鉄と鋼
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論文
アルゴンガス融解−無声放電発光分光分析法による鋼中窒素定量法の開発
城代 哲史
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2017 年 103 巻 9 号 p. 524-527

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Synopsis:

Helium is a noble gas that has some important properties, such as low boiling point, low density, high thermal conductivity, and inertness. Thanks to its unique properties, helium is widely used in various areas of science and technology. But its price has risen steadily every year since its supply shortage has arisen in 2012. In the steel industry, helium is used as a carrier gas for thermal conductivity method which can analyze nitrogen in steel accurately and quickly. Therefore it is necessary to develop a nitrogen analysis method in steel without using helium as preparation for its shortage. We have developed new analytical method which enables highly precise and rapid quantitative analysis of nitrogen contained in steel by using argon instead of helium. The developed method is based on discharge molecular emission spectrometry, and its quantitation limit of nitrogen in steel was 8 mass ppm.

1. 緒言

2012年に始まったヘリウムの世界的な供給危機は現在沈静化しているものの,その潜在的な懸念は依然として払拭されていない。ヘリウムは不活性で高熱伝導,さらに低沸点,低比重など特異な性質を併せ持つことから,その用途は広く,医療や化学など多様な分野で利用されている。ヘリウムは大気中にほとんど含まれず,天然ガスの副産物としてわずかに産出されるだけある。そのため,生産国はわずか数カ国に限られ1),供給が不安定になり易い。ヘリウムの価格はこの10年で約3倍に高騰した。今後は国内だけでなく中国や韓国などの新興国でも需要が増加すると予想され,供給の問題と相俟って,ヘリウムの安定的な入手は極めて難しくなると考えられる。

鉄鋼業においては,ヘリウムの不活性で熱伝導度の高い特性が鋼中の窒素分析に利用されている。鋼中の窒素は,焼入時効やひずみ時効の原因となる一方で微細な非金属介在物を形成して強度を高める働きをするように,鉄鋼製品の機械的特性に著しい影響を与えることが知られている2)。そのため,窒素濃度は溶鋼段階で厳しく制御する必要があり,その分析は言うまでもなく非常に重要である。ヘリウムを用いる鋼中の窒素定量法は不活性ガス融解−熱伝導度法としてJIS3)に規定され,簡便で高精度な分析方法としてほぼすべての製鉄所で利用されている。しかし,熱伝導度法は分析対象の窒素とキャリアガスのヘリウムとの熱伝導度の差に立脚しているため,ヘリウムからアルゴンのような別の不活性ガスに変えただけでは,窒素との熱伝導度の差が小さくなり十分な分析感度を得ることはできない。また,スパーク放電発光分光分析法を用いて鉄鋼中の窒素を分析することができるが4,5,6),分析精度が十分ではなく実際の製鋼工程分析ではほとんど用いられていない。つまり,ヘリウムの供給停止は,窒素分析の停止による鋼中窒素含有率のばらつき拡大,ひいては鉄鋼製品の品質低下を意味する。従って,ヘリウムを用いない鋼中窒素分析法の確立が非常に重要な課題となっている。

前述のスパーク放電発光分光分析法は窒素原子の発光現象を利用しているが,窒素は分子としても発光することはよく知られている。近年,大気圧グロー放電技術の発展によって,様々なガスで安定的なグロー放電が起こせるようになり7),オゾン生成やエキシマランプなどで工業的に利用されている。そこで,ヘリウムが不可欠な熱伝導度法の代替として,大気圧グロー放電を利用した分子発光分析法による鋼中窒素定量法を検討したので報告する。

2. 実験

2・1 試料および試薬

実験には,鉄鋼試料としてTable 1の鉄鋼認証標準物質の重量を適宜変化させて使用し,鉄鋼試料を溶融するための助燃剤としてはSnを用いた。鋼試料から発生するガスの前処理として,一酸化炭素を酸化するために400°Cに加熱した酸化銅(粒状),二酸化炭素(以下CO2)および水分を除去するために水酸化ナトリウムおよび過塩素酸マグネシウムをそれぞれ使用した。

Table 1.  Certified values of certified reference materials used.
CRMs N, mass. ppm
JSS 369-9 6.5
JSS GS 5a 17
JSS GS 5c 29
JSS GS 3c 32
JSS GS 3b 41
JSS GS 2c 145

2・2 実験方法

2・2・1 窒素分子の発光スペクトル測定

窒素分子の発光スペクトルを確認するための実験装置をFig.1に示した。大気圧グロー放電装置として,無声放電式オゾン生成装置を使用した。一般にオゾン生成装置では,放電セル内に連続的に酸素あるいは空気を供給してオゾンを生成させるが,窒素を放電セルに導入し発光させることができれば,大気圧放電発光装置をオゾン生成装置で代用できるはずである。

Fig. 1.

 Schematic diagram of experimental system.

Fig.1の装置において,一定流速のアルゴンに微量の窒素を混合してオゾン生成装置に導入し,連続的に放電発光させ,その光を光ファイバで分光器に導きICCD検出器で測定した。アルゴンの流速は1000 mL/minで一定とし,アルゴンに混合する窒素の流量を0,1,2,3 mL/minの4水準に変化させた。オゾン生成装置はエコデザイン社製オゾン生成装置ED-OG-R6,分光器は堀場製作所製イメージングスペクトロメータiHR320,ICCD検出器はANDOR製DH-520-18F-05を用いた。

2・2・2 溶融鋼試料から発生したガスの発光スペクトル測定

Fig.2に示した装置を用いて,鉄鋼試料をインパルス炉で加熱溶融し,発生したガスをキャリアガスとともにオゾン生成装置で放電して発光スペクトルを測定した。黒鉛ルツボに助燃剤を入れて脱ガス処理を施し,引き続いて鉄鋼試料を投入後加熱溶解した。インパルス炉の加熱条件は,黒鉛ルツボの脱ガス工程を7 kW×30秒,鉄鋼試料の溶融工程を6.5 kW×30秒とした。インパルス炉には堀場製作所製酸素窒素分析装置EMGA-2200を用い,除湿剤とCO2除去剤をインパルス炉とオゾン生成装置の間に配置した。通常,酸素窒素分析装置ではヘリウムをキャリアガスとして用いるが,本実験ではアルゴンに変えて実験を行った。また,オゾン生成装置に導入するガスの前処理として,脱CO2剤と脱水剤を使用する条件,脱水剤だけを使用する条件およびどちらも使用しない条件でそれぞれ測定した。オゾン生成装置と分光測光装置は2・2・1と同様の装置を使用した。

Fig. 2.

 Schematic diagram of experimental system for gas generated from molten steel sample.

3. 結果と考察

3・1 窒素分子の発光スペクトル測定

オゾン生成装置にアルゴンおよび窒素とアルゴンの混合ガスを通気して放電を行った時のスペクトルをFig.3に示した。300~400 nmの領域に窒素分子の第二正帯(Second positive,C3Πu→B3Πg遷移)のスペクトル(337,357,380 nm)8)が観察された。また,309 nm付近にOHラジカル8)と700 nm以上の高波長域でアルゴンの強いスペクトル9)が認められた。

Fig. 3.

 Emission spectra of Ar discharged by ozone generator. ○: OH, □: N2, △: Ar.

次に,アルゴンに混合する窒素の量を変化させ,オゾン生成装置で観察される波長337 nmの窒素分子のスペクトル強度と波長763 nmのアルゴンのスペクトル強度の変化をFig.4に示した。窒素のスペクトル強度は,直線性は十分ではないものの,アルゴン中の窒素濃度と正相関を示した。一方,アルゴンのスペクトル強度は窒素濃度が増加するにつれて低下した。これは,準安定励起状態のアルゴン(約11.6 eV)からペニング効果を受ける窒素分子C3Πu(10.8 eV)が増加したため10),あるいは窒素分子が増加することでプラズマの励起効率が変化したためと考えられる。そこで,窒素分子のスペクトル強度をアルゴンのスペクトル強度で除して,アルゴン中の窒素濃度との関係をFig.5に示したが,窒素分子とアルゴンのスペクトル強度比とすることで,窒素濃度との直線性が向上した。この結果から,アルゴンのスペクトル強度が低下した原因はプラズマの励起効率が変化したことが主因であると考えられる。

Fig. 4.

 Relationship between N2 content and emission intensity.●: N2, ○: Ar.

Fig. 5.

 Relationship between N2 content and intensity ratio (N2/Ar).

3・2 溶融鋼試料から発生したガスの放電発光実験

約0.5 gの鉄鋼認証標準物質GS 3bを溶融し,発生したガスに放電したときのスペクトルをFig.6に示した。脱水剤と脱CO2剤の有無に関係なく,いずれ条件においても窒素分子の第二正帯とOHのスペクトルが観察された。窒素分子のスペクトル強度は,脱CO2剤を使用した場合に比べて,使用しない場合は約3分の1に低下し,OHのスペクトル強度は脱水剤を使用した場合に比べ使用しない場合は約2倍となった。また,脱CO2剤を用いない2つの条件では,CO2が分解して生成したCNラジカル(388 nm)およびC2ラジカル(470 nmおよび515 nm)のスペクトルが認められた。CO2は鉄鋼試料に含まれる酸素が黒鉛ルツボと反応して生成したCOが酸化されたものである。脱CO2剤を使用しないと窒素のスペクトル強度が低下するのは,CNラジカルあるいはC2ラジカルの生成が影響していると考えられるが詳細は不明である。脱水剤を使用するとOHのスペクトル強度は約半分に減少するが,窒素のスペクトル強度はほとんど変化しないことから,窒素の定量において脱水剤は必ずしも必要ではないと考えられる。

Fig. 6.

 Emission spectra of steel fusion gas discharged by dielectric barrier. 〇: OH, □: N2, △: CN, ◇: C2.

Fig.7に約0.8 gの鉄鋼認証標準物質GS 2cを溶融したときの酸素窒素分析装置の排出ガス中の窒素とアルゴンの放電スペクトル強度(波長337 nm)の経時変化を示した。測定開始から50秒後に出現する窒素のピークは黒鉛ルツボの空焼きによって発生した窒素,80秒付近から生じる窒素のピークが鉄鋼試料から発生した窒素である。また,窒素強度が高くなるにつれてアルゴンの強度が低下したが,これは3・1の傾向と一致した結果であった。

Fig. 7.

 Changes of emission intensity of N2 and Ar with time. ●: N2, ○: Ar.

3・3 窒素スペクトル強度と鋼中窒素量の関係

Table 1の鉄鋼認証標準物質を溶融し,発生した窒素とアルゴンのスペクトル強度を一秒毎に測定して比を求め,そのスペクトル強度比を積算して,Fig.8に鋼中窒素量との関係を示した。また,Table 2に空試験と鉄鋼認証標準物質を繰り返し測定した結果を示した。鋼中の窒素量とスペクトル強度比との間には高い相関が認められ,鉄鋼認証標準物質の分析値は認証値とほぼ一致した。黒鉛ルツボと助燃剤だけの繰返し測定の標準偏差は0.8 ppm(試料1 g換算)を示したことから,本技術の定量下限値は不活性ガス融解−熱伝導度法3)の適用下限と同等の8 ppmと計算された。さらに,Fig.9に製鋼工程の実際の試料を本法と従来法とで測定した結果を示したが,本法は従来の熱伝導度法の分析値と良く一致した。

Fig. 8.

 Relationship between nitrogen in steel and emission intensity.

Table 2.  Analytical results of nitrogen in steel CRMs.
Sample Certified values,
mass ppm
Measured values (n=5), mass ppm
Mean Standard deviation
Blank* 0.3 0.80
JSS GS 5a 17 16.7 0.85
JSS GS 3c 32 34.2 0.98

*: accelerator only,: assumed the sample weight 1 g

Fig. 9.

 Relationship between analytical results for nitrogen of this study and those of conventional TCD method.

4. 結言

アルゴンをキャリアガスとした鋼中窒素の融解−無声放電発光分光分析法について検討し,鉄鋼中の窒素を定量下限8 ppmで測定できることが分かった。また,実際の製鋼工程試料に適用したところ,従来のヘリウム融解−熱伝導度法とほぼ同等の定量結果が得られた。

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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