鉄と鋼
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力学特性
第一原理計算と結晶方位解析を用いたC14 Fe2W Laves相の劈開破壊挙動の評価
山﨑 重人 田中 將己森川 龍哉渡部 康明山下 満男和泉 栄
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2021 年 107 巻 11 号 p. 977-985

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Abstract

Cleavage fracture of C14 Fe2W Laves phase was investigated using crystal orientation measurement with scanning electron microscopy and first-principles calculations. Trace analysis of the orientations of cleavage planes reveals that cleavage fracture occurred at five types of crystal planes of (0001), {1100}, {1120}, {1101} and {1122}, among which the fracture at (0001) is the most preferable. The first-principle calculations of the surface energy for fracture, Young's modulus, and Poisson's ratio showed that the minimum fracture toughness value of 1.62 MPa·m1/2 was obtained at (0001). The tendency that the values of calculated fracture toughness become larger with the higher indexed planes is almost the same as the frequency of the types of cleavage planes in the trace analysis. It is concluded that the fracture toughness of C14 Fe2W Laves phase is controlled by the surface energy for fracture and Young’s modulus.

1. 緒言

Laves相はAB2の組成を持つ金属間化合物であり,A原子とB原子の原子半径比が3/2≒1.225程度の場合に形成する13)。Laves相には立方晶のC15構造(MgCu2型)と六方晶のC14構造(MgZn2型),C36構造(MgNi2型)が存在する4,5)が,フェライト系耐熱鋼中に存在するFe系Laves相はC14型5)であり,先んじて析出したM23C6に隣接57)する形で主に旧オーステナイト粒界上やパケット・ブロック境界上,亜粒界上に析出8,9)することが知られている。

フェライト系耐熱鋼中に析出するFe2M Laves相(Mは主にMo,W,Nb)と鋼のクリープ延性や靭性の低下を関連させて検討した研究1018)は多くある。しかし,Zhongら19)は600°C時効で脆化した試料の延性が700°Cでの再加熱することで回復することを確認し,再加熱の前後でLaves相のサイズや数密度にほとんど変化が無かったことからLaves相の存在は必ずしも脆化の原因ではないと結論した。また近年では,Laves相を強化相として積極的に利用した耐熱鋼も開発されており,従来鋼と比較して優れた高温強度と十分な延性が両立する2025)ことが報告されている。中でも,TakeyamaはFe2Nb Laves相によって結晶粒界を高密度に被覆することで,延性を損なわずにクリープ強度を向上させることが可能25)だと報告している。このように耐熱鋼中のLaves相が鋼の延性・靭性に及ぼす影響については統一的な見解が得られていない。

バルクのLaves相は脆性-延性遷移温度が約0.65 Tm以上(Tmは絶対温度での融点)と非常に高く,概ね1000°C以下の温度域では脆性的2,26)であるが,ナノインデンテーション試験やマイクロピラー圧縮試験などマイクロ力学試験では室温においても転位運動による塑性変形を生じることが報告されている。また,近年のマイクロ力学試験による研究から,C14 Laves相の主要なすべり系は(0001)〈1100〉27,28)であるが,それ以外にも(0001),{1100},{1120},{1101},{1122}など様々な結晶面ですべり変形が生じる2932)ことが明らかになっている。一方,Laves相の靭性を評価する上で重要となる各結晶面の破壊靭性値についてはマイクロ力学試験による評価が困難なこともあり,報告例がほとんど無い。そこで本研究では,フェライト系耐熱鋼中に析出したLaves相を破壊させた際の劈開破面方位を実験的に決定するとともに,第一原理計算を用いて各結晶面における破壊靭性値の評価を行うことで,C14 Fe2W Laves相の劈開破壊挙動について検討した。

2. 実験方法

試料には火力発電タービンのケーシング用材料として使用される高Crフェライト系耐熱鋼を用いた。Table 1に試料の化学組成を示す。鋳造された材料に対して1100°Cでの焼ならしと730°Cでの焼戻しを行った後,650°Cで20000 hの静的時効を行った。静的時効材から2.0×2.0×20 mmの角棒を採取し,1.8 mm厚まで冷間圧延することにより材料を変形させた。

Table 1. Chemical composition of the sample steel (mass%).
FeCSiMnNiCrVNbMoWN
Bal.0.130.200.870.719.890.230.050.941.050.042

圧延された角棒の側面を研磨し,微細組織観察を行った。観察試料は湿式研磨の後,コロイダルシリカによって仕上げ研磨を行い,観察に供した。観察には結晶方位解析装置が付随した電解放出型走査電子顕微鏡(ULTRA55, CarlZeiss)を使用し,二次電子(Secondary Electron: SE)像観察を加速電圧2 kVで,後方散乱電子回折(Electron Backscatter Diffraction: EBSD)測定を加速電圧25 kVで行った。EBSD測定に使用した結晶相データは母相であるIron(alpha)に加え,新たに作成したC14構造のLaves相のデータを使用した。Laves相の結晶相データ作成に当たっては,Fe2Wを想定して,Symmetry Point GroupをHexagonal(D6h)[6/mmm],格子定数をa=4.743 Å, b=4.743 Å, c=7.604 Å33)とした。

第一原理計算ソフトウェアのAdvance/PHASEを使用し,projector augmented wave(PAW)法34)によって周期境界条件の下でC14 Fe2W Laves相のエネルギーと弾性スティフネスの計算を行った。交換相関汎関数にはPerdew–Burke–Ernzerhof(PBE)のgeneralized gradient approximation(GGA)35)を用いた。波動関数カットオフエネルギーを400 eV,電荷密度カットオフエネルギーを3600 eVとした。k点サンプリングメッシュは,Laves相のバルクでは11×11×7,スラブモデルでは計算する表面方位に応じて11×11×1または7×7×1に設定した。計算の収束条件はイタレーション毎の全エネルギー差が10-6 eV以下および力の最大値が0.01 eV/Å以下とした。また,弾性スティフネスはxx方向,zz方向またはzx方向に対して0.01のひずみを付与した状態と無ひずみの状態での応力テンソルの差からフックの法則に基づいて計算した。なお,鉄系Laves相は磁性を有することが知られている2)が,本研究ではスピン分極は考慮せずに計算を行った。

3. 結果と考察

3・1 亀裂トレースによる劈開面方位の決定

Fig.1に試料のSEM二次電子像を示す。なお,これ以降に示すすべてのSEM像は紙面左右方向が圧延方向と一致している。試料中には数百nmから数μmとやや粗大なLaves相が多数析出していた。一部のLaves相粒子の中にはFig.1に見られるような亀裂が存在し,冷間圧延によってLaves相が劈開破壊した様子が観察された。また,試料中には粒子径が200 nm程度のM23C6炭化物も多数析出していたが,破壊した粒子のほとんどは粗大なLaves相粒子であった。Fig.1で観察されるLaves相粒子についてEBSD測定を行い,結晶構造の同定を行った結果をFig.2に示す。Fig.2(a)はLaves相粒子から取得した菊池パターンと作成した結晶相データから計算された菊池バンドシミュレーションのマッチングを示しており,両者はよく一致していた。この結果からこの相がC14-Laves相であり,格子定数もおおよそ実験方法に示した値に近いことが確認された。Fig.2(b)はEBSD解析で得られた結晶相マップであり,BCC鉄母相を赤,Laves相を緑で示している。Fig.2(b)中のLaves相領域のみで求めた結晶方位の指数付けにおける信頼性を示すConfidence Index(CI)値の平均値は0.36,測定された菊池パターンと結晶相データから計算されたパターンの一致度合いを示すFit値の平均値は1.1°であった。Fig.2(b)の結晶相マップはCI値が0.1以上の測定点のみで描いており,観察対象のLaves相粒子は十分に信頼できる精度で結晶方位を決定できている。後述するトレース解析では21個のLaves相粒子について解析を行ったが,解析にはCI値が0.1以上かつFit値が1.0°以下の測定点の結晶方位情報のみを使用した。

Fig. 1.

SEM secondary electron image of Laves phase particles cracked by cold rolling.

Fig. 2.

Results of EBSD measurement of Laves phase particles. (a) Kikuchi pattern obtained from Laves phase particles, (b) phase map and (c) crystal orientation map. (Online version in color.)

Fig.3に亀裂を含んだLaves相のSEM二次電子像と,EBSD測定結果をもとに解析した六方晶中の主要な低指数面である底面(0001),一次柱面{1100},二次柱面{1120},一次錘面{1101}および 二次錐面{1122}の結晶面トレースを示す。ここで,破壊が任意の結晶面での劈開によるものであれば,亀裂トレースはその結晶面(劈開面)のトレースと一致する。Fig.3では,各結晶面のトレースがImage Qualityマップ上に描かれており,マップ内には各結晶面ファミリーの内でSEM二次電子像における亀裂のトレースとの角度差が最も小さい面のトレースを太線で強調して描いている。また,マップ内の数字は亀裂のトレースと強調された結晶面トレースとの角度差である。トレース解析から,このLaves相粒子中の亀裂は(0001)のトレースと最もよく一致することがわかる。21個のLaves相粒子中に認められた24本の亀裂について,同様の方法で評価したトレース解析の結果をTable 2にまとめて示す。亀裂との角度差が最小となった結晶面を網掛けで示している。また,同一粒子内に複数の亀裂が認められた場合は5-A,5-Bのように区別して記載している。なお,Laves相間の粒界やLaves相/母相界面に存在した亀裂については解析対象から除外した。Table 2より,亀裂との角度差が最小となる結晶面は特定の結晶面には限定されていない。亀裂トレースと結晶面トレースとの最小角度差は0°から6°の範囲であり,観察された亀裂のトレースは解析対象とした5種類の結晶面のいずれかに対応していると見做せる。なお,Laves相やμ相のすべり面トレース解析を行った先行研究において,EBSDで測定された結晶方位をもとに原子間力顕微鏡で観察されたすべり面トレースと一致する結晶面を決定する際に採用された偏差範囲が5°または6°30,36)であり,本研究におけるSEM二次電子像上での亀裂トレースの決定精度やEBSD測定の結晶方位決定の誤差を考慮すれば,上記先行研究と同等の偏差を許容することは十分妥当だと考えられる。

Fig. 3.

Crack and traces of each crystal plane of the Laves phase particles. (Online version in color.)

Table 2. Angle between crack trace and crystal plane trace. The crystal plane with the smallest angle difference is shaded.
Crack numberAngle between crack trace and crystal plane trace [degree]
(0001){1100}{1120}{1101}{1122}
149141611
2453615311
311835920
42537324
5-A1932621
5-B23338223
5-C21229918
6-A8442621
6-B73217510
75724851
86633620
913314260
10165570613
113436422
1250243542
13820271110
14323241612
1583801921
1635425267
17254121514
18771151213
1910939225
2043128191
216321816

ここで,Fig.3からも分かるように,六方晶中の各結晶面のファミリーの数はそれぞれ(0001)が1つ,{1100}と{1120}が3つ,{1101}と{1122}が6つ存在する。そのため,任意の結晶面トレースと亀裂トレースが一致する確率は結晶面ごとに異なり,各結晶面での亀裂の生じやすさを議論するためにはこの影響を考慮する必要がある。Zehnderら30)はC14構造のMg2Ca Laves相で観察されたすべり線と結晶面トレースが一致する確率について,実験試料と同じ結晶構造ならびに集合組織を持った材料をソフトウェア上で作成した上で,その表面に1,000,000本のランダムな直線を分布させるシミュレーションを行い,ランダムな直線と各結晶面トレースが±6°以内で一致する理論頻度を計算した。彼らは,計算された理論頻度と実験で測定された頻度を比較することで各すべり面の活動しやすさを議論している。そこで本研究でも,彼らが計算した理論頻度を使用して同様の解析を行い,Laves相の劈開破壊における結晶面の選択頻度を評価した。ただし,Table 2において複数の結晶面が同一の角度差となった亀裂番号1と8の亀裂では,亀裂トレースに対応する結晶面をひとつに特定することはできなかったため評価対象から除外した。Table 3に各結晶面トレースと一致した亀裂の頻度,計算された理論頻度および実測頻度と理論頻度の比をまとめた。実測頻度は(0001)が最も高く,次いで{1101},{1122}となり,{1100}と{1120}が最も低頻度となった。これに対して,各結晶面トレースと亀裂トレースの一致確率を考慮して実測頻度と理論頻度の比を求めると,頻度の序列は(0001),{1120},{1100},{1101},{1122}となった。(0001)のトレースと一致した亀裂の頻度は理論頻度の約6倍となり,(0001)で最も優先的に劈開破壊が生じた。また,高指数面は相対的に劈開しにくい傾向があることが実験的に明らかとなった。

Table 3. Comparison of measured trace frequency and geometrically expected frequency in trace analysis.
Crystal plane
(0001){1100}{1120}{1101}{1122}
Number of matched traces63354
Measured trace frequency, fexp [%]28.614.314.323.819.0
Geometrically expected frequency, ftheo30) [%]4.816.816.332.929.3
Ratio of fexp and ftheo6.00.850.880.720.65

3・2 第一原理計算による破壊靭性値の評価

Griffithの理論37)によると,平面ひずみ条件下での完全脆性物質の破壊靭性値KICは,次の式で表される38,39)

  
KIC=2Eγs1ν2(1)

ここで,Eはヤング率,γsは破壊表面エネルギー,νはポアソン比である。式(1)より,破壊靭性値は破壊表面エネルギーとヤング率およびポアソン比の関数であることがわかる。そこで以下では,実験から明らかとなった(0001)での劈開破壊の優先性を破壊靭性値の観点から理解するために,第一原理計算によってC14 Fe2W Laves相の破壊表面エネルギーと弾性定数の計算を行った。

C14 Fe2W Laves相では結晶学的に等価な面であっても原子層毎に存在する元素とその配置が異なるため,破壊表面エネルギーの計算は面方位だけでなく終端となる原子層の種類まで考慮して行う必要がある。Fig.4(a)にLaves相の〈1100〉からみた原子配列を示す。この時,例えば(0001)を表面とする場合の表面原子構造には4種類が存在し,本研究ではそれらの表面原子構造をType 1,Type 2,Type 3,Type 4と呼称して区別する。また,バルク結晶を(0001)で切断することを考えると,Type 1とType 2の境界面またはType 3とType 4の境界面の2種類の境界面で劈開破壊が生じ得る。ここで,本研究では(0001),{1120},{1100},{1101},{1122}の各結晶面について,結晶面法線方向をz軸とした際の各原子のz座標が0.1Å以内に含まれる原子群を同一の原子層と定義した。この定義に基づくと,(0001)では2種類,{1100}では3種類,{1120}では1種類,{1101}では2種類,{1122}では4種類の境界面が劈開破面となり得る。本研究では,(0001),{1120},{1100},{1101}については劈開破面となり得るすべて境界面について計算を行ったが,{1122}については計算コストの観点から1種類の境界面のみを計算した。Fig.4(a)−(e)に本研究で計算対象とした境界面の模式図を示す。各結晶面の模式図において,タイプ別にハッチングされた領域の上下端は同一の表面原子構造を有する。以降,劈開面を表記する際には,結晶面のミラー指数とFig.4中に示した表面原子構造のタイプを組合せ,「(0001)Type 1-2劈開面」のように表記する。

Fig. 4.

Schematic diagram of the different terminal atomic layer types and the interface that becomes the cleavage surface. (Online version in color.)

上記の境界面を表面(劈開面)とするために必要な凝集エネルギーをスラブモデルの表面積で除した値を本研究では破壊表面エネルギーと呼ぶ。劈開によって表面原子構造の異なる2つの表面が生じるため,破壊表面エネルギーは両表面の表面エネルギーの平均値に相当する。Fig.4に示したバルク結晶を各結晶面で切断した際に現れる表面原子構造のペアを上下面に持つスラブモデルを作成し,16Åの真空層を導入して計算を行った。スラブモデルに含まれるFe原子とW原子の数の比が2:1,すなわちLaves相の化学量論比と一致している場合,破壊表面エネルギーγsは次式40)によって求めることができる。

  
γs=EsNLμL2A(2)

ここで,Esはスラブモデルの全エネルギー[J],μLはLaves相の化学ポテンシャル[J],NLはスラブモデル中のLaves相分子の数,2Aはスラブモデル上下面の表面積の和[m2]である。なお,Laves相の化学ポテンシャルμLは,第一原理計算によって得られたLaves相バルクモデルの全エネルギーをバルクモデル中のLaves相分子の数で除することで求めた。

計算された破壊表面エネルギーをTable 4にまとめた。各結晶面の内で破壊表面エネルギーが最小となった劈開面を網掛けで示している。第一原理計算によって求めた破壊表面エネルギーは(0001)のType 3-4劈開面が最小であった。Jiら41)はBeやMgといった六方晶金属の主要な結晶面の表面エネルギーを第一原理計算によって求め,いずれの金属においても(0001)の表面エネルギーが最小となることを報告しており,彼らの報告は本研究結果とも整合する。また,本研究においては,(0001)のType 1-2劈開面とType 3-4劈開面では後者の破壊表面エネルギーのほうが0.81 J/m2小さくなっており,ミラー指数で表される結晶面としては等価であっても劈開によって表面となる原子層の種類によって破壊表面エネルギーが異なることがわかる。C14 Ni3Nb Laves相の(0001)の破壊表面エネルギーを第一原理計算によって求めたJinら42)の研究においても同様にType 3-4劈開面の表面エネルギーがより低い値となることが報告されており,この特徴はLaves相の構成元素によらない一般的な傾向であることが示唆される。

Table 4. Fracture surface energy obtained by first-principles calculation. The interface with the lowest fracture surface energy is shaded.
Crystal planeCleavage surfaceNumber of Laves phase molecules in the slab model, NLFracture surface energy, γs [J/m2]
(0001)Type 1-2 interface64.36
Type 3-4 interface63.55
{1100}Type 1-2 interface83.71
Type 3-4 interface83.82
Type 5-5 interface83.81
{1120}Type 1-2 interface123.78
{1101}Type 1-2 interface123.99
Type 3-4 interface103.88
{1122}Type 1-2 interface163.99

次に,C14 Laves相において,(0001)Type 3-4劈開面での破壊表面エネルギーが小さくなる要因について電荷密度の観点から考察する。Fig.5はC14 Fe2W Laves相の[0001]に沿った平均電荷密度のプロファイルと,(0001)Type 1-2間および(0001)Type 3-4間の電荷密度分布である。Fig.5では縦軸にc軸方向へ単位胞を80等分した際の(0001)面内の電荷密度の平均値を,横軸に原点からc軸方向への距離をc軸長さで除した値を取っている。図中の赤点線と緑点線がそれぞれType1-2劈開面とType3-4劈開面に相当する。Fig.5より,破壊表面エネルギーが低かった(0001)Type 3-4間において平均電荷密度が最小となっていることがわかる。また,破壊表面エネルギーが比較的大きな値となった(0001)Type 1-2劈開面では平均電荷密度が高い。つまり,(0001)Type 3-4劈開面は平均電荷密度が低いために表面エネルギーが低いと考えられ,このことは同時に,この結晶面の結合性が弱いことも示唆している。

Fig. 5.

Distribution of charge density. (a)average charge density profile along with the [0001] direction within the unit cell, charge density distribution maps on the (b) (0001) Type 1-2 interface and (c) (0001) Type 3-4 interface. (Online version in color.)

次に,弾性スティフネスの計算から,(0001),{1100},{1120},{1101},{1122}の各結晶面の法線方向への変形に対するヤング率とポアソン比を求めた結果について述べる。六方晶の弾性定数の結晶方位依存性を考慮すると,ヤング率とポアソン比はそれぞれ次のように表される43)

  
Ehkl=[h2+(h+2k)23+(acl)2]2s11(h2+(h+2k)23)2+s33(acl)4+(2s13+s44)(h2+(h+2k)23)(acl)2(3)
  
νhkl=[h2+(h+2k)23+(acl)2][s12(h2+(h+2k)23)+s13(acl)2]s11(h2+(h+2k)23)2+s33(acl)4+(2s13+s44)(h2+(h+2k)23)(acl)2(4)

ここで,hkおよびlは非直交3指数表記でのミラー指数(hkl)の各指数であり,4指数表記(hkil)との間にはi=-(h+k)の関係がある。また,sijは弾性コンプライアンスであり,六方晶の場合は以下に示す5個の独立な成分が存在する43)

  
[sij]=[s11s12s13000s12s11s13000s13s13s33000000s44000000s440000002(s11s12)](5)

また,六方晶における5個の独立な弾性コンプライアンスと弾性スティフネスcijとの間には次の関係44)がある。

  
s11=12(c33c33(c11+c12)2c132+1c11c12)(6)
  
s12=12(c33c33(c11+c12)2c1321c11c12)(7)
  
s33=c11+c12c33(c11+c12)2c132(8)
  
s13=c13c33(c11+c12)2c132(9)
  
s44=1c44(10)

したがって,式(3)から式(10)より,弾性スティフネスcijを計算することで六方晶の各結晶面法線方向に対するヤング率とポアソン比を求めることができる。C14 Fe2W Laves相の格子ベクトルをÅ単位で,

  
[abc]=[4.743002.3724.1080007.604][xyz](11)

とした上で,εxxεzzおよび εzxへ0.01のひずみを付与し,以下のフックの法則から弾性スティフネスを計算した。

  
[σxxσyyσzzσyzσzxσxy]=[c11c12c13000c12c11c13000c13c13c33000000c44000000c440000002(c11c12)][εxxεyyεzz2εyz2εzx2εxy](12)

第一原理計算によって得られた弾性スティフネスをTable 5に,その値から更に計算された各結晶面法線方向に対するヤング率とポアソン比をTable 6にそれぞれまとめた。本研究で得られた弾性スティフネスの値は,同じくC14 Fe2W Laves相について第一原理計算によって求められた文献値45)と概ね一致しており,計算値として妥当な値である。ヤング率は(0001)で最小となり,高指数面ほど大きくなる傾向を示した。ポアソン比は(0001)のみわずかに大きい値となったが,他の結晶面はすべて同等であった。第一原理計算によって得られた破壊表面エネルギー,ヤング率およびポアソン比を式(1)に代入して得られた各結晶面の破壊靭性値をTable 6に併せて示す。なお,各結晶面の破壊靭性値の算出には,Table 4に示した各結晶面の破壊表面エネルギーのうちの最小値を使用した。破壊靭性値は(0001)で最小となり,3・1節の実験結果において(0001)で最も優先的に劈開破壊が生じたことと整合する。第一原理計算により得られた(0001)の破壊靭性値は1.62 MPa・m1/2であり,Al2O3やSiC46)といったセラミクスの実験値(3~4 MPa・m1/2)と比較するとC14 Fe2W Laves相は脆い物質だと言える。また,各結晶面の破壊靭性値の序列は(0001),{1100},{1120},{1101},{1122}となり,{1100}と{1120}の順序が逆転していることを除いては,実験における劈開面の選択頻度と一致した。つまり,実験結果と第一原理計算結果の対応関係より,Laves相で見られる劈開面の選択頻度は,Griffithの理論から期待される破壊表面エネルギーとヤング率の大小で説明できる事が明らかとなった。なお,破壊靭性値が最小となる(0001)以外の結晶面での破壊も観察されたのは,各結晶面の破壊靭性値の差が最大でも+6%程度と大きくないことに加え,粗大に析出したLaves相の方位や形状に応じて各結晶面に作用する応力集中の程度が異なったためであると考えられる。

Table 5. Elastic stiffness obtained by first-principles calculation.
Elastic stiffness [GPa]
c11c12c13c33c44
This work431153168436125
Reference45)494189142416115
Table 6. Young's modulus, Poisson's ratio and fracture toughness value obtained by first-principles calculation.
Crystal planeYoung's modulus in the plane normal direction, E [GPa]Poisson's ratio in the plane normal direction, νFracture surface energy, γs [J/m2]Fracture toughness,
KIC [MPa・m1/2]
(0001)3370.293.551.62
{1100}3440.243.711.65
{1120}3440.243.781.66
{1101}3450.243.881.69
{1122}3470.243.991.71

4. 結言

実験による劈開面トレースと第一原理計算を用いて計算した破壊靭性値の対応から,C14 Fe2W Laves相の各結晶面の劈開破壊挙動について検討した結果,以下の結論が得られた。

(1)劈開破面方位のトレース解析の結果,(0001),{1100},{1120},{1101},{1122}のいずれの結晶面でも劈開破壊が生じていたが,(0001)が最も優先して選択される傾向があった。

(2)第一原理計算によって求めた各結晶面の破壊靭性値は(0001)での1.62 MPa・m1/2が最小であり,{1100},{1120},{1101},{1122}と高指数面になるほど大きくなった。この序列は劈開面トレースでの選択頻度の序列と概ね一致し,Laves相で見られる劈開面の選択頻度は,Griffithの理論から期待される破壊表面エネルギーの大小で説明できる事が明らかとなった。

文献
 
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