鉄と鋼
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酸素センサーを用いた起電力(EMF)法による溶鉄中添加元素の熱力学的評価
鈴木 賢紀
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2019 年 105 巻 3 号 p. 353-357

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Synopsis:

EMF (Electro-Motive Force) method using oxygen sensor has been widely applied for determining activity coefficient and interaction parameters between alloying elements through soluble oxygen activity in molten solute metal. This method is effective particularly for evaluating activity coefficient of a deoxidizing element in molten metal through oxygen potential measurement, where chemical equilibrium can be achieved between solid oxide consisting of the deoxidizing element, the deoxidizing element and oxygen soluble in molten metal. In this paper, evaluating procedure and several key points are reviewed in terms of EMF method to determine thermodynamic parameters, particularly activity coefficient and interaction parameters, of alloying elements in molten iron-based metal.

1. 評価方法の原理

1957年に固体電解質を用いた酸素センサーがWagnerにより提案されてから以来1,2),酸素センサーを用いた起電力(EMF)法は溶融金属中の溶存酸素活量を把握し,溶融金属中の添加元素(酸素も含めて)の活量係数や添加元素同士間の相互作用母(助)係数を評価するための主要な方法の1つとして認知されている。特に,評価対象とする添加元素が,溶媒金属中の元素の中で最も易酸化性であり,固体酸化物−溶鉄中添加元素−溶鉄中酸素の間で平衡関係を満たす場合には,酸素センサーによって系内の酸素ポテンシャルを測定し,その値から溶鉄中添加元素の活量係数を求める方法が有効といえる。したがって,溶鉄中の脱酸元素(Al,Ca,Mg,Ce,Zrなど)が関わる相互作用係数の評価には起電力法の適用例がある36)

冶金学的研究における起電力法の適用については過去より非常に多くの実例があり,解説記事も多数提出されているが7,8),本稿では同手法を用いた溶鉄中添加元素の熱力学量,特に活量係数ならびに相互作用係数の評価に焦点を当てて解説したい。

起電力法による溶鉄中添加元素の活量係数および相互作用助係数の評価方法について,Dimitrovらの報告(溶鉄中Al-Al, Al-O間の相互作用係数評価)3)を例にとって,原理を以下に説明する。

まず,雰囲気制御が可能な電気炉内において,Fig.1に示すように,添加元素(Al)を微小量含む溶鉄を,添加元素からなる固体酸化物(Al2O3)の坩堝に入れて保持する。溶鉄の温度は,保護管に包んだ熱電対を溶鉄中に挿入するなどして把握する。目的の温度に到達後,適量の添加元素(Al)を溶鉄中に投入し,添加元素によって溶鉄が脱酸された状態とする。添加金属(Al)が溶鉄へ溶解し,溶鉄中添加元素(Al)−固体酸化物(Al2O3)間で平衡状態が形成されるまで所定の時間保持した後,固体電解質の容器内に基準極物質を伴った酸素センサーと,試料極用のリード線を溶鉄中に浸漬し,基準極−試料極間で発生する直流起電力を測定する。

Fig. 1.

Schematic diagram of experimental apparatus used by Dimitrov et al.3) to measure oxygen activity in Fe-Al-O melt equilibrated with solid Al2O3 crucible at 1873 K.

ここで用いられる酸素センサーは,一端封じ型の形状を持つ固体電解質の容器へ,基準極となる固体金属Mと固体酸化物MOxの混合粉末を押し固め,次いでリード線を挿入した後に,固体電解質容器の上部をセラミック系接着剤などによって密閉したものである。固体電解質としては,ジルコニア(ZrO2)またはトリア(ThO2)を母相としたセラミックス材料が用いられるが,ジルコニア(ZrO2)の場合には温度や添加元素の導入によって異なる結晶構造が得られる。そこで,CaO,MgOやY2O3をジルコニアへ置換固溶させ,蛍石型立方晶ジルコニアを広い温度範囲で安定化させた,安定化ジルコニアが用いられる。また,トリア(ThO2)の場合にも,Y2O3を予め置換固溶させた材料が固体電解質として用いられる。固体電解質中の電気伝導形態には,(i)イオン伝導,(ii)電子伝導,(iii)正孔伝導の3つが挙げられるが,上記のCaO,MgO,Y2O3添加は,立方晶の結晶構造を安定化させることに加え,母材のカチオン(Zr4+またはTh4+)と異なるカチオン価数の導入によって,イオン伝導を電気伝導形態の支配的機構とするために重要である。その他にも,ββ”−アルミナ(Na2OとAl2O3の複合酸化物),またはCaF2などのハロゲン化物を母材とした固体電解質も古くから利用されているが,溶鋼を扱うような1673 K以上の高温では不安定であることから,安定化ジルコニアまたはトリアが固体電解質として利用されることが多い。

基準極物質には,(I)固体酸化物MOxの標準生成自由エネルギー∆Gfoの値が評価されていて,信頼性の高い∆Gfo値が報告されている,(II)固体金属Mおよび固体酸化物MOxが,固体電解質との間に酸化還元反応や固溶反応などを生じない,(III)M−MOx間の平衡関係によって定まる基準極内の酸素分圧(PRO2)が,試料極(溶鋼)と平衡する雰囲気中の酸素分圧(PSO2)と近しいオーダーである,などの条件を満たす物質が選定される。特に(III)の条件は重要であり,もし基準極と試料極の間に極端な酸素ポテンシャルの差異が存在すると,後述するように固体電解質内で高酸素側から低酸素側へ向かって酸素の透過が生じて起電力が時間とともに変化する,あるいは両極に挟まれた固体電解質の内部でイオン輸率が一定とならず,酸素センサーの起電力から試料極の酸素分圧を適切に算出することが難しい,などの問題が生じる3)。一般的には,Ni−NiO,Mo−MoO2,Fe−FeOx(高酸素ポテンシャル)またはCr−Cr2O3(低酸素ポテンシャル)が用いられることが多い。また,リード線の材質は,標準極物質や試料極(溶鉄)と溶解反応等を生じず,かつ目的温度および雰囲気条件の下で扱えることが選定条件であり,基準極,試料極ともに同種の材料を使用することによって,熱起電力が生じないよう配慮する。ただし,基準極および試料極の両方に対して適用可能なリード線材質を見出すことが困難な場合には,2本のリード線をあえて異種材料とし,両者を結線した際に生じる熱起電力を予め測定して,別途測定される起電力から差し引くことも行われる。

以上のように構成される固体電解質型の酸素センサーを用いて,基準極を正極,試料極を負極として,両者の間に生じる直流起電力を測定すると,基準極内の平衡酸素分圧(PRO2),試料極内の平衡酸素分圧(PSO2)と起電力Eの間には次の関係式が存在する。

(A)イオン輸率(tion)~1とみなせる場合1,2):

  
E=RT4FlnPO2RPO2S(Nernst)(1)

(B)イオン輸率(tion)~0.5の場合9):

  
E=RTFln(PO2R)1/4+(PO2*)1/4(PO2S)1/4+(PO2*)1/4(2)

なお,安定化ジルコニアおよびトリアにおいて,イオン輸率をほぼ1とみなすことのできる温度・酸素分圧条件は,Pattersonによって報告されている10)。また,式(2)におけるP*O2はパラメータ値であり,イオン輸率(tion)が電子伝導輸率(te)とほぼ等しくなる際の酸素分圧に対応する。ただし,P*O2の値は固体電解質の種類によって異なる。Schmalzried9)は,P*O2の値を実験から評価する具体的な方法を提案しており,Dimitrovらの報告3)ではY2O3添加トリア(ThO2-8 mol% Y2O3)に対して,またIwaseら11)はMgO添加ジルコニア(ZrO2-9 mol% MgO)に対して,P*O2の値を温度Tの関数として具体的に求めている。

さて,式(1)または(2)を用いることによって,酸素センサー起電力の値から試料極の平衡酸素分圧(PSO2)が求められる。試料極を溶鉄とした場合には,溶鉄中の添加元素および固体酸化物と平衡共存する雰囲気中の酸素分圧がこれに対応する。

次に,溶鉄試料と平衡共存する雰囲気中の平衡酸素分圧から,溶鉄中添加元素の活量係数および相互作用助係数を求める方法について述べる。例えば,Dimitrovらの報告3)では,溶鉄への添加元素がAlであることから,溶鉄中に添加したAl,溶存酸素(O),および固体Al2O3との平衡関係は次のようになる。

  
2[Al](inFe,1wt%)+3[O](inFe,1wt%)=Al2O3(s)(3)
  
ΔGAlO=ΔGAlOo+RTlnaAl2O3aAl2aO3=0,aAl2O3aAl2aO3=KAlO=exp(ΔGAlOoRT)(4)

ここで,∆GoAl-Oは式(3)の反応に対する標準自由エネルギー変化であり,既知であるとする。また,aAlおよびaOは溶鉄を母相とする,Henry基準(1 wt%を標準状態とする)のAl,O活量に対応する。一方,Al2O3固体酸化物は純粋であり,aAl2O3の値は1とみなせるものとする。

次に,溶鉄と共存する雰囲気中の酸素PO2Fe-O-Alと,溶鉄中の溶存酸素との間に成り立つ平衡関係を考えると,式(5)および(6)が得られる。

  
12O2(g)=[O](inFe,1wt%)(5)
  
ΔGO=ΔGOo+RTlnaO(PO2FeOAl)1/2=0,aO=(PO2FeOAl)1/2exp(ΔGOoRT)(6)

なお,∆GoOは式(5)の反応に対する標準自由エネルギー変化であり,既知であるとする。

式(4)へ式(6)を代入すると,式(7)が得られる。ここでfAlはHenry基準(1 wt%を標準状態とする)の,溶鉄中Alの活量係数である。また,PO2Fe-O-Alは酸素センサーの起電力測定によって得られるPSO2と同一であることに注意されたい。

  
PO2FeOAl=(fAl[%Al])4/3exp[2RT(13ΔGAlOo+ΔGOo)](7)

式(7)によって,溶鉄と共存する雰囲気中の平衡酸素分圧から,溶鉄中Alの活量係数fAlを求めることができる。ただし,溶鉄中Alの質量濃度[%Al]を別途分析する必要がある。

さらに,酸素センサーの起電力Eと溶鉄中Alの活量係数fAlの関係式として,式(2)と式(7)を組み合わせれば以下の式(8)が得られる。

  
(fAl[%Al])1/3exp[12RT(13ΔGAlOo+ΔGOo)]=exp(FERT){(PO2R)14+(PO2*)14}(PO2*)14(8)

また,溶鉄中Alの活量係数fAlと相互作用助係数の関係として,溶鉄中の溶存成分がAlとOのみであり,かつこれらの濃度は溶媒であるFeに比べて十分小さいと仮定すると,Wagnerの関係式より式(9)が得られる。ここで,eAlAleOAlはそれぞれ,Al-Al間およびAl-O間の相互作用助係数である。

  
logfAl=eAlAl[%Al]+eAlO[%O](9)

したがって,式(7)または(8)から,溶鉄中Alの活量係数fAlを評価でき,さらに式(9)を用いて,相互作用助係数を求めることができる。ただし,Al-O間相互作用助係数の導出のためには,溶鉄中の酸素濃度[%O]を別途分析する必要がある。

以上が,酸素センサーを用いた起電力法によって溶鉄中添加元素の活量係数,ならびに相互作用助係数を求める際の原理となる。

2. 溶鋼中添加元素の熱力学量評価の実例

まず,前節で例に挙げたDimitrovらの報告3)では,基準極物質および固体電解質の異なる数種類の酸素センサーを作製して,それぞれの酸素センサー起電力から求められる試料極の平衡酸素分圧を比較し,それらの間に差異がないことを確認した上で,式(8),(9)から溶鉄中Alの活量係数fAl,およびAl-O間の相互作用助係数eOAlを次のように求めている。

  
logfAl1873K=0.045[%Al]0.001[%Al]29.346[%O],eAlO=9.346at1873K.

また,酸素センサーを用いた溶鉄中酸素活量の測定の信頼性について,DimitrovらはCaO添加ジルコニア(ZrO2-14 mol% CaO)およびY2O3添加トリア(ThO2-8 mol% Y2O3)を固体電解質に用いた酸素センサーによって詳細な比較調査を行っている。なお,基準極にはCr−Cr2O3平衡が用いられ,基準極にはイリジウム(Ir),また試料極には純鉄(Fe)のリード線がそれぞれ用いられた。上記の結果,DimitrovらはCaO添加ジルコニアを固体電解質に用いた酸素センサーに関して,使用時間が20 min以内の範囲では,溶鉄へ高濃度にAlを添加した強脱酸状態でも溶鉄中酸素活量の高精度測定が可能であるが,一方で同酸素センサーを予め数時間使用した上で,0.01 wt%以上のAl添加による強脱酸状態の溶鉄中酸素活量を測定すると,本来の平衡値よりもやや高い値が得られることを報告しており,上記のような条件でCaO添加ジルコニアによる酸素センサーを利用した溶鉄中酸素活量の測定は信頼性に欠けると結論づけている。一方,Y2O3添加トリア(ThO2-8 mol% Y2O3)を固体電解質に用いた酸素センサーについては,長時間使用かつ高濃度のAl添加による強脱酸状態でも,溶鉄中の酸素活量を高精度に測定できることを示している。

Nadif and Gatellier4)は,固体電解質にY2O3添加トリアを,基準極にCr−Cr2O3平衡を用いた酸素センサー(基準極のリード線材質:Mo, 試料極のリード線材質:Fe)によって,CaOまたはMgO坩堝と平衡共存させた溶鉄,および溶融Fe-Ni-Cr系合金の酸素活量を測定し,鉄中に溶存したCa, Mgの濃度を別途分析することによって,1873 Kにおける溶鉄中Ca, Mgの活量係数,および溶鉄中Ni-Ca, Ni-Mg, Cr-Mg間の相互作用助係数を以下のように求めている。

  
logfCa1873K=18[%Ca]0.049[%Ni]+0.0015[%Ni]2+0.020[%Cr]([%Ni]<20,[%Cr]<20)
  
logfMg1873K=0.012[%Ni]+0.010[%Cr]0.0009[%Ni][%Cr]([%Ni]<10,[%Cr]<18)
  
aCaaOaCaO=9107,aMgaOaMgO=2106at1873K

さらにNadif and Gatellier4)は,硫黄(S)を含む溶鉄をCaOまたはMgO坩堝に保持した際の,CaSまたはMgS飽和状態における溶鉄中の硫黄の活量を求め,酸素センサーによって測定した,酸素の活量との比から,CaSまたはMgS生成に対する平衡定数を以下のように求めている。

  
aCaaSaCaS=1.7105,aMgaSaMgO=5.9102at1873K

また,Inoue and Suito5,6)は,プラグ型ジルコニア(ZrO2-9 mol% MgO)または一端閉管ムライト(3Al2O3・2SiO2)固体電解質を用いた酸素センサーによって,1873 KにおいてCeまたはZr添加により脱酸された溶鉄中の酸素活量を測定し,別途Ce, Zr濃度の分析を行うことによって,溶鉄中Ce-O間およびZr-O間の相互作用助係数の値を次のように求めている。

Ce-O平衡5):log fO=−33.0[%Ce]−0.17[%O]+210[%Ce]2+3680[%Ce]・[%O],log fCe=−289[%O]

Zr-O平衡6): log fO=−70[%Zr]+901[%Zr]2+10300[%Zr]・[%O] at 1873K.

一方,Inoue and Suito5)はCe-O平衡について,鉄試料中に溶存したCe濃度,O濃度の分析値を用いて,他の方法によっても相互作用助係数の評価を行っており,起電力法による相互作用助係数の評価結果はこれとよく一致することを確かめている。

なお,プラグ型ジルコニア(ZrO2-9 mol% MgO)または一端閉管ムライト(3Al2O3・2SiO2)固体電解質を用いた2種類の酸素センサーによる,溶鉄中酸素活量の測定値の比較について,ムライトを固体電解質に用いた場合よりもプラグ型ジルコニア式酸素センサーの方が,概して酸素活量のばらつきは小さいようである。

3. 酸素センサーを用いた起電力法による熱力学量評価に関する留意点

先述したように,溶鉄中で易酸化性元素を含む元素間の相互作用助係数を評価する場合には,溶鉄中易酸化性元素A−固体酸化物AOx間の平衡によって系内の酸素ポテンシャルを規定し,酸素センサーを用いた起電力法によって溶鉄中の酸素活量を測定する方法が有効である。酸素センサーを用いることの利点として,例えば,溶鉄中の酸素濃度を評価する際の方法として,燃焼赤外線吸収法などの分析方法を用いた場合には,鉄試料中に酸化物系の介在物が混在していると分析値に誤差を生じてしまう場合がある。これに対して,酸素センサーを用いた起電力法では,溶鉄中の介在物などの影響を受けることなく,溶鉄中の酸素活量をオンラインで直接測定可能である。しかしながら,酸素センサーを用いた起電力法においては幾つか留意すべき点があり,それらを以下で述べる。

第一の留意点として,酸素センサー固体電解質の種類によって,イオン輸率tionがほぼ1とみなせる温度・酸素分圧条件(電解伝導領域)には違いがあり,また酸素センサーの起電力から試料極側の酸素分圧を計算する際,固体電解質の内外ではイオン輸率がなるべく同一であることが望ましいので,基準極と試料極の両方の酸素ポテンシャルに対して,イオン輸率をほぼ同一とみなすことができるように,扱おうとする試料極の酸素ポテンシャルに応じて適切な固体電解質,および基準極物質の選定を行う必要がある。例えば1873 Kにおいて,tion≥0.99として定義される電解伝導領域は,CaO添加ジルコニア(ZrO2-15 mol% CaO)の場合にはPO2≈10−7~10−1 atmの狭い範囲に限定され,強脱酸された溶鉄中の酸素ポテンシャル(溶鉄中酸素濃度として数~十数ppmの範囲)においてはtionは1よりも十分に小さいので,(1)に示すNernstの式が適用できず,このような条件下では酸素センサー用の固体電解質として適さない。強脱酸された溶鉄に対して,CaO添加ジルコニアを固体電解質に用いる場合には,起電力から平衡酸素分圧を求めるために式(2)を用いることが多い。一方,Y2O3添加トリア(ThO2-8 mol% Y2O3)については低酸素分圧条件下で有効に使用できることが示されている10)が,1873 K以上の高温における具体的な電解伝導領域は示されていない。

第二の留意点として,酸素センサーでは固体電解質を挟む基準極と試料極の酸素分圧が一般には異なるために,固体電解質を通しての酸素の透過に注意を払うべきである。ここで,酸素の透過の機構には2通りが考えられる。1つには固体電解質セラミックスの粒界や気孔,亀裂などを介した分子状酸素による物理的透過が考えられる。したがって,固体電解質の気孔率に注意し,また高温へ繰り返し晒した際の熱衝撃などによって亀裂が生じないように,固体電解質の形態に注意すべきである。もう1つの酸素透過機構は,電気化学的反応に伴う酸素の透過であり,固体電解質容器の内外で酸素ポテンシャルの差が生じている場合に,固体電解質中に生じた電子や正孔による電子的伝導によって引き起こされる。例えば,ZrO2へ異種元素を添加した安定化ジルコニアにおいては,酸素イオン空孔(Vö)を介した酸素イオンの伝導が主な電気伝導形態であるが,ジルコニア固体電解質容器の内外で酸素ポテンシャルの差が存在すると,低酸素分圧側では以下の反応が右に進む。

  
OO×=12O2(g)+VO¨+2e'(10)

式(10)の反応が右に進むと,電子(e')が発生し,固体電解質内を流れるので,電子の伝導に伴って酸素の移動が生じる。ここで電子伝導率は,PO2−1/4に比例する。一方,ジルコニア固体電解質の高酸素分圧側では,以下の反応が右に進むことが考えられる。

  
12O2(g)+VO¨=OO×+2h·(11)

(11)の反応が右に進むと,正孔(h.)が発生し,固体電解質内を流れることに伴って,酸素の移動が生じることになる。ここで正孔伝導率は,PO21/4に比例する。以上のことから,固体電解脂質の電気伝導機構において,電子伝導や正孔伝導が無視できない場合(特に,イオン輸率を1とみなせない,高温かつ低酸素分圧の条件)においては,電気化学的機構によって,固体電解質を通しての酸素の透過が進み,酸素センサーによる起電力の値が式(1)や式(2)で与えられるものから徐々に低下することが考えられる。このため,特に強脱酸された溶鉄中の酸素活量測定において固体電解質式酸素センサーを用いる場合には,基準極−試料極間の酸素の移動に伴う起電力の低下を抑えるために,溶鉄中へ酸素センサーを長時間浸漬することは極力避けるべきといえる。

第三の留意点として,ジルコニアなどのセラミックスは,一般に溶鉄とは濡れ性が良くないので12),ジルコニア固体電解質式の酸素センサーを溶鉄へ直接浸漬しようとすると,溶鉄と酸素センサーの間で接触不良を生じて起電力が不安定となる可能性に注意すべきである。なお,溶鉄とジルコニア系固体酸化物の濡れ性についてはNakashimaらの報告があり13),溶鉄中の酸素濃度が100 ppm以上の範囲では,酸素濃度が低いほど溶鉄の表面張力が大きくなるために,溶鉄−固体ジルコニア間の濡れ性は悪くなる。一方,溶鉄中酸素濃度が100 ppmよりもさらに低い場合は,溶鉄−固体ジルコニア間の濡れ性は少し改善されるが,それでも溶鉄−固体ジルコニア間の濡れ性は依然として悪い。したがって,強脱酸された溶鉄中へは,ジルコニア固体電解質を用いた酸素センサーを直接浸漬させることが難しい。そこで,溶鉄および固体電解質セラミックスの両方に対して濡れる,溶融酸化物などのスラグを系内に共存させ,固体電解質を含む酸素センサーおよび試料極のリード線を溶融スラグへ浸漬して起電力を測定する方法が考えられている。著者は,溶鉄中Zrの活量係数を起電力法によって評価するために,溶融Fe-Zr系合金と,固体ZrO2の両方と平衡共存する組成の溶融スラグ(ZrO2-CaO-CaF2系)を系内に共存させ,固体電解質式酸素センサーと溶融スラグの間の良好な濡れ性を利用して安定な起電力測定を行う方法を提案している14)。ただし,ここで用いる溶融スラグには,(I) 溶鉄と平衡する酸素ポテンシャル環境下で還元されてしまう酸化物成分を含まないこと,(II) 溶鉄中の溶鉄中易酸化性元素Aおよびその固体酸化物AOx間の両方と平衡共存する(溶融スラグ中のAOxの活量が1である)こと,の2条件を満たす必要があり,これらを満たす溶融スラグの組成系は限定される。

以上述べたように,酸素センサーを用いた起電力法には留意すべき点もあるが,溶鉄−固体酸化物間の平衡関係を利用して,溶鉄中添加元素の熱力学的評価を行うための方法としては有効な方法であるといえる。今後,熱力学データが十分に供給されていない,種々の高級鋼中の合金元素と脱酸元素の間の熱力学的関係を評価および整理するための一手法として,酸素センサーを用いた起電力法が有効に活用されることを期待したい。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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