2021 Volume 107 Issue 10 Pages 785-795
A series of Al deoxidation mechanisms from the nucleation and growth of Al2O3 nuclei immediately after the addition of Al to the growth, agglomeration, and removal of Al2O3 inclusions after the deoxidation equilibrium has been analyzed in light of the kinetics taking into consideration the influences of the interfacial properties on the basis of Al deoxidation experiments of molten steel. The nucleation number density of Al2O3 is (0.72 to 1.62) × 1014 m−3 and increases as the degree of supersaturation increases and the interfacial tension between the nuclei and molten steel decreases. These tendencies can be explained by the homogeneous nucleation theory, and the average interfacial tension, frequency factor, nucleation time, and average nucleation rate are respectively estimated to be 1.43 N·m−1, 4.27 × 1035 m−3·s−1, 0.01 s, and 1.96 × 1016 m−3·s−1 for the nucleation of Al2O3. Al2O3 nuclei rapidly grow to Al2O3 single inclusions having diameters of 2.0 to 2.6 µm through diffusion growth of supersaturated O in molten steel within 2.2 to 3.7 s after the addition of Al, and the molten steel reaches the deoxidation equilibrium. In the subsequent deoxidation equilibrium, the growth rate of Al2O3 single inclusions increases as the O concentration in molten steel increases, and their growth mechanism can be explained by Ostwald ripening. Meanwhile, Al2O3 cluster inclusions grow with the increase in the agglomeration force while agglomerating not only with single inclusions dispersed in molten steel but also with other cluster inclusions existing in the floating paths.
製鋼の最終工程で実施される溶鋼の脱酸制御は,鋼材の品質と材質を造り込む上で極めて重要な役割を果たす。このため,従来から脱酸原理の解明に関する多くの研究が行われており,それらの報告内容は,例えばSakaoら1)により詳しくレビューされている。これらの研究結果を概観すると,脱酸平衡の熱力学データは工業的に利用される殆どの脱酸剤を網羅して測定・評価されており,平衡論に基づく操業解析に効果的に活用されている。一方,速度論の研究によると脱酸速度の律速過程は生成介在物の凝集・浮上分離過程にあることが示されているが,脱酸の素過程毎に見ると溶鋼実験の難しさや界面物性の影響が不明なこともあり,脱酸直後における介在物核の生成と成長の機構,脱酸平衡後における介在物の成長と凝集の機構については必ずしも統一的な理解が得られていないように思われる。
著者は,これまで溶鋼中におけるAl2O3介在物の凝集機構に関して,界面化学の観点から基礎的な検討を行ってきた。溶鋼中のAl2O3粒子間に作用する凝集力を直接測定することに成功し,Al2O3介在物間には溶鋼と濡れ難いために生じる空隙架橋に起因して強い引力が作用することを実証した2–4)。また,溶鋼のAl脱酸実験によりAl2O3クラスター介在物の粒子直径は空隙架橋力による凝集力に比例して大きくなり,それにつれてAl2O3クラスター介在物の除去速度も速くなることを定量的に示した5)。これらの基礎研究によれば,Al脱酸により溶鋼中に生成したAl2O3介在物は空隙架橋力を起源とする凝集力に基づいて凝集合体し,Al2O3クラスター介在物を形成しながら除去されると考えることができる。しかし,溶鋼中Al2O3介在物の粒径と量の制御により鋼材の品質・材質を改善していくためには,さらにAl2O3介在物の生成,成長,凝集および除去まで含めたAl脱酸全体の速度論的な究明も必要である。
本研究では,界面活性元素である酸素と硫黄の濃度を制御した溶鋼のAl脱酸実験に基づいて,Al添加直後におけるAl2O3核の生成と成長,その後の脱酸平衡状態におけるAl2O3介在物の成長,凝集および除去を適切な機構を仮定して導出した数学モデルにより解析し,一連のAl脱酸機構を界面物性の影響を考慮して速度論の観点から明らかにした。
Al脱酸実験には30 kWのグラファイト抵抗加熱炉を用いた2–5)。内径40 mm,高さ150 mmのアルミナ製るつぼ内に電解鉄(C濃度=0.001 mass%, S濃度=0.0001 mass%, O濃度=0.005 mass%, Mn濃度=0.0001 mass%)500 gを入れ,Arガス雰囲気中で溶解した。溶鋼温度は1600 °C一定である。Fe2O3添加によりO濃度を0.018~0.044 mass%に調整した後,式(1)の化学量論比(0.018 mass%Oと0.02 mass%AIが反応)に基づいて0.02~0.06 mass%のAlを溶鋼中に添加することにより,Al添加直後の全Al2O3介在物酸素濃度を0.017 mass%程度に揃えた上で,脱酸平衡後のO濃度を0.0006~0.0261 mass%の範囲で変化させた。なお,本報ではXはX元素の溶存状態を表す。
(1) |
溶鋼中のO濃度を0.0009 mass%以下とし,S濃度を0.018~0.073 mass%の範囲に調整したAl脱酸実験も実施した。Al添加から60 s後を実験開始とし,実験は600 s間実施した。Al添加直前,実験開始と実験中に内径6 mmの透明石英管を用いて溶鋼試料を採取し,溶鋼中の全酸素濃度,AI濃度およびS濃度の分析に供した。
実験中のO濃度については,AI濃度の分析値からItohら6)のAl脱酸平衡の熱力学的再評価値を用いて求めたが,AI濃度が分析限界以下の高O濃度の場合にはAl添加前のO濃度とAl添加量を基にAl脱酸平衡の熱力学的再評価値とマスバランスの両方を用いて算出した。全Al2O3介在物酸素濃度[I.O]Tは,各時間における全酸素濃度の分析値から実験中のO濃度を差し引いた値として求められる。
2・2 光学顕微鏡による介在物の形態別観察採取した棒状溶鋼試料の中央付近から10 mm長さの介在物観察用試料を切り出し,その円形切断面を鏡面研磨した。光学顕微鏡を用いて,倍率100倍では最外周を除く直径5 mmの断面全体に存在する直径10 μm以上のAl2O3クラスター介在物を,倍率1000倍では面積1~4 mm2の部分に存在する直径0.5 μm以上のAl2O3単体介在物を観察し,各々の介在物の粒径分布を調べた。得られたAl2O3単体介在物とAl2O3クラスター介在物の粒径分布を基に,DeHoffの式7)により溶鋼試料中における各介在物の平均粒子直径と体積個数密度を計算した。実験水準毎の代表的な溶鋼試料についてはEPMA(電子線マイクロアナライザ)により介在物の組成分析を実施し,Al2O3であることを確認している。
2・3 全Al2O3単体介在物の生成個数密度の評価Al2O3クラスター介在物はAl2O3単体介在物の凝集体である。このため,溶鋼中の全Al2O3単体介在物の個数密度は,溶鋼中に懸濁している単体介在物とクラスターを構成する単体介在物の個数密度の和と考えられる。Al添加直後に生成する全Al2O3単体介在物の個数密度NV,N(m-3)は,実験から直接得られないため,実験開始時(Al添加から60 s後)の全Al2O3単体介在物の個数密度をAl添加直後と実験開始時の全Al2O3介在物酸素濃度の比で補正した式(2)により評価した。
(2) |
NV,Cは溶鋼中Al2O3クラスター介在物の体積個数密度(m-3),NV,Sは溶鋼中Al2O3単体介在物の体積個数密度(m-3),εはAl2O3クラスター介在物のAl2O3充填率で0.2445),dCIはAl2O3クラスター介在物の平均粒子直径(m),dSIはAl2O3単体介在物の平均粒子直径(m),添え字(0)と(60)は各々Al添加直後とそれから60 s後の実験開始時を表す。
式(1)のAl脱酸反応の過飽和度SSは式(3)のように定義される。
(3) |
KSは過飽和溶鋼における式(1)の濃度積[Al]2・[O]3,KEは式(1)の平衡定数でありItohら6)によるAl脱酸平衡の再評価値を用いた。[X]はX濃度を表す。NV,NとSSの関係をFig.1に示す。SSが大きくなるにつれてNV,Nは増加することが分かる。既報4,5)で得られた溶鋼の表面張力σFe(N・m-1)および溶鋼とAl2O3間の接触角
(4) |
Relation between degree of supersaturation SS and formation number density NV,N of total Al2O3 single inclusions in Al deoxidation reaction.
Influences of the concentrations of O and S in molten steel on interfacial tension
Relation between molten steel-Al2O3 interfacial tension σAl2O3-Fe and formation number density NV,N of total Al2O3 single inclusions.
溶鋼中に体積個数密度NV,Nで均一に分布している臨界核Al2O3が過飽和のAIとOを速やかに消費して独立に成長すると,式(5)から求まる粒子直径d(m)のAl2O3単体介在物を生成する。
(5) |
CBは溶鋼中のOモル濃度(mol・m-3),CEqは溶鋼の平衡Oモル濃度(mol・m-3),CPはAl2O3中のOモル濃度で
Relation between formation number density NV,N of total Al2O3 single inclusions and average particle diameter dSI of Al2O3 single inclusions.
dCIとdSIの経時変化をFig.5に示す。dCIは時間の経過と共に徐々に大きくなり,240 sで最大値に達した後に小さくなっている。dCIの最大値は,溶鋼中のO濃度とS濃度が高くなるにつれて減少している。これは,溶鋼中のAl2O3介在物間に働く凝集力がO濃度とS濃度の上昇に伴い低下するためであるが,詳細は4・2・4項で考察する。また,dSIはO濃度が高くなるにつれて増大する傾向が見られる。Fig.4でも観察されたこのAl2O3単体介在物の成長については,4・2・3項で詳細な機構を検討する。Fig.6に[I.O]Tの対数の経時変化を示す。[I.O]Tの対数は時間の経過と共に直線的に減少しており,[I.O]Tは式(6)の一次速度式にしたがって低下することが分かる。
(6) |
Time changes in average particle diameter dCI of Al2O3 cluster inclusions and average particle diameter dSI of Al2O3 single inclusions.
Time change in oxygen concentration [I.O]T of total Al2O3 inclusions.
tは時間(s),kTは全Al2O3介在物酸素濃度の減少速度定数(s-1)である。[I.O]Tの減少速度は,溶鋼中のO濃度とS濃度が高くなるにつれて遅くなっている。これは,Fig.5のようにO濃度とS濃度が増加するとdCIが減少することから,Al2O3クラスター介在物の浮上分離速度が低下するためである。
静止溶鋼中に脱酸剤を添加すると,脱酸剤の溶解と酸素との化学反応が極めて速いため9),直ちに核の生成と成長が起こり,急速に溶存酸素が低下して平衡状態に達した後,脱酸生成物が比較的ゆっくりと成長しながら溶鋼中から浮上分離されていくと考えられる10,11)。また,Al脱酸実験によれば,脱酸平衡後にはAl2O3クラスター介在物の凝集成長と同時に,O濃度が高くなるとAl2O3単体介在物も緩やかに成長することが分かっている。そこで,溶鋼のAl脱酸過程を,Al添加直後における①Al2O3核の生成,その後の②核成長,脱酸平衡後における③Al2O3単体介在物の成長,④浮上過程でのAl2O3クラスター介在物の凝集成長と除去に分けて,各素過程での粒子個数密度と粒子径の経時変化を適切に表現できる速度式を導出することにより一連のAl脱酸機構を検討する。
4・1 Al2O3核の生成機構① 4・1・1 Al2O3核生成の理論過飽和度の僅かな減少が核生成速度を著しく低下させるため,Bogdandy12)が酸化鉄蒸気の核生成の計算で用いた仮定をAl脱酸に適用し,Al2O3核の生成を解析する。すなわち,最初の過飽和Al2O3の分子数密度N0(molecule・m-3)が核生成によって0.9N0に低下するまでの時間tk(s)にAl2O3核が一定の核生成速度I0(nucleus・m-3・s-1)で生成し,それ以降は核生成しないとすると式(7)が成立する。
(7) |
τは時間(s),wはAl2O3核の成長速度(molecule・s-1・nucleus-1)である。I0は過飽和に溶解しているAl2O3の分子数密度が0.95 N0になる時(その時の過飽和度SS0)の核生成速度であり,均質核生成理論によれば式(8)~(12)で与えられる13,14)。
(8) |
(9) |
(10) |
(11) |
(12) |
KVは頻度因子(m-3・s-1),kBはBoltzmann定数(J・K-1),∆G*N0は過飽和度SS0におけるAl2O3臨界核の生成自由エネルギー変化(J),Tは絶対温度で1873 K,
(13) |
(14) |
DOは溶鋼中Oの拡散係数で2.3×10-9 m2・s-1 16),CB0は過飽和度SS0における溶鋼中のOモル濃度(mol・m-3),CIは溶鋼とAl2O3の界面における溶鋼側のOモル濃度(mol・m-3)であり,脱酸平衡が成り立つとすればCEqと考えてよい。式(7)に式(13)を代入して積分すると式(15)が得られ,この式から核生成時間tkを計算することができる。
(15) |
Al2O3核の体積個数密度はNV,N=I0・tkで表されるため,I0に式(8)を代入して両辺の対数をとると式(16)が得られる。
(16) |
Al脱酸の条件ではKVとtkが一定であるとすれば,ln(NV,N)と∆G*N0/(kB・T)の間には傾き-1の直線関係が期待される10)。ln(NV,N)と∆G*N0/(kB・T)の関係を求めFig.7に示す。□では脱酸後の溶鋼中O,S濃度に応じてFig.2から求めた実験毎の
Relation between volume number density NV,N of Al2O3 nuclei and changes in nucleation free energy ∆G*N0.
Interfacial deoxidation ratio | Average interfacial tension | Average nucleus radius | Frequency factor | Average nucleation rate |
---|---|---|---|---|
fDI | r* (m) | KV (m−3·s−1) | I0 (m−3·s−1) | |
1 | 1.59 | 4.87×10−10 | 5.56×1035 | 1.46×109 |
0.95 | 1.43 | 4.38×10−10 | 4.27×1035 | 1.96×1016 |
0.9 | 1.26 | 3.86×10−10 | 3.11×1035 | 1.84×1022 |
0.85 | 1.18 | 3.62×10−10 | 2.64×1035 | 3.60×1024 |
0.8 | 1.11 | 3.40×10−10 | 2.26×1035 | 2.05×1026 |
Fig.7で得られた実線の縦軸との切片は,式(16)から明らかなようにln(KV・tk)に等しい。fDI毎に平均
Relation between nucleation time tk and interfacial deoxidation ratio fDI.
②~④の素過程におけるAl2O3介在物粒子(Al2O3核を含む)の成長と除去に関する機構として,(1)拡散による成長,(2)介在物粒子の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長(Ostwald ripening),(3)Brown運動による衝突凝集,(4)浮上速度差による衝突凝集と浮上分離が挙げられる。以下では,Al2O3介在物粒子の成長と除去の機構を検討するために,(1)~(4)の各機構に基づく速度式を導出する。
(1)拡散による成長Al2O3介在物粒子が溶鋼中に均一分散した状態で過飽和のAIとOを消費して単独に成長する場合を考える。溶鋼を1個のAl2O3介在物粒子を中心に含む球要素に分割すると,その半径RN(m)はAl2O3介在物粒子の体積個数密度NV(m-3)を用いて式(17)で表される。
(17) |
溶鋼中のAl2O3介在物粒子はOの拡散により成長し,その間Al2O3と溶鋼との界面で脱酸平衡が成立しているとすれば,Turkdogan19)が脱酸生成物の成長に伴う溶質濃度の低下を考慮して求めた式(18)~(20)によりAl2O3介在物粒子の成長を計算することができる。なお,Al2O3介在物粒子のCPはCEqより非常に大きいため,本研究では式(18)の(CP-CEq)を近似的にCPと見なして計算する。
(18) |
(19) |
(20) |
添え字(S)は時間の起点を表す。u3とfDBは溶鋼の脱酸率であり界面の脱酸率と同様に式(19)で定義される。なお,初期のAl2O3介在物粒子直径は無視できる大きさとしている。
(2)介在物粒子の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長(Ostwald ripening)鋼中での化合物析出物のOstwald ripeningに関しては,既にHasegawaら20)がMnSの成長モデルを解析的に導出しているので,その方法に従ってAl2O3介在物粒子のO拡散律速による成長速度式を求めると式(21)と式(22)が得られる。
(21) |
(22) |
rはAl2O3介在物粒子の半径(m),ηは生成化合物の化学量論因子でAl2O3では3/5である。rCrは成長と溶解の何れも起こらない臨界半径であり,平均粒子半径と一致する。さらに粒子径分布を考慮したLifshitz and Slyozov21)の理論を適用して式(21)を解くと,Ostwald ripeningによる平均粒子直径の時間変化は式(23)で与えられる。
(23) |
ηを1とすれば,式(23)は単体析出物の成長に適用できるLindborg and Torssell22)の式と一致する。
(3)Brown運動による衝突凝集最初に溶鋼中に分散している均一な大きさの微細Al2O3介在物粒子(一次粒子)がBrown運動に基づく二粒子間の衝突によって凝集するものとする。このBrown運動を粒子の拡散過程と見なして求めた二粒子間の凝集速度を粒子個数密度の収支式に適用し,凝集の初期段階,すなわち一次粒子が大部分を占め粒子径があまり違わない条件で解くと,Al2O3介在物粒子の個数密度に関する速度式は式(24)となる23)。
(24) |
KBRはBrown凝集の速度定数(m3・s-1)でSmoluchowski24)により式(25)で与えられている。
(25) |
μは溶鋼の粘性係数で0.005 Pa・sである。初期のAl2O3介在物粒子の個数密度をNV(S)とすると,式(24)の解は式(26)となる。
(26) |
微細粒子は浮上分離せず,その総体積は維持されるため,式(26)を用いてBrown凝集による粒子直径の経時変化を求めると式(27)となる。
(27) |
i)浮上中Al2O3クラスター介在物の単体介在物との衝突凝集
溶鋼中を浮上するAl2O3クラスター介在物が,主に懸濁している微細なAl2O3単体介在物との凝集により成長すると仮定する。1個の大きなAl2O3クラスター介在物を中心に配置し,その周囲に微細なAl2O3単体介在物が分散した体積VE(m3)の球要素の溶鋼においてAl2O3クラスター介在物へのAl2O3単体介在物の凝集速度とAl2O3単体介在物の減少速度が一致することから,Al2O3単体介在物酸素濃度の時間変化は式(28)と式(29)で表すことができる。
(28) |
(29) |
CSIはAl2O3単体介在物に含まれるOの溶鋼中モル濃度(mol・m-3),ACはAl2O3クラスター介在物の表面積(m2),kmはAl2O3クラスター介在物へのAl2O3単体介在物の溶鋼側物質移動係数(m・s-1)である。kSは浮上するAl2O3クラスター介在物へのAl2O3単体介在物の凝集速度定数であると共に,Al2O3単体介在物の減少速度定数(s-1)でもある5)。一方,1個のAl2O3クラスター介在物の成長速度は,そのクラスター介在物へのAl2O3単体介在物の凝集速度に等しいため,式(30)が得られる。
(30) |
Al脱酸実験中のAC/VEはほぼ一定であること5)を考慮して,式(28)から求めたCSIを式(30)に代入して積分すると,Al2O3クラスター介在物の直径は式(31)となる。
(31) |
ii)浮上中Al2O3クラスター介在物の単体介在物とクラスター介在物の両方との衝突凝集
溶鋼中を浮上するAl2O3クラスター介在物が,上述のAl2O3単体介在物に加えて通過経路にある他のAl2O3クラスター介在物とも凝集して成長する機構を考える。溶鋼中でのAl2O3クラスター介在物の浮上速度vC(m・s-1)がStokes則の式(32)に従うとすれば,通過体積中のクラスター介在物との凝集によるAl2O3クラスター介在物の成長速度は式(33)で与えられる11)。
(32) |
(33) |
gは重力の加速度(m・s-2),ρCはAl2O3クラスター介在物の密度(kg・m-3)でAl2O3クラスター介在物のAl2O3充填率を用いて式(34)で表される。
(34) |
αCは溶鋼単位体積中のAl2O3クラスター介在物の体積であり,溶鋼中Al2O3クラスター介在物の酸素濃度[I.O]Cの初期値を用いて表すと式(35)となる。
(35) |
Al2O3クラスター介在物の成長は式(30)の単体介在物との凝集と式(33)の他のクラスター介在物との凝集の両機構により起こるため,式(36)が成立する。
(36) |
ここでは,簡単化のため式(30)のCSIをCSI(S)で近似した。式(36)を積分してAl2O3クラスター介在物の直径を求めると式(37)が得られる。
(37) |
iii)全Al2O3単体介在物の浮上分離速度
Al脱酸溶鋼中では直径数μmのAl2O3単体介在物とそれらが凝集した10 μm以上の粗大なAl2O3クラスター介在物が共存するため,[I.O]Tはその両方を合わせた全Al2O3単体介在物の体積個数密度NV,T(m-3)を用いて式(38)のように表される。
(38) |
式(38)を式(6)に代入して整理すると,全Al2O3単体介在物の除去速度は式(39)となる。
(39) |
介在物核の成長は非常に速く,脱酸剤添加から1 s程度でその直径はAl脱酸の場合0.3~0.8 μm18),Si脱酸の場合1.4 μm10)に達し,同時に溶存酸素も平衡値まで急激に低下すること9,10)が報告されている。このように過飽和のAIとOを消費しながらAl2O3核が急速に成長していく過程は,前述の成長速度式の導出から明らかなように式(17)~(20)の拡散成長モデルにより取り扱うことができる。Fig.9に拡散成長モデルを用いて計算したfDBとdSIの経時変化を示す。実線と点線は,各々実験から得られたAl2O3核の体積個数密度の最大値(NV,N=1.62×1014 m-3)と最小値(NV,N=7.15×1013 m-3)をNVとして計算した結果である。なお,CP-CEq≈CP=1.17×105 mol・m-3,CB(S)-CEq=74.4 mol・m-3である。Al添加直後から過飽和Oの急速な減少を伴ってdSIが増加し,Al2O3核の個数密度に応じて2.2~3.7 s後(fDB=0.9999)に2.0~2.6 μmまで成長することが分かる。この粒子直径はAl添加から60 s後の実験値と概ね一致している。以上の結果から,Al脱酸直後に生成したAl2O3核は溶鋼中Oの拡散によって急速に成長すると考えられる。
Changes in deoxidation ratio fDB and particle diameters dSI of Al2O3 single inclusions associated with diffusion growth of Al2O3 nuclei.
Fig.5より溶鋼中O濃度が高くなるにつれてAl2O3単体介在物が成長していることが分かる。これはAl添加から60 s後の脱酸平衡に達してからの成長であるから,(1)拡散による成長とは考えにくい。また,Al2O3単体介在物はその粒子直径が最大3 μm程でありStokes則により計算しても殆ど浮上できないことから,(4)浮上速度差による衝突凝集もその成長機構から除外できる。よって,Al2O3単体介在物の成長機構としては,(2)Ostwald ripeningと(3)Brown運動による衝突凝集が想定される。Al2O3単体介在物の粒子直径を式(23)と式(27)の成長速度式にしたがって整理しFig.10に示す。ばらつきは見られるが,(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3と時間の間には概ね実線で示す直線関係を見出すことができる。Fig.10から得られた直線の傾き(=[(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]・t-1)に及ぼすO濃度とS濃度の影響をFig.11に示す。図中の点線は実験開始時におけるAl2O3単体介在物の平均体積個数密度6.42×1013 m-3と平均粒子直径2.10 μmから,式(25)と式(27)に基づいて求めたBrown凝集の傾き(=KBR・NV,S(S)・(dSI(S)/2)3)である。また,実線は溶鋼中のO,S濃度に応じてFig.2から求めた実験毎の
Relation between (dSI/2)3 - (dSI(S)/2)3 and time.
Influences of concentrations of O and S on [(dSI/2)3 - (dSI(S)/2)3]·t−1.
著者は,これまで溶鋼中のAl2O3介在物間にはvan der Waals力や溶鋼表面上のCapillary力に比べて非常に強い空隙架橋力による凝集力が作用すること2–4),その凝集力が強くなるにつれて凝集速度は速くなり,Al2O3クラスター介在物の粒子直径も大きくなること5)を実験と理論の両面から実証してきた。Fig.12は前報5)で整理した実験毎のAl2O3クラスター介在物の最大粒子直径dCI,Max(Fig.5における240秒後のdCI)と空隙架橋力による凝集力FA,S(dSI=2 μmの球形Al2O3介在物間に作用)との関係である。Fig.12には,比較のために式(31)と式(37)の2つの凝集モデルにより計算したAl2O3クラスター介在物の粒子直径を,各々□と◇で示した。凝集モデルによる計算では,全Al2O3介在物酸素濃度([I.O]T=[I.O]C+[I.O]S,[I.O]S:溶鋼中Al2O3単体介在物の酸素濃度)に占めるAl2O3クラスター介在物酸素濃度の割合が0.5335),[I.O]T(S)の平均値が0.0152 mass%であることから,CSI(S)は0.0152・(1-0.533)/100・ρFe/MO=31.1 mol・m-3,αCは式(35)を用いて0.0152・0.533・ρFe・
Comparison of maximum Al2O3 cluster inclusion diameters dCI,Max and calculated Al2O3 cluster inclusion diameters using the agglomeration model.
4・1節と4・2節では,溶鋼のAl脱酸過程を幾つかの素過程に分けて,各素過程におけるAl2O3介在物粒子の生成,成長および除去の機構を明らかにすると共に,それに基づく数学モデルを提示した。ここでは,Al2O3介在物粒子の生成,成長および除去の機構を一貫で検証するために,これらの数学モデルを用いてAl添加直後から脱酸平衡後までのAl2O3介在物粒子の直径と体積個数密度の変化を各素過程間の連続性を考慮して算出した。得られたAl2O3介在物粒子の直径と体積個数密度の計算結果を,実験値と比較して各々Fig.13とFig.14に示す。脱酸平衡後のAl2O3介在物粒子の成長,凝集と除去は溶鋼中O濃度により変化するため,低O濃度(0.0006 mass%)と高O濃度(0.0261 mass%)の計算値を各々実線と一点鎖線で表示した。計算ではAl添加時の溶鋼撹拌によるAl2O3介在物の急激な凝集と除去はAl脱酸平衡に達した直後に瞬間的に起こり,その後60 sまでは殆ど変化しないと見なした。そのため,脱酸平衡直後でのAl2O3クラスター介在物直径は実験開始時の平均クラスター直径,全Al2O3単体介在物個数密度はAl添加直後のそれの89%(=[I.O]T(60)/[I.O]T(0)=0.0152/0.017)とした。また,全Al2O3単体介在物個数密度の実験値としては,ばらつきの大きい顕微鏡観察結果の代わりに,Al2O3単体介在物の平均粒子直径2.10 μmをdSIとした式(38)を用いて実測の[I.O]Tから換算した。
Time changes in diameters of Al2O3 inclusion particles.
Time changes in total volume number density of Al2O3 inclusion particles.
Al添加直後から直径8.8×10-4 μmのAl2O3核がI0=2.0×1016 m-3・s-1で生成し,核生成が終了するtk=0.01 s後にはAl2O3核の体積個数密度は2.0×1014 m-3となり,実験値のNV,N=0.72~1.62×1014 m-3に近い値となっている。生成したAl2O3核は,過飽和Oを全て消費することにより1.9 s後には直径1.83 μmのAl2O3単体介在物に拡散成長して平衡状態に達する。この間,微細なAl2O3単体介在物の浮上速度は極めて遅いので,その体積個数密度は変化しない。Al添加から1.9 s以降の平衡状態では,Al2O3単体介在物とAl2O3クラスター介在物の各々が異なる機構に基づいて並行して成長すると共に,除去される。直径1.83 μmのAl2O3単体介在物はO拡散律速のOstwald ripeningにより成長し,その粒子直径はO濃度が高いほど大きくなり実測値ともよく一致している。一方,Al添加に伴う溶鋼撹拌の操作により急速に凝集した直径24.9 μmのAl2O3クラスター介在物は,高O濃度の場合には単体介在物と,低O濃度の場合には更に他のクラスター介在物とも凝集しながら浮上分離する。そのため,O濃度が低いほどAl2O3クラスター介在物の直径は増大し,それに応じて全Al2O3単体介在物の個数密度も速く減少しており,何れの計算結果も実験値を概ね再現している。
以上のように,Al添加直後から脱酸平衡後までのAl脱酸挙動を素過程毎に適切な機構を仮定して導出したAl2O3介在物の生成,成長,凝集および除去の数学モデルに基づいて一貫で再現できることから,本研究で提示したAl脱酸機構の妥当性が検証された。また,本研究で解明されたAl脱酸機構に基づき過飽和度や界面活性元素であるO等の複数の速度支配因子を各素過程への影響を考慮し全体として適正化すれば,Al2O3介在物の粒径や量の高度な制御が可能となり,鋼材の品質・材質の改善に大きく寄与できると考えられる。
溶鋼中のO,S濃度を変更することによりAl2O3介在物との界面張力を制御したAl脱酸実験に基づいて,Al添加直後の核生成・成長から脱酸平衡後のAl2O3介在物の成長・凝集・除去までの一連のAl脱酸挙動を速度論の観点から解析し,以下の結論を得た。
(1)Al2O3核の生成個数密度は(0.72~1.62)×1014 m-3であり,過飽和度が増加する程,核と溶鋼の界面張力が低下する程大きくなったが,界面張力の影響は比較的小さい。この傾向は均質核生成の理論により概ね説明でき,Al脱酸実験では平均界面張力1.43 N・m-1,頻度因子4.27×1035 m-3・s-1,核生成時間0.01 s,平均核生成速度1.96×1016 m-3・s-1と推定される。
(2)Al2O3核の成長機構は溶鋼中での過飽和Oの拡散成長であり,Al2O3核の個数密度に応じて臨界核はAl添加から2.2~3.7秒後に直径2.0~2.6 μmのAl2O3単体介在物に急速成長し,脱酸平衡に到達する。
(3)脱酸平衡状態では,Al2O3単体介在物とAl2O3クラスター介在物の両者は異なる成長機構に基づいて同時並行的に成長すると共に,除去される。
(4)Al2O3単体介在物の成長速度は溶鋼中O濃度が高くなるにつれて速くなり,その成長機構は介在物の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長(Ostwald ripening)で説明できる。
(5)Al2O3クラスター介在物は,空隙架橋力を起源とする凝集力の増大に伴い溶鋼中に分散する微細な単体介在物とだけでなく,浮上経路にある他のクラスター介在物とも強く引き合って凝集成長しながら浮上分離する。
(6)Al添加直後から脱酸平衡後までのAl脱酸挙動を,素過程毎に適切な機構を仮定して導出したAl2O3介在物の生成,成長,凝集および除去の数学モデルに基づいて一貫で再現できることから,本研究で提示したAl脱酸機構の妥当性が検証された。