2021 Volume 107 Issue 10 Pages 887-896
In situ neutron diffraction measurements of two low-alloy TRIP steels and a 304-type stainless steel during tensile and creep tests were performed at room temperature. Changes in the diffraction pattern, the peak integrated intensities of austenite (γ) and the peak positions of γ were analyzed and discussed to understand a relationship between intergranular stress in γ and the occurrence of martensitic transformation during deformation. From tensile loading, it was found that the susceptibility of martensitic transformation depended on γ-(hkl) grains, in which γ-(111) grains underwent martensitic transformation at the latest. The volume fractions of γ were found to decrease during applying load, but almost unchanged during holding the constant load in creep tests where the lattice strains of γ-(hkl) grains were mostly unchanged. The γ-hkl dependence in the susceptibility of martensitic transformation was found to be controlled by the shear stress levels in γ-(hkl) grains, which were affected by the intergranular stress partitioning during deformation.
TRIP(Transformation induced plasticity)鋼は,塑性変形中のマルテンサイト変態により大きな均一伸びと高い加工硬化率を示す1,2)。ほとんどの低合金TRIP鋼の場合,室温でのマルテンサイト変態はマクロな降伏後に起こり3–5),Olson and Cohen6)によるとひずみ誘起変態と分類された。また,Patel and Cohen7)は,負荷した荷重の大きさが変態開始温度に影響することを報告し,この現象を負荷応力と変態による変位の仕事の観点から説明した。熱力学的な全駆動力に対する機械的な寄与に基づき,単軸応力状態と小さなひずみに限定するとこれらは応力誘起変態に分類される。のちにOlson and Cohen6)は,主に温度に依存する一定の条件で起こるひずみ誘起変態という別のメカニズムを提案した。それは,オーステナイト(γ)の降伏応力以上の応力で起こる変態に対しては,γのすべり変形がせん断帯交差の結果としてマルテンサイトの核生成を引き起こすと考えられた。低温で変態は降伏前に起こり,応力誘起変態が支配的であるのに対して,温度が高くなると,ひずみ誘起変態が支配的となる。しかしながら,変形中のマルテンサイト変態がこれらふたつの変態機構によるのか,もしくは,応力に基づくひとつの基準8,9)により説明できるのかどうかに関する統一した結論はない。もし,変形中のすべり活動と共にγにかかる応力が明らかとなれば,ふたつの変態機構はもっと明確に議論できるであろう。
しかしながら,これまでにγにかかる応力とマルテンサイト変態の関係に関する議論は行われていない。さらに,マルテンサイト変態量は,引張軸に対して垂直な試料表面の顕微鏡観察10–12),EBSD解析11,12)やX線回折実験13)によって定量化されてきたが,小さく細いγの存在や試料の表面仕上げ状態で11,12),また,集合組織が発達すると誤差を含む14)。変形中のその場中性子回折実験は,複相鋼における変形中の強化機構を理解する強力な手段として確立されており15,16),TRIP鋼の変形機構の解明にも応用されている4,12,17,18)。我々は過去の研究4)において,炭素量の異なる2種類のTRIP鋼を用いて,引張変形中のその場中性子回折実験を行い,変形中のマルテンサイト変態は様々なγ-(hkl)結晶粒に対して異なることがわかった。これは,様々なγ-(hkl)結晶粒に作用する応力の大きさが異なるためと考えられるが,詳細な議論はこれまでに行われていない。
以上のことから,本論文では過去の研究で用いたTRIP鋼4)と準安定オーステナイト鋼を用いて,引張とクリープ変形中のその場中性子回折実験を行い,変形中のマルテンサイト変態のγ-hkl依存性と,γにかかる応力とマルテンサイト変態の関係について検討を行った。
本研究では,炭素量の異なる2種類の低合金TRIP鋼(A鋼,B鋼)とSUS304に相当するオーステナイト系ステンレス鋼(C鋼)を用いた。A鋼とB鋼の詳細については,Tsuchidaら13,19)による報告がある。炭素量の違いは初期の残留γ体積率(fγor)に影響するが,残留γ中の炭素量はA鋼で1.32 mass%,B鋼で1.36 mass%であり,ほぼ同じ値であった4)。C鋼については,市販材を1323 Kで1.8 ks保持後,水冷の溶体化処理を行った。これら3種類の試料の化学成分,γとベイニティックフェライト(α)の平均粒径,fγorはTable 1に整理した。
Steel | Chemical composition (mass%) | Grain size (μm) | fγor (%) |
---|---|---|---|
Steel A | Fe–0.21C –1.22Mn–1.51Si | γ: 1.0 α: 8.9 | 11.1 |
Steel B | Fe–0.41C –1.18Mn–1.47Si | γ: 4.2 α: 3.1 | 16.4 |
Steel C | Fe–0.06C–1.1Mn–0.4Si–8.1Ni–18.1Cr–0.1Mo–0.2Cu–0.04N | γ: 100 | ~100 |
引張とクリープ変形中のその場中性子回折実験は,J-PARCの工学材料回折装置(TAKUMI)20)を使用した。用いた試験片や実験条件については,別の論文4,5,19,22–24)にて報告している。平行部長さ55 mm,平行部幅6 mm,厚さ1.8 mmの平板試験片を準備し,TAKUMIに設置した引張試験機に装着し,引張方向(LD)と引張方向に垂直方向(TD)の中性子回折パターンを同時に測定した。引張試験は室温にて行い,弾性変形領域では段階的に荷重をかけ,塑性変形域では初期ひずみ速度1.8×10-5 s-1にて行った。引張試験に対する回折パターンは,蓄積時間300 sごとに抽出された。この300 sの間隔は塑性変形域では約0.67%の公称ひずみ間隔に相当する。クリープ試験は塑性変形域における公称応力一定条件で約36 ksの保持時間で行った。このクリープの保持時間は,公称ひずみの増加が約3.0× 104 s後にほとんど停滞すること23)を考慮して決定した。クリープ試験における回折パターンは,はじめは30 sの蓄積時間で抽出し,試験の後半では3.6 ksの蓄積時間になるように徐々に変化させた。データ解析は,Z-Rietveld24)とMAUDソフトウェア25)を用いて行った。
Fig.1に,3種類の試料の真応力-真ひずみ曲線を示す。真応力(σt)または真ひずみ(et)は,試験片平行部が均一変形することを仮定し,公称応力(σ)と公称ひずみ(e)から,σt=σ(1+e)とet=ln(1+e)を用いて計算した。A鋼は降伏応力がB鋼よりも小さいが,より大きな均一伸びを示した。A鋼とB鋼の真応力-真ひずみ曲線と加工硬化挙動の詳細については,過去の研究4)において議論しているため,ここでは省略する。C鋼は3種類の中では降伏応力が一番小さかったが,大きな加工硬化率を伴う最も大きな均一伸びを示した。C鋼の真応力-真ひずみ曲線は,引張変形中のマルテンサイト変態を伴うSUS304鋼の応力-ひずみ曲線3,26,27)と非常に近いことを確認した。
True stress–true strain curves of Steel A, Steel B and Steel C. The true stress or true strain were evaluated from the nominal stress or nominal strain by assuming the uniform elongation within the parallel part of specimen.
Fig.2(a)に,A鋼の様々な変形条件で得られたLDの回折パターンを示す。Table 1のfγorからもわかるように,変形前のγのピーク強度はαよりも小さかった。B鋼の回折パターンは,γとαの強度比を除いてA鋼の結果と非常に近く,A鋼とB鋼の変形前のγの集合組織は,ほとんどランダムであった4)。引張やクリープ変形が進むことで,回折ピークの幅は広くなり,ほとんどのγのピークの積分強度は減少した。しかしながら,γ-111ピークの強度はほとんど変化しないようにみえた。また,αのピークは非対称になった。引張ひずみが加わると,肩の部分により大きな格子面間隔を持つα'マルテンサイトピークが現れるためであった4,5)。最密六方格子(HCP)構造であるεに該当するピークは,A鋼,B鋼ともに見られなかった。Fig.2(b)に,C鋼の様々な変形条件で得られたLDの回折パターンを示す。変形前に,BCC相に該当する小さなピークが観察され,もっとも強いピークでの格子面間隔が約0.203 nmであり,デルタフェライト29)がわずかに残留していると考えられる。引張ひずみが約0.16またはクリープ荷重432 MPaにおいてはεに該当するピークが確認できたことから,εマルテンサイト変態が起こったと考えられる。この時,同時にBCCの積分強度もわずかに増えたことから,α'マルテンサイトへの変態も起こったと考えられる。ここで驚いたことには,マルテンサイト変態が確認されたにもかかわらず,γ-111ピークの積分強度は変形前よりも大きくなった。引張ひずみが0.47まで増加すると,α'ピークの積分強度は大幅に大きくなり,γとεの積分強度は小さくなった。C鋼におけるα'生成は,γ→α'過程を介して直接的に,かつ/または,γ→ε→α'過程を介して間接的に起こったと思われる。これら試料においてα'およびεのピークが現れたときにγのピーク積分強度は平均的に減少することから,マルテンサイト変態がγの不安定性から始まったと結論づけられる。
Diffraction patterns for the loading direction (LD) taken at different deformation conditions for (a) Steel A and (b) Steel C. F, M and A refer bainitic ferrite, martensite and austenite, respectively. (Online version in color.)
Fig.3(a)に,A鋼の引張変形中の真ひずみに対するγの相対積分強度(
(a) Measured relative integrated intensities of several γ-hkl peaks, (b) changes in relative integrated intensities of γ by texture, and (c) changes in relative integrated intensities of γ by transformation vs. applied true strain in Steel A during tensile loading. Note, that γ-(hkl)//LD grains differ with γ-(hkl)//TD grains. (Online version in color.)
安定なオーステナイト鋼とA鋼の
(1) |
(2) |
とりわけ,式(2)は相対変化を計算するためのみに用いられ,精度はそれほど高くない。我々はFig.3(b)に示すように,市販のSUS304鋼23)を用いて,引張変形中の
TRIP鋼におけるγ体積率を正しく評価するため,LDとTDの多くのγ-hklピークの
(3) |
ここで,nはγ-hklピークの数である。ftransの値は,fγorに対する変形中のγ体積率減少の割合であり,また試料の平均値である。Fig.4(a)に,A鋼とB鋼の真応力に対する,LDとTDのγ-111,γ-200,γ-311のピークを用いて推算したftransを示す。ftransの値は,図の矢印で示した負荷応力を超えると増加し始め,真応力に対して単調に増加した。
(a) Relative amounts of transformation vs. true stress in Steel A and Steel B during tensile loading. (b) Lattice strains of γ-(hkl)//LD grains evaluated during tensile loading in Steel A (red) and Steel B (blue). (Online version in color.)
Fig.4(b)に,次式により推算したγの格子ひずみ(εγ-hkl)を示す。
(4) |
ここで,
マルテンサイト変態を開始する時の真応力は,A鋼,B鋼ともにマクロな降伏応力よりもわずかに大きかった。マルテンサイト変態はA鋼もしくはB鋼の塑性変形後に開始すると仮定すると,この場合ひずみ誘起変態に分類される。しかしながら,これらの試料におけるマクロな降伏応力付近での塑性変形は主にαで起こる4)。もし,各構成相の塑性ひずみを見積もることができると,マルテンサイト変態と塑性ひずみの関係がよく理解できるであろう。我々は過去の研究で,中性子回折実験から得られた転位密度を用いて,α–γ二相Fe–Cr–Ni合金のαとγの塑性ひずみをそれぞれ推算した15)。この方法を可能にしたのは,α–γ二相Fe–Cr–Ni合金における各相と同じ化学成分からなるαまたはγ単相鋼の転位密度と塑性ひずみの関係を参照することができたためであった15)。しかしながら,化学成分や粒径など,A鋼やB鋼におけるγと同じ単相鋼を準備するのは難しい。一方で,マルテンサイト変態はγとα'界面において大きなミスフィットひずみを導入するため,γに多量の転位を生成することも報告されている34)。したがって,塑性変形により導入された転位密度とマルテンサイト変態によって導入された転位密度を区別することは難しいため,γにおける転位密度とマルテンサイト変態量の関係を理解することは困難である。
注目すべき点は,Fig.4(b)のに示すように,εγ-hklがある値に達した時にγがマルテンサイト変態を開始して,その後真応力に対するεγ-hklの変化の傾きは減少することである。我々は,A鋼とB鋼に対してεγ-hklをftransに対してプロットすることで,マルテンサイト変態とεγ-hklの関係を調査した(Fig.5)。ftransは,A鋼,B鋼ともに,LDのγ-(311)とγ-(200)の結晶粒のεγ-hklがある定度の値に到達するまで変化しなかった。つまり,A鋼とB鋼のγ-(311)またはγ-(200)の結晶粒におけるマルテンサイト変態は,同じ大きさのεγ-hklを必要とする。これらの結果は,A鋼とB鋼におけるγ中の炭素量がほぼ同じである4)ことから妥当だと思われる。加えて,ftransはεγ-hklの増加に伴い大きくなり,ftransが増加し始めるときのεγ-hklはγ-(311)よりもγ-(200)結晶粒の方が大きかった。この違いはヤング率(γ-[200]のヤング率はγ-[311]よりも小さい)と方位によるマルテンサイト変態のしやすさによって説明できる。マルテンサイト変態の起こりやすさの違いを示すためには,
Lattice strains of γ-(111)//LD, γ-(200)//LD and γ-(311)//LD grains vs. relative amounts of transformation in Steel A and Steel B during tensile loading. (Online version in color.)
負荷応力が一定の際のマルテンサイト変態挙動を理解するため,クリープ試験を行った。Fig.6(a)は,A鋼の公称応力716 MPaでの,クリープ変形中の公称ひずみと公称応力の変化を示す。クリープ変形中の公称ひずみの増加量は約1%であった。Fig.6(b)には,球面調和関数35)を用いてファイバー集合組織を仮定したMAUDソフトウェアを用いた解析により推算したクリープ変形中のγ体積率(fγ)変化を示す。クリープ試験開始時のfγは,中性子回折パターンが30 sまたは60 sの短い蓄積時間によるためにばらついており,解析誤差は大きかったが,A鋼のfγorよりも小さいことが分かった。これは,応力を負荷した過程においてマルテンサイト変態が起こったことを示しているが,応力が一定になってからfγは減少しなかった。
(a) Nominal strain and stress vs. elapsed time, and (b) the volume fraction of γ vs. elapsed time during a creep test of Steel A at a constant nominal stress of 716 MPa.
Fig.7は,A鋼におけるクリープ試験中の保持時間に対するLDのγ-(111),γ-(200),γ-(311)の結晶粒のεγ-hklを示す。ヤング率と塑性変形挙動の違いにより,εγ-hklはγ-(hkl)結晶粒に依存して異なる値を示したが,これらの値はクリープ変形中にはほとんど変化しなかった。εγ-hklの値が変化しなかったことは,クリープ変形中にfγが変化しなかったことと関係していると思われる。
Lattice strains of γ-(111)//LD, γ-(200)//LD and γ-(311)//LD grains vs. elapsed time during a creep test of Steel A at a constant nominal stress of 716 MPa. (Online version in color.)
Fig.8(a)と8(b)に,それぞれC鋼の引張変形中の真応力に対する
(a) Relative integrated intensities of several γ-hkl peaks in LD vs. applied true stress in Steel C during tensile loading. (b) Lattice strains of γ-(hkl)//LD grains evaluated during tensile loading in Steel C. Stage I: elastic deformation, stage II: elasto-plastic deformation, stage III: plastic deformation. (Online version in color.)
ステージIIに入るとεγ-hklの傾きが変化し始め,LDのγ-(200)の傾きが大きく,γ-(111)の傾きは小さくなり,粒応力分配が確認できた。ステージIIIにおいては,変態が起こらない限りεγ-hklは真応力に対してほぼ直線的に変化するはずである15,23,30,36)。しかしながら,真応力が約650 MPa以上になると,εγ-hkl変化の傾きは小さくなった。これは,マルテンサイト変態により生成された別の相がより高い応力を担ったことを示している。TRIP鋼の引張変形においては,α'相がもっとも大きな応力を担っている4,5,19,37)ため,εγ-hklの変化の傾きが小さくなるのは,α'相体積率増加によるものである。
Fig.9に,C鋼におけるLDのγ-(111),γ-(200),γ-(311)の結晶粒のεγ-hklとftransの関係を示す。ここでftransは,LDとTDにおけるγ-111,γ-200,γ-220,γ-311,γ-331,γ-422とγ-531ピークを用いて算出した。ftransが増加し始めたLDのεγ-hklは,γ-(200)結晶粒において最大となり,γ-(111)結晶粒において最小,γ-(311)結晶粒において中間の値を示した。これらの結果は,A鋼とB鋼の結果と非常に似ており,粒応力とマルテンサイト変態に関係性があることを示している。
Lattice strains of γ-(111)//LD, γ-(200)//LD and γ-(311)//LD grains vs. relative amounts of transformation in Steel C during tensile loading. (Online version in color.)
C鋼における負荷応力一定状態でのマルテンサイト変態挙動を調査するため,クリープ変形中のその場中性子回折実験を行った。Fig.10(a)は,公称応力が432 MPaにおけるクリープ試験中の公称ひずみと公称応力の変化を示す。クリープ試験中の公称ひずみの増加は約1%であった。Fig.10(b)には,クリープ試験中のfγの変化を示す。fγの値はC鋼のfγorよりも小さく,負荷した荷重においてマルテンサイト変態が起こっていることを示している。しかしながら,応力が一定になってからfγは減少しなかった。
(a) Nominal strain and stress vs. elapsed time, and (b) the volume fraction of γ vs. elapsed time during a creep test of Steel C at a constant nominal stress of 432 MPa.
3・3節で議論したように,個々のγ-(hkl)結晶粒におけるマルテンサイト変態挙動を理解するためには,
Relative amounts of transformation vs. (a) lattice strains of γ-(111)//LD and γ-(200)//LD grains and (b) shear stresses of γ-111 and γ-200 grains in Steel C during tensile loading. (Online version in color.)
マルテンサイト変態が原子同士のせん断移動によって起こる6,8)と考えると,マルテンサイト変態とγ-(hkl)結晶粒のせん断応力の関係を推算することは重要である。γ-(hkl)結晶粒のせん断応力(τγ-hkl)は,次式を用いてLDのεγ-hklの値から推算することができる。
(5) |
(6) |
ここで,σγ-hklはγ-(hkl)結晶粒にかかる格子応力,Eγ-hklはγ-[hkl]方位のヤング率,cosφγ-hklcosλγ-hklはシュミット因子,φとλはすべり面に対して垂直なベクトルの角度とすべり面の角度である。γ-(111)とγ-(200)の結晶粒のEγ-hklは,SUS304鋼の弾性スチフネス38),c11=209 GPa,c12=133 GPa,c44=121 GPaから計算し,それぞれ289.3,105.5 GPaであった。式(5)で用いたcosφγ-hklcosλγ-hklの値は,γ-(111)とγ-(200)に対してそれぞれ0.314,0.471であり,これらは(111)[121]せん断系6,39)における<111>と<200>に対する最大値であった。
Fig.11(b)に,C鋼におけるγ-(111)とγ-(200)の結晶粒に対する
2種類の低合金TRIP鋼とSUS304ステンレス鋼の,引張およびクリープ変形中のその場中性子回折実験を室温にて行った。中性子回折パターン,γのピーク積分強度とピーク位置の変化から,変形中のマルテンサイト変態について議論した。得られた主な結果は以下の通りである。
(1)マルテンサイト変態が,引張変形中やクリープ変形中において起こることを確認した。
(2)マルテンサイト変態の起こりやすさは,γ-(hkl)結晶粒に依存する。γ-(111)結晶粒は,マルテンサイト変態が起こりにくい。
(3)γ体積率は荷重の負荷により減少するが,一定荷重下のクリープ試験でγ体積率はほとんど変化しなかった。これは,γ-(hkl)結晶粒の格子ひずみが変化しなかったことと関係している。
(4)マルテンサイト変態のγ-hkl依存性は,γ-(hkl)結晶粒のせん断応力の大きさで制御され,変形中の粒応力分配によって影響を受ける。
本研究を進めるにあたり,日本原子力研究開発機構,J-PARCセンターの山下享介博士に感謝申し上げます。中性子回折実験は,日本原子力研究開発機構のJ-PARC/MLFビームライン(Proposal No. 2012I0019, 2016A0080)にて実施した。本研究は,日本学術振興会,科研費(19H05180)と日本鉄鋼協会助成金の支援を受け実施した。関係者各位に心より感謝申し上げます。