Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
In situ Neutron Diffraction on Ferrite and Pearlite Transformations for a 1.5Mn-1.5Si-0.2C Steel
Yo Tomota Yan Xu WangTakahito OhmuraNobuaki SekidoStefanus HarjoTakuro KawasakiWu GongAkira Taniyama
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 106 Issue 5 Pages 262-271

Details
Abstract

The phase transformation behavior from austenite upon cooling in a 1.5Mn-1.5Si-0.2C steel was in situ monitored using dilatometry, X-ray and neutron diffractions. The starting temperature of ferrite transformation was in good agreement between dilatometry and neutron diffraction, whereas much higher in X-ray diffraction. Such a discrepancy in transformation temperature is attributed to the change in chemical composition near the surface of a specimen heated to elevated temperatures in a helium gas atmosphere for X-ray diffraction. In situ neutron diffraction enables us to investigate the changes in lattice constants of ferrite and austenite, which are affected by not only thermal contraction but also transformation strains, thermal misfit strains and carbon enrichment in austenite. Pearlite transformation started after carbon enrichment in austenite reached approximately 0.7 mass% and contributed to diffraction line broadening.

1. 緒言

熱処理中における鉄鋼のミクロ組織変化を直接観察することはきわめて有用である。今までは,熱処理中の試料を急速冷却して高温における組織を凍結し,室温で観察することが多かった。しかし,低合金鋼では高温のオーステナイト相が冷却中にマルテンサイト変態するので高温組織を厳密に凍結することはできなかった。また,このような急冷法では,試料の同じ位置を連続的に観察することができない。そこで,種々な方法を用いて高温における組織の連続観察が試みられてきた。たとえば,高温共焦点レーザー顕微鏡観察1),加熱ホルダーを用いた透過型電子顕微鏡観察(Transmission electron microscopy(TEM))2)や走査型電子顕微鏡(scanning electron microscopy(SEM))/電子線後方散乱回折法(Electron back scatter diffraction(EBSD))3),高温X線回折4)等が用いられている。しかし,これらの方法は試料表面(層)や薄膜の計測であり,真空もしくは不活性ガス雰囲気中であっても加熱による試料表面の酸化,脱炭や脱Mn等による変質を避けられないことから,対象とする鋼本来の変化を追えないことが多い。また,相変態は相応力の発生を伴うだけでなく,変態自体が外力,内力を問わず応力の影響を受けることが知られている。この相応力の評価は,試料表面が内部とは異なり平面応力場になることを考えると実験室X線応力測定等で評価することが難しく,あまり理解されていないように思われる。たとえば,無拡散変態であるマルテンサイト変態の場合,変態ひずみがせん断と体積膨張であるにも関わらず残留オーステナイトに圧縮静水圧応力が発生する5)等の混乱した研究報告が続いている。拡散型オーステナイト逆変態において,Nakadaらはラスマルテンサイト組織の内部応力分布が支配的役割を果たすと指摘している6)。パーライト変態においては,変態が体積膨張を伴い,加えてフェライト-セメンタイト界面の結晶方位関係に由来する半整合ひずみが内部応力分布をもたらすので複雑な組織形態が形成される7)と推定されるが真相は不明である。したがって,各種相変態に伴う試料内部における応力発生をその場計測することが各種組織形成機構を解明するために重要と思われる。中性子線は他の量子線と比べて透過能が高く,バルク試料に対して相変態中の構成相の体積率や格子面間隔の変化を追跡するのに適しているので,上記のような課題の解明に適していると考えられる。そこで,本論文では熱膨張測定,高温その場X線回折と中性子回折の3つの方法を用いてMn-Si-C 鋼の高温からの連続冷却におけるフェライト,それに続くパーライト変態を計測した結果を解析し,比較・検討を行った。なお,同じ鋼を用いた室温から加熱したときの残留オーステナイトの分解やオーステナイト逆変態挙動に関しては別報8)で報告している。

2. 実験方法

実験試料の詳細は別報8,9)で説明されているので,ここでは概要のみを述べる。実験に用いた鋼はSugimotoら10)の論文を参考にして実験室溶解した化学組成が0.20C-1.50Mn-1.52Si-0.009P-0.001S(mass%)の鋼である。厚さ1.2 mm,長さ120 mm,板幅100 mmの鋼板を780°Cで300 s間保持した後に-50°C/sの速度で400°Cまで冷却し,そこで300 s保持し,その後-50°C/sで室温まで冷却した。SEM等を用いて行ったミクロ組織の観察結果の詳細は別途報告済みである8)

通常用いられる標準的測定法として熱膨張計(NETZSCH TD5000SA)による測定を行った。4 mm×15 mm×1 mmの試料を作製し,アルゴン雰囲気中で,加熱速度0.05°C/sで室温から950°Cまで加熱し,600 s間保持した後,-0.05°C/sで400°Cまで冷却する温度制御下で試料長さの変化を測定した。

高温X回折には,10 mm×9 mm×1 mmの試料をエメリー紙で研磨した後に0.1 μm径のアルミナ粉末でバフ研磨して用いた。測定にはSpectris Co., Ltd.製の多目的X線装置を用い,Coターゲット,Feフィルターで加速電圧40 kV,加速電流35 mAの条件で実施した。照射面積は約2.5 mm×5 mmで,一次元位置敏感型検出器を用い測定角度は47~63度であった。試料は950°Cから各測定温度に600 s間保持する段階的冷却法とし,測定温度間の冷却速度は-0.25°C/sで行った。

加熱冷却中のその場中性子回折測定には,厚さ1.2 mm,長さ30 mm,板幅4-6 mmの試料を6枚重ねて円柱に近い形状にして,大強度陽子加速器施設・物質生命科学実験施設(Materials and Life Science Experimental Facility of the Japan Proton Accelerator Research Complex (J-PARC MLF))のビームライン19(匠)に取り付けた熱膨張計にセットした。当該加速器の設計パワーは1 MWであるが,本測定時の運転は400 kWであった。工学回折測定装置(匠)の仕様等の詳細はMoriaiら11)およびHarjoら12)による報告を参照されたい。中性子回折測定においては,入射ビームに対して5 mm×5 mmのスリット,回折ビームに対して5 mmコリメータを取り付けたので,試料のサンプリング体積は約5 mm×5 mm×5 mmであった。試料,すなわち熱膨張計を入射ビームに対して45度方向に設置したので,入射ビーム方向と直交する方向にある2つの検出器バンクにより,試料の長手方向(圧延方向:RD)と板面垂直方向(ND)を散乱ベクトル方向とする回折プロファイルが同時に得られた。試料を真空中で950°Cまで加熱し,その後-0.05°C/sの速度で冷却する間,連続して中性子回折データを取得した。中性子回折の記録にはイベント形式が採用されているので,測定終了後に分割時間を自由に設定して回折プロファイルを取り出すことができる。本研究では,統計精度から判断して1 min間隔で取り出した回折プロファイル群をデータ解析に用いた。

3. 実験結果および考察

3・1 ミクロ組織および熱膨張収縮挙動

加熱前および950°C加熱冷却後のSEM組織観察結果をFig.1に示す。先の報告8,9)で述べたように,出発組織はフェライト-ベイナイト-残留オーステナイト複合組織であった。Fig.1(a)に見られるように,観察視野において組織はほぼ均一である。一方,Fig.1(b)に見られる加熱後の組織はフェライトとパーライトからなり層状を呈している。これは冷却速度が遅くMnバンドが発達したためと考えられる。SEM組織写真の線分析から求めたパーライト体積率は約26.2%であった。

Fig. 1.

Microstructures of the specimen before heating (a) and after cooling (b).

熱膨張測定の結果をFig.2に示す。950°Cへの加熱とその後の冷却中の温度と試料長さの関係において,フェライトあるいはオーステナイトの熱膨張曲線からの偏倚が相変態の進行を示している。前述したように本論文では冷却中の変化を検討する。ここで,オーステナイトあるいはフェライトの熱膨張(収縮)係数(KγあるいはKα)を各々の単相温度領域から推定すると,それぞれ21.0×10-6/°Cと13.5×10-6/°Cであった。950°Cからの冷却過程でオーステナイトの熱膨張曲線から偏倚が始まる温度,すなわち,フェライト変態開始を表すAr3温度は約838°Cである。ここで見られる偏倚はフェライト変態が体積膨張を伴うためである。冷却速度0.05°C/sにおけるフェライト変態の速度は,最初は速いがやがて遅くなり,最後に図中の点Pから再び速くなる。変態の停滞はCやMnの拡散(未変態オーステナイトへの濃縮)に起因し,最後の加速はパーライト変態に対応すると思われる。

Fig. 2.

Result of dilatometry test for monitoring phase transformations. (Online version in color.)

3・2 冷却中のその場X線回折結果

高温X線回折で得られたプロファイル例をFig.3に示す。加熱前の室温の回折プロファイルには弱いオーステナイト111γピークが検出され,950°Cではオーステナイト単相組織になっていることがわかる。Fig.3の高温で見られるピーク分離はKα1とKα2による回折が明瞭に現れたためと思われる。それぞれの波長が0.178919 nmと0.179321 nmであり,この波長の差からフェライト110α回折角2θの差が0.13°であることを説明できる。ここで注目すべきは,850°Cの回折プロファイルにオーステナイトピークが存在しないことである。熱膨張測定で同定されたAr3温度は838°Cであるから850°Cではオーステナイト単相のはずである。この不可解なX線結果の理由を探るために,実験終了後の試料を切断しrf-GDOES法を用いて断面の化学組成分布を調べた。測定方法は高温SEM/EBSD測定後の試料を検査した前報8)と同じである。得られた測定結果をFig.4(a)に示す。試料表面近傍は酸化が激しくMnやCの濃度分布を正確に知ることはできないが,少なくとも表面から約2 μm深さまで酸化および脱炭層が広がっていることがわかる。参考のために測定した加熱前の試料断面の結果がFig.4(b)であり(CとMnの濃度分布を詳細を示すために縦軸が拡大されていることに注意),Fig.4(a)に見られる表面層の化学組成変化は有意であると結論できる。前報の高真空中加熱その場EBSD測定後の試料の場合も表面近傍におけるCとMnの濃度減少は顕著に認められた8)。各種量子ビームで検出される情報深さは,電子線ではおおよそ100 nm程度,実験室X線では数μmであり,次節で述べる中性子線では数cmと考えられる。したがって,高温X線回折法では透過能が足りず本実験で用いた鋼の相変態挙動を追うことができなかったと結論される。

Fig. 3.

Changes in X-ray diffraction profile with cooling. (Online version in color.)

Fig. 4.

Chemical compositions as a function of the depth from surface obtained by rf glow discharge optical emission spectroscopy for the specimen after high temperature X-ray diffraction measurement: (a) after cooling and (b) before test for reference. (Online version in color.)

3・3 その場中性子回折によるフェライト変態挙動の観測

冷却中その場中性子回折測定で得られたオーステナイト111γと200γおよびフェライト110αピークの変化を試料温度変化(右の縦軸)と合わせてFig.5 に示す。図からわかるようにフェライト変態の開始温度は850°Cであり620°Cで終了している。冷却途中で変態が半分程度進んだ725.5±3°C(60 s)において2方向の検出器で得られた回折プロファイルをFig.6に示す。オーステナイトとフェライトのピークが混在し,hkl回折積分強度の比から集合組織の有無がわかる。これらの回折プロファイルをZ-Rietveld ソフトウエア13)を用いてフィッティングし,オーステナイト体積率(fγ)を求めた。先に考察したように9,14),集合組織を有する鋼のfγの正確な同定は結晶方位分布関数(orientation distribution function(ODF))と同時測定することが推奨される。しかし,ここでは試料の集合組織がそれほど強くないこと,60 sの時分割データの統計精度および測定方向が2方向のみであること等からfγとODFの同時同定法は採用しなかった(fγ同定法に関する追加説明を付録に記載した)。Z-Rietveldソフトウエアによる簡便法を用いたにも関わらず,相変態挙動はFig.7に示すように良好に追跡されている。図はRD方向の回折プロファイルから求めた結果で,ND方向から求めた結果と良く一致していた。一定速度の連続冷却に伴うfγの減少は変態初期で速く,その後緩やかになり,点Pから再び速くなっている。ここで注目すべきことは,中性子回折で得られたフェライト変態開始温度が熱膨張測定による結果と良い一致を示すことである。バルク平均情報を追跡できる中性子回折では,表面での酸化等の現象に影響されず,真の変態挙動を計測することができる。

Fig. 5.

Changes in neutron diffraction intensities for 111 austenite (γ), 200 γ and 110 ferrite (α) with heating obtained in the axial direction, in which temperature history is also shown. (Online version in color.)

Fig. 6.

Diffraction profiles obtained at austenite to ferrite transformation in which ycal: fitted result, yint: measured, bg: background, yphase_fcc: austenite and yphase_bcc: ferrite: (a) axial direction and (b) transverse direction. (Online version in color.)

Fig. 7.

Change in austenite volume fraction during cooling determined by in situ neutron diffraction measurement. (Online version in color.)

熱膨張測定法とは異なり,中性子回折ではミクロ組織やひずみに関する知見も得ることができる。まず,Z-Rietveld 解析で得られたオーステナイトとフェライトの格子定数の温度による変化をFig.8に示す。オーステナイト格子定数は,温度(T),炭素濃度(C(mass%))および弾性ひずみ(ε)に依存する,すなわち,aγ(TCε)と記述される。同様に,フェライトの格子定数もaα(TCε)と記すことにするが,炭素濃度の影響は固溶限が小さくほとんど無視できるであろう。各構成相の熱膨張(収縮)を一次関数で近似すると,オーステナイトでは940~840°Cの測定値に対して回帰分析により,

  
aγ(T,0.20,0)=(0.3580±0.0005)+(7.991±0.006)×106T(nm)(1)
Fig. 8.

Changes in lattice parameters of ferrite (a) and austenite (b) with cooling determined by in situ neutron diffraction measurement. (Online version in color)

フェライトに対しては610~550°Cの測定値より

  
aα(T,0,0)=(0.2863±0.0009)+(4.479±0.008)×106T(nm)(2)

と求められた。熱膨張(収縮)係数をオーステナイトに対しては820°Cで測定された格子定数0.3646 nm,フェライトに対しては575°Cの格子定数0.2889 nmを基準にして計算すると,それぞれ次式のようになる。

  
Kγ=21.9×106/°C(3)
  
Kα=15.5×106/°C(4)

これらの値はFig.2(3・1節)の熱膨張測定結果から求めた値とほぼ一致している。また,ここで得られたKγの値はOninkら15)およびBhadeshiaら16)により報告された値とも良く一致している。Fe-C 2元合金を用いたOninkらの高温中性子回折実験結果によるとKγの値は炭素濃度が0.01~0.8 mass%において24.7×10-6~22.9×10-6/°Cと変化しわずかな炭素濃度依存性が示されている。

Fig.8(a)を見ると,二相温度域でフェライトの格子定数が熱膨張(収縮)ラインより少し下(格子定数の小さい側)に偏倚している。この偏倚はフェライト相に圧縮静水圧応力が存在することを示唆している。これに対してFig.8(b)では,オーステナイト相の格子定数が上側(格子定数の大きい側)へ偏倚している。これはフェライト相に作用している圧縮静水圧応力と平衡する引張静水圧応力が存在することに加えて炭素濃縮による格子定数の増加が原因と思われる17,18)。したがって,格子定数の変化については熱膨張(収縮)以外の要因として①変態ひずみ,②熱ひずみ(構成相の熱膨張係数差に起因する熱ひずみ)と③オーステナイト中の炭素濃縮(Mn濃縮による格子定数変化は小さいので無視した)を考える必要がある。以下で,これら3つの因子の定量的影響について順次検討する。

①オーステナイト→フェライト変態ひずみを変態が約50%進んだ時点の740°Cにおける格子定数から見積もってみる。オーステナイト相とフェライト相におけるFe原子1個あたりの占有体積を計算すると,それぞれvγ=0.3637034=0.012027(nm3)とvα=0.2896134=0.012145(nm3)である。これらより変態に伴う体積ひずみ(εv)は0.981%と計算される。ここで等方膨張を仮定すると変態ひずみ(εijtrans)は次式で与えられる。

  
ε11trans=ε22trans=ε33trans=0.327%(5)

もし,式(1)と(2)を用いて0°Cの格子定数を計算し,εvを求めると2.3%になり,ε11trans=0.767%である。すなわち,変態ひずみの大きさは変態温度に依存する。しかしながら,後に考察するように変態の進行に伴いオーステナイト中の炭素濃度が増加する,すなわちオーステナイトの格子定数が増加することが変態ひずみを減少させるので,変態ひずみの計算には両方の影響を取り込む必要がある。

②オーステナイトとフェライトの熱膨張(収縮)係数の差から温度変化に伴い熱ひずみ(εijther(T))が発生する。式(3)と(4)から熱膨張係数差は-6.4×10-6(/°C)であり,ある温度における熱ひずみの大きさはフェライトの生成時点からの温度履歴に依存するので,次式のように生成時期の異なるフェライトを個別に追うことになる。

  
εijther(T)=T838fα(T)×(6.4×106)×(838T)dT/T838fα(T)dT(6)

ここで,fα(T)は温度Tにおけるフェライト体積率を表す。前述のようにフェライト変態開始温度(Ar3)は838°Cである。ここで簡単のために,連続冷却に伴うフェライト変態の進行をfα(T)=constant×(838-T)と仮定して(厳密にはFig.7の変態曲線を使うべきである),εijther(T)を式(6)より-6.4×10-6×2×(838T)3とする。そうすると,740°Cの場合は,i=jのときεijther(740°C)=-6.4×10-6×2×983=-4.18×10-4(i≠jの場合はゼロ)と推算される。ここで推定されるε11ther(740°C)は約0.04%であり,ε11transの0.327%と比べて1桁小さい。したがって,以降の考察では真のfα(T)-T関係を使って厳密な計算をする意味は薄いと考え,議論を明快,簡単にするため計算は行わなかった。

③オーステナイトの格子定数の炭素濃度依存性に関しては,これまでにいくつかの室温における実験式が提案されている19,20)。ここでは次の関係式21)を採用した。

  
aγ(RT,C,0)=aγ(RT,0,0)+0.0033C(mass%)=0.3573+0.0033C(mass%)(7)

式(1)に室温(RT:20°C)を代入するとaγ(RT,0.2,0)は0.35815 nmと求まり,よって式(7)よりC(mass%)=0.258 mass%になる。この値は本実験鋼の炭素含有量である0.20 mass%より少し高いが,式(7)が実験回帰式であること等の曖昧さから推算結果は許容範囲とみなした。次に,炭素量の異なる鋼のオーステナイト熱膨張係数に同じく式(3)を用い,620°Cの格子定数aγ(620,C,0)=0.36430 nmから室温の格子定数aγ(RTC,0)を推定すると0.35951 nmであり,式(7)より炭素濃度を求めると0.667 mass%となる。一方,Fig.1のSEM組織から求めたパーライト体積率は26.2%であった。炭素のフェライト中への固溶量や粒界偏析を無視できるとすれば,未変態オーステナイト中の炭素濃度は次のように求められる。

  
0.20mass%(bulkaverage)/0.26=0.763mass%.(8)

したがって,大略の結論としては炭素濃度が約0.7 mass%に高まった時点でパーライト変態が開始したと結論される。なお,この結論はFig.7の点Pの位置とほぼ一致する。

オーステナイトの固溶炭素濃度による格子ひずみεijCは次のように推定される。

  
εijC=0.0033×C(mass%)aγ(RT,0,0)(9)

この式によると炭素濃度が0.7 mass%のとき,εijCは0.647%である。このひずみも内部応力を生む固有(eigen)ひずみのひとつである。

ここで,Fig.2に描いたフェライトとオーステナイトの熱膨張(収縮)ラインを使って点Pに対して単純な「てこの原理」を適用してオーステナイト体積率を見積もると約10%となり,Fig.1のSEM 組織から求めた26.2%に比べてかなり小さい。この不一致は,用いたオーステナイト熱膨張ラインが0.2 mass%Cに対するラインでありパーライト変態開始時点の0.7 mass%Cに対するラインではないことが原因である。炭素濃度の増加に伴ってオーステナイト熱膨張ラインが上へ移動すること15)を考慮すれば「てこの原理」から求められるオーステナイト体積率が大きくなる。すなわち,本実験のような場合には,熱膨張測定結果から変態途中のフェライト体積率を厳密に求めることはできない。変態ひずみεijtransはオーステナイトへの炭素濃化に伴って減少することに留意する必要がある。

3・4 変態中のオーステナイトとフェライトの相応力変化

格子定数は静水圧応力(ひずみ)の影響を受ける。前述したようにフェライト変態中に発生する相応力の要因として3種類の固有ひずみ(εij*)がある。それらは,①変態ひずみ(約0.327%程度),②熱ひずみ(約0.032%程度)と③オーステナイトへの炭素濃縮(0-0.647%程度)である。固有ひずみεij*により生じる内部応力分布において局所的に高い内部応力は拡散や転位運動によって塑性緩和されると予想されるが,その機構をモデル化して定量的に評価することは難しい。そこで,塑性緩和の影響は無視してEshelbyの介在物理論23)を適用し,弾性論により平均内部応力,すなわちオーステナイトとフェライトの相応力(σijγσijα)を以下のように算出した24,25)

  
σijγ=fαCijkl(SklmnI)εmn(10)
  
σijα=(1fα)Cijkl(SklmnI)εmn*(11)

ここで,fαCijklIはそれぞれフェライト体積率,弾性係数と単位テンソルを表す。EshelbyテンソルSijklは,結晶粒の形状を球と仮定して,ポアソン比を0.30とすれば,S1111=S2222=S3333=75ν15(1ν)=0.524,S2233=S3311=S1122=S3322=S1133=S2211=5ν115(1ν)=0.0476,S1212=S2323=S3131=(45ν)15(1ν)=-0.238である25)。ここで,3種類の要因による固有ひずみεij*は等方的性格を有しているので,i=jのときはεij*=q,i≠jのときはεij*=0とみなすと,3次元Hookeの式によりオーステナイト相応力が次のように求められる。

  
σ11γ=σ22γ=σ33γ=fα×(3.57Eq)(12)

ここで,Eはヤング率を表す。書くまでもないが各相応力は試料内で平衡しているので,各構成相の体積率を用いて次の関係がある(fγ=1-fα)。

  
σijγ×fγ+σijα×fα=0(13)

これらの関係から回折ピークのシフトに寄与する弾性ひずみは次のように書ける。

  
β11=12νEσ11(14)

3方向とも同じ値なのでβ11=β22=β33=βとする。すなわち,静水圧応力状態である。オーステナイトに対してはフェライト変態の開始に伴い変態ひずみと熱ひずみに起因する引張静水圧応力が発生するが,変態の進行に伴いオーステナイトへの炭素濃縮の影響を受ける。フェライト体積率の増加に伴って前述の①と②の寄与が③によって打ち消されるようになる。言い換えると,βの値が最初は増加するが変態が進むと減少に転ずると予想される。以上をまとめると,オーステナイト格子定数は次式で記述される。

  
aγ(T,C,ε)=(aγ(RT,0,0)+0.0033C)(1+KγT)(1+β)(15)

Fig.8(a)の値を用いて計算したフェライトの相ひずみをFig.9にプロットした。式(13)の応力平衡条件を用いてオーステナイトの相ひずみを計算し,同じくFig.9にプロットした。先に考察したように,オーステナイトとフェライト間の応力分配は要因①と②によって顕著となる。この図により相応力発生に及ぼす3種類の要因の寄与が定量的に理解される。

Fig. 9.

Internal elastic strains generated by austenite to ferrite transformation strains and thermal misfit strains. (Online version in color.)

3・5 パーライト変態とフェライト回折プロファイルの変化

オーステナイトへの炭素濃縮に起因する格子定数増加はFig.8のひずみからFig.9のひずみを差し引くことで求められる。この計算によって得られた結果をFig.10にプロットした。炭素濃度と格子定数の関係を表すこの図において,フェライト変態の進行に伴いオーステナイト格子定数が増加し,点P以降はほとんど変化しないことがわかる。先に考察したように,オーステナイト体積率が約0.26まで減少し,その炭素濃度が約0.7 mass%に達した時点でパーライト変態が開始したと考えられる。パーライト変態に関してまとめると,変態開始はFig.27において示唆され,そのときのオーステナイトの炭素濃度はFig.10において相ひずみの解析を介して推定されたことになる。

Fig. 10.

Estimation of internal strains caused by carbon enrichment in austenite. (Online version in color.)

時分割60 sの回折プロファイルではセメンタイトのピークはバックグランドに埋もれて検出困難であったが,フェライト回折ピークのブロードニング(半値幅:FWHM)がパーライト変態開始(点P)以降で大きくなる傾向がみられた。その例として110αと200αのFWHMをオーステナイト体積率に対してプロットした結果がFig.11である。一般にFWHMは温度低下に伴って減少する傾向を示すので,この図で見られる傾向は逆である。回折ラインプロファイルのFWHMは,転位密度や積層欠陥のような格子欠陥や結晶子サイズに影響されることが知られている26)が,本結果の場合には主としてフェライト-セメンタイト界面の整合ひずみ27)であろうと推測される。高分解能TEM観察の報告28)によると,パーライト中のフェライトとセメンタイト間には結晶方位関係が存在し,その界面は半整合状態である。最近,Nakada and Katoは,このような整合界面の内部応力(ひずみ)とミスフィット転位発生による塑性緩和の影響をマイクロメカニクスモデルを用いて考察している29)

Fig. 11.

Changes in FWHMs of 110 (a) and 200 (b) ferrite diffraction peaks with cooling as a function of austenite volume fraction. (Online version in color.)

4. 結言

1.5Mn-1.5Si-0.2C鋼を用いて高温オーステナイトからの冷却に伴うフェライト,パーライト変態挙動を熱膨張測定,X線回折および中性子回折を用いて連続的に計測した。その結果を比較・考察し次の結論が得られた。

(1)フェライト,パーライト変態の開始温度は熱膨張測定とその場中性子回折の結果は良い一致を示したのに対して,その場X線回折では高い変態開始温度となり大きく異なった結果となった。その原因は,高温で試料表面層の酸化,脱炭,脱Mnが著しくX線回折の測定対象となる表面層の化学組成が変化したことであった。

(2)その場中性子回折を用いるとオーステナイトとフェライトの格子定数が連続的に同定でき,熱膨張・収縮のみでなく相応力(弾性ひずみ)やオーステナイトへの炭素濃縮量を明らかにすることができた。

(3)その場中性子回折測定結果とEshelby介在物理論を用いて,フェライト変態中の変態ひずみ,熱ひずみとオーステナイトへの炭素濃縮に起因すび相応力(ひずみ)の発生挙動を明らかにした。

(4)上記の解析結果からパーライト変態開始時のオーステナイト中の炭素濃度を推定した。また,変態の進行に伴ってフェライト回折ピークのラインブロードニングが大きくなることを見出した。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものである。研究遂行にあたって革新的構造材料研究組合(ISMA)の関係者から貴重な助言等をいただいた。中性子回折測定はJ-PARC MLFの一般課題2015A0153として実施した。

付録:オーステナイト体積率(fγ)の同定について

本研究で用いたオーステナイト-フェライトのような二相組織において,構成相体積率を同定するにはできるだけ多くのhkl回折ピークを用いて解析することが推奨されている。先に詳細に報告した8,14)ように,集合組織の強い材料の構成相体積率を同定するのは容易でない。本研究で用いたZ-RietveldソフトウエアではMarch-Dollase functionによる集合組織(結晶配向度)の影響に関する補正が取り込まれているが,粉末試料に対して有効であっても本鋼のような多結晶工業材料に対しては不十分である。文献8で示したブラッグエッジスペクトルの解析においてもMarch-Dollase functionパラメータのみでは解析が不十分であった。本論文では簡単のために集合組織なしの前提でリートベルト解析した結果を用いたので,以下ではその妥当性に関して検討を加えた結果を説明する。

Z-Rietveldソフトウエアでは,回折ピーク位置と回折積分強度を変数にしてラインプロファイルフィッティングをすることが可能であり,個々のhklピークに対する中心位置(面間隔)と回折積分強度が求められる。X線や中性子回折によりオーステナイト体積率(fγ)を同定するにはできるだけ多くのhkl回折積分強度を使うことが推奨されている。個々のhkl回折積分強度は集合組織の影響を受けるので,次式による補正法が適用されることが多いA1,A2)

  
fγ=1n1nIhklγRhklγ(1m1mIhklαRhklα+1n1nIhklγRhklγ)(A1)

ここで,nmはオーステナイト(添字γ)とマトリックス(添字α:フェライト,ベイナイト,マルテンサイト)をそれぞれ意味する。また,IγhklIαhklはそれぞれγαの測定されたhkl回折積分強度を表す。一方,Rは集合組織が存在しない場合の理論強度であり,Z-Rietveldソフトウエアによるシミュレーションで求めた。ASTM E975-13A1)には,この補正は集合組織が弱い場合に限って適用できる(this method should be applied to steels with near random crystallographic orientations of ferrite and austenite phases because preferred crystallographic orientations can drastically change these measured intensities from theoretical values)という注釈がある。著者らの経験でも,低合金TRIP鋼の測定において集合組織の影響を十分に補正することはできなかった8,14)。それゆえに,著者らはオイラークレードルを用いて立方体状試料を525方向から測定して集合組織解析ソフトMAUDA3)を用いて結晶方位分布関数(Orientation Distribution Function:ODF)とfγを同時に同定することを行い,厳密なfγ測定法として推奨した。

一方,高温における測定では他の影響因子としてDebye-Waller因子の影響も懸念される。付録文献A4とA5によりBCC FeとFCC Feの代表的温度におけるDebye-Waller因子の値を計算するとTable A1のようである。

Table A1. Debye-Waller factors at typical temperatures.
Temperature (ºC)BCC_FeFCC_Fe
7701.15711.9946
7501.13391.9551
7001.0771.8578
293 (RT)0.3250.5577

本文のFig.7の値の計算では,Debye-Waller因子の温度依存性は無視して,いずれの温度でも0.3一定とした。簡便な同定法を採用したので,ここでfγの同定に及ぼす集合組織とDebye-Waller因子の影響について,いくつかの方法で検討を加えた。変態の進行度を考えて代表的な温度のデータ(770,750と700°C:時分割番号で374,381と397番の回折プロファイル)を用いて,fγの同定法を吟味し,得られた主な結果をTable A2にまとめた。Trial A(Fig.7)の場合は,集合組織とDebye-Waller因子の影響を考慮した他のケースに比べて少し低い値になっている。Trial Bはランダム結晶配向(集合組織なし)と仮定してDebye-Waller因子の温度依存性を取り入れた結果である。より適当な方法と思われるTrial Cは,Fig.6の個々のhkl回折積分強度に対して式(A1)による集合組織補正を行った結果である。著者らが最も適当と考える方法はTrail Dであるが,本実験では2方向の測定データしかない。もし,もっと多く測定方向に検出器を設置してその場測定を行いTrail Dの方法を適用すれば,さらに信頼性の高い結果が得られる。

Table A2. Influence of determination methods on fγ at three representative temperatures.
Temperature (ºC)fγZ-RietveldMAUD
Trial ATrial BTrial CTrial D
770Average0.793010.8226860.8350190.840255
Error0.003900.0029360.031951
750Average0.6530480.6530490.6930330.676245
Error0.0036720.0049200.018675
700Average0.4071430.4495400.4566070.435697
Error0.0037100.0035670.010955
文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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