Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Effects of Si and Mn Contents on V-bending in High Strength TRIP-aided Dual-Phase Steel Sheets with Polygonal Ferrite Matrix
Akihiko Nagasaka Tomohiko HojoMasaya FujitaTakumi OhashiMako MiyasakaYuki ShibayamaEiji Akiyama
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 2 Pages 154-164

Details
Abstract

Effects of Si and Mn contents on V-bending in high strength TRIP-aided dual-phase (TDP) steel sheets with polygonal ferrite matrix were investigated for automotive applications. V-bending test was performed on a hydraulic testing machine using a rectangular specimen (50 mm in length, 5 mm in width, 1.2 mm in thickness) and 88-degree punch (2.0 mm in punch radius) and 88-degree die (12 mm in die width, 0.8 mm in die radius) at a processing speed of 1 mm/min. The main results are as follows.

(1) The 0.2C-(1.0-2.5)Si-(1.0-2.0)Mn, mass% TDP steel sheets were able to perform V-bending by strain-induced martensitic transformation of TRIP effect.

On the other hand, ferrite-martensite dual-phase (MDP0) steel sheet of 900 MPa grade was not able to perform 90-degree V-bending because of initiation of crack in tension area.

(2) The 0.2C-2.5Si-1.5Mn, mass% TDP-G steel sheet of 980 MPa grade was able to enable the 90-degree V-bending that considered an amount of springback (Δθ=θ2θ1), in which the θ1 and the θ2 are a bending angle on loading and a bending angle after unloading respectively, of more than 2-degree by controlling a displacement of punch bottom dead center.

1. 緒言

近年,自動車の衝突安全性と車体軽量化による燃費向上を目的として,ピラーやバンパービームには1470 MPa級のホットスタンプ部材が広く用いられている1)。また,V曲げ加工に関する研究は,スプリングバックフリー,およびサーボプレスなどが研究報告24)されているが,衝突安全性,およびプレス成形性等を考慮した場合,TRIP5)鋼板の適用が期待できる6,7)。しかしながら,TRIP鋼板のV曲げ加工に関する研究は十分に行われていない3)

TRIP鋼の主に4種類のプレス成形性(深絞り性,張出し性,伸びフランジ性,および曲げ性)の変形のメカニズムを詳細に調査するため,プレス成形性の指標となる強度・延性バランスTS×TElが25 GPa%を有するポリゴナルフェライトを母相に有する高強度TRIP型複合組織鋼(TDP鋼)を用いた6)。TDP鋼は,主に5元素のC,Si,およびMn添加によって,熱処理により強度,硬さ,および残留オーステナイトγR特性等のミクロ組織制御を比較的容易に行うことが可能である。

一方,ベイニティックフェライトを母相に有する低合金TRIP鋼(TBF鋼)のプレス成形性においては,TDP鋼と比較して優れた伸びフランジ性が報告されている7)が,強度・延性バランスTS×TEl,および残留オーステナイトγRの体積率が相対的に低いことから,残留オーステナイトγRの変態をEBSD解析によって検出することが困難で,そのメカニズムを明瞭にすることが難しい。そのため,残留オーステナイトγRの体積率が比較的高く,粒状でEBSD解析により残留オーステナイトγRの検出がTBF鋼よりも容易なTDP鋼を用いることが有効な手段の一助となる。

著者らは,低合金TRIP鋼の深絞り性6,810),張出し性10,11),穴広げ性1116),および曲げ性14,16)に関する多くの研究を行い,各プレス成形性に及ぼす母相,第二相(残留オーステナイトγR)形態の影響,残留オーステナイトγR特性の影響を明らかにした。母相組織,第二相形態はポリゴナルフェライトを有し,ブロック状の残留オーステナイトγRを有するTDP鋼よりも焼鈍マルテンサイトラス母相と棒状の残留オーステナイトγRからなるTRIP型焼鈍マルテンサイト鋼(TAM鋼)やベイニティックフェライトラス母相とフィルム状残留オーステナイトγRを有するTRIP型ベイニティックフェライト鋼(TBF鋼)の方がプレス成形性に優れること8,10,16),および残留オーステナイトγRの体積率,およびその炭素濃度の高い低合金TRIP鋼はプレス成形性が向上すること6,8,14)を報告した。しかし,低合金TRIP鋼板において,90°V曲げ加工のような形状凍結性も要求されるプレス加工様式に関する研究報告はほとんど行われていない。

そこで,本研究では残留オーステナイトγRのTRIP効果を利用できるポリゴナルフェライトを母相に有する高強度TRIP型複合組織鋼(TDP鋼)板6)のV曲げ加工に及ぼす化学組成の影響を明らかにすることを目的として,0.2C-(1.0-2.5)Si-(1.0-2.0)Mn,mass%の化学組成を有するTDP鋼板の90°V曲げ加工に及ぼすSi・Mn量の影響を調査した。

2. 実験方法

Table 1に供試鋼の化学組成を示す。Table 2に二相域温度Tα+γを示す。Fig.1にTDP鋼の熱処理線図を,Fig.2にMDP鋼の熱処理線図を示す7)。TDP鋼は熱処理として,Tα+γ=780~860°C×1200 sの二相域焼鈍後,400°C×1000 sのオーステンパ処理を施した(Fig.1,Table 2)。熱処理後のこれらの鋼をTDP-A~TDP-G鋼と呼ぶ。ここで,Tα+γは残留オーステナイトγRの初期体積率が最大になる温度で,焼鈍時間は1200 sとして実験的に求めた。すなわち,二相域温度Tα+γ範囲とオーステンパ処理時間(0~3600 s)は,残留オーステナイトγRの初期体積率,およびその炭素濃度がほぼ最大となる最適な熱処理条件とした。

Table 1. Chemical composition of steels used (mass%).
SteelCSiMnPSAl
TDP-A0.211.511.000.0150.00130.041
TDP-B0.201.511.510.0150.00110.040
TDP-C0.201.491.990.0150.00150.039
TDP-E0.201.001.500.0140.00130.038
TDP-F0.182.001.500.0150.00130.037
TDP-G0.192.481.490.0140.00130.036
MDP00.150.251.700.0100.00800.030
MDP40.150.251.700.0100.00800.030
Table 2. Retained austenite characteristics and mechanical properties.
SteelTα+γ
(°C)
fγ0Cγ0
(mass%)
fγ0 × Cγ0
(mass%)
MS
(°C)
YS
(MPa)
TS
(MPa)
UEl
(%)
TEl
(%)
YRTS×TEl
(GPa%)
n
TDP-A8000.0581.510.087−5447074227.232.30.6324.00.25
TDP-B7800.0791.380.109−3752783131.435.80.6329.70.22
TDP-C8200.1371.260.172−2451698420.422.90.5222.50.23
TDP-E7800.0761.410.107−4849476724.629.00.6422.20.23
TDP-F8200.0851.310.111−1251791127.831.90.5729.10.30
TDP-G8600.1031.290.133−446896624.528.80.4827.80.22
MDP07604349239.311.30.4710.40.14
MDP476052873510.313.10.729.60.11

Tα+γ: intercritical annealing temperature, fγ0: volume fraction of retained austenite, Cγ0: carbon concentration in retained austenite, fγ0×Cγ0: total carbon concentration of retained austenite, MS: estimated martensite-start temperature, YS: yield stress or 0.2% offset proof stress, TS: tensile strength, UEl: uniform elongation, TEl: total elongation, YR: yield ratio (=YS/TS), TS×TEl: strength-ductility balance and n: work hardening exponent (ε=5 - 15%).

Fig. 1.

Heat treatment diagram of TDP steel, in which “Tα+γ”, “O.Q.” and “RT” represent intercritical annealing temperature, quenching in oil and room temperature, respectively.

Fig. 2.

Heat treatment diagram of MDP steel, in which “O.Q.”, “A.C.” and “RT” represent quenching in oil, air cooling and room temperature, respectively.

また,比較として,0.15C-0.25Si-1.70Mn, mass%を有する残留オーステナイトγRを含まないフェライト・マルテンサイト複合組織鋼(MDP0鋼,760°C×1200 sの二相域焼入れ),760°C×1200 sの二相域焼入れ後, 400°C×3600 sで焼戻した鋼(MDP4鋼)を用いた(Fig.2)。

引張試験にはJIS13B号引張試験片を用い,インストロン型万能試験機により,クロスヘッド速度1 mm/min(ひずみ速度2.8×10-4/s)で行った。

V曲げ試験にはワイヤ放電加工した50 mm×5 mmの短冊状試験片(圧延方向は長手方向に直角)を用い,油圧式疲労試験機により,88°Vパンチ(先端半径2 mm,成形速度1 mm/min),および88°Vダイス(ダイス溝の幅l=12 mm,ダイス肩半径0.8 mm)で成形した2,3)Fig.3にV曲げ試験を示す。なお,基本鋼のTDP-B鋼において,負荷時の曲げ角θ1=92°,除荷後の曲げ角θ2=90°になるようにスプリングバック量Δθ(=θ1-θ2)の2°を考慮してパンチ下死点の変位Smax=11.0 mm,および保持時間2 sを設定した17)

Fig. 3.

Experimental apparatus for V-bending. (Online version in color.)

残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0(vol%)はX線回折法(MoKα線)により回折面(200)α,(211)α,(200)γ,(220)γ,および(311)γの5ピーク法を用いて求めた18)。また,残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ0(mass%)はCrKα線の回折面(220)γから求めた格子定数aγ(nm)を次式(1)に代入して計算した19)

  
Cγ0=(aγ0.35467)/4.67×10-3(1)

ビッカース硬さ試験には,マイクロビッカース硬度計(荷重981 mN,保持時間15 s)により,鋼板の曲げ部断面パンチ側からx=0.1 mm間隔に半径方向の硬さ分布を測定し,ビッカース硬さHVで評価した。また,EBSD解析(解析領域40 μm×40 μm,ステップサイズ0.2 μm)を行った。

3. 実験結果および考察

3・1 組織と機械的特性

Fig.4に(a)TDP-B鋼,および(b)MDP0鋼のミクロ組織を示す。また,Table 2に供試鋼の残留オーステナイトγR特性,および機械的特性を示す。TDP鋼の二相域温度Tα+γは残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0がほぼ最大となる温度を用いた7)

Fig. 4.

Scanning electron micrographs of (a) TDP-B and (b) MDP0 steels, in which “αf”, “αb”, “γR” and “αm” represent ferrite matrix, bainite island, retained austenite particle and martensite, respectively.

残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0(vol%)の測定は極めて重要であり,これまでにいろいろな測定法が提案されてきた20)。TDP鋼はSugimotoらによる報告21)を参考に真空溶解された鋼(30 kg)である。Tomotaらによる報告22)によると,散乱ベクトルが鋼板の法線(N),圧延(R),および板幅(T)方向に平行になるようにして測定した fγ0の値には差異があり,測定方向により算出結果に約2%の差異がみられる。また,3方向から測定したX線回折プロファイルをN,T,Rの3方向で回折ピークの積分強度比が異なり集合組織が存在する。なお,格子定数の測定方向による差異は認められなかった。本研究の残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0測定は,R方向(RD)で測定し,測定方向による算出結果の差異が生じないように統一した。

3%硝酸エタノール溶液で腐食後のTDP-B鋼のミクロ組織は,母相のポリゴナルフェライトαfに残留オーステナイトγRとベイナイトαbからなる第二相がネットワーク状に存在する(Fig.4(a))。一方,MDP0鋼は母相のポリゴナルフェライトαfに第二相がマルテンサイトαmである(Fig.4(b))。

Table 2より,C添加量を0.2 mass%にほぼ一定とし,Si,およびMn添加量を1.0~2.5 mass%,および1.0~2.0 mass%の範囲でそれぞれ変化させたTDP-A~TDP-G鋼において,Si,およびMn添加量の増加に伴い,残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0は増加するが,残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ0は減少する。有効炭素濃度fγ0×Cγ010)はそれぞれ増加する。

残留オーステナイトγRMS点は,次式(2)を用いて推定した21)

  
MS=550360×Cγ040×Mnγ0(2)

ここで,Cγ0,およびMnγ0はそれぞれ残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ0(mass%),Mn濃度(mass%)である。Mn濃度はSpeichら23),およびGilmourら24)の研究から,添加量の1.5倍と仮定した。残留オーステナイトγRMS点は,-54~-4°Cの室温以下にある(Table 2)。

TDP鋼の引張強さTSは742~984 MPaの範囲にあり,高Si・Mn鋼ほど高くなる。全伸びTElは22.9~35.8%の範囲にあり,MDP鋼と比べその値は大きい。また,強度・延性バランスTS×TElは22.2~31.1 GPa%の範囲にあり,MDP鋼に比較して25 GPa%以上とプレス成形性に優れていることがわかる。なお,MDP0鋼の降伏比YRは0.5以下の低降伏比を示す(Table 2)。

3・2 V曲げ特性に及ぼす曲げ部の硬さ分布の影響

Fig.5に曲げ荷重P‐行程S曲線(TDP-B鋼,パンチ下死点Smax=11.0 mm,θ2=90°)17),Fig.6に曲げ荷重P‐行程S曲線(TDP-G鋼,MDP0鋼,MDP4鋼,Smax=11.0 mm),Fig.7に曲げ荷重P‐行程S曲線(TDP-E鋼,TDP-G鋼,Smax=11.0 mm),およびFig.8に曲げ荷重P‐行程S曲線(TDP-A鋼,TDP-C鋼,Smax=11.0 mm)をそれぞれ示す。

Fig. 5.

Bending load (P)-punch stroke (S) curve for TDP-B steel (Smax=11.0 mm, θ2=90°).

Fig. 6.

Bending load (P)-punch stroke (S) curves for TDP-G, MDP0 and MDP4 steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Fig. 7.

Bending load (P)-punch stroke (S) curves for TDP-E and TDP-G steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Fig. 8.

Bending load (P)-punch stroke (S) curves for TDP-A and TDP-C steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

また,Fig.9にTDP鋼の除荷後の曲げ角θ217)とSi,およびMn添加量の関係を示す((a) Si量を変化させたTDP-E,B,F,G鋼,(b)Mn量を変化させたTDP-A,B,C鋼,Smax=11.0 mm)。

Fig. 9.

Variation in bending angle after unloading (θ2) as a function of (a) silicon content (Si) and (b) manganese content (Mn) for (a) TDP-E, TDP-B, TDP-F and TDP-G steels, (b) TDP-A, TDP-B and TDP-C steels (Smax=11.0 mm).

Fig.10に曲げ荷重PとSi量,および残留オーステナイトγR特性(残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0,残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ0,残留オーステナイトγRの有効炭素濃度fγ0×Cγ0)の関係を示す(TDP-E,B,F,G鋼)。Fig.11に曲げ荷重PとMn量,および残留オーステナイトγR特性の関係をそれぞれ示す(TDP-A,B,C鋼)。先の報告25)では,C量を変化させることによる残留オーステナイト特性が大きく変化し,V曲げ特性に影響を与えることを明らかにした。本研究においても,C量を0.2 mass%一定にして,Si・Mn量をそれぞれ添加させることで,残留オーステナイトγRの体積率fγ0は高くなり,一方,その炭素濃度Cγ0は低くなることから,残留オーステナイトγRの体積率fγ0,その炭素濃度Cγ0,および有効炭素濃度fγ0×Cγ0でV曲げ特性を整理することとする。

Fig. 10.

Variation in bending load (P) as functions of (a) silicon content (Si), (b) fγ0, (c) Cγ0 and (d) fγ0× Cγ0 for TDP-E, TDP-B, TDP-F and TDP-G steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Fig. 11.

Variation in bending load (P) as functions of (a) manganese content (Mn), (b) fγ0, (c) Cγ0 and (d) fγ0× Cγ0 and for TDP-A, TDP-B and TDP-C steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Si,Mn量をTDP-B鋼よりも増量することは,Matsumuraら26)に詳細に考察されているように,MnはT0温度(同一組成の高温相と低温相,すなわち,オーステナイトγとフェライトの化学自由エネルギーが等しくなる温度)を低下させることにより炭素濃度Cγ0を低下させる。一方,SiはT0温度には影響しないが,炭化物の析出を抑制し,残留オーステナイトγRの体積率fγ0が増加するため,結果的に炭素濃度を低下させる27)。以上のことから,Si,Mn量の増量による残留オーステナイトのγR初期体積率fγ0,その炭素濃度Cγ0,および有効炭素濃度の変化が現れたと考えられた。

Fig.5より,(O-A)は純粋曲げ変形に相当する領域で,このときの曲げに必要な力は弾性曲げ変形から塑性曲げになるのに要するA点の荷重P1である17)。一方,荷重が一時低減する(A-B)間は板がダイス内に滑り込む過程のB点の荷重P2である。(B-C)間は曲げが完了する段階のC点の荷重P3である。Fig.6より,MDP4鋼,およびTDP-G鋼は曲げ加工が可能であるが,MPD0鋼はクラックが曲げパンチ部先端半径2 mmの最外表面で発生した。これは,曲げパンチ部先端半径2 mm,円周方向ひずみとして23.1%程度の最大ひずみεmax28)が最外表面に生じ,最外表面の凸側の母相と第二相の界面の応力集中によりき裂が発生し,曲げ加工が困難であったと考えられる。このとき,TDP-G鋼はスプリングバック量Δθ(=θ1-θ2,負荷時の曲げ角θ1,除荷後の曲げ角θ2)17)が2°程度と形状凍結性に優れるが(Fig.9(a)),TDP-C鋼の除荷後の曲げ角θ2は90°以下,すなわち,スプリングバック量Δθが2°以上と大きくなった(Fig.9(b))。

V曲げの変形過程では試験片とパンチ,ダイスとの接触の仕方がFig.5のような3点の間でそれぞれ変わる。この3点での荷重の大きさP1,P2,P3を理論的に求めるのに次式(3)の近似式がよく用いられる17)

  
P=Cbt2σ/l(3)

ここで,P:荷重P1,t:板厚,b:板幅,σ:板の引張強さ,l:ダイ溝の幅,C:比例定数である。各TDP鋼のP1C=1.2,一方MDP4鋼のP1C=1.4でそれぞれ整理できる(Fig.10(b),Fig.11(b))。この比例定数の0.2の相違は,残留オーステナイトγRのひずみ誘起マルテンサイト変態(SIMT)6)が一因であると考えられる(Fig.10,Fig.11)。

Fig.12にV曲げ試験片(TDP-G鋼),Fig.13にSi量を変化させたV曲げ加工におけるパンチ先端部板厚半径方向xのビッカース硬さHV分布(TDP-E,B,F,G鋼),およびFig.14 にMn量を変化させたV曲げ加工におけるパンチ先端部板厚半径方向xのビッカース硬さHV分布(TDP-A,B,C鋼)をそれぞれ示す(Smax=11.0 mm)。Fig.14より,TDP-G鋼の曲げ部断面の変形状態は,内側,および外側は塑性変形域で17),TRIP効果により900 MPa級のMDP0鋼のような引張り側でのクラックの発生を抑制し,スプリングバックを考慮した90°V曲げ加工を可能にすることができた(Fig.13,Fig.14)。

Fig. 12.

Specimen of cross-section after bending for TDP-G steel (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Fig. 13.

Variation in Vickers hardness (HV) at cross-section after bending for TDP-E, TDP-B, TDP-F and TDP-G steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Fig. 14.

Variation in Vickers hardness (HV) at cross-section after bending for TDP-A, TDP-B and TDP-C steels (Smax=11.0 mm). (Online version in color.)

Fig.15にTDP鋼の試験温度Tにおけるk値の関係を示す。kはひずみ誘起変態係数で,k値は試験片の残留オーステナイトの初期体積率fγ0と変形後の未変態残留オーステナイト体積率fγおよび変形部のひずみε(均一伸びUEl)を用い,次式(4)より求めた29)

  
logfγ=logfγ0-kε(4)
Fig. 15.

Variation in k-value with testing temperature (T) of TDP-A to TDP-G steels, in which “SIMT”, ”SIBT”, ”TS” and ”kmin” represent strain-induced martensite transformation, strain-induced bainite transformation, temperature at which strain-induced transformations are most refrained and minimum strain-induced transformation coefficient, respectively.

Fig.15より,k値は残留オーステナイトγRのひずみ誘起マルテンサイト変態(SIMT)が抑制されるほど小さくなる。200°C以上で変形したとき,ひずみ誘起ベイナイト変態(SIBT)29)が開始する。その結果として,ひずみ誘起変態が最も抑制される温度TSが存在する。k値はTSで最小(kmin)となり,Cγ0が高い鋼ほど全体に低く(ひずみ誘起変態が生じにくく),かつTSは低くなる特徴を有する。ただし,MS<-20°Cのような高Cγ0鋼の場合,TSではひずみ誘起変態が抑制され過ぎる29)。TDP-C鋼の室温におけるk値はk=4.5と,TDP-B鋼の室温におけるk=2.8と比べ相対的に高いことから,TDP-C鋼の残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0,および残留オーステナイトγRの有効炭素濃度fγ0×Cγ0は高いが,残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ0が低いために残留オーステナイトγRの加工安定性が低下し,荷重P3は低くスプリングバック量Δθが大きくなったと考えられる(Fig.9(b),Fig.11)。そのため,TDP-C鋼は相対的にひずみ誘起マルテンサイト変態(SIMT)量が多く,曲げ加工時の引張変形領域最表面(x=1.1 mm)のビッカース硬さHVが高くなったと考えられる(Fig.14)。

Fig.16にTDP-B鋼のEBSD-IPFマップを,Fig.17にTDP-B鋼のEBSD-相マップを示す。また,Table 3にTDP-B鋼の各相の面積率を示す。Fig.18にTDP-B鋼のKAM値分布を示す。Fig.19にKAM値のひずみ頻度分布を示す。zero solutionはfcc相かbcc相か判断できない領域を意味する(Fig.17では黒色で示す領域)。ここでは,結晶格子が大きく歪んでいると判断されることから,zero solutionの領域をひずみ誘起によるマルテンサイト相と判定した。

Fig. 16.

Inverse pole figure (IPF) maps of TDP-B steel ((a) undeformed region, (b) inside, (c) neutral surface, (d) outside). (Online version in color.)

Fig. 17.

Phase maps of bcc and fcc in TDP-B steel ((a) undeformed region, (b) inside, (c) neutral surface, (d) outside). (Online version in color.)

Table 3. EBSD analysis (area%).
Steelpositionbccfcczero solutionbcc + zero solution
TDP-Bundeformed region92.404.143.4795.87
inside92.354.083.5895.93
neutral surface93.034.612.3795.40
outside91.050.718.2499.29
Fig. 18.

Kernel average misorientation (KAM) maps of TDP-B steel ((a) undeformed region, (b) inside, (c) neutral surface, (d) outside). (Online version in color.)

Fig. 19.

Variation in frequency as a function of kernel average misorientation (KAM) values for (a) bcc and (b) fcc of TDP-B steel. (Online version in color.)

V曲げ試験片断面において,(a)が無ひずみ部(母材),(b)がV曲げ部の凹側(圧縮側,x=0.1 mm),(c)がV曲げ部の中立面(x=0.6 mm),(d)がV曲げ部凸側(引張側,x=1.1 mm)を示す(Fig.16,Fig.17,Fig.18)。青色部分が母相のフェライト(bcc),赤色部分が残留オーステナイトγR(fcc)である(Fig.17)。Fig.17(d)Fig.17(a),およびFig.17(c)と比べ,残留オーステナイトγRの体積率fγが中立面の4.61 area%から0.71 area%と激減していることがわかる(Table 3)。これは,曲げ変形の際,残留オーステナイトγRがマルテンサイトにひずみ誘起変態したことを示唆する。

Fig.18,およびFig.19より,V曲げ中立面は弾性変形領域で,無ひずみ部と同様であることがわかる。V曲げ部凸側の引張変形が最大となり,一方,圧縮V曲げ部凹側は圧縮変形が支配的であることから,残留オーステナイトγRがマルテンサイトに相変態する際の約3%の体積膨張は抑制され,無ひずみ部に比較して,変態量は少ないが母相の転位密度が高くなることで,中立面と比べ,HVが高くなったと考えられる(Table 3,Fig.13,Fig.14)。以上のことより,ビッカース硬さHV,EBSD-相マップ,およびKAM値の関係から,TDP鋼の90°V曲げのひずみ誘起マルテンサイト変態挙動を裏付けることができる。

4. 結言

ポリゴナルフェライトを母相に有する高強度TRIP型複合組織鋼(TDP鋼)板のV曲げ加工に及ぼすSi・Mn量の影響を調査した。主な結果は以下の通りである。

(1)0.2C-(1.0-2.5)Si-(1.0-2.0)Mn, mass%からなるTDP鋼の曲げ部断面の変形状態は,板厚最外表面側の塑性変形域で,ひずみ誘起マルテンサイト変態によるTRIP効果により,900 MPa級のMDP0鋼のような引張り側でのクラックの発生を抑制し,スプリングバックを考慮した90°V曲げ加工を可能にすることができた。

(2)スプリングバック量Δθ(2°以上)の大きい残留オーステナイトのγR初期体積率fγ0の高い980 MPa級の0.2C-1.5Si-2.0Mn, mass%からなるTDP-G鋼は,パンチ下死点を制御することで90°V曲げ加工を可能にすることができた。

(3)ビッカース硬さHV,EBSD-相マップ,およびKAM値分布により,0.2C-(1.0-2.5)Si-(1.0-2.0), mass%からなるTDP鋼の90°V曲げのひずみ誘起マルテンサイト変態挙動を裏付けることができた。

謝辞

最後に,本研究の一部は東北大学金属材料研究所における2019年度研究部共同利用研究(課題番号:19K0032),東北大学金属材料研究所・一般研究および長野工業高等専門学校・2019年度特別経費によって行われた。ここに,深謝いたします。また,本研究に際しご協力をいただきました三次元設計能力協会の丹羽嘉明氏,長野工業高等専門学校,和田一秀氏,児玉創磨氏,小森雅己氏,齊藤大貴氏,廣瀬祐登氏,市川孝夫氏,大久保雄也氏,佐藤孝幸氏にお礼申し上げます。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top