鉄と鋼
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相変態・材料組織
肌焼鋼のオーステナイト異常粒成長その場観察
今浪 祐太 岩本 隆西村 公宏
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2020 年 106 巻 12 号 p. 924-933

詳細
Abstract

In order to clarify the mechanism of abnormal grain growth of austenite in case hardening steel, in-situ observation by high temperature EBSD was performed using JIS SCM420 containing Nb (0.2C-0.2Si-0.8Mn-1.1Cr-0.2Mo-0.024Nb steel in mass%). After heating at 1143 K, two growing grains several times larger than the surrounding grains were observed. These growing grains grew abnormally by holding at 1193 K and were adjacent to each other. Since the boundary between the two abnormal grains is a twin boundary, the abnormal grains were observed as if they were one larger abnormal grain. The growth rate of abnormal grain is as high as the initial stage of growth and negligibly small at the latter stage of growth. That is, the grain size of abnormal grain growth of austenite is mainly decided by rapid grain growth for a short time after the start of grain growth. The generation of growing grain of abnormal grain growth of austenite is not affected by orientation and strain distribution. When distant grains which have a twin relationship are adjacent to each other in the grain growth process, grain connection occurs. It doubles the area surrounded by high angle grain boundaries without twin boundary. In addition to the encroachment of surrounding grains by larger grains, austenite grain connection through twin boundary also affects abnormal grain growth of austenite.

1. 緒言

浸炭焼入れ焼戻し処理(以下,浸炭)は,疲労特性を向上させる表面硬化熱処理であり,自動車用歯車をはじめとして広く適用される熱処理である。浸炭時はオーステナイト(以下,γ)域において長時間の加熱を伴うため,γの異常粒成長が発生する場合がある。γの異常粒成長は浸炭後部品における靭性低下1)および疲労強度低下2)の要因とされ,これを防止する必要がある。

Gladmanは,析出物による粒界のピン止め力と粒成長駆動力を考察し異常粒成長の発現条件を導出した3)。これによると,粒成長駆動力がピン止め力よりも大きい場合に異常粒成長が発現する。そして,粒成長駆動力は,母相平均粒径が微細なほど,および成長粒と平均粒との粒径比(粒径ばらつき)が大きいほど増大する。その結果,成長粒による微細粒の蚕食が進み異常粒成長が発現する。この理論を基礎に,以後のγ異常粒成長に関する研究では,ピン止め力と粒成長駆動力の議論が中心であった。

析出物の粒界ピン止め力に関しては,NbC,TiCおよびAlN等の数nm~数十nmという微細析出粒子に関する研究例410)や球状セメンタイトに関する研究例11,12)があり,ピンニング粒子の析出溶解挙動,オストワルド成長および粒子径分布がγ異常粒成長に及ぼす影響について報告されている。

粒成長駆動力に関しては,焼ならし,熱間鍛造および冷間鍛造等の熱処理加工条件が浸炭前組織を変化させ,浸炭におけるγ逆変態後の粒径分布に影響を及ぼしγ異常粒成長に影響するとされる5,7,1315)

異常粒成長は,γに限らずフェライト(以下,α)においても重要なメタラジーである。特に方向性電磁鋼板では,磁気特性向上のためにαの異常粒成長を活用しており,研究例が多い。肌焼鋼のγ異常粒成長と同様に,ピン止め力や粒成長駆動力が議論される16,17)が,特に,異常粒成長の優先成長方位であるGoss方位粒18)に関して,その成長機構19,20)や対応粒界頻度等界面性質の特異性21,22)が研究されている。

ところで,浸炭時のγ異常粒成長については,その成長方位を観察した例は見当たらず優先成長方位の有無も明らかになっていない。また,αと同様にγにおいても界面性質は粒界エネルギーへの影響を通じて粒成長駆動力に影響すると考えられるが,この点に言及した例は見当たらない。これは,肌焼鋼のγが変態点以上の高温でのみ生成する相であり,結晶方位の直接観察が困難であったことに一因がある。従来の肌焼鋼における粒成長研究は,浸炭温度に加熱した鋼を急冷することで組織を凍結し,その後,エッチング技術23)を活用し,旧γ粒界を優先的に現出させ,旧γ粒を観察する手法が主流であった。しかし,この方法では,マルテンサイト変態後の鋼を観察するため,浸炭加熱時のγ方位は不明である。最近ではγとマルテンサイトの方位関係を基に,マルテンサイト組織の方位測定結果から,γ方位を予測し再構築する方法24)も用いられる。この方法は,粒成長後の組織を解析するうえで有効であるが,組織凍結した試料を用いるため,同一結晶粒を連続的に観察できない課題がある。

このように,異常粒成長に関して数多く研究されてきたが,従来の手法では,同一試験片の同一結晶粒を連続的に観察していないため,γ異常粒の方位や界面の特徴ならびに成長速度や発現位置に関する実態が不明である。これらを明らかにすることは,γの異常粒成長機構を解明し,実部品製造での異常粒成長抑止手法の糸口を得るため重要である。そこで,本研究では,肌焼鋼の組織変化を,同一試験片および同一位置にてその場観察し,γ異常粒成長の特徴および実態を調査した。

2. 実験方法

2・1 供試鋼

Table1に供試鋼の化学成分を示す。通常のJIS規格肌焼鋼として用いられるSCM42025)ではNをおよそ0.01%添加することで鋼中にAlNを分散させ,異常粒成長を抑制するピン止め粒子として活用する。しかしながら,後述するその場観察試験のように,高温かつ真空環境では表面より脱Nが進行し,AlNの分散量が低下するため26),その場観察中にピン止め力が不安定的に低下する懸念がある。この懸念を極小化するため,本研究では,Nを0.0016%に低減しAlNの分散量を極力低下させた。そして,Nbを0.024%添加することでNbCを主たるピン止め粒子として分散させた。供試鋼は高周波真空溶解炉により100 kg鋼塊に溶製した後,1493 Kに加熱後直径40 mmの丸棒に鍛伸加工した。得られた丸棒について1173 Kで3.6 ks保持後空冷する焼ならしを施し供試鋼とした。

Table 1. Chemical compositions of steel used in this study.(Mass%)
SteelCSiMnCrMoAlNNb
SCM420+Nb0.200.200.811.060.160.0230.00160.024

2・2 その場観察用の試験片作製

供試鋼に対し,以下の冷間加工および熱処理を施すことで,その場観察中の異常粒成長を生じやすくさせた。すなわち,冷間加工組織の加熱に伴うαの静的再結晶および再結晶αからのγ逆変態を活用したγ粒径微細化,そしてこれを焼入れてマルテンサイト組織とすることで均一な高ひずみの導入を図った。冷間加工は日本塑性加工学会冷間鍛造分科会による冷間据込み圧縮試験方法27)に準拠し,供試鋼より直径15 mm,高さ22.5 mmの円柱状試験片を切削加工にて採取後,同心円溝付きの金型を使用して冷間据込み圧縮した。後の加熱時にαの静的再結晶が十分生じるように圧縮率は高さ減少率70%とした7)。次いで,1173 Kで180 s保持後に水冷する焼入れを施し,細粒かつ均一な高ひずみを有するマルテンサイト組織を得た。その後,Fig.1に示すように,試験片中心部より高さ5 mm,幅7 mm,厚さ0.8 mmの板を採取し,その場観察試験に供した。

Fig. 1.

Observation position of electron and optical microscopes. (Online version in color.)

2・3 組織観察および分析方法

析出粒子は,焼入れ後およびその場観察後の試験片中心について,レプリカ法により試料を作製後,透過型電子顕微鏡(以下,TEM)を用いて観察した。析出粒子の元素同定はTEM内に搭載されたエネルギー分散型X線分光法装置(以下,TEM-EDX)を用いて行った。析出粒子径は,画像解析ソフトImage-Pro PLUS (Media Cybernetics社製)を使用して合計200個の析出粒子面積から,平均円相当半径を求めて評価した。

高温その場観察による表面での合金濃度変化を確認するため,その場観察後の試験片について,中心を通る断面を電子線マイクロアナライザー(以下,EPMA)で分析した。

2・4 その場観察方法

一般に,ガス浸炭条件は部品の要求特性に左右され,温度は1163 K~1223 K,保持時間は3.6 ks~144 ksと様々である。本試験では,温度1193 K,保持時間3.6 ksのガス浸炭を想定してFig.2に示す手順でその場観察試験を実施した。すなわち,試験片を加熱式ホルダーにて走査型電子顕微鏡(以下,SEM)に装入し,室温で結晶方位測定を行った後,0.53 K/sの速度で1143 Kまで加熱後,0.53 K/sの速度で1103 Kまで冷却し同温度で結晶方位測定を行った。ここで,熱力学平衡計算ソフトウェアThermo-Calcで求めた供試鋼のA3点は1076 Kであるため,結晶方位測定温度1103 Kは,供試鋼にとってγ単相の比較的低温域であり,方位測定中の結晶粒成長が無視できる温度である。以後の結晶方位解析も同様に1103 Kへ冷却後に行った。その後の結晶方位測定は,0.53 K/sの速度で一般的な浸炭温度である1193 Kまで加熱した直後,および同温度で合計3.6 ks保持する間にてそれぞれ実施した。また,近傍にビッカース硬さ測定の圧痕を事前に付与することで,測定位置を正確に固定した。異常粒成長の発生位置が事前に予測困難なため,複数の視野についてその場観察を行った。なお,1103 Kにおける1視野あたりの測定時間は約180 s,複数視野測定した合計の測定時間はそれぞれ約1.6 ksであった。以後に示す観察結果では,正常粒成長した位置と異常粒成長した位置について粒成長挙動を比較した。

Fig. 2.

Heat pattern of in-situ observation. Heating or cooling rate is 0.53 K/s. Crystal orientation analysis by EBSD was started from the round point in this figure.

2・5 結晶方位解析

EBSD測定条件は,加速電圧20 kVにて,室温測定時のStepサイズを0.3 μm,1103 Kでの測定時は0.7 μmとした。得られた測定データを結晶方位解析ソフトウェアOIM Analysis version 8.0(TSL社製)で解析し,逆極点図方位マップ(以下,IPF像),逆極点図強度分布図(以下,IPF分布図),結晶粒界マップ(以下,粒界像),Kernel Average Misorientationマップ(以下,KAM像)および結晶粒径を出力した。IPF像およびIPF分布図の表示は圧縮軸方向に平行な方向を参照して行った。また,結晶粒径は双晶境界を含まない方位差15°以上の大角粒界で囲まれる面積を求め,円相当半径に換算し評価した。

3. 実験結果

3・1 その場観察前後における析出粒子

その場観察試験の前後における析出粒子の観察結果をFig.3(a)(b)に示す。TEM-EDX分析の結果,析出粒子はNbCであると同定された。NbC粒子径のヒストグラムをFig.3(c)(d)に示す。その場観察試験の前後で,NbC粒子は平均半径3.3 nmから3.5 nmへとオストワルド成長した。これは,供試鋼のNb添加量およびその場観察試験条件(1193 Kで合計3.6 ksの高温保持)を考慮し,Nb添加肌焼鋼の従来報告11)と比較すれば妥当な範囲といえる。その場観察中におけるNbC粒子のオストワルド成長は,ピン止め粒子数の減少を通じてピン止め力の低下に影響し,異常粒成長を生じやすくさせると考えられる。

Fig. 3.

TEM images and size distribution of NbC before and after in-situ observation. (a)(c) Before in-situ observation (as quenched sample) (b)(d) After in-situ observation

γ中のNbC溶解度積28)から求まる1193 KにおけるNb析出質量ならびに,γ29)およびNbC30)の密度から,その場観察中のNbC体積率は2.4×10-4と見積もられる。一方,γ中のAlN溶解度積31)では1193 KにおいてAlNは全量固溶すると予測され,また,TEM観察結果においてもAlNの析出は認められない。以上より,その場観察試験における供試鋼中にはNbC粒子が主として存在し,その粒子径はμmオーダーの結晶粒径と比較し極めて微細かつ均一に分散しており,単一の結晶粒内に相当数が存在する。このため,NbC粒子による粒界のピン止め力は試験片内に平均的に作用しており,正常粒成長した位置と異常粒成長した位置でピン止め力に相違はないと考えられる。

3・2 その場観察後の合金濃度

Fig.4にその場観察後の試験片をEPMA分析した結果を示す。CおよびNb濃度(Fig.4(a)(c))は,試験片表面部と内部において同程度であった。これより,その場観察試験中の表面部におけるNbC粒子体積率の大きな変化はないと考えられる。一方,Mn濃度(Fig.4(b))は表面部にてごくわずかに低下傾向を示した。Mnを含む鋼の高温その場観察では,表面部においてMnが蒸発する可能性が指摘されており,Mn濃度低下に伴う変態点の変化が問題視される場合がある32)。本研究のその場観察試験でも表面部でMnが蒸発した可能性がある。しかしながら,その場観察結果においてγ単相が確認されており,また,表面部のMn濃度低下(Fig.4(b))はごくわずかであったため,γ粒成長への影響はほとんどないと判断される。

Fig. 4.

Alloy distribution after in-situ observation obtained by EPMA. (a) C (b) Mn (c) Nb

3・3 γ粒成長のその場観察

Fig.5にその場観察結果を示す。いずれの視野でも室温測定では典型的なマルテンサイト組織を呈し,高温でのその場観察では明瞭なγ単相が認められた。また,1193 Kでの保持時間増大に従い,γの粒成長が認められるが,一部の視野では,周囲の粒と比較し極めて粗大なγ粒が認められ,γの異常粒成長が発現した。なお,室温測定結果(Fig.5(a)(g))にて縦筋状の模様が認められる。これは室温測定中における試料のドリフトが反映されたものと考えられ,試料背面のカーボンペーストが十分に固化しておらず加熱式ホルダーとの接着が不十分であった可能性がある。また,高温でのγ粒測定では,縦筋状の模様は消失し比較的良好な結果が得られた。

Fig. 5.

Inverse pole figure map obtained by in-situ observation.

ここで,等軸なγ粒の内部に直線状の境界が散見されるが,これらは焼鈍双晶である。焼鈍双晶はCuやAl等のFCC構造を有する非鉄金属やγ系ステンレス鋼でよく認められる組織であり,積層欠陥エネルギーが低いほど多いとされる33)。以下,焼鈍双晶を単に双晶と記述する。

一般に,双晶境界は界面エネルギーが小さく粒界の耐食性に優れ34),通常のエッチングで現出され難い。従って,エッチングによって旧γ粒界を現出させてきた従来のγ異常粒成長に関する研究では,γ粒径は,双晶境界を除く大角粒界で囲まれる面積あるいはその円相当半径として評価されてきたと考えられる。Fig.6に,異常粒成長した視野について,双晶境界を除く15°以上の方位差を黒線で表示した粒界像を示す。従来のエッチング法で現出され光学顕微鏡観察された旧γ組織と類似する組織様相が得られた。そこで,以降では粒径の定義を,双晶境界を含まない方位差15°以上の大角粒界で囲まれる面積およびその円相当半径とする。

Fig. 6.

Maps of high angle grain boundaries excluding twin boundaries in the observation field of abnormal grain growth. (a) After reaching 1143 K (b) After reaching 1193 K (c) After 0.9 ks in total at 1193 K (d) After 3.6 ks in total at 1193 K

異常粒成長した視野では,1143 Kおよび1193 K加熱直後(Fig.5(h)(i)およびFig.6(a)(b))に,周囲の平均粒径より数倍粗大な結晶粒が二つ認められた。これらは,1193 Kでの保持時間増大により粒成長し,互いに隣接した(Fig.5(j)およびFig.6(c))。その隣接境界は双晶境界で構成されており,あたかも二つの異常粒が結合し,さらに粗大な異常粒が形成されたように観察される。以下,これら二つの結晶粒について,1143 K加熱直後はγ異常粒成長の成長粒GN1およびGN2と称する。また,1193 K加熱以後にGN1またはGN2を含み双晶境界を含まない大角粒界からなる結晶粒をG1またはG2と称する。そして,G1とG2が隣接後,両者を含み双晶境界を含まない大角粒界からなる結晶粒を結合粒と称する。

3・4 γ粒異常粒成長速度

組織凍結後の試料観察による従来研究では,同一のγ異常粒を連続的に観察していない。このため,粒成長速度の異常な増大が極短い時間にのみ生じるのか,あるいは長期的に粒成長速度が増大するのか実態が不明であった。そこで,その場観察結果に基づき異常粒成長速度の検証を行った。

その場観察で得られたEBSD測定データを解析し,双晶境界を含まない方位差15°以上の大角粒界で囲まれる面積を求め,円相当半径に換算後,γ粒径として評価した。Fig.7にその場観察におけるγ粒半径の推移を示す。成長粒GN1(G1),GN2(G2),それらの結合粒,および正常粒成長視野における平均粒径を比較した。平均粒径と比較して,GN1およびGN2の粒径は1143 K到達時点で粗大であった。1193 Kでの保持に伴い,G1およびG2は同程度まで急速に成長して互いに隣接した後,緩やかな成長へと移行した。*

Fig. 7.

Changes in γ grain size during in-situ observation. (Online version in color.)

γ粒の半径成長速度をFig.8に示す。ここで,1143 Kから1193 Kへの昇温中における粒成長速度は粒径の変化量を昇温時間で除して求めた。また,1193 Kでの保持中における粒成長速度は粒径の変化量を保持時間で除して求めた。成長粒GN1(G1),GN2(G2)および平均粒の成長速度は,いずれも加熱の初期に最も高く,保持時間の増大につれて低下する傾向を持つ。また,平均粒径と比較して,GN1(G1)およびGN2(G2)の成長速度は,昇温中,保持中で10~20倍程度であった。G1およびG2の結合後,成長速度は低下するが,平均粒径との比較においては依然として10倍以上の成長速度を示した。G1およびG2の結合は,1193 K到達後から0.9 ksが経過するまでの間に認められた(Fig.6(b)(c))。γ粒結合による粒径増大を計算に含めた場合,1193 K到達後から0.9 ksの間におけるG1の異常粒成長速度は平均粒成長速度の45倍に達する。γ粒結合は瞬間的な粒径増大を引き起こす。なお,G1およびG2の結合時には,別の新たな方位も双晶を介して結合しており,粒成長速度の増大に影響している。

Fig. 8.

Growth rate of γ grain during in-situ observation. (Online version in color.)

ここで,γ異常粒の成長速度は,平均粒のそれと比較し常に高速であるが,成長速度そのものは保持時間増大に従い低下していく点に注意したい。すなわち,γ異常粒成長において後期の成長は無視できるほど小さく,異常粒成長の到達粒径は,成長開始後から短い間の急速な粒成長に支配されている。

4. 考察

4・1 異常粒成長に関する従来理論

従来理論に基づき,その場観察で認められたγ異常粒成長を考察した。

4・1・1 Gladmanの異常粒成長理論3)

粒成長駆動力と析出粒子による粒界ピン止め力の関係から,特定の成長粒が隣接粒を蚕食し異常粒成長するための条件として次式が提唱されている。ここで,r*は異常粒成長を生じる臨界の析出粒子半径,R0は平均γ粒半径,fは析出粒子の体積率,また,Zは二次元系では1.7と考えることができる35,36)。この式によれば,臨界の析出粒子半径r*よりも粗大な半径を有する析出粒子が分散している場合,異常粒成長が発生する。

  
r*=6R0fπ(322Z)1(1)

R0に実測された平均粒半径(Fig.7)を,fに溶解度積より求めたNbC体積率2.4×10-4を使用し,臨界の析出粒子半径r*を算出した。Fig.9にその場観察におけるr*の推移を示す。同図にTEM観察(Fig.3)で実測されたその場観察前後のNbC粒子半径を併記した。これより,1143 K加熱直後において,異常粒成長を生じる臨界の析出粒子半径r*よりも実測されたNbC粒子半径は粗大であり,異常粒成長の発生条件を満足した。従って,Fig.6(a)に示す周囲より数倍粗大な成長粒GN1およびGN2が異常粒成長していく点について妥当性があるといえる。一方,1193 K加熱以後は,異常粒成長を生じる臨界の析出粒子半径r*よりも実測されたNbC粒子半径は微細であり,異常粒成長の発生条件を満足しない。Oginoら37)は,Hillert35)による大粒と平均粒の対立関係を考察した“Defect model”に,Gladman3)によるピン止め力の考え方を応用することで,結晶粒の成長収縮速度を検討した。これによれば,平均粒径より3倍以上粗大な粒が存在すると異常粒成長は進行する。1143 K加熱直後に認められた成長粒GN1およびGN2はこの条件を満足していたため,以後の加熱保持中に異常粒成長したと考えられる。

Fig. 9.

Comparison of calculated critical particle radius during in-situ observation with measured particle radius before and after in-situ observation.

4・1・2 γ異常粒成長の成長粒の特徴

方向性電磁鋼板では,Goss方位粒が特定の成長粒となり,優先成長することが知られている。統計的粒成長モデルによる理論的解析38)では,粒成長駆動力,ピン止め力について,異常粒の粒界エネルギーと平均粒の粒界エネルギーを区別して扱うことで,異常粒成長のクライテリアが説明されている。これによると,ピン止め力によって正常粒成長が抑制された場合に,特定の方位粒が優先成長する。このためには,成長粒の粒界エネルギーに特異性が必要で,Goss方位粒では,低エネルギー界面である対応粒界の存在頻度が高いことに起因して優先成長が生じると考えられている。一方,方位に特異性がない場合は異常粒成長が発現しないことも指摘されている。以下では,γ異常粒成長の成長粒についてその特徴を考察した。

Fig.10に1143 K加熱直後におけるγのIPF分布図を示す。後に正常粒成長する位置および異常粒成長する位置は,双方とも(101)γおよび(012)γに配向しており,同程度の集積度をもつ集合組織を形成している。著者らは冷間圧縮で加工集合組織を付与した後,加熱して逆変態させたγで同様な(101)γおよび(012)γへの配向を確認しており39),この集合組織が焼入れ時マルテンサイト変態およびその後のその場観察における加熱時γ逆変態を経て引き継がれたものと推定している。その場観察されたγ異常粒成長の成長粒GN1とGN2は互いに異なる方位で,成長粒GN1は(111)γに近く集積方位に属さないが,成長粒GN2は(101)γに近く集積方位に属している(Fig.5(h))。このように,方位が異なるGN1とGN2がそれぞれ成長粒となり異常粒成長することから,γ異常粒成長では優先成長方位はなく,集合組織の影響も小さいと考えられる。

Fig. 10.

IPF intensity after reaching 1143 K. (a) Normal grain growth (b) Abnormal grain growth

Fig.11に,1143 K加熱直後における異常粒視野のKAM像を示す。図中白線は成長粒GN1およびGN2の輪郭である。KAM値は隣接する解析点間の方位差を示す指標であり,局所的なひずみの大小を示す。GN1は周囲と同程度のひずみを有し,GN2は周囲よりやや小さなひずみを有している。ひずみ分布状況が異なるGN1とGN2はそれぞれ成長粒となり異常粒成長することから,γ異常粒成長の成長粒に及ぼすひずみ分布の影響は小さいと考えられる。

Fig. 11.

Kernel average misorientation map after reaching 1143 K in the position of abnormal grain growth.

成長粒の生成位置に関して,本研究ではγ逆変態直後の方位測定を行っていないため,対応する前組織を解析し推察した。Fig.12に,異常粒成長視野について,その場観察前の室温測定で得たIPF像およびKAM像を示す。図中白線および黒線は成長粒GN1およびGN2の生成位置に対応する。前組織のサイズや粒内ひずみは逆変態γの核生成に影響し,逆変態後のγ粒径に影響を及ぼすと考えられるが,GN1およびGN2の位置は,周囲と同様な組織サイズおよび粒内ひずみを有し特異性がないことから,逆変態後のγ粒径分布も特異的でないと考えられる。従って,γ異常粒成長の成長粒生成に及ぼすγ粒径分布の影響は小さいと示唆される。しかしながら,γ逆変態直後は結晶粒成長の最初期であり,比較的粒径のバラつきが大きいと考えられ,ともすれば粗大粒と微細粒が隣接し粒径差が増大することで粒成長駆動力が局所的に上昇し,異常粒成長の成長粒が生じる可能性は否定できない。

Fig. 12.

Results of crystal orientation analysis at room temperature in the position of abnormal grain growth. (a) Inverse pole figure map (b) Kernel average misorientation map

以上より,γ異常粒成長の成長粒は,集合組織に影響されず,結晶方位および粒内ひずみの点で特異性がない。従って,γ異常粒成長は,方向性電磁鋼板の統計的粒成長モデルでは説明できない現象である。また,成長粒の発生位置は,γ逆変態後の粒径分布に特異性がなく,偶発的に生じた粒径差の大きい場所であった可能性がある。

4・2 γ粒成長に及ぼす双晶の影響

Fig.13に,1193 Kで1.8 ksおよび3.6 ks保持後における異常粒の結合部を拡大したIPF像および双晶境界を区別して表示した粒界像を示す。詳述のため,Fig.13(a)の通りに各結晶粒を名付けた。すなわち,成長粒GN1と隣接し双晶関係にある粒をTGN1,そしてTGN1と隣接し双晶関係にある粒をT’GN1とする。GN1,TGN1およびT’GN1は,双晶境界を含まない大角粒界からなる異常粒G1を構成している。同様に,成長粒GN2と隣接し双晶関係にある粒をTGN2とし,GN2およびTGN2は異常粒G2を構成している。1.8 ks保持後(Fig.13(b)(d))において,T’GN1とTGN2の間に存在した粒(図中Other grain)はT’GN1とTGN2に対し大角粒界にて隣接している。このOther grainは3.6 ks保持後(Fig.13(c)(e))には消失し,T’GN1とTGN2からなる新しい粒界が認められる。この新しい粒界は双晶境界であったため,T’GN1とTGN2の方位関係は,元々,双晶関係にあったと考えられる。Ishida and Hasegawaの算出40)によれば,ランダム方位粒同士が隣接する場合にその界面がたまたま双晶(Σ3)関係である確率は3.5%と,決して低くなく,T’GN1とTGN2の組合せが偶然これに該当したと考えられる。偶然であるにせよ,このような双晶境界は,双晶境界を含まない大角粒界で囲まれる面積,すなわち粒径を増大させる点で重要であり,γ粒成長の影響因子の一つである。また,Fig.13(e)に示すように,T’GN1とTGN2の界面はその他の双晶境界と比較して,理想角からのずれが大きく(約4°),完全な双晶関係ではない。双晶境界の理想角からのずれは,T’GN1とTGN2の隣接に伴う界面のひずみを転位導入によって緩和した痕跡と推察される。

Fig. 13.

Magnified images showing grain connection region. (a) Illustration of grain names (b) Inverse pole figure map after 1.8 ks in total at 1193 K (c) Inverse pole figure map after 3.6 ks in total at 1193 K (d) Grain boundary map after 1.8 ks in total at 1193 K (e) Grain boundary map after 3.6 ks in total at 1193 K

その場観察されたγ粒成長過程についてFig.14に模式的に示す。粒成長過程において,ほとんどの場合はFig.14(a)の様に,大角粒界の総面積を減少させるため,Grain 2が縮小消失しその他のGrain 1やGrain 3が成長する通常の粒成長を経る。しかしながら,一部の場合ではFig.14(b)の様に,Grain 1とGrain 3のような双晶関係を持つ結晶粒の組合せが存在し,Grain 2が縮小消失すると,Grain 1とGrain 3の界面が双晶となり,双晶を含まない大角粒界で囲まれる面積が倍増するγ粒結合が生じる。このγ粒結合は,その場観察された異常粒G1およびG2の隣接界面で確認されており(Fig.13),γ異常粒の成長挙動に明確に影響する。

Fig. 14.

Schematic diagram of grain growth behavior of austenite affected by twin relationship. (a) The case when the new grain boundary becomes high angle grain boundary without twin relationship (b) The case when the new grain boundary becomes twin boundary

5. 結言

肌焼鋼の組織変化を,同一試験片および同一位置にてその場観察し,γの異常粒成長について検討した結果,以下の結論を得た。なお,本研究におけるγ粒径の定義は,双晶境界を含まない大角粒界で囲まれる面積およびその円相当半径としている。

(1)1143 K加熱時点で周囲より数倍粗大な二つの成長粒が観察された。これらは1193 Kでの加熱保持によって異常粒成長し互いに隣接した。この隣接境界は双晶境界であったため,二つのγ異常粒が結合し,さらに粗大なγ異常粒として観察された。

(2)γ異常粒の成長速度は,成長の初期ほど高速で後期の成長は無視できるほど小さい。すなわち,異常粒成長の到達粒径は,成長開始後から短時間の急速な粒成長に支配される。

(3)γ異常粒成長の成長粒発現に,γ結晶方位および粒内ひずみの影響は見られない。

(4)双晶関係にある離れた位置にある結晶粒が,粒成長過程において隣接する場合,その隣接界面は双晶であるため,双晶を含まない大角粒界で囲まれる面積が倍増するγ粒結合が生じる。粗大粒が周囲の粒を蚕食する粒成長機構に加え,双晶を介したγ粒結合もまたγ異常粒成長に影響する。

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