2020 年 106 巻 10 号 p. 765-776
In order to examine the effects of soft-fine particle peening (Soft-FPP) on the fatigue properties of gas carburized SCM420H steel, rotating bending fatigue tests were conducted for carburized SCM420H steels treated with FPP using shot particles having different hardness. The Soft-FPP treated steels pre-treated with carburizing showed higher fatigue life and fatigue strength at 107 cycles compared with the only-carburized steels. This is attributed to the increase of surface hardness and the generation of compressive residual stress induced by FPP. The carburized steels treated with FPP failed in the subsurface fracture mode from the singular microstructure beneath the carburized layer in the long life region. The transition stress for the carburized steels treated with FPP, at which the surface fracture mode changed to the subsurface one, tended to increase with the hardness of shot particles used in FPP. Furthermore, the release behavior of residual stress induced by FPP during fatigue tests was also examined. There were no noticeable differences in compressive residual stress after the fatigue tests between the two types of carburized specimens treated with FPP; therefore, the Soft-FPP treated steels exhibited same fatigue strength as the steels treated with FPP using hard shot particles. These results suggest that the effect of hardness of shot particles used in FPP on the fatigue properties of carburized steels is not observed.
近年,地球環境保護の観点から,二輪車に搭載する変速機の軽量化および小型化の需要が高まっている。二輪車の変速機の場合,自動車と比較して冷却が難しいことから,小型化の実現には変速機を構成する各部品の高強度化が不可欠である。なかでも内燃機関の駆動力伝達部品である歯車には,複数回の曲げ応力や摺動に耐える機能が要求されるため,浸炭焼入れを施すことが多い1–4)。
浸炭焼入鋼のさらなる疲労特性改善には,ショットピーニングによって鋼の表面組織を改質することが有効である3–8)。なかでも,微細な投射粒子を用いる微粒子ピーニング(Fine particle peening: FPP)は,従来のショットピーニングと比較して高い圧縮残留応力を生起させることに加えて微細な結晶粒を創製可能であるため9–13),材料の疲労特性改善に有効である。Sawada7,8)は,高硬さの投射粒子(ビッカース硬さ1550 HV)を開発し,FPPを施した浸炭鋼の表面に1800 MPaという極めて高い圧縮残留応力を生起させている。著者ら14,15)は,被処理材と投射粒子の硬さを系統的に変化させ,両者の硬さの比(投射粒子硬さを被処理材硬さで除した値)が1.3以上となる条件において,FPPによって生起する圧縮残留応力値が増加することを明らかにしている。これらの先行研究から,材料表面に高い圧縮残留応力を生起させるには,硬い投射粒子を用いることが有効であるとされている。
しかし実用的観点からは,被処理材に対して投射粒子が硬すぎると被処理面が摩耗したり,粒子衝突痕が疲労破壊の起点となる場合がある16)。したがって,表面粗さの増加や寸法精度も考慮すると,必ずしも硬い投射粒子を用いることは適切ではない。実際にMorikawaら3)は,FPPを施したガス浸炭歯車に対してナイロン歯車工具を用いたラッピングを施し,歯面粗さの低減によって負荷能力が向上することを明らかにしている。また著者ら14,15)は,前述の硬さの比(投射粒子硬さを被処理材硬さで除した値)が1.3未満の条件でFPPを施すことにより,表面粗さ値を増加させることなく圧縮残留応力を生起させることに成功している。
そこで本研究では,あえて軟質の投射粒子を用いたピーニング(軟質FPP)を導入し,ガス浸炭焼入れを施したSCM420H鋼の表面改質層の変化について検討を加えることとした。また,疲労過程において圧縮残留応力は変化14,17–21)するため,疲労試験前の初期残留応力値を評価するのみならず疲労試験後にいかに高い圧縮残留応力が残存しているか,という点が材料の疲労特性改善には重要である。そのため,回転曲げ疲労試験を行い,浸炭焼入鋼の回転曲げ疲労特性に及ぼすFPPの効果が投射粒子硬さによってどのように変化するかという点について,疲労過程における圧縮残留応力の解放挙動と関連づけて検討を加えた。
供試材には,Table 1に示す化学成分を有するクロムモリブデン鋼(SCM420H)の丸棒(直径35 mm)を用いた。丸棒は,製鋼(ビレット)後に熱間圧延を施したままの状態であり,その旧オーステナイト結晶粒度は8である。圧延ままの受入れ材の平均硬さは228±4 HV(試験力0.98 N,n=30),機械的性質はTable 2に示す通りである。Fig.1に,ナイタールエッチングにより現出させた受入れ材の横断面組織を,デジタルマイクロスコープにより観察した結果を示す。同図から,受入れ材はフェライト・パーライト組織を有していることがわかる。同材を,Fig.2に示す砂時計型の疲労試験片(応力集中係数1.03)に機械加工した。なお,浸炭焼入れによる試験片の変形を抑制するために,試験片の掴み部には吊るしワイヤーを通す穴(直径4 mm)を設けた。このように機械加工した試験片(As-received材)に対して,カーボンポテンシャル1.0%の条件でガス浸炭(900°C,120 min)を施した後,油冷(油温150°C,10 min)および焼戻し(190°C,80 min保持後に空冷)を実施した。以後,浸炭(Carburizing)処理材をC材と呼称する。Fig.3に,ピクリン酸エッチングにより現出させたC材の旧オーステナイト粒界を,デジタルマイクロスコープにより観察した結果を示す。同図には,(a)浸炭層表層,(b)深さ800 μm,(c)深さ2500 μm(試験片中心部)近傍における観察結果を示している。浸炭層表層および深さ800 μmにおける旧オーステナイト粒径は17 μm,深さ2500 μm(試験片中心部)近傍の旧オーステナイト粒径は20 μmであった。なお浸炭処理後には,旋盤を用いて疲労試験片の掴み部を直径15 mmに機械加工し,浸炭試験片両端の掴み部が平行となるよう工夫した。
| C | Si | Mn | P | S | Cu | Ni | Cr | Mo | O |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 0.21 | 0.25 | 0.85 | 0.019 | 0.016 | 0.01 | 0.02 | 1.1 | 0.16 | 0.0005 |
| Yield stress | Tensile strength | Elongation |
|---|---|---|
| 344 MPa | 688 MPa | 19% |

Cross-sectional optical micrograph of as-received series etched with Nital.

Specimen configuration.

Cross-sectional optical micrographs obtained for carburized series (C series) etched with picric acid at (a) surface, (b) 800 μm in depth and (c) 2500 μm in depth.
浸炭処理後,一部のC材に対してFPPを施した。FPPは,直圧式のエアノズル式ショットピーニング装置(新東工業株式会社製MY-30AP。ノズル径4 mm)を用いて,投射圧力0.5 MPa,ノズル距離50 mm,処理時間30 s,噴出量0.2 g/sの条件で実施した。本研究ではカバレージは測定していないが,粒子を投入する際に振動式フィーダを用いるとともに,小型旋盤を用いて試験片を600 rpmで回転させることにより最小径部の全周にわたって均等に処理が施されるよう留意した。その際,一度投射した微粒子は循環使用せずに廃棄した。FPPを施した全ての試験片に対して表面の圧縮残留応力値を測定し,極端に値の低い試験片は除外した。
FPPの投射粒子には,Table 3に示す化学成分を有する鉄系球状粒子を用いた。本粒子の直径は106 μm~125 μm,平均硬さは856±15 HV(試験力0.98 N,n=30)である。本研究では,寸法・形状が同一でありながら,硬さのみ異なる2種類の投射粒子を作製するため,受入れ粒子に対して焼なまし(850 °C,30 min保持後に炉冷)を施した。焼なまし粒子の平均硬さは319±7 HV(試験力0.98 N,n=30)であり,受入れ粒子の硬さと比較して低い。以後,焼なまし粒子をSoft粒子,受入れ粒子をHard粒子と呼称し,それらを用いてFPPを施した浸炭材をそれぞれC+Soft-FPP材およびC+Hard-FPP材と呼称する。
| C | Si | Mn | P | S | Fe |
|---|---|---|---|---|---|
| 0.72 | 0.27 | 0.3 | 0.017 | 0.009 | Bal. |
試験片の硬さ測定は,マイクロビッカース硬さ試験機を用いて,試験力0.98 N,保持時間10 sの条件で試験片最小径部の横断面の所定の深さにおいて,各1点行った。硬さ測定用試料は,横断面を切断した試験片をエポキシ樹脂に埋め,エメリー紙(#320~#4000)およびコロイダルシリカ懸濁液により鏡面状に仕上げた。
残留応力および半価幅の測定には,X線残留応力測定装置(パルステック工業株式会社製,μ-X360n)を用いた。測定時の照射角度は35°,電圧30 kV,電流1 mA,照射時間120 s,測定回折面(211)の条件のもと,X線の照射管にはCrを用いてcosα法により試験片軸方向の残留応力値を算出した。深さ方向の残留応力の変化については,試験片表面の直径5 mmの領域を逐次電解研磨し,その都度測定する方法を採用して検討を加えた。また,疲労過程における残留応力の解放挙動について検討を加えるため,応力繰返し数107回で未破断であった試験片に対して疲労試験後にも表面の残留応力を測定した。さらに,電圧30 kV,電流1 mA,照射角度18°,照射時間30 s,フェライト(211)回折面,オーステナイト(220)回折面の条件で残留オーステナイト量の測定を行った。測定装置の詳細については,他の文献22)を参照されたい。
試験片の結晶方位は,後方散乱電子回折(Electron backscatterd diffraction: EBSD)により分析した。EBSD分析は,加速電圧20 kV,ステップサイズ0.3 μm,分析領域100×100 μm2,倍率500倍の条件で行った。
疲労試験は,小野式回転曲げ疲労試験機を用いて試験速度30 Hz,応力比-1,室温・大気中の条件で行った。得られたデータをもとに,日本材料学会標準『金属材料疲労信頼性評価標準-S-N曲線回帰法-』23)に従ってS-N線図を描画し,疲労限度を算出した。一部の試験片については,超高サイクル域での疲労特性を評価するために疲労試験を応力繰返し数107回で打ち切らず,試験を継続させた。
疲労試験後,走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscope: SEM)および3次元形状測定機による破面観察を行い,破壊起点部を特定した。
Fig.4に,各シリーズの横断面における硬さ分布測定結果を示す。同図より,まず浸炭材(C材)の硬さ分布に注目すると,表面から約300 μmまでの深さにおいてほぼ一定の硬さ値(約700 HV)を示していることがわかる。深さ300 μm以降において硬さ値は低下傾向を示し,およそ800 μm以降の深さでは一定値(約480 HV)を示した。JIS G 0557に準拠して算出したC材の有効硬化層深さは580 μm,全硬化層深さは740 μmであった。また,C材は浸炭層より深い位置においてもAs-received材の硬さ(228 HV)と比較して高い値を示した。これは,浸炭処理時に生じるマルテンサイト変態に起因するものと考えられる。

Distributions of Vickers hardness at cross section. (Online version in color.)
次に,FPPによる浸炭材の硬さ変化に注目すると,FPP材(C+Soft-FPP材およびC+Hard-FPP材)の表面硬さはC材と比較して高いことがわかる。これは,微粒子衝突によって浸炭組織が改質されたためと考えられる。なお,FPPによる浸炭材の硬さ上昇幅は投射粒子硬さによって異なり,C+Hard-FPP材の表面において100 HV程度の顕著な硬さ上昇が認められた。
浸炭材の表面硬さがFPP投射粒子硬さに依存して変化する要因を検討するため,残留オーステナイト量を測定した。Fig.5に,FPPを施す前後において,試験片表面の残留オーステナイト量を測定した結果を示す。測定は,試験片を90°ごとに回転させ,同一試験片の最小径部の同一箇所4点において実施した。同図より,FPPを施す前の試験片(C材。図中破線)に約20%存在していた残留オーステナイトは,FPPを施すことにより減少していることがわかる。これは,FPPを施すことにより浸炭層において加工誘起マルテンサイト変態が生じたことを示唆している。また,C+Soft-FPP材の残留オーステナイト量は,C+Hard-FPP材のそれと比較して高いことがわかる。このことは,投射粒子が硬いほどFPPによる加工誘起マルテンサイト変態が顕著に生じることを示す結果である。

Changes in retained austenite volume fraction at surfaces of carburized samples (C series) with (a) C+Soft-FPP and (b) C+Hard-FPP series. (Online version in color.)
以上から,投射粒子の硬さによってFPP時に生じる加工誘起マルテンサイト変態の程度が変化し,その結果,浸炭材の表面硬さが変化することが明らかとなった。
3・2 残留応力測定結果Fig.6に,各シリーズの残留応力分布測定結果を示す。なお本研究では,電解研磨による残留応力の再分配は考慮していない。同図から,FPP処理面近傍の圧縮残留応力値はC材と比較して高いことがわかる。これは,FPP時に生じる加工誘起マルテンサイト変態や加工硬化によるものと考えられる。また,表面から20~50 μm以降の深さでは,FPP材とC材はほぼ同様の分布を示した。

Distributions of residual stress. (Online version in color.)
次に,投射粒子硬さの影響に注目すると,C+Hard-FPP材と比較してC+Soft-FPP材に生起した圧縮残留応力値は低いことがわかる。これは,Fig.5に示した通り,投射粒子が軟らかいほどFPP時の加工誘起マルテンサイト変態量が少ないためと考えられる。Yonekuraら6)は,オーステナイトのマルテンサイト変態時の比容積変化率を用いて,加工誘起マルテンサイト変態により生起する圧縮残留応力値について定量的な検討を加えている。したがって,投射粒子硬さは,FPP時に生起する圧縮残留応力値にとって重要な因子であることが明らかとなった。
3・3 回転曲げ疲労試験結果Fig.7に,各シリーズの回転曲げ疲労試験結果を示す。同図(a)にはC材とAs-received材の結果を示しており,図中には疲労限度型片対数折れ線モデルの回帰S-N曲線を描画している。各シリーズの有限寿命域の回帰式は,以下の通りである。
| (1) |
| (2) |

Results of fatigue tests of (a) as-received and C series and (b) C+Soft-FPP and C+Hard-FPP series. (Online version in color.)
ここで,σaは応力振幅(MPa),Nfは破断繰返し数(cycles)である。同図(a)より,C材の疲労限度(925 MPa)は,As-received材のそれ(383 MPa)と比較して高いことがわかる。これは,Fig.3に示した通り,浸炭焼入れを施すことにより硬さが上昇し,疲労き裂の発生抵抗が増大したためと考えられる。
Fig.7(b)に,FPP材(C+Soft-FPP材およびC+Hard-FPP材)の試験結果をC材の回帰曲線とともに示す。なお,FPP材は107回以上の応力繰返し数においても破断したため,S-N曲線は描画していない。同図(b)から,応力振幅1400 MPaで破断したFPP材の疲労寿命は,C材の回帰曲線のFactor of 2内(図中の薄墨領域)に収まっており,C材のそれと同程度であることがわかる。このことは,高応力域においてFPPによる疲労特性改善効果が認められないことを示唆している。これに対して,応力振幅1300 MPa以下の試験においては,FPP材の疲労寿命はC材と比較して長いことがわかる。さらに,応力繰返し数107回の時点で未破断であったFPP材の負荷応力値(107回時間強度:1000 MPa)は,C材の疲労限度(925 MPa)と比較して高いことがわかる。これらの結果は,投射粒子硬さによらずFPPを施すことにより浸炭焼入鋼の疲労特性が改善することを示すものである。
次に,浸炭焼入鋼の疲労特性に及ぼす投射粒子硬さの影響に注目すると,2つのFPP材の疲労寿命や107回時間強度は同程度であることがわかる。しかし,前節までにおいて,投射粒子硬さによってFPP材の表面硬さや生起する圧縮残留応力値が異なることを示した。これらの点を考慮すると,C+Hard-FPP材は表面改質層の特性から期待されるほどの疲労特性を示していないと考えられる。
この要因を明らかにするため,FPPにより生起した圧縮残留応力の解放挙動を調べることとした。具体的には,応力振幅σa=1000 MPaにおいて,予め表面の残留応力を測定した試験片に対して疲労試験を実施し,107回で中途止めした後に表面残留応力を測定した。Fig.8に,疲労試験前後においてFPP材の表面残留応力値を測定した結果を示す。測定は,試験片を90°ごとに回転させ,同一試験片の最小径部の同一箇所4点において軸方向に実施した。同図より,両材において疲労試験後の圧縮残留応力値(図中実線)は,疲労試験前のそれ(図中破線)と比較して低いことがわかる。このことは,FPPにより生起した圧縮残留応力が疲労過程において解放したことを意味している。しかし,解放後のFPP材の表面圧縮残留応力は,Fig.6に示したC材の初期圧縮残留応力値(164±19 MPa. n=8)よりも依然として高い値を示したことから,FPPによる浸炭焼入鋼の疲労特性改善は圧縮残留応力の生起に起因しているものと考えられる。なお,FPPによる疲労寿命の増加が認められなかった高応力域(σa=1400 MPa)においては,FPPにより生起した圧縮残留応力の解放が顕著に生じ,C材の値に漸近する傾向を確認している。

Changes in compressive residual stress for the (a) C+Soft-FPP and (b) C+Hard-FPP series during fatigue tests. (Fatigue tests condition: σa=1000 MPa, N=107 cycles). (Online version in color.)
次に,FPP材の測定結果を比較すると,C+Soft-FPP材の初期圧縮残留応力値はC+Hard-FPP材と比較して低いものの,疲労試験後の値は同程度であることがわかる。したがって,疲労試験後において浸炭焼入鋼の圧縮残留応力値に及ぼす投射粒子硬さの影響は小さいことが明らかとなった。このことが,投射粒子硬さによって初期圧縮残留応力値が異なるにも関わらず,両FPP材の疲労寿命や107回時間強度が同程度である要因と考えられる。
3・4 破面観察結果本節では,Soft-FPPを施した浸炭焼入鋼の疲労破壊メカニズムについて検討を加えるため,破面観察を実施した。まずFig.9に,FPPによる疲労特性の改善が認められなかった応力条件(σa=1400 MPa)にて破断した各試験片の破面をSEMにより観察した結果を示す。同図(a)-(c)の低倍率観察画像から,応力振幅σa=1400 MPaにおいて各シリーズは表面起点型破壊を呈していることがわかる。同図(d)-(f)は,同図(a)-(c)の矢印で示した破壊起点部近傍を高倍率で観察した結果であるが,全ての試験片シリーズの表面近傍において,半楕円状の比較的平坦な領域が形成されていることがわかる。なお,平坦領域の大きさは試験片シリーズによって若干異なるものの,破面様相に大差はないことがわかる。これは,応力振幅σa=1400 MPaにおいて各シリーズの疲労寿命がほぼ同程度であったためと考えられる。また,平坦領域の周辺では粒界割れの様相を呈しており,その破面単位の大きさから旧オーステナイト粒界と推察される。Shinら1)は,ガス浸炭材の粒界近傍における酸素濃度が高いことに起因して,疲労き裂が結晶粒界を進展しやすいことを報告している。次に,FPPによる疲労寿命の増加が認められた応力振幅σa=1200 MPaにおいて破断した試験片の破面を観察した。Fig.10に,3次元形状測定機による破面のマクロ観察結果を示す。Fig.10(a)および(b)より,C材およびC+Soft-FPP材は表面起点型の破壊形態を呈していることがわかる。これに対して,C+Hard-FPP材の破面にはFish-eyeが明瞭に観察され,内部起点型破壊を呈していることがわかる(Fig.10(c))。

SEM micrographs of fracture surfaces of the (a),(d) C, (b),(e) C+Soft-FPP and (c),(f) C+Hard-FPP series failed at 1400 MPa. (Online version in color.)

Optical micrographs of fracture surfaces of the (a) C, (b) C+Soft-FPP and (c) C+Hard-FPP series failed at 1200 MPa. (Online version in color.)
内部破壊を呈したFPP材の破面様相について詳細な検討を加えるため,SEMによる破面観察を行った。Fig.11に,一例としてC+Hard- FPP材のFish-eye中央における破壊起点部を観察した結果を示す。同図(a)は2次電子像,(b)は凹凸像,(c)は反射電子像をそれぞれ示している。同図より,破壊起点部の近傍には細長い特異組織が認められ(Fig.11(a)),傾斜を有していることがわかる(Fig.11(b))。反射電子像(Fig.11(c))において特異組織は母材と同色を呈していたことから,C+Hard-FPP材の破壊要因は非金属介在物ではないと考えられる。なお,エネルギー分散型蛍光X線分光装置(Energy dispersive X-ray fuluorescence spectrometer: EDS)による分析において,元素の偏析は認められなかった。本研究では,内部破壊を呈した全てのFPP材において,破壊起点部に非金属介在物は認められなかった。

SEM micrographs of fracture surface of the C+Hard-FPP series failed at 1200 MPa. ((a) SE, (b) TOPO and (c) BSE images). (Online version in color.)
ここで,Fig.7(b)内の“*”はFish-eye型の内部破壊の発生を示しているが,C+Soft-FPP材は1100 MPa以下の応力振幅において内部起点型破壊を呈した。そのため,投射粒子硬さによらずFPPを施した浸炭焼入鋼の疲労破壊メカニズムは本質的に相違ないが,疲労破壊モードが表面起点型から内部起点型に遷移する応力は,投射粒子硬さに依存して異なることが明らかとなった。Itogaら24)は,表面強度を系統的に変化させた試験片の疲労特性を検討し,表面強度が低いほど表面起点型破壊から内部起点型破壊に遷移する応力値が低下することを明らかにしている。本研究の場合,FPP投射粒子が硬いほど表面硬さが増加することを考慮すると,C+Soft-FPP材の表面強度はC+Hard-FPP材と比較して低いと考えられる。なお,FPP材の表面強度を議論する場合,表面粗さ値も重要因子となりうるが,本研究では前述の硬さの比(投射粒子硬さを被処理材硬さで除した値)14,15)が1.3未満の条件でFPPを施しているため,C+Soft-FPP材とC+Hard-FPP材の表面粗さ値は同程度であった。そのため,C+Soft-FPP材の破壊モード遷移応力値(1100~1200 MPa)はC+Hard-FPP材のそれ(1300~1400 MPa)と比較して低下したと考えられる。
以上から,FPPを施した浸炭焼入鋼において,表面から内部へ破壊モードが遷移する応力値は投射粒子硬さによって変化することが明らかとなった。
3・5 FPPを施した浸炭焼入鋼における内部起点型破壊メカニズムの検討前節において,FPPを施すことにより浸炭焼入鋼の疲労破壊モードが変化することが明らかとなった。本節では,FPPを施した浸炭焼入鋼の内部破壊発生要因について考察を加える。
非金属介在物が起点とならない内部起点型破壊については,ベイナイト25)やフェライト26)が破壊起点となることが報告されている。著者ら21,27,28)も表面処理を施したばね鋼や低合金鍛鋼において,非金属介在物を起点としない内部破壊が生じることを明らかにしている。この点に注目して,Fig.11に示した破面上に観察された起点組織をEBSDにより結晶方位解析を行う手法29–32)を適用したが,表面凹凸によって明瞭な菊池パターンを得ることができなかった。そこで,鏡面状に仕上げた浸炭材の横断面組織の結晶方位解析を行った。なお,浸炭層とその内部では組織形態が異なるため33),後述する内部破壊起点深さを考慮して浸炭層直下の組織を分析した。Fig.12に,浸炭層直下に対してEBSD分析を行うことにより得られた各マップを示す。同図(a)はIPF map,同図(b)は方位差15°以上の境界を示したGrain boundary map,同図(c)はPhase mapである。同図から,浸炭材の組織はFig.1に示した受入れ材とは異なり,針状のマルテンサイトが形成されているがわかる。また同図において,Fig.11に示した内部破壊起点組織の大きさ・形状に類似した組織が存在していることがわかる。本研究においても比較的低強度の内在組織がFPP材の内部破壊起点になったと推測されるが,内部破壊起点組織の全容解明は今後の課題である。

(a) IPF map, (b) grain boundary map and (c) phase map obtained by EBSD analysis for carburized sample (C series) beneath the carburized layer. (Online version in color.)
Fig.13に,破面観察結果から測定したFPP材の破壊起点深さを示す。同図から,FPP材の破壊起点部は,負荷した応力振幅値によらず浸炭層直下(厚さ約740 μm)付近であることがわかる。このことから,FPPを施した浸炭焼入鋼の場合,浸炭層直下の組織を起点とした疲労破壊が試験片の破断を導くものと考えられる。

Depth of fracture origin of the C+Soft-FPP and C+Hard-FPP series. (Online version in color.)
この点を検証するため,破壊起点部に負荷される応力振幅σa,local(MPa)を式(3)により求めた。
| (3) |
ここで,dは破壊起点深さ(mm),Dは試験片の最小断面直径(mm),σaは公称曲げ応力振幅(MPa)であり,試験片R部の応力集中を考慮せず曲げ応力が半径方向において線形的に変化するとみなしてσa,localを算出した。
Fig.14に,破壊起点部に負荷される応力振幅σa,localで再整理した疲労試験結果を示す。同図から,投射粒子硬さとは無関係に,有限寿命域の全てのプロットは同一バンド内(図中破線付近)に収まっていることがわかる。さらに,その破壊応力は,全て表面破壊したC材の疲労限度(925 MPa)と比較して低いことがわかる。このことは,FPPを施した浸炭焼入鋼の内部疲労破壊が,浸炭層直下の低強度組織に負荷される応力値により決定されることを示すものである。したがって,Fig.7(b)で述べたFPPによる疲労寿命の増加は,公称応力振幅σaで試験結果を整理した場合に発現し,表面起点型から内部起点型への破壊モード遷移および応力勾配に起因する見かけの現象と考えられる。しかし,C+Soft-FPP材の疲労寿命は,表面起点型破壊においてもC材と比較して大幅な増加が認められたことから,軟質FPPによる表面強化の効果は発現していると考えられる。なお,内部破壊寿命は起点深さや起点組織の大きさ等によってばらつくため,高応力振幅付近では表面破壊寿命曲線と内部破壊寿命曲線が混在する領域であったと推測される。

Results of fatigue tests in terms of local stress amplitude at fracture origin. (Online version in color.)
Fig.15に,硬さの異なる投射粒子を用いたFPPによる浸炭焼入鋼の疲労特性変化を表す概念図を示す。なお,同図の実線は実験結果をもとに描画した表面起点型破壊の寿命曲線を,ハッチング領域は内部起点型破壊の寿命曲線を示している。投射粒子硬さによらず,FPPにより生起した圧縮残留応力や硬さ上昇の効果に起因して浸炭焼入鋼の疲労寿命や107回時間強度は増加する。一方,負荷応力の低下に伴い,表面起点型破壊から,低強度の内部組織を起点とする破壊モードに遷移する。その際,疲労破壊モードが表面起点型から内部起点型に遷移する負荷応力値は,FPP投射粒子硬さに依存して変化し,硬質の投射粒子を用いてFPPを施した場合に高い値を示す。しかし,FPPにより生起した圧縮残留応力は疲労試験中に解放されるため,浸炭焼入鋼の疲労寿命および107回時間強度に及ぼす投射粒子硬さの影響は小さい。

Schematic S-N diagrams showing the effect of shot particles hardness used in FPP on fatigue properties of carburized steels. (Online version in color.)
本研究では浸炭焼入鋼に対してFPPを施したが,内部破壊が生じない低・中強度鋼を対象とした場合,軟質FPPによる疲労特性改善効果はさらに高まると考えている。具体的には,疲労過程における圧縮残留応力の解放を鑑みると,硬質の投射粒子を用いるFPPにより高い圧縮残留応力の生起に注力するのではなく,軟質FPPによる被処理面の塑性変形の抑制に起因して表面粗さの低減や寸法精度の維持などの利点が得られることが期待され34),今後の検討課題としたい。
本研究では,ガス浸炭焼入れを施したクロムモリブデン鋼の回転曲げ疲労特性に及ぼす軟質微粒子ピーニング(Soft-FPP)の影響について検討を加えた。具体的には,硬さの異なる投射粒子を用いたFPPによる表面性状変化や疲労過程における圧縮残留応力解放挙動と関連付けて,軟質FPPを施した浸炭焼入鋼の疲労破壊メカニズムについて検討を加えた。以下に得られた知見を示す。
(1)FPPに用いる投射粒子の硬さに依存して,浸炭組織の加工誘起マルテンサイト変態の程度は変化する。
(2)上記(1)の現象に起因して,投射粒子硬さの増加に伴い,表面硬さの上昇幅および生起する初期圧縮残留応力値は増加する。しかし,疲労過程において圧縮残留応力は解放されるため,疲労試験後の表面圧縮残留応力値に及ぼす投射粒子硬さの影響は小さい。
(3)軟質FPPを施すことにより,浸炭焼入鋼の疲労寿命および107回時間強度は増加する。
(4)軟質FPPを施すことにより浸炭焼入鋼の疲労破壊モードは表面起点型から内部起点型に遷移する。その際,破壊モードの遷移応力値は硬質の投射粒子を用いた場合と比較して低いが,FPPを施した浸炭焼入鋼の疲労寿命や107回時間強度は投射粒子硬さによらず同程度である。
本研究は,(公財)スズキ財団科学技術研究助成金の補助のもと行った。また,本研究を実施するにあたり,日本材料学会疲労部門委員会『疲労に関する表面改質分科会』,静岡大学坂井田喜久先生,早川邦夫先生,藤井朋之先生,鈴木寛史氏,伊東航希氏,南澤健太氏,ヤマハ発動機株式会社太田敏也氏,井上陽一氏にご協力いただいた。記して謝意を表す。