Tetsu-to-Hagane
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Physical Properties
Analysis of Dislocation Density by Direct-fitting/modified Williamson-Hall (DF/mWH) Method in Tempered Low-carbon Martensitic Steel
Takuro Masumura Shohei UranakaKyosuke MatsudaSetsuo TakakiToshihiro Tsuchiyama
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2020 Volume 106 Issue 11 Pages 826-834

Details
Abstract

To calculate the dislocation density of tempered low-carbon martensitic steels (Fe-0.15%C alloy) by the direct-fitting/modified Williamson-Hall (DF/mWH) method, the unknown parameter A in tempered martensite was investigated. In the DF/mWH method, the dislocation density ρ is defined as ρ=2φ2/(πA2b2). Here, φ and b correspond to the slope of the DF/mWH plot and the magnitude of the Burgers vector, respectively. In low-carbon martensitic steels tempered at 573 - 873 K, φ and ρ were estimated by the DF/mWH method and the modified Williamson-Hall/Warren-Averbach method, respectively. As a result, these parameters decreased with increasing tempering temperature. By substituting φ and ρ in the above equation, the parameter A can be obtained as a function of the tempering parameter λ as follows:

A = –1.53 × 10−5 × λ + 0.982

The parameter A in low-carbon martensitic steels tempered at 573 - 873 K for 18 ks was calculated to be 0.7 - 0.8. Using the parameters A and φ obtained by the DF/mWH method, dislocation density ρ can be easily estimated.

1. 緒言

マルテンサイト組織は高密度の転位を内蔵するため,高強度鋼の構成組織として重要な役割を担っている。焼入れたままのマルテンサイトは1014~1015 m-2以上という高い転位密度を示すが,靭性を確保するために一般的には焼戻し処理が行われ,それに伴い転位の回復が生じる。焼戻しに伴うマルテンサイト鋼の特性変化を理解するにはその転位密度を正確に把握する必要があり,TEM法による直接観察1,2)や,X線や中性子線などの量子線散乱回折を利用した解析37)がこれまでに行われてきた。近年では,その汎用性から量子線ラインプロファイル解析がよく用いられており,いくつかの手法が提案されている。最も古典的なラインプロファイル解析として,回折ピークの角度と半価幅を用いるWilliamson-Hall(WH)法8)が良く知られ,Nakashimaら9)は極低炭素マルテンサイト鋼の焼入後の転位密度を測定している。しかしながらその後,Akamaら3)が,Ungár and BorbélyがWH法を改良したmodified Williamson-Hall/Warren-Averbach(mWH/WA)法10)により同試料の転位密度を測定したところ,WH法ではマルテンサイト鋼の転位密度を過剰評価してしまうことを明らかにした。これは,マルテンサイトの転位分布がランダムであることに関係している。回折ピークのブロードニングは転位密度だけでなく転位が持つ応力場の大きさにも依存しており,転位分布がランダムである場合,一つの転位がもつ応力場は大きくなる傾向にあるため,セル化した転位分布をもつ鋼にくらべてピークはブロードニングする。WH法では回折ピークのブロードニングを全て転位密度に換算するため転位密度を過剰評価してしまうが,mWH/WA法では半価幅だけでなく回折ピークの形状を解析し,転位密度のみならず転位が持つ応力場,転位の分布等を総合的に考慮した計算を行うことで正しい転位密度を算出することができる。Takebayashiら6)はmWH/WA法(X線回折)で,Shiら7)は別のラインプロファイル解析法であるconvolutional multiple whole-profile fitting(CMWP)法11)(中性子回折)により,マルテンサイト鋼の焼戻しに伴う転位密度や転位分布,らせん転位と刃状転位の割合の変化を求めている。

一方で著者らはdirect-fitting/modified Williamson-Hall(DF/mWH)法12)によって,mWH/WA法よりも簡便に転位密度を導出できることを示した。ただし,DF/mWHを適用するには後述するパラメーターAを求めておく必要がある。このパラメーターAは転位分布に関連した値を示すと考えられ,著者らはこれまでに,焼入れマルテンサイト鋼ではA≒0.7713),加工したマルテンサイトではA≒0.6013)(いずれも極低炭素マルテンサイト鋼の場合),加工したフェライト鋼ではA≒0.5012)であることを報告した。マルテンサイトを加工することで転位の再配列が起こり,転位の分布が不均一になることでA値は小さくなっていると考えられる。焼戻し処理に伴いマルテンサイト中の転位の性質も変化する可能性があるため,パラメーターAの値も焼入材や加工材のものとは異なると予想される。

本研究では,焼戻しマルテンサイト鋼の転位密度評価をDF/mWH法で行えるようにするために,低炭素マルテンサイト鋼であるSCM415を573 Kから873 Kで焼戻した試料にDF/mWH法ならびにmWH/WA法を適用して転位組織解析を行い,焼戻しマルテンサイト鋼におけるパラメーターAの値を求めることを目的とする。

2. 実験方法

2・1 供試材および実験方法

供試材には市販のSCM415(Fe-0.83%Mn-0.25%Si-1.12%Cr-0.15%Mo-0.16%C合金:mass%)を用い,1173 Kで1.8 ksのオーステナイト化処理後水冷することでマルテンサイト組織を得た。まず焼戻し条件を決定するために,マルテンサイト鋼中の固溶炭素量の評価を行った。マルテンサイト中に炭素が固溶していると炭素に起因した格子ひずみが発生し,転位密度解析の結果に影響を及ぼす可能性があるため,炭素の影響を無視するために固溶炭素がほとんどなくなる焼戻し条件を探した。固溶炭素量の評価には電気抵抗測定を用い,液体窒素中での四端子法14)により電気抵抗測定を行った。焼入れ処理後の試料から切り出した50 mm×1 mm×1 mmの試料を液体窒素中(77 K)に0.06 ks保持してから電流の向きを変え2回測定し,その平均値を比抵抗の測定値とした。ここで,比抵抗においてはマティーセンの法則(ρ=ρL+ρi)が成立することが知られている。ρLは格子振動に由来する項で温度依存性を有するが,ρiは不純物等に由来する項で温度依存性はないため,液体窒素中で測定することによりρLの影響を極力除外した。Fig.1は573 Kでの焼戻しに伴う比抵抗の変化を示す。マルテンサイト鋼の焼戻しに伴う比抵抗変化は固溶炭素量の減少に対応しており15),約10 ks以上の焼戻しで比抵抗変化がほぼ一定になっていることから,それ以上の焼戻し条件では,炭素はほとんど偏析もしくは析出していると予想できる。したがって,本研究では573 Kから873 Kで18 ksの焼戻し処理を施した試料の転位密度解析を行った。X線回折実験にはCu-Kα1(波長:0.15405 nm)を用い,検出器の回転速度は0.003 deg/sとした。装置関数の補正には973 Kで10.8 ksの焼鈍を行った純鉄を標準材として使用し,Voigtプロファイル解析法に基づいて補正を行った16)。試料の表面処理として,熱処理を済ませた板材から15×15 mmの寸法に切り出し,サンドペーパーで表面を平坦にしたのち,研磨の影響17)を除去するために50 μmだけ電解研磨を行った。組織観察には電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM: SIGMA 500, Zeiss社製)を用いた電子線後方散乱回折(Electron backscatter diffraction: EBSD)法を用いた。

Fig. 1.

Change in electrical resistivity as a function of tempering time at 573 K in SCM415.

2・2 ラインプロファイル解析手法

2・2・1 direct-fitting法

Williamson and HallはX線回折ピークの半価幅から転位密度を見積もる方法を提唱した8)。X線の波長をλ,回折面{hkl}の回折角と半価幅をそれぞれθhklβhkl[rad.]とすると,それぞれの回折面に対応するパラメーターKhkl(=2sinθhkl/λ)とΔKhkl(=βhkl cosθhkl/λ)を決定できる。結晶方位に依存した弾性異方性が無ければ,パラメーターKhklΔKhklの間には直線関係が成立し,両者の関係は次式で表される。

  
ΔKhkl=α+εKhkl(1)

αは結晶子の大きさに依存したパラメーター,εは転位密度や転位の分布,転位の性質に依存したミクロひずみと呼ばれるパラメーターである。しかし,多くの金属には弾性異方性があるため,KhklΔKhklの関係は不規則な分布となり,直線関係は得られない。

弾性異方性を補正する方法として,著者らは,次式で定義されるパラメーターωhklを用いたdirect-fitting(DF)法という手法を提案した18)

  
ωhkl=Ehkl/E0(2)

E0はひずみを一定と仮定したVoigtモデルで得られる基準ヤング率(E0=226.3 GPa)18,19)Ehklは各多結晶金属の{hkl}面に対応し,補正係数ωhklを与えるための任意のヤング率18)である。各結晶面のωhklを用いて次式で弾性異方性を補正すると,良好な直線関係が得られることを確認している12,13,18,20)

  
ΔKhkl=α+ε(Khkl/ωhkl)(3)

2・2・2 direct-fitting / modified Williamson-Hall法

一方,Ungárらは,次式で定義されるコントラストファクターChklを用いて弾性異方性を補正できることを提唱した10,21)

  
Chkl=Ch00(1qΓhkl)(4)

Ch00は{h00}面に対応するコントラストファクター,qChkl値の結晶方位依存性の大きさを示す係数,Γhklは次式で与えられる方位パラメーターである。

  
Γhkl=(h2k2+k2l2+l2h2)/(h2+k2+l2)2(0Γhkl1/3)(5)

Ch00qの値は,転位のらせん成分の割合S(0≦S≦1)に依存して変化し,それぞれ次式で与えられる12)

  
Ch00=Ch00E+S(Ch00SCh00E)(6)
  
q=qE+S(qSqE)(7)

Ch00ECh00SならびにqEqSは,完全な刃状転位とらせん転位に対応した値であり,金属の結晶構造と弾性スティフネスで決まる材料定数である21)。本研究では,純鉄での値であるCh00E=0.262,Ch00S=0.298,qE=1.372,qS=2.652を用いた22)。弾性異方性の補正には,次式で表されるmodified Williamson-Hall(mWH)の式が用いられる10)

  
ΔKhkl=α+φKhklChkl+OKhkl2Chkl(8)

φは,転位密度ρと,転位の分布状態で決まるパラメーターA23),転位のBurgersベクトルの大きさb(0.248 nm)で決まるパラメーターであり,次式で与えられる。

  
φ=(π/2)1/2Abρ(9)

パラメーターφの値は次に述べる手順で求められるので,パラメーターAの値が分かっていれば次式でρの値を決定できる。

  
ρ=2φ2/(πA2b2)(10)

いくつかの鉄鋼材料についてはAの値をすでに報告しているので12,13),式(10)を用いて簡便に転位密度を見積もることができる。

次にパラメーターφを求める手順について述べる。式(8)については,右辺第3項は大変小さい24)ので無視した後,αを左辺に移項して式(4)を代入し,2乗することで次式が得られる25)

  
(ΔKhklα)2/Khkl2=φ2Ch00(1qΓhkl)(11)

この式において,左辺の値とΓhklの間には直線関係が成立することが分かる。mWH法では,αに任意の値を代入して,左辺とΓhklの直線関係が最良となるようにα値を決定し,決定した直線からq値を求め,式(7)に基づいてS値が決定される。しかし,DF法を適用すれば前もってα値を正確に求めることができるので,その値を式(11)に代入することにより一義的に左辺とΓhklの関係を決定できる。この手法をDF/mWH法12)という。DF/mWH法で得た直線のx切片からq値,Γhkl=0に対応するy切片値からφ2Ch00の値を決定できる。式(7)にq値を代入してS値が得られ,式(6)にS値を代入してCh00の値が求まるので,φ2Ch00の値からφ値を決定できる。

2・2・3 modified Williamson-Hall / Warren-Averbach法

式(10)から転位密度ρを求めるには,A値をあらかじめ決定しておく必要があるため,mWH/WA法10)による転位密度解析を行った。

  
lnA(L)lnAS(L)Y(L)(Khkl2Chkl)+Q(Khkl4Chkl2)(12)
  
Y(L)/L2=(πb2ρ/2)lnRe+(πb2ρ/2)lnL(13)

ここでLはフーリエ長さ,A(L)は回折ピークをフーリエ変換したときのフーリエ係数の実部,AS(L)はその結晶子サイズ成分,Reは転位の有効応力場半径,Qは(K4hklC2hkl)の高次項である。また,ChklはDF/mWH法で得られた値を用いる。詳細な解析手法の説明は文献10,23,26,27)に記述されている。最終的には式(13)にある転位密度ρReの厳密解を本手法により求めることができる。

本研究では,DF/mWH法でパラメーターφ,mWH/WA法で転位密度ρを求め,式(9)に基づいて両者の関係からパラメーターAの値を決定する。

3. 結果および考察

3・1 焼戻材の組織と硬さ

Fig.2は573 K~873 K焼戻材の結晶方位マップを示す。いずれの試料でもラスマルテンサイト単相組織を呈しており,組織サイズに大きな相違は見られない。Fig.3は焼戻しに伴う硬さ変化を示す。ここでは下式で示される焼戻しパラメーターλも示している。

  
λ=T×(20+logt)(14)
Fig. 2.

Crystallographic orientation maps of SCM415 tempered at 573 K (a), 673 K (b), 773 K (c) and 873 K (d) for 18 ks. (Online version in color.)

Fig. 3.

Change in Vickers hardness as a function of tempering temperature in SCM415 tempered for 18 ks.

Tは焼戻し温度(K),tは焼戻し時間(hr)を意味する。焼戻し温度の上昇に伴い硬さは連続的に低下している。

3・2 direct-fitting/modified Williamson-Hallプロット

Fig.4(a)は,373 K,473 K,573 K,673 Kで18 ksの焼戻し処理を行った試料におけるWHプロットを示す。いずれの試料でもWHプロットは直線ではなく,不規則な分布になっている。回折ピークの半価幅に依存するΔKの値は,ヤング率が低い{200}や{310}で大きく,ヤング率が大きな{222}では小さくなる傾向にあり,弾性異方性が現れていることが分かる。Fig.4(b)はWHプロットでの弾性異方性をDF法により補正した結果を示す。DF法の解析手法の詳細は過去に報告している12,18,20)。また,Table 1(a)は各焼戻材のDF法で用いた補正係数ωhklを示す。これらの値を使ってWHプロットを補正した結果,いずれの焼戻材においても良好な直線関係が得られた。直線の切片がパラメーターα,傾きがミクロひずみεに対応しており,それらパラメーターの焼戻しに伴う変化をFig.5に示す。焼戻し温度が高くなるほどαおよびεは小さくなる傾向にある。ミクロひずみεは転位密度ρと関係したパラメーターであり,たとえば,加工により転位セルが発達しているフェライト鋼ではρ=9.3(ε/b)2という関係式から容易に転位密度を計算することができる28)。しかしながら,εは転位密度だけでなく,転位の性質や分布状態にも依存したパラメーターであり,転位がランダムに分布しているマルテンサイト鋼で同じ式を適用すると,転位密度が過大評価されることが分かっている3)。したがって,本研究ではεによる転位密度解析は行わず,DF法で得られたαをmWH法で適用することで解析を進めていく。

Fig. 4.

Williamson-Hall (WH) plots (a), direct-fitting (DF) plots (b) and direct-fitting/modified Williamson-Hall (DF/mWH) plots (c) in SCM415 tempered at 573 K, 673 K, 773 K and 873 K for 18 ks.

Table 1. Parameter ωhkl used in direct-fitting method (a) and contrast factor Chkl used in direct-fitting/Williamson-Hall method (b) in SCM415 tempered at each temperature.
hklTempering temperature
573 K623 K673 K723 K773 K823 K873 K
(a)
ωhkl
1100.9780.9780.9720.9720.9750.9760.974
2200.6560.6510.5970.5950.6180.6340.614
2110.9780.9780.9720.9720.9750.9760.974
3100.7440.7400.6930.6910.7120.7260.708
2221.1701.1751.2301.2331.2061.1901.211
(b)
Chkl
1100.1350.1370.1250.1230.1280.1250.123
2200.2790.2890.2960.2980.2950.2960.298
2110.1350.1370.1250.1230.1280.1250.123
3100.2270.2340.2350.2350.2350.2350.235
2220.0870.0860.0690.0650.0720.0680.064
Fig. 5.

Changes in parameter α (a) and micro strain (b) calculated by DF method as a function of tempering temperature in SCM415 tempered for 18 ks.

mWH法の式を変形して得た式(11)を各焼戻材でプロットした結果をFig.6に示す。本来はαが未知の値であるため,Fig.6のプロットの直線性が最も良くなるようなαを決定する手順が必要であったが,DF/mWH法ではαの値がすでに決定しているため,一義的にFig.6のプロットを作成できる。2・2・2項で述べた通り,この図からパラメーターqφCh00の値を求めることができ,式(4)より各回折面に対応するコントラスファクターChklが計算できる(Table 1(b))。このようにして得られたChklを用いて作成したDF/mWHプロットをFig.4(c)に示す。Chklによっても弾性異方性が補正されていることが確認できた。

Fig. 6.

Relation between the value of (ΔKhklα)2/Khkl2 and orientation parameter in SCM415 tempered for 18 ks.

3・3 direct-fitting/modified Williamson-Hall法により得られた各種パラメーター

3・3・1 q

Fig.7は焼戻し温度とパラメーターqの関係を示す。BCC鉄の場合,qE=1.372,qS=2.652であるため,qの値が前者の場合は100%刃状転位,後者の場合は100%らせん転位が存在していることになる。また,図中の点線は転位の刃状成分とらせん成分が半々の値を示している。573 K焼戻材では両成分が半々に近いが,焼戻しに伴いらせん成分がわずかに増加していることが分かる。これはShiら7)がCMWP法で報告した結果と同様の傾向を示しており,刃状成分のほうが焼戻しにより回復されやすいことを示している。また,Furukawaら29)はPhase-field法により焼戻しに伴うラスマルテンサイト中の転位の回復をシミュレーションしており,転位の応力場の違いに起因して,らせん転位よりも刃状転位のほうが焼戻し中の易動度が大きいことを報告している。すなわち,刃状転位のほうが回復を起こしやすいことを示しており,本研究の結果と一致する。

Fig. 7.

Change in parameter q calculated by DF/mWH method as a function of tempering temperature in SCM415 tempered for 18 ks.

3・3・2 φ値と,転位密度との関係

Fig.8(a)はDF/mWH法で求めたパラメーターφの焼戻し温度に伴う変化を示す。Fig.4(c)における直線の傾きに相当するφは焼戻し温度の上昇に伴い連続的に低下している。なお,φのエラーバーはプロット内に収まる程度であり,精度の高い解析を行うことができている。式(9)から分かる通り,φは転位密度ρに密接に関わるパラメーターであるが,未知のパラメーターAが分からなければ,φから転位密度に換算することはできない。そこで,mWH/WA法により転位密度を求めた結果をFig.8(b)に示す。焼戻し温度の上昇に伴い転位密度は大きく減少しており,573 Kでは約4×1015 m-2であった転位密度が,873 Kではその1/10程度になっている。以上のφと転位密度を式(9)に代入することで,低炭素マルテンサイト鋼のA値を算出することができる。Fig.9(a)はパラメータAの焼戻しに伴う変化を示す。573 K焼戻材でのA値は約0.8と,過去に報告した焼入れマルテンサイトの値(0.77)とほぼ同等の値を示し13),焼戻しに伴いわずかに減少している。焼戻しパラメーターλの関数としてAを定式化すると,以下のようになる。

  
A=1.53×105×λ+0.982(15)
Fig. 8.

Changes in parameter φ calculated by DF/mWH method (a) and dislocation density calculated by mWH/WA method as a function of tempering temperature in SCM415 tempered for 18 ks.

Fig. 9.

Changes in parameter A (a) and dislocation arrangement parameter (b) as a function of tempering temperature in SCM415 tempered for 18 ks.

A値は,転位の応力場半径に依存する値10),転位の分布状態に依存する値23)などと言われており,値が高いほど転位の応力場半径が大きく,ランダムに分布した状態になると考えられる23)。すなわち,焼戻しに伴い転位の再配列が促進され,転位分布が規則化したのではないかと考えられる。また,Aと類似したパラメーターとして,mWH/WA法によって得られる転位配列パラメーターMがある30)M値は次式で定義されている無次元の値であり,M値が1以上になると転位分布はランダムであり,転位セルなどの安定な構造を形成するとM値が1以下になる。

  
M=Re×ρ(16)

Akamaら3)は,18%Ni鋼の焼入れマルテンサイトはランダム分布を示すM>1となるが,加工により転位をセル化させるとM<1になることを報告している。焼戻しに伴うM値の変化をFig.9(b)に示す。ばらつきはあるが,焼戻し温度が高くなるほどM値は低くなっており,A値と同じ傾向が確認できた。

以上の結果より,DF/mWH法によりφ値を求めるだけで式(10)から低炭素鋼の焼戻しマルテンサイトの転位密度を推測できるようになった。著者らが過去に報告した種々の鋼種のA値は,焼入れマルテンサイト鋼ではA≒0.7713),加工したマルテンサイトではA≒0.6013)(いずれも18%Ni極低炭素マルテンサイト鋼の場合),加工したフェライト鋼ではA≒0.5012)であり,転位の分布状態に応じてA値が変化していると考えられる。φ値から計算する転位密度に及ぼすA値の影響を検討するために,A値を種々変化させたときのφ2と転位密度の関係をFig.10に点線で示す。また,本研究の実験結果(黒丸),本研究で作製した573 K焼戻材を冷間圧延(10%および20%)したときの結果(白丸)および,過去に報告した18%Ni鋼の10%および20%圧延材の結果(白三角)13)を併せて示している。転位密度が高い領域ほどAの影響は大きくなり,同じマルテンサイトでも焼戻材と加工材でそれぞれ適切なA値を用いなければ解析に大きな誤差が生じることになる。一方,転位密度が1×1015/m-2以下の領域ではA値の影響はそれほど大きくない。つまり,式(15)を用いずにA≒0.8と一定にして解析を行っても,高温焼戻材での解析結果はそれほど変わらない(873 K焼戻材の場合,A=0.7で2.4×1014/m-2A =0.8で1.8×1014/m-2)。炭素などの合金元素が添加された場合のA値については更なる検討が必要であるが,低炭素マルテンサイト鋼の場合,焼入材および焼戻材ではA≒0.8,加工材ではA≒0.6としてDF/mWH法による転位密度解析を行うことで,簡便に転位密度を算出することができる。

Fig. 10.

Relation between φ2 and dislocation density in tempered SCM415, cold-rolled SCM415 and cold-rolled 18Ni 13).

4. 結論

焼戻しマルテンサイトに対してDF/mWH法による簡便な転位密度解析を行うために,低炭素鋼SCM415を用いて焼戻しマルテンサイトにおけるA値の調査を行った。DF/mWH法で得られたφおよびmWH/WA法で得られた転位密度は,焼戻し温度の上昇に伴い低下する。φφ=(π/2)1/2 Abρと定義されているため,この式からパラメーターAを求めると,A値は焼戻し温度の上昇に伴いわずかに低下し,焼戻しパラメーターλの関数で以下の通り表されることが分かった。

  
A=1.53×105×λ+0.982

上式から得られるA値と,DF/mWH法で得られるφρ=2φ2/(πA2b2)に代入することで,焼戻しマルテンサイトの転位密度を容易に求めることができる。

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP20K15050の支援を受けて行われたものです。また,X線ラインプロファイル解析を行うにあたり,多大なご指導とご助言を賜りました茨城大学・佐藤成男教授に心から謝意を表します。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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