Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Effect of Yield Strength and Microstructure on Fatigue Strength of Steel Plates with the Same Tensile Strength
Teruki Sadasue Tsunehisa HandaTetsuya Tagawa
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2019 Volume 105 Issue 10 Pages 1022-1031

Details
Synopsis:

Fatigue strength in 3types of steel plates, IFNP (Isolated Ferrite covered with Network Pearlite), IFNM (Isolated Ferrite covered with Network Martensite) and FUDP (Ferrite with Uniformly Dispersed Pearlite) with almost the same tensile strength were investigated. Fatigue limits of IFNP and FUDP, consist of ferritic/pearlitic microstructure, were dominated by only cyclic yield strength regardless of ferrite grain size or volume fraction of pearlite phase. However, a fatigue limit exceeded the cyclic yield strength at IFNM.

Propagation of a small fatigue crack within a ferrite grain toward grain boundary adjacent to hard phase was simulated by a micro-mechanics model at IFNP and IFNM. It was considered that the fatigue crack growth driving force of the small fatigue crack was reduced near grain boundary, because the spread of slip band of the fatigue crack tip was restricted by hard phase. It was also considered that the reduction of the fatigue crack driving force promoted by increase of hardness of hard phase. There was a reasonable correlation between calculated range of crack tip opening displacement and threshold of stress intensity factor range at IFNM and IFNP.

Fatigue limits could be evaluated by a Petch type equation as a function of ferrite grain size and the difference in hardness between ferrite phase and hard phase. According to the equations proposed in this study, it can be expected that refinement of ferrite grains and increase of difference in hardness between ferrite phase and hard phase are effective to enhance fatigue limit of the steels.

1. 緒言

近年,橋梁,船舶,建築,ラインパイプなどの分野では,軽量化や高経済性を目的として高張力厚鋼板が積極的に採用されている。このような高張力厚鋼板では製造設備や製造プロセスの進化もあって制御圧延,加速冷却,熱処理を駆使した組織制御が行われており,目的や用途に応じて組織はフェライト/硬質相組織(パーライト,ベイナイト,マルテンサイト),ベイナイト組織,マルテンサイト組織あるいはそれらの組み合わせなど多種多様化している。一方,厚鋼板の高張力化により鋼構造物の薄肉化が図られるが,反して剛性の低下に起因し供用期間中の周期的な応力により疲労損傷が顕在化することが懸念される。しかしながら,現状,上記のような特殊な微視組織を有する鋼材の疲労特性に関する知見は限られており1,2),基本的な疲労強度や疲労き裂伝ぱ特性の把握ならびにそれらと微視組織との関係性を明らかにする必要がある。

よく知られているように鉄鋼材料の疲労強度は硬さ,降伏強度,引張強さなどの力学的特性によって変化し,たとえば引張強さと疲労限度の間には比例関係の式が成立することが一般に知られている3,4)。他方で,鉄鋼材料の疲労強度は微視組織の観点からもその依存性が示されている。粒径の異なるフェライト・パーライト鋼では粒径が小さくなるほど疲労限度は上昇すること5),同一成分では,フェライト・パーライト鋼よりも焼戻しマルテンサイト鋼の方が疲労限度が上昇すること6),さらには,フェライト中に硬質相が分散しているのではなく,硬質相がフェライト粒を取り囲む構造をとることで疲労強度や疲労き裂伝ぱ特性は著しく向上すること7,8)などが知られている。しかしながら,微視組織が変化すると,同時に力学的特性も変化するため,鉄鋼材料の疲労強度向上を総合的に考える上では,力学的特性と微視組織を可能な限り分離した疲労強度評価が望まれる。

本研究では圧延,熱処理によりフェライト粒径と硬質相の形態,分率,硬度を変化させた同一引張強度を有する厚鋼板の疲労強度を調べ,疲労強度と密接な関係にある力学的因子について検討した。また,フェライト結晶粒内にある疲労き裂の硬質相への進展挙動について,微小疲労き裂進展モデル9)でシミュレーションし,その挙動を実験値と比較しながら考察した。

最後に,疲労き裂発生形態,転位下部組織などに着目しながら,疲労強度と微視組織との関連性を考察し,組織パラメータを用いた疲労強度の推定式を提案した。

2. 供試材および試験方法

2・1 厚鋼板

Table 1に示す成分の実験室溶解鋼を,Table 2に示す条件にて実験室熱間圧延/熱処理し板厚20 mmの鋼板とした。圧延方向をL,圧延直角方向をT,板厚方向をSとしたときの板厚中央部におけるS-T面のミクロ組織をFig.1に示す。Fig.1(a)は孤立したフェライトがネットワーク状のパーライトで覆われており,IFNP(Isolated Ferrite covered with Network Pearlite)と称す。Fig.1(b)は孤立したフェライトがネットワーク状の焼戻しマルテンサイトで覆われていることから,IFNM(Isolated Ferrite covered with Network Martensite)と略記する。本論文では,パーライト組織や焼戻しマルテンサイト組織を単に硬質相と記述する。

Table 1. Chemical compositions in 3 types of steel plates (mass%).
Plate No.CSiMnPSMoV
IFNP0.2170.321.080.0030.001
IFNM0.0810.341.090.0040.0010.290.10
FUDP0.1490.231.110.0050.003

IFNP: Isolated Ferrite covered with Network Pearlite

IFNM: Isolated Ferrite covered with Network Martensite

FUDP: Ferrite with Uniformly Dispersed Pearlite

Table 2.

Manufacturing conditions in 3 types of steel plates.

Fig. 1.

Microstructure in 3 types of steel plates.

Table 2よりIFNPとIFNMともに分塊圧延した後,組織の異方性をなくすために溶体化処理を行い,鋼塊を再加熱して熱間圧延により板厚20 mmの鋼板とし空冷した。その後,ノルマラインジングした後に炉冷し,次いでオーステナイト/フェライト二相域温度である760°Cで1 Hour加熱し,IFNPは炉冷,IFNMは水冷した。この二相域温度での熱処理によりCが濃化しているパーライトやフェライト粒界でオーステナイトが優先的に析出し,冷却過程で硬質相へと変態するため,Fig.1(a),(b)に示したような孤立したフェライトがネットワーク状の硬質相で覆われた組織となる。IFNMはその後Temperした。なお,Table 1のIFNPとIFNMのC量はソフトウェア:Thermo-Calc10)を用いて個々の成分系の平衡状態図を計算し,760°Cに加熱したときにIFNPでフェライト0.5/オーステナイト0.5となるよう設定した値(0.22%),IFNMでフェライト0.85/オーステナイト0.15となるよう設定した値(0.08%)である。

一方,Fig.1(c)は比較材でありフェライトマトリクス中にブロック状のパーライトが均一に分散した組織となっていることから,FUDP(Ferrite with Uniformly Dispersed Pearlite)と称す。製法はTMCPで,分塊圧延した後,鋼塊を再加熱して熱間制御圧延して板厚20 mmとし,直後に加速冷却した。

ミクロ組織を定量化した結果をTable 3に示す。いずれの厚鋼板もS-T面,L-T面,L-S面ともに組織はほぼ均一であったため,フェライト粒径,フェライト粒間隔はそれぞれの面の板厚中央部で撮影した複数枚の組織写真でL方向,S方向,T方向で線分法にて測定しそれらを平均した値とした。組織分率も上記と同一視野で組織を二値化し画像解析でもとめた面積分率の平均値とした。フェライトと硬質相の硬度は板厚中央のS-T面にて荷重0.098 Nで測定した5点の安定値の平均をとった。硬質相の体積割合はIFNPで0.58,IFNMで0.17,FUDPで0.16であった。フェライト粒径はFUDP<IFNP<IFNMの順で大きい。フェライトの硬度は3タイプともほぼ等しく,硬質相の硬度はその種類によって異なる。

Table 3. Microstructural aspects in 3 types of steel plates.
Plate No.Hard phaseVolume fraction of hard phaseFerrite grain size, 2d [μm]Micro Vickers hardness1)
Ferrite, HvαHard phase, HvH
IFNPPearlite0.5861132228
IFNMMartensite0.1780139343
FUDPPearlite0.1614141205

1) Load: 0.098 N

2・2 機械的特性

鋼板の静的引張特性をTable 4に示す。表中の値は板厚中央部でT方向に採取した直径6 mm,ゲージレングス25 mmの丸棒引張試験片2本の平均値である。3種の厚鋼板の静的引張強度はほぼ等しい。FUDPの応力−ひずみ曲線は降伏点型であったため静的な降伏強度(YSStatic)は上降伏点とした。一方,IFNMとIFNPの応力−ひずみ曲線はラウンドハウス型であったためYSStaticは0.2%耐力をとった。

Table 4. Static strength, cyclic yield strength and CVN absorbed energy in 3 types of steel plates.
Plate No.Static stress-strain responseCyclic stress-strain responsevE02) [J]
YSStatic [MPa]TS [MPa]uEl1) [%]Stress-strain curveYSCyclic [MPa]Stress-strain curve
IFNP22648819Round-house type362Round-house type68
IFNM28548314Round-house type292Round-house type55
FUDP37547720Yield type373Yield type280

1) Uniform elongation

2) Charpy absorbed energy at 0ºC

板厚中央部でき裂進展方向がL方向となるように2 mmVノッチフルサイズのシャルピー衝撃試験片を採取した。試験温度は0°Cとし各厚鋼板において3本のシャルピー衝撃試験を実施し,吸収エネルギーの平均値を求めた。結果をTable 4に示す。粗大なフェライト粒径のIFNPとIFNMは低靱性であった。

2・3 疲労試験

疲労試験は板厚中央/T方向に採取したFig.2に示す標点部の直径4 mmの砂時計型丸棒試験片にて実施した。疲労試験は大気中,軸荷重制御,室温にて行い,周波数は20 Hz,応力比(R)は0.1とした。繰り返し数が2×106 Cyclesに達した応力振幅の上限値を疲労限度(Δσw)とした。疲労限度近傍で破断した試験片はSEMにて破面観察を行い破壊起点やき裂伝ぱ挙動を調査した。また,疲労限度を示した試験片は表面を組織が識別できる程度まで研磨した後ナイタールでエッチングしデジタル顕微鏡にて表面き裂観察を実施した。疲労限度を示した試験片の標点部から薄膜を作成しTEM観察にてフェライト粒内およびフェライト/硬質相境界近傍における転位下部組織を調べた。

Fig. 2.

Geometry of specimen used for S-N curves and cyclic S-S curves.

Fig.2に示した試験片の標点部に塑性ひずみゲージを添付し繰り返し応力−ひずみ曲線を求めた。大気中,荷重制御のもと室温,周波数0.1 Hz,R=0.1で設定した負荷応力レベルで応力−ひずみのヒステリシスを描き,各負荷応力でヒステリシスが安定したときの最大応力−最大ひずみ点を求めた。設定負荷応力レベルは数レベルで段階的に増加させ,それぞれの設定負荷レベルで得られた安定的なヒステリシスの最大応力−最大ひずみ点を結ぶことで繰り返し応力−ひずみ曲線とした。

板厚中央より試験片厚12.5 mmでき裂がL方向に進むサブサイズのCT試験片を採取した。試験片寸法や試験方法はASTM E64711)に準拠した。疲労き裂伝ぱ試験は大気中,室温にて行い,周波数は20 Hz,R=0.1とした。試験中はき裂長さを試験片背面に添付したひずみゲージにより除荷弾性コンプライアンス法12)でもとめ,き裂伝ぱ速度(da/dN)に換算した。ノッチ底より3 mm進展したときの応力拡大係数範囲(ΔK)が15 MPamとなるよう荷重を設定し,疲労き裂をノッチ底より3 mm進展させた後,ΔK漸減試験により下限界応力拡大係数範囲(ΔKth)を求めた。ΔKthは2×106 Cyclesの繰り返し数でき裂進展量が0.5 mm以下(伝ぱ速度で2.5×10−10 m/cycle以下)に到達したときのΔKとした。なお,予備試験において,試験片両面に添付したクラックゲージにより検出した平均き裂長さと除荷弾性コンプライアンス法によりもとめたき裂長さがほぼ一致することを確認した。

3. 結果

3・1 繰り返し応力−ひずみ曲線

繰り返し応力−ひずみ曲線をFig.3に示す。静的引張と同様にFUDPは上降伏点を示し,他方でIFNPとIFNMはラウンドハウス型の繰り返し応力−ひずみ曲線を示した。本曲線からFUDPで上降伏点,IFNPとIFNMで0.2%耐力を繰り返し降伏強度(YSCyclic)とすると,Table 4で表される。YSCyclicはIFNPで362 MPa,IFNMで292 MPa,FUDPで373 MPaであり,IFNMが最も低い。また,IFNMとFUDPのYSCyclicはYSStaticとほとんど変わらないが,IFNPのYSCyclicはYSStaticよりも136 MPa高い。

Fig. 3.

Cyclic stress-strain curves in 3 types of steel plates.

IFNMのひずみが最も大きい条件でのヒステリシスループをFig.4に示す。通常の両振り(R=−1)のヒステリシスループとは異なり弾性変形を示している。

Fig. 4.

Hysteresis loop of IFNM at large strain.

3・2 疲労き裂伝ぱ曲線

ΔK漸減試験により得られた疲労き裂伝ぱ試験の結果をFig.5に示す。図中のプロットは漸減試験を開始し,安定的に疲労き裂伝ぱ速度が低下したΔK-da/dNである。これより,ΔKthへといたる過程でのΔKレベルにおけるda/dNはIFNM<IFNP<FUDPの順で低下している。このときのΔKthはIFNPで8.6 MPam,IFNMで10.4 MPam,FUDPで7.8 MPamであり,IFNMが最も高い値を示した。

Fig. 5.

Fatigue crack growth rates in 3 types of steel plates.

3・3 疲労強度

3種の厚鋼板のS-N曲線をFig.6に示す。ΔσwはIFNP:325 MPa,FUDP:340 MPa,IFNM:365 MPaであった。疲労限度の最大応力値とTSとの比(σw,max/TS)はIFNPで0.74,FUDPで0.79,IFNMで0.84であり,TSは同等であるが疲労強度は異なる。ここでFig.6より,約105 Cyclesの応力範囲に注目するとIFNMとFUDPはほぼ等しいが,それより長寿命側の応力範囲はFUDP<IFNMとなる。すなわち,IFNMの疲労寿命と応力範囲との傾きはIFNPやFUDPよりも小さく,IFNMの疲労寿命は106 Cyclesを超えるような高サイクル領域で他よりも長寿命となる傾向にある。

Fig. 6.

S-N curves in 3 types of steel plates.

疲労限度近傍で破壊したIFNP(Δσ=330 MPa,Nf=1,456,992 Cycles)およびIFNM(Δσ=383 MPa,Nf=1,017,530 Cycles)のSEMによる破面観察結果をFig.7に示す。Fig.7(a)よりIFNPでは試験片表面より疲労き裂が発生し,それが放射状に伝ぱし破断に至ったことがわかる。一方,Fig.7(b)に示すIFNMも試験片表面より疲労き裂が発生して伝ぱし破断に至っていたが,破面様相がステップワイズで鋭角な起伏を示しており,マルテンサイトが疲労き裂伝ぱの障壁として作用した可能性が示唆される。

Fig. 7.

Fracture surface of specimens near fatigue limit.

疲労限度を示した未破断の試験片にて表面き裂観察を実施した。IFNMの観察結果をFig.8に示す。フェライト粒内に約20 μmの微小疲労き裂が発生していたが,それを取り囲むマルテンサイトにより進展を阻止されたものと考えられた。なお,疲労限度を示したIFNPでも同様な観察を実施したが試験片表面に明瞭な微小疲労き裂を見つけることは出来なかった。

Fig. 8.

Small fatigue crack in IFNM at fatigue limit.

4. 考察

4・1 疲労強度と降伏強度

降伏強度はき裂開口量やき裂先端塑性域などの破壊力学パラメータと密接に結びついていることから,ここでは疲労強度と降伏強度の関係について考察した。

σw,maxとYSStaticの関係をFig.9に示す。図には比較のためS25C~S55Cの従来データ(107Cycles疲労限度)13)も示した。従来データは軸方向引張−圧縮両振り(R=−1)のΔσw13)をGerberの式を用いてR=0.1のΔσwに変換した値を用いた。疲労限度寿命が異なり定量的な評価ではないが,傾向としてFUDPはYSStaticσw,maxで従来データバンド内にある。これに対し,IFNPとIFNMはYSStatic<σw,maxであり,従来データバンドから外れる。

Fig. 9.

Relationship between static yield strength and maximum stress of fatigue limit in 3 types of steel plates.

疲労試験における最大応力値;σmaxをYSCyclicで正規化した疲労寿命線図をFig.10に示す。フェライト/パーライト組織であるIFNPとFUDPのσw,maxはYSCyclicとほとんど一致する。一方,フェライト/マルテンサイト組織を有するIFNMはYSCyclicが292 MPaとIFNPおよびFUDPのそれよりも低く,結果としてσw,max/YSCyclicは1.4で疲労限度がYSCyclicを上回る。このときFig.3よりσw,maxの繰り返しひずみ値を読み取ると,約2.1%ものひずみに対応しており,IFNMでは繰り返し降伏強度での評価が適用できない。

Fig. 10.

S-N curves in 3 types of steel plates normalized by cyclic yield strength.

4・2 微小疲労き裂進展モデル

ここでは,Fig.8で見られたIFNMのフェライトに内在する微小疲労き裂は,その先端のすべり帯が取り囲む硬質相により進展を阻止された結果であると考え,IFNMとIFNPを対象にその進展挙動をTanakaらの微小疲労き裂進展モデル9)を用い考察する。

長さ2aの疲労き裂が内在する粒径2dのフェライト粒を硬質相が取り囲むとき,き裂先端のすべり帯はFig.11に示すように,最初はき裂先端のすべり帯が硬質相の相互作用を受けずに伸びる(ESB;Equilibrium slip band)が,すべり帯先端がフェライト粒界に達した後は,すべり帯が硬質相の影響を受けながら伸びる(PSB;Propagating slip band)と仮定する。ここで,ωは塑性域の大きさであり,フェライト粒の降伏強度をσα,硬質相の降伏強度をσHとし,ヤング率,ポアソン比はフェライト粒と硬質相で等しいものとする。これらモデルが応力範囲:Δσを受けているときの微小疲労き裂先端の開口変位の範囲,Δφt(引張−圧縮でR=−1の両振り時の値)はFig.12のように計算される。縦軸は正規化されたΔφtで,A=μ/[2π(1−ν)](μ:せん断弾性定数,ν:ポアソン比)である。σα/σHTable 3からHvα/HvHで代用している。計算は実用的な値としてΔσ/2σα=0.50および0.99の2ケースで計算した。

Fig. 11.

Models of crack tip slip band.

Fig. 12.

Relationship between range of crack tip opening displacement and crack length.

Δσ/2σα=0.50,0.99ともにESBではa/dの増加とともにΔφtは比例的に増加するが,PSBになるとき裂先端が硬質相に近づくにつれてΔφtは低下し,その低下代はIFNMの方が大きい。

ここで,小規模降伏状態においては,Δφt∝ΔK2が成り立つため,a=dのΔφt[IFNP]/Δφt[IFNM]と(ΔKth [IFNM]/ΔKth [IFNP])2との相関を調べた(厳密にはΔKthは結晶粒程度のき裂に対して得られる微視的応力拡大係数範囲の下限界値15)をとる必要がある)。結果をFig.13に示す。(ΔKth [IFNM]/ΔKth [IFNP])2=1.46に対し,Δφt[IFNP]/Δφt[IFNM]は,Δσ/2σα=0.50の場合で1.46となり一致,Δσ/2σα=0.99での場合でも1.56であり大きく逸脱してはいない。

Fig. 13.

Correlation between range of crack tip opening displacement and threshold of stress intensity factor range.

前述のように,2×106 Cyclesで破壊しなかったIFNPではき裂状の損傷は観察されなかったのに対して,IFNMではマルテンサイトにブロックされたフェライト粒内の停留き裂が観察された。すなわち,フェライト粒を取り囲む硬質相をより強固なマルテンサイトとすることですべり帯進展の阻止を通じて,その進展を阻止し得るものと考えることが出来る。これは,Fig.6に示したように,IFNMは低応力長寿命域,すなわちき裂の発生・初期進展寿命支配域で他よりも長寿命となっていることに対応するものと考えられる。

4・3 転位下部組織

疲労限度を示した試験片の標点部から薄膜を作成しTEM観察を実施した。比較のためIFNMでは静的引張破断した試験片標点部のTEM観察も実施した。観察はフェライト粒内およびフェライト/硬質相境界近傍において行った。代表的な観察結果をFig.14に示す。IFNMの静的破断試験片ではフェライト粒内で転位密度が高く,無秩序に存在している。このときマルテンサイト境界近傍のフェライト粒内では転位密度が低く相境界への転位の堆積もほとんど認められない。IFNPの疲労限度試験片では,フェライト粒内ならびにパーライトに近いフェライト粒内においてセル状組織が発達している。一方,IFNMの疲労限度試験片ではフェライト粒内においてIFNPよりも明瞭なセル状組織が発達している。また,マルテンサイト相境界近傍フェライト側においては他の2ケースと比較して転位の堆積が顕著であるように見える。なお,疲労限度試験片をさらに高倍率で観察すると,フェライト粒内および硬質相境界近傍ともにセル壁はIFNPよりもIFNMの方が厚く,より高い密度の転位群からなっていた。

Fig. 14.

Dislocation substructure of IFNP and IFNM at fatigue limit and static tensile failure.

フェライト粒内におけるセル状組織の発達は試験片表面においてはPSBs(Persistent slip bands)14)となり,フェライト粒内における疲労き裂発生源となることが考えられる。しかし,フェライト/マルテンサイト相境界で転位の堆積が顕著であったことから,前項で指摘したようにフェライト粒内で発生した疲労き裂先端のすべり帯は硬度の高いマルテンサイトによりその拡大が阻止されるため疲労き裂の停留を生じたものと考えられる。

4・4 疲労強度の推定

鉄鋼材料の平滑材の疲労限度では,結晶粒オーダーの微小疲労き裂はすでに発生しており,それが粒界などの障壁を超えて進展する限界の応力が疲労限度に対応するとされる15)。本研究では,Fig.8に示したようにIFNMでのみ疲労限度試験片で停留き裂が観察された。これは硬質相/フェライト相境界における疲労き裂伝播抵抗がIFNMでは他に比べて高く,実験的に観察が容易であっただけであり,疲労限度は基本的にはフェライト相に生じた疲労き裂の停留に対応していると考えられる。

一般に平滑材の疲労限度Δσwは結晶粒径:2dが小さくなると上昇し,Petch型の次式で表されることが知られている3)

  
Δσw=Δσ0+kf2d(1)

Δσ0は疲労すべり帯中の転位の運動に対する摩擦力に対応する応力範囲であり,kfは粒界によるすべり拡大の抵抗力である。

4・2項で示したように,フェライト粒内にある疲労き裂が粒界を超え硬質相へと進展するとき,隣接結晶粒の降伏強度が高いほどき裂先端のすべり帯拡大が阻止され易く,フェライト粒界近傍でき裂の進展駆動力が低下すると考えられる。すなわち,すべり帯拡大に対する粒界の抵抗は粒界をはさんだ前方の組織の強度に依存すると考えられるから,ここではフェライトと硬質相の降伏強度を硬さで代表させ,それぞれの相の硬さの差

  
ΔHvHvHHvα(2)

がフェライト粒中のき裂先端のすべり帯が隣接粒に拡大する場合の粒界の抵抗力に関連した値と考える。すなわち,ΔHvの増加により式(1)のkfが上昇すると考える。Table 3に示した各相の硬さをもとに算定したΔHvとフェライト粒径2dを用いたパラメータΔHv/2dとΔσwとの関係性を調べた結果をFig.15に示す。3点の結果のみではあるが,異なる微視組織を有する鋼のΔσwはΔHv/2dによりほぼ線形関係で整理できるようである。図中の実線はこれらデータからもとめたΔσwの回帰式で

  
Δσw=277+3.82ΔHv2d(3)
Fig. 15.

Prediction of fatigue limits in 3 types of steel plates by the Petch type equation.

で表される。これによると,フェライト/硬質相組織において,フェライト粒径が小さいほど,またフェライト相と硬質相の硬度差が大きいほど,疲労限度は上昇することになる。

なお,式(3)は同一のフェライト硬度を有する場合の本研究結果に限定した回帰式である。例えば,フェライト/硬質相組織で硬質相硬度は変わらず,CuやNiなどでフェライトの固溶強化が生ずるような場合にはΔHvは低下するが式(1)のΔσ0は向上すると考えられる。また,本来であればフェライトを硬質相で取り囲む場合やフェライト中に硬質相が分散する場合では予測式も変化するものと考えられる。今後の課題としたい。

最後に,本検討は鋼材の疲労強度のみを対象としたものであって,Table 4に示したようにIFNMは低靱性であり降伏強度比(YSStatic/TS)も低い。このような疲労強度と靱性,降伏強度とのトレードオフを解消するためにはさらなる研究が必要である。

5. 結言

本研究では圧延,熱処理によりフェライト粒径と硬質相の形態,分率,硬度を変化させた同一引張強度を有する3種の厚鋼板,IFNP,IFNM,FUDPの疲労強度を調べ,疲労強度と密接な関係にある力学的因子について検討した。また,フェライト結晶粒内にある疲労き裂の硬質相への進展挙動について,微小疲労き裂進展モデルでシミュレーションし,その挙動を実験値と比較しながら考察した。そして,疲労き裂発生形態,転位下部組織などに着目しながら,疲労強度と微視組織との関連性を考察し,組織パラメータを用いた疲労強度の推定式を提案した。得られた結果を以下に示す。

(1)3種の厚鋼板の引張強度はほぼ同一であるが,疲労限度はIFNP:325 MPa,FUDP:340 MPa,IFNM:365 MPaの順で向上した。また,下限界応力拡大係数範囲はIFNPで8.6 MPam,IFNMで10.4 MPam,FUDPで7.8 MPamであり,IFNMが最も高い値を示した。IFNMの疲労限度材においてフェライト粒内に約20 μmの微小疲労き裂が発生していたが,それを取り囲むマルテンサイトにより進展を阻止されたものと考えられた。

(2)フェライト/パーライト組織であるIFNPとFUDPの疲労限度は繰り返し降伏強度と一致した。しかし,フェライト/マルテンサイト組織であるIFNMの疲労限度は繰り返し降伏応力を超えていた。

(3)微小疲労き裂進展モデルを用い,IFNPとIFNMでフェライト粒に内在する微小疲労き裂が硬質相へと進展する挙動を考察した。計算によれば,き裂先端が硬質相に近づくにつれてき裂先端の開口変位の範囲は低下し,その低下代はIFNMの方が大きいことが予想された。計算したき裂先端の開口変位の範囲は実験により得られた下限界応力拡大係数範囲と良好な相関関係にあった。

(4)IFNMの疲労限度材ではマルテンサイト相境界近傍フェライト側においてIFNPの疲労限度材よりも転位の堆積が顕著であった。これよりIFNMでは,フェライト粒内で発生した疲労き裂先端のすべり帯が高硬度のマルテンサイトによりその拡大が阻止されるため疲労き裂の停留を生じたものと考えられた。

(5)Petch型の式を用い,3種の厚鋼板の疲労限度の推定を試みた。これによれば,フェライト/硬質相組織において,フェライト粒径が小さいほど,またフェライト相と硬質相の硬度差が大きいほど,疲労限度は上昇することが予測された。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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