Tetsu-to-Hagane
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Transformations and Microstructures
Carbon Enrichment of Austenite during Ferrite-bainite Transformation in Low-alloy-steel
Shun Tanaka Hiroyuki ShirahataGenichi ShigesatoManabu Takahashi
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 10 Pages 835-844

Details
Abstract

The bainitic transformation kinetics and carbon enrichment of austenite during isothermal holding at 723–923 K were investigated for an Fe-0.1mass%C-0.5mass%Si-2.0mass%Mn alloy. The transformation progressed rapidly until approximately 50 s, after which transformation stasis was observed at 823 K. The carbon concentration of austenite increased as the transformation proceeded, and showed an almost constant value during stasis. It reached approximately 0.45-0.50% at 823 K, which corresponds to the carbon concentration at the T0’ composition with an additional strain energy of 100 J/mol associated with the transformation. After stasis, a slight increase in the ferrite or bainitic ferrite fraction was observed. The carbon concentration of austenite also increased and reached approximately 0.60%, clearly exceeding the carbon concentration at the T0 composition. These results imply that at the first stage, the bainite transformation occurs and shows the incomplete transformation, following which at the second stage, diffusional ferrite transformation proceeds. The additional strain energy associated with the transformation calculated from the carbon concentration at stasis due to the incomplete bainite transformation tends to decrease as the holding temperature increases. This indicates that strain relaxation due to the transformation occurred at higher holding temperatures.

1. 緒言

1・1 背景

近年,船舶,建築,海洋構造物では,大型化や軽量化が進み,構造部材に用いられる厚鋼板には高強度化が求められている。高強度化のため,従来のフェライト組織ではなく,ベイナイト組織の活用が必須である。一方,ベイナイト組織では,ベイニティックフェライト(BF)間の残留オーステナイト(γ)の一部が硬質なマルテンサイトとなることで,それが脆化相となり,鋼の靭性が顕著に劣化する場合がある1,2)

また,自動車部材に用いられる高張力鋼板(ハイテン)には,軽量化や加工性向上のために,強度,延性バランスの向上が求められている。この要求を満足するため,ベイナイト,残留γを含む複合組織鋼でのTRIP(Transformation Induced Plasticity)現象の活用が積極的に進められている。ここでは特に,残留γの安定性向上が重要である3,4)

このように,近年の高機能鋼板の開発においては,残留γの形成機構を解明する必要がある。特に,フェライト変態およびベイナイト変態に伴う未変態γへの炭素(C)の分配挙動の把握が求められる。このためには,Ae3点以下の等温保持におけるフェライト変態およびベイナイト変態のメカニズムを詳細に理解し,高い精度で残留γのC濃度を予測する必要がある。

1・2 変態停留メカニズム

ベイナイト変態において,等温保持中に変態が停止する現象(不完全変態)が知られている。この不完全変態のメカニズムについては,ベイナイト変態を(i)無拡散変態(せん断変態)58)と捉えるか,(ii)Cの拡散律速変態912)と捉えるかで解釈が異なっており,ベイナイト変態に伴って未変態γにCが濃化する上限の濃度で多くの議論がされている。

(i)無拡散変態と捉える立場では,ベイニティックフェライト(BF)の自由エネルギー(Gbcc)にひずみエネルギーなどに対応する過冷度(Δ)を上乗せした自由エネルギー(Gbcc+Δ)とγの自由エネルギー(Gfcc)が等しくなる組成(T0’組成)に達するとベイナイト変態が停止するとされる。このモデルは,Zenerにより提案されたT0組成13)に対して,Bhadeshiaがこれを拡張したものであり,T0’モデルとして知られている5,6)。Bhadeshiaはベイナイト変態の過冷度(Δ)を400 J/mol程度と見積もっている5,6)。無拡散変態と捉える立場では,ベイナイト変態に伴う変態停留が生じるときのC濃度はT0組成からの過冷度で特徴づけられるとしている。

これに対して,(ii)Cの拡散律速変態と捉える立場では,ウィッドマンステッテンフェライト(WF)とBFの生成メカニズムは本質的には同じであると考え,両者を含めてアシキュラーフェライトとする。Hillertは,アシキュラーフェライトの成長には,熱力学的障壁(Thermodynamic barrier)が存在し,成長限界となるときのC濃度は,para平衡となるC濃度よりも低C側になることを見出し,アシキュラーフェライトの成長限界となる組成をWBs組成としている9,10)。すなわち,Cの拡散律速変態と捉える立場では,ベイナイト変態に伴う変態停留が生じるときのC濃度はpara-Ae3からの過冷度(ΔG)で特徴づけられるとしている。近年,Furuhara,Miyamotoらの研究グループでは,Fe-(1.5, 3%)Si-0.4%C合金を400°Cおよび450°Cで等温保持したときのγ/α界面のC分配挙動を3Dアトムプローブで解析し,γ/α界面近傍の未変態γのC濃度がT0’(400 J/mol)組成およびT0組成のC濃度を大きく超えた実験結果から,T0’モデルでは不完全変態メカニズムを説明できず,para-Ae3からの過冷度(ΔG)で評価(WBsモデル)すると実験結果をよく説明できるとしている14,15)

ベイナイトの不完全変態メカニズムを明確にするためには,フェライト変態を抑制するための実験条件の選定が重要である。そのため,従来報告されているものの多くは,等温保持中に拡散変態が生じにくい500°C以下で検討がされている。しかしながら,保持温度が低温になるほどT0’組成のC濃度とWBs組成のC濃度が接近し16),いずれのメカニズムに従うかの判断が難しい。また,高温で保持して金属組織をγ化したのち急冷して等温保持する際に,保持温度より高温でのフェライト変態を抑制する必要がある。そのため,Mnなどのγ安定化元素を添加して検討されることが多い。一方でT0組成を超えてWBsモデルに従うと主張する上述の報告14)は,焼入れ性が顕著に低いFe-Si-C系で検討されたものであり,冷却過程でフェライト変態が生じる可能性に留意する必要がある。

一方,フェライト変態の場合,不分配局所平衡(No-Partition Local Equilibrium, NPLE)と分配局所平衡(Partition Local Equilibrium, PLE)の境界(NPLE/PLE境界)でC拡散律速の変態モードから置換型合金元素の拡散律速の変態モードに切り替わることで,変態が著しく遅くなるため,変態が停止するように見える1720)。Liuら,Furuharaらは,Fe-C-(1.5 – 2.0) mass%Mn合金を650 – 725°Cで等温保持した場合,フェライト変態し,未変態γのC濃度がNPLE/PLE境界まで上昇することを確認している。また,600 – 650°Cでは,NPLE/PLE境界までC濃化せず,NPLE/PLE境界から低C側に外れていくと報告している21,22)

1・3 本研究の目的

これまで述べたように,ベイナイト変態に伴う変態停留メカニズムについては500°C以下,フェライト変態に伴う変態停留メカニズムについては650°C以上で主に検討されている。しかしながら,実用鋼で用いられる低合金組成に対象を限定すると,500 – 600°Cでの変態停留に関する報告例は少なく,いずれのメカニズムによって変態停留が生じるか明確ではない。一方で,残留γのC濃度を高精度で予測するためには,いずれのメカニズムによるかを明確化し,特にベイナイト変態については,過冷度の定量的評価が求められる。

本論文では,Fe – C – Si – Mn 4元系モデル合金を450 – 650°Cで等温保持し,変態停止時およびその前後の未変態γのC濃度を測定することで,変態停止のメカニズムを検討した。

2. 実験方法

2・1 供試鋼・状態図

本研究の供試鋼は,Table 1に示す化学成分であり,真空溶解炉で作製した。Thermo-calcで熱力学計算したFe-0.5mass%Si-2.0mass%Mn-C合金の状態図をFig.1に示す。データベースはTCFE8を用いた。Mnを2%添加することにより,今回検討する温度範囲において,ベイナイト変態に伴う変態停留時の成分がT0’組成,WBs組成のいずれに従うかの区別が明確な合金組成となっている。また,Siを添加することで,未変態γへのC濃化が進むことによる炭化物析出の抑制を志向した。これにより,変態停留時に炭化物析出による新たなα変態を抑制し,極力,αγの二相で変態停留現象を評価することを試みた。

Table 1. Chemical composition of test steel.
(mass%)
CSiMnPSAlTiNO
0.0990.502.02<0.0020.00060.030<0.0020.0006<0.001
Fig. 1.

Phase diagram of Fe-C-0.5Si-2.0Mn system.

2・2 熱処理条件

50 kgインゴットを鋳造し,1100°C×3600 s加熱後に板厚20 mmまで熱間圧延した。凝固に伴うミクロ偏析を緩和するため,圧延材から切り出した棒状試験片をAr雰囲気の石英管に封入し,1300°C×21.6 ksの均質化処理を施した。均質化処理を施した棒状試験片から3 mmφ×10 mm(熱電対取付けのため2 mmφ×3 mm深さの穴加工を付与)の試験片を採取した。採取した試験片に対して,フォーマスタ試験機(富士電波工機社製)を用いて高周波熱処理を行いながら,温度変化に対する線膨張量の変化を測定した。熱処理は,1400°C×3 s保持で金属組織をγ化した後,直ちにHeガスで急冷(100°C/s冷却)し,450 – 650°Cで10 – 10000 s等温保持した後,室温までHeガスで急冷した。なお,Grangeらの化学組成を用いたMs点の簡易式23)から,Ms ≒ 436°Cと推定される。

高温でのγ組織を急冷し,等温保持が開始される前に,①高温でフェライト変態が生じないこと,②Ms点を下回らないこと,を確認することを目的に,種々の冷却速度で室温まで冷却した試料の金属組織観察とビッカース硬さ測定を予備実験として実施した。試料の円柱断面を鏡面研磨した後,3%Nital液でエッチングを施し,光学顕微鏡にて金属組織を観察した。ビッカース硬さは,荷重10 kgfで5点圧下した平均値として求めた。

2・3 未変態γのC濃度の測定方法

450 – 650°Cで等温保持した試料の円柱断面を鏡面研磨した後,LePeraエッチングを施し,光学顕微鏡またはSEMで金属組織を観察し,マルテンサイトに変態している部分を確認した。このマルテンサイトは,等温保持し,室温まで急冷を開始する直前に未変態γであったと考えられる。その後,エッチングによる凹凸の影響を除去するため,再度鏡面研磨を施し,金属組織を観察した同視野のC濃度分布を電界放出型電子線プローブマイクロアナライザー(FE-EPMA:JXA-8500F 日本電子社製)で測定した。FE-EPMAによる測定は,加速電圧7 kV,照射電流5×10-8 A,1点あたりの照射時間50 msecで行った。Cコンタミネーションの影響を極力抑制するため,(i)研磨後にアルゴンイオンビームの照射によるスパッタリング,(ii)液体窒素トラップ,(iii)照射時間の短縮,を施した。Cの定量は,Fe-C合金標準試料を用いた検量線法で行った。標準試料は,C量をさまざま変化させたFe-C合金を鍛造・圧延および焼入れ処理などを施すことで,均一なCの濃度分布を有している。C濃度に換算した標準誤差はσ=±0.03 mass%である(Fig.2)。各γ粒(室温で測定するときはマルテンサイト)のC濃度は,γ粒内で粒界を含まない領域(0.4 μm×0.4 μm以上)の平均値で評価した。また,測定するγ粒は粒径2 μm以上の粗大なもの,かつ,C濃度が高いものを選択した。これは,γ粒界近傍はビームの広がりによって,ベイナイトまたはフェライト母地の影響を受けるため,γのC濃度を正しく評価できない恐れがあるためである。なお,純鉄における特性X線の侵入深さはCastaingの式24)から0.25 μm程度であり,深さ方向における母地の影響は無視できると考えられる。各熱履歴を付与した試料において,それぞれ10個のγ粒を選択し,前述の方法でγ粒のC濃度を評価し,それらの平均値を未変態γのC濃度とした。誤差表記については10個のγ粒におけるC濃度がその平均値周りの正規分布に従うと仮定し,標準偏差1σを実験誤差とした。

Fig. 2.

Calibration line of carbon content for FE-EPMA measurements.

3. 実験結果

3・1 連続冷却した供試鋼の金属組織

種々の冷却速度に対するビッカース硬さとAr3点をTable 2に,100°C/s,10°C/s,1°C/sで冷却したときのNital腐食した金属組織の光学顕微鏡写真をFig.3に示す。100°C/sの冷却の場合,金属組織は全面マルテンサイトであり,粒界フェライト(GBF)の生成は認められなかった。また,固溶C濃度とマルテンサイト硬さの関係25)とビッカース硬さの比較からもMs点を切って生成したマルテンサイトであると判断した。この結果から,450°C以上の等温保持にあたり,急冷(100°C/s)途中にγα変態が生じないことが確認された。ベイナイト変態開始温度(Bs点)より低温で生成するラス状または針状のBCCをBFと定義した。種々の冷却速度の連続冷却で得られる金属組織と変態開始温度から,Bs点は610°C近傍と判断した。Kawataら26)は,Bs点はT0’(400 J/mol)に対応すると述べている。本研究の供試鋼におけるT0’(400 J/mol)は620°Cに相当することから,連続冷却から見積もられるBs点は妥当と考えられる。10°C/sで冷却すると,Bs点以下の温度で変態開始し,金属組織はラス状のBFであった。一方,1°C/sで冷却すると,Bs点以上で変態開始し,旧γ粒界近傍に塊状のフェライトが生成した。

Table 2. Vickers hardness and experimental Ar3 temperatures of the steel cooled at various cooling rates.
Cooling rate (°C/s)1005010510.50.1
Vickers Hardness (Hv)354340247200179171147
Experimental Ar3 (°C)400610711
Fig. 3.

Optical micrographs of Nital etched microstructure cooled at (a) 100°C/s, (b) 10°C/s and (c) 1°C/s.

3・2 等温保持した供試鋼の金属組織と膨張曲線

650°Cで等温保持したときの線膨張量の時間変化と金属組織のSEM像をFig.4に示す。金属組織は,粒界フェライト(GBF)または粒内フェライト(F)と急冷直前にγであった部分が急冷時に変態したマルテンサイト(M(A))で構成された。フェライト変態に伴う膨張が進み,6000 s程度まで変態停留は見られなかった。また,6000 s保持しても未変態γから炭化物の析出は見られなかった。

Fig. 4.

(a) Dilatation during isothermal holding at 650°C, SEM images after (b) 200 s and (c) 6000 s of isothermal holding.

600°Cで等温保持したときの線膨張量の時間変化と金属組織のSEM像をFig.5に示す。膨張曲線から100 s程度まで急激に変態が進み,その後,緩やかに変態が進んだ。急激に変態が進んだ直後に急冷した金属組織(Fig.5(b))では,BFが生成した。10000 s保持すると,BF間の未変態γの一部が分解したような金属組織(Fig.5(c))を呈した。これは,炭化物(θ)析出を伴うFCC → BCC変態によって生じた金属組織(α+θ)と推察される27)

Fig. 5.

(a) Dilatation during isothermal holding at 600°C, SEM images after (b) 200 s and (c) 10000 s of isothermal holding.

550°Cで等温保持したときの線膨張量の時間変化と金属組織のSEM像をFig.6に示す。等温保持開始後,直ちに膨張が生じた後,50 – 300 sで膨張が停止し,変態停留が生じた。保持開始後,300 s以降は緩やかに膨張が進んだ。金属組織はBF主体であり,BFラス間にはM(A)が生成した。変態停留が生じた300 s以下では,BFラス間には炭化物の生成は見られなかった。一方,長時間保持(>1000 s)では,BFのラス間の未変態γの一部が炭化物析出を伴うFCC → BCC変態によって生じたα+θの金属組織を呈した。

Fig. 6.

(a) Dilatation during isothermal holding at 550°C, SEM images after (b) 30 s, (c) 200 s, (d) 1000 s and (e) 10000 s of isothermal holding.

500°Cおよび450°Cで等温保持したときの線膨張量の時間変化と金属組織のSEM像をFig.7に示す。等温保持開始後,直ちにベイナイト変態に伴う膨張が生じ,20 s程度で膨張が停止した。膨張停止直後に急冷した試料では,BFラス間にM(A)が生成した。1000 s以上保持しても膨張の再開は見られなかった。長時間保持するほど,BFラス間の炭化物(θ)が増加し,M(A)即ち未変態γは膨張停止直後に比べて減少した。450°C保持材のほうが500°C保持材に比べてBFラス間のγの炭化物への分解が進んだ。

Fig. 7.

(a) Dilatation during isothermal holding at 500°C, SEM images after (b) 30 s and (c) 200 s of isothermal holding. (d) Dilatation during isothermal holding at 450°C, SEM images after (e) 30 s and (f) 100 s of isothermal holding.

3・3 未変態γのC濃度評価

600°Cで 200 s,10000 s保持したときの金属組織のSEM写真と同視野におけるFE-EPMAによるCの2次元マッピング画像およびCの線分析の一例をFig.8に示す。Fig.5(a)に示す膨張曲線によれば,200 sはベイナイト変態に伴う急激な膨張が停止した直後であり,緩やかな膨張が開始する時刻に,10000 sは再度膨張が進行している時刻にそれぞれ相当する。このときのBFラス間の未変態γ(室温まで急冷したときにはM(A))のC濃度は,200 s,10000 sでそれぞれ,0.36±0.03%,0.43±0.03%であった。

Fig. 8.

SEM images, carbon concentration mappings and line profiles of samples held at 600°C for (a) 200 s and (b) 10000 s. The smooth line represents the ±0.2 μm moving average.

550°Cで100 s,1000 s保持したときの金属組織のLePera腐食光学顕微鏡写真と同視野におけるFE-EPMAによるCの2次元マッピング画像およびCの線分析の一例をFig.9に示す。Fig.6(a)に示す膨張曲線によれば,100 sはベイナイト変態が進まず変態停留している時刻に,1000 sは変態停留が終了し,変態に伴う線膨張の増加が再開している時刻にそれぞれ相当する。このときのBFラス間の未変態γのC濃度は,100 s,1000 sでそれぞれ0.48±0.02%,0.58±0.02%であった。

Fig. 9.

Optical micrographs, carbon concentration mappings and line profiles of samples held at 550°C for (a) 100 s and (b) 1000 s. The smooth line represents the ±0.2 μm moving average.

同様の手法において,500°C,450°Cで100 s保持したときのBFラス間の未変態γのC濃度は,それぞれ,0.60±0.03%,0.66±0.07%に達していた(Fig.10)。

Fig. 10.

SEM images, carbon concentration mappings and line profiles of samples held at (a) 500°C and (b) 450°C for 100 s. The smooth line represents the ±0.2 μm moving average.

4. 考察

4・1 550°Cおよび500°C保持における未変態γのC濃度の時間変化

550°C保持における未変態γのC濃度の時間変化をFig.11(a)に示す。変態停留は50 – 300 sの間で生じており,その後,再度膨張が再開した。変態停留時の未変態γのC濃度は,T0’組成のC濃度に相当し,T0組成からの過冷度(Δ)は約100 J/molに相当した。この変態停留は,ベイナイトの不完全変態に起因すると考えられる。その後,再度膨張が再開することで,未変態γのC濃度は,T0組成を超えてNPLE成長限界に対応するNPLE/PLE境界に近づいた(300 – 1000 s)。その後,さらに長時間保持(>1000 s)すると,未変態γのC濃度は減少し,変態停留時(50 – 300 s)の未変態γのC濃度とほぼ同程度となった。再度膨張が再開し,未変態γのC濃度が上昇し,NPLE/PLE境界に近づいたことは,フェライト変態が生じていることを示唆する。このことから,550°C以上の等温保持においては,フェライト変態が生じている可能性があり,ベイナイト変態に伴う変態停留を議論するためには,これらの影響を考慮する必要がある。次いで,長時間保持で未変態γのC濃度が減少したのは,高Cの未変態γから優先的に炭化物の析出が生じ,それに伴い,FCC → BCC変態が再度進行し,高Cの未変態γが消失した結果,γ粒ごとのC濃化のバラツキによって,C濃度が低い未変態γ粒が残存したことが要因と考えられる。γ粒ごとにC濃度にバラツキが生じる要因として,ベイナイト変態が生じるタイミングの違いが挙げられる。この場合,未変態γの平均C濃度に対して,各未変態γ粒のC濃度の個値のバラツキが大きくなることが予想される。しかしながら,今回の未変態γのC濃度測定(各試料10個のγ粒評価)では,C濃度が高い未変態γ粒が評価され,C濃度が低い未変態γ粒は評価するに至らず,エラーバーが小さくなったと推察される。γ粒ごとのC濃度のバラツキと相変態挙動の関係については,更なる詳細な研究で明らかにする必要がある。なお,長時間保持(>1000 s)したときに炭化物が析出する要因は,γ粒ごとのC濃度のバラツキだけでなく,γ/α界面において,para平衡またはNPLE/PLE境界となるC濃度までC分配が生じると炭化物の析出駆動力が大きくなることも関連すると考えられる。

Fig. 11.

Change in carbon concentration of austenite during isothermal holding at (a) 550°C and (b) 500°C. The solid line represents the dilatation during the isothermal holding.

500°C保持における未変態γのC濃度の時間変化をFig.11(b)に示す。550°C保持で観測される膨張の再開および変態停留後の未変態γのC濃度の上昇は見られず,500°C保持では未変態γのC濃度はほぼ一定であった。この結果は,500°C以下では拡散変態が生じにくいことが関連していると推察される。

4・2 450°Cおよび500°C保持における未変態γと炭化物析出の関係

450°Cおよび500°C保持では,100 sの短時間保持でもBFラス間に炭化物が析出し,長時間保持するほど未変態γの体積分率が減少する傾向を示した。ベイナイトラスが成長し,未変態γにCが十分分配される前に炭化物が析出しているならば,そのときの未変態γのC濃度は,不完全変態に伴う未変態γのC濃度の上限とは必ずしも一致しない可能性がある。Azumaらは,BFと炭化物が個別に析出することを仮定し,ベイナイト変態のモデル化を検討する中で,γ中における炭化物の析出は,BFの生成に対して十分に遅いことを計算で示している28)。このことと,500°C以下ではフェライト変態はほとんど生じないことを勘案すると,膨張停止時の未変態γのC濃度は,炭化物析出がたとえ進行していても,ベイナイトの不完全変態に伴う未変態γのC濃度に対応すると考えられる。

4・3 未変態γのC濃度と状態図の関係

未変態γのC濃度を状態図上にプロットした結果をFig.12に示す。中塗のプロットは,変態停留時(100 sまたは200 s)の未変態γのC濃度,中空のプロットは,650°C保持におけるフェライト変態,および,600 – 550°Cで変態停留後再度膨張が開始したとき(長時間保持)の未変態γのC濃度,をそれぞれ示している。変態停留時の未変態γのC濃度は,T0’組成からT0組成の範囲に最もよく対応した。一方,WBs限界組成のC濃度とは0.2%以上乖離した。このことから,ベイナイト変態に伴う未変態γのC濃度の予測にはWBsモデルよりもT0’モデルのほうが適切であると考えられる。それぞれのモデルの観点での過冷度の評価については次節以降で考察する。

Fig. 12.

Phase diagram of the steel used with the experimentally observed carbon concentration of untransformed austenite.

一方,600 – 550°C保持で長時間保持した場合,T0組成を超えて,NPLE成長限界に対応するNPLE/PLE境界に近づく傾向を示した。また,650°C保持によるフェライト変態において,未変態γのC濃度はNPLE/PLE境界近傍まで上昇し,Liuら,Furuharaら21,22),Yamashitaら19)の従来検討とよく一致した。

4・4 T0’モデルに基づくベイナイトの不完全変態メカニズム

ベイナイトの不完全変態に伴う変態停留メカニズムをT0’モデルの観点で考察する。まず,450°C保持における未変態γのC濃度は,T0組成からの過冷度(Δ)で見ると,300 – 400 J/molに相当した。これは,Bhadeshiaが提案しているBFラス生成に伴うひずみエネルギー(400 J/mol)と比較的よく一致することから,T0’モデルでベイナイトの不完全変態を説明できると考えられる。一方,保持温度が高くなるにつれて,T0からの過冷度が小さくなる傾向を示し,550°C保持では100 J/mol程度,600°C保持では0 – 100 J/molに対応した。この結果は,Bhadeshiaが提案するT0’(400 J/mol)組成のC濃度に対して0.2%程度高く,明らかにそれを超えるものである。Furuharaらは,Fe – 0.15C – 1.5Mn – 0.03Nb鋼を600°Cで保持したときの未変態γのC濃度を,αおよびγの組織分率からLever ruleを用いて評価し,T0’(100 J/mol)に相当すると述べている29)。膨張曲線を用いて等温保持中の変態停留を確認し,未変態γのC濃度をFE-EPMAで実測した今回結果はこれに近い結果を示唆した。

T0組成からの過冷度が400 J/molよりも小さくなるメカニズムとして,以下の2点が考えられる。(1)保持温度が高温となり,変態ひずみの塑性緩和が生じたことでT0組成からの過冷度が小さくなった可能性30),(2)Bhadeshiaが提案するBF生成時のひずみエネルギー400 J/molは孤立したサブユニットを対象とした場合であり,複数のBFが生成する場合には互いにひずみを緩和しあうことで過冷度が小さくなった可能性31),が挙げられる。しかしながら,(1)にはT0組成からの過冷度に温度依存性があるのに対して,(2)には温度依存性がないことから,今回結果を踏まえると(1)のメカニズムに従うと考えられる。保持温度が高温となることで変態ひずみの塑性緩和が生じる要因には,オーステナイト強度の温度依存性が関連すると考えられるが,その定量性については課題である。

4・5 WBsモデルとの過冷度の比較

今回実験で得られた変態停留時の未変態γのC濃度に対するΔGの温度依存性は,過去のデータに対して報告されている例32)と同様にHillertらが報告しているWBs過冷度と類似の温度依存性を示した(Fig.13)。この差はいずれの温度においても100 J/mol程度と大きくはないが,WBs過冷度の見積もりの理論的根拠が明確でないために,この差を説明することは容易ではない。Hillertら10)はWBs過冷度を以下の要領で導出している。まず,C量をさまざま変えた鋼(C濃度:x0)を対象として,700°C9)および300°C33)で等温保持したときのアシキュラーフェライトの成長速度(v)を求める。Zener-Hillertの式34)によると,アシキュラーフェライトの成長速度とC濃度の積の1/2乗((vx0)1/2)とC濃度x0の間に線形の関係があることから,成長速度がゼロとなるC濃度を外挿により求め,これをアシキュラーフェライトの成長が停止する組成とする。また,X線回折から得られるγの格子定数を未変態γのC濃度に換算することで求めた450°C保持における結果35)を含めた3水準の温度における組成を対象として,para-Ae3組成からの過冷度(ΔG)を求めている。加えて,自然な温度変化をとるように,-200°Cおよび800°CでのΔGを恣意的に選んでいる。これら5水準の温度でのΔGをスプライン関数で補間することで,WBs過冷度の温度変化を得ている。このように,WBs過冷度の実験的根拠が十分であるとは言い難く,また,物理的背景も明確ではない。したがって,今回,変態停留時の未変態γのC濃度とWBs限界組成のC濃度が大きく乖離(0.2%程度)した理由を考察することは困難である。近年,para平衡からの過冷度に関してエネルギー散逸の要因となる因子ごとに分離して評価する試み36)もされており,今後WBsモデルの理論的背景の構築が期待される。

Fig. 13.

Comparison of supercooling from para-Ae3 composition (ΔG) of austenite during transformation stasis and those of WBs limit composition.

T0’モデルもWBsモデルも過冷度の温度依存性を調整する必要がある点は共通するが,実測された変態停留時点での未変態γのC濃度との乖離の程度がT0’モデルのほうがWBsモデルよりも小さい点や,T0’モデルの過冷度は変態ひずみとその緩和という物理的な現象に関連する因子だけの影響を考えればよい点から,今回の結果は,変態停留時の未変態γ中のC濃度予測に対するT0’モデルの優位性を示すものと考える。

5. 結言

フェライト変態およびベイナイト変態に伴う変態停留メカニズムを検討するため,Fe – 0.1mass%C – 0.5%Si – 2.0%Mn合金を450 – 650°Cで等温保持し,線膨張の時間変化をもとに,変態停留したときと変態再開時の未変態γへのCの分配挙動をFE-EPMAを用いて解析し,以下の結論を得た。

(1)Fe – 0.1%C – 0.5%Si – 2.0%Mn合金を550°Cで等温保持すると,50 – 300 sで膨張が停止し,明瞭な変態停留が生じたのち,長時間保持で再度膨張が再開し,変態が再開する挙動を示した。変態停留するときの未変態γのC濃度はT0’(100 J/mol)に相当した。変態停留が終了し,再度変態が再開すると,未変態γのC濃度はT0組成を超えて,NPLE/PLE境界に近づいた。このことは,ベイナイトの不完全変態に伴う変態停留に次いで,フェライト変態が生じていることを示唆する。

(2)450 – 600°C保持におけるベイナイト変態に伴う未変態γのC濃度はT0’組成に相当した。T0組成からの過冷度は,高温ほど小さくなる傾向を示した。保持温度が高温となることで変態ひずみの塑性緩和が生じたことでT0組成からの過冷度が小さくなったと考えられる。

(3)未変態γのC濃度の温度依存性は,WBs限界組成の温度依存性と類似の傾向を示した。しかしながら,未変態γのC濃度はWBs限界組成のC濃度に対して大きく乖離(0.2%程度)していた。変態停留による未変態γのC濃度は,変態ひずみの温度依存性を考慮したT0’モデルで精度よく予測することができる。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

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