Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Transformations and Microstructures
Analysis of Reverse Transformation Behavior in Iron-based Alloys Based on Quantitative Microstructure Information by Neutron Diffraction
Kenta HanawaYusuke OnukiYuta UemuraAkinori HoshikawaShigeru SuzukiHiroaki OtsukaYuya ChibaShigeo Sato
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2019 Volume 105 Issue 10 Pages 998-1007

Details
Synopsis:

Relationship between phase transformation and dislocation evolution of Fe-Mn-Si-Cr shape memory alloy upon tensile deformation and subsequent annealing treatment was investigated. Neutron diffraction and electron backscatter diffraction (EBSD) measurements were carried out to evaluate dislocation density and phase transformation. Reasonable phase fraction of martensite was evaluated by Rietveld-texture analysis via neutron diffraction. It was confirmed that EBSD tends to underestimate the phase fraction of martensite. Kernel average misorientation (KAM) analysis was carried out by the EBSD to analyze geometrically necessary (GN) dislocation density. The KAM values of austenitic and martensitic phases increased linearly with nominal strain and did not vary despite the annealing treatment for reverse transformation. On the other hand, dislocation density of austenitic phase, which was estimated by neutron diffraction line-profile analysis, decreased with the annealing treatment. The dislocation density evaluated by neutron diffraction was one digit higher than GN dislocation density estimated by KAM values. This is because neutron diffraction evaluates total dislocation density of not only GN type but also statistically stored (SS) type. Thus, it was indicated that SS dislocations annihilated by recovery whereas GN dislocation remained during the annealing treatment. Interestingly, the total dislocation density of martensitic phase was almost constant irrespective of nominal strains and increased with the annealing treatment. These dislocation evolution behaviors and the effects of dislocations on the reverse transformation were discussed.

1. 緒言

Fe-Mn-Si系合金に代表される鉄系形状記憶合金1,2)は,室温変形にて面心立方(face-centered cubic:FCC)構造を持つオーステナイト相から六方稠密(hexagonal closest packed:HCP)構造を持つマルテンサイト相に応力誘起変態し,また,700 K程度に加熱すると逆変態により形状回復する。この合金の歴史は古く,材料特性とミクロ組織の相関性についてはいくつかのレビューにもまとめられている36)。ただし,鉄系形状記憶合金における形状回復率は必ずしも高くはなく,現在も相変態挙動や変形挙動に関心が集まっている7)。特に,塑性変形量が大きくなるに従い形状回復率は低下するため,その形状回復率向上を目指し,主にマルテンサイト相に着目した解析が行われ,相変態に作用する組成811),結晶粒径12,13),集合組織14),熱処理条件15)等について多くの研究がなされてきた。一方,母相における転位増殖と相変態との関係については顕微鏡観察により形態的な特徴が明らかにされつつあるが13,15,16),その定量的な相関関係については調査されていない。

塑性変形におけるすべり変形によりオーステナイト母相,マルテンサイト相それぞれに転位増殖が生じ,逆変態への抵抗になる。さらに,マルテンサイト変態領域に対し,未変態領域の不整合を埋める転位が必要となる。また,Fe-Mn-Si系合金のマルテンサイト変態を担うのはFCC母相のa/6〈211〉Shockley部分転位である。FCC{111}面のABCABC積層構造において{111}面上で転位が拡張し積層欠陥が形成する。積層欠陥が1層ごとに形成することでHCPのABABA構造となる。以上のように,マルテンサイト変態,逆変態における相変態には転位が密接に関わり,オーステナイト相とマルテンサイト相それぞれにおける転位の挙動を理解することが必要になる。

ミクロ組織観察には一般に透過型電子顕微鏡観察や走査電子顕微鏡を用いたElectron Back Scattering Diffraction(EBSD)観察が用いられる。透過型電子顕微鏡観察では転位や積層欠陥,マルテンサイト相の形態的特徴,結晶方位の特徴を捉えることできるが,局所的な観察領域となるため,ミクロ組織要素を定量的に解析することは必ずしも容易ではない。一方,EBSD観察ではマルテンサイト相の形態的特徴に加え相分率を評価できる。VerbekenらはFe-Mn-Si系合金のマルテンサイト相分率を求める方法として,EBSD観察が有効であると述べている17)。ただし,測定ステップサイズより薄いマルテンサイト相については検出できないため相分率は低く見積もられる可能性を指摘している。また,Kernel Average Misorientation(KAM)からGeometrically Necessary(GN)転位密度を求めることができるが18),Statistically Stored(SS)転位の情報は得られない。

X線や中性子を用いた回折法では,回折ピークの強度や形状を解析することで相分率,転位密度を評価することができる。回折法はミクロ組織を直接観察できないが,特に,中性子を用いた場合,試料全体のバルク平均情報として統計精度の高い定量情報が得られる。従来の相分率解析は特定の回折に着目し,そのピークの積分強度の増減から相分率の相対変化を評価するものが大半である。ただし,圧延や熱処理を受けた実用鋼材,特に高温での逆変態がないオーステナイト相を安定または準安定相として含有する鋼種においては,集合組織による回折強度への影響は必ずしも無視できない。さらに鉄系形状記憶合金におけるFCC母相の回折ピークとHCPマルテンサイト相の回折ピークは互いに重なるため,回折法からマルテンサイト相分率を得ることは容易ではない。

相分率の解析における集合組織の影響の加味,および重複ピークの適切な解釈は,地質学的試料においても大きな課題であった。これに対し考案されたものが,集合組織解析をRietveld解析に取り入れたRietveld texture analysis(RTA)と呼ばれる解析手法である19)。低次から高次までの回折を多数の散乱方位で測定し,それぞれの方位で得られた回折パターンに対し,Orientation Distribution Function(ODF)計算とRietveld解析を融合した解析を行う。Rietveld解析は結晶構造の精密化過程において,FCCとHCP相の回折ピークが重なる場合でも適切にピーク分離することができる。集合組織による回折強度の変化も再現されるため,FCC相とHCP相を持つ組織に対しても精度の高い相分率解析を行うことができる20)。J-PARC MLFでは,白色のパルス中性子に対し中性子の飛行時間で波長分解し回折パターンを得ることができる。特に茨城県材料構造解析装置(BL20 iMATERIA)ではRTAに必要な多方位の中性子回折測定を試料回転なしに行うことができる21,22)。また,転位密度の評価には高い逆空間分解能で観測される回折ピークに対し,形状(ラインプロファイル)解析を行う必要がある。パルス中性子回折は回折角が大きい後方散乱にて逆空間分解能が最も高い。iMATERIAでは後方散乱に対し広い検出器面を備えており,RTAに加え,ラインプロファイル解析に必要な測定を同時に行える。

本研究ではFe-Mn-Si-Cr合金で生じる応力誘起マルテンサイト変態,逆変態,それに付随する転位増殖をEBSDおよび中性子回折により定量的に評価する。EBSDと中性子回折から解析される転位密度や相分率の特徴を議論する。塑性ひずみの増加に伴い応力誘起マルテンサイト変態量は増加するが,逆変態率が低下する。このメカニズムに対し,転位が及ぼす影響を評価し,それらミクロ組織因子の相関性について考察する。

2. 実験方法

試料には鉄系形状記憶合金Fe-27.8Mn-5.97Si-4.93Cr(mass%)(以下,Fe-Mn-Si-Cr合金)を用いた。真空誘導溶融炉で作製されたインゴットを1473 Kにて3600 s焼鈍後,熱間圧延により板状に成形し,873 Kにて600 s焼鈍した。この板材を初期材とし,その平均結晶粒径は約15 μmである。引張試験片は初期材からゲージ部130 mm(長さ)×6 mm(幅)×0.8 mm(厚さ)にて切り出した。この引張試験片の公称応力−公称ひずみ線図をFig.1に示す。引張変形により公称ひずみ:0.1,0.2,0.3を与え,中性子回折測定試料とした。引張試験片はゲージ部を20 mm長で数枚に切断し,それを4枚重ねた状態で中性子を照射した。中性子回折測定後,Ar雰囲気下にて673 K,1800 sの熱処理にて形状回復を施し,再び中性子回折測定を行った。なお,熱処理により生じた形状回復ひずみをFig.2に示す。公称ひずみ増加に伴い回復ひずみ量は低下することが確認された。

Fig. 1.

Nominal stress-strain curve of the Fe-Mn-Si-Cr sample. Neutron diffraction for the samples deformed at nominal strains of 0.1, 0.2, and 0.3, which are denoted as arrows in the stress-strain curve, was carried out in this work.

Fig. 2.

The recovery strain of Fe-Mn-Si-Cr samples heated after tensile tests.

パルス中性子回折測定はJ-PARC MLF BL20に設置された茨城県材料構造解析装置iMATERIAを用いて行った。中性子回折測定のビームサイズは20×20 mm2とし,入射方向は引張試験片の板面法線方向,つまり引張軸に対し垂直に入射した。Fig.3(a)に示すようにiMATERIAでは試料を囲むようにBS(Back Scatter),SE(Special Environment),LA(Low Angle)バンクに検出器が配置されている。ラインプロファイル解析は高分解能の回折パターンが必要となる。分解能は回折角が大きいほど向上するため,ラインプロファイル解析に用いる回折パターンは背面散乱となるBSバンクの検出器を用いた。また,RTAでは各バンクの検出器を約5°の立体角で分割し,Fig.3(b)に示す132方位の極点図方位にて回折パターンを抽出した。なお,BS,SE,LA検出器バンクで観測できるk(=1/d(d:面間隔))領域は異なる。RTAに用いたk領域はシングルフレームモードにて,BS,SEバンク:4−25 nm−1,LAバンク:4−16.7 nm−1である。

Fig. 3.

(a) Schematic drawing of the neutron diffraction experiment at the iMATERIA, and (b) distributions of scattering vectors corresponding to the 132 observation points in diffractometer coordinate13). (Online version in color.)

ラインプロファイル解析には,Convolutional Multiple Whole Profile fitting(CMWP)法23)を用いた。CMWP法では結晶方位による弾性異方性や転位性格による回折ピークの拡がりを回折指数に対するコントラストファクターとして補正する24)。転位密度(ρ),転位のひずみ場の大きさ(Re),結晶子サイズをパラメーターとし,転位由来,結晶子サイズ由来,装置由来のラインプロファイルをコンボリューションし,理論ラインプロファイルを求める。それを測定ラインプロファイルにフィッティングし,パラメーターを最適化する。実際には,個々のラインプロファイル要素のフーリエ係数を乗じ,それをフーリエ変換し,理論ラインプロファイルを導いている。ミクロひずみ由来のラインプロファイルのフーリエ係数ADは次式で表せる。

  
AD(L)=exp{2π2k2L2εk,L2}(1)

ここで,Lは実空間長である。〈ε2k,L〉はミクロひずみの二乗平均でありWilkensのひずみ関数f(LRe)を用いる25)

  
εk,L2=(b2π)2πρC¯f(LRe)(2)

ここで,bはバーガースベクトルの大きさ,ρは転位密度,Cは回折面の転位による結晶ひずみの効果の違いを表す平均コントラストファクターである。結晶子サイズ由来のラインプロファイルのフーリエ係数Asは対数正規分布を仮定し,次のように表せる。

  
As(L)=|L|(Y2|L|Y)erfc[logYm2σ]dY(3)

なお,装置由来のラインプロファイルにはLaB6粉末(SRM 660c,NIST製)の中性子回折パターンを用いた。

Fig.3(b)の方位で得られる132方位の回折パターン21)に対し,RTAを行った。RTAは結晶構造精密化の際,集合組織を表す結晶方位分布関数(Orientation Distribution Function:ODF)をRietveld解析に組み込むことで回折強度の最適化を行う。複相組織においては集合組織による回折強度変化が補正されるため相分率を適切に求めることができる。RTAにはMAUDプログラム26)を利用した。MAUDプログラムは様々なODFの計算手法をオプションとして備えているが,本研究ではODF計算にextended Williams-Imhof-Matthies-Vihel(E-WIMV)法27)を用いた。

EBSDによる組織観察にはショットキー型走査型電子顕微鏡(SU5000,日立ハイテク製)に搭載した結晶方位解析装置(DVC5,TSL製)を用いた。加速電圧15 kV,ステップサイズ0.2 μmにて観察した。EBSD観察は引張試験片の板面にて行った。観察面はコロイダルシリカ研磨後,酢酸−10%過塩素酸にて電解研磨を行い,仕上げにイオンミリングを行った。EBSDデータの解析にはEDAX TSL OIM Analysisを用い,Confidence Index(CI)が0.2より大きいデータポイントに対しphase map等の解析を行った。

3. 結果および考察

3・1 EBSDを用いたミクロ組織解析

Fe-Mn-Si-Cr合金の引張変形に伴う応力誘起マルテンサイト変態および熱処理による逆変態をEBSDにより観察した結果をFig.4に示す。Fig.4(a)−(d)はそれぞれ公称ひずみ:0,0.1,0.2,0.3を与えた試料のphase mapである。公称ひずみの増加に伴い板状のマルテンサイト相形成が進む。また,phase mapとFig.5のInverse Pole Figure (IPF)mapから,同一粒内でも2種類のバリアントでマルテンサイトが形成,交錯し,その頻度は公称ひずみの増加に伴い大きくなる傾向が認められた。さらに,公称ひずみ:0.3試料では板状マルテンサイトが連結し,ブロック状になることが確認された。Fig.4(e)−(h)は673 K熱処理後のphase mapである。公称ひずみ:0.1試料は熱処理によりほとんどのマルテンサイトがオーステナイトに逆変態した。一方,公称ひずみ:0.2,0.3試料においても熱処理による逆変態が進むが,マルテンサイトが交錯した部位やブロック状マルテンサイトを中心にマルテンサイトが残存した。

Fig. 4.

Phase maps of austenitic and martensitic phases of Fe-Mn-Si-Cr samples at nominal strains of (a) 0, (b) 0.1, (c) 0.2, (d) 0.3, and after the annealing treatment at nominal strains of (e) 0, (f) 0.1, (g) 0.2, and (h) 0.3. (Online version in color.)

Fig. 5.

Tensile-axis IPF maps of Fe-Mn-Si-Cr samples at nominal strains of (a) 0, (b) 0.1, (c) 0.2, (d) 0.3, and after the annealing treatment at nominal strain of (e) 0, (f) 0.1, (g) 0.2, and (h) 0.3. Pole figure (i) that the tensile direction is the center of the figure shows crystalline planes of FCC {111} and HCP {0001} at positions of A, B, and C in the IPF map (b). (Online version in color.)

Fig.6Fig.4と同一視野のKAM(Kernel Average Misorientation)mapを示す。KAMは局所的な結晶方位のズレ角(θ)を表し,主にGN転位に起因すると考えられる。公称ひずみの増加に伴いKAM値は高くなるが,特に高KAM値が現れる領域はオーステナイト母相の粒界近傍であり,必ずしもマルテンサイトとオーステナイトの界面近傍ではない。Fig.7はオーステナイト相およびマルテンサイト相のKAM平均値の公称ひずみに対する変化である。KAM値は,GN転位密度(ρGND)と比例関係がある18)

  
ρGND=aθub(4)
Fig. 6.

KAM maps of Fe-Mn-Si-Cr samples at nominal strains of (a) 0, (b) 0.1, (c) 0.2, (d) 0.3, and after the annealing treatment at nominal strain of (e) 0, (f) 0.1, (g) 0.2, and (h) 0.3. (Online version in color.)

Fig. 7.

Average KAM values of (a) austenitic (γ) and (b) martensitic (ε) phases of Fe-Mn-Si-Cr samples as a function of nominal strain. (Online version in color.)

ここでubはそれぞれ測定ステップサイズ,バーガースベクトルを表す。aは転位性格に依存し,立方晶の場合,刃状転位,らせん転位でそれぞれ1,2となる。a=1.5とし,KAM値から換算されたオーステナイト相のGN転位密度をFig.7右軸に示す。マルテンサイト相のKAM値もオーステナイト相と同様の値であり,マルテンサイト相のGN転位密度もオーステナイト相と同様な値と考えられる。なお,熱処理の前後でKAM平均値に明瞭な変化は生じていない。熱処理に伴い,回復による転位密度の減少と逆変態に伴う形状変化による転位密度の増加が生じうる。熱処理によるKAM平均値に変化はなく,オーステナイト相,マルテンサイト相の何れにおいてもGN転位密度に変化が生じないことが確認された。

3・2 Rietveld texture analysis

公称ひずみおよび熱処理に伴う回折パターンの変化を確認するため,BSバンクから得られた回折パターンをFig.8に示す。公称ひずみの増加に伴いマルテンサイト相由来の回折ピーク強度が増加した。また,熱処理によりマルテンサイト相の回折ピーク強度が減少したが,その変化は公称ひずみが大きくなるに従い小さくなる傾向が認められた。ただし,回折ピークの強度は集合組織の影響を受ける。このため,特定の回折ピークの強度増減のみではマルテンサイト相分率を求められない。そこで,RTAにより相分率を評価した。

Fig. 8.

Neutron diffraction patterns of Fe-Mn-Si-Cr samples (a) before and (b) after the annealing treatment at nominal strains of 0, 0.1, 0.2, and 0.3. γ and ε denote austenitic and martensitic phases, respectively.

RTAから求めたマルテンサイト相分率をFig.9に示す。公称ひずみ:0.1までに約40%がマルテンサイト変態し,それ以上の公称ひずみではマルテンサイト変態の進行が緩やかになることが確認された。なお,同図中にFig.4のEBSDから求められたマルテンサイト相分率を示すが,中性子回折から得られた相分率より小さい。板状マルテンサイト相が数~数10 nm程度の場合,その菊池パターンはオーステナイト母相の菊池パターンと重複して検出される。このためCI値が低くなり,マルテンサイト相として解析されない。このためEBSDから求められるマルテンサイト相分率は低く見積もられたと考えられる。

Fig. 9.

Changes in phase fraction of martensite and reverse transformation rate of Fe-Mn-Si-Cr samples with nominal strain. (Online version in color.)

熱処理により逆変態が生じるが,その逆変態率を求めた結果をFig.9右軸に示す。逆変態率Rは変態前後のマルテンサイト体積率をそれぞれVεbVεaとし,次式で定義した。

  
R(%)=VεbVεaVεb×100(5)

公称ひずみ:0.1では約70%逆変態したが,ひずみ量の増加に伴い逆変態率は減少し,公称ひずみ:0.3では約20%程度にまで減少した。マルテンサイト相分率の増加に伴い,異なるバリアントのマルテンサイト交錯やブロック状マルテンサイト形成の頻度が高くなる。このようなマルテンサイト相形態の発達が逆変態率低下の一因になったと考えられる。

RTAでは集合組織が同時に解析される。熱処理前のオーステナイト相のFCC{111},{100}極点図をFig.10に示す。極点図中心が引張軸方向を表す。オーステナイト相ではランダムな結晶方位分布を持つ初期組織に対し,公称ひずみが増加するにつれ,{111},{100}極点図の中心強度が増加している。引張軸方向に{111},{100}面を持つ結晶粒が増加することがわかる。なお,{100}極点図と{111}極点図にはリング状の強度分布が現れている。(111)−(111)面のなす角は約70.5°であり,(100)−(111)のなす角は約54.7°である。極点図中心からのそれら角度位置をFig.10にそれぞれ破線,点線で示す。{100}極点図には中心から点線位置にリング状強度分布を確認でき,{111}繊維集合組織が確認される。また,{111}極点図のリング状の強度分布は破線と点線に挟まれた角度領域に位置しており,引張軸方向に{111}面と{100}が垂直に配向した繊維集合組織に起因したリング状分布であることがわかる。HCP{0001}極点図にはFCC{111}極点図で確認されたリング状の強度分布と同位置にリング状の強度分布が現れている。HCP{0001}//FCC{111}を満たしたマルテンサイト変態が進んだことを示している。なお,FCC{111}極点図では極点図中心,つまり引張軸方向も強度が高い。それに対しHCP{0001}極点図では中心強度が低い。引張軸方向にFCC{111}があるとき,その{111}のSchmid因子は0であり,すべり面として活動できない。このため,拡張転位に基づくHCP形成には至らない。一方,HCP{0001}極点図のリング状分布の方位角において,FCC{111}のSchmid因子は比較的高い。オーステナイトの活動できるすべり面がマルテンサイト晶癖面となり,HCP{0001}極点図にリング状の強度分布が生じたと考えられる。なお,FCC{111}とHCP{0001}の関係はEBSDから得られた結晶方位関係(Fig.5(i))からも確認できる。また,変形が進んだ場合でもマルテンサイト相のリング状強度分布はHCP{0001}//FCC{111}の方位関係を維持している。HCPのすべりは主に〈a〉方向であり,〈c〉方向や〈a+c〉方向はすべりにくい。〈a〉方向にすべりが生じた場合,すべり前後でHCP{0001}の方位は変化しないため,HCP{0001}//FCC{111}の方位関係は維持されたと考えられる。

Fig. 10.

Pole figures of FCC {100}, FCC {111}, and HCP {0001} of Fe-Mn-Si-Cr samples before the annealing treatment at nominal strains of 0, 0.1, 0.2, and 0.3. Tensile direction is the center of the pole figures. Dotted and broken lines denote the directions of 54.7° and 70.5° from the center of pole figures. (Online version in color.)

3・3 ラインプロファイル解析による転位,積層欠陥の評価

Fe-Mn-Si-Cr合金の公称ひずみ増加に伴うFCC 200回折とHCP 101回折のFull width at half maximum(FWHM)の変化をFig.11に示す。FCC 200回折のFWHMは公称ひずみの増加に伴い直線的に増加した。また,同図中には熱処理後の回折に対するFWHMの変化も示すが,熱処理によりFCC 200回折のFWHMは小さくなる傾向が確認された。一方,HCP 1011回折のFWHMは公称ひずみに対し増加せず,熱処理により増加する傾向が確認された。塑性ひずみ量と熱処理によるオーステナイト相やマルテンサイト相の回折ピークのFWHMの変化はSuzukiらも確認しており,その変化の要因を転位密度の変化と推定している28)

Fig. 11.

FWHMs of (a) FCC 200 and (b) HCP 1011 reflections of diffraction patterns of Fe-Mn-Si-Cr samples before and after the annealing treatment at nominal strains of 0.1, 0.2, and 0.3. (Online version in color.)

Fig.12に示すCMWP法により中性子回折パターンフィッティングから転位密度,転位配置パラメーターM,結晶子サイズを求めた結果をFig.13に示す。ここで転位配置パラメーターMは転位間相互作用の強さを表すパラメーターである。

  
M=Reρ(6)
Fig. 12.

Measured (black lines) and simulated (red lines) diffraction patterns of Fe-Mn-Si-Cr samples (a) before and (b) after the annealing treatment at nominal strains of 0.1, 0.2, and 0.3. (Online version in color.)

Fig. 13.

Dislocation density, dislocation arrangement parameter M, and area-weighted crystallite size (<x>area) of (a) austenitic (γ) and (b) martensitic (ε) phases of Fe-Mn-Si-Cr samples before and after the annealing treatment at nominal strains of 0.1, 0.2, and 0.3. (Online version in color.)

1/ρは転位間距離と近似されるので,M値は転位のひずみ場の大きさを転位間距離で規格化した数値となる。M>1は転位間相互作用が弱く,ひずみ場が広がった状態に相当し,M<1は転位間相互作用が強く,転位同士のひずみ場を打ち消し合うように転位が配列していることを示唆する。

Fig.13(a)に示すオーステナイト相の転位密度は公称ひずみが大きくなるに伴い増加し,熱処理により減少した。公称ひずみに対する転位密度の変化はFig.7(a)のGN転位密度増加の傾向と一致する。ただし,Fig.7(a)のGN転位密度は熱処理によりほとんど変化しておらず,Fig.13(a)の傾向と異なる。KAMから求められたGN転位密度は中性子回折から求められた転位密度の1割以下であり,中性子回折から求められた転位密度が主にSS転位に起因すると判断される。したがってSS転位はGN転位に比べ回復が進みやすいと考えられる。なお,熱処理によりM値が低下したが,回復による転位の安定配置への再配列が進んだことを示唆している。

オーステナイト相を母相としてマルテンサイト相が形成されることを踏まえれば,マルテンサイト相の転位はオーステナイト相の転位を引き継ぐと予想される。一方,Fig.13(b)に示すマルテンサイト相の転位密度はオーステナイト相のそれより低い。この原因を説明し得る一つのモデルとして,オーステナイト相における拡張転位に基づくマルテンサイト相形成の関係が考えられる。FCCの転位は拡張し,積層欠陥が生じる。FCC{111}のABCABC構造において1層ごとに積層欠陥が生じるとABAB構造となりHCPとなる。なお,1つの{111}すべり面に対し,3種類のバリアントがあるが,それらが交互に形成しABAB構造を形成するモデルをPutaux and Chevaierは提案している29)。拡張転位の幅が広がる方向にShockley部分転位が運動し,Fig.4のような薄板状として形成される。このマルテンサイト成長は粒界にて止まり,Shockley部分転位は消滅することになる。したがって,オーステナイト相の拡張転位はHCP構造形成と共に消滅し,HCP相の転位としては残らないことになる。ただし,より妥当なモデルも考え得ると思われ,透過電子顕微鏡観察による直接観察も交えた多面的なデータ検証,考察が必要である。

マルテンサイト相の転位密度は公称ひずみに対し,ほとんど変化しない。FWHMが示す実験結果において,公称ひずみに対しほとんど変化しない傾向を反映している。HCP構造の限られた〈a〉方向すべりでは転位の斬り合いが生じにくく,転位ループなどによる転位増殖が進みにくいと考えられる。ただし,この傾向についても透過電子顕微鏡観察による直接観察や,ナノインデンテーションなどの微小領域の硬度測定などで検証が必要である。なお,変形に必要な転位増殖はGN転位密度の増加としてFig.7のように現れている。GN転位密度の割合は総転位密度に比べ1桁程度低いため,総転位密度の変化への影響は小さいと考えられる。

また,Fig.13(b)では熱処理に伴う逆変態にてマルテンサイト相の転位密度の増加が確認され,Fig.7の逆変態に伴うFWHM増加は転位密度増加によることになる。この結果を導いた要因として,2つのモデルが考えられる。まず,実際に転位密度が増加したと考える場合,次のモデルが考えられる。Fig.4のようにオーステナイト母相の粒界から粒界に渡って形成していたマルテンサイト相端部が,逆変態によりFig.4(f)の矢印に示すようにオーステナイト相の粒界から離れる。これはShockley部分転位の可逆運動により生じる。Shockley部分転位の持つひずみ場がそれを端部に持つマルテンサイトに加わり,FWHMの増加,つまり転位密度の増加として求められる。一方,マルテンサイト相に不均一な弾性格子ひずみが形成し,見かけ上の転位密度増加とするモデルも考えられる。Tanakaら30)は転位がほとんどないパーライト鋼において,ラメラ状に形成するフェライトとセメンタイトに相応力が加わり,その結果,不均一な弾性格子ひずみが生じることを示した。加えて,この不均一な弾性格子ひずみは転位による格子ひずみと同様に回折ピークのFWHMを大きくすることを示した。同様な不均一ひずみがマルテンサイトとオーステナイト相間にて生じ,マルテンサイト相に見かけ上の転位密度増加として解析された可能性がある。なお,以上の2つのモデルにおいて,マルテンサイト相が塑性変形により転位増殖したことを示してはいない。これらモデルの妥当性,他のモデルの可能性を検証するには透過電子顕微鏡観察による直接観察や逆変態に伴い結晶粒に加わる応力の評価が必要である。転位による格子ひずみと不均一弾性格子ひずみはラインプロファイル解析から区別されないため,それ以外の解析的手法を構築することもまた今後の課題といえる。なお,M値は熱処理により減少したが,転位増殖と共に転位の安定配置への再配列が進んだことが示唆される。

オーステナイト相の積層欠陥頻度は,その111回折と200回折のピーク位置から評価される。積層欠陥頻度はFCCの{111}ABC積層構造についてABCそれぞれを1層と考え,積層欠陥が現れる確率を意味する。積層欠陥頻度(α)は角度分散型回折において,回折角(2θ)と次式で表される31)

  
Δ(2θ2002θ111)°=903απ2(tanθ2002+tanθ1114)(7)

回折角を散乱ベクトルの大きさ(k)に変換することで積層欠陥頻度が求められる。熱処理前後それぞれについて,公称ひずみに対する積層欠陥頻度の変化をFig.14に示す。熱処理前の積層欠陥頻度は公称ひずみに対し直線的に単調増加している。転位密度も直線的に増加したことを踏まえれば,積層欠陥頻度は転位密度に比例することがわかる。一般に積層欠陥頻度と転位密度は比例関係にあり32),その関係を反映したと考えられる。熱処理に伴う積層欠陥頻度の減少は公称ひずみ:0.1で顕著である。Fig.13(a)において熱処理による転位密度の減少がひずみ量に関わらず同様に生じたことを踏まえれば,公称ひずみ:0.1の熱処理に伴う積層欠陥頻度の顕著な減少は積層欠陥の消滅ではなく,積層欠陥の幅が小さくなったことが主因と考えられる。

Fig. 14.

Stacking fault probability of austenitic phase of Fe-Mn-Si-Cr samples before and after the annealing treatment at nominal strains of 0.1, 0.2, and 0.3. (Online version in color.)

Fe-Mn-Si-Cr合金の形状回復はマルテンサイト相からオーステナイト相への逆変態により生じる。形状回復特性のメカニズムを理解するには逆変態率に及ぼす転位との相関を考察する必要がある。Fig.15に逆変態率に対する熱処理前のオーステナイト相およびマルテンサイト相の転位密度とマルテンサイト相分率の変化を示す。マルテンサイト相分率と逆変態率の関係は直線的ではない。公称ひずみ:0.2から0.3に変化した際,マルテンサイト相分率の変化は大きくはないが,逆変態率の減少は著しく,マルテンサイト相分率以外のミクロ組織要素も逆変態率に作用したと考えられる。オーステナイト相の転位密度増加に対し逆変態率は直線的な減少関係にあり,逆変態率が転位密度と相関性を持つことを示唆している。HCP粒周囲のFCC粒形状は転位密度増加が示唆するように塑性変形する。熱処理の際,HCP相がFCC相に戻ろうとしても,塑性変形により形状変化したFCC粒に拘束され,HCP→FCC相変態による形状回復が阻害されたと考えられる。

Fig. 15.

Changes in the volume fraction of martensitic phase and the dislocation density of austenitic (γ) and martensitic (ε) phases of Fe-Mn-Si-Cr samples before the annealing treatment as a function of reverse transformation rate. (Online version in color.)

一方,マルテンサイト相の転位密度は逆変態率,または公称ひずみに対し,わずかな変化である。つまり,マルテンサイト相の転位は公称ひずみの大きさにかかわらず等しく作用することを示唆している。マルテンサイト相内の転位は逆変態におけるShockley部分転位の可逆運動密度の抵抗となるが,Fig.15に示す逆変態率の変化は,マルテンサイト相の転位密度にはあまり影響されていないと考えられる。なお,本研究ではマルテンサイト相内の転位増殖に至らないケースであったが,圧延など,より大きい塑性ひずみが加えられた場合,マルテンサイト相にも強い塑性ひずみが加わり,マルテンサイト相の転位密度が増加する。その場合,Shockley部分転位の運動はマルテンサイト相内の転位により抑制されると考えられる。

4. 結論

Fe-Mn-Si-Cr合金について引張変形に伴う応力誘起マルテンサイト変態と,その後の熱処理による逆変態に伴うミクロ組織現象をEBSDおよび中性子回折法から観察した。マルテンサイト相分率,転位密度,積層欠陥頻度等の定量的解析,およびそれらミクロ組織因子間の相関性の考察から,以下のことが明らかになった。

(1)変形に伴い,オーステナイト相,マルテンサイト相ともにEBSDから求められるKAM平均値が直線的に増加し,GN転位密度の増加が確認された。また,熱処理に伴い逆変態が生じるが,その際の各相のKAM平均値に変化は生じず,GN転位密度の変化がないことが確認された。

(2)変形に伴う応力誘起変態によりマルテンサイト相分率が増加し,マルテンサイトの形成は変形が進むほど緩やかになる傾向が得られた。また,EBSDによりマルテンサイト相分率を求めると,実際より低く見積もられる傾向となることが確認された。

(3)中性子回折ラインプロファイル解析から求められたオーステナイト相の転位密度はKAM平均値から見積もられたGN転位密度より約1桁高い。中性子回折で観測される転位はGN転位に加えSS転位も含まれる。したがって,マルテンサイト変態を伴う変形において生じる転位はSS転位が占める割合が高いことが明らかになった。また,熱処理によりGN転位密度は変化しないが,SS転位密度は回復により減少することが確認された。

(4)中性子回折ラインプロファイル解析から求められたマルテンサイト相の転位密度は変形量が大きくなるに従い,減少する傾向が確認された。また,熱処理による逆変態においては,マルテンサイト相の転位密度が増加することが確認された。

(5)逆変態率とマルテンサイト相分率との関係は一様ではなく,マルテンサイト相分率が大きくなると,逆変態率低下は著しくなる。また,変形に伴う転位密度の変化はマルテンサイト相において小さく,逆変態率の変化に対するマルテンサイト相の転位密度の影響は小さいことが確認された。一方,オーステナイト相の転位密度の増加に伴い,逆変態率は直線的に低下した。オーステナイト相の転位密度増加はオーステナイト粒の形状変化を示唆し,マルテンサイト粒を囲む変形オーステナイト粒が逆変態率低下の要因であることが示唆された。

謝辞

本研究は平成27年鉄鋼研究振興助成によるものである。また,研究会I鉄鋼のミクロ組織要素と特性の量子線解析の研究テーマのもと進められた。なお,J-PARC MLFにおける中性子回折実験はユーザープログラム(課題番号:2018PM0002)にて行われた。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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