能とし1),更なる燃費や安全性の規制強化を背景に,今後もハイテン適用が加速すると予想されている。軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトで構成される複合組織を有するDual Phase鋼板(以下ではDP鋼板と記す)は,高強度と良好なプレス成形性が同時に実現できる鋼板であり,車体構造用材料として広く用いられている代表的なハイテンである2,3)。ところで,薄鋼板のプレス成形性は4つの要素に分類され4),特に深絞り性には集合組織が強く影響することが知られている。DP鋼板の集合組織に関する研究としては,DP組織中のマルテンサイト体積率の増大に伴い,DP鋼板それ自体の集合組織がランダム化する,また,硬質なマルテンサイトの存在は,面内異方性に及ぼすフェライトの集合組織の影響を小さくする5,6)との報告がある。また,冷延前組織を体積分率30~54%のマルテンサイトを含有するDP組織とし,冷延および再結晶焼鈍後の集合組織の変化を調査した結果,冷延板および再結晶焼鈍後のDP鋼板の集合組織が類似する,また,DP組織中のマルテンサイト分率の増加に伴い{111}集合組織の集積度が低下する7)との報告もある。しかしながら,これらの報告では,鋼板の集合組織をX線回折法で測定しており,鋼板の平均的な集合組織の情報は得られるが,鋼板中のミクロ組織に対応した位置情報の取得は不可能であるため,マルテンサイト自体の集合組織については十分な議論がなされずにいた。

そこで,本研究では,Ti添加低炭素高強度鋼を素材として,フェライトとオーステナイトの二相域およびオーステナイト単相域の異なる焼鈍条件で,同様のマルテンサイト分率を有するDP鋼板を作製し,そのマルテンサイト自体の集合組織形成過程を新たな解析手法を用いて明らかにすることを試みた。

2. 実験方法

供試鋼の化学組成をTable 1に示す。フェライトとオーステナイトの二相域およびオーステナイト単相域での焼鈍後のマルテンサイト分率が同程度になるようにC,SiおよびMn量を調整し,また,Tiは再結晶焼鈍後のフェライトの集合組織を{111}方位に発達させる8)目的で添加した。

Table 1.  Chemical composition of model steel used (mass%).
C Si Mn P S Al N Ti
0.088 1.23 2.29 0.019 0.0013 0.022 0.0026 0.093

真空溶解炉を用いて溶製した鋼塊を厚さ20 mmのシートバースラブとし,1523 Kに昇温後3600秒間均熱し,4パスで仕上げ圧延温度1193 K,仕上げ厚さ約4.2 mmの熱間圧延を施した。その後,巻取処理相当温度の873 Kまで空冷し,3600秒間保持後,炉冷した。熱間圧延時の噛み込みスケール除去を目的に,表面を均等に両面研削し,厚さを3.5 mmにした後,圧延率71%(3.5 mmt→1.0 mmt)で冷間圧延を施した。続いて,Fig.1に示すアルミナ流動層炉による2段階の焼鈍を行った。まず,第1の焼鈍温度は,Ac1点(985 K)以下,かつ,フェライトの再結晶温度域の高温側である948 Kに設定した。これは第1の焼鈍で完全に再結晶させ,冷間圧延による加工歪みを除去することで,その後の第2の焼鈍時のα-γ-α変態の集合組織形成を評価するためである。次に,第2の焼鈍では,集合組織の異なるDP鋼板を得るために,フェライトとオーステナイトの二相域である1123 K,および,オーステナイト単相域である1223 Kで焼鈍を施した。これらの焼鈍温度および冷却停止温度773 Kは,約40%のマルテンサイト分率を含むDP鋼板が得られるように設定した。さらに,昇温から冷却に亘る焼鈍中の結晶方位変化を調査する目的で,昇温中およびガス冷却中の種々の温度で水冷した鋼板も併せて作製した。ここで,第2の焼鈍中の組織変化について詳細に述べる。フェライトとオーステナイトの二相域焼鈍では,室温でフェライト単相である鋼を昇温することで,Ac1点(985 K)以上で母相フェライトの粒界からオーステナイトが生成・成長し,1123 Kではフェライトとオーステナイトの二相状態となる。ガス冷却中にフェライトの分率が増大し,冷却停止温度773 Kではフェライトとオーステナイトの二相状態を維持する。その後の水焼入れでは,773 Kで存在するオーステナイトがマルテンサイト変態する。一方,オーステナイト単相域焼鈍では,室温でフェライト単相である鋼をAc3点(1149 K)以上まで昇温することで,1223 Kではオーステナイト単相状態となる。続くガス冷却中にフェライトが生成・成長することで,冷却停止温度773 Kではフェライトとオーステナイトの二相状態に変化する。その後の水焼入れでは,二相域焼鈍の場合と同様に,773 Kで存在するオーステナイトがマルテンサイト変態する。このように二相域と単相域の場合では,熱処理中に異なる相変態過程を経て,焼鈍後は約40%と同等のマルテンサイト分率を有するDP鋼板が得られる。第2の焼鈍後のサンプルは高転位密度を有するマルテンサイト自体の結晶方位情報の信頼性を向上させる目的で,測定前に熱処理(573 K×150秒)を施した。本熱処理では,BCT(Body Centered Tetragonal,体心正方晶)構造のマルテンサイトが,573 Kの焼戻し過程でBCC(Body Centered Cubic,体心立方晶)構造のフェライトと炭化物(セメンタイト)に分解する。その過程で,マルテンサイトの格子ひずみが緩和され,また,回復により転位密度が減少する。そのため,マルテンサイトの結晶方位情報の信頼性を向上し,SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction pattern)法でのパターン取得を容易にすることを可能とした。

Fig. 1.

 Schematic diagram of heat treatment.

以上の熱処理を施した鋼板のミクロ組織は,走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope,以下SEM)で観察した。ミクロ組織観察用試料は,鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として,1%ナイタールで腐食してミクロ組織を現出させた。

鋼板の機械的特性は硬度試験で評価した。硬度試験はビッカース硬度計(MVK-H3:Akashi製)で,荷重9.8 Nの条件で5点の測定を行い,その平均値を測定値とした。

鋼板の集合組織は,X線回折法とFE-SEM/EBSD法で測定した。平均的な集合組織の変化はX線回折法(Schulzの反射法9))を用い,ND面に平行に存在する{222}および{200}面のインバース強度比10)を測定することで求めた。また,Bunge表記の3次元結晶方位分布関数(Orientation Distribution Function,以下ODF)は,測定した3つの不完全極点図({110}面,{200}面,{211}面)から計算して求めた11)。X線回折測定には,板厚1/4面を化学研磨によって鏡面とした試料を用いた。DP鋼板のミクロ組織に対応した詳細な集合組織測定は,FE-SEM/EBSD(JSM7100F:日本電子製,OIM:TSL製)にて行った。試料調整は,湿式研磨およびコロイダルシリカ溶液を用いたバフ研磨で表面を平滑化した後,0.1%ナイタールで腐食することで,試料表面の凹凸を極力低減し,かつ,加工層を完全に除去した。EBSD測定は,マルテンサイトの下部組織を捉え,かつ,マルテンサイト自体の集合組織の定量評価に十分な測定条件(観察位置:板厚1/4位置,視野:50×40 μm,測定点間隔:50 nm)とした。

3. 実験結果

3・1 熱処理温度と再結晶挙動の関係

第2の焼鈍時において相変態中の集合組織形成過程のみに着目するために,第1の焼鈍では,フェライトを完全に再結晶させ,冷間圧延による加工歪みを除去する必要がある。そこで,フェライト単相かつ再結晶が最も進行した組織を得るために,ビッカース硬度と熱処理温度の関係を調査した結果をFig.2に示す。ここでの熱処理は,所定温度で3600秒間の保持を行った後,水冷処理を施す条件とした。ビッカース硬度は,熱処理温度の上昇に伴い単調に低下し,特に,898 K以上の熱処理温度で顕著に低下した。一方,948 Kにおいて増加に転じた。

Fig.2.

 Effect of 1st-annealing temperature at 823 K to 973 K for 3600 s on vickers hardness (HV).

Fig.3に熱処理板のミクロ組織のSEM像を示す。圧延方向は図の水平方向に平行である。Fig.3(a)~(c)のミクロ組織内に存在する大きさ0.5 μm以下の明るい領域は炭化物である。Fig.3(a)に示す823 K熱処理材では,圧延方向に伸長した未再結晶フェライト粒が観察された。Fig.3(b)に示す898 K熱処理材では,大きさ数μm程度の再結晶フェライト粒が,未再結晶フェライト粒界および粒内に生成しているのが観察された。Fig.3(c)に示す948 K熱処理材では,未再結晶フェライト粒は完全に消失し,再結晶フェライト粒および球状炭化物のみが観察された。一方,Fig.3(d)に示す973 K熱処理材では,大きさ0.5~2 μm程度の塊状のマルテンサイトが均一に分散していた。これらの結果より,948 K以下の熱処理温度でビッカース硬度が低下するのは,未再結晶フェライト粒が減少し再結晶フェライト粒が増加するためであり,また,973 K以上の熱処理温度で硬度が上昇するのは,マルテンサイトの生成によるものと考えられる。

Fig.3.

 SEM images of cross section microstructures annealed at (a) 823 K, (b) 898 K, (c) 948 K and (d) 973 K for 3600 s.

以上より,フェライト単相かつ再結晶が最も進行する熱処理温度として,第1の焼鈍温度を948 Kとした。

3・2 DP鋼板の集合組織に及ぼす二相域および単相域焼鈍の影響

Fig.4に,第1および第2の焼鈍後のミクロ組織のSEM写真を示す。第1の焼鈍後では,大きさ約10 μmの再結晶フェライト粒と明るいコントラストで示される大きさ1 μm以下の炭化物が観察された(Fig.4(a))。第1の焼鈍後のサンプルを二相域および単相域で第2の焼鈍を実施した後のミクロ組織をFig.4(b)および(c)に示す。二相域では,大きさ5 μm程度のフェライトと1~5 μm程度のマルテンサイトが主にフェライト粒界近傍に観察された(Fig.4(b))。一方,単相域では,大きさ5 μm程度のフェライトと1~10 μm程度のマルテンサイトが主としてフェライト粒界近傍に観察され,マルテンサイトのサイズは二相域で焼鈍した結果と比較して大きかった(Fig.4(c))。なお,Fig.4(b)および(c)に示す視野でのマルテンサイトの面積率は,それぞれ37%および35%であり,ほぼ同一であった。Fig.4に示した第1および第2の焼鈍後のサンプルについて,ビッカース硬度を測定した結果をTable 2に示す。第1の焼鈍後と比較して,第2の焼鈍後の硬度は上昇していた。これは,Fig.4に示したように,第2の焼鈍時にマルテンサイトが生成したためであると考えられる。また,二相域と単相域のビッカース硬度を比較すると,HVで280程度でありほぼ同一であった。これらの結果より,第2の焼鈍で二相域および単相域で焼鈍を施したサンプルは,マルテンサイト分率およびビッカース硬度がほぼ同等であることが確認された。

Fig. 4.

 SEM images of cross section microstructures: (a) 1st-annealing at 948 K for 3600 s, 2nd-annealing at (b) 1123 K and (c) 1223 K for 60 s.

Table 2.  Vickers hardness (HV) of steel sheets after 1st-annealing at 948 K for 3600 s, and after 2nd-annealing both in intercritical region at 1123 K for 60 s and in γ single-phase region at 1223 K for 60 s.
After 1st-annealing After 2nd-annealing
α + γ Phase γ Phase
255 274 288

*α: Ferrite, γ: Austenite

Fig.4に示した第1および第2の焼鈍を施した鋼板試料について,φ2=45°断面のODFをFig.5に示す。第1の焼鈍後の主方位は{223}〈110〉方位であり,α-fiberの低角側およびγ-fiberへの集積が高かった。また,第2の焼鈍を二相域で行った条件での主方位は,第1の焼鈍後と同じ{223}〈110〉方位であり,方位集積度も高かった。一方,第2の焼鈍を単相域条件にすると,第1の焼鈍後と類似の集合組織を示すものの,主方位の{223}〈110〉方位を含め,集合組織全体の集積は低下していた。

Fig. 5.

 ODFs in φ2=45° section calculated from X-ray pole figures for steel sheets 1st-annealed at (a) 948 K for 3600 s, and 2nd-annealed at (b) 1123 K and (c) 1223 K for 60 s.

これらの結果より,第2の焼鈍温度を二相域と単相域で行った場合を比較すると,構成相の比率は同じであるが,二相域焼鈍の場合は焼鈍後にマルテンサイトが生成するにも関わらず焼鈍前の集合組織が維持される一方,単相域焼鈍の場合は焼鈍後の集合組織がランダム化する結果となり,最終焼鈍温度である第2の焼鈍温度によってDP鋼板の集合組織が異なる傾向が認められた。

このようなDP鋼板の集合組織の違いが生じた起源を探るため,二相域および単相域焼鈍途中の集合組織の変化を追跡した。Fig.6は,焼鈍温度を二相域および単相域とした第2の焼鈍の途中過程で水冷し,凍結したミクロ組織のフェライトおよびマルテンサイトの分率を測定した結果である。Fig.6(a)に示す二相域条件の場合,昇温過程では温度の上昇に伴いフェライトの分率は53%まで減少する一方,マルテンサイトの分率は47%まで増加する。続く冷却過程では,温度の低下に伴いフェライトの分率は増加する一方,マルテンサイトの分率は減少し,冷却停止温度773 Kでのマルテンサイトの分率は37%であった。一方,Fig.6(b)に示す単相域条件の場合,昇温過程では温度の上昇に伴いフェライトの分率は減少する一方,マルテンサイトの分率は増加し,1223 Kではフェライトが消失した。続く冷却過程では,温度の低下に伴いフェライトの分率は増加する一方,マルテンサイトの分率は減少し,冷却停止温度773 Kでのマルテンサイトの分率は35%であった。次に,焼鈍温度を二相域および単相域とした第2の焼鈍の途中過程で水冷し,X線回折法で集合組織の測定を行った結果を,Fig.7に示す。Fig.7(a)に示す二相域条件の場合,昇温過程では温度の上昇に伴い{111}および{100}方位ともに減少したが,冷却過程では温度の低下に伴い特に{111}方位が増加した。一方,Fig.7(b)に示す単相域条件の場合,昇温過程では二相域と同様に温度の上昇に伴い{111}および{100}方位ともに減少し,特に{111}方位が顕著に減少した。続く冷却過程では,温度の低下に伴う{111}方位の変化は1073 K以下で増加するものの僅かであり,また{100}方位の変化は認められなかった。これらの結果より,二相域では,昇温過程で減少した方位集積が,冷却過程では焼鈍前の初期方位に向かって増加するのに対し,単相域では,昇温過程でランダム化した方位集積が初期方位に戻らないことが確認された。

Fig. 6.

 Change in the volume fraction of ferrite and martensite with temperature during 2nd-annealing in (a) intercritical region at 1123 K and (b) γ single-phase region at 1223 K.

Fig. 7.

 Change in X-ray integrated intensity of <111>//ND and <100>//ND with temperature during 2nd-annealing in (a) intercritical region at 1123 K and (b) γ single-phase region at 1223 K.

Fig.7に見られた昇温過程での{111}および{100}方位の集積度の低下は,Fig.6に示すように温度の上昇に伴いオーステナイト分率が増大,すなわち水冷時に生成するマルテンサイト分率が増大するため,フェライト分率が減少し,集合組織の先鋭度が低下した7)と考えられる。以下では,Fig.5および7に示した二相域および単相域焼鈍後における冷却過程での集合組織の変化を理解するため,SEM/EBSD解析により検討した結果を示す。

Fig.8は,二相域焼鈍後の冷却過程における973 Kで水冷した組織の方位解析結果である。Fig.8(a)に示すIQ(Image Quality)像では,明るいコントラストがフェライト,暗いコントラストがマルテンサイトである。Fig.8(b)では,(a)中の白線で囲まれた領域について,組織中央部のフェライトを青色,マルテンサイトの下部組織であるブロックをその他の色で表した。マルテンサイトブロックと隣接するフェライトとの間の方位関係を調べたところ,中央部の青色で示したフェライト粒に対して,回転軸[0.00,−0.71,−0.71],回転角10.5°あるいは11.9°の方位関係を有するマルテンサイトブロックや,回転軸[0.66,−0.66,−0.36],回転角23.2°あるいは23.8°の方位関係を有するマルテンサイトブロックが生成していた。これらは,いずれもV1/V4やV1/V16の同一Bain軸(B1)12)に属するバリアントであることが確認された。Fig.8(c)には,(b)で色付けしたフェライトおよびマルテンサイトブロックの結晶方位を{001}および{011}正極点図上に記した。マルテンサイトブロックおよび隣接するフェライトの結晶方位は{011}正極点図上に共通の極を持ち,最密面平行関係を有する13)ことが確認された。また,マルテンサイトブロックとそれに隣接するフェライトの間の共通回転軸は3°以内のずれがあった。次に,単相域焼鈍後の冷却過程における973 Kより水冷した結果をFig.9に示す。Fig.9(b)中のマルテンサイトのブロックと隣接するフェライトとの間におけるバリアント対の方位関係は,青色で示したフェライト粒に対して,回転軸[0.00,−0.71,−0.71],回転角14.2°の方位関係を有するマルテンサイトブロックや,回転軸[0.93,0.35,0.07],回転角20.6°,あるいは,回転軸[0.66,−0.66,−0.36],回転角24.7°あるいは28.7°の方位関係を有するマルテンサイトブロックが生成しており,二相域と同様に同一Bain軸(B1)12)の関係にあることが確認された。ただし,単相域の場合,マルテンサイトブロックとそれに隣接するフェライトの間の共通回転軸とのずれ角は4~8°であり,二相域焼鈍に比べて,ずれ角が増大していた。

Fig. 8.

 Crystal orientation relationship between ferrite and martensite by EBSD. (a) Image quality (IQ) map obtained from the steel annealed in intercritical region at 1123 K for 60 s and water-quenched at 700°C. (b) Magnified IQ map of the white square position in fig.(a). (c) {001} and {011} pole figures of martesitic blocks and the adjacent ferrite grains. The color corresponds to fig.(b).

Fig. 9.

 Crystal orientation relationship between ferrite and martensite by EBSD. (a) Image quality (IQ) map obtained from the steel annealed in γ single-phase region at 1223 K for 60 s and water-quenched at 700°C. (b) Magnified IQ map of the white square position in fig.(a). (c) {001} and {011} pole figures of martesitic packets/blocks and the adjacent ferrite grains. The color corresponds to fig.(b).

以上より,フェライトとオーステナイトの二相状態から,オーステナイトがマルテンサイト変態する場合,焼鈍温度に関わらず,マルテンサイトは隣接するフェライトとの間に特定の方位関係,具体的には同一Bain軸(B1)を共有しながら生成することが確認された。なお,マルテンサイトブロックとそれに隣接するフェライトの間の共通回転軸とのずれ角が,第2の焼鈍温度によって変化した理由ついては現在のところ不明であるが,マルテンサイト変態する温度の違いなどが考えられ,今後詳細に検討する必要がある。

4. 考察

4・1 DP鋼板におけるフェライトとマルテンサイトの集合組織の関係

一般に,X線回折法による集合組織測定では,鋼板中のミクロ組織に対応した位置情報の取得が不可能であるため,DP鋼板のフェライトとマルテンサイトとを区別して測定することができない。しかしながら,DP鋼板の集合組織の理解には,マルテンサイト自体の集合組織の把握が不可欠である。そこで,本研究ではミクロ組織の各位置における方位情報が取得可能なFE-SEM/EBSD法を用い,DP組織中の構成各相の結晶方位を分離し,マルテンサイト自体の集合組織を高精度かつ広範囲に定量解析することを試みた14)。以下に,本解析手法の詳細を述べる。Fig.10(a)は,第2の焼鈍時にフェライトとオーステナイトの二相域である1123 Kで焼鈍したサンプルのIQ像であり,明るい領域と暗い領域は,それぞれフェライトおよびマルテンサイトを示している。BCC構造であるフェライトとBCT構造であるマルテンサイトは,原理的にはSEM/EBSD法により各相の判別が可能である。しかし,本解析に用いた試料は573 Kで焼戻し処理を施しているため,マルテンサイト組織はフェライトと炭化物で構成された焼戻しマルテンサイトであると考えられる。それゆえ,フェライトと焼戻しマルテンサイトは結晶構造の相違による分離が困難であることから,各相の独立した結晶方位解析には各相の結晶方位を分離する必要がある。本手法では,解析ソフト(TSL OIM Analysis 6)を用いて,まずマルテンサイトとの方位差角が15°以内の隣接フェライトを含むマルテンサイトをハイライト機能により選択し(Fig.11(b)および(c),図中の黒い領域は選択されないフェライトを示す),次にIQのヒストグラムを用いてFig.11(d)の矢印で示した低IQ値を選択することで,マルテンサイトの方位情報のみを抽出した(Fig.11(e)および(f))。その結果,各相の集合組織情報を独立に評価することを可能とした。本手法を用いて,第2の焼鈍後のDP鋼板について,フェライトおよびマルテンサイトの結晶方位を分離した結果がFig.10(c)および(d)である。得られたマルテンサイトのIPF(Inverse Pole Figure)像には,結晶性の低いフェライトの粒界が含まれておらず,マルテンサイトのみを正確に抽出できていることがわかる。

Fig. 10.

 Detailed procedures for extracting martensite phases using EBSD analysis. The sample steel sheets is annealed at 1123 K for 60 s. (a) Image quality map, (b)-(d) Inverse pole figure maps obtained from (b) all phases, (c) ferrite phase and (d) martensite phase.

Fig. 11.

 EBSD analysis results of steel sheets annealed at 1123 K for 60 s: (a) inverse pole figure (IPF) map obtained from all phases, (b) IPF map, (c) image quality (IQ) map, and (d) histogram of IQ of both martensite and the adjacent ferrite grains with misorientation angle of 15˚, (e) extracted IPF map and (f) IQ map of martensite employing fig.(b) and (c).

次に,本解析手法を用いて,第2の焼鈍後のDP鋼板におけるフェライトおよびマルテンサイト各相の集合組織を分離した結果をFig.12に示す。第2の焼鈍時の焼鈍温度に関わらず,フェライトの集合組織と比較してマルテンサイトの集合組織の先鋭度は低いものの,フェライトとマルテンサイトの主方位をはじめとした集合組織の傾向は一致しており,フェライトとマルテンサイトの集合組織の間には強い相関があると言える。フェライトの集合組織は,オーステナイト単相域焼鈍後と比較して,フェライトとオーステナイトの二相域焼鈍後では{001}〈110〉から{112}〈110〉方位にかけての方位集積が高く,第2の焼鈍温度によってフェライトの集合組織が相違していた。これらの結果より,二相域および単相域で焼鈍したDP鋼板中のマルテンサイト由来の集合組織の相違は,焼鈍温度の違いでフェライトの集合組織が変化したことに深く密接していると考えられる。

Fig. 12.

 ODFs in φ2=45° section of ferrite phase annealed at (a) 1123 K and (c)1223 K and martensite phase annealed at (b) 1123 K for 60 s and (d) 1223 K for 60 s in 2nd-annealing.

以上より,DP組織中のマルテンサイトの集合組織は,いずれの焼鈍温度でもフェライトの集合組織に類似することが明らかとなった。このことは,前章で述べたように,DP組織を構成するマルテンサイトは隣接するフェライトの間に特定の方位関係,具体的には同一Bain軸(B1)に属するバリアントとして生成するためであると考えられる。また,フェライトとオーステナイトの二相域で焼鈍したDP鋼板と,オーステナイト単相域で焼鈍したDP鋼板とでは,鋼板の集合組織が相違することを明らかにした。二相域条件では第1の焼鈍時に形成された再結晶集合組織が維持されるのに対し,一旦オーステナイトに完全に変態する単相域条件では方位集積度が極端に低下する。この理由について,次節で考察する。

4・2 二相域および単相域焼鈍中の変態集合組織形成機構

前節では,二相域焼鈍の場合,焼鈍前後の集合組織が類似する一方,単相域焼鈍の場合,焼鈍後に集合組織がランダム化しており,その原因は焼鈍中にフェライトの集合組織が変化するためであると推定した。また,前章では,フェライトとオーステナイトの二相状態から,オーステナイトがマルテンサイト変態する場合,焼鈍温度に関わらず,マルテンサイトは隣接するフェライトとの間に特定の方位関係することが確認された。以上を踏まえて本節では,二相域および単相域での焼鈍中における変態集合組織の形成機構を考察する。

Fig.13に,二相域および単相域焼鈍中の変態集合組織形成過程を模式的に示す。焼鈍時の昇温過程でフェライト粒界の3重点より逆変態したオーステナイトは,隣接するフェライトの少なくとも1つの界面で,Kurdjumov-Sachs(以下K-S)関係15)に近い方位関係を有している16)と考えられる。二相域焼鈍では,焼鈍前のフェライト(以下,初期フェライトと称す)が残存しており,初期フェライトとオーステナイトとの界面にK-S関係を維持しつつ,相分率が変化するものと考えられる。また,ガス冷却中には初期フェライトの方位を核として成長することより,初期フェライトの集合組織が発達すると推察される。その後の水焼入れでは,残されたオーステナイトは初期フェライトと同一Bain軸(B1)を共有するバリアントを持つマルテンサイトに変態する。そのため,Fig.5(b)で示したように,二相域焼鈍後のDP鋼板の集合組織は焼鈍前の集合組織と類似したものと考えられる。一方,単相域焼鈍では,オーステナイト単相に逆変態した後,ガス冷却過程でオーステナイト粒界よりフェライトが新たに核生成し成長する。焼鈍前に形成された集合組織はオーステナイト単相域焼鈍後にランダム化することが報告されている17,18)。これは,オーステナイト単相組織を形成し,ある程度オーステナイトが粒成長した後にフェライトが新たに核生成するため,初期の再結晶フェライトの方位を継承することができなかった19)ことが原因と推定される。その後の水焼入れでは,隣接フェライトと同一Bain軸(B1)を有するようにマルテンサイト変態するが,オーステナイト単相域焼鈍後に新たに核生成したフェライトは焼鈍前の再結晶フェライトの集合組織と異なる可能性が高いため,単相域焼鈍後のDP鋼板の集合組織は焼鈍前の集合組織と比較して,方位集積が低下したものと考えられる。

Fig. 13.

 Schematic diagram showing the formation mechanism of transformation texture during 2nd-annealing in intercritical and γ single phase regions.

5. 結言

Ti添加低炭素高強度鋼を用い,再結晶集合組織を有するフェライト単相鋼を,フェライトとオーステナイトの二相域およびオーステナイト単相域で焼鈍を施して作製したDP鋼板の集合組織形成過程を,X線回折法およびFE-SEM/EBSD法で詳細に解析した結果,以下の結論を得た。

(1)フェライトとオーステナイトの二相域焼鈍の場合,焼鈍後に40%程度のマルテンサイトが生成するにも関わらず焼鈍前後の集合組織が類似していた。一方,単相域焼鈍の場合,焼鈍後の集合組織がランダム化していた。

(2)FE-SEM/EBSD法を用いて,DP鋼板の,特にマルテンサイト自体の集合組織を定量的に評価する方法を提案した。その結果,DP組織中のマルテンサイトの集合組織は,フェライトの集合組織に類似することが明らかとなった。

(3)フェライトとオーステナイトの二相域焼鈍では,焼鈍前の再結晶フェライトが残存しており,オーステナイトとの界面の結晶方位関係を維持しつつ,相分率が変化するものと考えられる。その後の水焼入れでは,初期フェライトと同一Bain軸(B1)を共有するようにマルテンサイトに変態する。そのため,二相域焼鈍後のDP鋼板の集合組織は焼鈍前の集合組織と類似したものと推定される。

(4)オーステナイト単相域焼鈍では,ガス冷却過程でオーステナイト粒界よりフェライトが新たに核生成し成長するが初期フェライトの方位は維持しない。その後の水焼入れでは,隣接フェライトと同一Bain軸(B1)を共有するようにマルテンサイトに変態する。このため,単相域焼鈍後のDP鋼板の集合組織は,焼鈍前の集合組織と比較して方位集積が低下したものと推定される。

文献
 
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