鉄と鋼
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製銑
低温酸化反応がコークス用原料炭の構造に及ぼす影響
内田 宗宏 金橋 康二上坊 和弥野村 誠治齋藤 公児藤岡 裕二尾崎 純一宝田 恭之
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キーワード: coal, oxidation, structural change
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2018 年 104 巻 8 号 p. 401-408

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Synopsis:

Self-exothermic reaction of coal is initiated by the reaction of coal in a pile with oxygen in the air to be oxidized. Then, the heat generated by the oxidation promotes further oxidation, resulting in ignition. In order to prevent this phenomenon, it is necessary to understand the initial stage of oxidation of coal in the condition of heat-accumulation. Conventionally, there are very few researches to understand the early stage of coal oxidation. In this study, we aimed at to elucidate the earlier oxidation stage of coals by employing low temperature oxidation of a mass of coals and several instrumental analysis techniques. The oxidation we used were heating 50 g of coal charged in a stainless steel closed container at 80°C for 24 h by flowing hot air to simulate the self-exothermic reaction condition. XRD and Raman spectroscopic measurements showed that the carbon skeleton structure of coal did not change by the oxidation treatment, while FTIR, 1H NMR and 13C NMR measurements showed a decrease in aliphatic side chains and an increase in hydroxyl groups in coal. The information obtained here will help to understand the whole process of self-exothermic reaction of coal to prevent burning.

1. 緒言

近年,コークス製造を取り巻く環境はその石炭価格1)や資源劣質化といった面で大きく変化してきている。そのような状況下では高強度コークスを製造する際の主原料である強粘結炭の安定確保は重要である。しかし,強粘結炭の埋蔵量は石炭全体の1割以下であるため,資源拡大の観点から,粘結炭に比べて粘結性が劣る劣質炭(非微粘結炭)の使用を可能とする技術開発が進められてきた。具体的には,石炭の粉砕2,3)や調湿4,5)分級プロセス等を組み合わせる6)ことによって,非微粘結炭を一部含んだ配合炭を活用しながら高強度かつ品質の安定したコークスの製造が実際に可能となってきている79)

一般に石炭の自己発熱現象は空気中の酸素を取り込むことによって徐々に酸化し,発熱に至る現象である10)。特に,酸素含有量の多い石炭ほど発熱量が大きくなる傾向にあることが知られている11)。そのためコークス製造においては,強粘結炭と比較して酸素含有量が多いため酸化発熱し易いと推定される非微粘結炭の使用拡大を図るためには,配合炭を安全に管理する必要が生じてきている。

石炭の自己発熱現象は,炭鉱における操業リスク12,13)をもたらすと産炭国では認識されており,これに関する研究は多く行われている。例えば,酸化過程を議論するために,TG-DTA等の装置を活用した重量変化14,15),熱物性変化16,17),ガス生成物18)の研究が行われている。また,石炭の酸化は石炭粒子表面から進行するため19),酸化化合物の生成を確認する目的で赤外分光法(IR)20,21),X線光電子分光法(XPS)22),バルク石炭の構造変化を知る目的で核磁気共鳴法(NMR)23)などの分析手法を用いた石炭の構造解析も行われている。さらに,酸化過程における酸素の挙動を詳細に検討するため,同位体酸素を使用した研究24,25)も行われている。しかし,これらの研究の多くは十分に酸化を受けた石炭を対象としている。例えば,Clemensらは30~180°Cで5~130時間26),Wangらは125°Cで14日間に及ぶ石炭の酸化試験を実施27)し,IRによる官能基の変化を評価している。このように,その酸化条件は100°C以上の高温状態での反応または100°C以下の低温状態で数日間から数カ月間といった長期間での反応である場合が多い。また,石炭試料量に着目をすると,Clemensらは1.5 gの少量試料で酸化試験を行ない,Wangらは50 gの試料を用いているが,試料をパレット(250 mm×200 mm)上に広げた状態で酸化試験を行なっている。過去に実施された多くの試験は,少量試料または薄層条件下で行われているが,少量または薄層条件下の酸化試験では雰囲気への抜熱が多くなり,貯炭槽内のような積層状態で起きている酸化反応を表現することは難しいと想定している。石炭の自己発熱現象は積層の有無によって,同じ温度条件下でもそれに起因する昇温速度といった発熱挙動が大きく異なることが報告されている28)。実際の産業利用を考慮した場合,石炭は積層状態で保管されているので,石炭の発熱特性を評価するためには,酸化反応によって生じた反応熱が雰囲気へ抜熱され難い積層(充填層)状態で試験を行うことが必須であると考えている。

石炭の酸化は低温においても緩やかに進行することが報告29,30)されているので,自己発熱現象を十分に理解するためにはその低温での初期段階において石炭の微小な構造変化を解析することが重要である。そこで本報では,コークス製造用に使用している配合炭を充填層状態で低温,および高温で酸化反応させて作製した試料に対して種々の機器分析(X線回折法(XRD),レーザーラマン分光法,FTIR,固体NMR)を活用してその構造変化の解析を試みた。

2. 実験方法

2・1 試料調製

実験には2種類の試料(低温酸化試料,高温酸化試料)を以下の手順で調製した。なお,高温酸化試料は,低温酸化試料が継続した酸化によって高温の熱履歴を受けた場合の極端な構造変化を把握するための比較試料として調製した。

低温酸化試料は,配合炭約50 g(平均粒子径3 mm)をSUS製の容器(φ50 mm×h50 mm)内に空気とともに積層充填し,これを80°Cに設定した大気雰囲気の送風型恒温機内で24時間静置することで得た。このときの石炭充填密度は約0.8 g/cm3であり,試料歩留りはほぼ100%であった。容器の上部は開放されているため,系内は自然対流状態にあり,石炭充填層への酸素供給は主として表層から起こる。調製した試料の内,約40 gを工業分析,元素分析用の試料とし,残りをその他機器分析用試料とした。

高温酸化試料は,同上の配合炭を原料として,蓋のないSUS製の円筒容器(ペール缶,寸法:φ300 mm,高さ200 mm)を用いて調整した。缶内の底面に断熱材(新日本サーマルセラミックス(株)製 寸法:φ300 mm,高さ50 mm)を敷き,その上に約5 kgの粉砕した石炭試料(平均粒子径3 mm)を高さが100 mmになるように充填した。石炭試料を充填後,表層から深さ60 mmの中心部に熱電対を配置し,試験中の石炭充填層内の温度を測定した。石炭試料を充填したペール缶を送風型恒温器内に静置し,室温から試験開始温度(80°C)までの昇温期間中は石炭試料の酸化を防止するため,系内を窒素雰囲気に置換した。石炭充填層内の温度が80°Cに到達した状態で送風型恒温器内の雰囲気を窒素から空気(湿分:大気湿度)へ置換し,その時点を試験開始とした。空気置換後の系内は自然対流状態であり,石炭充填層への主な酸素供給は表層より行われる。試験開始後に送風型恒温器上部から排気される排ガスは,堀場製作所製ポータブルガス分析計PG330を用いて測定した。試験開始後,石炭充填層内の温度が300°C以上になった時点で円筒容器を水冷し,室温冷却後石炭試料を回収し,高温酸化試料とした。後述する工業分析値から推察すると,試料歩留りは80%以上であると考えられる。

2・2 分析方法

(1)XRD

XRDの測定には(株)リガク製のX線回折装置UltimaIIIを用い,X線源にはCu-Kα(0.154056 nm)を使用した。XRDのパターン解析には,炭素材料解析ソフトウェア Carbon Analyzer FE2011を使用した。なお,配合炭と低温酸化試料の測定に当たっては,構造変化の差異が微小であると想定されるため,その差異を詳細に解析するために内部標準物質(Si)を添加し行った。

(2)ラマン分光

ラマンスペクトルの測定には日本分光(株)製NRS-7100型を使用した。波長532 nmのレーザーを励起光として用いた。得られたスペクトルに対し,960~2000 cm−1の範囲でベースラインを補正した。次いで,G,D1,D2,D3およびD4の5つの成分31)を仮定し,実測値と各成分波から合成したスペクトルの差分が最小となるように,スペクトルフィッティングを行った。

(3)FTIR

IRスペクトルの測定には,日本分光(株)製FT/IR-6100型で測定し,KBr錠剤法にて試料を作製した。分解能4 cm−1,積算回数80回で測定した。

(4)固体13C NMRおよび固体1H NMR

固体13C NMRおよび固体1H NMRスペクトルの測定は,Agilent製のINOVA-500分光計により,11.7 Tの静磁場強度下で測定した。13Cおよび1Hの共鳴周波数はそれぞれ125.69 MHzおよび499.86 MHzであった。試料回転数は,20 kHz(13C)および58 kHz(1H)に設定し,固体13C NMRスペクトル測定の積算回数は900~2400回,固体1H NMRスペクトルの積算回数は128回に設定した。固体13C NMRのパルスシーケンスはスピンエコー法を用いた。固体1H NMRではプローブ由来のバックグラウンドを消去するため,シングルパルス法にDEPTH法32)を組み合わせたパルスシーケンスを使用した。

3. 結果と考察

3・1 石炭充填層内の温度推移

Fig.1にペール缶を用いた石炭の酸化試験を実施したときの石炭充填層内の温度推移を示す。充填層内の温度は,試験開始1日後には85°Cまで緩やかに達し,その後,急激な温度上昇に転じた。これは,雰囲気温度80°Cの低温でも石炭の酸化反応が進行し,少なくとも試験開始1日後には充填層内の温度が上昇したことを示している。このことは上記の条件下において,酸化反応が進行していることを示している。

Fig. 1.

Trend in temperature of coal bed.

3・2 工業分析および元素分析結果

Table 1に工業分析および元素分析の結果を示す。工業分析および元素分析結果からは,配合炭と低温酸化試料の間に明確な差異は見られなかった。一方,高温酸化炭では,工業分析値および元素分析値に大きな変化が認められた。揮発分は配合炭の25.9 mass%(dry)に対し,8.1 mass%(dry)へと減少した。また,元素分析結果より,炭素が87.4 mass%(d.a.f.)から89.4 mass%(d.a.f.)に増加し,水素が4.9 mass%(d.a.f.)から1.9 mass%(d.a.f.)に減少したことが分かる。高温酸化試料に見られるこれらの変化は,この試料が300°C以上の高温履歴を受けることで引き起こされたものである。

Table 1. Chemical compositions of coal samples.
Proximate analysis Ultimate analysis H/C O/C
VM C H N O S
mass%, dry d.a.f % d.a.f % d.a.f % d.a.f % d.a.f %
Raw coal (Blended coal for cokemaking: bace sample) 26.9 87.4 4.9 1.7 6.4 0.5 0.672 0.055
Low temperature oxidized coal 26.9 87.3 5.0 1.7 6.5 0.5 0.678 0.056
High temperature oxidized coal 8.1 89.4 1.9 1.9 6.3 0.6 0.253 0.053

3・3 X線回折法(XRD)測定結果

石炭は加熱によってその結晶構造が変化することが一般に知られている33,34)。そこで,両試料の結晶子サイズ変化を評価するためにXRDを測定した。Fig.2に配合炭,低温酸化試料および高温酸化試料のXRDプロファイルを示す。配合炭(ベース)と低温酸化試料のXRDプロファイルには,2θ=28°および高角領域に幾つかのピークを確認できる。これは内部標準試料のSiに由来するピークである。

Fig. 2.

XRD patterns of coal samples.

配合炭と低温酸化試料のXRDパターンには明確な差異が見られなかった。これに対し,高温酸化試料では,2θ=10°~33°のピークがシャープになっていること,2θ=12°,20°および25°にみられるカオリン由来のピークが減少していること,2θ=29°にみられるCaCO3のピーク強度が若干低下していることである。これらの観察事実は,300°C以上の加熱によってカオリンの脱水およびCaCO3の脱炭酸が生じたことを示している。500°Cの高温で無機物の脱水や脱炭酸が生じることは知られており35),XRDで得られた結果はこの知見と一致している。

次に,XRDパターンの解析3638)から得られた各試料の結晶子サイズの一覧をTable 2に示す。低温酸化試料の結晶子サイズは1.2 nmであり,配合炭の結晶子サイズと同じである。これに対し,高温酸化試料の結晶子サイズは1.6 nmと大きく,高温酸化処理により炭素構造が発達していることを示している。

Table 2. Crystallite size of coal samples.
Crystallite size Lc [nm]
Raw coal (base sample) 1.2
Low temperature oxidized sample 1.2
High temperature oxidized sample 1.6

以上述べたように,XRD測定からは,80°C程度の低温酸化処理により石炭の炭素骨格構造が変化する兆候は認められなかった。これに対し,高温酸化処理により,石炭中に含まれる無機物の構造変化や炭素結晶子サイズ増加を確認することができた。これは高温処理中に石炭が300°C以上の高い温度履歴を受けたことによると考えられる。

3・4 ラマン分光測定結果

各試料の炭素構造の乱れと結晶性を評価するためにラマン分光測定を実施した39)。ラマンスペクトルおよびその解析結果をFig.3に示す。各試料に対し,レーザー(スポット径0.7 μm)を異なる3箇所に照射し測定を行った。図には異なる3か所のスペクトルを掲載している。波形分離から求めた1580 cm−1付近のGバンドと1360 cm−1付近のDバンドの強度比(以降R値と記載)40,41)平均値およびGバンドの半値幅(ΔGH/2)を算出しまとめて記載した。

Fig. 3.

Raman spectra of coal samples.

Fig.3に示すように,測定箇所によるばらつきを考慮すると,各試料のスペクトル形状には大きな差異はない。炭素構造の乱れを表すとされるR値は,全ての試料で同じ値であった。結晶構造の均一性を表すと考えられるΔGH/2は,配合炭と低温酸化試料では際は認められず,高温酸化試料で小さな値を示した。

以上のことから,ラマン分光測定の観点からは,低温酸化試料の炭素構造は配合炭と同等であり,高温酸化試料においてより炭素骨格構造が発達することが言える。

3・5 固体13C NMR測定結果

次に,各温度における炭素構造の変化を明らかにするために,固体13C NMR測定を実施した。

各試料のスペクトルをFig.4に示す。大別して130 ppmおよび30 ppm付近にピークトップを持つ,2つのピークが観測され,それぞれ芳香族炭素および脂肪族炭素に帰属された42)。全ての試料において,芳香族炭素部分のピークの形状は類似している。

Fig. 4.

Solid-state 13C NMR spectra of coal samples.

配合炭と低温酸化試料のスペクトルについては,芳香族炭素に帰属されるピークは極めて類似したスペクトル形状を示した。脂肪族炭素に帰属されるピークは両者に差が認められ,低温酸化試料のピーク強度が若干低下していた。スペクトル強度より,メチレンおよびメチン基の存在比が3%程度減少していた。これらのスペクトルからfa値は配合炭の0.75から低温酸化炭の0.78へと増加した。一般に酸素含有量の多い石炭では100°C以上になると脂肪族側鎖が減少する報告43)があり,80°C程度の温度でfa値が変化するほどの脂肪族側鎖の熱分解反応が生じていることは考え難い。80°Cの低温酸化によるfaの増加はこの試料が充填層中で局部的に100°C以上の熱履歴を持つことを示している。

低温酸化試料で見られた上述の傾向は,高温酸化試料で顕著であり,脂肪族炭素由来のピーク強度は大きく低下している。0~22 ppm付近のメチル基のピーク強度は4.0%程度,22~50 ppm付近のメチレンおよびメチン基のピーク強度は13%程度,それぞれ減少している。Table 1に示した元素分析結果からも,高温酸化試料はH/C比が急速に減少していたことを考慮すると,脂肪族炭素の熱分解反応が進んだと考えられる。この熱分解反応に伴い,芳香族炭素比率(fa)44)が約0.75から0.94に増加していることを確認した。なお,高温酸化試料では,155 ppm付近にピークトップを示す酸素と直接結合した芳香族炭素由来のピーク強度の減少が認められた。

3・6 赤外分光法(IR)測定結果

次に酸化による石炭の官能基変化をFTIR測定により検討45)した結果を示す。各試料のIRスペクトル結果をFig.5に示す。試料調製に使用するKBrは吸湿により3400 cm−1付近のO-H伸縮振動に影響を及ぼすことが知られている46)。この影響を除去するため,KBrのみでIR測定を行って得られたスペクトルをKBrによる吸湿影響と仮定し,各試料のIRスペクトル強度から差し引いた。この処理により,1640 cm−1付近のO-H変角振動由来のピークを検討できるようになる。

Fig. 5.

FT-IR spectra of coal samples.

低温酸化試料のスペクトルは,3400 cm−1付近のO-Hの伸縮振動に由来するピーク強度が,配合炭のそれに比べて若干の増加を示す。先に述べたようにKBr吸湿による影響は除いているため,この変化はIRが低温酸化による官能基の生成を捉えたものと結論できる。また,低温酸化試料では,3600 cm−1~3800 cm−1付近のカオリン由来のピーク強度が若干低下している。カオリン由来のO-Hピーク強度は150°C程度から除々に低下することが報告されている41)。この結果は固体13C NMRの結果でも述べた充填層内での試料の局部的な温度上昇によるものと考えている。1600 cm−1付近に見られる芳香族炭素由来のピーク強度は配合炭と同等である。これに対し,低温酸化試料が示す1440 cm−1付近の脂肪族に由来するC-Hピーク強度は,配合炭に比べ若干低下している。このことは,低温酸化処理により,脂肪族側鎖が熱分解したことを示している。

高温酸化試料は配合炭に比べ, そのFTIRスペクトルに以下のピーク強度の低下が認められた。すなわち,脂肪族C-H伸縮振動(2923 cm−1),脂肪族のC−H変角振動(1436 cm−1)。芳香族のC-H伸縮振動(3040 cm−1),C=C伸縮振動(1587 cm−1)である。また,3600 cm−1~3800 cm−1付近カオリン由来のピークは消失し,XRD(Fig.2)より推定されたカオリンの脱水を支持する。その他の高温酸化試料のスペクトルの特徴としては,観測波数領域でバックグラウンドが高くなっており,その要因として熱影響によって炭素骨格が変化している可能性がある。

FTIR分析より,低温酸化試料では,酸化によるO-H官能基の生成と脂肪族側鎖の減少が起こることを明らかにした。これに対し,高温酸化試料では脂肪族の減少に加え,芳香族炭化水素の熱分解,さらには石炭中に含まれていた無機物の脱水も起こるようになる。これらの結果は先の固体13C NMRの結果と矛盾しない。

3・7 固体1H NMR測定結果

低温酸化試料の変化をさらに詳細に確認するため,高速回転条件下での固体1H NMRスペクトル測定4749)を実施し,水素の化学構造を比較した結果をFig.6に示す。配合炭と低温酸化試料の固体1H NMRスペクトルは,7 ppmおよび2 ppm付近にそれぞれ芳香族水素および脂肪族水素に帰属されるピークを示した。今回の測定では高速回転を行い,1H核間の双極子相互作用による広幅化の影響を低減させた上で,芳香族および脂肪族のピーク強度を定量的に議論した。それぞれのピーク強度を比較したところ低温酸化試料の脂肪族水素量は配合炭に比べて15%程度減少していることがわかった。この結果は固体13C NMRでみられた脂肪族炭素の減少量に比べて大きいことから,その理由は脂肪族水素に帰属されるピークにカオリン由来の水酸基の減少が含まれている可能性がある。

Fig. 6.

Solid-state 1H NMR spectra of coal samples.

以上述べたように低温酸化により,固体13C NMRでは脂肪族炭素に帰属されるピーク強度の低下がみられた。また,IRではO-H含有官能基の生成と脂肪族の側鎖の減少が確認された。これらの結果を考慮すると,固体1H NMRで確認された差異は低温酸化によって生じた化学構造の微細な変化を捉えたものと推定できる。

3・8 考察

試験開始温度80°Cの条件でペール缶試験を実施したときの石炭充填層内の温度推移とそのときのガス(O2,CO,CO2)の濃度推移をFig.7に示す。ガス分析には堀場製作所製ポータブルガス分析計PG330を使用した。この図に示すように,試験開始後0.5日程度からO2濃度は緩やかな減少傾向を示し,対してCO2濃度は1日程度から緩やかな増加傾向を示した。使用したポータブル分析計の精度(O2:±125 ppm,CO:±50 ppm,CO2:±100 ppm)から,この変化は有意な変化と考えられる。一般に石炭の低温の酸化反応は,はじめに石炭へのO2吸着が生じた後にCO2が発生する50)といわれており,今回の配合炭試料においても同様のO2吸着およびCO2発生を伴う酸化反応が起きていたと推察される。

Fig. 7.

Trend in temperature of coal bed and concentration of gases.

今まで述べてきたように,様々な機器分析装置を活用して,コークス用配合炭と,それを80°C程度の低温および300°C以上の高温条件で酸化した試料の構造変化を調査した。80°C程度の低温酸化試料は,XRD,ラマン分光法,では明確な差異は認められなかったものの,IR,固体13C NMRおよび固体1H NMRでは僅かな脂肪族官能基の減少に伴う構造変化およびカオリン由来のO-Hピーク強度の低下が確認された。これらの結果および先のガス分析の結果を総合的に考慮すると,これは,試料が充填層状態の中で局部的に雰囲気温度以上に温度上昇していた影響のためと推定される。

既存の報告では,100°C以上の高温または数日間の長期酸化試験によって十分に酸化された石炭を対象に官能基変化を評価しているが,本研究では,低温かつ短時間の酸化試験によって酸化反応の初期過程において脂肪族側鎖の消失と,水酸基の生成の起こることを,一つの分析手法だけではなく,多面的な分析手法を組み合わせることによって明らかにすることができた。特に,核磁気共鳴法の先端的手法を駆使した分析によって微小な構造変化を捉えることができた。一般的に石炭での低温酸化反応は石炭の粒子表面から生じていると推定されている19)。今回の研究で,低温酸化に伴う化学構造の変化が小さかったのは,80°Cでの酸化反応速度が小さいために酸化によって変化した官能基が微量であったか,もしくは,元々配合炭には酸化され易い官能基の存在量が少ないためと考えられる。

4. 結言

コークス製造用に使用している配合炭を,積層状態で酸化を行い,自己酸化反応ンの初期過程を追跡することを目的として,様々な機器分析(XRD,レーザーラマン分光法,FTIR,固体NMR)を活用してその構造変化の解析を行い,以下の知見を得た。

充填状態で80°C,24時間空気と接触させた低温酸化処理では,石炭の炭素骨格構造は変化しないが,脂肪族側鎖の消失と,水酸基の生成が起こることを明らかにした。一方,300°C以上の酸化履歴を与える高温酸化処理をした試料は,揮発分の低下,脂肪族,芳香族炭素由来のピークの減少および炭素の結晶性の変化など,石炭の化学構造の大きな変化をもたらすことを明らかにした。今回観測できた低温処理による分子構造の変化は,非常に小さなものであるが,確かに,高温酸化処理とは異なる過程で進行していることを示している。石炭の自己発熱現象は,酸化反応とそれによる発熱の相乗的な作用により進行すると考えられる。つまり,酸化反応により発生した熱が,さらに酸化反応を促進することになる。今回の知見は,比較的発熱が抑えられた酸化反応初期に関する化学構造の変化であり,自己発熱現象の解明そして,その抑制に大きく寄与することが期待される。しかしながら,今回の検討では,反応部位の特定など,酸化初期過程の詳細を理解するには至っていない。今後,この領域における配合炭の酸化反応メカニズム解明を進めるために,分析機器の高感度化や新たなアプローチが必要であると考えている。

謝辞

本研究を行うにあたり実験結果の考察についてご助言を賜りました,九州大学名誉教授 持田勲博士に厚く御礼申し上げます。

文献
 
© 2018 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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