Tetsu-to-Hagane
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Chemical and Physical Analysis
Exploring Unified Peak Separation of TDA Curves by Gaussian Distribution Function and Quantitative Analysis of the State of Hydrogen
Yutaka Tsuchida Tetsushi ChidaTomohiko OmuraDaisuke Hirakami
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2020 Volume 106 Issue 9 Pages 621-629

Details
Abstract

Thermal Desorption Analysis (TDA) was conducted at multiple research institutions on common specimens, after hydrogen charging with various methods. The specimens were SCM435 steel with/without pre-straining and Vanadium alloyed steel (V steel). Hydrogen charging methods were cathodic charging, soaking in FIP solution and exposure to cyclic corrosion test.

All the TDA spectra (TDA curves) were separated systematically by Gaussian distribution function with unified parameters that are independent to method of hydrogen charging or research institute. They were basically composed of hydrogen trapped by cementite other than dislocation and grain boundary. The pre-strained SCM435 steel contains additional hydrogen trap sites of vacancy and vacancy cluster together with micro-void. The V steel contains further two types of trap sites, regarding two types of V carbide.

The amount of trapped hydrogen was able to be analyzed quantitatively by Fermi-Dirac statistics considering entropy change as pre-exponential factor. It was shown to be controlled mostly by de-trapping process and should be changed according to the binding energy of trap site. This qualitative analysis was favorable for restoring the released hydrogen before TDA measurement.

1. はじめに

鉄鋼材料が腐食環境や水素ガス環境に曝されると,水素が侵入し破壊への抵抗性が損なわれる。これは,水素脆性あるいは水素脆化として知られ,応力とともに水素が主要な支配因子である。水素添加には酸溶液に浸漬することが多い1)。PC鋼棒の水素脆化試験には,NH4SCN水溶液への浸漬が用いられる2)。中性や酸性,そしてアルカリ性の水溶液中で陰極電解により水素を添加する方法も提案されている3)。吸蔵水素すなわち鋼材に侵入した水素量は,昇温脱離分析(Thermal Desorption Analysis, TDA)により測定されることが多い。材料への応力の負荷には,定荷重試験や低ひずみ速度引張試験が用いられることが多く,破断応力と水素量の関係で感受性が調査される。ある応力下で破断が生じない最大の水素量を定荷重試験により決定しておき,環境からの水素侵入を乾湿繰り返し試験により求め,両者の比較から自然環境での破断の有無を評価4)するなどが提案されている。

鋼中での水素は格子中に均一に存在するのでなく,各種の格子欠陥などに一時捕捉(トラップ)され不均一に分布している。このような水素の存在状態,すなわちトラップサイトの種類とトラップされた水素量(トラップ水素量)は,水素脆性と密接につながっていると考えられる。吸蔵水素の全量を定量するだけでなく,その水素の存在状態についての情報が望ましい。

昇温脱離分析(TDA)で得られた水素放出曲線(TDA曲線)に対してガウス分布を適用し,トラップサイト毎にトラップ水素量を分離定量することにより,水素の存在状態を調査することが試みられている。これにより,水素の存在状態と水素脆化の関わりが明らかされることが期待される。しかしながら,TDA曲線は測定機関や測定装置による変動が大きく,ピーク分離による存在状態の決定が難しいと考えられがちである5)

共通素材を用いて多数の研究機関がそれぞれの得意とする試験技術や試験装置を用い,種々の方法での水素チャージしTDAにより水素分析を行う「水素脆化研究の基盤構築」研究会での共同研究が日本鉄鋼協会にて2009年度から2012年度まで実施された6)。本報では,この共同研究で得られたTDA曲線について,上記のガウス分布を使ったピーク分離を施し,その手法の汎用性確認を行った。また,ピーク分離で得られたトラップ水素量を用い,Fermi-Dirac統計により水素の存在状態について定量的な解析を行った。この解析はエントロピー変化を考慮した前指数因子を含めており,この前指数因子の物理的な意味合いを考察した。

2. 実験方法

2・1 供試材

共通素材として,JIS-SCM435 鋼ならびに約0.3%のVを含有する水素トラップ鋼(V鋼)を用いた。化学成分をTable 1に示す。直径10 mmのSCM435鋼線材に,誘導加熱により880°C焼入れと745°C焼もどしを行い,引張強さを1103 MPaとした。V鋼については,直径16 mmの線材に,920°Cの焼入れ,600°Cの焼もどし処理を施し,引張強さを1443 MPaとした。SCM435鋼およびV鋼とも,焼もどしマルテンサイト組織となっている。さらに,上記のSCM435鋼線材について,焼入れ焼もどし後に冷間伸線により9 mmに減径にした材料(予ひずみ材)も試験に供した。

Table 1. Chemical compositions of the steels.
(mass%)
MaterialCSiMnPSCrMoV
SCM4350.350.240.790.0230.0161.090.15
V steel0.410.200.700.0050.0051.190.650.30

2・2 水素チャージ試験

上記の供試材から直径8 mm,長さ30 mmの試験片を採取し各種の水素添加試験に供した。いずれの試験でも,600番エメリー紙までの研磨を行なった後に水素添加を行った。水素添加直後の試験片を液体窒素または-80°Cの冷凍庫に保管し,水素の逃散を防止した。

水素添加方法は,3 g/ℓのNH4SCN(チオシアン酸アンモニウム)を加えた3%NaCl水溶液中での陰極電解(電流密度を0.1あるいは1 mA/cm2,常温),50°Cの20%NH4SCN水溶液への浸漬試験(FIP2)試験),およびJASO M 609-9119)に従い,塩水噴霧(35°C,5%NaCl)2 h,乾燥(60°C,RH20~30%)4 h,湿潤(50°C,RH95%以上)2 hのCCT(Cyclic Corrosion Test,サイクル腐食試験)である。試験時間は,陰極電解試験とFIP試験は48時間,CCTは336時間である。これらは異なった研究機関で分担実施され,水素添加方法により侵入した水素量も広範囲に変化していた。

2・3 昇温脱離分析

水素添加試験により試験片に侵入し吸蔵された水素量を,TDAにより測定した。TDAの前に,エメリー紙による研磨,アセトン洗浄,および乾燥を行った。水素分析は,ガスクロマトグラフ(GC)を用いて各研究機関で実施された。昇温速度は100°C/hとし,600°Cまで分析を行った。測定後,試験片をチャンバー内に入れたまま再度TDA測定を行い,得られた値をバックグラウンドとして最初の測定値から差し引いた。

3. TDA曲線の解析結果

3・1 SCM435鋼(無ひずみ材および予ひずみ材)

3・1・1 ガウス分布によるピーク分離

SCM435鋼の無ひずみ材および予ひずみ材のTDA曲線をFig.1およびFig.2に示す。無ひずみ材の放出は100°C辺りが最大値となる一山の形状であり,水素放出の終了は約200°Cである。放出速度は,1 mA/cm2の陰極電解のものが最も大きく,FIP試験,CCTの順で低下する。CCTおよび0.1 mA/cm2の陰極電解の試料ではかなり小さい。

Fig. 1.

Hydrogen desorption curves for unstrained SCM435 steel.

Fig. 2.

Hydrogen desorption curves for pre-strained SCM435 steel.

Fig.2の予ひずみ材では,1 mA/cm2の陰極電解やFIP試験のTDA曲線で,無ひずみ材と同じく100°C辺りが最大となるが,350°C辺りまで放出が続くことが異なっている。水素放出が少ないCCTや0.1 mA/cm2の陰極電解では,100°C辺りより350°C辺りの放出速度が大きくなっている。予ひずみの付与により,性格の異なる新しい水素トラップサイトが形成され,水素の存在状態が変化することがうかがえる。

このような水素の存在状態を定量的に評価するため,ガウス分布を用いてTDA曲線のピーク分離を行い,各ピークの面積から各サイトにトラップされた水素量を算出した。このようなピーク分離に際し,

(1)実測のTDA曲線は,異なるトラップサイトからの放出曲線の重ね書きで再現できる,

(2)各トラップからの放出曲線はガウス分布で表現できる,

(3)ガウス分布のピーク温度とピーク幅(標準偏差)はトラップ毎に一定値である,

と仮定した。なお,この標準偏差に当たるピーク幅(PW)は,半値全幅(FWHM)とFWHM=2ln(2)×PWの関係にある。これらの有用性は,S45C鋼焼ならし材,SCM435鋼焼入れ焼もどし材で実証的に確認7,8)している。さらに,McNabb-Foster式を組み込んだ反応型拡散方程式による数値シミュレーションに基づき正当性を確認している9)

ピーク分離のためのパラメータを決定するのに際し,Chidaら10)のSCM435鋼の低ひずみ速度引張試験(SSRT)後のTDA曲線に対するピーク分離11)で得られたパラメータを基にし,試行錯誤的に決定した。本報でのTDA曲線は,多くの研究機関が分担実施したものであるが,Table 2に示すピーク温度(PT)とピーク幅(PW)で統一的に分離できた。基準としたSSRT後をReference,無ひずみ材および予ひずみ材ものをUnstrainedおよびPre-strainedとして,Table 2にまとめている。ピーク温度間の対比をFig.3に示す。また,ピーク分離例をFig.4に例示している。水素添加方法や予ひずみにより,水素量だけでなく放出曲線の形状が大きく変化するにも関わらず,統一したピーク温度とピーク幅とすることができた。

Table 2. Summary of peak temperature (ºC) and peak width (ºC) for SCM435 steel.
A0A1A2BCD
ReferencePT5397128152178
PW2018171516
UnstrainedPT5696134
PW242424
Pre-strainedPT5696134160203275
PW242424203434
Fig. 3.

Correlation between peak temperatures of present peak separation and the reference for SCM435 steel. “Peak temperature of the present” includes both “unstrained” and “pre-strained”.

Fig. 4.

Example of peak separation by Gaussian distribution for pre-strained and charged with hydrogen cathodicaly at 1 mA/cm2.

無ひずみ材のTDA曲線は,A0,A1およびA2と名付けたトラップサイトによるものである。A1は転位,A2は粒界である7,8)Fig.4に例示されるように,トラップサイトA0からの水素放出は常温に近い低温で生じる。炭素含有量の異なる鋼を用いた水素透過実験で,セメンタイトの水素トラップ作用が観察されている12)。このセメンタイトと水素の結合エネルギーが転位と水素の結合エネルギーより小さい12)ことからA0トラップサイトがセメンタイトによるものと推察される。また,セメンタイトによる水素トラップはHong and Lee13)によっても報告されている。

予ひずみ材のTDA曲線には350°C辺りまで棚が形成されており,レファレンス11)であるSSRT後のTDA曲線を構成する空孔(B)および空孔クラスター(C)のトラップサイトだけでは,300°C以上の放出が再現できない。新たなトラップサイト(D)からの水素放出が必要となる。空孔クラスターより高温で放出されるトラップ水素である。伸線では直径10 mmから9 mmまでの減面率19%と大きな変形が加えられており,この際に生じたマイクロボイドが水素をトラップするものと推察される。

3・1・2 水素存在状態

各ピークの面積からトラップ水素量を算出し,全水素に対してプロットした。無ひずみ材の結果をFig.5,および予ひずみ材の結果をFig.6に示す。A0,A1およびA2の各トラップ水素量(A0,A1およびA2水素量)は全水素量とともに増加するが,CおよびD水素量は全水素量が1 ppm未満で飽和傾向を示し全水素量が増してもほとんど増加しない。B水素量は少ないが,飽和傾向を示さない。A0水素量は全水素量が6 ppmを超えるあたりでは極めて増加している。

Fig. 5.

Correlation between the amount of trapped hydrogen and total hydrogen. (Unstrained SCM435 steel)

Fig. 6.

Correlation between the amount of trapped hydrogen and total hydrogen. (Pre-strained SCM435 steel) (Online version in color.)

3・2 V添加鋼

3・2・1 ガウス分布によるピーク分離

Table 1に記載のV添加鋼(無ひずみ材)を用い,3・1節のSCM435鋼と同様に各種の水素添加を行った。これらはそれぞれ異なる機関で実施された。また,TDA測定もGCにより個々に実施された。

TDA曲線をFig.7に示す。無ひずみ材であるが,TDA曲線は320°C辺りまで続いている。放出速度は,1 mA/cm2の陰極電解が最も大きく,FIP試験,CCTの順である。0.1 mA/cm2の陰極電解の放出速度が小さい。

Fig. 7.

TDA desorption curves of V steel.

3・1節と同じくTDA曲線をガウス分布によりピーク分離した。Chidaらの報告10)のV添加鋼の低ひずみ速度引張試験(SSRT)後のTDA曲線に対するピーク分離11)の際のパラメータを基にし,試行錯誤的にピーク分離を行った。ピーク分離例をFig.8に例示する。ピーク温度とピーク幅を,基にしたパラメータ(Reference)とともにTable 3に示す。これらのピーク温度間の対比をFig.9に示す。両者は良い対応をしている。これらのTDA放出曲線は各種の研究機関で分担実施したものであるが,統一的にピーク分離することができた。

Fig. 8.

Example of peak separation by Gaussian distribution functions.

Table 3. Peak temperature and peak width (ºC) for V steel.
A0A1A2V1V2
Reference
V steel
PT107132157212
PW16203445
Present
V steel
PT5698132161212
PW2625243245
Fig. 9.

Correlation between peak temperatures.

3・2・2 水素存在状態

各ピークの面積からトラップ水素量を算出し,全水素に対してプロットした。Fig.10中に示す。A0,A1,A2およびV1の各水素量は全水素量とともに比例的に増加するが,V2水素量は全水素量が増加すると飽和傾向を示す。ここで,V1はマトリクスと非整合なV炭化物,V2はマトリクスと整合なV炭化物であると推定している14,15)

Fig. 10.

Relation between trapped hydrogen and total hydrogen. They are compared with peak separation and calculation based on Fermi-Dirac statistics.

4. Fermi-Dirac統計による水素存在状態の記述

鋼中での水素は速く拡散し,トラップ水素と固溶水素間で平衡状態に達しやすい。この平衡は,Fermi-Dirac統計で表される16)。格子間サイトでの水素の占有率をθL,i番目のトラップサイトでの水素占有率をθiとすると,

  
θL=θi1θiexp(Eb,iRT)(1)

で表される。Eb,iは結合エネルギーである。エントロピー変化を考慮すると前指数因子1/βiを用いて,

  
θL=θi1θi1βiexp(Eb,iRT)(2)

式(2)でθiが1より十分に小さい時,

  
θL=θiβiexp(Eb,iRT)(3)

式(2)あるいは式(3)をθiについて表すと,

  
θi=θLβiexp(Eb,i/RT)1+θLβiexp(Eb,i,/RT)(4)
  
θi=θLβiexp(Eb,iRT)(5)

トラップiの水素濃度Hi(ppm)は,トラップサイトの数密度Ni(1/m3)を用いて,

  
Hi=αNiθLβiexp(Eb,i/RT)1+θLβiexp(Eb,i/RT)(6)
  
Hi=αNiθLβiexp(Eb,iRT)(7)

である。αはトラップされた水素原子の数密度(1/m3)をトラップ水素量(mass-ppm)に換算する数値であり,2.13×10-25である。

各トラップ水素量Hiは,θL,Eb,iおよびβiにより式(6)あるいは式(7)で計算される。格子間サイトに存在する水素量HLはトラップ水素量Hiと比べて小さく無視できると考え,全水素量Htはトラップ水素量Hiを用いて,

  
Ht=Hi(8)

である。

式(6)あるいは式(7)において,エントロピー因子すなわち1/βiが大きくなると,βiが小さくなりHiが減少する。すなわち,エントロピーの増加はトラップされる水素量を減少する方向に作用する。

5. トラップ水素量のFermi-Dirac統計による当てはめ

5・1 SCM434鋼

TDAの解析から得られるHiとHtの関係を,式(6)~式(8)を用いてFermi-Dirac統計での当てはめを行った。この当てはめに際して,SCM435鋼無ひずみ材から開始した。A1トラップおよびA2トラップのトラップサイト密度は以前に報告しているMcNabb-Foster式によるTDA放出曲線の再現9)での値を用い,それぞれ2×1026/m3および2×1024/m3とした。A1およびA2のトラップサイトと水素とのデトラップの活性化エネルギーEaiからトラップの活性化エネルギーQを差し引いて結合エネルギーEbiをそれぞれ23 kJ/molおよび34 kJ/molと定めた。A0トラップについては,Hagi17)を参考として17 kJ/molとした。これらのトラップサイトはあまり強いものでなく,トラップによりエントロピーが変化しないものと考えβ=1であるとし,式(7)を用いてトラップ水素量Hiを計算した。当てはめの状況をFig.5中に,その際のパラメータをTable 4に示す。

Table 4. Binding energy and number density of each trapping site for unstrained specimen.
TrapEB, (kJ/mol)N (m–3)β
A0172 × 10271
A1232 × 10261
A2342 × 10241

Fig.5中のA0について,ピーク分離結果とFermi-Dirac統計による当てはめ結果を抜き出し,Fig.11に対比している。同図が示すように,7 ppm辺りにあるプロット点に合わせてFermi-Dirac統計でのA0水素を計算すると,4 ppm辺りのプロット点が大きく下回ることになる。水素添加終了からTDA測定開始までの試験片の取り扱い時に水素が脱離したためと考えられる。全水素量が4 ppm辺りは,FIP試験での結果であり,添加温度が50°Cと高いことが一因であろう。試料表面での脱離速度に一定の上限があると考えると,全水素量が7 ppm程度と多い場合(1 mA/cm2陰極電解)では,脱離速度が抑制されて水素脱離が遅れ,添加された量のほぼ全量が測定されたと推察される。

Fig. 11.

Correlation between the amounts of A0 hydrogen and total hydrogen. Solid line represents the results determined by Fermi-Dirac statistics.

次いで,SCM435鋼予ひずみ材についての当てはめを行った。ピーク分離で,トラップサイトとしてB,CおよびDの三種類が増している。A0,A1およびA2トラップサイトと水素との結合エネルギーは無ひずみ材と同じとした。βiについても1とした。新たなトラップサイトについては,文献値1820)をもとに結合エネルギーを45 kJ/mol,68 kJ/molおよび75 kJ/molとした。これらは強いトラップでありβi<1すなわち前指数因子1/βi>1とした。トラップ水素量Hiの計算に式(6)を用いた。トラップサイトCおよびDについては,飽和傾向の曲線であることから,βiとNiは容易に決定できた。トラップBについては,βi=5×10-3として,Niを決定した。当てはめの様子とパラメータをFig.6およびTable 5に示す。

Table 5. Binding energy and number density of each trapping site for pre-strained specimen.
TrapEB, (kJ/mol)N (m–3)β
A0179 × 10271
A1234.5 × 10261
A2344 × 10241
B454 × 10245 × 10–3
C683 × 10242 × 10–2
D752.3 × 10242 × 10–6

5・2 V添加鋼

V添加鋼について当てはめを行った。トラップサイトA0,A1およびA2の結合エネルギーはSCM435鋼と同一とした。V1およびV2については,別報21)で得た値を参考に,結合エネルギーEb,iを38 kJ/molおよび63 kJ/molとした。当てはめの様子をFig.10に,パラメータをTable 6に示している。

Table 6. Binding energy and number density of each trapping site. (V steel)
TrapEB, (kJ/mol)N (m–3)β
A0172 × 10271
A1234 × 10261
A2342 × 10241
V1382.4 × 10285 × 10–5
V2631.7 × 10252 × 10–5

Fig.10から,ピーク分離によるトラップ水素量とFermi-Dirac統計による計算結果とがよく一致する。A0については,全水素量が10 ppm辺りで一致するようにトラップサイトの数密度を決めると,全水素量が7 ppm辺りより少なくなると,測定値が計算値を下回っている。SCM435鋼の場合と同じく,水素添加終了からTDA測定開始までの間に水素が脱離したためと考えられる。

このような脱離がない場合のTDA曲線をCCTの場合(Fig.10で全水素量が約3 ppm)について推定してみる。現行のピーク分離では,A0水素量は0 ppmである。Fig.10のFermi-Dirac統計によるとA0水素量として0.2 ppmが期待される。A0水素のピーク温度およびピーク幅としてTable 3の値を用いると,Fig.12中の破線の曲線が推定される。

Fig. 12.

Comparison of experimental desorption curve with that after correction.

6. 考察

3章において,ガウス分布を利用してトラップ水素量を分離した。さらに5章において,このトラップ水素量がFermi-Dirac統計により定量的に解析できた。4章に示したように,本報のFermi-Dirac統計にはエントロピー変化を考慮した前指数因子を含まれるのが特徴である。本節では,この前指数因子を物理的に解釈することを狙い,反応速度の観点から考察する。

次の水素とトラップサイトの反応を考える。

  
H+[][H](9)

ここで,Hは格子サイトの水素,[ ]は空のトラップサイト,[H]は水素と結合したトラップサイトであり,それぞれのサイトの濃度(占有率)はθL,1-θiおよびθiで表される。右向きはトラップ反応,左向きはデトラップ反応であり,それぞれの反応速度定数をkiおよびpiとすると,トラップおよびデトラップの反応速度は,

  
kiNL(1θi)=k0,iexp(QRT)NL(1θi)(10)
  
piθi=p0,iexp(Ea,iRT)θi(11)

ここで,QおよびEa,iはトラップとデトラップの活性化エネルギーであり,Rはガス定数,Tは温度である。式(7)と式(8)を等置して,θLについて表すと,

  
θL=p0,ik0,iNLθi(1θi)exp(Ea,iQRT)(12)

ここで,水素とトラップサイトの結合エネルギーEBを用いると,Ea,i-Q=Eb,iであり,式(12)は

  
θL=p0,ik0,iNLθi(1θi)exp(Eb,iRT)(13)

式(13)を式(1)と比較すると,

  
1βi=p0,ik0,iNL(14)

式(14)より,エントピー因子1/βiがトラップおよびデトラップの反応速度に関連付けられる。通常,p0,i=k0,iNL22)と考えられることが多い。これは,式(14)で1/βi=1の場合にあたり,エントロピー因子を考慮しないことに対応する。6章の当てはめではA0,A1およびA2の弱いトラップではβi=1であったが,B,C,あるいはDサイトのような強いトラップサイトでは,Table 2で示されるように,βiが1×10-5程度と小さく,エントロピー因子1/βiが大きくなっている。これは,p0,i=k0,iNLが常に成り立つとの通説と相容れない。この矛盾に対して,p0,iとk0,iを個々に吟味することにより考察する。

Choo and Lee23)は式(11)のp0,iおよびEa,iを実験的に求めている。θi=1の状態から一定速度φで昇温する際の放出速度が最大となる温度TPの間の式(15)の関係を導いた。

  
EaR(φTp2)=p0,iexp{Ea,iR(1TP)}(15)

ln(1/Tp)に対してln(φ/Tp2)をプロットすること,すなわちChoo-Leeのプロットを行うことにより,傾き∆が-Ea,i/Rであり,y切片ycがln(p0,iR/Ea,i)となり,Ea,iおよびp0,iを求めることができる。すなわち,

  
Ea,i=ΔR(16)
  
P0,i=(Ea,i/R)exp(yc)(17)

Fig.13に0.3 mm厚および直径5 mmの焼もどしマルテンサイト鋼のTDA曲線8,9)をA1およびA2のトラップサイトでの放出にピーク分離し,各ピーク温度と昇温速度を用いてChoo-Leeプロットを比較したものである。これらでのトラップの活性化エネルギーとデトラップの速度定数を求めた。Table 7にまとめている。厚さ0.3 mmでも直径5 mmでも,トラップサイトA2はトラップサイトA1よりデトラップのエネルギーEa,iが大きく水素を強くトラップしている。これに応じてp0,iは20~30倍大きくなっている。トラップサイトがB,CそしてDと変化し水素との結合エネルギーが大きくなると,p0,iが幾何級数的に大きくなっていくことが推察される。

Fig. 13.

Choo-Lee plots for 0.3 mm thick specimen and 5 mm diameter specimen. Both A1 and A2 trapping sites are shown for both of them.

Table 7. Summary of Choo-Lee plot. (0.3 mm thick and 5 mm diameter)
Trap site0.3 mm thick5 mm diameter
Ea, kJ/molp0, 1/sEa, kJ/molp0, 1/s
A1279.9 × 101287.6 × 100
A2383.1 × 103401.8 × 102

一方,式(11)のk0,iは,p0,i場合のように実験で求めることができない。k0,iは式(10)での前指数因子であり,格子サイトでの水素の振動周波数に依存する24)。これは,k0,iがトラップサイトの種類iに依存しないことを意味する。

以上の検討から,p0,iはトラップの種類に依存するのに対し,k0,iはトラップの種類にほとんど影響されない。したがって,式(14)から,1/βiすなわち前指数因子は主としてp0,iに依存し,トラップのエネルギーが大きくなると,前指数因子を大きくするのが妥当であり合理的である。

7. まとめ

鉄鋼協会の研究会で,多数の研究機関が種々の方法で共通素材に水素添加しTDA測定が行われている。試料はSCM435鋼(無ひずみ材,予ひずみ材)およびV添加鋼(無ひずみ材)であり,水素添加は陰極電解,FIP試験,CCT曝露であった。これらでの結果を対象に,ガウス分布を用いて水素存在状態を調査し,Femi-Dirac統計により解析を行った。この手法の汎用性を明らかにするとともに,水素存在状態調査への有用性を示した。

(1)SCM435鋼無ひずみ材では,セメンタイト,転位および粒界の各サイトにトラップされた水素,予ひずみ材では,さらに空孔および空孔クラスターにトラップされた水素に加え,マイクロボイドにトラップされた水素が存在した。V添加鋼では,セメンタイト,転位および粒界にトラップされた水素に加え,二種類のV炭化物にトラップされた水素からなっていた。

(2)これらのTDA放出曲線は,水素添加方法や測定機関によらない統一的なピーク温度およびピーク幅で統一的にピーク分離できた。この分離により各トラップサイトでの水素量(トラップ水素量)を決定した。

(3)各トラップ水素量は,エントロピー変化を考慮した前指数因子を含むことを特徴とするFermi-Dirac統計で定量的に再現できた。

(4)セメンタイトにトラップされる水素は放出されやすく減少して測定されるが,Fermi-Dirac統計による解析は,添加時の状態を再現するのに適していた。

(5)上記の前指数因子の物理的意味合いを考察し,主としてデトラップ挙動により支配されていることを示した。トラップサイトと水素との結合エネルギーに応じて前指数因子を変化させる必要がある。

謝辞

本報の解析に用いた成果は,日本鉄鋼協会における研究会「水素脆化研究の基盤構築」で取得されたものであり,本報の解析にあたり種々ご教示をいただきました。また,とりまとめについても多くの御厚情をいただきました。下記の元上智大学鈴木啓史氏,日本精工(株)山田紘樹氏,NTN(株)三輪則暁氏,愛知製鋼(株)渡邊義典氏,JFEスチール(株)岩本隆氏,神戸製鋼(株)漆原亘氏の諸氏に感謝申し上げます。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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