Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Physical Properties
Effect of Nitrogen Addition on the Stacking-Fault Energies in Si-added Austenitic Stainless Steel
Yasuhito KawaharaRyo TeranishiChikako TakushimaJun-ichi HamadaKenji Kaneko
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 106 Issue 11 Pages 816-825

Details
Abstract

The stacking-fault energies (SFE) were measured by weak-beam TEM method, and deformation mechanisms in room and high temperature were characterized in terms of the effect of nitrogen addition on SFE in Si-added austenitic stainless steel (Fe-19%Cr-13%Ni-0.05%C-3%Si-x%N). Nitrogen addition resulted in decrease of SFE and changing the dislocation configuration from tangled to planar in room temperature. In high temperature, nitrogen addition resulted in the increase of dislocation density in the subboundary by the decrease of SFE. These results indicated that addition of nitrogen contributed to room and high temperature strength because of the decrease of SFE.

1. 緒言

オーステナイト系ステンレス鋼は,優れた耐食性1),耐熱性2,3)および溶接性4)を有することから,化学工業品をはじめ,建築用,家庭用,自動車用など,広い範囲の用途5)がある。これらの性質は,多くの場合で添加元素の影響を強く受けることが知られており,中でも窒素添加はすき間腐食を抑制する効果があり,耐食性の向上に極めて有効であることが報告されている6)。また,機械的性質に関しても,窒素添加により常温7)および高温8)強度が上昇することが報告されている。これまで,窒素添加による高温強化機構として,固溶強化機構の寄与が報告されている9)が,I-S効果による転位の引きずり抵抗により高温強度が向上する報告10)もなされている。また,積層欠陥が形成され易いオーステナイト系ステンレス鋼では,高温変形時に積層欠陥を閉じる(ジョグを形成する)ために大きな力が必要となるため,高温強度が高いと考えられている11,12)。これまでに窒素を活用した耐熱オーステナイト系ステンレス鋼が多数実用化されているが13,14),更なる高温強度の向上のためには窒素添加による微細組織および強化機構への影響の詳細な解析が必要不可欠である。

窒素添加オーステナイト系ステンレス鋼における強度の著しい上昇のメカニズム解明を目的とし,オーステナイト系ステンレス鋼における窒素添加量と積層欠陥エネルギーの関係について,多くの研究がなされてきている。Ojimaら15)やYonezawaら16)は,透過型電子顕微鏡(TEM)による部分転位の分解幅の直接的な計測によって積層欠陥エネルギー(Stacking-fault energy, SFE)を測定している。また,Mosecker and Saeed-Akbari17)は熱力学的な計算によって,Schramm and Reed18)やSaenarjhan19)はX線回折法(XRD)によって積層欠陥エネルギーを測定している。このように様々な手法によって測定がなされてきているが,Table 1に示す様に得られる積層欠陥エネルギーの値も様々である。これらの手法の中でも,特にTEMによる測定は他の手法と異なり直接的であることから,最も信頼できると考えられている。しかしながら,TEMを用いた測定においても,積層欠陥エネルギーと窒素添加量の関係はOjimaら15)とYonezawaら16)とで相反するものとなっており,窒素添加量と積層欠陥エネルギーの相関に統一的な見解は未だ得られていない。

Table 1. Stacking-fault energies of various stainless steels.
Ref.CSiMnNiCrNSFE (mJ/m2)Method
This study0.053.20.813.519.50.0133.5TEM
0.053.10.813.519.50.0919.8
0.053.10.813.619.80.1913.9
Schramm14)0.0250.30.828.2818.3118XRD
0.0740.321.6411.8518.0234
0.0470.561.7318.824.794
0.0550.531.413.0117.1578
0.0270.438.757.11210.3165
0.0340.139.556.4820.30.2641
0.0410.45.1712.3421.5764
0.911.2915.74.121
SaenarJhan15)0.010.3314.84.115.40.018.9XRD
0.020.2815.34.015.40.1013.6
0.020.2615.24.115.00.2019.1
0.010.2714.94.014.90.3124.7
Ojima9)0.0150.431.312.9517.350.019314.2TEM
0.0480.330.819.825.10.02330.9
0.0480.310.8420.1250.32542.9
0.0194.1623.09122.3

TEMを用いた微構造解析においては,微細な組織をより正確に観察することが重要であり,特に,部分転位の分解幅の計測による積層欠陥エネルギーの算出においては,転位を明瞭に観察するとともに組織形態を精緻に評価することが不可欠となる。

そこで,本研究では転位をシャープに観察することができるウィーク・ビーム法20)を採用し,部分転位の分解幅をより正確に計測することによって積層欠陥エネルギーを測定した。試料には代表的な耐熱オーステナイト系ステンレス鋼の一種であるSi添加オーステナイト系ステンレス鋼(SUSXM15J1,19%Cr-13%Ni-3%Si)を用い,窒素添加量を変化させた各試料をTEMにより微構造解析し,窒素添加量と積層欠陥エネルギーの関係を明らかにするとともに,積層欠陥エネルギーの観点から窒素添加が室温および高温変形組織へ及ぼす影響について考察した。

2. 方法

2・1 試料

本研究で用いた供試材は,Table 2に示す様にSUSXM15J1をベースに窒素添加量を0.01%,0.09%および0.19%(いずれもwt%)に変化させたオーステナイト系ステンレス鋼であり,以下それぞれ0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nとする。これらの供試材を20 kg真空溶解で溶製し,1523 Kで55 mm厚に鍛造した後,研削加工により40 mm厚にして熱延に供した。熱延ではサンプルを1423 Kで3.6 ks間加熱後,6 mm厚まで圧延して熱延板とした。次に,熱延板を大気雰囲気にて,1423 K-60 sの焼鈍処理に供した後に空冷した。このサンプルを2 mm厚まで冷延して冷延板を作製し,冷延板を1423 Kに加熱し60 s保持した後に空冷して冷延焼鈍板とした。

Table 2. Chemical composition of specimens used in this study (wt%).
No.FeCSiMnMoPSNiCrN
0.01 NBal0.053.20.80.10.030.000713.519.50.01
0.09 NBal0.053.10.80.10.030.000713.519.50.09
0.19 NBal0.053.10.80.10.030.000713.619.80.19

2・2 室温引張試験

冷延焼鈍板から引張試験片を採取し,室温引張試験に供した。引張試験片は幅で評点間距離50 mmのJIS 13B号試験片とし,引張方向が圧延方向と平行となるように冷延焼鈍板から採取した。室温引張試験は応力増加率を10 MPa/sec(歪速度:8.0×10-4/sec)として引張,0.2%耐力以降は25 mm/minの引張速度(歪速度:8.3×10-3/sec)で試験を行った。TEM観察用サンプルは10 MPa/secの速度で引張,歪が5%に達した後に引張試験を途中止めして作製した。なお,歪はクリップ式標点間精密伸び計を用いて測定した。

2・3 高温引張試験

冷延焼鈍板から引張試験片を採取し,高温引張試験に供した。引張試験片は幅10 mmで評点間距離35 mmとし,引張方向が圧延方向と平行になる様に冷延焼鈍板から採取した。高温引張試験においては,赤外線炉によって,大気雰囲気下で,昇温速度が100 K/minとなるように加熱を行い,1173 Kに達してから600 s保持後,0.3%/min(歪速度:5.0×10-5/sec)で引張を行い,0.2%耐力以降は3 mm/min(歪速度:1.4×10-3/sec)の引張速度で試験を行った。TEM観察用サンプルは0.3%/minの速度で引張,歪が5%に達した後に,室温まで風冷処理によって冷却した。この時,冷却速度は約180 K/minであった。また,高温引張試験中にTEM観察サンプルが1173 Kに曝されている時間は17 minであった。なお,歪は差動トランス式伸び計を用いて測定した。

2・4 透過型電子顕微鏡(TEM)による微構造解析

2・4・1 部分転位の分解幅測定

JEM-2100HC(日本電子)を加速電圧200 kVにて使用し,室温引張試験により5%の歪を加えた試料にて,部分転位の観察を行った。なお,部分転位の観察にはウィーク・ビーム法20)を用いた。電子線の入射方位を母相(γ-Fe)の[111]付近に調節し,各{220}面を励起するように試料を傾斜させ,ウィーク・ビーム像を取得した。各像における転位のコントラストの強弱を見ることでバーガース・ベクトルの決定を行った。

また,積層欠陥エネルギーの算出には,Readによって提案された式(1)を用いた21)

  
SFE=Gbp2(2ν)8πΔ(1ν)(12νcos2β2ν)(1)

ここで,Δを分解幅,bpを部分転位のバーガース・ベクトルの大きさ,βを完全転位のバーガース・ベクトルと転位線のなす角度,Gを剛性率(=75 GPa),νをポアソン比(=0.33)とする。なお,剛性率およびポアソン比は本鋼と比較的組成の近いオーステナイト系ステンレス鋼(Fe-17.5Cr-13.8Ni-0.6Mn)のものを用いている22)。TEM観察によって得た部分転位の分解幅(Δobs)を実際の分解幅(Δ)に修正するためにCockayneらの手法23)を用いた。なお,修正に用いた式を式(2),(3)に示す。

  
ai=sg[g*2π{bip+bipe2(1ν)}](2)
  
Δobs={Δ2+(a1+a2)2a12a22+2(a1+a2)a1a2Δ4Δa1}1/2(3)

ここで,sgを励起誤差,g*を回折ベクトル,bipをi番目のバーガース・ベクトル,bipeをbipの刃状成分とする。Ojimaら15)と本研究において,積層欠陥エネルギーの測定の際のTEM観察手法は全く同じであるが,本研究ではΔobsの補正を行っている点が主な違いとして挙げられる。また,格子定数を電子線回折図形から算出した。

2・4・2 転位組織の観察および転位密度の測定

JEM-1300NEF(日本電子)を加速電圧1250 kVにて使用し,室温および高温引張試験により5%の歪を加えた試料にて,転位組織の観察を行った。また,高温引張材においては,転位密度の測定も行った。厚膜部の観察には,Ω型電子分光装置によるエネルギーフィルター機能を併用した。ここでエネルギーフィルター像取得においては,弾性散乱ピーク(ゼロロス)もしくは試料厚み変動に対応してシフトする非弾性散乱ピークが最大となるエネルギー損失領域を中心として,エネルギースリット幅を30~60 eVに設定した。試料厚みは,当該領域からのエネルギー損失スペクトル(EELS)から,非弾性散乱電子の平均自由行程(λ)を指標とするLog-ratio法24)に基づいて相対試料厚みとして求めた後,加速電圧1250 kVにおけるFeの非弾性散乱電子のλFeを250 nmとして算出した25)。但し,試料厚みの増大に伴い,計測可能な損失エネルギー範囲のみでは全非弾性散乱強度評価が困難になる場合は,外挿によって試料厚みを見積もった。観察は,電子線の入射方位を母相(γ-Fe)の[011]晶帯軸付近に調節し,{111}面を励起させるように試料を傾斜させた二波励起条件で行った。そして,得られた転位組織からHam’s法26)を用いて転位密度を算出した。

なお,TEM用試料については,ツインジェット電解研磨機(Fischione社製モデル120)を用いて,TEM観察用の薄膜領域を作製した。電解液には酢酸と過塩素酸の混合液(体積比は酢酸:過塩素酸=5:95)を用い,電流値を25 mAに,電圧値を30 Vに設定して電解研磨を行った。

3. 結果および考察

3・1 窒素添加量と積層欠陥エネルギーの関係

室温で5%歪を付与した試料に対して転位の分解が観察された視野において,二波励起条件を変化させながら取得したウィーク・ビーム像をFig.1に示す。(a),(b)および(c)は,それぞれ0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nから得られたウィーク・ビーム像である。図中のpartial 1およびpartial 2はそれぞれの部分転位を示しており,partial 1およびpartial 2が平行している箇所において分解幅の測定を行った。また,励起条件を変えることによって,partial 1およびpartial 2が消滅している様子が確認されたことから,バーガース・ベクトルの決定も行った。窒素添加量の増大に伴い,転位のプラナー化が見られ,コントラストの消滅具合からプラナー転位列は同じ転位性質を有することが示された。

Fig. 1.

A series of weak-beam TEM observation of (a) 0.01N, (b) 0.09N and (c) 0.19N deformed at room temperature.

測定した分解幅およびコントラストの消滅を観察することで決定した転位の性質をまとめた結果をFig.2に示す。Fig.2において,0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nの積層欠陥エネルギーはそれぞれ14~43 mJ/m2,12~29 mJ/m2,9~18 mJ/m2の範囲内に収まることが判明した。分解幅にばらつきが見られた理由として,転位間相互作用27)の寄与が考えられる。今後,このような分解幅のばらつきを低減していくためには,①転位密度をなるべく少なくした試料において積層欠陥エネルギーの測定を行うことや,②拡張転位節から積層欠陥エネルギーを測定すること27)が有効であると考えられる。また,窒素を添加するにつれて転位の性質が刃状側へ局在化していく様子が見られた。これは,窒素を添加することで刃状転位の易動度が低下することを示唆している。しかし,今回はTEMによる局所領域の観察によるものであるため,今後より広範囲での解析を行うことによって,転位性状の変化を確認する必要があると考えられる。

Fig. 2.

Width of a dissociated dislocation as a function of the tilt angle between the Burgers vector and the dislocation lines (a) 0.01 N, (b) 0.09 N and (c) 0.19 N. (Online version in color.)

Fig.3に,窒素添加量と積層欠陥エネルギーの関係をまとめた結果を示す。0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nの積層欠陥エネルギーの平均値は,それぞれ33.5 mJ/m2,19.8 mJ/m2および13.9 mJ/m2であった。これより,窒素添加により積層欠陥エネルギーが低下することが明らかとなった。従来,積層欠陥エネルギーは各合金添加量に対して単調な関数で表されることが多く,窒素添加量の項が考慮されている代表的な例を以下に示す。

  
SFE(mJ/m2)=25.7+2[%Ni]+410[%C]0.9[%Cr]77[%N]13[%Si]1.2[%Mn](Pickering28))(4)
  
SFE(mJ/m2)=34+1.4[%Ni]1.1[%Cr]77[%N](Schrammetal.18))(5)
  
SFE(mJ/m2)=7.1+2.8[%Ni]+0.49[%Cr]+2.0[%Mo]2.0[%Si]+0.75[%Mn]5.7[%C]24[%N](Yonezawaetal.16))(6)
  
SFE(mJ/m2)=5.530.16[%Cr]+1.40[%Ni]+17.10[%N](Ojimaetal.15))(7)
Fig. 3.

The relationship between nitrogen content and stacking-fault energy.

これらの中で,窒素添加により積層欠陥エネルギーが低下する関係を示したPickering28),Schramm and Reed18)およびYonezawaら16)の式から計算した結果についてもFig.3中に破線で示した。0.01 NはYonezawaら16)の結果とほぼ一致するが,本研究では窒素1%当たり積層欠陥エネルギーが約107 mJ/m2低下し,Yonezawaら16)の結果よりも大きく,Schramm and Reed18)が窒素の影響を示した式(5)に比較的近い。Yonezawaらが用いた鋼材は17Cr-12 Ni-2.6Mo鋼であり,本研究やSchramm and Reedが用いた鋼材に比べMoが多く含まれている。Wakitaら9)は25Cr-28Ni鋼にMoと窒素を同時に固溶させることで,Moと窒素が相互作用を起こし,その結果,窒化物の析出が抑制され,クリープ特性が改善されることを報告している。このことから,Yonezawaらの結果における積層欠陥エネルギーへの窒素寄与量が他の結果と異なる理由は,Moの添加により,積層欠陥への窒素寄与量が減少したためであると考えられる。また,本研究ではSiを約3%と多く含んでいる鋼を用いているが,積層欠陥エネルギーに対する窒素寄与量に変化は見られないことから,Si添加は窒素寄与量に影響を及ぼさないと考えられる。

一方,Ojimaら15)が示した様に窒素添加により積層欠陥エネルギーが増加する報告もなされており,相反する結果となっている。この原因の一つとして,Δobsの補正の有無が挙げられる。Fig.4に本研究における角度と分解幅の補正前後の結果を示す。この図から,ΔobsとΔの間に差がある様子が見られ,その差はらせん成分を多く含む転位ほど大きい傾向が見られた。上記の報告以外にも,窒素添加に伴って積層欠陥エネルギーが大きく低下するがある程度以上になると変化が小さくなるという報告29)や,Cr-Mn鋼とCr-Mn-Ni鋼で窒素の影響が全く異なる報告30)もあることから,合金組成や温度によって積層欠陥エネルギーに及ぼす窒素の影響は大きく変化するものと考えられる31,32)。その原因は明らかではないが,今後,元素間の相互作用33)やフェルミ準位における電子密度分布の影響30)等を考察することで相関性に関する知見を深めることができると考えられる。

Fig. 4.

The corrected width of dissociated dislocations (a) before and (b) after. (Online version in color.)

3・2 引張特性に及ぼす窒素添加の影響

Fig.5に各窒素添加材の室温における応力-歪曲線を,Table 3に引張試験によって得られた各数値をそれぞれ示す。Fig.5から,窒素添加により室温において0.2%耐力および引張強度が向上していることが確認される。また,引張強度に関して,0.09 Nは0.01 Nに比べて32 MPa上昇していたのに対し,0.19 Nは0.09 Nに比べ,87 MPaも上昇していた。この強度上昇には,本研究により明らかとなった窒素添加による積層欠陥エネルギーの低下が寄与していると考えられる。さらに,0.19 Nにおいて,均一伸びが極端に低下していたことから,転位のプラナー化による応力集中が起こっていると考えられ34),この転位のプラナー化も強度上昇に寄与したと考えられる。

Fig. 5.

S-S curves in RT tensile test about 0.01 N, 0.09 N and 0.19 N.

Table 3. Mechanical properties of 0.01 N, 0.09 N and 0.19 N.
0.2% yield point (MPa)Tensile strength (MPa)Uniform elongation (%)Local elongation (%)Total elongation (%)
RT0.01 N25166364.65.6770.3
0.09 N30669563.25.5468.7
0.19 N38078252.911.364.2
HT0.01 N438216.687.2103
0.09 N651057.6888.896
0.19 N851344.3363.668

Fig.6に0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nの1173 Kにおける応力-歪曲線を示す。Fig.6(a)は全歪域を示し,Fig.6(b)は3%歪までを拡大して示したものである。高温引張試験で得られた各数値をTable 3に示す。Fig.6から,窒素添加により1173 Kにおける強度が向上することが確認される。先行研究において,SUS310SにCr,Niを多めに添加した25%Cr-28%Ni添加オーステナイト系ステンレス鋼に窒素を固溶させると高温強度が向上することが報告されている8)。また,本鋼成分に類似した19%Cr-13%Ni-3.3%Si添加オーステナイト系ステンレス鋼の場合についても,同様な報告がなされている14)。一方,Fig.6(b)に示す様に低歪域の応力-歪曲線に着目すると,いずれの材料でも高温降伏現象と呼ばれる加工軟化が生じ,溶質雰囲気引きずり抵抗による固溶体硬化が大きい合金型の高温変形挙動を示すことが明らかとなった。高温降伏現象は,原子半径差が大きい元素を添加した時に認められ3537),窒素添加量が多い程上降伏点が高く,yield dropの大きさが増加していることから,本研究では,窒素添加の影響が生じていると考えられる。また,上降伏点を示した後の加工軟化時において,定常状態に至る軟化時間が高窒素材ほど長いことから,窒素による転位の回復抑制が生じていると推定される。更に,本実験では加工軟化し定常クリープ状態である約0.5%あたりで歪速度を増加させているが,その際の応力変動値は窒素添加量が多い程大きく,0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nにおいてそれぞれ38 MPa,44 MPaおよび54 MPaであった。このことは,式(8)で求められる活性化体積が窒素添加により減少することを示唆している38,39)

  
v*=kTln(γ˙2γ˙1)τ2τ1(8)
Fig. 6.

S-S curves in 1173 K about 0.01 N, 0.09 N and 0.19 N (a) all, (b) up to 3% strain.

ここで,v*を活性化体積,kをボルツマン定数,Tを温度,γ˙iを歪速度,τiを変形応力とする。式(8)から活性化体積を算出したところ,0.01 N,0.09 Nおよび0.19 Nにおいてそれぞれ1.42 nm3,1.23 nm3および1.00 nm3で,バーガース・ベクトルの大きさで無次元化したところ,30.7b3,26.4b3および21.5b3と求められた。窒素添加により活性化体積が減少する点は,オーステナイト系ステンレス鋼の常温クリープに関する研究40)においても報告されており,熱的応力の増加を示唆している。しかしながら,窒素による積層欠陥エネルギーの減少を考慮した場合,転位の拡張は交切時の活性化距離を増加させる方向に作用するため,窒素添加による活性化体積の減少の説明は出来ず,上記は見かけの活性化体積となる。実際には,プラナー化による堆積転位による局部的な応力集中により有効応力の増加が作用していると考えられる40)

3・3 積層欠陥エネルギーと転位組織の関係

Fig.7に室温引張材において観察された転位組織を示す。Fig.7において,窒素添加量の増大に伴い,転位がすべり面上に局在化している様子が観察された。転位のすべり面上への局在化は積層欠陥エネルギーの異なるステンレス鋼を対象とした調査においても確認されており,高い加工硬化性と伸びを示すことが報告されている41)。本研究において確認された転位の局在化には,窒素添加による積層欠陥エネルギーの低下が寄与していると考えられるが,窒素添加オーステナイト系ステンレス鋼においては,短範囲規則化領域(SRO)の形成による容易すべり領域の形成がすべり面上への転位の局在化をもたらすという報告もあり42),積層欠陥エネルギーの低下だけでなく,窒素添加による転位組織のプラナー化も寄与していると考えられる。このことは,0.19 Nにおいて,湾曲転位がほとんど観察されないことからも推察される。

Fig. 7.

Dislocation structures of (a) 0.01 N, (b) 0.09 N and (c) 0.19 N deformed at room temperature.

高温引張材における転位組織の観察結果および転位密度の測定結果をFig.8に示す。いずれの窒素添加材においても,転位組織はサブグレイン組織を形成しており,窒素を添加することにより,全転位密度が増加している様子が観察された。しかし,窒素添加により,サブグレイン内の転位密度(ρsubgrain)はほとんど変化せず,サブバウンダリー部の転位密度(ρsubboundary)のみが増加していた。サブグレイン組織が見られたことから,転位の回復が生じていることが予想される。そのサブグレイン組織は以下のような経緯で形成されることが知られている40)

Fig. 8.

Dislocation structures of (a) 0.01 N, (b) 0.09 N and (c) 0.19 N deformed at 1173 K and (d) Dislocation density.

(1)転位がすべりの途中で他の転位と相互作用を起こし,運動を停止する。

(2)転位が再配列および上昇運動をおこし,他の転位と合一消滅する。

(3)転位の再配列および合一消滅が生じた場所においてサブバウンダリーが形成され,すべり転位の障壁として働く

したがって,サブバウンダリー部において,転位の回復が生じ,サブグレイン内において,転位のすべり運動が生じていると考えられる。サブバウンダリー部の転位密度が上昇していたことから,窒素添加により転位の上昇速度が低下し,転位の消滅頻度が低下していることが予想される。ここにおいて,高温変形時の転位の上昇速度は式(9)で示される40)

  
vc=v0CjΩGkTσG(SFEGb)2Dlb2(9)

ここで,vcを上昇速度,v0を定数,kをボルツマン定数,Tを温度,Ωを原子の体積,σを応力,Gを剛性率,Dlを溶媒元素の格子拡散係数,Cjをジョグ密度,SFEを積層欠陥エネルギー,bを完全転位のバーガース・ベクトルの大きさとする。ここから,積層欠陥エネルギーの低下が,転位の上昇速度の低下に寄与することが分かる。よって,窒素添加による積層欠陥エネルギーの低下がサブバウンダリー部の転位密度の上昇に寄与したと考えられる。

また,0.19 Nの高温引張材の粒界近傍において,プラナー転位列が観察された。このことから,3・2項で予想した転位のプラナー化による応力集中が生じていることが明らかとなった。Fig.9に室温引張材および高温引張材において観察されたプラナー転位列を示す。室温引張材ではプラナー転位列は粒内および粒界近傍に存在するのに対し,高温引張材では粒界近傍においてのみ確認された。また,室温引張材では尖鋭なプラナー転位列が形成されているのに対し,高温引張材では不規則に分布した湾曲転位も数多く確認され,交叉すべりの頻度も高いと考えられる。積層欠陥エネルギーには温度依存性があり,オーステナイト系ステンレス鋼においては,温度の上昇に伴い積層欠陥エネルギーが増加する報告もなされている43)。したがって,温度上昇による積層欠陥エネルギーの増加により,プラナー転位列の交叉すべりが頻繁に生じたと説明できる。

Fig. 9.

Dislocation planarization of 0.19 N deformed at (a) room temperature and (b) 1173 K. (Online version in color.)

今後1173 Kにおける積層欠陥エネルギーへの窒素添加の影響を定量的に明らかにし,高温変形機構に関してより詳細に議論していく必要があると考えられる。

4. 結言

本研究では,Si添加耐熱オーステナイト系ステンレス鋼(SUSXM15J1)の高温強度に及ぼす窒素添加の影響の解明を目的とし,TEMによる微構造解析を行った。TEMによる微構造解析では,ウィーク・ビーム法を用いた部分転位の分解幅の正確な計測により,積層欠陥エネルギーに及ぼす窒素添加(0.01,0.09,0.19%)の影響を明確化した。そして,得られた窒素添加量と積層欠陥エネルギーの関係から室温および1173 Kにおける変形組織への影響を考察した。以下に得られた知見を示す。

(1)SUSXM15J1に窒素を添加することにより,積層欠陥エネルギーは低下した。

(2)SUSXM15J1に窒素を添加することにより,室温および1173 Kにおける強度が向上した。

(3)室温引張材において,窒素添加によって転位がすべり面上へ局在化してゆく様子が見られた。これは窒素添加による積層欠陥エネルギーの低下が寄与していると考えられる。

(4)高温引張材において,いずれの窒素添加材もサブグレイン組織を形成していた。窒素添加により主にサブバウンダリー部において転位密度が上昇していたことから,窒素添加による積層欠陥エネルギーが低下により転位の回復が抑制されたことが考えられる。

(5)窒素添加材において,室温および高温引張材ともにプラナー転位列が観察されたが,高温引張材においては粒界近傍においてのみ観察され,湾曲転位も多数確認された。プラナー転位列の形成状況の違いには,温度上昇による積層欠陥エネルギーの増加による交叉すべりの高頻度化が寄与していると考えられる。

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© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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