鉄と鋼
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分析・解析
Direct-fitting/modified Williamson-Hall(DF/mWH)法による極低炭素マルテンサイト鋼の転位解析
増村 拓朗 高木 節雄土山 聡宏
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2020 年 106 巻 3 号 p. 183-186

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Abstract

The Williamson-Hall (WH) plots are the basic approach for the dislocation characterization. However, the elastic anisotropy affects full width at half maximum in diffraction peaks and this makes the dislocation characterization difficult. In order to correct the effect of elastic anisotropy, Ungár developed a unique methodology using the contrast factor, so called the modified Williamson-Hall (mWH) method. On the other hand, authors developed a new methodology termed as “direct-fitting (DF) method” in which the elastic anisotropy is corrected directly applying the correction parameter; ωhkl. By the DF method, reliable values are obtained for the parameter α which contains an information of crystallite size. In this paper, the α-value obtained by the DF method was applied to the mWH method and the dislocation characterization was performed in an ultra-low carbon martensitic steel (Fe-18%Ni alloy) with cold rolling up to 20% thickness reduction. It was found that high dislocation density ρ of 2.1×1015/m2 is obtained in as-quenched specimen and the cold rolling does not give significant effect on dislocation density ρ. However, the parameter φ obtained by the mWH method changes markedly by charging small amount of cold rolling. As a result, the parameter A, that depends on the values of ρ and φ, changes markedly by charging small amount of cold rolling: A=0.77 in as-quenched specimen but A=0.60 in specimens with cold rolling. This result indicates that the dislocation arrangement has been changed from homogeneous to inhomogeneous distribution by cold rolling.

1. 緒言

加工した金属やマルテンサイト鋼のように多量の転位を内蔵した材料では,その転位密度が力学特性に大きな影響を及ぼす。近年では量子線ラインプロファイル解析であるmodified Williamson-Hall/Warren-Averbach(mWH/WA)法1)による転位解析が広く用いられているが,著者らはdirect-fitting/modified Williamson-Hall(DF/mWH)法2)によって,より簡便に転位密度を導出できることを示した。ただし,DF/mWH法を適用するには後述するパラメーターAを鋼種ごとに求めておく必要がある。本研究では,マルテンサイト鋼の転位密度評価をDF/mWH法で行えるようにするために,極低炭素のFe-18%Ni合金を用いて,焼入材ならびに20%まで圧延した加工材にDF/mWH法ならびにmWH/WA法を適用して転位解析を行い,マルテンサイト鋼におけるパラメーターAの値を求めた。

2. 解析方法

Williamson and HallはX線回折ピークの半価幅の情報から転位密度を見積もる方法を提唱した3)。X線の波長をλ,結晶面{hkl}の回折角と半価幅をそれぞれθhklβhkl[rad.]とすると,それぞれの結晶面に対応してパラメーターKhkl(=2sinθhkl/λ)とΔKhkl(=βhklcosθhkl/λ)を決定できる。結晶方位に依存した弾性異方性が無ければ,パラメーターKhklΔKhklの間には直線関係が成立し,両者の関係は次式で表される3)

  
ΔKhkl=α+εKhkl(1)

αは結晶子の大きさに依存したパラメーター,εは転位密度や転位の分布,転位の性質に依存したミクロひずみと呼ばれるパラメーターである。しかし,多くの金属には弾性異方性があるため,KhklΔKhklの関係は不規則な分布となり,直線関係は得られない。

弾性異方性を補正する方法として,著者らは,次式で定義されるパラメーターωhklを用いたdirect-fitting(DF)法という手法を提案した4)

  
ωhkl=Ehkl/E0(2)

E0はひずみを一定と仮定したVoigtモデルで得られる基準ヤング率(E0=226.3 GPa)4,5)Ehklは各多結晶金属の{hkl}面に対応し,補正係数ωhklを与えるための任意のヤング率4)である。各結晶面のωhklを用いて次式で弾性異方性を補正すると,良好な直線関係が得られることを確認している4)

  
ΔKhkl=α+ε(Khkl/ωhkl)(3)

一方,Ungár and Borbélyは,次式で定義されるコントラストファクターChklを用いて弾性異方性を補正することを提唱した1)

  
Chkl=Ch00(1qΓhkl)(4)

Ch00は{h00}面に対応するコントラストファクター,qChkl値の結晶方位依存性の大きさを示す係数,Γhklは次式で与えられる方位パラメーターである。

  
Γhkl=(h2k2+k2l2+l2h2)/(h2+k2+l2)2(0Γhkl1/3)(5)

Ch00qの値は,転位のらせん成分の割合S(0≦S≦1)に依存して変化し,それぞれ次式で与えられる。

  
Ch00=Ch00E+S(Ch00SCh00E)(6)
  
q=qE+S(qSqE)(7)

Ch00ECh00SならびにqEqSは,完全な刃状転位とらせん転位に対応した値であり,金属の結晶構造と弾性スティフネスで決まる材料定数である6)。弾性異方性の補正には,次式で表されるmodified Williamson-Hall(mWH)の式が用いられる1)

  
ΔKhkl=α+φKhklChkl+OKhkl2Chkl(8)

φは,転位密度ρと転位の分布状態で決まるパラメーターA7),転位のBurgersベクトルの大きさb(0.248 nm)で決まるパラメーターであり,次式で与えられる。

  
φ=(π/2)1/2Abρ(9)

パラメーターφの値は,次に述べるmWH法で求められるので,パラメーターAの値が分かっていれば,次式でρの値を決定できる。

  
ρ=2φ2/(πA2b2)(10)

10~80%の冷間圧延を施した鉄については,A≒0.5ということが分かっているので2,7),一般的なフェライト鋼については,式(10)を用いて転位密度を見積もることができる。

一方,式(8)については,右辺第3項は大変小さい8)ので無視した後,αを左辺に移項して式(4)を代入し,2乗することで次式が得られる9)

  
(ΔKhklα)2/Khkl2=φ2Ch00(1qΓhkl)(11)

この式において,左辺の値とΓhklの間には直線関係が成立することが分かる。mWH法では,αに任意の値を代入して,左辺とΓhklの直線関係が最良となるようにα値を決定し,決定した直線からq値を求め,式(7)に基づいてS値が決定される。しかし,DF法を適用すれば前もってα値を正確に求めることができるので,その値を式(11)に代入することにより一義的に左辺とΓhklの関係を決定できる。この手法をDF/mWH法という2)。DF/mWH法で得た直線のx切片からq値,Γhkl=0に対応するy切片値からφ2Ch00の値を決定できる。式(7)にq値を代入してS値が得られ,式(6)にS値を代入してCh00の値が求まるので,φ2Ch00の値からφ値を決定できる。

式(10)から転位密度ρを求めるには,A値をあらかじめ決定しておく必要があるため,mWH/WA法による転位密度解析を行った。

  
lnA(L)lnAS(L)Y(L)(Khkl2Chkl)+Q(Khkl4Chkl2)(12)
  
Y(L)/L2=(πb2ρ/2)lnRe+(πb2ρ/2)lnL(13)

ここでLはフーリエ長さ,A(L)は回折ピークをフーリエ変換したときのフーリエ係数の実部,AS(L)はその結晶子サイズ成分,Reは転位の有効応力場半径,Qは(K4hkl C2hkl)の高次項である。また,ChklはmWH法で得られた値を用いる。詳細な解析手法の説明は文献1,7,10)を参考にされたい。最終的には式(13)にある転位密度ρReの厳密解を本手法により求めることができる。

本研究では,DF/mWH法でパラメーターφ,mWH/WA法で転位密度ρを求め,式(9)に基づいて両者の関係からパラメーターAの値を決定する。

3. Direct-fitting法による弾性異方性の補正

実験に使用した材料は真空溶解で作製したFe-17.8%Ni-0.001%C合金であり,900°C-30 minの溶体化処理を施したのち水冷し,室温ではラスマルテンサイトの単一組織となっていることをEBSDにより確認した。そのあと,加工率が5%,10%,20%になるように圧延して加工材を作製した。X線回折実験にはCu-Kα(波長:0.15418 nm)を用い,検出器の回転速度は0.003 deg/sとした。装置関数補正は,LaB6(No.:SMR660c,NIST製)を使用してVoigtプロファイル解析法に基づいて行った11)。試料は,処理を済ませた板材から15l×15w mmの寸法に切り出し,サンドペーパーで表面を平坦にしたのち,研磨の影響12)を除去するために50 μmだけ電解研磨を行った。

焼入材ならびに20%までの圧延を施した試料について,X線回折実験により得られたパラメーターKhklΔKhklの関係をFig.1(a)に示す。{220}面からの回折強度は極端に弱いため,ここでは削除している。ΔKhklの値は格子ひずみに依存して変化するため,ヤング率が小さな{200}や{310}については大きな値,逆にヤング率が大きな{222}については小さな値となる傾向にある。マルテンサイト鋼については,加工の有無にかかわらずデータのばらつきが大きい,つまり弾性異方性が大きいことが分かる。ここで注目すべき点は,焼入材と加工材でデータの分布が異なっていることであり,僅か5%の加工を施すだけでWHプロットのデータの分布が変化している。DF法の詳細なプロセス2,4)は省略するが,弾性異方性の補正をパラメーターωhklにより行ったWHプロットをFig.1(b)に示す。図中には補正に使用した各試料のωh00の値を記しており,他の回折面のωhklωh00が分かっていれば計算できる4,5)。この図においても,焼入材と加工材で直線の傾きが大きく異なっていることが分かる。つまり,5%という僅かなひずみを加えただけでミクロひずみの値が低下し,それ以上の加工を加えてもミクロひずみはほとんど変化しない。ただし,切片値のパラメーターαについては加工の影響はほとんどなく,ほぼ同じ値となっている(α≒0.005 nm-1)。

Fig. 1.

Original (a) and corrected (b) Williamson-Hall plots in ultra-low carbon martensitic steel (Fe-18%Ni).

4. Direct-fitting/modified Williamson-Hall法による解析結果

mWH法においては,転位のらせん成分Sを決定する際に弾性スティッフネスc11c12c44の値が必要である。幸い,Fe-Ni系合金についてはこれらの値が報告されており13),Fe-18%Ni合金については,c11=180.0 GPa,c12=106.4 GPa,c44=114.6 GPaという値になる。これらの値を用いてUngárらが提唱した式6)によりコントラストファクターCh00とパラメーターqを求めると,刃状転位についてはCh00E=0.295,qE=1.610,らせん転位についてはCh00S=0.330,qS=2.694という結果が得られた。DF法で得られたα値を式(11)に代入した結果をFig.2に示す。ここでも,焼入材と加工材では全く異なった結果が得られている。直線の傾きから得られるパラメーターSの値は,焼入材については0.82,加工材については0.90~0.92とほぼ一定の値であり,マルテンサイト変態によりらせん成分の大きな転位が導入されていることが分かった。S値が分かれば式(6)によりCh00の値を決定できる。さらに,Γhkl=0における切片値はφ2Ch00なので,その値からφ値を求めることができる。

Fig. 2.

Relation between the values of (ΔKhkl–α)2/Khkl2 and orientation parameter Γhkl in ultra-low carbon martensitic steel (Fe-18%Ni).

φ値については,式(9)から分かるように転位密度ρとパラメーターAに依存して変化する可能性がある。そこでまず,転位密度に及ぼす加工の影響を調査した。Fig.3に,mWH/WA法におけるlnLY(L)/L2の関係を示す。ここでは,5%圧延の影響を示すために,焼入材ならびに5%加工材について得られた結果を示している。転位密度ρについては,図中に破線で示した直線の傾きηから次式により求めることができる。

  
ρ=2η/(πb2)(14)
Fig. 3.

Results obtained by modified Warren-Averbach method in as quenched specimen and 5% cold rolled specimen.

焼入材と5%加工材についてη値を比較した結果,いずれもほぼ同じ値(η≒0.00021)となることを確認できた。この結果は,5%の冷間圧延を施しても転位密度がほとんど変化しないことを示唆している。

Fig.4は,mWH/WA法で得られた転位密度ρ14),DF/mWH法で得られたパラメーターφならびに両者の値を式(9)に代入して得られたパラメーターAの値を圧延率との関係で示している。焼入材の転位密度は2.1×1015/m2と高く,その値は圧延率の増加とともにわずかに大きくなる傾向を示すが,加工に伴う急激な変化は見られない。それに対してφ値は,5%圧延によって急激に低下した後,加工率の増加とともにわずかに増大する傾向を示す。なお,φ値のエラーバーはプロットに隠れる程度に小さい。一方,A値については,焼入材で0.77程度の値が得られるのに対して,加工材では加工率とは無関係に0.60という低い値になっている。パラメーターAは転位分布の均一性に対応しており,転位の分布が均一なほど大きな値となる。つまり,5%の圧延でA値が急激に低下したということは,わずかな加工によって転位の再配列が起こり,転位の分布が不均一になったことを示唆している。A値の変化は,著者らがすでに報告したM値(mWH/WA法により得られる転位配列パラメーター)の変化ともよく一致している14)。炭素添加や焼戻しによってA値がどのように変化するかについては今後の課題として残されているが,少なくとも炭素を含まない焼入れた状態のマルテンサイト鋼についてはA≒0.77,加工したマルテンサイトについてはA≒0.60と置いて,式(10)に基づいて転位密度を見積もることができるであろう。

Fig. 4.

Changes of dislocation density ρ (a), parameter φ (b) and parameter A (c) with cold rolling in ultra-low carbon martensitic steel (Fe-18%Ni).

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP15H05768の支援を受けて行われたものである。なお,研究の一部は,日本鉄鋼協会「鉄鋼のミクロ組織要素と特性の量子線解析研究会」のもとで実施された。

文献
 
© 2020 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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