2021 Volume 107 Issue 10 Pages 876-886
To enhance the accuracy of sheet forming simulation, applying a material model based on a physical understanding that enables the description of material behavior under multi-axis stress is beneficial. To achieve this, it is necessary to clarify the work hardening behavior of the material under multi-axis stress and its mechanism. It is especially known that steel sheets for deep drawing with an increased r value have different degrees of work hardening under uniaxial and biaxial stresses, which is called anisotropic work hardening. Anisotropic work hardening is considered to be brought about mainly by a texture or dislocation cell structure, but details are unknown. This study thus discusses the physical mechanism using the crystal plasticity finite element method.
The crystal plasticity finite element method was executed with the model that Hoc et al. developed by modeling the accumulation of dislocation. In the analysis, the anisotropic work hardening was reproduced where the equal plastic work surface stuck out around the equal biaxial stress. It is presumed that the anisotropic work hardening occurred because the equal biaxial stress had more slip systems than the uniaxial stress, and eventually had more latent hardening. It was confirmed by changing the crystal orientation virtually that anisotropic work hardening behavior depends strongly on texture. From this, it is concluded that ferrite steel materials have different numbers of active slip systems depending on the texture, and the amount of latent hardening varies accordingly, resulting in anisotropic work hardening.
自動車に要求される高水準の性能と軽量化の要求に同時に対応しつつ,製造コストの低い自動車車体を短期間で開発するために,CAE(Computer Aided Engineering)を活用したデジタル開発が実用化されている1–5)。すなわち,開発の初期段階から性能だけでなく生産性にも配慮した全体最適化設計が望まれており,その鍵となるのは数値シミュレーションによる成形性や衝突性能の予測評価技術である。例えば,板材成形シミュレーションは,実物トライアルが中心の試行錯誤による成形条件調整に代わる仮想実験ツールとして,破断やしわの回避やスプリングバックによる変形を考慮した金型の見込みのために主に金型設計で利用されている。一方,消費者志向の多様化にともない近年の自動車の外観デザインは,車体側面に意匠線として鋭いキャラクタラインを配置する形状へと大きく変化している3,5)。このような複雑形状の外板パネル部品の成形技術開発では,プレス時の破断やしわに加え,質感や美しい造形を確保するために,面ひずみや線ずれのような官能検査で評価される意匠上の不具合に対する対策技術とこれらを予測するために板材成形シミュレーションの高精度化が望まれている5)。
この分野で広く普及している板材成形シミュレーションは巨視的連続体力学の枠組みで構築された現象論的材料モデルが用いられている。例えば,r値を材料パラメータとするHillの降伏関数や引張試験で得られる加工硬化曲線に従う等方硬化則があり,これらは単軸引張試験で観測される現象のみに基づいている。一方,プレス成形の際に材料に作用するのは多軸応力である。したがって,板材成形シミュレーションの精度を向上するには多軸応力下での材料挙動を記述できる材料モデルが必要である。ただし,現象論的手法を用いてモデル化を行うと,記述すべき現象が複雑になるほど必要な材料パラメータが多くなり,それらを同定するための機械試験数が多く必要になる。そこで,材料の変形機構の物理的理解に基づく材料モデルの構築により,機械試験数の削減が可能となる。そのためには多軸応力下での材料の加工硬化挙動とその機構を明らかにする必要がある。
Hillら6,7)により多軸応力下での材料の加工硬化挙動を評価,定式化する手法として等塑性仕事面を用いることが提案されている。これまでに,板材成形シミュレーションの精度向上を目的に多軸応力状態での加工硬化特性を測定するために2軸引張試験機が開発され,種々の金属材料に関して等塑性仕事面を測定し,これまでに数多くの知見が報告されている8–12)。例えば,Kuwabaraらのグループ8–10)は鉄鋼材料,特にr値を高めた深絞り用鋼板において,圧延方向の単軸引張応力で無次元化した等塑性仕事面は,変形が進むにつれて等2軸近傍の等塑性仕事面がより早く発達するいわゆる異方硬化挙動が観測されることを報告している。これは等2軸引張変形の加工硬化が単軸引張よりも大きいことによるものと考えられるが,材料の微視的構造に基づいた変形機構の物理的要因については未だ明らかでない。
近年,計算機能力の急速な進歩を背景に,結晶塑性理論を用いて,多結晶体の塑性変形を有限要素解析する試みが増加している。例えば,Yoshidaら13)は,円管による多軸引張試験により3000系アルミニウム合金板の異方硬化挙動を実測するとともに,結晶塑性有限要素解析により多軸応力下の加工硬化挙動をシミュレーションしている。また,Hashimotoら14)は均質化法に基づく結晶塑性有限要素解析により5000系アルミニウム合金板の2軸引張変形のシミュレーションを行うとともに,実験値と比較している。しかし,これらの研究は,結晶塑性有限要素解析による異方硬化挙動の予測精度を明らかにしている点で興味深いが,自動車の外板パネルに用いられている高深絞り型のフェライト単相鋼に関する知見はない。一方,Hamaら15)は深絞り用のIF (Interstitial Free)鋼板を対象に結晶塑性有限要素解析の予測精度を検討しているものの異方硬化挙動の機構については検討がなされていない。また,Kuboら16,17)は,SEM(Scanning Electron Microscope)真空チャンバー内での2軸引張装置を開発し,IF鋼に対してSEM-EBSD(Electron Backscatter Diffraction Pattern)解析により単軸引張および等2軸引張変形時の組織変化を観察するとともに,巨視的なひずみ増分と微視的なひずみ増分は同一と仮定し結晶方位分布に応じて重み付けするfull constraints Taylorモデルにより降伏曲面を計算している。その結果,彼らは等2軸変形によりND//<111>と<100>方位が発達することや,結晶粒内の不均一変形が異方硬化の要因の一つであると指摘している。しかし,実験による集合組織の変化を念頭においた現象論的な報告にとどまっている。一方,Eyckensら18)はTaylorモデル19)とAlamelモデル20)を用いてIF鋼の異方硬化の再現を試みている。その結果,Alamelモデルを用いることで異方硬化の傾向を再現するものの変形初期の異方硬化挙動,特に概ね6%以下の塑性ひずみ域で現れる急激な異方硬化挙動は再現できていない。また,Uenishiら21)は単結晶材の単純せん断試験で見られる転位構造と加工硬化の関係を調査し,加工硬化挙動と転位構造が密接に関連していること,転位構造が活動すべり系の数と幾何学的な配置に依存することを明らかにしているものの,多結晶単相金属に関しては未だ明らかにではない。
そこで本研究では,IF鋼板を対象に十字形試験片を用いた2軸引張試験により多軸応力下での加工硬化特性と等塑性仕事面を調査し,その特徴を明らかにする。続いて,すべり系の幾何学的な配置,活動すべり系の数,それらの相互作用による硬化挙動を評価できる結晶塑性解析により,材料の微視組織変化と巨視的変形特性を定量的に評価する。さらに,仮想的に集合組織を変化させた結晶塑性有限要素解析により異方硬化挙動に及ぼす集合組織の影響や結晶粒内の転位の相互作用の影響について考察する。
供試材は,冷間圧延‐連続焼鈍により製造され,Table 1に示す機械的性質を有する板厚1.6 mmのIF鋼板とした。機械特性はインストロン型試験機により速度3 mm/min一定(初期ひずみ速度10-3/s)で引張試験により求めた。板面内で平均したLankford値の測定以外の試験は圧延方向と平行に採取したJIS5号試験片を用いた。なお,ひずみは評点間距離50 mmの接触式伸び計を用いて測定した。
YS | TS | u-EL | t-EL | r |
---|---|---|---|---|
150 MPa | 286 MPa | 28.8% | 53.9% | 1.7 |
結晶塑性有限要素解析における加工硬化挙動の再現性を検証するため,十字形試験片を用いた2軸引張試験を実施した。十字形試験片の形状をFig.1に示す。ここでは,圧延方向をx,圧延直交方向をyとした。本実験では,油圧サーボ制御2軸引張試験機を用いて,十字形試験片に2軸引張荷重を負荷した。このとき,圧延方向と圧延直交方向の真応力比が一定となるように制御し,応力比はσxx:σyy=4:1,2:1,4:3,1:1,3:4,1:2,1:4の7通りとした。また,JIS5号試験片を用いた圧延方向および圧延直交方向の単軸引張試験により,真応力比σxx:σyy=1:0,0:1における加工硬化特性を測定した。なお,試験速度は単位時間当たりの塑性仕事増分を一定とし,0.5 MPa/minとした。
Cruciform specimen for biaxial tensile test.
2軸引張試験におけるひずみは500万画素のCCDカメラを用いた画像処理により計測した。ひずみの計測方法を以下に述べる。まず,十字形試験片の中央表面を黒色に塗装し,その上に8 mm四方の白色の矩形を描く。試験片とともに変形する白色の矩形をCCDカメラで逐次撮影し,その変形からひずみを算出した22,23)。なお,白色の矩形の描画位置はISO16842で規定されているひずみゲージの貼付位置とし,ひずみの算出は4節点四角形要素の中心のひずみと各節点の変位の関係を利用した23)。続いて,多軸応力下での加工硬化挙動を評価するために正規化された等塑性仕事面を算出した8)。具体的には,圧延方向の単軸引張試験より,所定の対数塑性ひずみεp0に達するまでになされた塑性仕事Wを求める。続いて2軸引張試験により,塑性仕事Wと等価となる応力点(σ11,σ22)を求め,主応力空間にプロットする。これらの点を各εp0に対応する圧延方向の単軸引張応力で無次元化することで,正規化された等塑性仕事面を得た。
2・3 実験結果等塑性仕事面の測定結果をFig.2に示す。応力比が4:3~1:4の範囲において,等塑性仕事面は0.005≦εp0≦0.04の範囲で変形の進展とともに外側に膨張する異方硬化挙動を示した。特に,応力比が1:1となる等2軸引張近傍で顕著な異方硬化挙動を示した。また,圧延直交方向の応力比が増加するほど等塑性仕事面の形状はあまり変化せず,著しい異方硬化挙動は認められなかった。逆に,圧延方向の単軸引張では等塑性仕事面は収縮傾向を示した。
Stress points comprising counters of plastic work obtained from experimental result. The stress values are normalized by σ0, the tensile flow stress in the rolling direction corresponding to the εp0.
結晶塑性解析は,多結晶金属材料の塑性変形を素過程であるすべり変形からモデル化することで,変形にともなう集合組織の発展と巨視的変形特性を定量的に評価することができる。本研究では,実組織を反映したメゾスケールでの結晶塑性有限要素解析により,等2軸引張変形下で現れる異方硬化挙動の物理機構について検討する。結晶塑性有限要素解析は,結晶粒間のひずみの適合条件および粒界における力のつり合いを満足するため,巨視的変形特性に及ぼす結晶方位・結晶粒間の相互作用や結晶粒内の不均一変形の影響およびすべり系間の相互作用を定量評価することができる。この結晶塑性モデルは各種提案されているが24–28),ここではIF鋼に適用例のあるHoc and Forest27)が提案するモデルを用いた。以下に,有限要素解析に必要とされる結晶塑性構成式を示す。
(1) |
ここで,
(2) |
ここで,
(3) |
ここで,μはせん断弾性率,bはバーガースベクトルの大きさ,dαβはすべり系βの転位密度がすべり系αの臨界分解せん断応力に及ぼす影響度を示す相互作用行列,ραはすべり系αの転位密度であり,μ,bおよびdαβは材料定数である。式(3)を用いることで,すべり系の熱的,非熱的成分を合わせた臨界分解せん断応力の発展を表現することができる。転位密度ραはその時間発展として次式で表される。
(4) |
(5) |
ここで,Lαはすべり系αの転位の平均自由行程,Ycは転位のダイポール形成による対消滅に関連した特徴長さ,Kは林転位による切り合い効果代を決める材料定数である。転位の平均自由行程は他の全てのすべり系の転位密度によって,すべり系ごとに決められると定義することによって式(5)で表される。また,式(4),(5)は林転位による転位密度の増加と対消滅による転位密度の飽和を表現している。体心立方構造である鉄鋼材料は48のすべり系が確認されているが,ここでは主なすべり系として{110}<111>と{112}<111>の24のすべり系を仮定した。なお,相互作用行列dαβはTable 2に示すように,すべり系のすべり面およびバーガースベクトルの組み合せによって重み付けを変更した27)。すべり系の組み合せについては,例えば{110}<111>と{112}<111>の場合,ここでは{110}∧{112}と示す。すべり面の組み合せは{110}∧{110},{110}∧{112},{112}∧{112}の3種類が存在する。相互作用行列の成分の大きさは{110}∧{110}に対し,{112}∧{112}がks0倍と仮定した。自身のすべり系に堆積する転位群からの内部応力に起因した自己硬化はすべり面およびバーガースベクトルの方向が一致する{110}∧{110}と{112}∧{112}にのみ現れる。林転位の切り合いなどによる他のすべり系との相互作用である潜在硬化は自己硬化に対し,{110}∧{110}と{112}∧{112}はk1倍,{110}∧{112}はkp1倍とした。さらにバーガースベクトルが異なる場合はそれぞれk2,kp2倍とした。これら材料定数はIF鋼であれば転位のすべり抵抗やすべり系間の相互作用が大きく変わらないと考えられるため,解析ではHoc and Forest27)がTi添加IF鋼に適用したTable 3に示す値を用いた。本研究では相互作用行列dαβはTable 4となる。本研究では,汎用FEMコードであるAbaqus/Standardのユーザーサブルーチンに結晶塑性モデルを組み込むことにより結晶塑性有限要素解析を実施した。
Slip systems | {110}˄{110} | {110}˄{112} | {112}˄{112} |
---|---|---|---|
Same | d0 | − | ks0d0 |
Collinear | k1d0 | kp1d0 | ks0k1d0 |
Not collinear | k2k1d0 | kp2kp1d0 | ks0k2k1d0 |
n | b | K | k1 | kp1 | ks0 | |
---|---|---|---|---|---|---|
0.001/s | 50 | 0.248 nm | 20 | 1 | 1.05 | 1.3 |
τ0 | μ | Yc | d0 | k2 | kp2 | |
30 MPa | 820 Pa | 5 nm | 0.4 | 1.15 | 1.05 |
Slip systems | {110}˄{110} | {110}˄{112} | {112}˄{112} |
---|---|---|---|
Same | 0.400 | − | 0.520 |
Collinear | 0.400 | 0.420 | 0.520 |
Not collinear | 0.460 | 0.441 | 0.598 |
SEM-EBSD法により得られた組織の画像データと結晶方位分布データから有限要素モデルを作成した。EBSDは200 μm×200 μmの測定領域を1 μm間隔で測定した。Fig.3にND方向の逆極点図方位マップを示す。この結果からEBSDデータ解析用ソフトウエアOIM Analysisを用い,結晶方位測定点間の方位差が5°以上の場合を結晶粒界と定義し,結晶粒を代表する平均方位を決定した。さらに,これら測定データを用いて測定点ごとに1 μmの大きさの8節点立方体要素を作成し,属する結晶粒の代表方位を割り当てた解析モデルを作成した。このとき,解析モデルは板厚方向に1要素を配置し,解析領域を40000要素に要素分割した。以下,圧延方向をx,圧延直交方向をy,板厚方向をzと定義する。単軸引張のシミュレーションは,計算領域の端部の節点にx方向あるいはy方向に節点力を設定し,相当塑性ひずみが6%に達するまで単軸引張する。一方,2軸引張のシミュレーションは,x方向とy方向端部の節点に対して,実験と同様の7通りの公称応力比となるよう節点力を設定した。また,z方向の片側端面の節点に関してはz方向変位を拘束し,他端の自由度は拘束しなかった。
Inverse pole figure from measurement by SEM-EBSD. (Online version in color.)
実験と同様の処理方法によって,数値解析の結果から得られた等塑性仕事面をFig.4に示す。応力比が1:1に近づくほど等塑性仕事面は膨張する傾向を示しており,実験の結果を定性的に再現していることがわかる。続いて,無次元化等塑性仕事面に現れる異方硬化挙動を定量的に評価するため,Fig.5に示す通り塑性ひずみεp0=0.005とεp0=0.04の無次元化等塑性仕事面の等2軸方向の原点との距離の比によって異方硬化量Xを計算した。その結果,1.051となり,実験より得られた1.057と同程度である。
Stress points comprising counters of plastic work obtained from crystal plasticity finite element method result. The stress values are normalized by σ0, the tensile flow stress in the rolling direction corresponding to the εp0.
Conceptual diagram of the rate of anisotropic work hardening X.
Kuwabaraらのグループ8–10)の一連の検討により鉄鋼材料の異方硬化挙動はr値が高い鋼板において顕著に現れることが指摘されている。また,鋼板のr値は結晶方位分布が主要因であることはよく知られている29)。今回,実験に供した鋼板の観察データから有限要素モデルを構築し,結晶塑性有限要素解析をした結果,実験で観測された異方硬化挙動の傾向を再現できたことから,その物理機構は数値解析で表現できるものにあると考えた。すなわち,結晶塑性有限要素解析は結晶塑性モデルにより転位の増殖,切り合いによる加工硬化や有限要素法により結晶粒間の相互作用を定量的に評価できる。したがって,異方硬化の機構は,初期の結晶方位分布による結晶粒間の相互作用による粒内不均一性16,18)や各結晶の加工硬化に強い影響を与える活動すべり系の相互作用21)の影響によるものと推察される。そこで,これらの可能性を分離して評価するため,Alamelモデル30)による数値解析と結晶塑性有限要素解析を比較した。Alamelモデルは簡便に結晶粒間の相互作用を評価することができる一方で,結晶塑性有限要素解析と異なり,すべり系間の相互作用を評価することができない。これに対して結晶塑性有限要素解析は結晶粒間の相互作用とすべり系間の相互作用を評価することができるため,両者を比較することでこれらの影響を見積もることができると考えた。
Alamelモデルによる計算はKU Leuven大学によって開発されたVirtual Experimentation Framework31)ソフトウエアを用いた。ここでは,供試材のODF(Orientation Distribution Function)マップを再現するように決められた5000粒の結晶方位データおよび圧延方向の単軸引張試験結果を基に数値解析を実施した。また,結晶塑性有限要素解析と同様に{110}<111>と{112}<111>の24のすべり系を仮定し,各すべり系の加工硬化特性は圧延方向の単軸引張試験結果を再現するように材料定数を同定した。解析にはFig.6に示す引張試験結果および集合組織情報を用い,解析水準はσxx:σyy=1:0,4:1,2:1,4:3,1:1,3:4,1:2,1:4,0:1の9通りとした。これらの解析から得られた等塑性仕事面をFig.7に示す。塑性ひずみの大きさによらず,等塑性仕事面の形状変化は小さいことがわかる。さらに,異方硬化量Xは1.005となり,実験結果や結晶塑性解析と大きく異なる。結晶塑性有限要素法とAlamelモデルの大きな違いの一つにすべり系間の相互作用,つまり,潜在硬化がある。そのため,異方硬化挙動の要因の一つとして潜在硬化が重要な役割を担っている可能性が示唆された。
Input data for Alamel model. (a)Flow stress behavior along the rolling direction. (b)Texture information by ODF.
Stress points comprising counters of plastic work obtained from Alamel result. The stress values are normalized by σ0, the tensile flow stress in the rolling direction corresponding to the εp0.
そこで,発生した潜在硬化の大きさを示す指標として活動したすべり系の数に着目した。Fig.8に結晶塑性有限要素解析の結果より算出した活動したすべり系の数を示す。活動したすべり系の数は解析領域全体の平均値とし,せん断ひずみが0.00001を超えた場合に活動したと判断した。変形の初期には単軸引張と等2軸引張で活動したすべり系の数は同じだが,変形とともに等2軸引張変形時に活動したすべり系の数が大きく増加することがわかる。この活動したすべり系の数が大きいほど,潜在硬化が発生しやすいと考えられる。一般に,硬化代は自己硬化よりも潜在硬化の方が大きいことが知られており32),より潜在硬化が現れやすい等2軸引張変形の方が単軸引張変形に比べて大きな加工硬化が発生したと考えられる。すなわち,IF鋼の塑性ひずみ数%以下での異方硬化挙動はFig.8で示すように変形様式の違いによって活動したすべり系の数が異なるため,等2軸引張では転位の切り合いによる潜在硬化がより生じやすいことが要因の一つであることが示唆された。
Comparison of the number of activated slip systems in uniaxial and equi-biaxial tension with respect to the plastic strain. The number of activated slip systems is defined by the average value of all analysis regions. The plastic strain is defined by uniaxial plastic strain at which plastic work is equivalent.
活動したすべり系の数はすべり系の幾何学的な配置,すなわち,結晶方位や集合組織によって変化すると考えられる。そこで,Fig.3に示すSEM-EBSD測定データの結晶粒形状はそのままとし,結晶方位の割り当てを変更した仮想組織を用いて,異方硬化挙動に及ぼす集合組織の影響を検討した。
今回の検討に供した仮想集合組織は大きく分類して2種類とし,そのうちの1つは結晶粒への結晶方位の割り当てをランダムとした組織(ランダム組織)であり,もう1つは板面に垂直な方向(ND方向)にTable 4に示す理想方位を中心に5°以内に分布する集合組織とした。なお,これらの集合組織のND方向以外は特に規定せず,幾何学的に許す範囲でランダムとした。具体的には,以下のステップにより結晶方位を決定した。まず,Bungeのオイラー角(φ1,Φ,φ2)のΦとφ2を0~90°の範囲でランダムに決め,ND方向が特定の方位から5°以内であるかを確認する。次に,5°以内の結晶方位に対し,φ1を0~90°の範囲でランダムに決める。このときの計算に使用した仮想組織のND方向のIPF(Inverse Pole Figure)マップをFig.9に示す。これらの仮想集合組織を用いて結晶塑性有限要素解析により2軸引張のシミュレーションを実施し,等塑性仕事面を算出した。
IPF map of the virtual texture used in the calculation (rolling direction) .(a) Random texture (b) {111} texture (c) {001} texture (d) {101} texture (e) {214} texture (f) {324} texture. (Online version in color.)
各仮想組織の等塑性仕事面をFig.10に示す。入力した結晶方位の違いにより,等塑性仕事面の形状が大きく変化していることがわかる。特に,{111}集合組織では塑性ひずみ0.005と仕事等価となる時点においてすでに等2軸側が張出し,ひずみの進展によりさらに大きく膨張することが確認できる。無次元化等塑性仕事面に現れる異方硬化挙動を定量的に評価するため,Fig.5に示す通り塑性ひずみεp0=0.005とεp0=0.04の無次元化等塑性仕事面の等2軸方向の原点との距離の比によって異方硬化量Xを計算した。十字形試験片を用いた引張試験と結晶塑性有限要素解析で得られた異方硬化量XをTable 5に示す。異方硬化量は{111}集合組織が最も大きく,等塑性仕事面が膨張する一方で,{101}や{214}集合組織は1より小さく,等塑性仕事面は収縮する傾向を示すことがわかる。
Stress points comprising counters of plastic work by crystal plastic finite element method using virtual texture. (a) Random texture (b) {111} texture (c) {001} texture (d) {101} texture (e) {214} texture (f) {324} texture.
Conditions | X |
---|---|
Biaxial tensile test | 1.057 |
Texture obtained EBSD | 1.051 |
Random texture | 1.012 |
{111} texture | 1.066 |
{001} texture | 1.047 |
{101} texture | 0.989 |
{214} texture | 0.988 |
{324} texture | 1.027 |
Table 5に示す結晶方位を変更した仮想集合組織の異方硬化量より,異方硬化量はND方向に集積した組織との関係が深いことが推定される。これより,実験で観察された異方硬化挙動はIF鋼の特徴である{111}集合組織であるγファイバー,もしくは{001}集合組織が多く存在することが一因となり,異方硬化が発現したと考えられる。
これまでに異方硬化量は活動したすべり系の数と関連する可能性を指摘した。そこで集合組織と活動すべり系の数の関連について今回実施した計算を基に検討することとした。活動したすべり系の解析領域内の平均数の履歴を単軸と2軸変形に対して算出した結果をFig.11に示す。Fig.4,8に示す結果も含め,異方硬化が強く発現したEBSD測定結果,{111}集合組織,{001}集合組織では活動したすべり系の数が単軸より2軸の方が多い。活動したすべり系の数と異方硬化量の関係を評価するため,単軸引張での0.005~0.04の塑性ひずみと塑性仕事等価区間において,活動すべり系の数を平均化し,2軸と単軸の比を算出した。得られたすべり系の数の活動比と異方硬化量Xの関係をFig.12に示す。すべり系の数の活動比と異方硬化量には良い相関が得られた。このことから,フェライト系の鉄鋼材料では,集合組織の違いにより活動するすべり系の数が変わり,潜在硬化量が異なるため,異方硬化が生じると考えられる。
Comparison of the number of activated slip systems in uniaxial and equi-biaxial tension with respect to the plastic strain. (a) Random texture (b) {111} texture (c) {001} texture (d) {101} texture (e) {214} texture (f) {324} texture.
Comparison of the anisotropic work hardening and the ratio of number of activated slip systems from uniaxial tensile analysis to biaxial tensile analysis.
IF鋼を供試材として様々な応力比で2軸引張試験を実施した。異なる応力状態の試験結果を比較するために,塑性仕事が等価となる応力点を用いて,異方硬化挙動を評価した結果,等2軸近傍で塑性変形と共に等塑性仕事面が張り出すことが分かった。
結晶塑性解析により,応力状態の違いにより硬化挙動に差が現れたメカニズムを検討した。結晶塑性有限要素法は等2軸近傍での異方硬化挙動を再現した。一方で潜在硬化を評価できないVirtual Experimentation Frameworkソフトウエアによる解析では実験で見られる異方硬化は現れなかった。異方硬化のメカニズムとして潜在硬化が主要な役割を担っている可能性を指摘した。結晶塑性有限要素法の解析において等2軸引張の方が単軸より,活動したすべり系の数が多く,潜在硬化がより多く働いたと推定される。
集合組織依存性を確認するために仮想的に結晶方位を変更し,結晶塑性有限要素法による解析を実施した結果,異方硬化は{111}集合組織が最も強く現れることが示唆される。また,実験で観察された異方硬化挙動はIF鋼の特徴である{111}集合組織であるγファイバー,もしくは{001}集合組織が多く存在することが一因となり,異方硬化が発現したと考えられる。すべり系の数の活動比と異方硬化量には良い相関が得られた。このことから,フェライト系の鉄鋼材料では,集合組織の違いにより活動するすべり系の数が変わり,潜在硬化量が異なるため,異方硬化が生じたと考えられる。