鉄と鋼
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分析・解析
ICP-MSによる高純度鉄中微量元素の同時定量における鉄高選択性固相抽出樹脂の応用
塚原 秀和 中島 陽一
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2021 年 107 巻 10 号 p. 806-813

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Abstract

In this study, we developed a separation method to extract iron from steel solutions using a solid phase extraction resin to determine the composition of trace elements in high-purity steel, with the aid of inductively coupled plasma mass spectrometry (ICP-MS). The acidic solution of steel was passed through the resin and amounts of the trace elements were determined by analyzing the eluate. To obtain optimum analytical conditions, maximum amount of iron was extracted into the resin and the effects of the acid species used to decompose the steel, and their concentrations were examined. Methods to reuse the resin were also investigated. Under optimal conditions, the quantities of many elements such as Mn, Ni, Cr, Cu, Co, Al, As, Bi, Mg, Ce, La, Se, Pb, Sb, Te, Zn, and Cd were determined. However, some elements such as Mo, Sn, and W, which were dissolved as oxyacid anions, were extracted into the resin, in addition to iron. The estimated amounts of trace elements in reference materials of high-purity steel were found to be in good agreement (in the order of μg/g) with the certified values.

1. 緒言

最近,鉄鋼材料の高機能化,高純度化とともに,含有微量元素の高感度,高精度分析の要望が高くなっている1,2)。μg/gオーダーでの元素分析では,主成分である鉄が分析感度の低下や測定対象元素への干渉を引き起こすため,鉄と測定目的元素との分離が行われることが多い。分離手法は,測定対象元素を選択的に捕集し系外へ取り出すものと,鉄のみを取り除き,測定目的元素を溶液内に残存させるものの2つに大別され,溶媒抽出35),イオン交換分離69),共沈分離10),固相抽出分離1113)など様々な方法が試みられている。

主成分の鉄を分離する手法としては4-メチル-2-ペンタノン(MIBK)を用いた溶媒抽出法1416)により高濃度塩酸溶液から有機相に鉄を分離し,水相の残留元素を分析する手法が広く用いられている。この手法では,高マトリックスである鉄を取り除いた水溶液をそのまま測定できるという利点を有する。しかし,煩雑であり,操作環境からの汚染を受けやすいなど,操作に関する熟練性が求められる。加えて,鉄量増加に従いMIBKも多量に必要となることや,有機溶媒による人体への影響などの問題がある。また,近年,熟練分析技術者の減少による分析のスキリフリー化,簡便化が課題となっている。

このような課題を解決するため,固相抽出樹脂を用いた分析手法の研究開発が行われている。固相抽出分離では,イミノ二酢酸をはじめとする多種多様な官能基を持つ材料が開発され,様々な分野で利用されている17)。その中で18-クラウン-6では鉛に親和性を持つ性質により鉛選択性樹脂が開発されており,鉄マトリックスとの分離に使用され,サブμg/gオーダーの鉛の分析が行われている18)。一般的な固相抽出樹脂を用いた鉄鋼材料の元素分析1921)では,最初に分解溶液を固相樹脂に通液して目的元素のみを捕集し,続いて溶離液を通液して目的元素を回収,測定している。本研究では,市販されているもののうちFe3+イオンを選択的に分離することが可能な鉄高選択性固相抽出樹脂に着目した。この固相樹脂に分解溶液を通液して主成分の鉄を吸着,除去し,樹脂を通過した溶液を直接誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)により測定することで,簡便に鉄鋼材料中の微量元素分析を可能とする手法開発を行った。今回用いた樹脂の大きな特徴としては,1 mol/dm3程度の酸濃度での鉄分離が可能な点にある。一般的なICP-MS測定では,物理干渉,マトリックス干渉などの非スペクトル干渉や装置への悪影響を防ぐため,試料中の酸の濃度は最大2 mol/dm3程度に制限される22)。この点から,高濃度の酸溶液を用いる従来の固相抽出分離においては分離後の希釈操作が必須であったが11),この固相抽出樹脂では希釈操作なしにそのまま分析が可能となる。この樹脂を用いて,高純度鋼の酸分解溶液に対して分離操作を行い,鉄の分離および,日本鉄鋼認証標準物質高純度鉄シリーズの分析成績表に記載されているμg/gオーダーの不純物元素元素中の28元素(Si, Mn, P, Ni, Cr, Mo, Cu, W, V, Co, Ti, Al, As, B, Bi, Cd, Ce, La, Mg, Se, Nb, Pb, Sb, Sn, Ta, Te, Zn, Zr)についてICP-MS分析による定量分析に関する研究を行った。

2. 実験

2・1 装置

分析装置はICP-MS(Thermo Scientific社製 X series 2)をTable 1に示す条件下で用いた。Seに関してはコリジョン・リアクションセル23)を用いてArの干渉を除去して測定を行った。鉄の除去操作時は,GL Sciences社製固相カラムを同社製自然落下マニホールドに装着し,ルアーストップバルブ開度を変化させることで抽出速度を調整した。

Table 1. Operating conditions of ICP-MS.
Parameter Value
RF Power 1.3 kW
Plasma gas flow (Ar) 13 dm3/min
Auxiliary gas flow (Ar) 0.70 dm3/min
Carrier gas flow (Ar) 0.88 dm3/min
CCT gas flow (7% H_2 + 93% He) 6.5 cm3/min

2・2 試薬と器具

検討のための高純度鉄としては日本鉄鋼連盟日本鉄鋼認証標準物質JSS003-7を用い,塩酸,硝酸(関東化学製Ultrapur-100)および過塩素酸(関東化学製原子吸光分析用)を用いて分解した。水は逆浸透膜により一次処理した水をMILLIPORE(現Merck)製Milli-Q Element A10で二次処理したものを用いた。塩酸・硝酸混合溶液は塩酸,硝酸および水を体積比1:1:2の割合で混合することで調製した。塩酸,硝酸での分解の際には50 cm3容量のPFA製遠沈管を用い,ブロックヒーターで加熱した。過塩素酸で分解する場合は,石英ビーカーを用い,ホットプレート上で王水分解後,過塩素酸を加え白煙発生まで加熱した。分解後の溶液はともにポリプロピレン製遠沈管GL Sciences社製DigiTUBEs 50cm3で定容した。

検量線作成用の標準液にはSPEX社製ICP用汎用混合液XSTC-622Bを用いた。濃度の高い元素およびXSTC-622Bに含まれない元素であるMn, Ni, Cr, Cu, Co, Ti, Al, B, Bi, Ce, La, Ta, Teおよび主成分の鉄の分析においては,富士フィルム和光純薬製原子吸光分析用標準液を適時希釈して加えた。

固相樹脂にはシリカ系基体のGL Sciences社製MetaSEP AnaLig TE-0824)を用いた。この樹脂1.5 gを内径1.6 cm,長さ8cm,容量12 cm3のカラムに充填し,溶存鉄の捕集操作に供した。樹脂の洗浄に同仁科学研究所社製EDTA二アンモニウム塩,キシダ化学製特級アンモニア水を用いた。

2・3 操作

固相樹脂を用いた溶存鉄の捕集操作は以下の手順で行った。まず使用する酸のみのブランク溶液50 cm3を自然落下速度で通液することで樹脂のコンディショニングを行った後,分解溶液10 cm3を0.5 cm3/minの速度で通液した。流出液の最初の5 cm3は廃棄し,残りすべてを回収して分析に供した。酸濃度が1~2 mol/dm3の場合はそのまま分析を行い,それ以上の濃度の場合は水を用いて1 mol/dm3に希釈したのち,分析を行った。

捕集後の固相樹脂の再生は,6 mol/dm3塩酸,アンモニア溶液を用いてpHを約8.5に調整したEDTA二アンモニウム塩10 g/dm3溶液および水それぞれ10 cm3を0.5 cm3/minの速度で通液することで行った。

3. 結果および考察

3・1 最適鉄捕集量の検討

分析時の鉄の影響を抑えるためには,樹脂通過後の溶液中には鉄がほとんど存在しない状況が好ましい。鉄の捕集率がほぼ100%となる最適な条件を見出すため,樹脂の仕様書による捕集容量17~25 mgを指標とし,塩酸と硝酸の合計モル濃度が1 mol/dm3となるように調整した塩酸・硝酸混合溶液液10 cm3中における鉄量を段階的に変化させ,通液前後の溶液を分析,比較することで,鉄の捕集率変化を検討した。その結果をFig.1に示す。樹脂を通過した溶液中に鉄が存在しない,ほぼ100%の捕集率を得るには鉄量6 mgが上限であることが分かった。鉄量が6 mgを超えると,鉄の捕集量自体は増加するが,樹脂を通過した溶液中の鉄濃度も高くなるため,以後の実験では通液10 cm3中における鉄量が5 mgとなるように試料量を調整して実験を行った。

Fig. 1.

Collection rate of iron using the solid phase extraction resin. The sample solutions were containing total amounts of 1 mol/dm3 of mixed acid, which was a mixture of HCl and HNO3 in a volume ratio of 1:1. Flow rate on the solid phase extraction was 0.5 cm3/min.

3・2 酸種の検討

鉄試料分解に用いる酸の種類が,分析に及ぼす影響について検討した。JSS003-7試料25 mgに各元素濃度が1 μg/gとなるよう標準液を添加し, 最終濃度が1 mol/dm3となる量の塩酸,硝酸,塩酸・硝酸混合溶液および過塩素酸で分解し,50 cm3に定容した。この溶液を用い,通液前後の溶液を分析,比較して,各元素の固相樹脂での捕集率を求めた。その結果をTable 2に示す。なお,元素の表記順は日本鉄鋼連盟日本鉄鋼認証標準物質,高純度鉄シリーズ003-7分析成績表に記載されている元素順とした。ここで特徴的なのは,塩酸を用いた場合は鉄がほとんど捕集されなかったことである。TE-08樹脂はFe3+に選択性を持つ。塩酸での分解時に過酸化水素を添加し,Fe2+の酸化を促進したところ,鉄はほぼ100%捕集された。このことから,通常の塩酸分解で生じた主成分のFe2+は捕集しなかったものと考えられる。一方,硝酸,塩酸・硝酸混合溶液および過塩素酸の場合鉄はほぼ100%捕集されることが確認できた。

Table 2. Collection rates of trace elements using the solid phase extraction resin.
Fe Si Mn P Ni Cr Mo Cu W V Co Ti Al As
HCl × × ×
HNO3 × × ×
Mixed acid* × ×
HClO4 ×
B Bi Mg Ce La Nb Pb Sb Sn Ta Te Zn Zr Cd
HCl × × × × × × × ×
HNO3 × × × × × ×
Mixed acid* × × × × × ×
HClO4 × × × × ×

◎: 95%~ 〇: 80~95% △: 30~80% □: 10~30% ×: ~10% −: Over detection

* The mixed acid is the same as in Fig. 1.The concentrations of each acid was 1 mol/dm3. The sample solutions were containing 500 mg/dm3 Fe and 0.5 μg/dm3 each element.

添加元素の分析に関して,塩酸・硝酸混合溶液を用いた場合が最も多種元素の分析が可能であった。Si, P, Tiに関しては,通液により過剰量の溶出が認められた。これは,基材のシリカなどの固相樹脂由来の成分が溶出しているものと考えられる。そのため,これらの元素の分析では,固相樹脂のコンディショニング法など,さらなる検討が必要である。そのほかの元素に関しては,酸種に関係なく捕集されない元素がMn, Ni, Cu, Co, Al, B, Mg, Ce, La, Te, Zn, Cd,酸種により捕集収状況が変化する元素がCr, Bi, Pb,鉄と同様樹脂に捕集される元素がMo, W, V, As, Nb, Sb, Sn, Ta, Zrであった。鉄と同時に捕集されるこれらの元素は,オキソ酸やクロロ酸錯体のような陰イオンとして溶液中に存在する元素が多数を占めており,この樹脂では鉄と同時に陰イオンも捕集されることが見いだされた。

3・3 酸濃度の検討

酸種の検討において,塩酸・硝酸混合溶液を用いた場合に最も多くの元素が分析可能であった。一方,固相樹脂の再生には塩酸を用いている。この両者を用いて,固相樹脂への各元素の捕集率と酸濃度との関係を検討した。試験溶液はJSS003-7試料25 mgに各元素濃度が1 μg/gとなるよう標準液を添加し,最終濃度が塩酸・硝酸混合溶液は塩酸と硝酸の合計のモル濃度が0.1, 0.5, 1, 2, 3, 4 mol/dm3,塩酸では0.5, 1, 2, 3, 4, 5, 6 mol/dm3となる量で酸分解を行い,50 cm3に定容した。なお,塩酸・硝酸混合溶液濃度の増加により固相樹脂が分解されるため,5 mol/dm3以上の塩酸・硝酸混合溶液での検討は行わなかった。その結果をFig.2に示す。

Fig. 2.

Effect of the acid concentration on collection rates of trace elements using the solid phase extraction resin. The kinds of the acid were HCl (closed circle), and the mixed acid (open diamond) same as Fig. 1. Other conditions are the same as in Table 2.

塩酸・硝酸混合溶液では,主成分の鉄はすべての濃度においてほぼ100%樹脂に捕集され,樹脂通過後の溶液でもほぼ検出されなかった。一方,塩酸を用いた場合では,濃度が高くなると鉄の捕集率は低下した。3・2で述べたとおり,通常の塩酸分解時においてはFe2+からFe3+への酸化が不十分であるため,残存する2価成分が捕集率を低下させた要因であると考えられる。

塩酸・硝酸混合溶液において,濃度に関係なくほぼ捕集されない元素がMn, Ni, Cu, Co, Al, B, Bi, Mg, La, Pb, Te, Zn, Cd,濃度に関係なくほぼ全量捕集される元素がMo, W, Nb, Sn, Ta, Zr,濃度が0.1 mol/dm3と低い場合に捕集されない元素がCr, V, As, Sb,濃度が1 mol/dm3程度で半量ほど捕集される元素がCe, Sb,となった。

塩酸において,濃度に関係なくほぼ捕集されない元素がMn, Ni, Cr, Cu, Co, Al, B, Bi, Mg, La, Pb, Te, Zn, Cd,濃度に関係なくほぼ全量捕集される元素がW, Ta, Zr,濃度に関係なくほぼ半量近く捕集される元素がNb,濃度が高くなると捕集されない元素がMo, Ce, Sb, Sn,濃度が高くなると捕集される元素がAsとなった。

鉄イオンの酸化状態により捕集率が変化する点およびAsやSeの揮発という問題から,分解には濃度1 mol/dm3以上の塩酸・硝酸混合溶液を用いることとした。

3・4 固相樹脂の再生

固相樹脂使用後の洗浄が十分ではない場合,鉄の捕集容量の減少が懸念される。加えて,分析成分が樹脂中に残存することにより,次に処理したサンプルに汚染が生じる恐れもある。固相樹脂の洗浄効果を確認するため,JSS003-7試料25 mgを最終濃度が1 mol/dm3となる量の塩酸・硝酸混合溶液を用いて分解し,各種元素を添加したのち50 cm3に定容した溶液10 cm3で捕集操作を行った。その後,6 mol/dm3塩酸10 cm3とEDTA二アンモニウム塩10 g/dm3溶液10 cm3をそれぞれ通液後,回収し,各元素を測定して洗浄効果を検証した。

鉄に関して,固相樹脂通液後の6 mol/dm3塩酸には捕集量の22.7%,通液後のEDTA二アンモニウム溶液には96.8%が固相樹脂より溶出しており,EDTA二アンモニウム溶液の方が洗浄効果は高いことが分かった。加えて,鉄の捕集操作を行った後,6 mol/dm3塩酸溶液でのみ固相樹脂を洗浄し,再度鉄を捕集した場合の再捕集率は95%,EDTA二アンモニウム溶液でのみ洗浄した場合の再捕集率は98%,両者を併用した場合の再捕集率はほぼ100%であった。このことから,塩酸,EDTA二アンモニウム溶液での二段階の洗浄によって,固相樹脂の再生が問題なく行えていることが確認できた。

塩酸・硝酸混合溶液を用いた場合に捕集されない元素(Mn, Ni, Cu, Co, Al, B, Bi, Mg, La, Pb, Te, Zn, Cd)は,この洗浄操作後の再生樹脂を用いた場合であっても分析値の変化はなかった。鉄とともに捕集される微量元素のうち,Ce, Sb, Cr, V, AsおよびSbは洗浄操作を行うことで,固相樹脂よりほぼ全量溶出させることができた。また,Snは塩酸溶液のみで,WおよびZrはEDTA溶液のみで,固相樹脂よりほぼ100%溶出させることが可能であった。一方,両者を併用した場合でもMoは約60%にとどまり,NbおよびTaに対して全く洗浄効果は認められなかった。しかし,洗浄後の固相樹脂において,これらの元素が他の測定対象元素の分析に影響を与えることはなかった。これらの結果から,6 mol/dm3塩酸およびEDTAアンモニウム溶液での洗浄を併用することにより,固相樹脂の再生再利用が可能であると考えられる。今回用いた固相樹脂は洗浄再生操作により30回以上の繰り返し使用できることを確認しており,有用な特徴だと考えられる。

3・5 定量分析精度の検討

以上の検討結果を踏まえ,塩酸・硝酸混合溶液濃度を1 mol/dm3として検量線溶液を調製し,JSS003-7分解溶液を用いて,絶対検量線法により各元素(Mn, Ni, Cu, Co, Al, As, B, Bi, Cd, Ce, La, Mg, Pb, Sb, Te, Zn)の分析精度の確認を行った。樹脂捕集率が0%でない元素もあるため,本検討においては検量線溶液に対し,捕集操作を行わなかったもの(未捕集検量線)と捕集操作を行ったもの(捕集検量線)で検量線をそれぞれ作成し,両方の分析結果を比較した。一連の操作では,1 mol/dm3塩酸・硝酸混合溶液を用いて捕集操作をおこなった溶液の結果をブランク量として分析結果より差し引いた。両検量線の比較および捕集検量線を用いて求めた検出限界,定量限界をFig.3に示す。横軸は鉄中の各元素の含有量と換算して表記した。検出限界(DL),定量限界(QL)の算出は以下の計算式を用いた。

Fig. 3.

Calibration curves of trace elements in 1 mol/dm3 mixed acid (same as Fig. 1). With (closed circle), and without (open diamond) the solid phase extraction.

検出限界(DL): 3.3 σBL / a

定量限界(QL): 10 σBL / a

ただし,σBL: ブランクの標準偏差

a: 検量線の傾き

Mn, Ni, Cuなどのようにそれぞれの検量線に大差ないものもあるが,Ce, Sbなど捕集検量線の傾きが低くなっている元素もあった。Bに関しては感度不足のため,検量線作成ができなかった。定量限界値は,Al, As, Teなど感度の低い元素ではおよそ0.2 μg/gとなっているが,ほとんどの元素で日本鉄鋼認証標準物質高純度鉄の不純物元素の表示領域である0.1 μg/gでの分析が可能であることが確認できた。それぞれの検量線を用いてJSS003-7分解溶液を分析した結果をTable 3に示す。検出できなかった元素に関しては定量限界値を求め,それ以下の表記とした。捕集検量線,未捕集検量線のそれぞれから得られた各元素の分析値についてt検定を行ったところ,有意差のなかった元素がNi, Cu, Al, Mg, Zn, Cd,有意差のあった元素がMn, Co, Pb, Sbであった。有意差のあった元素では,捕集検量線より得られた分析値が認証値とよく一致した。この結果から,有意差のあった元素および未検出の元素に関しては捕集検量線の作成が必要と考えられる。

Table 3. Analytical results of trace elements in high-purity iron (JSS 003-7) using sample solutions containing 1 mol/dm3 of mixed acid of HCl and HNO3 with 1:1 volume ratio.
Mn Ni Cr Cu Co Al As Bi Mg Ce La Pb Sb Te Zn Cd
Certified value (μg/g) 5.4 0.7 1.3 3.2 0.47 68.2 < 1 0.18 < 1 < 0.5 < 0.5 0.02* < 2 < 1 0.2* < 0.5
Uncertainty 0.2 0.2 0.4 0.2 0.04 3.9 0.06
Non extraction Found (μg/g) 4.9 0.6 0.3 3.2 0.39 73.4 < 0.15 < 0.05 0.16 < 0.05 0.11 0.03 0.005 < 0.2 0.13 0.009
RSD (N=3) 1.7 21.8 4.9 7.5 4.2 9.3 2.9 35.2 24.8 29.6 15.2 3.5 42.9 39.1 27.6 6.3
extraction Found (μg/g) 5.7 0.5 0.12 3.7 0.51 69.6 < 0.3 < 0.04 0.08 < 0.03 < 0.03 0.02 0.009 < 0.2 0.16 0.010
RSD (N=3) 1.2 2.2 6.8 15.2 1.2 4.1 2.9 27 13.2 27.5 77.7 19.6 2.9 57.1 10.5 7.1

3・6 クロムの検討

3・3で述べたとおり,Crに関しては0.1 mol/dm3といった低酸濃度での捕集率が低いことから,塩酸・硝酸混合溶液濃度0.1 mol/dm3の検量線溶液を調製し,他元素同様,未捕集,捕集検量線での比較結果およびJSS003-7を分析した。その結果をFig.4およびTable 4に示す。これらの結果により,塩酸・硝酸混合溶液濃度を低下させれば,Crに関しても認証値と同等の値が得られることが確認できた。Fig.2に示すように,Crは今回検討した元素の中でも,塩酸と塩酸・硝酸混合溶液とで大きな差が見られる特徴的な元素である。クロムの電位-pH図を参照25)すると1 mol/dm3の塩酸中ではCr3+の状態にあると考えられる。一方,硝酸存在中で加熱分解を行う場合は,Cr3+からCr2O72-へと酸化されている。これらのことから,塩酸を用いた場合では陽イオンのCr3+で存在するため,クロムは捕集されず,一方塩酸・硝酸混合溶液では,硝酸により酸化されたCr2O72-が,陰イオンを捕集する特徴のあるこの樹脂に優先的に捕集される。また1 mol/dm3と0.1 mol/dm3の塩酸・硝酸混合溶液の間で捕集率に大きな差が生じているのは,硝酸量によって酸化されるクロム量が異なるためであると考えられる。

Fig. 4.

Calibration curves of Cr in 0.1 mol/dm3 mixed acid (same as Fig. 1). With (closed circle), and without (open diamond) the solid phase extraction.

Table 4. Analytical results of Cr in high-purity iron (JSS 003-7) using sample solutions containing 0.1 mol/dm3 of mixed acid of HCl and HNO3 with 1:1 volume ratio.
molar concentration 1 0.1
Cr Certified value (μg/g) 1.3
Uncertainty 0.4
Non extraction Found (μg/g) 0.3 1.4
RSD (N=3) 4.9 12.5
extraction Found (μg/g) 0.12 1
RSD (N=3) 6.8 6.8

3・7 セレンの検討

よく知られているように,セレンはプラズマガス元素であるArの複合イオンによる干渉を受けるため26),通常の測定では分析できない。そのため,コリジョン・リアクションセルを用いて干渉除去を行い,分析を実施した。1 mol/dm3濃度の塩酸・硝酸混合溶液による未捕集および捕集検量線をFig.5に示す。JSS003-7を分析した結果,検出限界の0.2 μg/g未満となった。コリジョン・リアクションセルによる感度低下のため検出限界が0.2 μg/gと高くなっているが,JSS003-7の認証値1 μg/g未満であることが確認できた。より高感度な分析が必要な場合,試料量および樹脂容量を増やすなどの対応が必要となる。

Fig. 5.

Calibration curves of Se in 1 mol/dm3 mixed acid (same as Fig. 1). With (closed circle), and without (open diamond) the solid phase extraction.

3・8 過塩素酸分解での検討

一般的な鉄鋼材料の分析においては,塩酸・硝酸混合溶液では完全に分解されず,残渣が生じるため,分析値に影響を与える場合がある。今回の一連の研究では,そのような残渣は目視およびろ過操作では確認されなかったが,分解が不十分である可能性も考慮して,JSS003-7の過塩素酸分解についても検討した。分解に際しては石英ビーカーを用い,12 cm3の王水で分解したのち,過塩素酸を加え,白煙発生まで加熱したのち,最終の酸濃度を1 mol/dm3に調製して分析した。未捕集,捕集検量線でのJSS003-7の分析結果をTable 5に示す。過塩素酸溶液では,塩酸・硝酸混合溶液で分析が可能であったAs, Bi, Sb, Pb, Laは樹脂捕集率が高く,良好な検量線が得られなかったため,分析できなかった。また,Mgなど一部元素の定量下限,検出限界が高くなるなど,塩酸・硝酸混合溶液と比較してバックグラウンドの値が高くなる傾向が見られた。これは,塩酸・硝酸混合溶液に使用したUltrapureグレードの塩酸,硝酸に比べて,過塩素酸の純度の影響があること,また,過塩素酸自体の粘性により,吸引量が低下したためであると考えられる。他の測定可能であった元素に関しては塩酸・硝酸混合溶液同様の良好な値が得られたことから,高純度鉄の分析の際には難溶性残渣の影響は小さく無視できるものと考えられる。

Table 5. Analytical results of trace elements in of high-purity iron (JSS 003-7) using sample solutions containing 1 mol/dm3 of Perchloric acid.
Mn Ni Cu Co Al Ce Mg Te Zn Cd
Certified value (μg/g) 5.4 0.7 3.2 0.47 68.2 < 0.5 < 1 < 1 0.2* < 0.5
Uncertainty 0.2 0.2 0.2 0.04 3.9
Non extraction Found (μg/g) 4.8 0.7 2.9 0.47 65.3 0.033 < 1 < 0.09 0.13 < 0.05
RSD (N=3) 13.7 49.6 36 12.7 6.6 4.0 15.5 7.3 10.0 75.7
extraction Found (μg/g) 5.2 1 3.2 0.48 75.8 0.080 < 0.7 < 0.04 0.23 < 0.03
RSD (N=3) 7.9 28.1 14 7.7 6.4 40.1 63.6 5.7 6.3 56

4. 結言

分析のスキリフリー化,簡便化を目指して鉄高選択性固相抽出固相樹脂を用いて高純度鋼中の各元素の定量分析を試み,鉄量,酸の種類およびその濃度などの最適条件の検討を行った。その結果,マトリックスの鉄をほぼ100%樹脂捕集できる条件を見出した。その際,回収溶液においてMn, Ni, Cr, Cu, Co, Al, As, B, Bi, Cd, Ce, La, Mg, Pb, Sb, Te, Zn, Seが測定可能であることを確認した。これらの元素は,認証値に対して十分な精度で分析が可能であり,高純度鋼の微量元素濃度であるμg/gオーダーで十分な検出限界が得られることが分かった。今回研究を行った手法は,固相樹脂に分解溶液を通液し,流出した溶液をそのままICP-MSにより分析することができる非常に簡便な手法である。また,溶媒抽出などの複雑な操作を必要としないため,汚染対策の面でも非常に有益な手法と考えられる。

文献
 
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