鉄と鋼
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蒸気圧法ならびに化学平衡法による溶鉄中元素間の相互作用パラメータの測定
小野 英樹 三木 貴博中本 将嗣
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2019 年 105 巻 3 号 p. 344-352

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Synopsis:

The thermodynamic data on interaction parameters of various elements in iron are regarded as an essential basis of steelmaking technology. Several experimental techniques for determining the interaction parameters between elements in molten iron have been developed so far. This article introduces the evaporation technique and the chemical equilibrium technique out of them. The former typified by a) Knudsen-mass spectrometry and b) Gas transpiration method is a straightforward way to obtain the interaction parameters because the activity of elements bears a proportional relationship to their vapor pressure. This technique is effective against the elements with high vapor pressure in molten iron. On the other hand, the latter is often carried out under the equilibrium state of the reaction that simulates the chemial reaction in refining process etc. to acquire practical values for steelmaking. c) Distribution coefficient method, d) Equilibrium measurement of chemical reaction, and e) Equilibrium measurement of oxidation via Ag are explained as a chemical equilibrium technique. The theory and characteristics of each method are described in this article.

1. はじめに

環境負荷低減ならびに良質な鉄鉱石の不足などを背景に鉄資源の多様化ならびに鉄鋼スクラップの利用拡大が求められている。その利用拡大に伴って,Cu,Snに代表される一旦鉄中に溶解すると除去が困難な循環性元素の濃度上昇が避けられない。鉄鋼スクラップは将来にわたり増加が見込まれており,今後も鋼中循環性元素の濃度上昇が見込まれている。一方で,近年の高張力鋼の適用増加に伴う合金使用量増大に伴い,合金元素および合金由来の遷移金属不純物も増加している。このような背景におけるリサイクル型製鉄技術を構築するための基盤として,これまで以上に溶鉄中に含まれる種々の元素間の相互作用に関する熱力学データの必要性が増大している。溶鉄中元素間の相互作用係数に代表される熱力学データは,含有元素の精錬反応への直接的な影響のみならず,最終的な鋼品質に影響する凝固,熱処理プロセスにおける元素の挙動解明に対しても利用できる製鉄技術の基盤として重要性が増している。本解説では,相互作用パラメータを実験的に求める代表的な手法である蒸気圧法ならびに化学平衡法による溶鉄中元素間の相互作用パラメータの導出について紹介する。

固体または液体を密閉容器中に保存すればそれと接する空間に蒸発し,一定温度では一定の蒸気圧を示す。Raoult基準の場合の溶液中ある成分の活量は,その蒸気圧を純成分の蒸気圧で割った値で定義される。よって,蒸気圧を測定することは,活量を直接測定することと同義である。

溶媒成分1の中に2,3,4等多種溶質が溶解しているとき,Raoult基準の成分2の活量係数の近似式として,Wagner1)は,温度・圧力が一定のもとで,以下のような関係式を提案している。

  
ln γ 2 = l n γ ° 2 + ε 2 2 X 2 + ε 2 3 X 3 + (1)

ここで,γ°2εj2はそれぞれ,Raoult基準の無限希薄溶液における成分2の活量係数,成分2の活量係数に及ぼす成分jの影響を表す相互作用母係数である。同様に,Henry基準(1 mass%表示)の活量係数を濃度関数で表すと,以下の式が得られる。

  
log f 2 = e 2 2 [ mass%2 ] + e 2 3 [ mass%3 ] + e 2 4 [ mass%4 ] + (2)

ここで,ej2は,成分2の活量係数に及ぼす成分jの影響を表す相互作用助係数である。

本解説では,まず,蒸気圧測定により相互作用係数を求めた,a)クヌードセンセル−質量分析法とb)気体流通法を用いた平衡測定について紹介する。さらに,化学平衡法による測定に関して,c)分配係数による測定,d)化学反応の平衡測定,e)Ag相を介した平衡測定 について紹介する。

2. クヌードセンセル−質量分析法

小孔を有する容器中に試料を封入して真空中で一定温度に加熱し,小孔より流出する蒸気の流速速度を測定して蒸気圧を求める方法がクヌードセンセル法1)である。測定試料はクヌードセンセルといわれる小孔(オリフィス)を有する容器Iに封入し,真空容器II内で測定温度に加熱する。クヌードセンセル内試料の蒸発有効面積に比べてオリフィス径が十分小さければ,オリフィスより試料の蒸気が流出してもセル内は試料蒸気で飽和しほとんど平衡に達している。したがって,クヌードセンセル内は試料蒸気で飽和し平衡状態にある。オリフィスの厚さが無視できうるほど薄ければ,蒸気がオリフィスを通過するのに抵抗が無く,蒸気分子の平均自由行路に比較して十分小さく径が制御されたオリフィスから流出する蒸気は自由分子流を示す。オリフィスからの蒸気の流出量から次式を用いて蒸気圧を導出することができる2,3)

  
P = m A 2 π R T M (3)

ここで,mは単位時間の流出量,Aはオリフィス面積,Mは蒸気の分子量,Rは気体定数である。流出−重量減少法2,3)やTorsion法は蒸発量測定に用いられてきたが4),蒸気分子が数種の分子種からなる場合は蒸気圧を求めることができない。この問題は,クヌードセン法と質量分析計を組み合わせることによって,解決することができる。本方法の一般的な測定分圧範囲は10−5-10−8(atm)である。

クヌードセンセルから流出した蒸気を質量分析計に導き,イオン化した後,質量分析計でイオン強度を測定する。ある蒸気分子iによる質量分析計のイオン電流をIiとすれば蒸気圧Piは次式で示すことができる。

  
P i = K i I i T (4)

ここでKiは装置定数,イオン化断面積,イオン検出器の感度較正などの定数を含めたそれぞれのイオンに固有の定数である。このKiを精密に決定するには困難があるが,活量測定の場合は相対値が得られれば十分である。そのため,クヌードセンセルを2つ用意し,蒸気圧が既知の標準物質と測定試料のイオン電流値の比から活量測定を行う方法としてダブルクヌードセンセル法がある5)

その他の方法として,Belton and Fruehan6)はGibbs-Duhemの式を利用して,A-B2元系合金中Bの活量係数γBを求めることを提案している。Gibbs-Duhemの式は次式で表すことができる。

  
Σ i N i d l n a i = 0 (5)

ここでNiaii成分のモル分率,活量である。両辺にd ln ajを加え整理すると,次式が得られる。

  
d ln a j = Σ i N i d l n ( a i a j ) (6)

成分活量は蒸気圧と比例関係があり,また蒸気圧とイオン電流値Iと比例関係があるため次式が成り立つ。

  
d ln a j = Σ i N i d l n ( I i I j ) (7)

2元系の場合,純物質を基準状態とすると積分によって次式が得られる。

  
ln a B = N B = 1 N B = N B N A d l n ( I A / I B ) (8)

また,モル分率の関係から,次式が成立する。

  
ln N B = N B = 1 N B = N B N A d l n ( N A / N B ) (9)

2式を連立して整理すると次式が導かれる。

  
ln γ B = N B = 1 N B = N B N A d l n { ( I A N B ) / ( I B N A ) } (10)

よって,様々な組成におけるA-B2元系合金のイオン電流値を測定することにより,横軸にln{(IANB)/(IBNA)},縦軸にNAをとり,積分を行うことにより,活量係数を計算することができる。

Yamada and Kato7,8)は溶融Fe中Pの自己相互作用係数およびP-Si,Al,Ti,V,Cr,Co,Ni,Nb,Mo間の相互作用係数をクヌードセンセル−質量分析法で測定している。実験に用いたクヌードセンセル部の図をFig.1に示す。

Fig. 1.

Apparatus of Knudsen cell.

まず,Fe-P2元系の実験の結果から紹介する。試料重量1.5 gのFe-P合金をアルミナ製クヌードセンセルに入れ,1600°Cに加熱し,31P+54Fe+のイオン電流の測定を行った。NPln(I+Fe/I+P)−ln(NFe/NP)の関係がFig.2のように測定されており,式(10)により,りんの活量係数の溶鉄中りん濃度依存性が求められている。Fe,Pの活量曲線はFig.3のように得られており,りん濃度が3%以下の濃度範囲で,りんの相互作用母係数εPPは7.3と決定された。

Fig. 2.

Experimental results used for integration7).

Fig. 3.

Activities of Fe and P at 1873 K7).

三元系のFe-P-Si,Al,Ti,V,Cr,Co,Ni,Nb,M合金を用いた実験についても,同様な手法で測定を行い,Fe-P-i系のりんの活量係数を導出した。りんと鉄の分圧比は式(4)を用いて以下のように表すことができる。

  
P P P F e = K P + K F e + I P + I F e + (11)

また,aPおよびaFeは二成分系,多成分系を問わず,りんの活量の標準状態をFe-P二元系におけるHenry基準のNP=1にとり,その時のりんの蒸気圧をP°Pとし,また鉄の純状態の蒸気圧をP°Feとすれば,aP=PP/P°PaFe=PFe/P°Feで示され,これらを式(11)に代入すると,りんの活量係数は次式で表すことができる。

  
ln γ p = l n I P + I F e + / a F e l n N P + K (12)

Kは別途求めた装置固有の定数項である。りんの自己相互作用係数7.3を用い,りんの活量係数と自己相互作用係数項の差分の対数をNi=0近傍においてNiについて偏微分を行えば,以下の通り相互作用母係数が求められる。

  
ε P i = ( ln ( γ p 7.3 N P ) N i ) N P (13)

導出された溶融Fe中P-Co,Ni,Cr,V,Tiの相互作用係数をFig.4に示す。

Fig. 4.

Interaction parameters determined by Knudsen-mass spectrometry method8).

このように,Fe-Pの2元系およびFe-P-iの3元系合金中の相互作用係数をクヌードセンセル−質量分析法で精確に求めており,本測定結果が信頼できると判断されていることから日本学術振興会の推奨値9)として採用されている。本法による蒸気圧の絶対値を求めることは種々の困難を伴うが,活量測定のような相対値の測定では比較的容易に精度の高い測定が可能である。

3. 気体流通法を用いた平衡測定

試料を容器内で一定温度に加熱し,これにキャリアーガスとして不活性ガスを送入すれば,キャリアーガスは試料より蒸発した蒸気と混合して系外に排出される。キャリアーガスのモル数をnv,キャリアーガスに運ばれた蒸気種iのモル数をni,容器内の全圧をPとすれば,蒸気成分の蒸気圧Piは次式で求められる。

  
P i = P { n i / ( n i + n v ) } (14)

キャリアーガスの流量が大き過ぎるとキャリアーガスは未飽和のまま排出し,少なすぎるとキャリアーガスに持ち去られる以外に蒸気自身の拡散により流出する量が加わるため過大な値になるが,適当なキャリアーガス流量の範囲で流量に関係なく一定値を示す範囲があり,この値が真の飽和蒸気圧である。このように,キャリアーガスの流量を適切に調整すればガスは試料の平衡蒸気圧で飽和するため,排出ガスを凝縮器に導いて凝縮量を求めれば,試料の蒸気圧を測定できる。

また,気体流通法は蒸気圧測定の他に分圧制御にも用いることができる。Mikiら10)は,溶融Si中Pの熱力学的性質を,所定温度に加熱した赤りん飽和したArガスのキャリアーガスと溶融Siを平衡させることにより測定した。赤りんを充填したガラス管の外部からリボンヒーターで422-452 Kに加熱,温度制御を行い,管内にキャリアーガスのArを流して任意のりん蒸気圧を持ったガスを得た。臭素水を入れ,直列につないだガス洗浄瓶に発生させたりんガスを導入し,臭素水に捕集されたりんの質量からりん分圧を求めた後,同じりんガスを溶融Si表面まで導き平衡させた。平衡後のSi中P濃度からP濃度が0.1 mass%まではヘンリー則に従い,Pの自己相互作用係数がゼロであることが分かった。また,溶融Si中へのりんの溶解反応の自由エネルギー変化を求め,Si精製に不可欠な熱力学データを報告している。

最近,同様な方法で溶鉄中のテルルの熱力学的性質がUedaら11)によって報告されている。Fig.5に実験装置の図を示す。中央部にテルルガス発生装置があり,キャリアーガスに運ばれたテルルガスが,下部の溶鉄と平衡できる構造となっている。テルルは673 K前後の温度に加熱され,その温度ではTe2が最も安定なガス種である。テルルの蒸気圧は実験中のテルル質量変化から求められる。テルルの蒸気圧のキャリアーガス流量依存性を測定した結果がFig.6であり,蒸気圧が一定となる200 ml/minの流量でテルル飽和ガスが作製された。

Fig. 5.

Experimental apparatus11).

Fig. 6.

Relationship between Te2 partial pressure and gas flow rate11).

発生したTe2は,Fig.7に示すように高温でTeに分解し,溶鉄表面に導かれ,平衡実験が行われた。溶鉄中Te濃度とTe分圧の関係がFig.8に示すように実験的に求められ,溶鉄中へTeの溶解反応の自由エネルギー変化を導出している。また,同様の手法でUeda and Morita12)は,溶鉄中Teの活量係数に及ぼすNi,Cの影響を調べ,Te-Ni,Te-C間の相互作用パラメータの測定に成功しており,1873 Kの値としてeNiTe=−0.019,eCTe=0.008を報告している。

Fig. 7.

Change of gas species with temperature11).

Fig. 8.

Relation between Te partial pressure and Te content in molten Fe11).

4. 分配係数の測定

FeとAgが高温で2液相分離することを利用して,相互作用係数が求められる1328)。溶鉄中の成分iと合金元素M間の相互作用係数の測定法について説明する。Fe-Ag間におけるiの分配平衡は式(15)で表される。このとき,Fe,Ag中iの活量の基準をともにRaoultの純物質液体にとると,Fe相中のiとAg相中のiの活量との間には式(16)が成り立つ。

  
i ( l , in Fe ) = i ( l , in Ag ) (15)
  
R T ln a i ( in Fe ) = R T ln a i ( in Ag ) (16)

ここで,ai:成分iの活量 R:気体定数(J/(mol·K)) T:温度(K)である。Fe-Ag-i-M系におけるFe,Ag各相中iの活量はそれぞれ以下の式で表される。

  
ln a i ( in Fe ) = ln N i ( in Fe ) + ln γ i ( in Fe ) 0 + N i ( in Fe ) ε i ( in Fe ) i + N M ( in Fe ) ε i ( in Fe ) M + N Ag ( in Fe ) ε i ( in Fe ) Ag (17)
  
ln a i ( in Ag ) = ln N i ( in Ag ) + ln γ i ( in Ag ) 0 + N i ( in Ag ) ε i ( in Ag ) i + N M ( in Ag ) ε i ( in Ag ) M + N Fe ( in Ag ) ε i ( in Ag ) Fe (18)

ここで,γ°iはRaoult基準の無限希薄溶液における成分iの活量係数,εjiは成分iの活量係数に及ぼす成分jの影響を表す相互作用母係数である。

式(16)~(18)より,次式が得られる。

  
ε i ( in Fe ) M N M ( in Fe ) = ln { N i ( in Ag ) N i ( in Fe ) } + ln { γ i ( in Ag ) 0 γ i ( in Fe ) 0 } + { N i ( in Ag ) ε i ( in Ag ) i N i ( in Fe ) ε i ( in Fe ) i } + { N Fe ( in Ag ) ε i ( in Ag ) Fe N Ag ( in Fe ) ε i ( in Fe ) Ag } + N M ( in Ag ) ε i ( in Ag ) M (19)

式(19)において,右辺第2,3,4項の値はFe-i,Ag-i各2元系の熱力学データが既知の場合,その値を用いて求める。あるいは,Mを添加しないFe-Ag-i系における実験から定めることができる。Fe-Ag-i系では,式(19)は以下のようになる。

  
ln { γ i ( in Ag ) 0 γ i ( in Fe ) 0 } + { N Fe ( in Ag ) ε i ( in Ag ) Fe N Ag ( in Fe ) ε i ( in Fe ) Ag } = ln { N i ( in Fe ) N i ( in Ag ) } + { N i ( in Fe ) ε i ( in Fe ) i N i ( in Ag ) ε i ( in Ag ) i } (20)

ここで,例えば1600°CにおいてNFe(in Ag)≈0.006~0.017,NAg(in Fe)≈0.002~0.004と小さく29),かつそれぞれAg相中Fe,Fe相中Agの飽和溶解度であり,微量添加元素iによって大きく変化しないと仮定し,左辺第2項の{NFe(in Ag)εFei(in Ag)NAg(in Fe)εAgi(in Fe)}は定数(=C1)として扱うと,i濃度が小さいときの実験結果から,ln{γ0i(in Ag)/γ0i(in Fe)}+C1の値が求められる。また,C1を用いて式(20)は以下のように書きかえられる。

  
1 N i ( in Fe ) [ ln { N i ( in Ag ) N i ( in Fe ) } + ln { γ i ( in Ag ) 0 γ i ( in Fe ) 0 } + C 1 ] = ε i ( in Fe ) i N i ( in Ag ) N i ( in Fe ) ε i ( in Ag ) i (21)

式(21)より,i分配比(= N i ( in Ag ) N i ( in Fe ) )のi濃度依存性を調べ,左辺の値をNi(in Ag)/Ni(in Fe)に対してプロットすることによりεii(in Ag)εii(in Fe)を求めることができる。ここで,iはFe相,Ag相のどちらかに偏って溶解することが多く,例えばFe相に多く溶解する場合,式(21)において,Ni(in Ag)≈0とみなし,以下の式からεii(in Fe)が求められる。

  
ε i ( in Fe ) i = 1 N i ( in Fe ) [ ln { γ i ( in Ag ) 0 γ i ( in Fe ) 0 } + C 1 ] (22)

従って,Fe-Ag-i-M系の実験結果から式(19)を用いて,Fe-Ag間におけるiの分配平衡のM濃度依存性からεMi(in Fe)εMi(in Ag)が求められる。また,次式を用いて,相互作用助係数eMi(in Fe)が求められる30)

  
ε i ( in Fe ) M = 230 M M M Fe e i ( in Fe ) M + ( 1 M M M Fe ) (23)

本手法で,Ohta and Morita25)は溶鉄中SiとTi,Onoら28)は溶鉄中SnとB,Mo,Ni,Ti,Nb間の相互作用パラメータを測定している。本手法は,原理上求めたい元素の組み合わせに制約がなく,一般に広く適用可能であるが,両相に分配する元素に対して,Fe相かAg相のいずれかに大きく分配する元素の影響を調査することで精度の良い測定を実現できる。なお,脱酸元素を含む系に関しては,実験データにばらつきが大きくなる傾向があるので注意が必要である。原因は明確ではないが,るつぼの酸化物を還元するなどの元素の反応による移動が原因で平衡状態を得にくいことが考えられる。Al2O3るつぼを使用する場合,脱酸元素の種類によって還元される量のAlをあらかじめ添加するなどの対策が必要である。このとき,得られたデータに対して,相互作用係数に及ぼすAlの影響を合わせて考慮する必要がある。

5. 化学反応の平衡測定

化学反応の平衡を測定することにより,相互作用係数が求められる31130)。化学反応の平衡は,H2,N2などの純ガス例えば39,55,89,128),H2-H2O,CO-CO2,H2-H2Sなどの混合ガス例えば36,49,67,74,92)や金属蒸気例えば86,113)により雰囲気のポテンシャルを制御する方法,CaO,MgO,Al2O3などの酸化物例えば84,95,98,106,112,124)やTiN,AlNなどの窒化物例えば89,104,122,129)といった化合物と平衡させる方法,また,SiO2+H2-H2O,SiO2+C-CO(or CO-CO2)のように雰囲気のO2ポテンシャルを一定に制御した条件下で酸化物を平衡させる方法例えば62,127)など,多岐に渡る手法が提案されている。ここでは例として,Siの酸化反応を利用した溶鉄中Siと合金元素M間の相互作用係数の測定法について説明する。Siの酸化反応は次式で表される。

  
Si ( l ) + O 2 ( g ) = SiO 2 ( s ) (24)

式(24)の平衡定数は式(25)で表される。

  
log K ( 24 ) = log ( a SiO 2 a Si P O 2 ) = log a SiO 2 log a Si log P O 2 (25)

ここで,aSiO2:純物質固体基準のSiO2の活量,aSi:Raoult基準のSiの活量,PO2:酸素分圧,K(24):式(24)の平衡定数である。式(25)より,温度T一定,H2-H2O,C-CO(or CO-CO2)で酸素分圧PO2が一定値に制御された炉内に試料を設置し,固体SiO2が共存する状態(aSiO2=1)の条件下において実験を行うと,Fe-Si系,Fe-Si-M系のどちらにおいてもSiの活量は変化しないため,式(26)が成り立つ。

  
ln a Si ( in Fe ) = ln a Si ( in Fe M ) (26)

Fe-Si系,Fe-Si-M系において,aSiはそれぞれ以下の式で表される。

  
ln a Si ( in Fe ) = ln γ Si ( in Fe ) + ln N Si ( in Fe ) (27)
  
ln a Si ( in Fe M ) = ln γ Si ( in Fe ) + N ' M ( in Fe ) ε Si ( in Fe ) M + ln N ' Si ( in Fe M ) (28)

ここで,γSi(in Fe)は溶鉄中Siの活量係数,εMSi(in Fe)は溶鉄中Siに対するMの相互作用母係数を表す。式(26)~(28)から,次式が得られる。

  
ε Si ( in Fe ) M = ( ln N Si ( in Fe ) ln N Si ( in Fe M ) ) / N ' M ( in Fe ) (29)

式(29)より,εMSi(in Fe)は,Fe-Si系,Fe-Si-M系の平衡測定における溶鉄中Si濃度の差を溶鉄中M濃度で除することにより求められる。

分配係数の測定と化学反応の平衡測定はどちらも化学平衡法により相互作用係数を求める手法である。分配係数の測定では,PT一定において,成分の数C=4,相の数P=2より自由度f=2の条件下での測定となり,例においてFe中M濃度を定めてもiの分配比は決まらず,i濃度に依存する。一方,化学反応の平衡測定では,気相の酸素分圧を制御した条件下でf=1となり,例においてFe中M濃度を定めるとSi濃度が一義的に決まる。すなわち,分配係数の測定ではFe-Ag-i系におけるiの分配比のi濃度依存性ならびにFe-Ag-i-M系におけるiの分配比のM濃度依存性を調べ,各実験においてFe,Ag各相のM,i濃度を測定する必要がある一方,化学反応の平衡ではFe中のみの測定で良く,また,化学反応の平衡測定では,気相の酸素分圧を制御することにより,Fe中Si濃度を分析に適した値にすることが可能である。これらの観点から,分析の精度を考慮すると,分析値から相互作用係数を求める際,化学反応の平衡測定の方が有利であると思われる。しかしながら,化学反応の平衡測定は,相互作用係数を求めたいどちらか一方のみが酸化しやすい元素である必要がある。したがって,化学反応の平衡測定は,脱酸元素とリサイクルにより鉄中に溶解し,鉄よりも酸化されにくく一旦鉄中に溶解すると除去が困難な循環性元素間の相互作用係数の測定に特に有効であると考えられる。本手法に関して,溶鉄中のSiとMoの相互作用パラメータの報告がある123)

6. Ag相を介した平衡測定

前述のように,相互作用係数を求める際,化学反応の平衡測定の方が分配係数の測定よりも有利であると思われる一方,測定可能な系が脱酸元素と循環性元素間の相互作用に限定される。そこで,Onoら131)は,脱酸元素以外の循環性元素と合金元素間の相互作用係数を化学反応の平衡測定の原理により求められる新たな手法を提案し,実際に溶鉄中Cuと種々の合金元素間の相互作用係数の測定に成功した。Fig.9に本実験の原理図を示す。Fe-Ag間にCuが分配する反応は式(30)で表される。

  
Cu ( l , in Fe ) = Cu ( l , in Ag ) (30)
Fig. 9.

Schematic diagram of the method to measure the equilibrium of 2Cu(in Fe) + 1/2O2(g) = Cu2O(s) via Ag phase.

Ag相中に分配したCuは式(31)によりO2で酸化されCu2O(l)になる。

  
Cu ( l , in Ag ) + 1 4 O 2 ( g ) = 1 2 Cu 2 O ( l ) (31)

(30),(31)式を組み合わせると,Fe中Cuの酸化を表す式(32)が得られる。

  
Cu ( l , in Fe ) + 1 4 O 2 ( g ) = 1 2 Cu 2 O ( l ) (32)

すなわちAg相を介してCuを酸化することで,循環性元素の酸化平衡の測定を可能にしている。式(32)の酸化平衡が測定できれば,式(24)で示したSiの酸化平衡から相互作用係数を求めたのと同様にして,溶鉄中Cuと合金元素間の相互作用係数が求められる。この原理に基づいて溶鉄中CuとB,Co,Ni間の相互作用パラメータが報告されている131)。実験前ならびに実験中の試料の模式図をFig.10に示す。Fig.10(a)に示すように,MgOるつぼ中にFe,Cu,Ag,合金元素Mを入れ,電気抵抗炉内で,Ar雰囲気,1873 Kで試料を溶融させる。実験中試料が溶融したときの試料の模式図をFig.10(b)に示す。その後,雰囲気をO2に切り替えて実験を行い,1873 K,PO2=1[atm]の条件においてFe中Cuの酸化平衡濃度を測定することにより相互作用係数を求めている。本手法においては,Ag中にOが溶解し,Cuの酸化反応はAg−気相界面ではなくAg相中で起きていると考えられる。Ag相を介したFe中Cuの酸化反応のシミュレーションを行い,本実験手法により,OがFe相に達することなくFe中Cuの酸化反応が進み,Fe中Cuの酸化平衡濃度が得られるという結果が得られている131)

Fig. 10.

Schematic cross section of the sample arrangement in Fe-Ag-Cu-M system. (a) before melting, (b) during experiment

溶鉄中Cuと合金元素間の相互作用係数は,分配係数の測定により求めることもできるが,本手法は,気相の酸素分圧を制御した条件下で実験を行うことによりFe中のCu濃度を分析に適した値にすることが可能であり,またその値から直接相互作用係数を求めることができる。したがって,循環性元素に対しても化学反応の平衡測定と同様に精度が高まることが期待される。一方で,分配係数の測定の方が,実験的に単純であり,一度に複数個の実験を行うことができる利点がある。したがって,実験系により分配係数の測定では精度が得られない場合に,本手法を適用するのが良いと思われる。

7. おわりに

活量と蒸気圧は比例関係にあるため,蒸気圧の測定あるいは蒸気圧をコントロールしながら平衡実験を行う方法はstraight forwardであり,ある程度の大きさの蒸気圧がある場合は大変有効な実験手段である。一方で,化学平衡法は,鉄鋼精錬に関わる化学反応の平衡に関する添加元素の影響を直接測定するものなど,鉄中に含まれる微量元素の挙動を平衡状態において調べるものであり,実験結果から直接精錬反応に適用できる重要なデータが得られることが期待できる。本文中に述べたように,いずれの手法も適用系により得意,不得意があり,各手法を把握して,対象系に適した方法を用いることが重要である。いずれの場合も,不確かさを極力減らすための工夫が必要であり,いくつかの手法や熱力学計算をうまく組み合わせて精度の高いデータを得ることができる場合がある。

溶鉄中種々元素の相互作用に関する熱力学データは,鋼品質への影響につながる製鉄技術の基盤として重要性が増している。一方で,正しい熱力学データを得るためには,各系に対して実験により測定することが必要であり,今後も多くの実験が必要である。本紙が,最も適切な手段によって活量測定実験を行うための手助けになれば幸いである。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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