鉄と鋼
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論文
第二相粒子が不均一に分散する合金の力学負荷応答に関するモデリングと結晶塑性解析
奥山 彫夢 田中 將己大橋 鉄也森川 龍哉
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2019 年 105 巻 2 号 p. 163-172

詳細
Synopsis:

The relationship between yield stress and the distribution of microscopic plastic deformation was numerically investigated by using a crystal plasticity finite element method (CP-FEM) in the model where particles were randomly distributed. It was in order to reveal which particle spacing. i.e., the maximum, minimum or average particle spacing, can be taken as the representative length which controls yielding. The critical resolved shear stress for the onset of the slip deformation in any element was defined under the extended equation in the Bailey-Hirsch type model. The model includes the term of the Orowan stress obtained from the local values of the representative length. Each particle spacing was distributed with a standard deviation of approximately 2 to 3 times larger than the average particle spacing. The macroscopic mechanical properties obtained with CP-FEM were in good agreement with those experimentally obtained. The onset of microscopic slip deformation depended on the particle distribution. Plastic deformations started first in the area where the particle size is larger, then the plastic region grows in the areas where the particle spacing is smaller. Slip deformation had occurred in 90% of the matrix phase by the macroscopic yield point. The length factor in the Orowan equation was the average spacing of the particles in the model, which is in good agreement with Foreman and Makin. The CP-FEM indicated that in dispersed hardened alloys, microscopic load transfer occurred between the areas where the large particles spacing and the small one at the yielding.

1. 緒言

金属材料の母相結晶中に硬質な第二相粒子が析出・分散する分散強化合金は,高い降伏強度と加工硬化率を示し優れた強度特性を有している。結晶性金属材料の塑性変形は,主に結晶欠陥の一つである転位のすべりによるものと知られている。そのため,すべり変形の難しい硬質な粒子が母相結晶中に微細に分散すると,母相のすべり変形を担う運動転位はそれら微細な粒子をくぐり抜けていく必要があり,単相に比べ降伏強度は増加する。粒子の間を転位がくぐり抜けていく機構1,2)は,次のように理解されている。オロワン機構によって粒子の間を転位が大きく張り出し,張り出した転位同士が対消滅する3)ことで粒子を迂回し抜け出す。この時,転位が粒子を迂回して進むために必要なせん断応力は,オロワン応力として次式で求まる。

  
τOrowan=μb˜l(1)

ここでlμおよびb˜はそれぞれ粒子の表面間隔,母相のせん断弾性係数および母相のバーガースベクトルの大きさである。分散強化合金が巨視的な降伏に至るためには,運動転位が局所的な短距離の移動でとどまるのではなく,無数の粒子の間をくぐり抜けて長距離を移動する必要がある4)。そのため材料の降伏応力に対応するオロワン応力は,平均的な粒子間隔を式(1)に用いる。その平均間隔lは粒子の平均直径dと体積分率Vfから正方配列近似により次式で求めることが出来る。

  
l¯=π6Vfd¯(2)

ただし平均間隔lは粒子の中心間距離となる。またForeman and Makinは,不規則に複数の粒子が分散するすべり面上を転位が抜けていくために要するせん断応力を計算した。その結果,転位が粒子の間を抜ける際の臨界角が10°程度(硬質粒子)の場合,その応力は正方配列近似による粒子の平均間隔lから求まるオロワン応力の0.8倍になることを示した5)。このことから,硬質粒子分散鋼におけるオロワン応力の評価法として粒子の平均間隔lに補正係数1.25を掛けその値から粒子の平均直径を引いた値を粒子の有効平均間隔λとする次式が提案されている6)

  
λ=1.25l¯π4d¯(3)

これまで我々は,この粒子の有効平均間隔λを用いて,巨視的な力学特性(降伏強度,加工硬化率)を表現することのできるモデルを検討し,それを有限要素法結晶塑性解析に適用してきた7,8)。結果,分散強化合金の巨視的力学特性(降伏応力,加工硬化)は,それぞれ粒子の有効平均間隔λの関数で良く表現できることを示した。有限要素法結晶塑性解析は微視的な塑性変形の開始とその伝播を解析することが出来る。しかし粒子の有効平均間隔λから求まるCRSSは母相内で均一な値となるため,不均一に粒子が分散する組織の微視的(局所的)な塑性変形の開始を正確に表現することは出来ない。実際の分散強化合金中では,粒子が不均一に分散することで局所的に粒子間隔は異なり,微視的な塑性変形の開始は,結晶中で不均一に生ずるものと考えられる。

分散強化合金中で生ずる微視的な塑性変形の開始として次のような描像が考えられる。粒子が不規則に分散する場合,CRSSを決める巨視的な粒子の平均間隔は式(2)又は式(3)で求めることが出来る。しかし粒子が密集する領域や疎に分布する領域が混在することで,局所的なlの値は式(2)の値とは異なることが考えられる。すると粒子が密に分布する領域では粒子間隔が狭いことにより,すべり変形開始のために高いせん断応力を要する。一方,粒子が疎に分布する領域では粒子間隔が広いことにより低いせん断応力ですべり変形が開始すると考えられる。これは式(1)に示したように粒子間隔によってオロワン応力が異なるためである。このようにすべり変形に要するせん断応力の異なる領域が混在していれば,低いオロワン応力即ちCRSSの低い領域で微視的な降伏が生ずる。微視的な変形の開始とその伝播によって巨視的な降伏に至るとすると,微視組織をより詳細に表現し解析することで析出物が不均一に分散する系においても巨視的な降伏を支配する寸法因子を明らにする事ができる。

そこで本論文では,まず分散強化合金の微視組織すなわち3次元粒子分布を解析し局所的な粒子間隔を得る。そして得られた粒子間隔から局所的にCRSSが異なるという条件を有限要素法結晶塑性解析に導入する。これにより微視的なすべり変形の開始と巨視的な力学特性との関係を明らかにし,微視組織の結晶塑性解析から巨視的力学特性を表現可能な数値モデルを検討する。

2.分散粒子の空間配置と変形に関与する特徴長さ

多くの粒子が3次元空間に不均一に分布していることを考慮した結晶塑性解析を行うため,次のようにモデルを作成した。まず3次元空間中に疑似乱数を用いて粒子を分散させた。その際,粒子直径と粒子の体積分率を設定した。本論文ではフェライト母相中に平均粒子直径39 nmの炭化バナジウム粒子が体積分率1.24%分散する材料9)を想定し3次元領域を作成した。Fig.1(a)にその3次元領域を示す。一辺が1.36 μmの立方体領域中に直径39 nmの粒子が1000個不規則に分散している。この3次元領域を基に有限要素モデルと各要素に適用する粒子の間隔を解析した。

Fig. 1.

(a) Distribution of particles in 3 dimensional space. The number of particles is 1000. Diameter and volume fraction of distributed particles are 39 nm and 1.24%, respectively. (b) The model used for the finite element analysis. The model is a part of the 3 dimensional region shown in (a). (c) Definition of the Euler angles between the crystal and specimen coordinate systems.

有限要素モデルは,Fig.1(a)に示す3次元領域の一部を抜き出した物とした。その理由は,Fig.1(a)で示す解析モデルと粒子分散空間を同一寸法とした場合,端部では周辺に粒子が存在しない領域が出来てしまうからである。なお,より大きな厚みを持ったモデル(例えば立方体)とすることも可能である。しかしそのようなモデルでは,十分な空間分解能を有する要素サイズを適用するためには莫大な要素数が必要となり,現状では有限要素法による計算が困難である。そこで有限要素モデルは厚さの薄い平板モデルとした。その解析モデルをFig.1(b)に示す。解析モデルは,3次元領域の中央付近となるような領域を抜き出した物である。3次元領域と解析モデルの原点を最奥の頂点とすると,3次元領域の座標点x=150 nm,y=150 nm,z=650 nmと解析モデルの原点が一致する。一方,局所的な粒子間隔の解析は,有限要素解析モデルの基となる3次元領域を用いて解析することで3次元粒子分布に基づき粒子間隔(微視組織の特徴長さ)を得た。

各要素における粒子間隔すなわち変形に関与する特徴長さは,次のように解析した。なお粒子間隔の解析は,各要素と各すべり系で独立に行った。ここではその例として一つの要素と一つのすべり系の場合について述べる。ここで示すすべり系の結晶方位は,Fig.1(c)に示すオイラー角の定義を用いるとκ=77.33°,θ=24.73°,φ=257.33°となる。Fig.1(b)に示すすべり面およびすべり方向について述べる。まずFig.2(a)に示す様に3次元領域から解析モデル中の注目する要素の中心点を通り,解析するすべり系のすべり面と平行な面を抽出する。Fig.2(b)に示す抽出した面に存在する粒子の内,注目する要素を囲んでいる粒子をさらに抽出する。ここで注目する要素を囲んでいる粒子の定義は以下の様に行う。粒子の中心点と注目する要素の中心点を用いてボロノイ分割を行い,Fig.2(b)に示す二点鎖線の様に注目する要素点のボロノイ領域と隣接するボロノイ領域の核となる粒子を,注目する要素を囲んでいる粒子とし判別し定義する。Fig.2(c)に示す注目する要素を囲んだ粒子同士の間隔liをその微視組織の局所的な特徴長さとする。

Fig. 2.

Determination of the local particle spacing around a point in the specimen. (a) Extraction of particles on the slip plane passing through the point of interest from 3 dimensional region of Fig.1(a). (b) Selection of particles surrounding the point of interest on the slip plane. (c) Distance between surrounding particles.

従来多くの場合,分散強化合金の降伏応力の評価法は,Foreman and Makinが計算した「不規則に粒子が分散した領域の転位の運動」の研究5)に立脚している。Foreman and Makinの計算では,運動転位が粒子群に引っかかった後,不規則に分布る粒子の中で間隔の広い箇所を抜けていく様子が見られる。このモデルにおける塑性変形は,すべり変形が容易な領域で優先的に生じていると考えることが出来る。即ちこの描像では巨視的な降伏は,運動転位が局所的な粒子間隔lmax.を多数くぐり抜けた際に生ずる。従って局所的なCRSSはlmax.によって決まることで巨視的な降伏応力はlmax.に支配されると考えられる。また注目する要素の属する領域に転位源が存在する場合,その転位源から放出される転位ループが継続的に活動するためには,その領域を囲む粒子の内,最も狭い間隔(lmin.)も抜けていく転位が,局所的に多数存在することでマクロな塑性変形を担う必要がある。従って局所的なCRSSはlmin.によって決まることで局所的な降伏応力はlmin.に支配するとも考えられる。このように,どこの粒子同士の間隔がその微視組織の特徴を表す長さとすることが適切かは自明ではない。そこで本論文では,lmax.lmin.に加えて,特定の機構に限定せず,注目する要素を取り囲む粒子の平均間隔lave.をその微視組織における特徴長さとし,それら3つの条件下で解析を行い,分散強化合金の局所的な微視組織の特徴長さを検討する。なおlave.は次式で定義するとともに,Fig.2(c)ではn=8とする。

  
lave.=1ni=1nli(4)

3. 結晶塑性解析モデル

本論文の解析には,有限要素法を基礎とした3次元結晶塑性解析ソフトウェアコード10,11)を用いた。これまでの研究において分散強化型合金に適応できるよう従来の結晶塑性モデルの拡張も行ってきた。しかしこれまでのモデルでは各相や結晶粒ごとの微視組織の特徴長さを結晶塑性モデルに導入するまでに留まっていた。そこで本論文ではさらに拡張し要素ごとに局所的な微視組織の特徴長さをモデルに導入できるものとした。ここでは微視組織の特徴長さに依存するCRSSのモデルと転位密度に関するモデルについて示す。

各要素のすべり系nにおけるCRSSは,拡張Bailey-Hirschモデル12)では次式で与えられる。

  
θ(n)=θ0(n)(T)+m=1NΩ(nm)aμb˜ρS(m)+μb˜l(n)(5)

温度をTとすると式(5)の右辺第1項はすべり系nの格子摩擦応力θ0(n)(T),第2項は結晶中に蓄積した転位による変形抵抗で,ρs(m)はすべり系mに蓄積した統計的に蓄積する転位(statistically stored dislocations,SS転位)の密度である。Ω(nm)はすべり系nの運動転位とすべり系mに蓄積している転位の相互作用行列であり,運動転位と蓄積転位の相互作用の関係がすべり系の組み合わせによって異なる事を行列成分の値によって表現する。本論文では等方硬化としΩ(nm)は1とした。Nはすべり系の数である。aμおよびb˜はそれぞれ数値係数,せん断弾性係数およびバーガースベクトルの大きさである。右辺第3項は微視組織の特徴長さl(n)に依存するオロワン応力項である。例えば多結晶体では結晶粒径12),層状組織では層厚さ13)を微視組織の特徴長さとすることなどが提案されている。本論文では第2章に述べた手法を用いて,要素を取り囲む粒子の間隔を計算し,その値を微視組織の特徴長さとして要素ごとに与える。

連続体力学に基づく結晶塑性解析では,転位をSS転位と幾何学的に必要な転位(geometrically necessary dislocations,GN転位)14)に分けて考える。

すべり系n上でのSS転位密度の増分はKocks-Meckingモデル15,16)において次式で与えられる。

  
dρS(n)=(1L(n)DρS(n))dγ(n)b˜(6)

ここでL(n)はすべり系n上における転位の平均自由行程である。Dは蓄積した転位の消滅に関係する係数である。D/b˜の値として4.1~4.5程度の値17)が提案されており,本論文ではD=5b˜とした。式(6)は,塑性変形と共に増殖した転位がL程度の距離を運動したのちに材料中に蓄積することと,それまでに蓄積した転位の密度ρs(n)が高くなればD程度の距離にある反対符号の転位と対消滅する描像に立脚している。

転位の平均自由行程L(n)は,すべり面上を運動する転位が障害物によって捕捉されるまでの距離とする。障害物となりうるものとして,すべり系nに対する林立転位,すなわち着目する転位から見て他のすべり系に蓄積する転位が考えられる。また分散強化合金中では,分散粒子によって運動転位が捕捉される。そこで転位の平均自由行程は,それまでに結晶中に蓄積した転位の平均間隔と,分散粒子間の距離のどちらか小さいほうに依存するとし,次式で決まることとする。

  
L(n)=Min[c*m=1Nw(nm){ρS(m)+ρG(m)},n*l(n)](7)

ここで∥ρG(m)∥は後に述べるように,すべり系mに蓄積したGN転位の密度ノルムである。式(7)では,SS転位とGN転位が重みw(nm)を介してすべり系nの平均自由行程に関与すると同時に,この平均自由行程は式(6)によってSS転位の蓄積にも関与する。ここではすべり面が同じすべり系同士ではw(nm)=0,すべり面が異なるすべり系同士ではw(nm)=1とした。c*は運動転位に対する蓄積転位の抵抗に関する数値係数で経験的に10から100程度の値18)が良く使われ,本論文では15を用いた。n*は微細粒子が分散する結晶中での転位の運動様式に依存する数値係数で,運動転位が分散粒子の平均間隔ごとに捕捉されるとすればn*=1である。硬質粒子が不規則に分散する結晶中ではn*=2が良い近似であることがこれまでの研究7)で分かっている。ただし本論文ではまずn*=1として計算を行った。式(7)右辺第1要素および第2要素を本論文では(転位の平均自由行程に関する)有効林転位間隔および有効粒子間隔と呼ぶことにする。式(7)は結晶中に高密度に転位が蓄積していれば有効林転位間隔が転位の平均自由行程となるが,有効粒子間隔が有効林転位間隔よりも小さければ,有効粒子間隔が転位の平均自由行程となることを表している。

GN転位14)の刃状成分とらせん成分の密度はξ(n)ζ(n)方向でそれぞれ偏微分をとり次のように求められる11)

  
ρg,edge(n)=1b˜γ(n)ξ(n)(8)
  
ρg,screw(n)=1b˜γ(n)ζ(n)(9)

ここでξ(n)ζ(n)は,それぞれすべり面上ですべり方向に平行な方向と垂直な方向である。‖ρG(n)‖は二つの成分からなるすべり系n上でのGN転位の密度(密度ノルム)で,

  
ρG(n)=(ρg,edge(n))2+(ρg,screw(n))2(10)

で与えられる。

4. 解析条件

本論文では,フェライト母相中に硬質な炭化バナジウム(VC)粒子が分散析出した硬質粒子分散鋼9)を解析対象とする。解析モデルは,微細な粒子が母相結晶中に数多く不規則に分散した領域から一部を抜き出した物とする(Fig.1(b))。本論文では,粒子が10程度分散する平板モデルを用いた。一方,解析条件の重要なパラメータである局所的な微視組織の特徴長さは,本論文の2章に述べたように1000個の粒子が3次元的に不規則に分散した領域を基に決定している。その条件は,参照した実験9)から粒子直径39 nm,体積分率1.24%とした。これにより3次元粒子分布による降伏応力と転位蓄積による加工硬化を表現する。モデルの寸法は,1 μm×1 μm×0.0066 μmである。要素数は,300×300×2の180000要素である。

Fig.3(a),(b)および(c)に,同一領域において3次元粒子分布を考慮し得られた局所的なlmin.lave.およびlmax.の分布を示す。グレースケールコンターは40 nmから700 nmまでの値を示しており,Fig.3(c)における最大値は1065 nmであった。また式(2)により求まる粒子直径と体積分率から得られる粒子中心の平均間隔は253 nmであった。この事より,不規則に粒子が分散した3次領域では粒子の間隔が平均間隔の4倍広い場所もあることが分かる。

Fig. 3.

Distribution of the representative length on the primary slip system determined by (a) lmin., (b) lave. and (c) lmax., respectively.

解析に用いた主な材料定数をTable 1に示す。母相はBCC構造であるフェライトで,弾性定数は室温での鉄単結晶の弾性コンプライアンス19)を用いた。この時,主軸方向{100}に関するヤング率は約130 GPaとなる。格子摩擦応力は50 MPaとし,拡張Bailey-Hirschモデル(式(7))の数値係数aは0.1とした。分散する第二相粒子はFCC構造であるVCで,室温でのヤング率,ポアソン比およびせん断弾性係数の値20)がそれぞれ430 GPa,0.25および157 GPaとなるように弾性コンプライアンスを決定した。VCは塑性変形しにくい硬質なものであるため,VCにおける格子摩擦応力はすべり変形の生じないよう十分大きな値とした。結晶方位は母相,第二相共にFig.1(c)に示すオイラー角の定義の下でκ=77.33°,θ=24.73°,φ=257.33°を与えた。本方位での主すべり系は(101)[111]であり,すべり面法線方向とすべり方向をFig.1(b)で示すようにそれぞれx’,y’とした。ここで,y軸方向を引張軸とした時,主すべり系のSchmid因子は0.5となる。BCC構造を有する母相のすべり面は,{110}面と{112}面とし,活動すべり系は24通りとなる。しかし,分散強化合金において2次すべり系の活動が公称ひずみ0.05程度までの巨視的力学特性に与える影響は少ないことが分かっている8)。そこで本論文では単純化のために主すべり系のみが活動する事とした。

Table 1. Material data used for the analysis.
ironVC
Elastic compliance
[×10–11 m2/N]
s110.77200.2325
s12–0.2850–0.0512
s440.90200.6369
Magnitude of Burgers vector [nm]0.248
Lattice friction stress [MPa]50
Initial dislocations density [m–2]24.0 × 109

5. 結果および考察

5・1 降伏挙動

Fig.4に結晶塑性解析を用いて引張変形解析により得られた公称応力−公称ひずみ曲線を示す。参照した実験の結果を実線9),本研究で得られた解析結果をシンボルと破線で示す。〇のシンボル,□のシンボル,△のシンボルは,局所的な粒子間隔がそれぞれlmin.lmax.lave.での結果である。0.2%耐力を降伏応力とすると,lminタイプの降伏応力は約600 MPaとなる。なお参照した実験の降伏応力は約340 MPaであり,lminタイプの降伏応力は,実験の結果と比較して約1.8倍高い値となった。lmax.タイプの降伏応力は約270 MPaであり,実験結果の約0.8倍となり実験と比べ低い値となった。一方,lave.タイプの降伏応力は約350 MPaであり,実験結果とほぼ一致した。

Fig. 4.

Nominal stress-strain curves obtained by experimental and numerical analyses. Numerical results with symbol 〇, △ and □ were obtained with the representative length defined by lmin., lave. and lmax., respectively.

ここでlmin.タイプの場合,降伏応力は実験結果に比べ2倍近く高く,実験の応力−ひずみ曲線から大きく外れているのに対し,lmax.タイプの場合,降伏応力は実験に比べ0.8倍程度にとどまっている。その要因は次の通りである。CRSSを決める式(5)においてオロワン応力項はμb˜/lで与えられる。つまりFig.5で示す様に粒子間隔lから求まるオロワン応力のCRSSへの寄与分は,粒子間隔lと反比例の関係にある。Fig.5より粒子間隔が小さくなるにつれオロワン応力は高くなり,その増加率は粒子間隔によって異なる。例えば,lmin.の平均値lmin.¯は約96 nmでオロワン応力は286 MPa,lave.の平均値lave¯は約263 nmでオロワン応力は105 MPa,lmax.の平均値lmax.¯は約417 nmでオロワン応力は66 MPaとなる。ここに格子摩擦応力の50 MPaを足してCRSSの値について考えると,lmin¯でのCRSSは336 MPaでありlave¯でのCRSSの155 MPaに比べ2.2倍と高い値になるが,lmax.¯でのCRSSは116 MPaとなるためlave.¯でのCRSSに比べ0.75倍程度低いだけにとどまる。そのためlmax.タイプの計算結果は,lmin.タイプの結果の様にlave.タイプの計算結果や実験結果から大きく乖離することなくそれほど変わらない結果となっている。

Fig. 5.

Relationships between the particle spacing and the Orowan stress. Open symbols show the average values of lmin., lave. and lmax.. Here, μ and b˜ are 111 GPa and 0.248 nm, respectively.

本論文では,粒子の不規則な分布を一様乱数によって生成しており,粒子の極端な偏りはない。そのため,その3次元領域中のどの場所にすべり面を仮定しても,その面上に現れる粒子の分散状態は,Foreman and Makinが規定した不規則に粒子が分散するすべり面と近しいものとなる。そのようなすべり面上の粒子間隔を解析し,各要素点を取り囲む粒子の平均間隔を微視組織の特徴長さとして,有限要素法結晶塑性解析を行うことで,「転位の運動を計算し降伏に対応するせん断応力を求めた結果」と「転位モデルを用いた有限要素法による力学的な計算の結果」でほぼ同じ降伏挙動結果を得られることが明らかとなった。

ここでlave.タイプの結果に着目する。本論文の手法では,局所的に微視組織の特徴長さが異なることで式(5)により決定される初期CRSSが各要素で異なる。母相における各要素でのCRSSの平均値(164 MPa)をSchmid因子0.5として降伏応力に換算するとその値は328 MPaとなることから,実験で得られている0.2%耐力の値340 MPaとほぼ一致している。ここで各要素の特徴長さの平均値は263 nmである。一方,式(2)から粒子の平均直径を引いて得られる正方配列近似の粒子の表面平均間隔は223 nmである。両者の比は,約1.18である。この値はForeman and Makinによって提案された「不規則に粒子が分散した領域を転位が抜けるために要するせん断応力」と「正方配列近似の平均間隔から得られるオロワン応力」との差を補正する係数(1.25)より若干小さいが近い値となった。

次にFig.4で示した局所的にCRSSが異なる分布を持つ解析モデルにおいて生ずる,微視的なすべり変形の開始と巨視的な降伏時におけるすべり変形について詳細を示す。Fig.6は,lave.タイプの各要素の特徴長さを頻度分布によって示したものである。特徴長さの最大値は627 nm,最小値は46 nm,平均値は263 nm,標準偏差は628 nmである。変形の初期段階,例えば公称ひずみ0.00152で公称応力が256 MPaの時,すなわち0.2%耐力の73%の応力レベルでは,母相要素体積のうちの6.6%に塑性ひずみが生じていた。微視的な降伏は,変形の初期段階から生じており特徴長さの広い場所から塑性変形が開始していた。ここで母相要素体積のうちの特徴長さの大きい値,上位6%は約350 nm以上の値を持つ。一方,0.2%耐力,すなわち巨視的な降伏になる公称ひずみ0.0038~0.0044では,母相要素体積のうちの83%~87%で塑性ひずみが生じていた。つまり母相要素体積の10%程度の領域は未塑性変形領域である。このことから分散強化合金の巨視的な降伏時には,硬質粒子と軟質母相の応力分配だけでなく,母相内でも粒子間隔の広い領域と狭い領域で応力分配が生じていることが分かる*1。このような弾塑性変形による応力分配は一般的に二相鋼中で良く見られる21)が,分散強化合金でも母相内で同様に見られることが分かった。

Fig. 6.

Histogram of local values of the representative length. Left axis and bar are the frequency. Right axis and the black curve show accumulation.

*1 仮想的にこのような応力分配がもし生じないとするならば,巨視的な降伏応力が低くなるため局所的な粒子間隔はlave.より小さい値となる必要がある。なぜなら応力分配として受け持たれるべき応力は転位を動かすための応力として受け持たれる必要が生じる為である。従ってこのような場合には,lmin.を用いて得られる巨視的な降伏応力が,実験値をより再現するようになる可能性も考えられる。

ここでlave.タイプにおいて,母相要素の特徴長さを上位85%で平均を取ると約280 nmとなる。この値と正方配列近似の粒子表面平均間隔223 nmとの比は約1.26となり,前述のForeman and Makingが示した補正係数(1.25)とよく一致する。その要因を以下に考察する。Foreman and Makinの計算「不規則に粒子が分散したすべり面上を転位が抜けていく」描像5)は以下の様に表現された。運動転位が粒子間を抜けていく際,粒子間隔の狭い粒子が密集した領域では粒子集団の中をオロワン機構により抜けていかず,運動転位はその粒子集団を迂回して進む。つまり粒子の集団を一つの塊の様にしてその周りに転位ループを残して運動転位は進む。このことは,粒子の密集した領域ではすべり変形が起きていないことを示している。Foreman and Makinの計算は,粒子が多数分散した領域を転位が抜けきった際の応力を降伏応力と定義している。そのため降伏時には上述のように未すべり領域を含むが,計算の性質上それら未すべり変形領域の変形抵抗は計算に現れない。したがって前述のForeman and Makinが示した補正係数(1.25)は,すべり変形領域のみを考慮した際に得られる値である。そのため本論文のすべり変形領域のみを考慮して得られた補正係数1.26とよく一致すると考えられる。

本研究の結果から,分散強化合金の巨視的な降伏時には,弾性変形領域と弾塑性変形領域が混在していると考えられる。しかし応力−ひずみ曲線上に反映されるべき弾性・塑性変形領域の分布を実験上正確に決定することは,非常に困難である。したがって,実用的には母相全体の粒子間隔の平均値から得られる補正係数を1.18とすることも考えられる。さらに補正係数は粒子の分散状態によっても変化するものと考えられる。本論文では一様乱数を用いて粒子を分散させ粒子間隔を解析した結果,局所的な粒子間隔の分布は正規分布に乗っていた。粒子間隔が対数正規分布や二峰性を持つ分布などの場合に,本論文で得られた結果と同様の塑性ひずみ分布および体積分率となる描像は考えにくい。そこで異なる粒子の分散状態を持つ分散強化合金の降伏強度を表現する粒子間隔の補正係数については,今後検討する必要がある。

5・2 加工硬化挙動

次に本節では加工硬化特性について検討する。Fig.4で示すように降伏応力がほぼ一致したlave.タイプの結果に注目すると加工硬化率は,実験に比べ高い値となった。この計算では,式(7)中のすべり変形の開始に関与する寸法因子と,転位の蓄積に関与する寸法因子の値は同じものとし,同じ微視組織の特徴長さを用いている。しかし,筆者はそれら寸法因子の値は異なるものとする必要性を指摘している7)。そこで本論文においても式(7)中にある,結晶中で転位の運動様式に依存する数値係数n*を2として解析を行った。それにより得られた応力ひずみ曲線をFig.7に示す。実線は参照した実験結果,破線と▲のシンボルは計算によって得られた結果を示す。降伏応力と加工硬化率ともにほぼ実験値と一致しており,実験の応力ひずみ曲線をほぼ再現している。すなわち前報で得た結論と同様,この合金の場合転位の平均自由行程は平均粒子間隔の2倍程度とするのが良い近似であることがわかる。

Fig. 7.

Nominal stress-strain curves obtained by experimental and numerical analysis.

次に微視組織に生ずるすべり変形の発展について示す。Fig.8は,各公称ひずみの値における主すべり系の塑性せん断ひずみ分布(γx’y’P)を示した図である。Fig.8(a)で示す変形初期段階(公称ひずみ0.00165時)では,塑性変形の開始している領域は,Fig.3で示したように特徴長さの十分大きな領域,つまりCRSSの低い領域に限られている。そのため特徴長さの分布に依存し塑性ひずみが生じており,すべり方向に沿って伸びたように塑性ひずみが分布している。変形が進むと母相の中のより広い箇所に塑性ひずみが生じ,それらが伝播する。公称ひずみ0.05時にはFig.8(d)で示す様に,ひずみ値そのものは不均一であるが母相の約99.7%の領域で塑性ひずみが生じている。また変形初期とは異なり,すべり方向に沿った塑性ひずみの分布に加え,すべり面法線方向にも塑性ひずみの大きな領域が分布している。このようなひずみ分布の発展は,組織中に形成される応力場と密接なつながりがある。

Fig. 8.

Distribution of plastic shear strain on the primary slip system when the nominal tensile strain is (a) 0.00165, (b) 0.00314, (c) 0.02 and (d) 0.05, respectively.

Fig.9に公称ひずみ0.05時の応力分布を示す。Fig.9(a)σyy分布,(b)はσxx分布,(c)はτxy分布である。粒子周りの応力分布は,粒子を一つ含んだモデルの3次元応力解析の結果7)と同様であり,粒子近傍に高い圧縮と引張りの応力集中とそれらがすべり方向およびすべり面法線方向に延びている。また各粒子周りに形成した応力場同士が連結し母相の広い範囲に不均一な応力場を形成している。

Fig. 9.

Distribution of the stress components (a) σyy, (b) σxx and (c) σxy when the nominal tensile strain is 0.05. (Online version in color.)

Fig.8(a)および(b)で示した様に,変形初期での塑性すべりは微視組織の特徴長さの大きい領域で開始し,その後,塑性すべりは粒子の存在によって形成される高い応力場に駆動されて広がる。そして,公称ひずみ0.05時では,応力分布(Fig.9)と塑性ひずみ分布(Fig.8(d))が示すように,塑性ひずみ分布は粒子の作る応力場に大きく依存するようになることが分かる。

不均一な塑性ひずみ分布はGN転位の蓄積に寄与する。Fig.10は公称ひずみ0.05時のGN刃状転位密度の分布である。粒子を挟んで正負の刃状転位が高密度に蓄積している。GN転位の高密度帯はすべり面法線方向へ延び,母相の広範囲に広がっている。このような高密度に蓄積する刃状転位と粒子からすべり面法線方向へ延びる刃状転位の蓄積は,実験においても観察されている22)。正負の刃状転位からなる高密度帯は,キンク帯23)に相当する転位構造である。このようなキンク帯に相当する構造を持つ転位は公称ひずみ0.01程度の変形初期においても1×1015 m−2程度の高い密度で形成している。Fig.10で示すGN転位の高密度帯を±5×1015 m−2程度以上とするならば,キンク帯に相当する正負の刃状転位対からなる高密度帯は粒子近傍だけではなく母相中に分散粒子の平均間隔λ(=286 nm)の2倍程度の長さで広く広がっている。キンク帯は単結晶材料の高い加工硬化率を示すステージIIへの移行の要因となる24)ことから,分散粒子によって変形初期から生ずる刃状転位の高密度帯は分散強化合金の高い加工硬化率に寄与していると考えられる。

Fig. 10.

Distribution of edge component of GN dislocation density. When the nominal tensile strain is 0.05. (Online version in color.)

6. 結言

分散強化合金中において3次元粒子分布に基づき微視組織の局所的な特徴長さを解析し,その特徴長さを用いて有限要素法結晶塑性解析から微視的な変形と巨視的な力学特性の関係を検討し,以下の結果を得た。

(1)実験結果を良く再現する応力−ひずみ曲線は,粒子が分散する微視組織構造の局所的な特徴長さ(粒子間隔)を,その点の周りを囲む粒子の平均間隔とすることで得られる。

(2)局所的な臨界分解せん断応力を決める特徴長さの分布は,その平均値の2倍程度の分散を持つ。この大きな分散により巨視的な降伏(0.2%耐力)に至った際には母相要素の8~9割でしか,すべり変形が開始していない。つまり分散強化合金の巨視的な降伏時には,弾性変形領域と弾塑性変形領域が混在し応力分配が生じる。このことから分散強化合金での降伏応力は,粒子による運動転位の阻害(オロワン応力)と弾性変形領域による応力分配の二つによって決まると考えられる。

(3)母相の粒子間隔の分布に依存し塑性すべり変形が開始し巨視的な降伏に至った後,さらに材料の変形が進む際には,塑性変形の難しい硬質粒子が作る高い応力場に依存し母相の塑性すべり変形が進む。これにより分散強化合金特有の塑性ひずみ分布,GN転位蓄積構造を形成する。

(4)蓄積したGN転位は,粒子を挟むように正負の刃状転位が高密度に蓄積し,キンク帯に相当する構造をとる。キンク帯の形成は,単結晶において高い加工硬化率を示すステージIIへの移行に寄与することが知られている。分散強化合金中では,無数の粒子が分散することで多数のキンク帯が形成されることから,分散強化合金の示す高い加工硬化率の要因となることが考えられる。

謝辞

九州大学総合理工学研究院の光原昌寿准教授,山崎重人助教には粒子の分散状態と降伏応力の関係について討議頂いた。また本研究の一部は,(国研)科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「ヘテロ構造制御」,および内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的構造材料」(管理法人:JST),および科学研究費補助金{基盤研究(A),(課題番号「17H01333」)}の支援を受けて行われたものである。記して謝意を表す。

文献
 
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