鉄と鋼
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力学特性
超高張力低合金TRIP型ベイニティックフェライト鋼板のV曲げ特性
長坂 明彦 北條 智彦柴山 由樹藤田 雅也大橋 拓未宮坂 真湖秋山 英二
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2021 年 107 巻 2 号 p. 165-174

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Abstract

Effect of retained austenite characteristics on V-bending in ultrahigh strength TRIP-aided steel sheets with bainitic ferrite matrix (TBF steel) was investigated for automotive applications. V-bending test was performed on a hydraulic testing machine using a rectangular specimen (50 mm in length, 5 mm in width, 1.2 mm in thickness) and 88-degree top angle punch (2.0 mm in punch top radius) and 88-degree groove angle die (12 mm in die groove width, 0.8 mm in die shoulder radius) in a processing speed of 1 mm/min. The main results are as follows.

(1) The 0.2C-1.5Si-1.5Mn (mass%) TBF steel sheets were able to perform V-bending by strain-induced martensitic transformation of TRIP effect. On the other hand, ferrite-martensite dual-phase (MDP0) steel sheet of 900 MPa grade was not able to perform 90-degree V-bending because of initiation of crack in tension area.

(2) The TBF375 steel sheet of 1100 MPa grade was able to enable the 90-degree V-bending that considered an amount of springback (Δθ= θ2θ1), in which the θ1 and the θ2 are a bending angle on loading and a bending angle after unloading respectively, of more than 2-degree by controlling a displacement of punch bottom dead center.

1. 緒言

近年,自動車の衝突安全性と車体軽量化による燃費向上を目的として,ピラーやバンパービームには引張強さが1470 MPa級のホットスタンプ部材1)が広く用いられている。これらの部材は将来的に1470 MPa級超高強度鋼板を冷間プレス成形によって製造される。そのため,1470 MPa級超高強度鋼板をV曲げ加工24)により冷間でプレス成形するにはスプリングバックの影響を考慮する必要がある。冷間プレス加工性,および衝突安全性を考慮する場合,残留オーステナイトγRのTRIP(Transformation Induced Plasticity)5)効果を利用した低合金TRIP鋼板の適用が期待できる6)。とくに,ベイニティックフェライトを母相に有するTRIP型ベイニティックフェライト(TBF)鋼板7)は次世代の超高強度鋼板として期待される。ポリゴナルフェライトを母相に有するTRIP型複合組織(TDP)鋼板におけるひずみ誘起マルテンサイト変態(SIMT)6)は,強度レベルを1100 MPaにするためには,C量を0.4 mass%とすることで可能となるが,溶接性を考慮すると,C量を0.2 mass%以下にすることが望ましい。しかしながら,C量を0.2 mass%以下とする低合金TRIP鋼板のV曲げ加工に関する研究は十分に行われていない8,9)

そこで,本研究ではTBF鋼板のV曲げ加工の影響を明らかにすることを目的として,0.2C-1.5Si-1.5Mn, mass%の化学組成を有するTBF鋼板の90°V曲げ加工性の検討を行った。

2. 実験方法

Table 1に供試鋼の化学組成を示す。また,Fig.1に(a)TBF鋼および(b)MDP0鋼の熱処理線図を示す7)。本研究では0.2C-1.5Si-1.5Mn, mass%の化学組成を有する冷延鋼板(板厚1.2 mm)を用いた。この鋼板に900°C×1200 sのγ域焼鈍と375,および450°C×200 sのオーステンパ処理を施し,TBF鋼を作製した。以後,これらの鋼をオーステンパ処理温度TAからTBF375,およびTBF450と呼ぶ。ここで,オーステンパ処理温度には,TBF鋼のMS点(420°C)の前後の温度を採用した。MS点(420°C)は次式(1)より求めた7)

  
MS=550361×(%C)39×(%Mn)0×(%Si)+30×(%Al)5×(%Mo)(1)
Table 1. Chemical composition of steels used (mass%).
SteelCSiMnPSAl
TBF3750.201.511.510.0150.00110.040
TBF4500.201.511.510.0150.00110.040
TDP10.101.491.500.0150.00120.038
TDP20.201.511.510.0150.00110.040
TDP30.291.491.500.0140.00120.043
TDP40.401.491.500.0150.00120.045
MDP00.140.211.740.0130.00300.037
Fig. 1.

Heat treatment diagrams of (a) TBF and (b) MDP0 steels, in which “O.Q.” and “RT” represent quenching in oil and room temperature, respectively.

比較として,(0.1-0.4)C-1.5Si-1.5Mn, mass%の化学組成を有する冷延鋼板に780°C×1200 sの二相域焼鈍と400°C×1000 sのオーステンパ処理を施したTRIP型複合組織鋼(TDP1~4鋼),および0.14C-0.21Si-1.74Mn, mass%を有する残留オーステナイトγRを含まないフェライト・マルテンサイト複合組織鋼(MDP0鋼)を用いた8)

引張試験にはJIS13B号引張試験片を用い,インストロン型万能試験機により,クロスヘッド速度1 mm/min(ひずみ速度2.8×10-4/s)で行った。

V曲げ試験にはワイヤ放電加工した50 mm×5 mmの短冊状試験片(圧延方向は長手方向に直角)を用い,油圧式疲労試験機により,88°Vパンチ(先端半径2 mm,成形速度1 mm/min),および88°Vダイス(ダイス溝の幅l=12 mm,ダイス肩半径0.8 mm)で成形した2,3)(Fig.2)。なお,基本鋼のTDP2鋼において,負荷時の曲げ角θ1=92°,除荷後の曲げ角θ2=90°になるようにスプリングバック量Δθ(=θ1-θ2)の2°を考慮してパンチ下死点の変位Smax=10.6 mmを設定し9,10),下死点での保持時間2 sでV曲げ加工を行った10)

Fig. 2.

Experimental apparatus for V-bending. (Online version in color.)

残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0(vol%)はX線回折法(MoKα線)により回折面(200)α,(211)α,(200)γ,(220)γ,および(311)γの5ピーク法を用いて求めた11)。また,残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ0(mass%)はCrKα線の回折面(220)γから求めた格子定数aγ(nm)を次式に代入して計算した12)

  
Cγ0=(aγ0.35467)/4.67×103(2)

レペラ腐食により,白い部分が残留オーステナイトγRあるいはマルテンサイト,グレーの部分がベイニティックフェライトを示す。線分法により,白い部分の第二相体積率を求め,X線回折法により測定した残留オーステナイトγRの初期体積率fγ0を差分してマルテンサイトの体積率fαmを導出した。

ビッカース硬さ試験には,ダイナミック微小硬度計(荷重98.1 mN,保持時間5 s,負荷速度1.42 mN/s)により,鋼板の曲げ部断面パンチ側からy=0.1 mm間隔に半径方向の硬さ分布を測定し,ビッカース硬さHVで評価した。

EBSD解析用試料は,熱硬化性樹脂に包埋後,#320,および#600の耐水研磨紙で研磨した。その後,9 μm,および3 μmの単結晶ダイヤモンドスラリー,および0.05 μmのコロイダルシリカで鏡面研磨仕上げを行った。また,EBSD解析(解析領域40 μm×40 μm,ステップサイズ0.2 μm),FEM解析(Abaqus,二次元平面ひずみ解析),および残留応力測定(cosα法,α相,30 kV,1.5 mA,ヤング率E=206 GPa,ポアソン比ν=0.3,X線の入射角度35.0 deg,試料距離39.0 mm,パルステック工業(株)社製μ-X360s)を行った。

3. 実験結果および考察

3・1 組織と機械的特性

Fig.3にTBF鋼のミクロ組織を示す。Fig.3(a)と(c)はTBF375の組織,Fig.3(b)と(d)はTBF450の組織で,Fig.3(a)と(b)はEBSD解析によるバンドコントラスト像,Fig.3(c)と(d)はレペラ腐食である。レペラ腐食により,白い部分が残留オーステナイトγRあるいはマルテンサイト,グレーの部分がベイニティックフェライトを示す。

Fig. 3.

Band contrast maps and optical micrographs of TBF375 and TBF450 steels austempered at (a), (c) 375°C or (b), (d) 450°C, in (c) and (d), white and gray regions represent retained austenite and/or martensite and bainitic ferrite matrix, respectively. (c) and (d): RePera etching.

また,Table 27)に供試鋼の残留オーステナイトγR特性,および機械的特性を示す。Fig.3(a)において,TBF鋼のMS点(420°C)以下の375°Cでオーステンパ処理を施したバンドコントラストのTBF375の組織は,主にベイニティックフェライトと残留オーステナイトγRからなり,残留オーステナイトγRの大半はフィルム状に存在する7)。一方,450°Cでオーステンパ処理を施したTBF450では同様にベイニティックフェライトを母相とし,第二相として残留オーステナイトγRの他にマルテンサイトが存在する7)(Fig.3(b))。このとき,TBF375と比べ,TBF450のfγ0は増加する。また,引張強さTSはTBF450(918 MPa)と比べ,TBF375では1100 MPa以上と高くなる(Table 2)。全伸びTElはTBF375で7.8%,TBF450で18.2%を有し,TBF450の方が大きな値となった。また,TDP鋼のミクロ組織は,母相のポリゴナルフェライトαfに残留オーステナイトγRとベイナイトαbからなる第二相がネットワーク状に存在し8,9),MDP0鋼は母相のポリゴナルフェライトαfに第二相がマルテンサイトαmであった7)Table 2より,SiおよびMn添加量をそれぞれ1.5 mass%にほぼ一定とし,C添加量を0.1~0.4 mass% の範囲で変化させたTDP1~TDP4鋼において,C添加量の増加に伴い,残留オーステナイトγRの初期体積率fγ011),残留オーステナイトγR中の初期炭素濃度Cγ012),および有効炭素濃度fγ0×Cγ013)はそれぞれ増加する。TDP鋼の引張強さTSは651~1103 MPaの範囲にあり,高C鋼ほど高くなる。全伸びTElは32.2~37.2%の範囲にあり,MDP0鋼と比べその値は大きい79)。また,強度-延性バランスTS×TElは24.2~36.2 GPa%の範囲にあり,MDP0鋼に比較して25 GPa%以上とプレス成形性に優れていることがわかる。なお,MDP0鋼の降伏比YRは0.5以下の低降伏比を示す。

Table 2. Retained austenite characteristics and mechanical properties.
SteelTA
(°C)
fαmfγ0Cγ0
(mass%)
fγ0×Cγ0
(mass%)
YS
(MPa)
TS
(MPa)
UEl
(%)
TEl
(%)
YRTS×TEl
(GPa%)
TBF37537500.0891.160.10397111544.47.80.849.0
TBF4504500.0810.1120.960.10861791814.218.20.6716.7
TDP140000.0491.310.06442965127.837.20.6624.2
TDP240000.0791.380.10952783131.435.80.6329.7
TDP340000.1321.410.18656289528.632.20.6328.8
TDP440000.1701.450.247728110329.232.80.6636.2
MDP00.3294349239.311.30.4710.4

TA: austempering temperature, fαm: volume fraction of martensite, fγ0: initial volume fraction of retained austenite, Cγ0: initial carbon concentration in retained austenite, fγ0×Cγ0: total carbon concentration of retained austenite, YS: yield stress or 0.2% offset proof stress, TS: tensile strength, UEl: uniform elongation, TEl: total elongation, YR: yield ratio (=YS/TS) and TS×TEl: strength-ductility balance.

3・2 曲げ特性に及ぼす曲げ部の硬さ分布の影響

Fig.4にTBF375,およびTBF450の曲げ荷重P‐変位S曲線をSmax=10.6 mm)10),Fig.5に曲げ荷重P‐変位S曲線(TDP4鋼,TDP2鋼,MDP0鋼,Smax=10.6 mm)8),およびFig.6にTBFの曲げ荷重P‐変位S曲線(Smax=10.8 mm,θ2=90°)をそれぞれ示す。また,Fig.7に除荷後の曲げ角θ2とC添加量の関係を示す(TBF375,TBF450,TDP1~TDP4鋼)。ここで,Fig.7(a)Smax=10.6 mm,およびFig.7(b)Smax=10.8 mmをそれぞれ示す。

Fig. 4.

Bending load (P) – punch stroke (S) curves for TBF steels (Smax=10.6 mm, θ1=92°).

Fig. 5.

Bending load (P) – punch stroke (S) curves for TDP2, TDP4 and MDP0 steels (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Fig. 6.

Bending load (P) – punch stroke (S) curves for TBF375 and TBF450 steels (Smax=10.8 mm, θ2=90°).

Fig. 7.

Relation between carbon content (C) and bending angle after unloading (θ2) for TBF375, TBF450, TDP1, TDP2, TDP3 and TDP4 steels ((a) Smax=10.6 mm, (b) Smax=10.8 mm). (Online version in color.)

Fig.4より,(O-A)は純粋曲げ変形に相当する領域で,このときの曲げに必要な力は弾性曲げ変形から塑性曲げになるのに要するA点の荷重P1である10)。一方,荷重が一時低減する(A-B)間は板がダイス内に滑り込む過程のB点の荷重P2である。(B-C)間は曲げが完了する段階のC点の荷重P3である。TBF375はTBF450に比較してP1,P2,P3は高くなる。これは,TS,および降伏応力YSの違いが一因と考えられる(Table 2)。またTBF鋼は,それぞれスプリングバック量が大きく,除荷後の曲げ角θ2θ2=90°とはならなかったため,パンチ下死点を制御することで,θ2=90°のV曲げ加工が可能となる。高C化によりθ2が減少する機構として,C量が高くなるにつれ,TS,およびYSが高くなる。弾性変形域は同一の傾きであることから,C量が高くなると,弾性回復によりθ2が減少し,スプリングバック量Δθは増加する。また,TDP4とTBFのθ2が同等のθ2を示す理由として,TBF 450,TDP4,およびTBF 375の順にTS,およびYSが高く,TBF 375の降伏比YSは0.84と高いことが一因である(Table 2)。

なお,MDP0鋼はV曲げ部でクラックが発生し,曲げ加工は困難であった。これは,曲げパンチ部先端半径2 mm,円周方向ひずみとして23.1%程度の最大ひずみεmax=t/(2R0)(板厚:t,中立面の曲率半径:R0)14)が最外表面に生じ,MDP0鋼はもともと,23.1%以下の塑性変形能のため,23.1%以上の塑性ひずみでV曲げ加工でき裂が発生したと考えられる。一方,TBF鋼は,残留オーステナイトγRのひずみ誘起マルテンサイト変態(SIMT)13)によって23.1%以上の塑性変形能が付与され,23.1%の塑性ひずみでもき裂の発生を抑制したと考えられる。

Fig.8にV曲げ試験片,Fig.9にV曲げ加工におけるパンチ先端部板厚半径方向xのビッカース硬さHV分布をそれぞれ示す(Smax=10.6 mm)。ここで,y=0はV曲げ部の凹側である。Fig.9より,TBF375,およびTBF450鋼の曲げ部断面の変形状態は,内側,および外側は塑性変形域で10),TRIP効果により900 MPa級のMDP0鋼のような引張り側でのクラックの発生を抑制し,スプリングバックを考慮した90°V曲げ加工を可能にすることができた(Fig.6)。なお,Smax=10.6 mmの90°V曲げ加工時のTBF鋼の硬さ分布は,Smax=10.8 mmの90°V曲げ加工時のTBF鋼の硬さ分布と変わらなかった(Fig.9)。また,TBF375の引張側のHVが最も高く,TBF450とTDP2鋼のHVは同程度であることがわかる。

Fig. 8.

Specimen of cross-section after bending (TBF375 steel, Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Fig. 9.

Variation in Vickers hardness (HV) with distance from inner surface (y) at cross-section after bending for TBF375, TBF450 and TDP2 steels (Smax=10.6 mm).

Fig.10に残留応力σRと引張強さTSの関係を示す(TBF375,TBF450,TDP1~TDP4鋼,Smax=10.6 mm)。V曲げした鋼板の凸側(引張り側)の長手方向の残留応力を測定した。

Fig. 10.

Variation in residual stress (σR) with tensile strength (TS) on outer surface of V-bend specimen for TBF375, TBF450, TDP1, TDP2, TDP3 and TDP4 steels (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

引張強さTSが高いほど圧縮の残留応力σRは高くなることがわかる。この残留応力σRは88°のパンチとダイスに拘束され,曲げ戻しされることで発現する。このことは,スプリングバック量Δθが2°以上と大きくなったことが一因と考えられる(Fig.7)。

Fig.11にTBF375鋼の曲げ変形部のEBSD-IPFマップを,Fig.12にTBF375鋼のEBSD-相マップを示す。また,Table 3にTBF鋼の各相の面積率を示す。Fig.13にTBF375鋼のKAM値分布を示す。Fig.14にKAM値のひずみ頻度分布を示す。zero solutionはfcc相かbcc相か判断できない領域を意味する(Fig.12では黒色で示す領域)。ここでは,結晶格子が大きく歪んでいると判断されることから,zero solutionの領域をひずみ誘起によるマルテンサイト相と判定した。

Fig. 11.

Inverse pole figure (IPF) maps in V-bend for (a) undeformed region, (b) inner, (c) center, (d) outer of TBF375 steel (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Fig. 12.

Phase maps of bcc and fcc in V-bend for (a) undeformed region, (b) inner, (c) center, (d) outer of TBF375 steel (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Table 3. Phase fractions of TBF steels analyzed by EBSD (area%).
Steelpositionfccbcczero solutionbcc + zero solution
TBF375undeformed region1.9096.521.5898.10
inner0.9895.933.0999.82
center1.3396.112.5798.68
outer0.3293.246.4499.68
TBF450undeformed region2.4696.131.4197.54
inner1.2496.861.9198.77
center1.0297.671.3198.98
outer1.3597.282.3799.65
Fig. 13.

Kernel average misorientation (KAM) maps in V-bend for (a) undeformed region, (b) inner, (c) center, (d) outer of TBF375 steel (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Fig. 14.

Variations in frequency as a function of kernel average misorientation (KAM) values for (a) TBF375 steel and (b) TBF450 steel. (Online version in color.)

V曲げ試験片断面において,(a)が無ひずみ部(母材),(b) がV曲げ部の凹側(圧縮側,y=0.1 mm),(c)がV曲げ部の中立面(y=0.6 mm),(d)がV曲げ部凸側(引張り側,y=1.1 mm)を示す(Fig.11,Fig.12)。青色部分が母相のベイニティックフェライト(bcc),赤色部分が残留オーステナイト(fcc)である。Fig.12(d)Fig.12(a),およびFig.12(c)と比べ,残留オーステナイトγRの面積率が1.90 area%から0.32 area%と激減していることがわかる(Table 3)。これは,曲げ変形の際,残留オーステナイトγRがマルテンサイトにひずみ誘起変態したことを示唆する。

Fig.13,およびFig.14より,V曲げ中立面は弾性変形領域で,TBF375は無ひずみ部がTBF450,およびTDP4と異なり9),断面全体でひずみを受けていることがわかる。

断面全体でV曲げ部凸側のひずみが最大となり,一方,V曲げ部凹側は圧縮変形が支配的であることから,残留オーステナイトγRがマルテンサイトに相変態する際の約3%の体積膨張は抑制され,無ひずみ部に比較して,変態量は少ないが母相の転位密度が高くなることで,中立面と比べ,HVが高くなったと考えられる(Table 3,Fig.9)。以上のことより,ビッカース硬さHV,EBSD-相マップ,およびKAM値の関係から,TDP鋼の90°V曲げのひずみ誘起マルテンサイト変態挙動を裏付けることができる。

Fig.15にFEM解析に用いたTBF375鋼の真応力・真ひずみ曲線を,Fig.16にV曲げ加工の模式図を示す。TBF375鋼の真応力・真ひずみ線図はSwiftの式を用いて近似した。また,Fig.17にTBF375鋼のV曲げ加工後(Smax=10.6 mm)の相当塑性ひずみ分布のコンター図を,Fig.18にTBF375鋼のV曲げ加工後(Smax=10.6 mm)の長手方向の垂直応力分布のコンター図を,Fig.19にTBF375鋼のV曲げ加工後((a)Smax=10.6 mm,(b)Smax=10.8 mm)の外側表面における相当塑性ひずみ分布を,およびFig.20にTBF375鋼のV曲げ加工後((a)Smax=10.6 mm,(b)Smax=10.8 mm)の外側表面における垂直応力分布をそれぞれ示す。Smax=10.8 mmでの90°V曲げ加工により,相当塑性ひずみ分布,および垂直応力分布に変化が見られる(Fig.10)。

Fig. 15.

True stress (σT) – true strain (εT) curve using Swift equation for TBF375 steel.

Fig. 16.

Geometry of V-bend test analyzed by FEM. (Online version in color.)

Fig. 17.

Equivalent plastic strain distribution after V-bending for TBF375 steel (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Fig. 18.

Longitudinal stress distribution after V-bending for TBF375 steel (Smax=10.6 mm). (Online version in color.)

Fig. 19.

Distribution of equivalent plastic strain (εeq) on outer surface of V-bend specimen for (a) Smax=10.6 mm and (b) Smax=10.8 mm of TBF375 steel.

Fig. 20.

Longitudinal stress (σ) distribution on outer surface of specimen for (a) Smax=10.6 mm and (b) Smax=10.8 mm of TBF375 steel.

TBF375はTBF450と比べ,中立面でひずみが大きいことがわかる。これはTBF375の降伏比YRが0.84と極めて高く,断面全体で塑性変形を示したことを示唆する。TBF450はTDP2と同様のKAM値を示した9)。このことより,TBF375の強度レベルが1100 MPaと高くなることで変形のメカニズムが変化したと考えられる(Fig.14,Table 2)。

4. 結言

ベイニティックフェライトを母相に有するTRIP鋼(TBF鋼)板のV曲げ加工に及ぼす残留オーステナイト特性の影響を調査した。主な結果は以下の通りである。

(1)0.2C-1.5Si-1.5Mn, mass%からなるTBF鋼の曲げ部断面の変形状態は,板厚最外表面側の塑性変形域で,ひずみ誘起マルテンサイト変態によるTRIP効果により,900 MPa級のMDP0鋼のような引張り側でのクラックの発生を抑制し,スプリングバックを考慮した90°V曲げ加工を可能にすることができた。

(2)スプリングバック量Δθ(2°以上)の大きい1100 MPa級の0.2C-1.5Si-1.5Mn, mass%からなるTBF375鋼は,パンチ下死点を制御することで90°V曲げ加工を可能にすることができた。

(3)ビッカース硬さHV,EBSD-相マップ,およびKAM値分布により,0.2C-1.5Si-1.5Mn, mass%からなるTBF鋼の90°V曲げのひずみ誘起マルテンサイト変態挙動を裏付けることができた。

謝辞

最後に,本研究の一部は東北大学金属材料研究所における2019年度研究部共同利用研究(課題番号:19K0032),東北大学金属材料研究所・一般研究および長野工業高等専門学校・2019年度特別経費によって行われた。ここに,深謝いたします。また,本研究に際しご協力をいただきました三次元設計能力協会の丹羽嘉明氏,長野工業高等専門学校,和田一秀氏,児玉創磨氏,小森雅己氏,齊藤大貴氏,廣瀬祐登氏,市川孝夫氏,大久保雄也氏,佐藤孝幸氏にお礼申し上げます。

文献
 
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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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