2020 年 106 巻 7 号 p. 488-496
The work hardening behavior and the change in the dislocation density of lath martensite at strain levels of less than 15% under uniaxial tensile loading were investigated. It was clarified that the work hardening rate and the multiplication of dislocation become more prominent as the solute carbon content increases. The change in the mobile dislocation density during deformation was evaluated by studying dynamic strain aging behavior, and it was found that the annihilation of mobile dislocations becomes slower at a higher carbon content. The findings were further examined by a modified Kocks-Mecking-Estrin model proposed in order to explicitly clarify the changes in the mobile and sessile dislocation densities during deformation. From the model-based analysis, it is also suggested that the solute carbon retards the formation of dislocation cells by reducing the mobility of dislocations. These findings were also corresponded well with the observation of the dislocation structure using a transmission electron microscope.
低炭素鋼ラスマルテンサイトは,鋼組織中で最大強度を示す組織であるため,1 GPaを超える超高強度鋼では必要不可欠な組織である。しかし,ラスマルテンサイトは一般に極めて低延性であるため,その適用範囲は制限されている。そのため,ラスマルテンサイトの変形挙動を明らかにしようとする研究が広く行わている1–12)。その結果,非常に高い初期転位密度や過飽和な固溶炭素などのラスマルテンサイトのユニークな特性が,その変形挙動に大きな影響を及ぼしていることが示唆されている。例えばNakashimaらは,超低炭素Ni鋼ラスマルテンサイトの非常に高い転位密度がその低弾性限界の原因であることを実証している。さらに,変形初期の段階で可動転位の急速な消滅も誘発することを明らかにしており,結果として10%未満の極めて低いひずみレベルで転位セルが形成されることを明らかにしている1)。一方で,Leslie and Soberは低温での極微小な引張変形下で,さまざまな炭素量のラスマルテンサイトの機械的特性を調査している。その結果,約10-3 s-1のひずみ速度で観測される降伏応力の負のひずみ速度依存性は,溶質炭素原子と可動転位の間の相互作用によって引き起こされる動的ひずみ時効によると結論付けている2)。
この様にラスマルテンサイトの特性とその変形挙動の関係を理解するため,多くの研究がなされてきたが,これらの研究では10%程度の大きな塑性変形は主に冷間圧延によって導入されたものであり,また,引張変形ではラスマルテンサイトは小さな塑性ひずみを示した後,容易に破断してしまうため,一軸引張試験で導入されるひずみレベルは降伏点付近に限られてしまっている。そのため,10%までの大きなひずみレベルにおけるラスマルテンサイトの局所変形挙動やひずみ硬化挙動は,いまだ完全には解明されていない。この状況を打破するため,本研究では,各層の適切な層厚と機械的特性を選択することでラスマルテンサイトを一軸引張下で50%を超えるひずみまで均一変形することが可能になる複層構造を採用した13,14)。複層構造の採用は,様々なひずみレベルでのラスマルテンサイトの変形挙動の詳細な解析が可能になるため,ラスマルテンサイトの局所変形挙動に関する多くの知見が近年得られている15–19)。
以上の背景のもと本研究では,ラスマルテンサイトのひずみ硬化挙動の理解に重点を置き,約10%程度のひずみレベルまでの転位密度の変化に対する,固溶炭素の影響を明らかにすることを目的に,複層構造を用いた一軸引張試験を行った。さらに可動転位密度の変化を低温での動的ひずみ時効効果を用いて明らかにし,更に修正Kocks-Mecking-Estrinモデルを提案することで,転位セル構造の形成速度に対する固溶炭素の影響を明らかにした。以下にその詳細を説明する。
ラスマルテンサイトの変形挙動に及ぼす固溶炭素量の影響を調査するため,炭素量の異なる4種類のマルテンサイト鋼を用意した。また,典型的なフェライトの変形挙動を得るための基準材料として,ナノ結晶フェライト(NCF)フィルムとIF鋼を用いた。 マルテンサイト鋼に10%を超える均一な伸びを与えるため,マルテンサイト鋼を高延性なオーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)と積層化することで複層構造の試験片を作製した。用いた鋼の化学組成をTable 1に示す。
C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Fe | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.001%C | 0.001 | 0.23 | 0.24 | 0.005 | 0.0004 | 16.0 | – | bal. |
0.06%C | 0.06 | 0.50 | 0.40 | 0.001 | 0.001 | 14.3 | 0.41 | bal. |
0.15%C | 0.15 | 0.21 | 0.20 | 0.001 | 0.001 | 13.2 | 0.001 | bal. |
0.32%C | 0.32 | 0.20 | 0.20 | 0.001 | 0.001 | 10.3 | 0.001 | bal. |
SS316L | 0.02 | 0.63 | 0.84 | 0.026 | 0.001 | 12.09 | 17.76 | bal. |
IF | 0.001 | 0.002 | 0.14 | 0.001 | 0.001 | – | – | bal. |
複層構造としては,1層のマルテンサイト層を2層のSUS316L層で挟む構造とした。なお,マルテンサイト層のオーステナイト化熱処理中に生じる炭素拡散を最小限に抑えるため,マルテンサイト層とSUS316L層の間にはNi薄膜を挿入した。複層材の厚さは,熱間圧延とそれに続く冷間圧延により1.0 mmまで圧下し,そのとき得られるマルテンサイト層の厚さを約150 μmに制御した。この様にして得られた複層材から引張試験片を機械加工により切出した。引張試験片の形状をFig.1に示す。機械加工後,試験片を1373 Kで120 s保持することで溶体化熱処理を施し,その後水冷した。さらに試験片を1273 Kで300 s保持した後,水焼入れによりマルテンサイト層にラスマルテンサイト組織を得た。等軸フェライト粒を得るために,IF鋼は1273 Kで300 s保持することでオーステナイト化した後,空冷した。IF鋼の引張試験片は複層材と同一形状とした。
Schematic illustration of tensile test specimens.
粒径が100 nm~500 nmのNCFフィルムはIF鋼基板上に作製した。鏡面研磨されたIF鋼表面に,厚さ1 μmの純銀層をスパッタ蒸着で形成し,さらにこの純銀層上に電子ビーム蒸着により超低炭素鋼の薄膜を形成した。得られた薄膜試料を773~923 Kで1時間保持することで,目的の粒径を得た。
2・2 総転位密度の推定手法変形中の様々なひずみレベルにおけるラスマルテンサイト中の転位密度は,X線回折11,20,21)により推定した。試験片にひずみ速度1.0×10-3 s-1で予ひずみを負荷した後,機械研磨により2層あるSUS316L層の一方を試験片から完全に除去することで,ラスマルテンサイト層をX線に露出させた。その後,総転位密度を以下の手順で推定した:
まず,次式(1)を用いて格子ひずみεを推定した20):
(1) |
ここで,βは十分に焼鈍されたIF鋼およびラスマルテンサイト層の(211)αピークの半値幅β0およびβ1を用いて以下の様に与えられる:
(2) |
次いで,転位密度を次式(3)で表されるWilliamson-Smallmanの式を用いて推定した21):
(3) |
ここで,bはバーガースベクトルの大きさであり,0.247 nmとした。本研究で用いたWilliamson-Hall(WH)法は,マルテンサイト鋼の転位密度を過大評価する傾向があることが報告されており,近年では修正Warren-Averbach法がより正確な推定のための代替方法として提案されている22)。しかし本研究では,転位密度の変化に関する従来研究との一貫性を考慮して,WH法を適用した1,11)。
2・3 可動転位密度の評価手法ラスマルテンサイトの可動転位密度は,動的ひずみ時効を調査することにより評価した。動的ひずみ時効は,固溶炭素が転位コアの近くに溶質雰囲気を形成するのに十分な易動度がある場合に,炭素原子が移動する転位に追いつくことで発生する。しかし,ひずみ速度が増加し,炭素原子が溶質雰囲気から脱落し始めると,動的ひずみ時効の効果は徐々に失われる。その結果,動的ひずみ時効は,降伏応力の負のひずみ速度依存性として観察され,炭素原子が移動する転位に追いつけない臨界ひずみ速度
転位芯の周りの溶質炭素原子の速度は次式(4)で与えられる:
(4) |
ここで,D,k,Tはそれぞれ炭素の拡散係数,ボルツマン定数,温度であり,rは炭素原子と転位芯の距離を表す23)。また,Aは材料定数であり,鉄中の固溶炭素では3×10-29 Nm2となる23)。従って,臨界ひずみ速度
(5) |
となることが分かる。ここで,ρmは可動転位密度であり,r0は転位芯の半径である。
動的ひずみ時効は低温でより顕著になることが知られているため,本研究では208 Kで一軸引張試験を実施した。この温度域では,転位芯近傍の炭素の拡散係数は約10-19-10-18 m2/s24)程度であると報告されている。ここでさらに,転位芯の半径がr0=10-9 m23)程度であることを考慮すると,変形中の可動転位密度が1014-1015 m-2程度であるとすれば,臨界ひずみ速度は約10-5-10-2 s-1程度と推定される。そこで本研究では,このひずみ速度の範囲で一軸引張試験を実施することとした。
まず,0%,5%,および10%の予ひずみを温度298 Kでひずみ速度10-3 s-1で試験片に負荷した。次に,除荷後に転位芯近傍に固溶炭素の溶質雰囲気を形成させることを目的として,298 Kで静的ひずみ時効処理を行った。3つの異なる時効時間に対する,炭素濃度0.32 wt%の低炭素マルテンサイト鋼からなる複層材料の真応力-真ひずみ曲線の例をFig.2に示す。9.0×104 s以降は応力-ひずみ関係に変化が無いことから,本研究では静的ひずみ時効は9.0×104 sでほぼ完了したと考えた。
Stress-strain curves of the multilayered steels with different strain aging times. (Online version in color.)
予ひずみの負荷ならびに静的ひずみ時効処理を行った試料に対し,208 Kにおいてひずみ速度10-5-10-2 s-1で一軸引張試験を実施した。
2・4 修正Kocks-Mecking-Estrinモデル変形中の軟鋼の転位の増殖および消滅は,次式(6)で示すKocks-Mecking-Estrin(KME)モデルによって良く説明されていることが知られている25):
(6) |
ここで,ρとdは総転位密度と平均粒径を表し,k1,k2,k3は材料定数である。式(6)の右辺の第1および第2項は,それぞれ転位間の相互作用および転位と粒界間の相互作用による転位の増殖を表す。また,第3項は動的回復による転位の消滅を表す。式(6)で用いられる総転位密度には可動転位密度と固着転位密度の区別はなく,ラスマルテンサイト中の転位セル構造の形成速度や,それによって生じる可動転位密度の減少は明示的に示されない。したがって,変形中の可動転位密度と固着転位密度の変化を個別に評価するためには,KMEモデルを微修正する必要がある。修正モデルの基本的な考え方は以下の通りである。なお,本モデルでは,簡単のため極小なひずみ領域で観察される可動転位密度の不安定で急激な減少1)は考慮しないものとする。
前述のように,KMEモデルでは総転位密度と可動転位密度の区別はないが,実際の現象では転位の増殖と消滅は可動転位のすべり運動によって引き起こされる。したがって,増殖および消滅の速度は,粒界などの障害物に遭遇する可動転位の頻度に比例すると考えられる。オロワンの式から,各可動転位が移動する平均距離lは,可動転位密度をρmとすると,微小なひずみdεに対してl=dε/ρmbと推定される。また,可動転位間の平均間隔sはρm-1/2に比例するため,可動転位同士の相互作用による増殖率はρml/s∝
(7) |
Schematic illustration of dislocation cell structure.
変形中の可動転位から固着転位への移行率は,転位の易動度と可動転位間の相互作用に比例すると考えられ26),以下の式(8)で与えられる:
(8) |
ここで,Xcは固溶炭素の質量分率であり,F(Xc)は固溶炭素量に依存した材料定数であり,後述のように実験で得られた総転位密度の変化から推定される。
上記のように,修正KMEモデルで用いられる材料定数k1,k2およびk3は,固溶炭素量の影響を受ける可能性が低く,本研究では一定であると想定した。つまり,固溶炭素が転位の増殖と消滅の両方に及ぼす影響は,式(7)の第3項のみで考慮されることとなる。これらの材料定数k1,k2およびk3と極低炭素鋼に対するF(Xc)の値は,様々な粒径の極低炭素鋼(NCFおよびIF鋼)から得られる総転位密度の変化に,修正KMEモデルを適用することで推定した。その後,極低炭素鋼から得られた材料定数k1,k2およびk3を用いて,炭素含有量の異なる複数のラスマルテンサイトの転位密度の変化を,修正KMEモデルに適用することで,固溶炭素量に対するF(Xc)の変化を導出した。
2・5 転位セルの形成透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて,ラスマルテンサイトの転位構造の変化を観察した。0~10%の予ひずみを与えた複層構造の試験片から,機械研磨により表層のSUS316L層を完全に除去することで,厚さ約80 μmのマルテンサイト層を抽出した。さらに,直径3 mmのディスク試料を切り出し,電解ダブルジェット研磨により薄膜サンプルを作製した。
ミクロ組織の寸法と各試料の初期転位密度をTable 2に示す。ブロック幅はマルテンサイト層の厚さよりも十分に小さいことが確認された。TEM観察により,本研究で使用したマルテンサイトでは,ラス幅は固溶炭素量には大きく依存せず約300 nm程度であることを確認した。
0.001%C | 0.06%C | 0.15%C | 0.32%C | |
---|---|---|---|---|
Block width (μm) | 16 | 13 | 10 | 6.0 |
Initial dislocation density (1015 m–2) | 3.8 | 5.2 | 6.8 | 7.0 |
等ひずみ混合則14)から推定されたラスマルテンサイトの真応力-真ひずみ曲線と,予ひずみに伴う総転位密度の変化をFig.4に示す。筆者らの従来の研究14)と同様に,推定された応力-ひずみ関係は対応する単層マルテンサイト鋼の応力-ひずみ曲線とよく対応した。固溶炭素量の増加により,加工硬化率と転位の増殖率が顕著に増大することが明らかになった。
True stress-strain curves (a) and the change in dislocation density with applied strain (b) of martensitic steels. (Online version in color.)
本実験結果と以前報告された結果11,27)を用いて,溶質炭素による固溶強化と転位強化が別々に推定することが可能となる。なお,ここでは強化の総量は各強化機構の単純合計であると仮定した。結果は以下の通りである:
(9) |
Hall-Petch強化など他の強化機構は,ラス幅が溶質炭素含有量にほとんど依存しないという事実を考慮して一定であると想定した。得られた結果は,従来の結果とよく一致しているものの5,11),溶質炭素強化係数にはわずかな違いがある。これは,従来の研究では,炭素含有量の違いによるラスマルテンサイトの初期転位密度の違いが考慮されておらず,転位強化の効果が無視されているためと考えられる28)。式(9)を用いて炭素の固溶強化分を差し引いて得られる,応力と転位密度の関係をFig.5に示す。Bailey-Hirschの関係が明確に示されており,炭素濃度に関係なく,転位密度がラスマルテンサイトの加工硬化挙動に大きな影響を与えることが理解できる。
Relationship between dislocation density and strength of lath martensite after subtracting the strengthening effect of solute carbon using equation (9).
10%の予ひずみを加えた複層試験片に対し,208 Kで実施した一軸引張試験により得られた応力-ひずみ曲線の一例をFig.6に示す。各ひずみ速度で降伏後,応力が徐々に減少する領域がある。これらの領域では,静的ひずみ時効により転位芯の周囲に形成されたコットレル雰囲気内の炭素原子の一部が徐々に転位芯を離れ始め,最終的には炭素原子の一部のみが移動する転位に追随できる状態になることを示している。その結果,Fig.6に示す応力-ひずみ曲線に示すように,ひずみ硬化速度がほぼ一定に回復する。この様に,208 Kでひずみ速度10-2 s-1の条件下における降伏点は,Fig.6の矢印で示されるように,弾性変形を表す線と最終の塑性変形に対応する線を外挿した線の交点から推定され,降伏応力の差∆σはFig.6に示されるように推定される。なお,∆σはマルテンサイト層とオーステナイト層の両方の降伏応力の変化の合計であるため,オーステナイト層の降伏応力の温度およびひずみ速度依存性を∆σから差し引く必要がある。また,動的ひずみ時効効果をより明確にするために,フェライト中の転位運動の温度およびひずみ速度依存性を差し引く必要があるが,これらはIF鋼を用いて取得された。以上を考慮して,マルテンサイト層における動的ひずみ時効の量∆σDSAα'は以下の式で推定された:
(10) |
Typical stress-strain curves of a multilayered steel specimen before and after strain aging schematically showing the derivation of ∆σ from stress-strain curves. (Online version in color.)
ここで,∆σγと∆σαはそれぞれ単層オーステナイトとIF鋼の温度およびひずみ速度依存性であり,fはマルテンサイト層の体積分率である。なお,∆σγと∆σαは多層鋼と同じ方法で評価した。すべてのひずみ速度に対して式(10)を適用することで推定した動的ひずみ時効の量を,Fig.7に示す。曲線は動的ひずみ時効のトレンドを示し,垂直線は後述する修正KMEモデルから推定された臨界ひずみ速度
Amounts of dynamic strain aging in (a) 0.06%C, (b) 0.15%C, and (c) 0.32%C steels. The values of
材料定数k1,k2,k3およびF(Xc)は,修正KMEモデルに実験で得られたNCFおよびIF鋼の転位密度の変化を適用することで推定した。これらの鋼の変形中の総転位密度の実際の変化と修正KMEモデルから推定された結果をFig.8(a)に示す。すべての曲線は同一の材料定数を用いて推定されており,修正KMEモデルの有効性を明確に示している。Fig.8(b)に示すように,推定された材料定数を使用して0.001%C鋼の焼入れおよび焼戻しマルテンサイトの総転位密度の変化も正確に予測できることも示された。これらの結果から,修正KMEモデルは,組織に関係なく同一材料定数を用いて,超低炭素鋼の総転位密度の変化が推定できると結論付けられた。以上の結果を踏まえ,低炭素マルテンサイトの総転位密度の推定にも,同一の材料定数k1,k2,k3を適用することとした。
Predicted total dislocation densities in (a) NCF and IF steels and (b) 0.001%C martensitic steels. Symbols indicate data points, while curved lines prediction by the modified KME model. (Online version in color.)
さまざまな固溶炭素量のラスマルテンサイトでは,総転位密度の変化はF(Xc)を未知数として推定した。修正KMEモデルを用いて得られた総転位密度の予測結果を実験値と共にFig.9に示す。また,修正KMEモデルによって推定された可動転位密度の変化をFig.10に示す。Fig.10から,固溶炭素量の減少に伴い,可動転位から固着転位への遷移が加速することが示唆される。予測された可動転位密度を使用して,
Predicted total dislocation densities of martensitic steels with different carbon contents. Symbols indicate data points, while curved lines prediction by the modified KME model. (Online version in color.)
Predicted change in mobile dislocation density with applied strain in martensitic steels for three different carbon contents. (Online version in color.)
Phase | Xc | k1 | k2 | k3 | F(Xc) | ρminitial (m–2) | d (µm) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Ferrite | 0.001 | 0.102 | 1.51 | 5.4 | 0.00952 | 1013 | 0.1 |
F | | | | | | | | | | | 1013 | 0.5 |
F | | | | | | | | | | | 1012 | 50 |
Martensite | | | | | | | | | | | 2.2×1015 | 0.3* |
Temper M | | | | | | | | | | | 6.8×1014 | | |
M | 0.06 | | | | | | | 0.00305 | 2.5×1015 | | |
M | 0.15 | | | | | | | 0.00220 | 3.6×1015 | | |
M | 0.32 | | | | | | | 0.00130 | 4.2×1015 | | |
* lath width (estimated by TEM observation) | indicates that the value is same as above
0%,5%および10%の各予ひずみに対し,転位セルの形成挙動に及ぼす溶質炭素の影響を明らかにするため,TEM観察によって調査した。変形前の全てのサンプルで典型的なラス構造が観察され,予ひずみの増加に伴い転位セルの形成が確認できた。特に,固溶炭素量が0.06%と0.15%のマルテンサイトにおいては,Fig.11(a)に示すように5%の予ひずみで転位セルが明確に観察されはじめ,10%の予ひずみで転位セルが広く分布することが確認できた。一方,固溶炭素量が0.32%の場合では,転位セルの形成は10%の予ひずみで確認できるものの,Fig.11(b)に示すように転位セルの明確な形成が観察されない領域が多く存在した。これらの結果から,転位セルの形成は,固溶炭素量のより低いマルテンサイトでは,より小さなひずみから始まると推測される。これらの知見は,動的ひずみ時効実験と修正KMEモデルから推定された可動転位密度の変化とよく一致する。さらに,この傾向はより固溶炭素量の低いフェライトにおいて,冷間圧延後の転位セルの形成がより明確に観察されたという報告とよく一致している29,30)。
Dislocation cell structures after 10% elongation in (a) 0.06%C and (b) 0.32%C steels.
予測に用いたF(Xc)と固溶炭素量XcはFig.12に示すように,反比例の関係にあることが分かる。一般に,可動転位は炭素原子からの摩擦力に逆らってすべり運動をするため,転位の易動度はラスマルテンサイトにおける固溶炭素原子間の平均間隔に比例すると考えられる。したがって,転位の易動度に比例するF(Xc)は,固溶炭素量Xcに反比例すると考えられる。
Relationship between Xc and F(Xc) used in the modified KME model. (Online version in color.)
ラスマルテンサイトの加工硬化挙動と転位密度の変化を調査することで以下の知見を得た。
(1)加工中の硬化率と変形中の転位の増加は,固溶炭素量が多いラスマルテンサイトでより顕著となる。
(2)動的ひずみ時効挙動の分析による可動転位密度の評価から,固溶炭素量の増加に伴う加工硬化速度の増加は,可動転位密度の減少速度の低下により説明できる。
(3)Kocks-Mecking-Estrinモデルおよび転位セル構造の形成に関する理論に基づき,変形に伴うラスマルテンサイトの可動および固着転位密度の変化を個別に予測できる修正KMEモデルを提案した。
(4)動的ひずみ時効から得られた結果と修正KMEモデルの予測精度から,固溶炭素が転位セルの形成速度を遅らせることにより,転位密度の増加率,すなわち加工硬化を促進することが示唆された。この結果はTEM観察の結果からも確認された。
本研究の一部は鉄鋼協会振興助成ならびにJSPS科研費(B)No.15H04151の助成によるものである。