Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Surface Treatment and Corrosion
Mechanism and Suppression Method of Hydrogen Entry into Steel by Blasting
Makoto Kawamori Fumio YuseYosuke FujitaHideyuki Ikegami
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 7 Pages 583-593

Details
Abstract

The effect of blasting on hydrogen analysis was investigated with the aim of establishing a hydrogen analysis method for precisely measuring hydrogen that entered steel in a corrosive environment. The hydrogen existing states of the specimens blasted under various conditions were analyzed using thermal desorption analysis and the hydrogen visualization method by secondary ion mass spectrometry. The phenomenon of hydrogen entry into steel by blasting was demonstrated for the first time. It should be noted that the effect is remarkable in the case of a specimen with a large specific surface area, and the blasting becomes an inhibitory agent in the measurement of the hydrogen content in steel. The hydrogen source for increasing the hydrogen content due to blasting is mainly the water contained in the abrasive. The mechanism of increasing the hydrogen content in steel by blasting is that the fresh surface of the steel exposed by blasting reacts with the water in the abrasive, which results in the hydrogen generation and entry into steel. Additionally, the water in the abrasive remaining on the steel surface reacts with steel during the thermal desorption analysis to release hydrogen. To suppress the increase of hydrogen content by blasting, it is effective to use abrasive with low water content and to remove rust by repeating a short blasting time in order to suppress the temperature rise of the specimen.

1. 緒言

環境負荷の低減に向けて,自動車をはじめとする輸送機器のCO2排出量削減は重要な課題であり,使用される材料の軽量化および高強度化は有効な手段の一つである。鋼は他の材料と比較して高強度を得やすく,安価,加工しやすいなど多くの利点を有しているが,高強度化に伴い水素脆化感受性が高くなるため,水素脆化の抑制が実用化に向けた最大の課題となる。水素脆化は材料,環境,応力の各因子が組み合わさった特定の条件下で引き起こされる1,2)。水素脆化の抑制を目的として,材料の観点からこれまで多くの検討が行われてきた。一例として,粒界破壊の原因とされる不純物P, Sの低減や,粒界炭化物制御のための焼戻し温度の高温化,Ti, Vなどの元素添加による結晶粒微細化などが挙げられる36)

高強度鋼の実用化を検討する上では,実環境や負荷応力を考慮した水素脆化評価法が必要不可欠となる。水素脆化評価法として,暴露試験7,8),ボルト用鋼材に関する JIS 原案法1),水素量を基準とした評価法912),複合サイクル試験による評価法13),内在的因子による水素脆化感受性評価法14)などが検討されている。暴露試験は実際に近い応力状態における実環境での試験であるが,評価時間が長くなってしまう欠点を有している。そこでラボでの加速試験としてJIS原案法が提案されたが,暴露試験結果と一致しないことが報告されている1,10)。近年では,水素量測定に基づく方法が各種提案されている。例えばSuzukiらは昇温脱離分析を用いて水素脆化が発生する限界の水素量が存在することを確かめ9),Yamasaki and Takahashiは環境から侵入する水素量との比較を行い,水素脆化感受性を評価する方法を提案している10)。しかしながら,標準的な水素脆化評価法は未だ確立されておらず,水素脆化研究の課題の1つとなっている。暴露試験や水素量を基準とする評価法においては,腐食環境下における鋼の侵入水素量を正確に評価する必要がある。また,実用化を検討する上で,実環境下での侵入水素量を把握することが理想的である。

大気暴露などの実環境下における侵入水素量はこれまでに報告されており,腐食によって侵入する水素は10-2-10-1 mass ppmのオーダーであり比較的微量である1518)。また,強度の高い鋼では,0.1 mass ppm以下の微量な水素量でも水素脆化が引き起こされるため,精緻な水素量測定が求められる。近年の分析技術の高度化によって,精緻な水素分析が可能となっており,例えば昇温脱離分析では0.01 ppmオーダーの定量的な水素量測定が可能である。しかし,特に水素分析の前処理が水素量測定に与える影響についてはほとんど報告されておらず,検討の余地が大きい。環境から侵入した水素量を正確に評価するためには,水素量測定における阻害因子を把握し,極力除去することが望ましい。水素量測定における代表的な阻害因子として錆の影響が挙げられる。錆が付着した状態で昇温脱離分析による水素量測定を行うと,錆由来の水素が発生するため,鋼中水素量を過度に評価してしまう可能性があることが報告されている19)。錆の除去には機械研磨が用いられる他,研磨を行いにくい形状を有する試験片にはブラスト処理が使用されることが多い8,15,18)。しかしながら,水素量測定に及ぼすブラスト処理の影響を調査した報告例はない。

そこで本研究では,腐食環境で鋼に侵入した水素を精緻に測定するための水素分析方法の確立を目的として,水素量測定に及ぼすブラスト処理の影響を調査した。そしてブラスト処理によって鋼に水素が侵入する現象を初めて明らかにした。昇温脱離分析による水素量測定および二次イオン質量分析(Secondary Ion Mass Spectrometry(SIMS))による水素可視化手法を用いて,各種条件でブラスト処理を行った試験片の水素存在状態を解析し,水素侵入の機構および抑制方法を調査した結果について報告する。

2. 実験

2・1 供試材

供試材には,Table 1に記載の化学成分を有する板厚1.6 mmのSCM 435薄鋼板を用いた。鋼材Aは市販の鋼であり,鋼材Bは真空誘導加熱炉で溶製した鋼である。900°C,15分の焼入れ,400°C,30分の焼戻しを行い,引張強度1500 MPa級の焼戻しマルテンサイト組織に調質した。

Table 1. Chemical compositions of SCM 435 steels (mass%).
Steel C Si Mn P S Cr Mo
A 0.35 0.29 0.69 0.008 0.004 0.97 0.18
B 0.35 0.22 0.75 0.007 1.01 0.23

2・2 大気暴露試験および陰極チャージ試験による水素添加

鋼材Bから 70×35×1.6 mmの平板試験片を採取し,大気暴露試験に供した。また,自動車用部材を想定した曲げ加工となるU曲げ試験片も併せて大気暴露試験に供した。U曲げ試験片の作製には,鋼材Aから150×30×1.6 mmの試験片を採取し,シャー切断によるせん断加工ひずみの影響を排除するため試験片長辺端面をフライス加工した。この試験片を3点曲げによってU字形状に曲げ,曲げ半径は10 mmとした。曲げの頭頂部に貼り付けたひずみゲージを用いて計測されるひずみ量にヤング率を乗じた値を負荷応力として,試験片に通したボルトをナットで締め付けることによって曲げ加工部に1500 MPaの応力を付与した。大気暴露環境下での腐食による水素添加を目的として,財団法人日本ウェザリングテストセンター銚子暴露試験場20)にて大気暴露試験を行った。大気暴露試験の期間は,平板試験片に対しては2週間,U曲げ試験片に対しては3か月とした。鋼中に侵入した水素の逃散を抑制するため,大気暴露試験後はドライアイスおよび液体窒素で試験片を冷却した状態で保管した。大気暴露した試験片から水素分析用試料を切り出した。切断時は水素逃散を防止するためにできるだけ短時間で行い,切断前後には液体窒素で試験片を冷却した。

陰極チャージ試験による水素添加には10×10×1.6 mmの試験片(鋼材B)を用いた。ポテンショスタット/ガルバノスタットを用いて,試験片に対し定電流制御により水素添加を行った。ここで,対極には白金を用い,チャージ溶液には0.1 M NaOH水溶液を用いた。陰極チャージ試験は約 20°Cで実施し,カソード電流密度およびチャージ時間はそれぞれ1 μA/mm2,48 hとした。

2・3 ブラスト処理

ブラスト処理を用いて大気暴露試験で形成した錆の除去を行った。ここでブラスト装置には,SNMアジア(株)製ハンディブラスターを用い,エアー源には圧縮空気あるいは圧縮乾燥空気を用いた。また,ブラスト処理の砥粒には珪砂(有)竹折砿業所9号珪砂)あるいはアルミナ(サンゴバン(株)製 WHITE ABRAX F220)を使用した。珪砂は全て同じ製品であるが,ロットによって水素分析結果が変化したため,珪砂A, B, Cとロット毎に区別した。温度上昇に伴う水素逃散を防止するために,ブラスト処理の前後は液体窒素での冷却を行った。水素分析に及ぼすブラスト処理の影響を調査するため,暴露を行っていない試験片および陰極チャージ試験で水素添加を行った試験片に対しても,同様のブラスト処理を行った。砥粒に用いた珪砂およびアルミナの付着水分量は,105°Cまでの加熱気化カールフィッシャー法を用いて求めた。

2・4 水素量測定および水素可視化

水素量の測定には大気圧イオン化質量分析計(Atmospheric Pressure Ionization Mass Spectrometer, API-MS)を用いた21)。水素脆化に影響すると考えられる拡散性水素量は一般的に300°Cまでに放出される。そのため,室温から300°Cまで昇温したときに放出される水素の積算値を評価した。昇温速度は12°C min-1とした。

水素の可視化には汎用セクター型SIMSを用いた。ここで水素トラップサイトのトレーサーとして,軽水素の代わりに重水素を用いた。希少同位体である重水素をトレーサーとする同位体標識法により,鋼中に初期から存在する軽水素と環境から侵入した重水素を分離して存在箇所を評価することができる。さらに,測定上のバックグラウンド由来の水素と区別することが可能であるため,バックグランド由来の水素を低減するための排気時間を短縮化することができる。これにより,試験片に含まれる水素が逃散する前に,水素可視化評価を開始することが可能である22)。一次イオンビーム条件をCs+, 15 keVとし,走査イオン像モードにて負の重水素イオン(2D-)を取得した。

3. 結果

3・1 水素量測定に及ぼすブラスト処理の影響

鋼中の水素分析に及ぼす錆の影響を把握するために,大気暴露試験後の試験片の錆が一部残るように,意図的に1 s未満の短時間のブラスト処理を3回行い,水素分析を行った結果をFig.1に示す。ここでブラスト砥粒には珪砂Aを用いた。大気暴露試験で形成した錆はブラスト処理によって部分的に除去されているが,一部が残存していることがFig.1(a)に示す外観写真からわかる。錆が残存した試験片の水素量測定結果をFig.1(b)に示す。120°C近傍をピークとする低温側の水素放出に加え,250°C近傍をピークとする高温側の水素放出が確認された。120°C近傍をピークとする水素放出は拡散性水素であり,その一部は大気暴露試験によって鋼中に侵入した水素由来である可能性が考えられる。一方,250°C近傍をピークとする水素放出は錆由来と推察される。Ishiguroらは錆の付いた鋼材を昇温脱離式ガスクロで分析を行った際の水素放出挙動を詳細に調査し,錆と鉄との反応によって300‐400°Cの高温域に水素が放出されることを報告している19)。本実験においても同様に,残存した錆と鋼が昇温脱離分析中に反応し,高温側に水素が放出されたことが考えられる。このような高温側の水素放出は低温側の水素放出にも裾を伸ばしており,水素脆化に影響すると考えられる低温側の鋼中の拡散性水素の定量化を阻害する。すなわち,錆は鋼中水素量の精密な測定に対する阻害因子として働き,水素量測定前に十分に除去する必要がある。そこで,次にブラスト処理による錆の除去を検討した。

Fig. 1.

(a) Photographic images of specimen before and after insufficient blasting using silica A to remove the rust formed by atmospheric corrosion. (b) Hydrogen desorption profile of specimen with residual rust after insufficient blasting. (Online version in color.)

鋼の水素量測定に及ぼすブラスト処理の影響を調査するために,大気暴露後の試験片の錆が十分に除去されるよう,長時間のブラスト処理を行った。ここで砥粒には珪砂Aを使用し,ブラスト時間の影響を調査するために,1回あたりのブラスト時間を1 s, 3 s, 10 s, 30 sとしてブラスト回数を変化させ,ブラスト処理の合計時間は30 sで固定とした。例えば1回あたりのブラスト時間を1 sとする場合は,ブラスト処理を1 s行った後に液体窒素で冷却する作業を試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15回ずつ行い,合計で30回のブラスト処理を実施して,ブラスト時間の合計は30 sとした。得られた結果をFig.2に示す。大気暴露環境での腐食によって形成した錆はブラスト処理によってほぼ完全に除去されることがわかる(Fig.2(a))。従って,水素分析に及ぼす錆の影響はほとんどないとして以下の議論を進める。1回あたりのブラスト時間が長くなるにつれて,水素量が増加することがFig.2(b)からわかる。また,Fig.2(c)に示す水素放出曲線から,1回あたりのブラスト時間が長くなるほど水素放出が増加するとともに,300°Cまで昇温しても脱離しきらない高温側の水素放出が顕著になることが確認された。1回あたりのブラスト時間が長くなるほど,ブラスト処理に伴う発熱によって試験片温度が上昇し水素量が減少することが当初予想されたが,本結果は予想と反対の傾向であった。実際にブラスト処理直後の試験片温度を表面温度計で測定した結果,1回あたりのブラスト時間が1 s, 3 s, 10 s, 30 sと長くなるにつれて,-22°C, -19°C, -4°C, 25°Cと表面温度が上昇することが確認された。大気暴露試験での腐食によって鋼中に侵入した水素は,試験片温度の上昇によって逃散しやすくなると考えられるため,今回確認された1回あたりのブラスト時間の長期化に伴う水素量の増加は,大気暴露試験で侵入した鋼中水素では説明できない。すなわち,ブラスト処理自体が水素量測定に影響を及ぼしていると考えられる。

Fig. 2.

(a) Photographic image of specimen after sufficient blasting using silica A to remove the rust formed by atmospheric corrosion. (b) Hydrogen contents and (c) hydrogen desorption profiles of corroded specimens after blasting when changing the time per blasting with the total time of blasting as 30 seconds. (Online version in color.)

錆や腐食による水素の影響を排除し,ブラスト処理そのものが水素量測定に与える影響を調査するため,大気暴露試験を行わず腐食していない鋼に対してブラスト処理を行った結果をFig.3に示す。大気暴露後の試験片に対してブラスト処理を行ったときと同様に,1回あたりのブラスト時間を1 s, 3 s, 10 s, 30 sとしてブラスト回数を変化させ,ブラスト処理の合計時間は30 sで固定とした。砥粒には珪砂A, B, Cを用いた。ブラスト処理を行わなかった試験片の水素量は0.01 ppm未満であり,ほとんど水素は含まれていなかった。一方,ブラスト処理を行うことで水素量が増加することが確認された。また,大気暴露した試験片を用いた場合と同様に,1回あたりのブラスト時間が長いほど,水素量が増加する傾向が確認された(Fig.3(a))。珪砂Bを使用した場合の水素放出曲線をFig.3(b)に示す。1回あたりのブラスト時間が長くなるにつれて,150°C近傍をピークとする低温側の水素放出および300°Cでも低下しきらない高温側の水素放出が確認された。特に,珪砂Bを使用した場合,最大で0.18 ppmもの水素量が検出されたが,これは従来報告されている暴露試験での侵入水素量と比較して無視できない高い値であることから,鋼中水素量を精密に測定する目的において,ブラスト処理は阻害因子となりうることが判明した。

Fig. 3.

(a) Hydrogen contents and (b) hydrogen desorption profiles of non-corroded specimens after blasting using silica A, B, C when changing the time per blasting with the total time of blasting as 30 seconds. (Online version in color.)

水素分析に及ぼすブラスト処理の影響の試験片厚さ依存性を調査した結果をFig.4に示す。本実験でのみ,厚さが 6.0 mmのSCM 435鋼板を供試材として用い,板厚0.5 mm~5.8 mmの試験片(10×10 mm)を採取してブラスト処理を行った。ブラスト処理には砥粒Cを使用し,1回あたりのブラスト時間を30 s(試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15 s)としてブラスト回数は1回とした。試験片の板厚が減少するにつれて水素量が増加する傾向が確認された(Fig.4(a))。また,Fig.4(b)に示す水素放出曲線から,板厚の減少とともに,120°C近傍をピークとする低温側の水素放出および300°Cでも低下しきらない高温側の水素放出が増加することがわかる。板厚が大きい試験片では,ブラスト処理によって鋼表面から近い領域には水素が侵入するものの,鋼表面から離れた領域では水素が十分拡散しておらず,水素が少ない領域が占める割合が大きいため,平均の水素濃度としては少なく見積もられたと考えられる。一方,板厚が薄くなると比表面積が大きくなり,ブラスト処理によって鋼表面から侵入した水素が存在する領域の占める割合が大きくなるため,平均水素濃度が高くなったと推察される。特に薄鋼板や細径の線材などの比表面積が大きい試験片の錆を除去する場合において,ブラスト処理による水素量増加は注意すべき現象といえる。

Fig. 4.

(a) Hydrogen contents and (b) hydrogen desorption profiles of non-corroded specimens after blasting using silica C when changing the thickness of specimens. (Online version in color.)

3・2 ブラスト処理による水素量増加の水素源

腐食に伴い鋼中に侵入した水素を精緻に評価するためには,阻害因子である錆を除去するとともに,ブラスト処理による水素侵入の増加も抑制する必要がある。ブラスト処理による水素量増加の抑制を目的として,ここではその原因となる水素源の調査を行った。鋼への水素侵入機構の仮説をFig.5に示す。水素源となりうる水分が,ブラスト処理によって露出した鋼新生面によって還元されて,水素が発生すると伴に,その一部が鋼中に水素侵入するモデルを仮定した。そして水素源としては,(i)液体窒素から試験片を取り出したときに試験片表面に付着する霜,(ii)ブラスト処理に使用するエアー源に含まれる水分,(iii)砥粒に含まれる水分,(iv)雰囲気中の水分,が考えられる。これら因子の影響を以下に調査した。

Fig. 5.

Schematic illustration of (i)frost, (ii)blasting air, (iii)water in abrasive, and (iv) atmosphere, which are assumed as hydrogen sources for increasing the hydrogen content due to blasting. (Online version in color.)

3・2・1 霜の影響

ブラスト処理前に試験片を液体窒素から取り出した際に付着した霜がブラスト処理による水素量増加の水素源となるか把握するため,霜が付着した試験片と,液体窒素から取り出した後に室温に戻して霜を除去した試験片に対してブラスト処理を行った。ここで,ブラスト処理には珪砂Cを使用し,試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15 s,合計30 sのブラスト処理を行った。霜が付着した試験片に対してブラスト処理した場合の水素量は0.08 ppmであったのに対し,霜を除去した場合は0.09 ppmと大きな差は確認されなかった。従って,霜はブラスト処理による水素量増加の水素源ではないとわかった。

3・2・2 エアー源に含まれる水分の影響

ブラスト処理のエアー源に含まれる水分の影響を調査するために,エアー源に圧縮空気および圧縮乾燥空気を使用したときの比較を行った。ブラスト処理には珪砂Bを使用し,試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15 s,合計30 sのブラスト処理を行った。圧縮空気を用いた場合の水素量は0.13 ppmであり,圧縮乾燥空気を使用した場合の水素量は0.14 ppmと同程度であったことから,エアー源に含まれる水分はブラスト処理による水素量増加の水素源ではないと判断された。

3・2・3 砥粒に含まれる水分の影響

ブラスト処理に使用した砥粒に含まれる水分の影響を調査するために,砥粒を乾燥させて水分を除去した場合の変化を調査した。具体的には,砥粒に使用した珪砂Bを定温乾燥器にて200°C×24 h以上の乾燥処理を行った。乾燥処理後,室温までの冷却に伴って大気中の水分が珪砂に再付着することを抑制するために,事前にモレキュラーシーブで脱水したデシケータ内に乾燥後の珪砂とモレキュラーシーブを共に数時間保管して室温まで冷却した。珪砂に含まれる付着水分量は乾燥処理前に0.12 mass%であったのに対し,乾燥処理によって0.07 mass%まで低下することがカールフィッシャー法によって確認された。乾燥させた珪砂を用いて,表面と裏面に対してそれぞれ15 s,合計30 sのブラスト処理を行った試験片の昇温脱離分析結果をFig.6(a)に示す。乾燥処理を行わずブラスト処理した場合は0.14 ppmの水素が検出されたのに対し,乾燥処理を行った珪砂を用いた場合は0.11 ppmと水素放出が減少することが確認された。乾燥処理による珪砂の付着水分量の低下に伴い,ブラスト処理した鋼中の水素量の低下が確認されたことから,砥粒に含まれる水分がブラスト処理による水素量増加の水素源となることが間接的ではあるが示唆された。砥粒に含まれる水分が水素源となることを直接的に証明するために,重水を付着させた珪砂を用いてブラスト処理を行い,ブラスト処理後の試験片から重水素が検出されるか検証を行った。軽水(H2O)と比較して,重水(D2O)は自然界での存在比率が極めて低いため,重水を付着させた砥粒を用いたブラスト処理を行った試験片から重水素が検出された場合には,砥粒に含まれる水分が水素源だと断定できる。実験方法としては,事前にモレキュラーシーブで脱水したデシケータ内に乾燥処理後の珪砂と重水を添加したビーカーを共に数時間保管して室温まで冷却した。これにより,乾燥処理で脱離させた軽水に代わって,ビーカーから蒸発した重水素が珪砂に吸着して置換すること(以後,重水置換処理と記載する)が可能である。重水を付着させた珪砂を用いて,試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15 s,合計30 sのブラスト処理を行った。ブラスト処理した試験片から放出された重水素の昇温脱離分析結果をFig.6(b)に示す。重水置換処理を行わなかった場合は,珪砂の乾燥処理の有無によらず,ブラスト処理後の試験片から重水素はほとんど検出されなかった。一方,乾燥処理後に重水置換処理を行った珪砂を用いてブラスト処理を行った試験片でのみ,重水素が顕著に検出されることが明らかになった。本結果から,砥粒に含まれる水分が,ブラスト処理による水素量増加の水素源となることが明確化された。Fig.6(a)に示した軽水素の昇温脱離分析結果から,重水置換処理を行った場合に検出された軽水素は0.09 ppmであり,乾燥処理を行わなかった場合(0.14 ppm)や重水置換処理を行わず乾燥させた珪砂を使用した場合(0.11 ppm)と比較して,低い値であることが確認された。これは,乾燥処理によって珪砂に含まれる軽水が脱離したことに加えて,乾燥処理後の室温までの冷却を重水雰囲気中で行ったことで砥粒に付着した重水によって軽水の再付着が抑制され,珪砂に含まれる軽水の量が減少したためだと考えられる。

Fig. 6.

(a) Hydrogen and (b) deuterium desorption profiles of non-corroded specimens after blasting using abrasive without baking, with baking, and with baking and deuterium substitution. Silica B was used as abrasive. (Online version in color.)

3・2・4 雰囲気中の水分の影響

ブラスト処理における雰囲気中に含まれる水分の影響を調査するために,雰囲気を乾燥させて水分を除去した場合の変化について調査した。雰囲気中の水分量を制御するために,ここでは簡易グローブボックス内でのブラスト処理を実施した。砥粒には3・2・3項に記載した乾燥処理で砥粒に含まれる水分を減らした珪砂Cを使用し,モレキュラーシーブによって乾燥させたグローブボックス内(湿度計で測定した相対湿度値:21%RH)でブラスト処理を行った試験片と,乾燥させなかったグローブボックス内(相対湿度値:55%RH)でブラスト処理を行った。ここで,ブラスト時間は試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15 s,合計30 sとした。グローブボックス内を乾燥させずブラスト処理した試験片の水素量は0.06 ppmであったのに対し,乾燥させた場合は0.05 ppmと水素量の低下が確認されたが,その差はわずかであった。したがって,雰囲気中の水分の影響は少ないことがわかった。

上記結果から,ブラスト処理による水素量増加の水素源は主に砥粒に含まれる水分であることが明らかになった。

3・3 ブラスト処理による水素量増加の抑制方法

ブラスト処理による水素量増加の水素源が砥粒に含まれる水分由来であることがわかったため,ブラスト処理による水素量増加の抑制を目的として,ここでは付着水分量の少ない砥粒を用いたブラスト処理を検討した。具体的には,砥粒として珪砂に加えアルミナを使用してブラスト処理を行った。珪砂A, B, Cの水分量は0.07, 0.12, 0.09 mass%であり,全て同じ製品名であるが付着水分量はロットによって異なっていた。この原因は明らかではないが,珪砂の製造方法や製造時期あるいは保管方法によって,付着水分量が異なっていたと考えられる。アルミナの付着水分量は0.02 mass%とであり,珪砂と比較して少ないことが確認された。これら砥粒を用いてブラスト処理を行った試験片の水素量測定結果をFig.7(a)に示す。1回あたりのブラスト時間を1 s, 3 s, 10 s, 30 sとしてブラスト回数を変化させ,ブラスト処理の合計時間は30 sで固定とした。いずれの砥粒でも,1回あたりのブラスト時間が短くなるにつれて,水素量が低下する傾向が確認された。また,砥粒にアルミナを使用した場合,珪砂と比較して水素量が低下した。砥粒に含まれる水分量とブラスト処理した試験片の水素量との関係をFig.7(b)に示す。1回あたりのブラスト時間が1 s,30 sのいずれの場合も,砥粒に含まれる水分量が多いほど,ブラスト処理後の水素量が増加することがわかる。本結果もまた,砥粒の付着水分量が水素源でありブラスト処理での水素量増加の原因となることを示している。ブラスト処理による水素量増加を抑制するためには,1回あたりのブラスト時間を短時間化すると伴に,付着水分量の少ない砥粒を使用することが有効である。

Fig. 7.

(a) Relationship between hydrogen contents of non-corroded specimens after blasting and time per blasting when changing the abrasives. (b) Relationship between hydrogen contents of non-corroded specimen after blasting and water contents of abrasives. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 ブラスト処理による鋼への水素侵入の機構

ブラスト処理による鋼への水素侵入の仮説として,Fig.5 に示すように,水素源となる水分(特に砥粒に含まれる水分)が,ブラスト処理によって露出した鋼新生面によって還元されて水素発生すると伴に,その一部が鋼中に水素侵入するモデルを仮定した。ここでは水素放出プロファイルの解析やSIMSによる水素可視化手法を用いて,ブラスト処理による鋼への水素侵入機構の詳細を考察する。ブラスト処理後の試験片の水素放出プロファイルは,100~200°C域にピークを有する低温側の水素放出と,300°Cでも低下しきらない高温側の水素放出の2種類の水素放出から構成される(Fig.3)。これら水素が鋼中に侵入した拡散性水素かあるいは非拡散性水素か,水素存在状態を明らかにするために,ブラスト処理後に一定期間の室温放置を行った後,水素量測定を行った結果をFig.8に示す。ブラスト処理後すぐに液体窒素に保管し,水素量測定を行った場合は,0.18 ppmの水素量が検出された。一方,ブラスト処理後に室温で放置して液体窒素保管を行った試験片の水素量は,1日の放置で0.11 ppmに低下し,1日以降10日の放置までは水素量がほぼ一定となった。Fig.8(b)に示す水素放出プロファイルから,100~200°C域にピークを有する低温側の水素放出が,室温での放置によって消失し,これは拡散性の水素であることを示唆している。一方,300°Cでも低下しきらない高温側の水素放出は,室温での放置時間に関わらず残存しており,非拡散性の水素であることがわかる。一般的に,腐食や陰極チャージなどで水素を添加した場合は,拡散性水素として鋼中に存在し,室温放置で逃散する。ブラスト処理した試験片の水素量測定で確認された100~200°C域ピークの低温側の水素放出も室温放置で逃散することから,鋼中に侵入した拡散性水素であると考えられる。

Fig. 8.

Time dependence of (a) hydrogen contents and (b) hydrogen desorption profiles of non-corroded specimens kept at room temperature after blasting. Silica B was used as abrasive. (Online version in color.)

ブラスト処理によって鋼中に水素が侵入することを直接的に証明するために,SIMSを用いて鋼断面の水素可視化を行った。具体的には,3・2・3項で実施したのと同様に,乾燥処理後に重水置換した砥粒を用いてブラスト処理を行った試験片の断面における重水素を可視化した結果をFig.9に示す。Fig.9(c)72FeO-が強く検出される領域が鋼の断面部分であるが,鋼内部に重水素(2D-)が存在することがFig.9(a)からわかる。本結果は,砥粒に含まれる水分由来の水素が鋼中に侵入することを明確に示すものである。鋼内部だけでなく,鋼表面にも重水素が存在することがわかる。鋼表面の重水素の存在位置と,砥粒由来のケイ素(28Si-)の存在位置は一致していた。検出されたケイ素は,ブラスト処理後に鋼表面に残存した珪砂の可能性が考えられたことから,ブラスト処理前後での試験片の断面 SEM 観察とEDX分析を行った結果をFig.10に示す。ここで,1回あたりのブラスト時間を1 s, 30 sとしてブラスト回数を変化させ,ブラスト処理の合計時間は30 sで固定とした。ブラスト処理前(Fig.10(a))には確認されなかったSi, Oがブラスト処理後の試験片表面には確認され,これは鋼表面に珪砂が残存することを示している。従って,SIMSで確認された鋼表面の重水素は,残存した珪砂に含まれる重水由来と推察される。1回あたりのブラスト時間が1 sのとき(Fig.10(b))と比較して30 sと長いほど(Fig.10(c)),鋼表面に残存する珪砂の量が多くなることがわかる。以上のようにSIMSによる水素可視化から,鋼中に存在する水素と鋼表面に残存する砥粒に含まれる水分由来の水素の2種類の水素存在状態が確認された。これと水素放出プロファイルで見られた100~200°C域の低温側の水素放出と300°Cでも低下しきらない高温側の水素放出の2種類の水素放出との対応と考えると,鋼中に侵入した拡散性水素が100~200°C域の低温側の水素放出であり,鋼表面の砥粒に含まれる水分が昇温脱離分析中に鋼と反応して生じた水素が高温側の水素放出の原因であることが推察される。鋼表面に残存した砥粒に含まれる水分は室温で安定であることから,ブラスト処理後に室温放置を行った試験片においても変わらず,高温側に水素放出が確認されたと説明できる。

Fig. 9.

SIMS images of (a) 2D, (b) 28Si, and (c) 72FeO in specimen after blasting using abrasive with baking and deuterium substitution. Silica B was used as abrasive. (Online version in color.)

Fig. 10.

SEM and EDX mapping images of specimens (a) before blasting, (b) after blasting with 1 s time per blasting, and (c) after blasting with 30 s time per blasting. Silica B was used as abrasive. (Online version in color.)

上記結果を踏まえ,ブラスト処理による鋼への水素侵入の機構の模式図をFig.11に示す。ブラスト処理によって露出した活性な鋼新生面によって,砥粒に含まれる水分が還元されて水素発生し,その一部が拡散性水素として鋼中に侵入する(Fig.11(b))。ブラスト処理後,鋼中には拡散性水素が存在し,鋼表面には水分を含む砥粒が残存する(Fig.11(c))。これに対し昇温脱離分析を行うと,鋼中の拡散性水素は100~200°C域の低温側にピークを持って放出される。さらに高い温度まで昇温を行うと,鋼表面の砥粒に含まれる水分と鋼とが反応し(Fe + H2O → Ferrioxide + H2),昇温脱離分析中に水素発生した結果,300°Cでも低下しきらない高温側の水素放出として検出されたと考えられる(Fig.11(d))。

Fig. 11.

Schematic illustration of hydrogen entry mechanism into steel by blasting. (Online version in color.)

4・2 ブラスト処理による鋼への水素侵入の抑制機構

ブラスト処理による鋼の水素量増加の抑制には,1回あたりのブラスト時間を短くすることと,付着水分量が少ない砥粒を使用することが有効であることをFig.7に示した。ここでは,その抑制機構について考察を行う。1回あたりのブラスト時間が短いほど水素侵入が抑制される機構は,ブラスト処理による発熱での鋼の温度上昇が抑えられることと,鋼表面に残存する砥粒が少なくなることが原因と考えられる。すなわち,一般的に鋼と水分との酸化還元反応(腐食反応)は温度が高いほど促進されるため,1回あたりのブラスト時間が長い場合は,温度上昇によって鋼と砥粒の付着水分との腐食反応および水素発生反応が活発になり,水素が侵入しやすくなる。一方,1回あたりのブラスト時間が短く,鋼の温度が低い場合には,腐食反応および水素発生・侵入反応が抑制されたと推察される。また,Fig.10に示したように1回あたりのブラスト時間が短いほど,鋼表面に残存する砥粒が少なる。これは1回あたりのブラスト時間が長いほどエアー圧力が安定し,砥粒が鋼に衝突する圧力が強くなったためだと推察される。水素放出プロファイルで300°Cでも放出しきらない高温側の水素放出は,砥粒に含まれる水分と鋼との反応で生じたと仮定すると,1回あたりのブラスト時間が短いほど,鋼表面に残存する砥粒が減少した結果,高温側の水素放出が低下したと考えられる。

砥粒の付着水分量が少ないほど水素量増加が抑制された機構は,水素放出プロファイルにおける低温側および高温側の水素放出の原因が砥粒に含まれる水分であるためと理解できる。すなわち,砥粒の付着水分量が少ないほど,鋼新生面との反応で発生して鋼中に侵入する水素が低減し,低温側の拡散性水素量が低下する。また,ブラスト処理後に鋼表面に残存した砥粒中の水分量が少なくなるため,昇温脱離分析中に鋼との反応で生じる高温側の水素放出も低減したと考えられる。

4・3 鋼中水素量を正しく評価するためのブラスト処理

ブラスト処理による水素量増加を抑制する方法を検討したが,ブラスト処理中の発熱等によって鋼中の水素が逃散してしまう可能性も考えられる。そこで,本ブラスト処理が鋼中水素量の逃散を促すことがないか調査を行った。具体的には,予め陰極チャージで水素添加を行った試験片に対しブラスト処理を行い,水素分析に供した。ブラスト処理が不適切な比較例として砥粒に水分量の多い珪砂Bを用い,1回あたりのブラスト時間を30 sとして試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15 sのブラスト処理を行った結果をFig.12(a)に示す。ブラスト処理を行わず陰極チャージを行った場合は,100~200°C域の低温側にピークを持つ拡散性水素(0.04 ppm)の放出が確認された。一方,陰極チャージ後に珪砂を用いてブラスト処理を行った場合は,100~200°C域の低温側の水素放出および300°Cまで放出しきらない高温側の水素放出が増加し,水素量は0.20 ppmに増加した。水素チャージを行わずブラスト処理のみを行った場合の水素放出プロファイルを同時に示すが,ブラスト処理によって0.14 ppmの水素量増加が確認される。陰極チャージで鋼中に侵入した水素にブラスト処理による水素侵入が重畳された結果,ブラスト処理前の0.04 ppmから0.20 ppmまで水素量が増加したと考えられる。また,珪砂を用いて1回あたりのブラスト時間を1 sとして試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15回の合計30 sのブラスト処理を行った結果をFig.12(b)に示す。1回あたりのブラスト時間を30 sから1 sに短時間化することにより,ブラスト処理による水素量増加が0.14 ppmから0.04 ppmに減少し,陰極チャージ後にブラスト処理した場合の水素量も0.20 ppmから0.10 ppmに低下する。しかしながら,珪砂のような付着水分量が高い砥粒を用いた場合は,1回あたりのブラスト時間を短時間化した場合でもブラスト処理での水素侵入によって,鋼中水素量を正しく測定できないことがわかる。それに対し,砥粒に付着水分量の少ないアルミナを用いて,1回あたりのブラスト時間を1 sとして試験片の表面と裏面に対してそれぞれ15回の合計30 sのブラスト処理を行った結果をFig.12(c)に示す。陰極チャージでの水素添加を行わず,ブラスト処理のみを行った試験片の水素量は0.01 ppmであり,ブラスト処理による水素増加はわずかであった。また,陰極チャージで水素添加した試験片の水素量および水素放出プロファイルはブラスト処理前後で大きな変化がないことが確認された。すなわち,本条件ではブラスト処理中の水素侵入および水素逃散のいずれも抑制できており,鋼中水素量の測定を阻害しないことがわかった。

Fig. 12.

Hydrogen contents and hydrogen desorption profiles of non-corroded specimens with blasting, without blasting after charging, and with blasting after charging. (a) Silica B was used as abrasive with 30 s time per blasting. (b) Silica B was used as abrasive with 1 s time per blasting. (c) Alumina was used as abrasive with 1 s time per blasting. (Online version in color.)

最後に,腐食した鋼(U曲げ試験片)の錆を異なるブラスト方法で除去した場合の水素量測定結果を比較する。大気暴露試験後のU曲げ試験片の頭頂部から2つの水素分析用試験片を切断して採取し,ブラスト方法を変化させて錆除去を行った。水素分析用の錆除去が不適切な比較例として,砥粒に珪砂Bを用いて1回あたりのブラスト時間を30 sとして脱錆した場合の水素分析結果をFig.13(a)に示す。適切な例として,アルミナを用いて1回あたりのブラスト時間を1 sとした場合の水素分析結果をFig.13(b)に示す。大気暴露後のU曲げ試験片と,U曲げ試験片から切り出してブラスト処理を行った水素分析用試験片の外観写真を併せて示すが,ブラスト処理後は錆の残存は確認されなかった。砥粒に珪砂を用いた場合の水素量は0.23 ppmであったが,これは併せて示す腐食していない試験片にブラスト処理を行った場合の水素量増加(0.18 ppm)が暴露試験で侵入した水素量に畳重された結果である。これに対し,砥粒にアルミナを用いた場合の水素量は0.05 ppmであり,繰り返しになるが本条件ではブラスト処理による水素量増加や水素逃散がほとんど起きないことが確認できているため,本値が腐食で侵入した本来の鋼中水素量であると考えられる。200°Cをピークとする水素放出は,曲げを行わなかった場合の100~200°C域の水素放出(Fig.12)と比較して,高温側にピークシフトしている。これはU曲げによって導入された転位,空孔などの格子欠陥によってより安定な高温側に水素トラップされたことと,水素の拡散速度が低下して昇温脱離試験中の水素放出が遅れたことが原因と考えられる。砥粒に珪砂とアルミナを用いた場合とでブラスト処理後の外観は同じような仕上がりであるが,水素量は大きく異なり,錆除去のためのブラスト方法がいかにその後の水素量測定結果に影響するかがわかる。このように,腐食した試験片の錆を除去する際にブラスト方法が不適切である場合は,ブラスト処理に伴う水素量増加によって,本来より過大に環境から入る水素量を評価してしまう。環境から入る水素量を過大に評価してしまうと,場合によっては使用環境を実態より過酷なものとして高強度鋼の適用可否を見誤ってしまう問題がある。本研究は,腐食した鋼の水素量を精緻に測定するための水素量測定方法を提供するものでり,今後さらなる発展が予想される高強度鋼の水素脆化研究に活用されることを期待している。

Fig. 13.

Hydrogen contents and hydrogen desorption profiles of the corroded U bend specimen after blasting and the non-corroded specimen after blasting. (a) Silica B and (b) alumina were used as abrasives. (Online version in color.)

5. 結言

本研究では,腐食環境で鋼に侵入した水素を正しく評価するための水素分析方法の確立を目的として,錆を除去するためのブラスト処理が水素量測定に及ぼす影響について調査した。その結果,以下の知見が得られた。

(1)ブラスト処理によって鋼に水素侵入することが確認された。その効果は比表面積が大きい試験片の場合に顕著であり,鋼中水素量の測定における阻害因子となることに注意が必要である。

(2)ブラスト処理による水素量増加の水素源は主に砥粒に含まれる水分である。

(3)ブラスト処理による鋼の水素量増加の機構は,ブラスト処理で露出した活性な鋼の新生面と砥粒に含まれる水分とが反応して水素発生・侵入したことと,鋼表面に残存した砥粒の水分と鋼とが昇温脱離分析中に反応し,水素放出されたことによると考えられる。

(4)ブラスト処理での水素侵入の抑制には,水分量の少ない砥粒を使用し,ブラスト処理による発熱を抑制するために1回あたりのブラスト時間を短く繰り返して錆除去することが有効である。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものです。ここに感謝申し上げます。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

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