2018 Volume 104 Issue 11 Pages 683-688
A low carbon ferritic steel (Fe-0.0056%C) was used for the estimation of
dislocation density. Annealed steel sheet with the ferrite grain size of 50 μm
was subjected to cold rolling up to 80% thickness reduction and then provided to
the X-ray diffraction analysis. Dislocation density was evaluated by the
Modified Williamson-Hall / Warren-Averbach method. It was confirmed in cold
rolled specimens that the equation; σy [GPa] =
0.05+18
加工硬化は簡便で効果的な金属の強化手段であり,加工硬化量が転位密度ρの平方根に比例することはBailey and Hirschの関係1)として広く知られている。この関係は,透過型電子顕微鏡で加工した銀の転位密度を実測して求められ,一般的には,加工した金属の降伏応力σyは次式で与えられることが分かっている。
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σ0は温度やひずみ速度,固溶強化などに依存した摩擦力(Friction stress),kは転位強化係数,Gは剛性率,bは転位のBurgers vectorである。その後,鉄についても,透過型電子顕微鏡を用いて転位密度を求める研究が行われ,加工した鉄の降伏応力と転位密度の関係が議論されてきた2–5)。著者らは,これまでに報告されたデータを整理して,鉄の転位強化量Δσが次式で与えられることを示した6)。
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転位強化機構については,長範囲での転位間の応力場の影響を基本とした長範囲応力場説と異なるすべり面上の転位間の相互作用を基本とした林転位説があり7),永年に亘ってその妥当性が議論されてきたが,丸川はこれまでの研究結果を総合的に判断して,後者の説が妥当であるとの結論に至っている8)。ただし,加工した鉄の場合,転位分布は均一ではなく,転位セルという不均一な組織が形成されることが分かっている3)。著者らは,転位密度の高いセル壁と転位密度の低いコア部を異なる二つの組織と仮定し,複相組織モデルを適用することによって(2)式の関係を妥当に説明できることを示した9)。その結果によると,1015 m−2に近い転位密度の領域まで(2)式が成立することが予想されるが,2×1014 m−2を上回る転位密度の領域では,透過型電子顕微鏡による測定は困難となる。
転位密度が高い試料に関しては,透過型電子顕微鏡による直接観察より,むしろX線や中性子を利用した回折法が適している。回折ピークの半価幅には転位密度や転位の性質に関する情報が含まれているが,結晶方位によって弾性異方性があるために,半価幅に現れるそれらの影響が結晶面によって異なっている。したがって,適切な処理を施して弾性異方性を補正し,これらの情報を分離・抽出する必要がある。近年,Ungár and Borbélyは,コントラストファクターを用いて弾性異方性を補正するModified Williamson-Hall/Warren-Averbach(MWH/WA)法を提案し,回折ピークのラインプロファイルから転位密度が求められることを示した10)。そこで本研究では,80%までの冷延を施した低炭素フェライト鋼(Fe-0.0056%C)にMWH/WA法を適用して転位密度を求め,高転位密度領域での(2)式の妥当性を検証するとともに,加工したフェライト鋼について簡便な転位密度の評価法を提示することを目的としている。
本研究では,923 K焼鈍後の粒径が約50 μmである低炭素フェライト鋼(Fe-0.0056%C)を用いた。焼鈍後の組織に顕著な集合組織は確認されなかった。この供試材に最大80%の冷間圧延を施した。なお,冷延後の板厚が1 mmとなるように,圧延率ごとに焼鈍材の板厚を変化させている。その冷延材を引張試験とX線回折に供した。引張試験については,平行部幅が3 mm,長さが6 mm,厚さが1 mmの試験片を室温で初期ひずみ速度8×10−4 s−1の条件で行った。X線回折には湿式研磨後に表面を電解研磨で50 μm除去した試料を用い,湿式研磨によるひずみの影響を排除している11)。線源にはCu-Kα(波長λ=0.15418 nm)を使用し,0.003 deg/sの速度で検出器を回転させて測定を行った。この時に得られるX線ラインプロファイルは装置由来のラインプロファイルと試料由来のラインプロファイルの重ね合わせであるため,標準材としてLaB6(NIST製,SRM660c)を同条件で測定することで装置由来のラインプロファイルを求め,Voigt関数を利用した補正12)により試料由来のラインプロファイルを抽出している。その後,3・1に記す解析を行った。
結晶性の金属について結晶面{hkl}の弾性的な性質を議論する場合,次式で定義される方位パラメーターΓが用いられる。
(3) |
一方,MWH/WA法で用いられる平均コントラストファクターCは,方位パラメーターΓを用いて次式で定義される。
(4) |
ここで,Ch00は{h00}面のコントラストファクター,qは転位の性質に依存した定数であり,転位のらせん成分S(0≦S≦1)の関数として次式で与えられる。
(5) |
(6) |
SやEが付いた文字は,らせん成分あるいは刃状成分が100%の場合の値を示しており,bcc-Feについては,CEh00=CSh00=0.295,qE=1.30,qS=2.67である13)。すなわち,何らかの方法でq値を決定できれば,転位のらせん成分Sを決定できるわけである。Ungárらは,Modified Williamson-Hall(MWH)法としてその方法を提示した。以下に60%冷延材を例として,解析法を示す。
回折角をθhkl,半価幅をβhkl[rad],放射線の波長をλ,結晶子サイズをDとすると,K=2sinθhkl/λ,ΔK=βhklcosθhkl/λ,α=0.9/Dと置いて,KとΔKの関係でデータを整理できる。KとΔKの関係で整理したデータはWilliamson-Hall(WH)プロットと呼ばれ,60%冷延材で得られた結果をFig.1に示す。結晶面毎の弾性異方性がなければ,KとΔKの関係は直線になるはずであるが,弾性率の低い{200}面や{310}面では半価幅が大きく広がり,逆に弾性率が大きな{222}面では半価幅の広がりが小さいためにデータは不規則に分布する。この弾性異方性を補正するために,Ungár and Borbélyは次式を提唱した10)。
(7) |
Williamson-Hall plots in 60% cold rolled specimen.
φとOは材料定数であるが,後述するように,定数Oの値はφやαに比べて大変小さな値であるため,MWH法による解析には右辺第三項を無視して次式を用いることができる。
(8) |
いずれにせよ,平均コントラストファクターCを用いてK
弾性異方性を補正する最適の平均コントラストファクターを求めるには,まずαの値を正確に知る必要がある。(8)式は,αを左辺に移項して2乗することで次のように書き換えられる。
(9) |
上式は,左辺の値とΓの間に直線関係が成立することを示しており,最適のα値が与えられたときに両者の直線関係が最良になると思われる。つまり,α値に適当な値を代入して直線関係の精度を示すFitting
indexを求め,α値との関係で整理してやれば最良のα値を決定できるはずである。そのようにして得られた結果をFig.2に示す。Fitting
index;Fについては,F=(Correl関数)2とした。この例では,α=0.0032
nm−1のときに最良の直線関係が得られることが分かる。α=0.0032
nm−1として得た(9)式の関係をFig.3に示す。この結果より,q=1.595という値が得られる。q値を(6)式に代入してS=0.215という値が得られるので,これを(5)式に代入してCh00の値が求まる。Ch00とqの値を(4)式に代入することで,各結晶面{hkl}の平均コントラストファクターCが得られる。K
Relation between the parameter α and the fitting index F.
Relation between the orientation parameter Γ and the value of (ΔK-α)2/K2 (α=0.0032 nm–1).
Modified Williamson-Hall plots in 60% cold rolled specimen.
さらに,各回折ピークをフーリエ変換し,次式で示されるModified Warren-Averbach式に以上の計算で求めたCの値を代入することで転位密度ρを導出できる10)。
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ここで,A(L)はそれぞれの回折ピークのフーリエ係数の実部であり,AS(L)は結晶子サイズに基づくフーリエ係数,Reは転位の有効応力場半径,Lはフーリエ長さ,Qは定数である。また,(10)式の右辺第二項の係数をY(L)(=−(πb2ρL2/2)ln(Re/L))とすると,次式が得られる。
(11) |
(10)式において,様々なL値を設定しlnA(L)とK2Cの関係を計算することで,それぞれのLに対するY(L)を決定できる。さらにY(L)/L2をlnLについてプロットすると,(11)式の傾き(=πb2ρ/2)からρの値が求められるわけである。60%冷延材に関して得られた結果をFig.5に示す。本研究では,直線性の良い領域での傾きηを求め,次式で転位密度を見積もった。
(12) |
Relation between ln L and Y/L2 in the modified Warren-Averbach method.
60%冷延材については,最終的にρ=5.35×1014 m−2という結果が得られた。以上のようなプロセスで転位密度を求める手法は,Modified Williamson-Hall/Warren-Averbach(MWH/WA)法と呼ばれている。
3・2 冷間圧延に伴う各種パラメーターの変化Table 1にX線回折により得られた各回折ピークの回折角θhkl[deg],半価幅βhkl[rad]および引張試験より算出した降伏応力σy[GPa]の値を示す。圧延に伴う回折角の変化はほとんどないが,半価幅および降伏応力は圧延に伴い上昇している。以降では,MWH法で得られた各種パラメーターが冷間圧延によってどのように変化するかを調査した。パラメーターαの変化をFig.6に示す。α値は,結晶子サイズが小さいほど大きくなるが,本研究で使用した試料については系統的な変化は見られず,0.003 nm−1から0.006 nm−1の範囲でほぼ同じ値であった。この結果は,フェライト鋼の場合,加工に伴う結晶子の変化が小さいことを示唆している。
CR [%] | θhkl [deg] | σy
[GPa] |
α [nm–1] |
ρ [1014 m–2] |
φ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
βhkl [rad] | |||||||||
{110} | {200} | {211} | {310} | {222} | |||||
0 | 44.82 | 65.17 | 82.47 | 116.49 | 137.24 | 0.13 | – | – | – |
0.0016 | 0.0017 | 0.0017 | 0.0021 | 0.0026 | |||||
10 | 44.82 | 65.21 | 82.49 | 116.57 | 137.27 | 0.28 | 0.0054 | 1.73 | 0.0018 |
0.0014 | 0.0021 | 0.0021 | 0.0047 | 0.0043 | |||||
20 | 44.86 | 65.24 | 82.53 | 116.63 | 137.34 | 0.34 | 0.0043 | 2.55 | 0.0023 |
0.0015 | 0.0023 | 0.0023 | 0.0050 | 0.0057 | |||||
40 | 44.85 | 65.21 | 82.50 | 116.54 | 137.29 | 0.43 | 0.0045 | 4.07 | 0.0031 |
0.0018 | 0.0028 | 0.0030 | 0.0062 | 0.0077 | |||||
60 | 44.86 | 65.21 | 82.51 | 116.58 | 137.32 | 0.46 | 0.0032 | 5.35 | 0.0035 |
0.0017 | 0.0029 | 0.0031 | 0.0065 | 0.0076 | |||||
80 | 44.86 | 65.21 | 82.51 | 116.55 | 137.29 | 0.55 | 0.0051 | 7.64 | 0.0041 |
0.0023 | 0.0035 | 0.0038 | 0.0082 | 0.0102 |
Change of the parameter α with cold rolling.
一方,Fig.7は,加工に伴うq値の変化を示している。図中には,らせん成分と刃状成分がそれぞれ100%の場合の値を破線で示している。この結果は,10%圧延材ではほとんどがらせん転位であるが,圧延率が大きくなるにつれて転位のらせん成分が減少し,40%以上の圧延材では,ほとんどの転位が刃状転位として存在することを示している。結晶構造がbccのフェライト鋼では積層欠陥エネルギーが高いために,らせん転位の公差すべりが起こりやすい。その結果,転位間反応による回復が起こり,らせん転位が減少すると考えられるが,この結果については今後更なる検討が必要である。
Change of the parameter q with cold rolling.
φ値については,後述するように加工硬化の程度を示すパラメーターであるため,冷延材の降伏応力との関係を調査した。その結果をFig.8に示す。降伏応力とφ値の間には極めて良好な直線関係があり,この結果は,MWH法によってパラメーターφの値を正確に決定できることを示している。なお,焼鈍材の降伏応力は結晶粒微細化強化機構で決まるので直線関係からずれており,切片の値は,室温での純鉄単結晶の降伏応力(約0.05 GPa)14)に一致している。
Relation between the parameter φ and yield stress σy in cold rolled specimens.
MWH/WA法を適用して求めた転位密度ρと降伏応力の関係をFig.9に示す。図中には,これまでに透過型電子顕微鏡で実測された転位密度と降伏応力(または流動応力)の関係も示しているが2–5),それらのデータも含めて次式のBailey-Hirschの関係が成立することが分かる。
(13) |
Bailey-Hirsch relation in cold worked ferritic steel.
結晶粒が小さいと同じ加工率でも転位の導入が促進されるが,加工材の降伏応力については,結晶粒径とは無関係に転位密度の関数として(13)式で与えられることも確認している15)。また,純度の影響についても,高純度鉄に比べて微量の炭素を含むフェライト鋼において導入が促進されることが分かっているが4),流動応力と転位密度ρの間には(13)式が成立することを確認している。
ここで,Fig.9とFig.8を比較すると,φ値と
(14) |
Aは転位の有効応力場半径と転位分布の関係で決まる定数であり,Aの値が一定と仮定すると,φ値は
(15) |
本研究で得たρとφ2の関係をFig.10に示す。両者の間には下記の関係式で与えられる良好な直線関係があることが分かる。
(16) |
Relation between the parameter φ and dislocation density ρ in cold rolled specimens.
(16)式の係数から見積もられたAの値は約0.48となる。この値は,金属の種類や転位の分布形態によって異なる可能性があるが,少なくとも冷間加工したフェライト鋼については,(16)式によりおおよその転位密度を求めることができる。A値は転位の有効応力場半径に依存する値であるため10),転位の分布が均一で,転位同士が干渉しない場合に高い値をとり,転位が互いのひずみ場を小さくし,転位セルなどの安定で不均一な構造を形成するときに小さい値をとる。A≒0.48という値がどの程度大きいかは,今後,他の金属材料と比較・検討する必要がある。
冷間圧延した低炭素フェライト鋼のX線回折ピークから半価幅を求め,Modified Williamson-Hall/Warren-Averbach法を適用して各種のパラメーターを求めた結果,以下の結論を得た。
(1)Modified Williamson-Hall式の第三項は他の項に比べて大変小さいため,それを無視して次式で結晶面毎の弾性異方性を補正することができる。
(2)圧延率が増加するにつれて転位のらせん成分が減少し,40%以上の圧延を施した試料については,ほとんどが刃状転位となっていることが示唆された。
(3)転位密度ρとパラメーターφの間には次式の関係がある。
本研究は,JSPS科研費JP15H05768の支援を受けて行われたものである。なお,研究の一部は,日本鉄鋼協会「鉄鋼のミクロ組織要素と特性の量子線解析研究会」のもとで実施された。