鉄と鋼
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特集号:今後の資源・環境問題解決に資する鉄鉱石処理プロセス
鉄鉱石中の鉱物相の水溶液中での構造変化
小原 紀子村尾 玲子篠田 弘造鈴木 茂
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2021 年 107 巻 6 号 p. 534-541

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Abstract

This paper provides a view of formation pathways of various iron oxides, such as hematite, goethite, lepidocrocite, magnetite etc. via aqueous solution. Formation mechanisms of these iron oxides are important to understand formation processes of iron-relevant minerals in Precambrian banded iron formations (BIF). This is because most of iron ores used in Japanese steel industries are imported from BIFs of Australia, Brazil and so on. The chemical and physical properties of the iron ores considerably dominate their sintering before iron making. Nevertheless, formation processes of the iron ores are still enigmatic, since the iron oxide species are changed by a number of reaction conditions.

Various analytical techniques have been used to elucidate oxidation and reduction of the iron oxides in solution from the viewpoint of electrochemical reaction in aqueous solution so far. In those investigations, structural stability of the iron oxides has been studied using the electrochemical potential and pH diagrams of solution. In this paper, formation processes of the iron oxides are discussed as related to the iron ore formation. It is stressed that structural changes of iron oxides including green rusts and oxyhydroxides play an important role in most of iron ore formation.

1. 緒言

鉄鉱石が採取される鉄鉱床は,マグマ活動による晶出分化作用,風化分解作用,化学的沈殿による堆積作用などの生成の仕方によって分類され,それぞれの生成は例えば 釜石鉱床やキルナ鉱床,砂鉄,縞状鉄鉱床などで起きたと考えられている1)。各鉱床で採取される鉄鉱石の量は時代とともに変化しており,現在の日本に輸入される鉄鉱石の多くは,それらの鉄鉱床の中でも縞状鉄鉱床(Banded iron formation: BIF,縞状鉄鉱層とも呼ばれる)からのものである2)。これらの鉄鉱石の多くは細粒であるため,石灰石等を混ぜて造粒した後に焼結工程において焼結鉱とする3)。最近は,鉄鉱石の需要増加で良質な鉱石の産出量が少なくなり,将来に向けて低品位鉄鉱石を利用するための研究開発が求められている。これまで1990年代には,西豪州の鉄鉱床の特徴,それらの開発動向,および鉱床の生成過程と品質の関係等について調べられ,その後の鉄鉱石の性状変化,およびそれに対する技術課題についても検討された4)。それによると,例えばピソライト鉱石(Pisolite:豆状鉱石)を多量に使用すると,焼結鉱の品質や生産率が低下することなどが指摘され,その要因としてはピソライト鉱石には鉱物相としてヘマタイト(hematite:α-Fe(III)2O3:赤鉄鉱)以外にゲーサイト(goethite:α-Fe(III)OOH:針鉄鉱)が含まれること等が考えられた。さらに,ピソライト鉱石に続いて,豪州産のマラマンバ(Marra Mamba)鉱石でも,ヘマタイト以外にゲーサイトが多く含まれていることが示された5)。それら鉄鉱石の多様性も含め,世界の鉄鉱石に関する様々な事情についてもまとめられてきた6)。なお,BIFの風化や浸食の影響を受け生成した鉄鉱石としてチャンネル鉄鉱石(channel iron ore deposit)があり,またピソライト鉱石はウーライト鉱石(Oolite:魚卵状鉱石)と呼ばれることもある。

このような背景に,ゲーサイトを多く含む鉱石を使用するために,マラマンバ鉱石の物理的特性,化学的特性,さらに焼結性等が調べられ,そこでは配合した鉱石の造粒や溶融挙動に着目した研究が行われた7)。それによると,マラマンバ鉱石では,脈石の量は比較的少ないものの,水分(水酸基を含む)や微細粒子の量が多く,それらの水分や微細粒子が焼結鉱の特性に好ましくない影響を及ぼすと考えた。このため,焼結鉱の製造工程ではマラマンバ鉱石等の使用量を増やすための実際的な焼結技術を構築する必要であるとした。

低品位鉄鉱石の焼結に関する他の研究としては,焼結鉱の品質等を表す指標に関する研究も行われ,例えば配合鉱石(50質量%のピソライト鉱石と最大30質量%のマラマンバ鉱石を配合)の焼結実験から,プロセスに影響する要因が検討された8)。この研究では,焼結の点火前後の気流が焼結強度等に及ぼす影響等について調べられ,配合鉱石の焼結性を改善するには,火炎前面温度,気流速度,床通気抵抗等を解明する必要であるとした。さらに,50質量%以上の低品位鉱を配合した鉱石の焼結実験では,ベッド高さ,混合水分や石灰石の配合量等のパラメーターの影響が調べられ,それらの結果から焼結工程のパラメーターの許容範囲に関する情報等が得られるとした9)

さらに,マラマンバ鉱石に含まれる鉱物と焼結性との関係について明らかにするために,鉄鉱石粒子の外観から,鉱石を黒粒子,中間粒子,黄色粒子に分類して,鉄鉱石タイプ別の溶融性試験および焼結鍋試験を行った研究も行われた10)。この研究では,黒粒子と中間粒子ではSiO2やAl2O3量は少ないが,黄色粒子ではSiO2やAl2O3の量が多いことを示した。また,黄色粒子の存在比率は,高リンブロックマン,低リンブロックマン鉱石,マラマンバ鉱石の順で高く,黄色粒子の同化(Assimilation:CaOとの反応)後の組織は脆弱であることを示唆しており,焼成鉱の強度を低下させる傾向があるとした10)

一般に異なる鉱石を混合し造粒した鉱石の構造が複雑であるため,焼結鉱の強度を予測することは困難である。それらの混合した鉱石の溶融挙動も複雑であることも,強度予測を困難にする要因である。そこで,各鉱石の溶融挙動や浸透性を調べられ,気孔率等も考慮することで,焼結鉱の強度を予測する研究が行われた11)。その研究では,微細鉱石の強度が融体の浸透長さで表され,浸透長さは脈石や結合水に依存することなどが示された。

以上のように,低品位の鉱石を配合した原料から作製した焼結鉱の特性向上のための研究開発が進められ,多くの知見が得られてきた。特に,水分を含む鉄鉱石の鉱物相や構造に関する知見は,焼結性を向上させるのに重要であることが認識されてきたため,低品位鉱石に含まれるゲーサイトの生成要因やそれに関連する現象も明らかにする研究も求められている。ゲーサイトなどのオキシ水酸化鉄の生成には水溶液が深く関係しており,この種の研究はこれまで鉄鋼の腐食や鉄分を含む土壌での反応の分野で行われてきた。そこで本稿では,鉄鉱石に含まれる各種の鉱物の水溶液中での構造変化を明確にするために,ゲーサイト等のオキシ水酸化鉄の生成やそれに及ぼす異種元素の影響に関する知見を整理するとともに,それらを各種の鉄鉱石の生成する過程等と関連づけて検討することとした。以下の第2章においては水溶液中での酸化鉄の生成と鉄鉱床の生成の類似性について,第3章では水溶液中のオキシ水酸化鉄の生成と鉄鉱石の構造との関連性について,第4章では鉄鉱石に含まれる鉱物の生成に付随した現象等について述べる。

2. 水溶液中での酸化鉄の生成と鉄鉱床の生成の類似性

酸化鉄には広い意味で,鉄と酸素からなるヘマタイトやマグネタイト(magnetite:Fe(II) Fe(III)2O4:磁鉄鉱)以外にも,ゲーサイト,レピドクロサイト(γ-Fe(III)OOH:鱗鉄鉱)等のオキシ水酸化鉄等も含まれる12)。これらの酸化鉄ではFeの多くはFe(III)の化学状態になっているが,通常の水溶液の中にはFe(II)も存在することができ,Fe(III)とFe(II)とでは水への溶解度等が大きく異なる。鉄鋼の腐食分野では,これまでの水溶液の電位-pH図において,Fe(II)を含む酸化鉄として主にマグネタイトとして扱われることが多かった。しかし,最近の研究では,Fe(II)- Fe(III)からなるグリーンラスト(green rustまたはGR:緑錆)の存在が重要であることが分かってきた13)

Fig.1は,水溶液中のFe(II)とFe(III)から幾つかの酸化鉄が生成するおおよその反応径路を示している12)。この図には各酸化鉄の大まかな構造等も示されているが,不確かな点もある。これらの径路にある酸化鉄の中で,Fe(III)が多い酸化鉄(ヘマタイト,ゲーサイト,レビドクロサイト,マグネタイト等)は,大気に放置しても比較的安定に存在する。しかし,Fe(II)を多く含むグリーンラストは通常の大気中の酸素と反応しやすく不安定であり,Fe(II)が酸化してFe(III)の多い酸化鉄に変化しやすい。それとは逆に,周囲の水溶液が還元性になると,Fe(III)の多い酸化鉄からFe(II)が多いグリーンラストになることもある。鉄鉱床中に含まれるオキシ水酸化鉄等は,実験室における水溶液中でのオキシ水酸化鉄等と類似した条件で生成したと考えられ,各種の酸化鉄の生成条件に関する知見は鉄鉱床の生成要因を考える上で有用である。

Fig. 1.

Schematic of formation paths of different iron oxides via aqueous solution.

グリーンラストは層状水酸化物であり,原子レベルでFe(II)とFe(III)が層状に配列した間にはCl-,SO42-,CO32-等のアニオンが入った構造をしている。グリーンラストの中で,GR1(Cl-),GR1(CO32-)では1層のCl- ,CO32-,OH-(水酸基)のアニオンが入り,GR2(SO42-)では2層のSO42-,OH-のアニオンが入る14)Fig.2は,グリーンラスト(ここではGR2(SO42-))が,水溶液を介して酸素と反応して,Fe(III)の多い酸化鉄(ゲーサイト,レピドクロサイト,マグネタイト)に変化するときの構造変化を模式的に示している13)Fig.2ではGR2(SO42-)は酸化により他の構造に変化しており,Fig.1に示した幾つかの酸化鉄は水溶液中での酸化還元により構造変化が起こりうることを示している。

Fig. 2.

Transformation of magnetite, goethite and lepidocrocite from GR in aqueous solution. The octahedral units of FeO6 in the solution and intermediate GR are converted to different iron oxides or oxyhydroxides by dissolution and precipitation in the oxidation process.

グリーンラストには,これまで人工のグリーンラストだけでなく天然の土壌中で生成するグリーンラストもあり,それらの構造はラマン分光法,メスバウア分光法,X線回折法でも調べられてきた14,15)。それらの研究では,グリーンラスト中のFe(II)がFe(III)へ酸化することにより,オキシ水酸化鉄の生成が起こることなどが示されてきた。

このような人工や天然のグリーンラストやオキシ水酸化鉄等の構造変化に関する知見は,地球規模の海水における鉄鉱石の生成に関する研究でも重要である。例えば最近,先カンブリア時代(約5億4000万年前より以前)の海洋中での鉄鉱石の生成においても,グリーンラストが重要な役割を演じたという研究報告もなされている16)。この研究では,当時の海洋中において,Fe(II)やFe(III)がケイ酸塩や炭酸塩のアニオン等とともに堆積し生成したグリーンラストが酸化して,鉄鉱床を生成したと考えた。さらに,グリーンラストの生成や構造変化による鉄の循環のモデルを提案し,そのモデルでは地球上の生物化学的な循環においてグリーンラストの大きな役割を演じたと考えた。このようなグリーンラストの構造変化や生成した酸化鉄へのケイ酸塩の吸着等は,鉄鋼の腐食においても観察されるケイ酸塩の挙動とも類似している点がある17)

一方,オキシ水酸化鉄の一つのレピドクロサイドは,微生物による還元(microbial reduction)により,グリーンラストが生成することがある18)。その研究によれば,オキソアニオンや天然の有機物等がレピドクロサイドの還元反応に関係しており,還元条件によってはFe(II)を含むマグネタイトも生じるとしている。すなわち,Fig.2に示したようなFe(III)とFe(II)からなる酸化物が,還元反応により構造変化することを示唆している。また,Fe(II)がCO32-が共存するとシデライト(siderite: Fe(II)CO3:菱鉄鉱)が,PO43-と共存するとビビアナイト(vivianite:Fe(II)3(PO4)2・8H2O:藍鉄鉱)が生成する可能性も示唆された18)

3. 水溶液中のオキシ水酸化鉄の生成と鉄鉱石の構造との関連性

以上のような酸化鉄の水溶液中での構造変化には,水溶液の電位とpH等が関係しており,それを理解するには,鉄に関わる電位-pH図が参考になる。実際の構造変化には,温度や複数のカチオンやアニオンも影響するので,複雑な条件下で酸化鉄の構造変化が起こると考えられる。Fig.3は,例として,活量が0.1の硫酸イオンを含む水溶液におけるGR2(SO42-)(化学組成はほぼ[Fe(II)4Fe(III)2(OH-)12]2+ · [SO2-4·2H2O]2-)が入った電位-pH図を示している14,15)

Fig. 3.

Eh vs pH diagram of GR2(SO42–) drawn for activity [SO42–] of 0.1 (–n means [Fe (II)] = 10n) at 297 K.

Fig.2では,GR2(SO42-)が酸化反応によりマグネタイト,ゲーサイト,レピドクロサイトに構造変化する様子を模式的に示したが,GR2(SO42-)の酸化条件が変わると異なる酸化鉄に変化することを示している。定性的であるが,一般に水溶液の電位を低く保ちGR2(SO42-)を緩やかに酸化させるとマグネタイトが生成し,中程度の酸化速度で酸化させるとゲーサイトが生成する。さらに,電位を高くして急速に酸化させると,レピドクロサイトが生成する傾向がある。このようなグリーンラストが酸化する速度によって生成する酸化鉄の種類が異なることが,実験室レベルの研究で明らかにされてきた20)。以上のような比較的単純な水溶液中での酸化鉄の構造変化に対して,鉄鉱石の生成では水溶液の複雑な条件(温度,電位,pH等)が構造変化に影響し,実際の鉄鉱石は何段階もの反応過程を経て生成していると考えられる。例えば,鉄鉱石中の複数の鉱物は,一次的堆積,二次的堆積等の過程を経て生成したり,他の脈石にも影響されて生成したりする可能性があり,その模式図をFig.4に示した。

Fig. 4.

Illustrations of microstructures of iron oxide based minerals containing hematite and goethite, which were formed by primary and secondary sedimentations or under different atmospheres.

この例では,一次的な堆積物としてヘマタイトが生成し二次的なゲーサイトがその周囲を埋めた例,ピソライト鉱石で球状のヘマタイト粒子をゲーサイト等が覆った例を示した。実際にそれらに類した形態をもつ鉄鉱石等が,微細組織観察により調べられてきた21,22)Fig.4に示した鉄鉱石中の複数の酸化鉄の例でも,基本的にFig.1に示すような水溶液中の反応径路で生成したと考えられる。pH>6であれば(Fig.3参照),海水中に溶解していたFe(II)が徐々に酸化する過程でグリーンラストが少なからず生成し,それがさらにFe(III)が多い酸化鉄に変化すると考えられる。これらの研究では,走査電子顕微鏡観察だけでなく,電子プローブマイクロアナリシスによる組成分析,X線回折法による構造解析も行われ,鉄鉱石を調べる上ではある程度巨視的かつ微視的に調べることの重要性が示された。特に最近では,幾つかの複雑な形態をもつピソライト鉱石について岩石学的視点から詳細に調べられている22)

以上のような鉱物の中で,マグネタイトとグリーンラストとはFe(II)とFe(III)を含んでおり密接な関係があり,これらの酸化鉄の間で酸化還元反応が起こりやすいことを示唆している。このため,これらの酸化鉄は電位-pH図において電位やpHの点から中間的な位置にあるため,セレン等の処理に向け環境浄化等の分野でも注目されている2325)

上記の反応では,主に水溶液の電位に着目したが,水溶液の水素イオン濃度pHを変化させても酸化物の形態等が変化することがある。ここでは,pHを変えたときの酸化鉄の安定性を調べるために,まずリン酸鉄水和物であるストレング石(strengite: Fe(II)PO4・2H2O)粒子を塩基性溶液に投入したときに生成した酸化鉄を作製した。この酸化鉄は,マグヘマイト(maghemite: γ-Fe(III)2O3)のナノ粒子が集まった粒子(原料粒子の外形を反映した多孔質ナノ粒子集合体)であった26)Fig.5は,大きさが数μmのストレング石の粒子をアルカリ液に浸漬したときに生成した酸化鉄の透過電子顕微鏡写真である。アルカリ液(1M NaOH水溶液)に浸漬することにより,ストレング石の粒子の内部がすべて多孔質酸化鉄になっている。粒子の外見を保ちつつ非常に微細なマグヘマイトになっており,このような現象はスコロド石(scorodite: Fe(AsO4)・2H2O)をアルカリ処理したときも同様であり,微細マグヘマイトになっていることがX線吸収分光法により示された27)。このように,水溶液のpHも酸化鉄の安定性に影響を及ぼすので,水溶液のpHは異種イオンの酸化鉄への吸着などにおいても重要であることを示している26)

Fig. 5.

Transmission electron micrograph of a coagulated particle of porous iron oxides which were prepared by leaching a large-sized strengite particle in alkaline solution.

4. 鉄鉱石に含まれる鉱物の生成に付随した現象

海洋でのBIFの鉄鉱石の生成においてグリーンラストが重要な役割を演じていたという研究について第2章で触れた16)。この研究では,グリーンラスト生成に関連して水溶液の電位-pH図が用いられ,先カンブリア時代の海水において安定な酸化鉄のあるときの電位-pH図に推測された。それらの酸化鉄としは,準安定な酸化鉄(安定な酸化鉄の前駆体)があり,グリーンラストの一つのGR1(CO32-)があり,炭酸イオンが入ったシデライト(Fe(II)CO3)も示された。これらの炭酸イオンは大気の炭酸ガスからのものであり,海中のFe(II)と炭酸イオンとが反応して,それらの鉄の鉱物が生成したと考えられた。炭酸イオンを含む酸化鉄が大規模に生成したのは,太古代から原生代に変わる時期(約25億年前頃)であり,シアノバクテリアによる光合成が起こり海中の酸素が徐々に増加したためと考えられている2830)。それらの酸化鉄の生成により海水に溶解していたFe(II)が酸化して,グリーンラストを経由して各種の酸化鉄が生成したと考えられている。このように,グリーンラストの沈殿や構造変化は,酸化鉄の生成において重要であり,グリーンラストと様々な元素との相互作用は鉄資源の生成において考慮すべきであろう。

BIFを鉄鉱石の産地とする鉄鉱床では,世界最大の高品位の鉄鉱石だけでなく,低品位の鉄鉱石も産出される31)。鉄鉱床には,kmスケールにわたる地層があるため,地層の構造によってはマグマや熱水によって鉄鉱石の性質が変化し,風化作用も鉄鉱石に影響すると考えられている31)。これらの環境の中で,ゲーサイトは比較的水分の多い環境で堆積し生成したと考えられた。水溶液の状態によっては,石英の溶解や浸出が起こり,ケイ酸塩や炭酸塩の存在状態が変化するため,水溶液の温度,pH,溶解していた化学種等の条件は,鉄鉱石の性質に大きく影響したと考えられている。

また,鉄鉱床の生成には先カンブリア時代の新原生代から古生代への時期における環境の変化も関係しており,この時代の鉄鉱床には鉄分が多い岩石の特徴が表れているとする研究もある32)。この研究では,鉄鉱床は先カンブリア時代に海底に堆積して生成したが,鉱物学の視点や同位体組成分析から,地球の進化が続いていたと考えた。酸素のない大気の状態から,微生物による海洋での酸素発生と大気への放出で地球上での酸素が増え,これにより大陸の風化プロセスにより,好気性微生物の代謝,海洋への栄養素の供給,生物圏と複雑な生命体の進化が起こったと考えた。この過程で酸素増加によるFe(II)の酸化が起こり,鉄鉱石の前駆体(例えばFe(II)とFe(III)からなるグリーンラスト)が生成し,そこから鉄鉱石の堆積や生成が起こったと考えている。ここでは,鉄鉱床の堆積と地質生物学や熱水システムとの関連性等考慮した岩石の種類を考慮したモデルも提案している32)

また,先カンブリア時代の酸素が少ない環境での鉄の酸化還元に着目して,海洋中にあった生物の重要な栄養素であるリンの循環について検討した研究もある33)。この海洋における酸化還元の過程でのリン循環を明らかにするために,ここでは地球化学的な方法で原生代におけるリンの相分配を調査した。その結果,世界の海洋において,生物に必要な栄養素であるリンの量が減少すると,有機炭素や酸素発生が減少する可能性があることを示した。この結果等から,地球上での酸素発生がリンや有機物と関係があると提案し,これらの生物とリンとの関連性は,鉄資源にも関係している可能性がある考えた33)

西豪州のBIFからの鉱物にはしばしばゲーサイト等が含まれていることを述べたが,これに関連して,BIFからの鉄鉱石を幾つか等級に分類し等級ごとの鉄鉱石の特徴について調べた研究がある32)。この研究では,それまで鉱石としては鉄分が64質量%以上の高品位鉱石が主に使用されてきたが,将来的には鉄分が60~63質量%で水分を含む鉱石も使用されるであろうとした。実際の鉄鉱石としては,鉄分が25~45質量%程度の各種鉱石もあるが,それらの使用はさらに将来の課題となると考えられる。この研究では,比較的低品位の鉱石として,西豪州のハマスレー(Hamersley)で産出するマータイト(martite:マグネタイト鉱石の初期の形状が保ち,ヘマタイトやゲーサイトに変化した鉱物(仮晶)),ブロックマン(Brockman)鉱床からの鉱石に着目した。プレミアムブロックマンでは,リン量の少ない鉱石がとれるが,リン量が約0.08質量%以上と多い鉄鉱石も産出する34)。このようなリン量の多い鉄鉱石を利用するためには,鉱石の処理技術とともに鉄鉱石中のPの存在状態等を明らかにする研究が必要であり,この種の研究でも水溶液中での酸化鉄の構造変化に関する知見が重要になる。

鉄鉱石中のリンに関連して,西豪州のピルバラ(Pilbara)地域から産出する高いリン量(>0.1%P)の鉄鉱石からリンを除去するプロセス等の研究が行われた。それまで,高リン鉄鉱石中のリン量はゲーサイトの量と関係していると考えられ,ゲーサイトの挙動についても調べられた。その結果,物理的分離法や単純な浸出プロセスでは,鉱石から十分な量のリンが除去されにくく,リンを浸出しやすくするには,ゲーサイトを破壊する処理が必要であるとした。ここでは,高リン鉄鉱石中のゲーサイトに随伴するリンを,高温のアルカリ溶液中で処理すると,ある程度リンが除去できることを示した35)。その他,高リン鉄鉱石の焼結における特徴を明らかにするための研究も行われ,高リン鉄鉱石では溶融時の流動性が低下するが,石灰石等でコーティングした造粒法が提案された36)

以上のように,各種の酸化鉄の生成には,大気の気体や海水の成分の変化,様々な風化等が影響したと考えられる。また,Fe(II)とFe(III)からなるグリーンラストには,塩化物イオン,炭酸イオンや硫酸イオン等が入ることができ,それらのアニオンは酸化鉄に吸着することもある。ただし,リン酸イオンは一般にグリーンラストには入ることができず,酸化鉄に吸着するオキソアニオンである37)Fig.6は,水溶液中の幾つかのアニオンがFe(II)やFe(III)と反応しグリーンラストを生成し,さらに酸化によりオキシ水酸化物やマグネタイト等に変化する模式図を示している。この過程で,グリーンラストのアニオンは,酸化でできたオキシ水酸化鉄に吸着することも考えられる。また,水溶液の状態によっては酸化したオキシ水酸化鉄が還元して,再度グリーンラストに変化する可能性もある。最終的には,熱などの影響で,オキシ水酸化鉄やマグネタイトがヘマタイトに変化する様子を示した。地球上の全てのヘマタイトがこの過程をたどったわけではないが,BIFの鉄鉱石に含まれるかなりの量の酸化鉄がこのような水溶液の影響を受けたと考えられる。

Fig. 6.

Formation pathways of goethite, lepidocrocite and magnetite from green rusts with different anions by oxidation. They are further transformed to hematite by thermal annealing. The reduction of these oxides can take place by atmospheric conditions.

5. 結言

本稿では,様々な鉄鉱床の中でも縞状鉄鉱床の鉱物成分に着目した。それらの鉱物成分中の各種酸化鉄が水溶液で構造変化する条件,それらの構造変化と鉄鉱床の生成との類似性について述べた。特に,水溶液中のオキシ水酸化鉄やグリーンラストの生成と鉄鉱石の構造との関連性について取り上げ,鉄鉱石に含まれる鉱物の生成に付随した現象等についても述べた。縞状鉄鉱床は主に先カンブリア時代に生成し,様々な環境に対応して特有の組成や構造をもつ鉄含有の鉱物が生成したと考えられる。製銑分野の焼結鉱製造技術は,将来にわたって益々高度になることが期待されており,鉄鉱石中の水分や焼結鉱の品質への影響を考慮する必要がある38)。縞状鉄鉱床の起源は太古の海洋の変化や様々な風化作用にも関係しており39),各種の鉄鉱石の研究においては海洋や大気の変化の歴史も考慮することが必要であろう。水の惑星と呼ばれる地球上には豊富な水や鉄資源があり40),水の電位,pH,温度,共存する元素等によって鉄鉱石等の鉱物が変化する可能性がある。鉄鉱石に含まれる各種の鉱物相の成分もそのような多様な環境の中で変化し,地球の進化においても重要な役割を演じたと考えられている。人類がさらに低品位の鉄鉱石を利用するようになったとき,水が関係する酸化鉄,脈石成分,気体の種類等に関する研究は今後益々重要になることが予想される。

謝辞

本レビューの執筆にあたり支援を得た国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP12004)に感謝申し上げます。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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