2021 Volume 107 Issue 10 Pages 845-852
The age-hardening behavior of the wrought Ni-based superalloy Alloy 625 was investigated in the temperature range between 923 and 1173 K for the application to advanced ultra-supercritical (A-USC) power plants. The carbon content of the alloy was controlled as low as possible to minimize the precipitation of carbides during aging. A two-step increase of hardness was detected for the alloy at temperatures between 1000 and 1100 K; the first increase of hardness results from the precipitation of the metastable γ′′ phase, and the second increase corresponds to the precipitation of the orthorhombic δ phase. In contrast, a single-step increase of hardness was detected below 1000 K derived from the precipitation of γ′′ phase and above 1100 K derived from the precipitation of δ phase. The TTP (time–temperature–precipitation) diagram for the alloy was established on the basis of the results of hardness measurements and microstructure observations, where the nose temperatures of γ′′ and δ phases are determined as 1050 and 1123 K, respectively. The γ′′ particle coarsened along the Ostward ripening. The activation energy for the γ′′ coarsening was evaluated as 202 kJ/mol, which is very close to that for the inter-diffusion of Nb in Ni.
二酸化炭素の排出削減により環境負荷を低減させることを目的として,石炭火力発電プラントを高効率化することが,社会的に要請されている1)。火力発電プラントのエネルギー変換効率を向上させるためには,ボイラーにおける蒸気温度および蒸気圧力を高めることが求められる2)。蒸気温度を973 K以上の高温としている先進超々臨界圧(Advanced Ultra-Supercritical: A-USC)火力発電プラントにおいて,ボイラー用配管部材としてフェライトおよびオーステナイト系耐熱鋼を適用することは,高温クリープ特性および高温水蒸気酸化特性の観点から困難となっている3)。近年,過酷な高温蒸気条件に対して適用可能な候補材料として,Ni基超合金4,5)およびFe–Ni基合金6–8)が注目されている。
Ni基超合金Alloy 625は,優れた高温強度特性9)および高温酸化特性10)を有することから,A-USC火力発電プラントにおけるボイラー配管の候補材料として着目されている11)。Alloy 625における高温強度は,Cr,MoおよびNbなどの遷移金属元素による固溶強化,および,6種類の析出相による析出分散強化,に起因するものと一般に理解されている12)。Alloy 625鍛造合金における析出分散相として,体心正方晶のDO22構造を有するγ′′–Ni3(Nb,Al,Ti)相,斜方晶のDOa構造を有するδ–Ni3(Nb, Mo)相,Pt2Mo型の結晶構造を有するNi2(Cr, Mo)相という3つの金属間化合物相,および,3種類の炭化物相(MC,M6C,M23C6)が挙げられる。ここで,炭化物相は,時効熱処理中における析出の開始が比較的早く粗大化も容易に生じるため,長時間の高温強度を支える主要な高温強化相として期待することは難しい13)。また,Ni2(Cr, Mo)相は,873 K以下では数万時間にわたり安定に存在する14)のに対し,923 K以上の温度領域では短時間のうちにγ母相中に溶解する15)。
Alloy 625鍛造合金をA-USC火力発電プラントに使用する際に,主要な析出分散強化相となるものと期待される金属間化合物相として,γ′′相およびδ相が挙げられる。本研究の目的は,時効硬化曲線および微細組織観察から,Alloy 625鍛造合金のA-USC温度領域におけるTTP(time–temperature–precipitation)図を作成し,γ′′相およびδ相の析出開始線(C曲線)におけるノーズ温度を明確にすることである。Alloy 625鍛造合金におけるTTP図は,1994年に Floreenら16)により報告されたものの,これ以降,TTP図の精緻化は行われていない17,18)。本研究では,Alloy 625鍛造合金におけるγ′′相およびδ相のC曲線を明確に評価するにあたり,以下に記す3つの項目に留意する。①使用するAlloy 625鍛造合金における含有炭素量を可能な限り低めることにより炭化物相の析出を最小化し,γ′′相およびδ相の析出を明瞭にとらえることとする。②調査を行う温度領域を A-USC火力発電プラントにおける実機使用温度近傍の 923–1173 Kに限定し,調査を行う時効時間を最長で1000 hと長くする。③硬さの測定にあたり圧痕を結晶粒内に落とし,結晶粒内における析出の開始を示すC曲線を得ることとする。
供試合金は鍛造Ni基超合金Alloy 625であり,その合金組成をTable 1に示す。本合金中には,主要成分としてCr,MoおよびNbがそれぞれ22.1,8.2および3.2 mass%含まれており,これに加えてAlおよびTiがそれぞれ0.21および0.26 mass%微量添加されている。なお,C濃度は0.006 mass%であり,汎用的なAlloy 625と比較して一桁以上小さい値としている。本合金は,真空誘導溶解(Vacuum Induction Melting: VIM)およびエレクトロスラグ溶解(Electroslag Remelting: ESR)の二段溶解によりインゴットを溶製した後,熱間鍛造および線材圧延により直径40 mmの円柱状に加工した。作製した円柱状試料に対し,1144 K/0.5 hの焼なましを施した後に空冷したものを受取材とした。
Alloy | Cr | Mo | Nb | Al | Ti | B | C | Ni |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Alloy 625 | 22.1 | 8.2 | 3.2 | 0.21 | 0.26 | 0.003 | 0.006 | Bal. |
受取材から8×8×8 mm3の立方体状試料を切出し,温度範囲1373–1523 Kにて1 hの溶体化熱処理を行った。また,溶体化熱処理を施した試料について,923–1173 Kにて最長で1000 hの時効熱処理を施した。硬さはマイクロビッカース硬度計により測定し,測定荷重は9.8 N,荷重保持時間は10 sとしている。溶体化熱処理材および時効熱処理材について各試料7点の測定を行い,最大値と最小値を除いた5点の平均値から硬さを求めた。なお,本研究ではいずれの試料においても,結晶粒内に圧痕を落とすように留意している。
溶体化熱処理材および時効熱処理材について,電界放出型走査電子顕微鏡(Field-Emission Scanning Electron Microscopy: FE-SEM)および透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy: TEM)による組織観察を行った。FE-SEMを用いた組織観察にあたっては,立方体状試料を鍛伸方向に対し平行に切断し,埋込後,標準的な機械研磨を施した後,過飽和クロム酸リン酸溶液を用いて熱湯浴中にて電解腐食を行った。電解腐食中における電流値は40 mA,腐食時間は30 sとしている。FE-SEM観察では,加速電圧15.0 kVにて二次電子像(Secondary Electron Image: SEI)を撮影した。TEMを用いた組織観察にあたっては,試料から直径3 mmの円盤状薄膜を切出し,機械研磨により厚さを150 μmとした後,10 vol%過塩素酸–90 vol%エチルアルコール混合溶液中にて,ツインジェット式電解研磨装置により電解研磨を施した。電解研磨は温度243 Kにて行い,研磨電流は約38 mAとしている。電解研磨により中心部に孔をあけた円盤状薄膜試料について,透過型電子顕微鏡JEOL JEM-2010を用いて,加速電圧200 kVにて微細組織観察を行った。
Alloy 625鍛造合金の受入材に対し,温度1373–1523 Kにて1 hの溶体化熱処理を施した時の,母相γ相の結晶粒径と溶体化熱処理温度との関係をFig.1に示す。溶体化熱処理温度が1500 K以下において,母相γ相の結晶粒径は1373 Kにおける43 μmから1473 Kにおける68 μmまで,溶体化熱処理温度の増加に伴い緩やかに増加する。これに対し,1500 Kを超えると,結晶粒径は温度の増加に伴い急激に増加し,1523 Kにおいて193 μmとなる。この結果から,受入材の金属組織中に存在する析出相を完全に溶解し,γ単相組織を得ることを目的として,本研究では1523 K/1 hにて溶体化熱処理を行うこととする。
Plots of grain diameter vs. temperature for Alloy 625 solution-treated for 1 h.
Alloy 625の時効硬化挙動を明らかにするために,マイクロビッカース硬度計により,結晶粒内における硬さを計測した。Alloy 625の時効温度973–1173 Kにおける時効硬化曲線をFig.2に示す。なお,各プロットは,測定において採用した5点の硬さデータの平均値であり,データの分布幅をエラーバーとして記している。時効熱処理を施す前の溶体化熱処理材における硬さはHv 178である。時効温度が最も低い973 Kの場合,時効時間が10 h以下において硬さの増加はほとんど生じない。ところが,10 hを超えると硬さが急激に増加し,30 hにおいてピーク硬さHv 316を示した後,時効時間の増加に伴い硬さは緩やかに減少し,最も長時間の1000 hにおいて硬さはHv 292となる。高温の1123 Kおよび1173 Kでは,それぞれ70 hおよび100 hまで硬さの増加は生じず,これを超えると硬さがわずかに増加し,1000 hにおいて硬さはそれぞれHv 235(1123 K)およびHv 215(1173 K)となる。なお,1123 Kおよび1173 Kともに,1000 hまでの時間域において硬さの減少は認められない。
Plots of Vickers hardness vs. aging time at temperatures between 973 and 1173 K for Alloy 625 solution-treated at 1523 K/1 h/WQ. (Online version in color.)
中程度の温度である1023 Kおよび1073 Kでは,5 hを超えると硬さが明らかに増加し,10 hにおいてそれぞれHv 242(1023 K)およびHv 220(1073 K)のピーク硬さを示す。その後,時効時間の増加に伴い硬さは緩やかに減少するものの,1023 Kでは300 hを,また,1073 Kでは100 hを超えると硬さは再び増加し,最も長時間の1000 hにおいて,硬さは両温度ともにHv 284となる。すなわち,1023 Kおよび1073 Kでは,1000 hまでの時間域において2回の硬さ増加が認められる。以上の時効硬化曲線の結果から,C濃度を低めたAlloy 625鍛造合金において,時効温度が973–1073 Kでは3–10 hの短時間域において,また,1023–1173 Kでは 70–300 hの長時間域において,硬さの増加が認められることが明らかとなった。
3・2 結晶粒内の析出組織鍛造Ni基超合金の時効硬化曲線において,硬さの増加は析出の開始に対応することが,一般に知られている19)。Alloy 625鍛造合金の時効硬化曲線において,結晶粒内における硬さの増加が短時間域においてのみ生じる973 Kに,まず着目した。973 K/1000 h時効材におけるSEM-SEIを Fig.3に示す。直径約300 nmの平盤状析出相が,粒内全面に高密度に析出している。また,析出相の平盤面は互いに垂直な3つの結晶面上に位置していることが見て取れる。従来の研究から,Alloy 625鍛造合金において時効熱処理中に析出するγ′′相は,①{001}γ面を晶癖面として平盤状に析出し3つのバリアントを有すること,および,②平盤状析出相を側面から観察するとレンズ型形状を呈すること,が報告されている12,14,20)。これら2つの組織的特徴から,Fig.3において観察される平盤状析出相は,γ′′相であるものと判断される。
SEM-SEI of Alloy 625 aged at 973 K for 1000 h.
Alloy 625鍛造合金の時効硬化曲線おいて,硬さの増加が長時間域においてのみ生じる1123 Kに,次に着目した。1123 K/1000 h時効材におけるSEM-SEIをFig.4に示す。長さが約40 μmの粗大な直線状析出相が,粒内全面に観察される。また,直線状析出相は,黄色の線にて示す4つの結晶面上に位置していることが見て取れる。Alloy 625鍛造合金における従来の研究から,時効熱処理中に析出するδ相は,{111}γ面を晶癖面として針状に析出し4つのバリアントを有することが,Sundararamanらにより報告されている21)。析出相における形態的な特徴から,Fig.4において観察される粗大な直線状析出相はδ相であるものと判断される。
SEM-SEI of Alloy 625 aged at 1123 K for 1000 h. (Online version in color.)
δ相の三次元的形状を明らかにするために,時効硬化曲線(Fig.2)において,長時間域の硬さ増加が始まる直後である1073 K/300 h時効材のTEM-BEIを,制限視野回折図形(Selected-Area Diffraction Pattern: SADP)とあわせてFig.5に示す。なお,観察にあたって電子線の入射ベクトルは,母相γ相に対しB=[011]γとしている。δ相は,(111)γおよび (1 1 1)γなど,複数の{111}γ面上に位置している。また,δ相は針状の形状を呈するものの,一部のδ相は約370 nmの幅を有する。δ相の形状は,サイズの増加に伴い,針状からフレーク状へと移り変わるものと推察される。
TEM-BFI, taken with B = [011]γ and g = 111γ, of the δ precipitates detected in Alloy 625 aged at 1073 K for 300 h. (Online version in color.)
中程度の温度域である1023 Kおよび1073 Kにおいて,硬さの増加は5–10 hの短時間域,および,70–300 hの長時間域,の両時間領域において生じる。長時間域の硬さ増加が十分に生じている,1023 K/600 h時効材におけるSEM-SEIをFig.6に示す。結晶粒内において,長さ約1 μmの微細な平盤状の析出物(γ′′相)が,赤色の線にて示す3つの結晶面に沿って数多く析出している。また,これに加えて,長さ約5 μmのフレーク状の析出物(δ相)が,黄色い線にて示す4つの結晶面に沿って析出していることも,あわせて認められる。以上の組織観察結果から,C濃度を低めたAlloy 625鍛造合金を,973–1173 Kの温度領域において,最大1000 hまでの時効熱処理を行った場合,観察される主要な析出相はγ′′相とδ相の二種類であることが明らかとなった。
SEM-SEI of Alloy 625 aged at 1023 K for 600 h. (Online version in color.)
Alloy 625鍛造合金の温度973–1173 Kにおける時効硬化曲線(Fig.2)から,γ′′相およびδ相の結晶粒内における析出開始時間を読取り,これをTTP(time–temperature–precipitation)図として整理したものをFig.7に示す。なお,硬さの増加が生じる時点を析出の開始と判断しており,Fig.7中には,各時効熱処理条件における析出物相の観察結果を示すプロットもあわせて記している。すなわち,結晶粒内において,γ′′相のみが観察された時効熱処理条件は「■□」,δ相のみが観察された条件は「□■」,また,両相ともに観察された条件は「■」にて表記している。
TTP diagram of Alloy 625, showing the precipitation start time of the γ′′ and δ phases in the matrix phase.
γ′′相は,時効温度1023 Kおよび1073 Kにおいて,10 h以下の短時間にて析出が開始する。時効温度の低下に伴いγ′′相の析出開始時間は長くなり,973 Kにおいて析出の開始は10 hと30 hの間となり,923 Kでは300 hにおいてもγ′′相の析出は生じない。一方,高温側を見ると,1100 Kを超える温度において時効熱処理を施した場合にγ′′相は見られない。この結果から,γ′′相におけるC曲線のノーズ温度は1050 Kとなるものと判断される。
δ相は,1123 Kにおいて80 hにて析出が開始する。1123 K以下の温度領域において,時効温度の低下に伴いδ相の析出開始時間は長くなる。すなわち,δ相の析出開始時間は,1073 Kにおいて100 hを超え,1023 Kにおいて300 hと600 hの間となり,973 Kでは1000 h経過してもδ相は観察されない。一方,高温側を見ると,1073 Kにおいてδ相の析出開始時間は100 hと300 hの間となる。この結果から,δ相におけるC曲線のノーズ温度は1123 Kとなるものと判断される。
以上の結果から,温度 923–1173 Kにおいて最大1000 hの時効熱処理を施した時のAlloy 625鍛造合金における析出挙動は,析出相の観点から見た場合に3つの温度領域に分類される。まず,①時効温度が1000 K以下では,時効熱処理中に結晶粒内においてγ′′相のみが析出し,δ相は析出しない。これに対し,②時効温度が1100 K以上では,時効熱処理中にδ相がγ母相から直接析出し,γ′′相は析出しない。そして,③時効温度が1000–1100 Kでは,10 h以下の短時間においてγ′′相が,また,100 hを超える長時間においてδ相が析出する。なお,1073 Kにおいて,10–100 hの時間域で見られる析出相はγ′′相のみであるのに対し,1000 hで見られる析出相はδ相のみとなる。短時間域において析出したγ′′相は,時効熱処理中にδ相に相変態(γ′′→(γ′′+δ)→δ)するものと推論される21)。
本研究にて得られたAlloy 625鍛造合金の結晶粒内における析出開始を表すTTP図(Fig.7)を,Floreenらが報告した従来のAlloy 625鍛造合金のTTP図16–18)と比較する。本研究では,供試合金におけるC濃度を可能な限り低めており,時効熱処理材において炭化物相はほとんど観察されない。γ′′相のノーズ温度は,本研究では1050 Kと見積もられた。この値は,従来のTTP図におけるγ′′相のノーズ温度である944 Kに比べ106 K高いものの,ノーズ温度におけるγ′′相の析出開始時間は5 hと,従来のTTP図における値とほぼ同等となる。δ相のノーズ温度は,本研究において1123 Kと見積もられ,この値は従来のTTP図におけるδ相のノーズ温度1106 Kに近い。ノーズ温度におけるδ相の析出開始時間を比較すると,本研究において80 hとなり,この値は従来のTTP図における18 hに比べ4倍以上も大きい。δ相のノーズ温度に対応する1123 Kにおいて,結晶粒内の硬さが増加する前段階である1123 K/30 h時効材の,結晶粒界近傍におけるSEM-SEIをFig.8に示す。1123 K/30 h時効材では,結晶粒内において析出相は認められないのに対し,結晶粒界近傍では,長さ約5 μmの針状のδ相が結晶粒界から粒内に向かって析出している。従来のTTP図におけるδ相のC曲線は,結晶粒界におけるδ相の析出開始時間にほぼ対応することが見て取れる。
SEM-SEI around grain-boundaries of Alloy 625 aged at 1123 K for 30 h.
δ–Ni3(Nb,Mo)相のノーズ温度における析出開始時間が,従来の結果(18 h)に比べ,本研究において大幅に遅滞(80 h)した理由として,以下に述べる可能性も考えられる。C含有量を低めることに留意していない一般のAlloy 625の場合,δ相がγ母相から直接析出する1100 K以上の温度領域では,δ相の析出に先行して,3種類の炭化物相(MC,M6C,M23C6)が,1 h程度の短時間において析出する16–18)。この場合,δ相は構成元素であるNbおよびMoを含有した炭化物相に隣接して析出することにより,δ相中へのNbおよびMoの供給は容易となる。これに対し,本研究において使用しているC濃度を低めたAlloy 625では,炭化物相の析出はほとんど生じず,δ相が粒内に析出するにあたり,NbおよびMoをδ相中に供給することは,炭化物相が有る場合に比べ困難となる。このため,本研究において,δ相の析出は,従来材に比べ遅滞するものと考えられる。
3・4 γ′′相の粗大化挙動A-USC温度とみなせる973 Kは,γ′′相のノーズ温度に比べ77 K低く,またδ相のノーズ温度よりも150 K低い。973 K前後の温度領域において時効熱処理を行うと,10–100 hにおいてγ′′相が析出し,数百から数千時間においてδ相が析出する。Alloy 625鍛造合金を973–1073 Kの温度領域にて時効熱処理した時の,γ′′析出相における長辺長さ(l)をSEM-SEIから測定し,時効時間(t)に対して整理したグラフをFig.9に示す。なお,Fig.9中に記す計11個のプロットは,短時間側のピーク硬さを示した後の時間域に対応しており,δ相の析出はいずれも生じていない。時効温度が最も低い973 Kにおいて,ピーク時効条件である30 hにおいてl=65 nmとなる。tの増加に伴いlは単調に増加し,1000 hにおいてl=270 nmとなる。t=30 hで比較した場合,時効温度が 973 Kから1073 Kに増加すると,lは65 nmから400 nmに増加する。lとtは,いずれの時効温度においても,式(1)に示す関係により整理される:
(1) |
Plots for Alloy 625 of γ′′ length vs. aging time at temperatures between 973 and 1073 K.
ここで,kTは時効温度に依存する定数で,nは直線の傾きに対応する。Fig.9からn=0.35と見積もられ,この値はオストワルド成長により粗大化が進行する時の値である 0.33に極めて近い22,23)。
973 Kから1073 Kまでの3つの時効温度におけるkTの自然対数を,絶対温度の逆数に対してプロットしたグラフをFig.10に示す。ln kTの値は1/Tの増加に伴い単調に減少し,3つのプロットは1本の直線で整理される。直線の勾配から,本合金におけるγ′′相の粗大化の活性化エネルギーは202 kJ/molと見積もられる。Ni中における3dおよび4d遷移金属元素の相互拡散の活性化エネルギー(Qint)は,Reedらによって第一原理計算を用いて系統的に評価されている19,24,25)。ここで,γ′′相の主要な構成元素であるNbのNi中におけるQintは201 kJ/molとなる。また,Ni中におけるNbのQintは,1200–1500 Kの温度領域において,Patil and Kaleにより実験的に評価されており,その値は203 kJ/molとなる26)。本研究において得られたγ′′相の粗大化の活性化エネルギー(202 kJ/mol)は,Ni中におけるNbのQintの計算値(201 kJ/mol)および実験値(203 kJ/mol)に極めて近い。この結果から,Alloy 625鍛造合金の時効熱処理中におけるγ′′相の粗大化は,Ni母相中におけるNbの相互拡散に律速するものと推察される。
Plots for Alloy 625 of ln kT vs. 1/T, where kT is the proportional constant in the equation; l = kT t0.35. In this equation, l is the γ′′ length, t is the aging time, and kT is the proportional constant representing the coarsening rate.
本研究では,炭素量を可能な限り低めた鍛造Ni基超合金Alloy 625について,A-USC火力発電プラントへの適用の観点から,温度領域923–1173 Kにて最長で1000 hの時効熱処理を行い,結晶粒内において硬さ測定および微細組織観察を行った。本研究において得られた結果を以下に総括する。
(1)時効温度が1000 K以下では,時効熱処理中にγ′′相のみが析出し,δ相は析出しない。これに対し,時効温度が1100 K以上では,時効熱処理中にδ相がγ母相から直接析出し,γ′′相は析出しない。そして,時効温度が1000–1100 Kでは,10 h以下の短時間においてγ′′相が,また,100 hを超える長時間においてδ相が析出する。このとき,短時間域において析出したγ′′相は,時効熱処理中にδ相に相変態(γ′′→(γ′′+δ)→δ)する。
(2)Alloy 625鍛造合金の結晶粒内における析出の開始を表すTTP(time– temperature–precipitation)図を作成した。γ′′相のC曲線におけるノーズ温度は1050 Kと見積もられ,ノーズ温度におけるγ′′相の析出開始時間は5 hとなる。δ相のC曲線におけるノーズ温度は1123 Kと見積もられ,ノーズ温度におけるδ相の析出開始時間は80 hとなる。
(3)γ′′相の粗大化はオストワルド成長により進行する。γ′′相における粗大化の活性化エネルギーは202 kJ/molとなり,この値はNi中におけるNbの相互拡散の活性化エネルギーに近い。Alloy 625鍛造合金の時効熱処理中におけるγ′′相の粗大化は,Ni母相中におけるNbの相互拡散に律速する。
本研究にて使用した合金試料は大同特殊鋼株式会社より提供を受けており,厚く御礼申し上げます。また,電子顕微鏡観察にあたり御協力頂いた東京工業大学尾中晋教授および木村好里教授に感謝の意を表します。