Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Fundamentals of High Temperature Processes
Evaporation Behavior of Al and Sn from Ti-6242 Alloy Melt
Hideo Mizukami Tomoyuki KitauraYoshihisa Shirai
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 7 Pages 543-550

Details
Abstract

For multi-component titanium alloy ingots that contain evaporable solute elements, the evaporation behavior of these elements is very important for optimizing the casting conditions. This study examined the evaporation of Al and Sn from molten Ti-6242, an alloy used for aircraft engines, after partial melting in a small electron beam furnace. The amount of Al and Sn evaporation depended on the melting time, there equilibrium vapor pressure of the elements and activity in the molten alloy. The concentration of Al changed in proportion to that of Sn in the molten alloy during evaporation process and the amount of evaporation of Al was twice as Sn. The rate control step of evaporation of Al and Sn were limited by evaporation from the molten alloy surface to the vacuum phase. The liquidus temperature of the alloy melt also changed with the evaporation of Al and Sn. These findings will help predict the amount of solute evaporation from molten titanium alloys and maintain the surface and internal quality of the ingots.

1. 緒言

チタン合金は,比強度や耐食性に優れるため,航空機の機体やエンジン,化学プラントや熱交換器等に使われており,今後も需要の拡大が予想されている。これには素材となるチタン合金鋳塊の生産効率と品質の向上が重要であり,チタン合金鋳塊の鋳造条件の最適化が不可欠である。

ところで,チタン合金の鋳塊は,真空容器内で原料に電子ビームを照射して溶解し,鋳型に鋳造することで製造される場合がある。真空容器内でチタン合金を溶解すると,溶湯からの溶質元素の蒸発が加速されて,溶質元素の濃度が時間とともに減少する。特に,多元系チタン合金の場合には,蒸気圧の異なる溶質元素が含有されているため,溶質元素ごとの蒸発量を定量的に把握することが必要である。

汎用チタン合金であるTi-6Al-4Vにつては,溶湯中のAlの蒸発を対象にした研究110)が従来から数多くある。電子ビーム溶解時の溶湯からのAlの蒸発挙動に関して,Langmuir蒸発速度式を基に定量的な検討が行われている。これら結果から,溶解温度,溶解時間,溶解速度,電子ビームの出力や照射パターンとAlの蒸発量の関係が明らかになり,最適な溶解条件を決定することができるようになった。

しかしながら,蒸気圧の高い溶質元素を二種類以上含む多元系チタン合金の溶湯からの溶質元素の蒸発挙動について,溶質元素の相互作用の影響を考慮した研究は見当たらない。今後,需要が高まると思われる耐熱性に優れたチタン合金には複数の易蒸発元素が含有されているため,溶質元素の蒸発挙動を明らかにすることが重要である。

そこで,本研究では,小型溶解炉を使用し,多元系チタン合金であり耐熱性に優れた航空機用エンジンに用いられるTi-6242を対象として,溶質元素の蒸発挙動について検討を行った。さらに,溶湯中からのAlの蒸発に及ぼすSnの影響について,汎用の熱力学計算ソフトを用いて検討した。

2. 実験方法

Fig.1に実験方法の模式図を示す。真空容器内の水冷鋳型に多元系チタン合金Ti-6242の円柱形状の鋳塊(直径1.0×10-1 m,高さ5.0×10-2 m)を挿入した。この鋳塊の組成はTi-6.03 mass%Al-1.95 mass%Sn-4.08 mass%Zr-2.10 mass%Mo-0.09 mass%Siである。鋳塊の上部表面に最大出力15 kWの電子ビームを照射し,鋳塊の表層部を溶融させて,この中央領域の温度を2123±10 Kに保持した。溶融時間を120‐1800 sの範囲で変化させ,溶湯からの溶質元素の蒸発量を変えた。その後,電子ビームの照射を停止すると,表面における放射冷却と水冷鋳型による冷却で,鋳塊の表層部は凝固した。

Fig. 1.

Experimental apparatus for melting of the surface of Ti-6242 alloy ingot using electron beam. Ingot size: 1×10–1 m in diameter and 5×10–2 m in height.

実験終了後に,鋳塊の中央位置で切断し縦断面組織を顕出して鋳塊の溶融領域を特定した。チタン合金が凝固すると,凝固組織としてデンドライトが形成されることから11),溶融領域はデンドライト組織が観察される領域と決めた。凝固組織の顕出には室温の5 vol%弗硝酸溶液を用いた。エッチング時間は60 sであった。Electron Probe Micro Analysis(EPMA)によるマッピング分析を行い,凝固組織の観察と溶融領域内における濃度変化を調べた。また,鋳塊の中央部表面から2.5×10-3-2.75×10-2 mの範囲で5.0×10-3 m間隔ごとに切粉を採取し,Inductivity Coupled Plasma(ICP)発光分光分析法により濃度を求めた。

3. 結果および考察

3・1 溶融領域の体積の評価

Fig.2(a)には,溶解時間が1200 sの場合で,鋳塊の中央縦断面におけるマクロ組織を示す。このマクロ組織には半円状の境界が2つ観察される。上部の半円状の境界の内側が溶融後に凝固した領域である。下部の半円の内側と上部の半円の外側の領域は熱影響部に相当する。

Fig. 2.

Solidification microstructures of ingot. (a) longitudinal cross section of ingot, (b) EPMA mapping of Mo. Longitudinal cross section of ingot of which surface region was melted for (c) 120 s, (d) 300 s and (e) 600 s, respectively.

弗硝酸溶液を用いたエッチングでは,デンドライト組織の顕出ができなかったため,EPMAを用いてマッピング分析を行った。

Fig.2(b)に,(a)の枠内をEPMAを用いてMoのマッピング分析を行った結果を示す。凝固組織はデンドライト状であり,溶融後に凝固したことが確認できた。デンドライトの成長方向は2つある。鋳塊の表層部が溶融してから電子ビームを停止すると,表面からの放射冷却により,表面から内部に向かって凝固が進行する。もう一つは,鋳塊の未溶融領域を通して水冷鋳型への熱伝達により冷却されるため,鋳塊の底部と側面から上部に向かって凝固が進行する。

Fig.2(c)‐(e)に,溶融時間が120,300,600 sである鋳塊の縦断面のマクロ組織をそれぞれ示す。

本研究では,鋳塊の表面に電子ビームを照射して,表面から内部に向かって溶融領域が形成されて行く。この溶融領域の体積は溶融時間とともに増大することになる。鋳塊の縦断面の組織観察から決めた溶融領域が軸対称であると仮定して,溶融領域の体積を見積もった。

Fig.3に溶融領域の体積と溶融時間の関係を示す。溶融領域の体積は溶融時間の増加につれて増大する。

Fig. 3.

Change of the volume of molten region in the ingot with melting time.

3・2 鋳塊の溶融領域の濃度変化

Fig.2(b)で鋳塊の溶融領域を特定することができた。溶湯からの溶質元素の蒸発挙動を検討するには,溶融領域における濃度変化を把握する必要がある。

分析用の切粉を鋳塊の表面から位置を変えて採取し,鋳塊の深さ方向の濃度変化を調査した。

Fig.4(a)に,溶融時間が1200 sである場合における,鋳塊の表面からの距離とAlとSnの濃度の関係を示す。鋳塊表面からの距離が1.9-2.75×10-2 mの領域は溶融しておらず,この領域の濃度が鋳塊の初期の濃度に相当する。溶融領域(表面から1.25×10-2 mまでの範囲)においては,Alの濃度はほぼ一定であるが初期濃度よりも低くなっている。溶融領域内における濃度の差は小さく,溶融領域内では濃度が均一であることが明らかになった。Snの場合も同様に,溶融領域の濃度は初期濃度よりも低く均一であることが明らかになった。

Fig. 4.

Relationship between distance from surface of ingot and concentration analyzed by ICP, intensity of EPMA, rate of decrease when melting time was 1200 s.

(a) concentration and intensity and (b) rate of decrease.

C.R.: completely remelted region, P.R.: partially remelted region, N.R.: non remelted region.

Fig.4(a)に溶融時間が1200 sの場合のEPMAによるAlとSnのライン分析結果を示す。Fig.2(b)において矢印で示した幅5.0×10-3 mの範囲でライン分析を行った。なお,鋳塊の表面に電子ビームを照射することで表面から内部に向かって再溶融領域が広がって行くため,溶融領域と未溶融領域の境界に半溶融領域が形成される。この半溶融領域は固液共存温度範囲に相当し,この領域内の溶質元素の濃度変化は,平衡状態図に基づく温度と濃度の関係で決まる。

なお,EPMAによる分析結果から,完全に溶融した領域では,AlとSnの濃度は均一であることが確認できた。

Fig.4(b)に溶融時間が1200 sの場合である鋳塊の表面からの距離と濃度の減少率の関係を示す。減少率は測定した濃度と初期濃度の差を初期濃度で割った値である。溶融領域におけるAlの減少率は約80%と高い。Snの減少率は約40%であり,Alの場合の半分である。この結果から,多元系合金の溶湯から蒸発する溶質元素の蒸発率は,溶質元素の種類により異なることが明らかになった。

溶融時間の増加につれてチタンと比較して溶質の蒸発率が高いためと考えられる。そこで,鋳塊表面からの距離が2.5×10-3 mの場合におけるAlとSnの濃度と溶融時間の関係をFig.5(a)に示す。溶融領域における溶質元素の濃度は均一であるため,この位置の濃度を代表値とした。AlとSnの濃度は溶融時間が長くなると低下することが明らかになった。溶融時間が増すにつれて,AlとSnの蒸発量が増えるためである。

Fig. 5.

Relationship between concentration, rate of decrease and time. (a) concentration and (b) rate of decrease.

Fig.5(b)に,鋳塊表面からの距離が2.5×10-3 mの場合におけるAlとSnの濃度の減少率と溶融時間の関係を示す。Alの濃度の減少率は溶融時間の増加につれて増える。Snの場合も同様な挙動を示す。Snの減少率はAlのそれの約50%であり,減少率が小さいことが分かる。多元系合金溶湯から蒸発する溶質元素の減少率は溶融時間と溶質元素の種類に依存することが明らかになった。

Fig.6に,Alの濃度とSnの濃度の関係を示す。AlとSnの濃度は,鋳塊表面からの距離が2.5×10-3 m位置における分析値である。AlとSnの濃度は比例関係にあり同時に変化するが,これはAlとSn蒸発が同時に生じるためである。

Fig. 6.

Relationship between concentration of Al and concentration of Sn under experimental condition in this study.

4. 多元系合金溶湯からの蒸発挙動

真空雰囲気におけるチタン合金溶湯からの溶質元素の蒸発挙動については従来から解析が行われている26,810,12)。これらの解析方法はいずれも同様である。しかしながら,2種類の易蒸発元素を含有する多元系のチタン合金溶湯において,溶質元素の相互作用を考慮した研究は見当たらない。そこで本研究では,汎用の熱力学計算ソフト13)を援用しAlとSnの相互作用の影響を考慮して,蒸発挙動に関する検討を行った。

溶湯中からの蒸発の素過程は以下の3段階に分けて考えることができる。(1)溶湯中における溶質元素の移動(2)溶湯の湯面直下の境界層内における溶質元素の移動(3)溶湯表面から真空中への溶質元素の移動

4・1 溶湯中における溶質元素の移動

溶融領域における溶質分布を評価するため,実験後の鋳塊から試料を採取し,EPMAを用いてライン分析を行った。Fig.4(a)に示すように,溶融領域におけるAlとSnの濃度は均一であることが分かった。これより溶湯中における溶質元素の移動は律速過程とならないことが明らかになった。

4・2 溶湯の湯面直下の境界層内における溶質元素の移動

溶湯の湯面直下で形成される境界層では,溶湯表面からの溶質元素の蒸発により,溶湯の表面濃度とバルク溶湯の濃度との間に差が生じる。この濃度差を駆動力として,溶質元素が境界層内を移動する。この移動方程式は次式で表すことができる。

  
J i = k d i f f , i S ( C 0 , i C S , i ) (1)

ただし,kdiff,i:溶質元素iの物質移動係数(mol・s-1),S:表面積(=7.85×10-3 m2),C0,i:濃度(mol・m-3),CS,i:表面濃度(mol・m-3)である。

ここで,kdiff,iは次式で表すことができる。

  
k d i f f , i = 2 D i π θ (2)

ただし,Di:溶質元素iの拡散係数(m2 s-1)であり,DAl=2.1×10-8(m2 s-1)8),DSn=9.2×10-9(m2 s-1)14)θ:時間(s)である。なお,この時間θは,本研究においては溶融時間に相当する。

4・3 溶湯表面から真空中への溶質元素の移動

溶質元素iの溶湯表面から真空中への蒸発速度は,Langmuir式で表すことができる。

  
J i = α i P 0 , i γ i X i 2 π R T M i (3)

ただし,αi:溶質元素iの凝縮係数(-),P0,i:純元素iの平衡蒸気圧(Pa),γi:溶質元素iの活量係数(-),Xi:溶質元素iのモル分率(-),Mi:溶質元素iの分子量(kg・mol-1),R:気体定数(=8.3145 JK-1mol-1),T:温度(K)である。なお,凝縮係数は従来の研究24,6,8,9,15)と同様にαi=1.0であると仮定した。

一方,溶湯と真空相の界面における蒸発速度は物質移動係数を用いると,次式で表すことができる。

  
J i = k v a p , i S C S , i (4)
  
k v a p , i = α i P 0 , i γ i ρ m 2 π R T M i (5)
  
ρ m = i ρ i M i × f i (6)

ただし,kvap,i:溶質元素iの物質移動係数(ms-1),ρi:溶質元素iの密度(mol・m-3),fi:溶質元素iのモル分率(-),ρm:Ti-6242合金溶湯のモル密度(=1.17×10-5,mol・m-3)である。

溶湯界面からの蒸発速度を求めるには,純元素iの平衡蒸気圧と活量を把握する必要がある。

純i元素の平衡蒸気圧は,従来の研究16)によれば次式で表すことができる。

  
log p 0 , i = a i T + b i + c i log T + d i T × 10 3 (7)

ただし,Pe,i:純元素iの平衡蒸気圧(mmHg),ai - diは定数であり,その値をTable 1に示した。

Table 1. Parameter for vapor pressure16).
element a b c d
Ti 23200 11.74 ‒0.66 0
Al 16450 12.36 ‒1.023 0
Sn 15500 8.23 0 0

Fig.7に式(7)を用いて算出した平衡蒸気圧と温度の関係を示す。いずれの元素の場合も,平衡蒸気圧は温度の増加につれて増大する。ただし,元素の種類により蒸気圧のオーダーが異なり,蒸発し易さが異なる。

Fig. 7.

Relationship between equilibrium vapor pressure of pure element and temperature.

合金溶湯中における活量を算出する方法はいくつかある。その中で,平衡状態図を基に活量を評価することができる。本研究では,Ti-6242合金溶湯中の活量を,汎用の熱力学計算ソフト13)を用いて平衡状態図を基に評価した。

準正則溶体モデル17)によれば,溶湯中のモルGibbs自由エネルギーは次式で表される。

  
G m = i x i G + i R T i x i ln ( x i ) + i j > i x i x j L i j (8)

ここで,相互作用パラメータは次式で表される。

  
L i j = k [ L k i j ( x i x j ) k ] (9)
  
L k i j = a k + b k T + c k T ln ( T ) (10)

化学ポテンシャルはGibbs自由エネルギーを用いると次式で表すことができる。

  
μ i = ( G N i ) (11)
  
G = G m i N i (12)

ところで,活量は次式で定義される。

  
μ i = G 0 i + R T In ( a i ) (13)

式(11)(13)より活量を求めることができる。

ここで,G:Gibbs自由エネルギー,Gm:溶湯のモルGibbs自由エネルギー,Gi:溶質元素iのモルGibbs自由エネルギー,0Gi:純元素iの基準状態のモルGibbs自由エネルギー,xi:溶質元素iのモル分率, R:気体定数,T:温度,Lij:溶質元素iとjの相互作用パラメータ,kLij:パラメータ,ak - ck:定数,μi:溶質元素iの化学ポテンシャル,Ni:溶質元素iのモル数,ai:溶質元素iの活量である。

Fig.8に溶湯温度2123 KにおけるAl,Sn,Tiの活量とSnの濃度の関係を示す。溶質元素の濃度の分析結果を用いて,濃度ごとに上述の方法により活量を算出した。Al,Sn,Tiの活量は,Snの濃度に依存して変化する。Snの濃度が減少すると,AlとSnの活量は減少する。

Fig. 8.

Relationship between Activity of Al, Sn and Ti and concentration of Sn at 2123 K.

Fig.9に本実験条件下におけるAlとSnの活量の関係を示す。Alの活量は,Snの活量の減少とともに小さくなる。Alの活量が決まればSnの活量も決まる。逆にSnの活量が決まればAlの活量も決まる。

Fig. 9.

Relationship between activity of Al and Activity of Sn at 2123 K under experimental condition in this study.

4・4 総括的な蒸発速度

上記の4・1‐4・3で示した過程は逐次反応であり,総括的な蒸発速度を次式で表すことができる。

  
J i = k a l l , i S C 0 , i (14)
  
k a l l , i = ( 1 K d i f f . i + 1 K v a p , i ) 1 (15)

式(2)において時間0 sの値を計算できないため,0.1 sでAlとSnは初期濃度を満たすと仮定した。式(1)(15)を用いて0.1 s間隔で蒸発量を求めた。Fig.3で示した溶湯の体積変化を考慮することで,溶質元素の濃度を求めることができる。

溶質元素iの総括的な物質係数kall,iは,溶湯の湯面直下の境膜層内における物質移動係数kdiff,iか,あるいは溶湯表面における物質移動係数kvap.iのいずれかに律速される。

Fig.10(a)にAlの物質係数と溶融時間の関係を示す。kall,Alはkvap,Al,kdiff,Alの混合律速と考えられる。ただし,kvap.Alはkdiff,Alより小さいことから,kall,Alはkvap.Alの影響が大きいと考えられる。なお,kdiff,Alおよびkvap.Alは溶融時間の増加とともに減少する。

Fig. 10.

Relationship between mass transfer coefficient and melting time of (a) Al and (b) Sn at 2123 K.

Fig.10(b)にSnの物質係数と溶融時間の関係を示す。kvap,Snはkdiff.Snより小さいことから,kall,Snはkvap,Snに律速されている。なお,kdiff,Snおよびkvap.Snは溶融時間の増加とともに減少する。

以上の結果から,AlおよびSnの物質移動は溶湯表面における蒸発が律速している。

Fig.5(a)にAlとSnの濃度の予測結果を示す。予測結果は実験結果とほぼ一致しており,本蒸発予測モデルを用いて易蒸発元素を含有するチタン合金溶湯からの溶質元素の蒸発量の予測が可能であることが明らかになった。

4・5 Alの蒸発に及ぼすSnの影響

易蒸発元素であるAlとSnを含有する多元系チタン合金の溶湯中からの蒸発挙動について前項において検討した。

次に,易蒸発元素であるAlを含有する多元系チタン合金であるTi-64合金11)からのAlの蒸発挙動について検討した。

Fig.11にAlの濃度と溶融時間の関係を示す。ただし,Ti-64合金の溶湯の温度は2273 Kであり,本研究における実験温度2123 Kよりも高い。Ti-64合金の溶湯中においてもAlの濃度は溶融時間の増加につれて減少する。Ti-64合金の溶湯温度がTi-6242合金の場合よりも高いにもかかわらず,Ti-64合金からのAlの蒸発量はTi-6242合金からのAlの蒸発量よりも少ない。合金溶湯中からのAlの蒸発量は温度の上昇につれて増大するため,温度が高いほどAlの濃度は低くなると考えられる。それにも係わらずTi-6242合金溶湯中のAlの濃度の方が,Ti-64合金溶湯中のAlの濃度よりも低くなっている。これは,Ti-64合金溶湯からのTiの蒸発量も増えることで,見掛け上,Alの濃度が高くなった可能性もある。ただ,Fig.8に示したように,溶湯中にSnが含有されるとAlの活量が増大するため,Ti-6242合金溶湯からのAlの蒸発が,Snの影響で促進されたことも一因として考えられる。

Fig. 11.

Relationship between concentration of Al of Ti-6242 alloy at 2123 K and Ti-64 alloy at 2273 K and melting time.

4・6 蒸発による液相線温度の変化

ところで,溶湯中から溶質元素が蒸発すると,溶湯の液相線温度が変わることになる。

Fig.12に合金溶湯の液相線温度と溶融時間の関係を示す。液相線温度は汎用の熱力学平衡計算ソフト13)を用いて,Fig.5(a)に示した組成の分析結果を基に算出した。溶融時間が長くなると,溶湯中のAlとSnの濃度が減少するため,液相線温度が低下する。Ti-6242合金の液相線温度を計算すると,Alの濃度が0~10 mass%の範囲でAlの濃度が低いほど液相線温度は低い。

Fig. 12.

Change of liquidus temperature of alloy melt with melting time.

液相線温度が変わると,鋳塊を連続鋳造する際の溶湯の過熱度が変わることになる。過熱度は鋳型内における初期凝固シェルの成長挙動だけでなく,クレーターエンド長さを変えることになり,鋳塊の表面品質や内部品質に影響を及ぼすことになる。

溶湯からの溶質元素の蒸発挙動を把握することは,溶湯中の濃度の制御だけでなく,鋳塊の凝固挙動を変えることから重要である。

4・7 溶解ハースや鋳型内における蒸発挙動

本研究では,水冷銅鋳型内に配置した鋳塊の表面に,電子ビームを照射して鋳塊の表層部を溶融させた。このため溶湯内の流れは自然対流であり,流速は小さいことが予想される。溶湯内の濃度分布をEPMAで分析した結果,溶湯内の溶質元素の濃度は均一であることが確認できた。この結果から,溶湯内における溶質元素の移動は律速過程にならないことが分かった。

実際の操業では,ハース内の溶湯は鋳型に向かって流れており強制対流と見なすことができる。また,鋳型内の溶湯もハースからの注入流によって強制対流が生じている。このためハースおよび鋳型内の溶湯には自然対流よりも速い流れが形成されると考えられ,溶湯内の溶質元素の移動は律速過程にならない。ハースおよび鋳型内の溶湯からの蒸発は,本研究で示したように,式(14)(15)で予測できる。ただし,ハースおよび鋳型内の溶湯からのAl,Snの蒸発量を予測するには,溶湯深さやその形状を把握することが必要である。

5. 結言

チタン合金鋳塊の鋳造条件の最適化には,チタン合金溶湯からの溶質元素の蒸発挙動を把握する重要である。特に,多元系のチタン合金溶湯の場合には,蒸気圧の異なる溶質元素が含有されているため,溶質元素ごとに定量的な蒸発量の把握が重要である。そこで,本研究では,小型溶解炉を使用し,易蒸発元素であるAlとSnを含有する航空機用のエンジンに用いられるチタン合金Ti-6242を対象として,溶質元素の蒸発挙動について検討を行った。その結果,以下の結論を得た。(1) Ti-6242合金溶湯からのAlとSnの蒸発量は,本実験条件下において独立に変化しない。Snの蒸発量はAlの約1/2である。(2) Ti-6242合金溶湯から蒸発するAlの量は,Ti-64合金溶湯の場合に比べて多い。(3) Ti-6242合金溶湯からのAlとSnの蒸発は,溶湯表面から真空中への移動の影響が大きい。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top