2021 Volume 107 Issue 2 Pages 103-111
The P contained in steelmaking slag is regarded as a potential phosphate source, especially with regard to slag with high P2O5 content, which is generated from the utilization of high P iron ores. If P can be efficiently extracted from slag, the obtained P can be used as a phosphate fertilizer. Moreover, the remaining slag can be recycled inside the steelmaking process. Compared with other phases, the P-condensed C2S–C3P solid solution in slag is more easily dissolved in water; therefore, selective leaching was applied to recover P from slag with high P2O5 content. In this study, the effect of K2O modification on P dissolution in the citric acid solution was investigated, and subsequently, a process for extracting phosphate product from the leachate, via precipitation, was explored. It was determined that K2O modification promoted dissolution of the solid solution, resulting in a higher dissolution ratio of P. By modification, the majority of the solid solution was dissolved at pH 6, and other phases remained in residue, indicating that a better selective leaching of P occurred. As the pH decreased, the dissolution ratios of both P and Fe increased. Following leaching at pH 5, a residue with a higher Fe2O3 content and lower P2O5 content was obtained. When the pH of the leachate increased, the dissolved P in the aqueous solution was precipitated. Through separation and calcination, a phosphate product with a P2O5 content of 30% was obtained, which has the potential to be used as a phosphate fertilizer.
脱りんスラグを含む製鋼スラグは製鋼プロセスにおいて重要な副産物であり,2015年における日本の排出量は1400万トン以上であった1)。製鋼スラグには,りん,マンガン,鉄など有価元素が多く含まれている。りんは鉄鋼製品の品質を低下するが,農業生産に不可欠であるため,重要な戦略的資源と言える。特に,世界の人口増加によって食料の需要増が見込まれて,りんの需要も拡大しつつある。更に,将来高品位りん鉱石の枯渇によって,製鋼スラグ中に含まれるりんは重要なりんの二次資源となる2)。従って,鉄鋼業にとってコスト削減や資源の有効利用のために,製鋼スラグからりんを効率的に回収できる技術を確立することが重要である。そのため,これまで様々な方法が開発されてきた。LiらやIshikawaは,炭素を用いて溶融脱りんスラグを還元し,得られた高りん溶銑を再酸化することによって,りんを高りん酸スラグとして回収し,肥料などに利用することを提案した3,4)。Yokoyamaらは,スラグ鉱物相の磁気特性の差異を利用し,強磁場を用いてスラグからりんの濃縮相を分離することを検討した5)。
過去十年間,鉄鋼生産量の急増により鉄鉱石の品位は低下しつつあるが,価格は高止まりを続けてきた。そのため,今後は高品位鉱石に代わり埋蔵量の多い高りん鉄鉱石の使用が増加することが予測される6)。高りん鉄鉱石を使用すると溶銑中のりん濃度が上昇する。脱りん工程を経て,りんはスラグに濃縮し,P2O5濃度の高い製鋼スラグが発生する7)。従来の製鋼スラグと比較して,高りんスラグはりんの含有量が高いため,りん酸肥料の生産に適している。スラグからのりん回収が技術的に実現可能であれば,りん資源の確保と共に高りん鉄鉱石の利用が促進できる。以上より,本研究では高りん製鋼スラグから効率的かつ低コストで,りんを分離・回収する方法の開発に着目した。
脱りんスラグは主にCaO–SiO2–Fe2O3–P2O5系であり,精錬温度においては2CaO·SiO2が飽和するマルチフェーズスラグである。2CaO·SiO2は,脱りん生成物である3CaO·P2O5を吸収し2CaO·SiO2–3CaO·P2O5(C2S–C3P)固溶体を形成する8)。C2S–C3P固溶体とスラグマトリックス間のりん分配率が高いため,高りん製鋼スラグにおいてもりんは主に固溶体に濃縮する9)。従って,マトリックス相からC2S–C3P固溶体を分離するプロセスは,りんとマトリックス相に含む鉄を分離するプロセスと等しい。Teratokoらは一定pHの硝酸溶液において,マトリックス相の溶解度が固溶体より低いことを発見し,スラグ中のマトリックス相を溶かさずにC2S–C3P固溶体を溶出する可能性を示唆し,りんを選択的浸出する概念を提案した10)。また,固溶体中のP2O5濃度の増加によって,固溶体の溶出率が著しく低下することも報告した。このような選択的浸出をもとに,著者らはC2S–C3P固溶体や高りん酸濃度を含む合成スラグの溶出挙動を調査するため,一連の実験を行った11–13)。その結果,浸出酸としてのクエン酸は硝酸よりもC2S–C3P固溶体の溶解を促進できることがわかった。更に,溶融スラグの徐冷やNa2O改質により,固溶体の溶解が容易になるとともにマトリックス相の溶解が抑制されて,スラグからりんを選択的浸出することができた。一方,K2Oは肥料の重要な成分の一つであり,Na2Oと同様の化学的性質を持つ。K2Oの添加は,選択的浸出におけるりんの溶解性を増加するとともに,浸出液からりん酸肥料を製造する場合に肥料の効果を向上することが期待できる。
本研究では,溶融高りん製鋼スラグにK2Oを添加し,りんの選択的浸出と回収に及ぼすK2Oによる改質の効果を調べるため,クエン酸を用いて溶液pHを変化し浸出実験を行った。化学的析出はりん酸肥料の一般的な生産方法であり,下水汚泥からりんを回収するためにも利用されている14)。本研究では,浸出液からりんを回収するために,りん酸塩として析出し抽出する方法を試みた。
CaO–SiO2–Fe2O3系製鋼スラグを作製するため,SiO2,Fe2O3,Ca3(PO4)2,MgO,K2CO3の化学試薬および合成したCaOを十分に混合し,Pt坩堝に装入し大気雰囲気において加熱した。CaOはCaCO3の試薬をAl2O3坩堝に入れて1273 Kで10 h焼成して得た。尚,CaO–SiO2–Fe2O3系スラグはCaO–SiO2–FeO 系スラグよりりんの溶出率が高いため10),本実験では酸化鉄としてFe2O3を用いた。K2Oの質量比を変化したスラグの組成をTable 1 に示す。これらのスラグをまず1823 Kにおいて1 h加熱して溶融させた。次に3 K/minで1623 Kまで徐冷し,20 min保持して固溶体を析出させた。更に5 K/minで徐冷し,1323 Kで炉内から取り出した。合成したスラグ中の各鉱物相の組成はEPMAによって分析し,析出した結晶相はXRDを用いて同定した。
Sample | CaO | SiO2 | Fe2O3 | P2O5 | MgO | K2O |
---|---|---|---|---|---|---|
1# Slag | 37.0 | 23.0 | 29.0 | 8.0 | 3.0 | 0 |
2# Slag | 34.5 | 21.5 | 29.0 | 8.0 | 3.0 | 4.0 |
3# Slag | 32.1 | 19.9 | 29.0 | 8.0 | 3.0 | 8.0 |
浸出実験は既報と同様な方法で行った11,12)。ポリエチレン製容器に400 mLのイオン交換水を入れて,粉砕した1 gのスラグ(粒径は53 μm以下)を投入した。溶液を200 r/minで撹拌しながら,恒温槽を用いて温度を298 Kに維持した。スラグからのCaの溶出によりpHが上昇するため,pHプローブを浸漬し,浸出酸のクエン酸溶液をPC制御システムによって自動的に供給しpHを一定値に保った。浸出実験の装置の概略図をFig.1に示す。実験中に所定時間毎に約5 mLの水溶液を採取し,シリンジフィルター (< 0.45 μm) を通して,各元素の濃度をinductively coupled plasma-atomic emission spectroscopy (ICP-AES)によって分析した。上記三種類のスラグをpH=5,6,7で浸出した。浸出実験後,濾過によって浸出液と残渣を分離した。残渣を乾燥し,質量と組成を測定した。浸出液は後記のりんの回収実験に用いた。
Schematic of the leaching system.
浸出液からりんを回収するために,Fig.2に示すプロセスによる処理を行った。溶液中のりんを析出させるために,浸出液のpHを上昇する必要がある。本実験では,Ca(OH)2またはNaOHの水溶液(1 mol/L)を用い,pHが11程度になるように浸出液に添加した。その後,懸濁した浸出液を24 h静置し,析出物と上澄み液を分けた。上澄み液を取り除いた後,析出物に残った水分を除去するため373 Kで乾燥し,固体生成物を得た。更に,結晶水の除去や結晶質相を得るため,乾燥させた生成析出物を白金坩堝に入れて873 Kで2 h煆焼した。回収したりん酸塩の成分をXRD,主要元素の濃度をICP-AESによって分析した。
Experimental procedure of extracting phosphate product from leachate.
K2Oの含有量が異なる高りん酸スラグ中の代表的な鉱物構造をFig.3に,EPMAにより分析した各相の組成をTable 2に示す。改質なしのスラグには三つの鉱物相が存在した。C2S–C3P固溶体以外にも,MgO–Fe2O3相が徐冷する際にマトリックス相から晶出していた。C2S–C3P固溶体と他相との間では高いP2O5分配比が得られた。一方,Feは主にマトリックス相とMgO–Fe2O3相に分配した。改質したスラグでも同様の現象が観察された。さらに,改質したスラグではMgO–Fe2O3相の周りに無数の小さな固溶体の粒子が存在した。それらの小粒子のP2O5含有量は大きな固溶体相よりも低い値であった。添加したK2Oは固溶体にも分配されたが,固溶体におけるK2Oの含有量はマトリックス相より低かった。スラグ中のK2Oの添加増に伴い,固溶体中のK2O含有量は増加したが,P2O5の含有量は減少した。マトリックス相では,K2Oの添加によりCaOとSiO2の含有量は減少し,代わりにFe2O3の含有量が上昇した。
(1) |
(2) |
Mineralogical structure of slags with different K2O contents.
Sample | CaO | SiO2 | Fe2O3 | P2O5 | MgO | K2O | Phase | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1# Slag (0% K2O) |
A | 1.3 | 0.1 | 88.1 | 0.0 | 10.5 | 0.0 | Magnesioferrite |
B | 40.0 | 34.8 | 21.5 | 1.8 | 1.9 | 0.0 | Matrix phase | |
C | 54.9 | 11.8 | 1.1 | 31.3 | 0.9 | 0.0 | Solid solution | |
2# Slag (4% K2O) |
A | 2.0 | 0.2 | 86.2 | 0.1 | 11.3 | 0.1 | Magnesioferrite |
B | 32.1 | 33.5 | 25.6 | 1.8 | 1.6 | 5.4 | Matrix phase | |
C | 54.6 | 17.4 | 1.3 | 23.3 | 0.5 | 2.9 | Solid solution | |
D | 54.0 | 27.0 | 3.2 | 10.9 | 1.1 | 3.9 | ||
3# Slag (8% K2O) |
A | 1.6 | 0.2 | 85.4 | 0.0 | 12.4 | 0.3 | Magnesioferrite |
B | 23.0 | 31.4 | 32.8 | 0.6 | 1.2 | 11.0 | Matrix phase | |
C | 51.6 | 18.8 | 1.1 | 20.1 | 0.3 | 8.2 | Solid solution | |
D | 55.5 | 25.4 | 2.6 | 10.8 | 0.5 | 5.3 |
上記のEPMAの結果を用いてスラグ中の各鉱物相の質量分率を見積もった。計算を簡略化するために,P2O5の含有量の低い小さな固溶体粒子は無視した。各酸化物のマスバランスは式(1)で表すことができる。ここで,α,β,γはそれぞれMgO–Fe2O3相,マトリックス相,および固溶体の質量分率;NMOn はスラグ中の酸化物MOnの質量分率;NαMOnはα相中のMOnの濃度である。各鉱物相の質量分率の合計は式(2)として表される。計算されたスラグ中の各鉱物相の質量分率についてはFig.11で後述するが,スラグ中のK2Oの含有量の増加に伴い,固溶体の質量分率は増加し,マトリックス相の質量分率は減少した。MgO–Fe2O3相の質量分率はほとんど変化しなかった。8%のK2Oを添加した場合には,固溶体の質量分率は24.1%から40.2%に増えた。固溶体の質量分率が増加した結果,固溶体に濃縮されたP2O5が希釈されて,その濃度は低減した。一方,マトリックス相中のCaOとSiO2の一部が固溶体比率の増大に関与されるため,マトリックス中のこれらの濃度は低下した。
Mass fractions of residue and dissolved part, compared with the phase fractions of each slag.
C2S–C3P固溶体の溶解反応は式(3)で表される10)。pH=6での溶液中の各元素の濃度の経時変化をFig.4に示す。Ca,Si,P濃度は溶出初期の20 minにおいて急速に増加したが,60 minからはその溶解速度が低下した。4%のK2Oが添加された場合には,溶液中のCa,Si,Pの濃度が著しく増加し,K2O含有量の増加に伴いそれらの濃度は更に高くなった。他の元素比較し,いずれのスラグからも溶出したFeの濃度はわずか数mg/Lであった。
(3) |
Change in the concentration of each element in the aqueous solution at pH 6.
Fig.4の結果のもとに,式(4)を用いて120 minにおけるスラグから各元素の溶出率を計算した。ここで,RMは元素Mの溶出率;WM,slagはスラグの質量と組成から計算された浸出前のスラグに含む元素Mの質量;WM,aqueは溶液の質量と120 min後の元素Mの濃度から計算された溶液における元素Mの質量である。
(4) |
スラグから各元素の溶出率の計算結果をFig.5に示す。いずれの場合も,スラグ中からPの溶出率が最も高く,その次はCaとSiであり,FeとMgは非常に低い溶出率を示した。Feは主にMgO–Fe2O3相およびマトリックス相に分配されているため,これらの二つの鉱物相が溶解しにくいことが示唆される。未改質スラグの場合,スラグからのPの選択浸出ができたが,Pの溶出は不十分であった。スラグ中のK2Oの含有量増によって,Ca,Si,Pの溶出率が増加した。8%のK2Oを含むスラグの場合,Caは72%程度,Pは84.6%溶出したが,鉄はほとんど溶解しないため,より優れたPの選択浸出性が得られた。この場合,Kの溶出率は約50%であった。
Dissolution ratios of each element from different slags at pH 6.
Pの選択浸出の最適条件を決定するために,異なるpHによる各スラグの溶出挙動を調べた。PおよびFeの溶出率は,それぞれ,固溶体および他の鉱物相の溶出挙動を表すことができるが,その結果をFig.6に示す。いずれの場合も,Pの溶出率はFeの溶出率よりもはるかに大きかった。pHを低下させると,PとFeの溶出率は増加したが,変化の傾向はスラグによって異なっていた。4%のK2Oの添加によって,pH=7におけるスラグからのPの溶出率は25.8%から40.1%に増加した。しかし,K2Oをそれ以上に添加しても,顕著なPの溶出率の増加は見られなかった。既報で述べたように13),より高いpH条件においては,式(5)のようにCa2+とりん酸イオンが容易に反応してCa10(PO4)6(OH)2 (hydroxyapatite, HAP)が生成するため,溶液中のPの濃度が制限される。Fig.7にHAPの溶解度曲線と実験結果の比較を示す。pH=7において,改質したスラグの実験結果はHAPの溶解度曲線より上に位置したため,Pの濃度が飽和状態に達しており,HAPの形成によりPの溶解が抑制されたことを示唆した。
(5) |
Change in the dissolution ratios of P and Fe with pH.
Solubility line of HAP and experimental results at various pH conditions.
pHが6に低下すると,H+イオン濃度が増加し,固溶体の溶解が促進される。この場合,Fig.7に示すようにHAPの溶解度線はCaとPの高濃度域に移動し,HAPの形成が難しくなる。そのため,各スラグからのPの溶出率が著しく上昇した。未改質のスラグでは,pHを5に下げたことによって,Pの溶出率は大幅に増加したが,Feの溶出率も大幅に増加し20.4%程度に達した。これはマトリックス相の一部が溶解していることを示しており,Pの選択浸出に不利である。改質したスラグの場合,pHが5に低下しても,Pの溶出率はわずかしか増加せず,Feの溶出は少なかった。これはマトリックス相の溶解が抑制されたことを示す。Hayashi and Susaは珪酸ガラスにおいてFe3+が四面体や八面体構造の配位を持つ可能性を指摘し,SiO2–Na2O–Fe2O3系ガラスにおけるFe3+の四面体構造はSiO2–CaO–Fe2O3系ガラスより多いと報告した15)。したがって,Na2Oの添加により,Fe3+の配位数が減少しマトリックス相の構造がより安定したと推測できる。アルカリ金属酸化物 (Na2O,K2O) は互いに同様の化学的性質を持っているため,Na2OとK2Oによる改質は,マトリックス相の溶解抑制に対して同様の効果を持つと考えられる。したがって,K2Oの添加はスラグからのPの選択浸出に有利であることになる。
pH=6での浸出で得られた残渣の組織および組成を,それぞれFig.8とTable 3に示す。残渣には二つの鉱物相が確認された。Fe2O3とMgOに富む白色の相はMgO–Fe2O3相であり,CaO–SiO2–Fe2O3系スラグで構成された灰色の相はマトリックス相である。Table 2の結果と比較すると,残渣中のこれらの相の組成は浸出前のスラグの相の組成とほぼ等しい。各スラグの残渣中からは固溶体が検出されず,水溶液に接した固溶体が溶解したことが分かる。改質したスラグの残渣には,MgO–Fe2O3相の周りに小さな穴が観察された。これらは浸出前に固溶体小粒子が存在した位置だと考えられる。
Microstructure of residue after leaching at pH 6.
CaO | SiO2 | Fe2O3 | P2O5 | MgO | K2O | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
Residue (1# Slag, pH=6) |
A | 40.1 | 35.6 | 20.1 | 2.2 | 1.9 | 0.0 |
B | 1.3 | 0.3 | 87.6 | 0.0 | 10.8 | 0.0 | |
Residue (2# Slag, pH=6) |
A | 31.8 | 35.5 | 23.5 | 2.0 | 1.8 | 5.3 |
B | 1.7 | 0.7 | 85.3 | 0.1 | 12.1 | 0.1 | |
Residue (3# Slag, pH=6) |
A | 23.2 | 32.0 | 31.6 | 0.9 | 1.5 | 10.8 |
B | 0.9 | 2.8 | 83.0 | 0.1 | 13.0 | 0.2 |
Fig.9に浸出前のスラグとpH=6で浸出後の残渣のXRD結果を示す。各スラグでは晶出した固溶体とマグネシオフェライトが観察された。K2Oの改質により,固溶体の結晶構造が変化した。浸出後,固溶体のピーク強度は弱まったが,MgO–Fe2O3相のピーク強度は増加した。未改質のスラグの残渣に対しては,固溶体のピークが依然として存在した。しかし,改質したスラグでは,残渣中の固溶体のピークはほとんど消失し,K2Oによる改質が固溶体の溶解を促進したことが分かった。
XRD patterns for the slags and their residues after leaching at pH 6.
Table 4に各残渣の平均化学組成をICP-AESで分析した結果を示す。浸出前のスラグと比較して,残渣中のCaO,SiO2,P2O5の含有量は減少したが,Fe2O3およびMgOの含有量は増加した。pH=6での浸出の場合,残渣中のP2O5の含有量はK2Oの添加量の増加に伴い減少した。これはPの溶出率の上昇によるものである。未溶解のFeが残渣に残り,それに伴いFeの含有量が上昇した。pHを5に低下させると,残渣中のP2O5およびFe2O3の含有量がそれぞれさらに減少および上昇したが,この現象は残渣の製鋼プロセスにおけるリサイクルに有利である。上記の知見により,他の鉱物相と比較して,りん酸含有固溶体は水溶液に溶けやすく,浸出によりスラグから分離できることが分かった。
Residue | CaO | SiO2 | Fe2O3 | P2O5 | MgO | K2O |
---|---|---|---|---|---|---|
1# Slag (pH=6) | 34.22 | 22.37 | 36.29 | 3.36 | 3.75 | 0.00 |
2# Slag (pH=6) | 24.01 | 18.15 | 46.37 | 2.05 | 4.67 | 4.75 |
3# Slag (pH=6) | 16.12 | 17.99 | 51.06 | 1.47 | 5.16 | 8.21 |
1# Slag (pH=5) | 20.63 | 18.24 | 54.54 | 1.05 | 5.55 | 0.00 |
2# Slag (pH=5) | 21.98 | 18.35 | 48.84 | 1.29 | 4.87 | 4.68 |
3# Slag (pH=5) | 13.85 | 16.20 | 55.37 | 0.66 | 5.58 | 8.36 |
固溶体のみが溶解したと仮定すると,固溶体の質量分率とその組成を用いて,スラグ中のCa,Si,Pの溶出率が計算できる。Fig.10にpH=6での浸出結果と計算結果の比較を示す。いずれの場合も,Pの溶出率は計算値よりも低く,固溶体が完全には溶解しなかったことを示唆した。スラグ中のK2O含有量の増加に伴い,実験結果は計算値に徐々に近づき,固溶体の溶解が促進されたことが分かった。K3PO4とNa3PO4は水に溶けやすいが,Ca3(PO4)2は溶けにくいことが知られている。また,2%のクエン酸溶液において,2CaO·Na2O·P2O5の溶解度は3CaO·P2O5より高いと報告されている16)。したがって,K2Oの添加は固溶体の溶解度を高め,より高い溶出率をもたらすと考えられる。CaとSiの溶出率は計算値に近いが,K2Oによる改質スラグの場合は計算値よりわずかに大きかった。溶出したCaとSiの一部はマトリックス相に由来することが分かる。その差が小さいため,マトリックス相の溶解は少ないと考えられる。また,Feの溶出率が低いことも確認される。
Calculated dissolution ratios of each element from solid solution comparing with the experimental results.
Fig.11に示すように,浸出後残渣,および,溶出率から算出した溶解したスラグの質量を,浸出前のスラグ中の各鉱物相の質量と比較した。未改質スラグの場合,溶解したスラグの質量は固溶体の質量より低く,固溶体の一部が残渣に残っていることが分かる。K2Oの含有量の増加に伴い,スラグの溶出量が増加し,固溶体の質量分率に非常に近い値を示した。上記の分析を総合すると,固溶体の大部分は溶解しているが,他の鉱物相は溶解が少ないと言える。このように,より選択性の高いPの浸出が達成された。
3・3浸出液からのりんの回収4%のK2Oを含むスラグをpH=6で浸出した後,得られた浸出溶液をりんの回収実験に用いた。浸出液中の各元素の濃度をTable 5に示す。選択浸出により,Ca,Si,Pの濃度は高く,MgとFeの濃度は低い。アルカリ溶液の添加によって析出物が形成した後に得た,上澄み液中の各元素の濃度もTable 5に示してある。浸出液と比較して,上澄み液中のPの濃度は著しく低下した。Pの析出率を式(6)で見積もった。ここで,YPはPの析出率と定義し,C1は浸出液中のPの濃度,C2は沈殿後の上澄み液中のPの濃度を示す。Ca(OH)2溶液を添加すると,Caの濃度はほとんど変化せず,Pの析出率は99.6%に達した。NaOH溶液を用いると,Caの濃度は半分まで低下し,Pの析出率は96%であった。どちらの場合も,SiとKの濃度はわずかに減少した。
(6) |
Ca | Si | P | Fe | Mg | Na | K | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Leachate | 328.37 | 73.49 | 65.16 | 5.02 | 4.05 | 0.78 | 25.12 |
Solution (adding Ca(OH)2) |
307.50 | 49.20 | 0.24 | 0.10 | 1.38 | 0 | 19.60 |
Solution (adding NaOH) |
155.66 | 61.6 | 2.62 | 0.16 | 0.56 | 422.72 | 21.36 |
カルシウムやりん酸イオンを含む溶液では,溶液のpHと組成によって,DCPD(CaHPO4·2H2O),OCP(Ca8H2(PO4)6·5H2O),TCP(Ca3(PO4)2),HAP(Ca10(PO4)6(OH)2)などのりん酸カルシウム塩が形成される17)。これらのりん酸カルシウム塩の析出反応を式(7)–(10)に示す18,19)。それらの平衡定数に基づいて,pH=11の水溶液におけるりん酸カルシウムの溶解度曲線を計算した。Fig.12に浸出液と沈殿後の上澄み液の組成を示す。NaOHを加えた後,上澄み液の組成はDCPDの溶解度曲線の上に位置した。Ca(OH)2を添加した場合,上澄み液組成はDCPDとOCPの溶解度線の間にあった。析出したりん酸塩がDCPDあるいはOCPによる構成される可能性があると考えられる。熱力学的な観点からは,HAPは最も安定なりん酸カルシウム塩であるため,溶液中のPの濃度は非常に低い値まで下がる可能がある。ただし,核生成速度が異なるため,不安定な化合物が先に析出することがよく観察される17)。多くの自然環境では,DCPDやOCPはHAP形成の中間体または前駆体として重要な役割を果たしている20)。従って,上澄み液中のPの濃度はDCPDやOCPの溶解度によって決定されると考える。
(7) |
(8) |
(9) |
(10) |
Solubility curves for some calcium phosphates and the experimental results at pH 11.
Fig.13(A)はCa(OH)2の添加により得られた析出物を示す。Table 6にその化学組成を示す。これらの析出物は主にCaOとP2O5で構成されて,K2Oの含有量は非常に低い。析出物には3-5%のSiO2や1.0%程度のFe2O3も含まれる。NaOHを添加すると,得られた沈殿物のP2O5の含有量は高く,SiO2の含有量は低くなる。しかし,マスバランスの計算によると,沈殿物の約20%の成分が不明である。これらの成分は結晶水または有機物(クエン酸塩)と見なされる。
Image of the precipitate and phosphate product when Ca(OH)2 was added.
Sample | CaO | SiO2 | Fe2O3 | P2O5 | P2O5 | MgO | K2O | Others | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Precipitate | Ca(OH)2) | 41.94 | 5.42 | 23.30 | 1.10 | 0.03 | 0.63 | 0.06 | 27.52 |
NaOH | 41.87 | 3.29 | 24.97 | 1.17 | 1.96 | 0.97 | 0.11 | 25.66 | |
Phosphate product | Ca(OH)2) | 53.53 | 5.86 | 28.52 | 1.40 | 0.01 | 0.80 | 0.10 | 9.78 |
NaOH) | 52.59 | 3.47 | 30.38 | 1.49 | 2.59 | 1.22 | 0.16 | 8.10 |
煆焼後,Fig.13(B)に示すように,沈殿物は白色から灰色のりん酸塩となった。その化学組成をTable 6に示す。煆焼前の析出物と比較して,結晶水の除去や有機物の分解により,煆焼後のりん酸塩における各酸化物の含有量は増加した。NaOHの添加によって,煆焼したりん酸塩中のP2O5の含有量は30.4%に達し,これは市販のりん酸肥料と同程度である21)。Fig.14にりん酸塩回収物のXRDパターンを示す。二つのりん酸塩の主要ピークほぼ等しく,これらのピークはsilicon-substituted calcium hydroxyapatite (Ca5(PO4)2.85(SiO4)0.15(OH))とHAP(Ca10(PO4)6(OH)2)に対応している。これは浸出液から析出したりん酸塩は,煆焼によってHAPに変わったことを示唆する。Fig.12に示したように,析出したりん酸塩が最終的に最も熱力学的に安定なHAPに変化するという知見もある22)。即ち,NaOHまたはCa(OH)2を浸出液に添加すると,りん酸塩の析出に対してほぼ同様の効果があり,いずれによってもHAPが得られる。実験で得られた析出物や煆焼りん酸塩は,りん酸肥料の主成分(CaOやP2O5)と類似しており21),且つP2O5の含有量が高いため,りん酸肥料として利用できる可能性がある。
XRD patterns for the obtained phosphate products.
Fig.15に示すように,本研究では高りん製鋼スラグのりん資源としての利用と,スラグ発生のない製鋼プロセスを提案する。高りん鉄鉱石の使用により,既存の製鉄プロセスからは高りん溶銑が生成される。この高りん溶銑は転炉によって脱りんする場合に,アルカリ酸化物(Na2OやK2O)の添加によってフォスフェイトキャパシティーが上昇できる23)。脱りんの次に,スラグの少ない条件で脱炭を行い,溶鋼が得られる。高りん酸濃度の製鋼スラグを酸化し,選択的浸出によってスラグ中のりんを溶解し浸出液に濃縮する。浸出残渣や脱炭スラグにはP2O5の含有量が低くFe2O3の含有量が高いため,脱りんプロセスに戻すことで再利用できる。浸出液中のりんはカルシウムりん酸塩として析出し,りん酸塩肥料として活用できる。
A process for the comprehensive utilization of slag with high P2O5 content.
高りん製鋼スラグ中のりんを回収するために,水溶液におけるスラグ中のりんの選択浸出に対するK2O改質の効果を調査するとともに,析出によって浸出溶液からりん酸塩を抽出するプロセスを検討した。以下の結果が得られた。
(1) K2O改質により,K2Oの一部はりんが濃縮するC2S–C3P固溶体に分配されて,スラグにおける固溶体の質量分率は増加したが,固溶体中のP2O5の含有量は減少した。
(2) K2O改質は水溶液への固溶体の溶解を促進し,Ca,Si,Pの溶出率を上昇した。改質したスラグでは,固溶体のほとんどがpH=6で溶解されて,他の鉱物相は浸出残渣に残った。効率的な選択浸出ができた。
(3) pHが低下すると,PとFeの溶出率は共に上昇した。pH=5において,いずれのスラグからも80%以上Pが溶出した。K2O改質によって,マトリックス相の溶解が大幅に抑制されて,Feの溶出率が低減した。浸出後にはFe2O3の含有量が高く,P2O5の含有量が低い残渣が得られた。
(4) アルカリ性溶液の添加による浸出液のpHの上昇に伴い,浸出液中のほとんどのPが析出した。上澄み液との分離および煆焼により,約30%のP2O5を含むりん酸塩が回収物されて,りん酸肥料として利用できる可能性がある。さらに,高りん鉄鉱石を総合的に利用するスラグが発生しない製鋼プロセスを提案した。