2021 年 107 巻 5 号 p. 375-383
Super invar cast steel, Fe–32%Ni–5%Co by mass %, with excellent low coefficient of thermal expansion has disadvantages in the both of Young's modulus and strength, because of coarse columnar solidification structure having <100> texture. To simultaneously overcome these disadvantages, the variations of microstructure and mechanical properties through the novel heat treatment referred to as cryo-annealing, which is consisting of subzero treatment and subsequent annealing, were investigated in a super invar cast steel. The cryo-annealing promoted fcc-bcc martensitic transformation and then bcc-fcc martensitic reversion. The bidirectional martensitic transformations led to the formation of duplex austenitic structure consisting of untransformed and reversed austenite with a coarse-grained structure similar to solidification structure. Furthermore, it is found that the austenitic structure was varied depending on the annealing temperature of the cryo-annealing; reversed austenite was remained at lower annealing temperature, while it recrystallized to fine-grained structure as increasing annealing temperature. The high-density dislocations in reversed austenite and the randomized orientation of recrystallized austenite contributed to the development of strength and Young’s modulus, respectively. Therefore, the simultaneous development of rigidity and strength is not achieved by single cryo-annealing, but can be achieved by two-cycle cryo-annealing. Increasing the first annealing temperature and lowering the second annealing temperature in the two-cycle cryo-annealing are appropriate to randomize crystal orientation through austenite recrystallization and to make volume fraction of reversed austenite higher, respectively. As a result, Young’s modulus and 0.2% strength were simultaneously optimized.
Fe–32%Ni–5%Co(mass%)の組成を有するスーパーインバー合金は,その極めて低い熱膨張特性から高い寸法精度が要求される精密部材に使用されている。近年,スーパーインバー合金が使用される構造体は形状の複雑化や大型化が進んでおり,ニアーネットシェイプである鋳鋼品の使用が不可欠になっている。しかしながら,スーパーインバー鋳鋼では<100>集合組織が発達する粗大な柱状晶組織が形成するためヤング率が低く1),この低い剛性が大型構造体としてのひとつの課題となっている。著者ら2)は,塑性加工を用いずにスーパーインバー鋳鋼の低剛性を改善することを目的に,サブゼロ処理と焼鈍処理を組み合わせたクライオアニール処理を提案した。
スーパーインバー鋳鋼は,その組成からマルテンサイト変態開始温度:Ms点が比較的高く,サブゼロ処理によって多量のマルテンサイトが生じる(fcc-bccマルテンサイト変態)。そして,その後の焼鈍処理では,サブゼロ処理で生成したマルテンサイトがオーステナイトへとマルテンサイト変態によって逆変態する(bcc-fccマルテンサイト逆変態)。そのため,クライオアニール処理によって生成するオーステナイトは二度のマルテンサイト変態によって高密度の転位を含有しており,この高密度転位によって再結晶することが知られている3)。すなわち,スーパーインバー鋳鋼では,熱処理のみでオーステナイトを再結晶させることが可能であり,これによって集合組織の解消とヤング率の改善を達成した。
その一方で,スーパーインバー鋳鋼は炭素繊維強化プラスチックの金型にも利用されており,ヤング率の改善に加えて,強度の上昇も求められている。インバー合金の高強度化について,塑性加工による転位強化4,5)や粒子分散強化6,7)に関する研究が報告されている。しかしながら,塑性加工は鋳鋼品には適用できず,粒子分散強化を可能にする合金元素の添加は熱膨張特性を悪化させてしまう6–8)。これに対して,上述したクライオアニール処理はスーパーインバー合金の基本組成を変えず,塑性加工を必要とせずにミクロ組織の変化をもたらすため,これに起因したオーステナイトの高強度化が期待できる。とくに,二度のマルテンサイト変態によって形成する逆変態オーステナイト中の高密度な転位は転位強化として,その一方で,顕著なオーステナイト再結晶は結晶粒微細化強化をもたらすと考えられる。
そこで,本研究では,クライオアニール処理に伴ったヤング率と強度の変化を調査し,これらの変化挙動と組織の関係を考察した。そして,スーパーインバー鋳鋼の剛性と強度を同時に改善する最適な熱処理条件を検討した。
本研究では,Table 1に示す化学組成を有するスーパーインバー合金を供試材として用いた。試料は大気高周波溶解炉を用いて溶解し,Fig.1に示した400×400×150 mm3の砂型に鋳込むことで鋼塊を作製した。なお,スラブ中に引け巣などの欠陥が生じることを防ぐため,φ240 mm×240 mm押湯をスラブ中心部に設置した(Fig.1(a))。得られた鋼塊よりφ6.0 mm×25 mmの円柱試験片を採取し,NETZECH製DIL-402C熱膨張測定機を用いて各変態点を測定したところ,冷却によって生じるfcc–bccマルテンサイト変態の開始温度:Ms点は224 K,その後の焼鈍によって生じるbcc–fccマルテンサイト逆変態の開始温度:As点と終了温度:Af点はそれぞれ741 Kと860 Kであった。Fig.1(b)に示すように,組織観察,引張試験,ヤング率測定の試験片を鋼塊中心部の幅25 mmの領域から採取した。なお,引張試験片は平行部体積2.0×10×25 mm3の板状引張試験片(Fig.1(c))とし,板厚面に結晶粒が5個以上存在することを確認した。切り出した試験片は,液体窒素に浸漬させることにより77 Kにて3.6 ksのサブゼロ処理を行った。その後,873 K~1473 Kの種々の温度にて7.2 ks保持する焼鈍処理を施した後,水冷した。この一連のサブゼロ処理およびその後の焼鈍処理をクライオアニール処理と呼称する。そして,後述するように,一部の試料に対して2回のクライオアニール処理を行うダブルクライオアニール処理を施した(Fig.2)。1回目および2回目のクライオアニール処理における焼鈍処理温度は,それぞれ T1=873 K~1473 K,T2=873 K~1023 Kとした。組織観察には光学顕微鏡(OLYMPUS製DP20)を使用した。光顕用試料はFig.1に示す切断面に平行な面を,エメリー紙#1200までの湿式研磨後,ダイヤモンド遊離砥粒を用いたバフ研磨を行った。鏡面まで仕上げた観察面に対してマーブル液(Cu2SO4・5H2O:HCl:H2O=10 g:50 ml:50 ml)にて室温で腐食した試料を観察した。得られた光顕組織から,オーステナイトの平均結晶粒径はJIS G 0551に準じた求積法を適用することで測定し,マルテンサイトの面積率は画像解析によって評価した。引張試験はインストロン型万能試験機(島津製作所製AG-X)を使用し,初期ひずみ速度1.7×10-3 s-1にて実施した。ヤング率測定は7.0×16×125 mm3の試験片を用いて小野測器製オシロスコープにて共振周波数を測定することで評価した。熱膨張測定はφ 6.0 mm×25 mmの円柱試験片を用いて,熱膨張測定機にて273 K~343 Kの熱膨張を測定し,291 K~301 Kの平均熱膨張係数で評価した。
C | Si | Mn | P | S | Ni | Co | Fe | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
□400 × 150T | 0.017 | 0.10 | 0.23 | 0.005 | 0.003 | 31.88 | 5.14 | Bal. |
Schematic illustration showing the position and the shape of tensile test piece cut from a cast material.
Heat treatment route of cryo-annealing process (C. A.) applied for super invar cast steel.
Fig.3は,鋳造ままのas-cast材ならびにサブゼロ処理後のsubzero材,そして,種々の温度で焼鈍した試料の光顕組織を示す。as-cast材(a)は粗大な凝固組織を有し,黒矢印で示すように観察視野内に結晶粒界はわずかにしか存在しない。そして,subzero材(b)では,針状のレンズマルテンサイト(α’)が87%の体積率で生成しており,未変態オーステナイト(γunt)との複相組織を呈していた。このとき,レンズマルテンサイトはNi濃度の低いデンドライトに優先的に生成するため,その分布はオーステナイト組織とは独立して分布していた2)。この複相組織をAf点(860 K)以上の温度で焼鈍することにより,レンズマルテンサイトは再びオーステナイトへと逆変態し,オーステナイト単相となったが,その組織は焼鈍温度によって大きく変化した。黒矢印でオーステナイト粒界を示すように,873 K焼鈍材(c)ではas-cast材(a)と同様の粗大オーステナイト組織が観察されたが,その内部にはレンズマルテンサイトに似た針状の下部組織(ゴースト)9–11)が確認できる。これらの組織的特徴は,非熱弾性型マルテンサイト変態およびマルテンサイト逆変態によって結晶方位の可逆変化が生じる結果,未変態オーステナイトと同一結晶方位を有しつつ高密度の転位を含有した逆変態オーステナイトが形成することを示している。すなわち,Af点直上では,逆変態オーステナイト(γrev)と未変態オーステナイトの混合組織で形成された粗大オーステナイト組織が形成されることがわかる。その一方で,973 K焼鈍材(d)では,白矢印で示すように,未変態オーステナイトと逆変態オーステナイトの転位密度差に起因したオーステナイト再結晶が生じることが確認された3)。その結果,焼鈍温度がさらに高い1103 K焼鈍材(e)において,逆変態オーステナイトに起因したゴーストは完全に消失し,微細な再結晶オーステナイト(γrex)組織が試料全面で観察された。そして,さらに焼鈍温度が上昇することで,粒成長によって等軸なオーステナイト組織が形成した(f)。以上の組織観察より,本供試材におけるオーステナイトの再結晶開始温度Rsおよび終了温度Rfは,それぞれ950 Kと1050 K程度であることが明らかとなった。以降では,873 K,1103 K,1473 K焼鈍材を逆変態材,微細再結晶材,粗大再結晶材と呼称し,これらを中心にその諸特性を説明する。
Optical micrographs showing microstructural evolution during cryo-annealing process. (a) as-cast, (b) subzero treated and cryo-annealed materials, which were annealed at (c) 873 K, (d) 973 K, (e) 1103 K and (f) 1473 K. (Online version in color.)
Fig.4は,as-cast材, subzero材に加えて,逆変態材,微細再結晶材,粗大再結晶材の公称応力-ひずみ曲線を示す。レンズマルテンサイトを含有するsubzero材は,オーステナイト単相である他の試料と比較して,極めて高い強度と低い延性を特徴とする。しかしながら,オーステナイト単相組織を有する他の4試料間でも,その応力-ひずみ曲線は大きく異なる。逆変態材は500 MPaを超える非常に高い引張強度を有しており,逆変態オーステナイトの形成がオーステナイト鋼の高強度化に有効であることが理解できる。著者らのひとりは,このような逆変態材の高強度化が逆変態オーステナイト中の高い転位密度に起因することを報告し,逆変態オーステナイト体積率とその組織連結性に依存して強度が上昇することを明らかにしている12)。これに対して,微細再結晶材および粗大再結晶材は,不均一変形時に大きな強度低下を示しており,優れた絞りを有することが示唆される。ただし,どちらの再結晶材も,as-cast材に比べて十分に高い強度を示しており,再結晶による結晶粒微細化強化が有意に働くことが示唆される。
Nominal strain-stress curve of as-cast, subzero and cryo-annelaed materials. Cryo-annealed materials were annealed at T1 = 873 K, 1103 K and 1473 K, reversed, fine-recrystallized and coarse-recrystallized materials, respectively.
引張試験によって評価した(c)0.2%耐力に加えて,(a)熱膨張率と(b)ヤング率に及ぼすクライオアニール処理における焼鈍温度の影響をFig.5にまとめる。なお,比較として,as-cast材とsubzero材のデータも併記しており,組織変化との対応を理解するためAf,Rs,Rf点を破線で示している。まず,熱膨張率に着目すると(a),bcc相であるレンズマルテンサイトを含むsubzero材以外の全ての試料は5.0×10-7 K-1以下の極めて低い熱膨張率を示しており,オーステナイト単相であれば,スーパーインバー合金の特徴である低熱膨張特性が維持されることがわかる。ヤング率(b)はAf点直上では低くいものの,RsからRf点の間で急激に改善され,1050 K以降ではほぼ一定となった。これは,再結晶によって凝固組織に発達した<100>集合組織がランダム化されたことに対応する2)。このヤング率変化とは対照的に,0.2%耐力は950 Kまで高い値を保った後,焼鈍温度の上昇に伴って単調に低下する。この強度低下は,再結晶によって微細粒組織が形成されるものの,その微細化強化量は逆変態オーステナイト中の転位強化量に比べて小さいことを示しており,逆変態オーステナイトの消失ならびに再結晶オーステナイトの粒成長によって強度が連続的に低下したものと理解できる。
Changes in (a) coefficient of thermal expansion (CTE), (b) Young's modulus and (c) 0.2% proof stress of super invar cast steel as a function of annealing temperature of cryo-annealing process.
これらの結果から,逆変態オーステナイトを主構成組織とする高強度な逆変態材は集合組織の継承により依然としてヤング率が低いのに対して,結晶方位のランダム化によってヤング率が改善した再結晶材では,十分な強度上昇を達成できないことが明らかとなった。すなわち,単純なクライオアニール処理ではヤング率と強度の同時改善は達成できないと結論づけられる。そこで,以降では,両特性の同時改善を目指し,2度のクライオアニール処理を実施する有効性を検証した。
3・2 ダブルクライオアニール処理に伴うスーパーインバー鋳鋼の組織と力学特性変化 3・2・1 マルテンサイト体積率に及ぼすオーステナイト組織の影響Fig.6は,クライオアニール処理によってオーステナイト単相となった(a)逆変態材(T1=873 K),(b)微細再結晶材(T1=1103 K)および(c)粗大再結晶材(T1=1473 K)に対して,再度サブゼロ処理を実施した後の光顕組織を示し,これによって生成したマルテンサイトの体積率VMも同時に表示している。VMは広範囲での組織観察により測定しており,X線回析による相同定の結果とほぼ一致することを確認した。鋳造ままのas-cast材をサブゼロ処理に供した場合,Ni濃度の低いデンドライト部に優先してレンズマルテンサイトが生成し,VM=87%となった(前掲Fig.3(b))。これと同様に逆変態材をサブゼロ処理に供した場合(a),デンドライト部に沿って優先的にレンズマルテンサイトが再び生成するが,VMは47%と小さい。そして,逆変態材に新たに生成したマルテンサイトの周囲には1回目のクライオアニール処理で生じた逆変態オーステナイト(γrev1)が多数観察された。Krauss9)ならびにImaiら13)は,Fe–(30.5-33.5)%Ni–0.005%C合金およびFe–(27.6-30.7)%Ni合金を用いて,マルテンサイト変態とその後のマルテンサイト逆変態を複数回行った際の変態挙動を調査した。その結果,変態回数が増える度にMs点が連続して低下するとともに,マルテンサイト体積率が減少することを報告し,マルテンサイト逆変態によって生成したオーステナイトが高い熱的安定性を有することを明らかにしている。すなわち,逆変態材ではデンドライト部に逆変態オーステナイトが分布するため,2度目のマルテンサイト変態が著しく抑制されたと理解できる。その一方で,微細ならびに粗大再結晶材では,マルテンサイトがデンドライト部に優先的に分布する様子を明確に確認することができなかった(b, c)。ただし,微細再結晶材(b)と比較して,粗大再結晶材(c)では,生成するマルテンサイト組織が粗大であるとともにVMも大きいことから,再結晶後のオーステナイト粒径が,その後のマルテンサイト変態挙動に影響を及ぼすことが示唆される。そこで,Fig.6に示した3つの試料にas-cast材を加え,サブゼロ処理における(a)Ms点ならび(b)VMをオーステナイト粒径で整理した結果をFig.7に示す。前述したオーステナイト安定化効果により,逆変態オーステナイトが主体となる逆変態材は,as-cast材に比べてVMのみならずMs点も50 Kほど低い値を示した。その一方で,逆変態オーステナイトを含まない微細再結晶材,粗大再結晶材およびas-cast材を比較すると,オーステナイト粒径の微細化に伴ってMs点が連続して低下することがわかる。Umemoto and Owen14)は,平均結晶粒径を20~450 µmに変化させたFe–31%Ni–0.28%C合金を用いてオーステナイト結晶粒径とMs点の関係を調査している。そして,オーステナイト粒径の微細化によってMs点が連続的に低下し,とくに100 µm以下の粒径では,Ms点低下が顕著になることを報告している。さらに,Tsuzaki and Makiは,この結晶粒微細化に起因したオーステナイトの安定化について,結晶粒界がレンズマルテンサイトの成長の障害になるためと指摘している15)。このことは,微細再結晶材(Fig.6(b))では微細なレンズマルテンサイトが生成するのに対して,粗大再結晶材(Fig.6(c))やas-cast材(Fig.3(b))に生成するレンズマルテンサイト組織が粗大なことに対応すると考えられる。このMs点のオーステナイト粒径依存性に対応し,オーステナイト粒径の微細化に伴ってVMも減少する傾向が確認できる。しかしながら,粗大再結晶材のVMはas-cast材のそれよりも約10%大きく,特異な挙動を示した。一般的にオーステナイト粒界はマルテンサイトの優先核生成サイトになると考えられている。そのため,バースト現象と呼ばれる変態初期のレンズマルテンサイト成長がオーステナイト粒界で阻害され,Ms点が低下しても,十分に変態が進行した段階ではオーステナイト粒径の微細化に起因した核生成密度の増大によってVMが結果的に増加したと考えられる。
Optical microstructure of (a) reversed (T1 = 873 K), (b) fine-recrystallized (T1 = 1103 K) and (c) coarse-recrystallized (T1 = 1473 K) materials after subzero treatment at 77 K for 3.6 ks. (Online version in color.)
Effect of austenite grain size on (a) martesite start tempertaure (Ms) and (b) volume fraction of martesite (VM).
Fig.8は逆変態材,微細再結晶材および粗大再結晶材に対して,2度目のクライオアニール処理を適用し,オーステナイト単相とした試料の0.2%耐力とヤング率を1回目ならびに2回目のクライオアニール処理における焼鈍温度T1とT2で整理したものであり,比較としてas-cast材および微細再結晶材(T1=1103 K)のデータについても併記した。なお,ダブルクライオアニール処理後,いずれの試料も1.0×10-7 K-1~8.0×10-7 K-1と低い熱膨張率を維持することを確認した。カラーコンターで示したヤング率は,T2に対して鈍感である一方,T1に対しては明瞭な温度依存性を示し,T1の上昇に伴って大きく増加した。これとは対照的に,0.2%耐力はT2温度に大きく影響を受けており,Af点直上であるT2=873 Kにおいて高い値を示した。つまり,ダブルクライオアニール処理において,T1を高く,かつ,T2をAf点直上の低温とすることで,スーパーインバー鋳鋼の0.2%耐力とヤング率の両特性を同時に高めることが可能であると結論づけることができる。
Variations of Young's modulus and 0.2% proof stress as functions of annealing temperatures, T1 and T2, on double cryo-annealing process.
ダブルクライオアニール処理後の0.2%耐力がT2に強く影響されることが明らかとなったが,T2を873 Kに固定した場合,0.2%耐力はT1に依存して単調に変化しないことに気付く。Nagpaul and West16)ならびにNakadaら12)は,Fe–25.7%Ni–0.4%C 合金およびFe–28%Ni合金を用いて,クライオアニール処理後の未変態オーステナイトと逆変態オーステナイトから成る複合組織オーステナイト鋼の力学特性を引張試験によって評価している。この際,サブゼロ処理温度を変化させることで逆変態オーステナイトの体積率を変化させており,いずれの報告においても,複合組織オーステナイト鋼の0.2%耐力が逆変態オーステナイト体積率に強く支配されることを報告している。そこで,ダブルクライオアニール処理後の各試料ならびに逆変態材,微細再結晶材および粗大再結晶材における0.2%耐力と逆変態オーステナイト体積率Vγ revの関係をFig.9にまとめる。なお,逆変態材をT2=873 Kのクライオアニール処理に供した試料(図中の■,873 K+873 K)では,2回目のクライオアニール処理で生成した逆変態オーステナイト(γ rev2)とは別に,1回目のクライオアニールで生成したもの(γ rev1)が混在することに留意しなければならない(Fig.6(a))。しかしながら,Kraussら9,17)ならびにAlaeiら18)の報告によれば,マルテンサイト変態ならびに逆変態が生じるクライオアニール処理を複数回繰り返した場合,マルテンサイト逆変態によるオーステナイトの強化は1回目の熱処理が顕著であり,それ以降の熱処理サイクルはあまり効果的でないことが報告されている。これは,熱処理過程における転位の回復を無視すれば,γrev1とγrev2の強度が同程度であることを示唆している。そのため,逆変態オーステナイト体積率Vγ revは,γrev1とγrev2の体積率を合計した値で評価した。各試料の強度とVγ revの間には,明瞭な線形関係を見出すことができ,ダブルクライオアニール処理後の強度は逆変態オーステナイト体積率に支配されることが明らかとなった。
Relation between 0.2% proof stress and volume fraction of reversed austenite in super invar cast steel subjected to single and double cryo-annealing process.
以上の結果より,スーパーインバー鋳鋼の剛性改善と高強度化を達成する最適熱処理プロセスをFig.10に模式的に示す。まず,1回目のクライオアニール処理ではマルテンサイト逆変態によって誘起されるオーステナイト再結晶を発現させることで,結晶方位のランダム化させ剛性改善を図る。ここで,焼鈍温度を意図的に高くすることで再結晶オーステナイトを粗大化させ,その後のサブゼロ処理におけるマルテンサイト変態の促進を図ることが重要となる。そして,2度目のクライオアニール処理にて転位強化された高強度な逆変態オーステナイトを多量に生成させる。以上のようなダブルクライオアニール処理により,スーパーインバー鋳鋼の剛性と強度は,それぞれ最大で30%と90%程度向上することが明らかとなった。
Schematic illustration explaining appropriate heat treatment condition of double cryo-annealing process for simultaneous optimization of rigidity and strength.
スーパーインバー鋳鋼におけるヤング率と強度の同時改善を目指して,サブゼロ処理とその後の焼鈍処理(クライオアニール処理)を実施し,これに伴う組織と力学特性の変化を調査した。得られた結論を以下にまとめる。
(1)クライオアニール処理における焼鈍温度がAf点直上の低温である場合,高密度の転位を有した逆変態オースナイトが維持されるため,強度は顕著に上昇するが,可逆的な結晶方位の変化によって集合組織が継承されるためヤング率は改善されない。これに対して,焼鈍温度が高くなると,逆変態オーステナイト中の転位を駆動力として,オーステナイト再結晶が生じる。その結果,結晶方位がランダム化することでヤング率は改善するが,微細粒微細強化による強度上昇は小さく,顕著な強度上昇は達成されない。
(2)サブゼロ処理によって生じるマルテンサイト変態開始温度はオーステナイト結晶粒径の微細化によって連続的に低下する。しかしながら,オーステナイト粒界はマルテンサイトの核生成サイトになると考えられ,結果として,オーステナイト粒径が適度に粗大な場合にマルテンサイト体積率は最大値を示す。
(3)ダブルクライオアニール処理後のヤング率は1回目の焼鈍温度に,0.2%耐力は2回目の焼鈍温度に強く依存する。そのため,ダブルクライオアニール処理において,1回目の焼鈍温度を意図的に高くすることで,オーステナイトの再結晶とその後の粒成長を促す。そして,2度目のクライオアニール処理を逆変態終了温度の直上に設定し,高強度な逆変態オーステナイトを多量に生成させることで,スーパーインバー鋳鋼の剛性と強度を同時に改善することが可能となる。