鉄と鋼
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力学特性
極低炭素フェライト系ステンレス鋼におけるSn,Pの粒界偏析が靭性に及ぼす影響
寺岡 慎一 関 彰
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2021 年 107 巻 8 号 p. 661-671

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Abstract

Grain boundary segregation of Sn in 16.5 mass%Cr-0.15 mass%Ti steel and 16.5 mass%Cr-0.40 mass%Nb steel was investigated along with its toughness effects. Comparing ductile-brittle transition temperature (DBTT) after aging at 973 K for 3.6 ks, the increase in DBTT per 0.1 mass% Sn addition was twice as large for 0.15 mass%Ti steel as for 0.4 mass%Nb steel, and their brittle fracture surfaces were mainly intergranular in 0.15 mass%Ti steel and intragranular in 0.4 mass%Nb steel, respectively. The grain boundary segregation of Sn was also recognized in the 0.4 mass%Nb steel, suggesting that the intergranular embrittlement was suppressed by the intergranular reinforcement of Nb. In 16.5 mass%Cr-0.15 mass%Ti-0.3 mass%Sn-P steels after various aging time and temperature, it was found that the amount of the grain boundary segregation of Sn changed by the precipitation amount of the phosphorous compound and P content, indicating that there is a site competition effect (SC effect) in the grain boundary segregation of Sn and P. The grain boundary segregation energy of Sn estimated from this study was ‐46 kJ/mol, which was similar to the reported value of the carbon steel. As P content increased from 0 to 0.03 mass%, the grain boundary segregation amount of Sn after aging at 773 K for 604.8 ks was decreased from 4.3 at% to the bulk concentration, which is lower than the segregation amount of Sn estimated from the grain boundary segregation energy of P in the carbon steel, suggesting that due to the effect of the Cr content, the grain boundary segregation energy of P decreased by about 1.4-fold compared to the carbon steel.

1. 緒言

鉄鋼材料における溶質原子の粒界偏析挙動は,焼き戻し脆化との関連性から多くの研究が行われてきた。特に低合金鋼に不純物として含まれるP, Sn, As, Sbは焼き戻し脆化影響が大きいこと知られており,オージェ電子分光法(AES)を用いた研究が1970~1990年代に盛んに行われている。代表的な報告例としてHondros and Seah13)やGrabke46)の論文,レビューがある。これらの元素が粒界偏析すると粒界エネルギーが低下し,偏析量に線形関係でDBTTが上がる事,その影響はPに較べてSn, Sbの方が大きいことが報告されている7)。但し,これら元素が共存する場合の研究は少なく,今日でも鋼材の焼き戻し脆化に起因する設備寿命の予測に際しては,これら偏析元素の総和が簡易的な指標として用いられている8,9)

一般に,粒界偏析に関する研究は,粒界偏析元素と他の合金元素との関連から調べられる場合が多く,C, Cr, Mo, Ni, Nb, Ti, LaがP, Sn等の粒界偏析と焼き戻し脆化に及ぼす影響が報告されている。

もっとも多い研究がCの影響であり,CはP, Snの粒界偏析を抑制する事が確認されている4,10)。この現象はSite Competition(SC)と呼ばれており,粒界の偏析場所をP-C,Sn-Cが奪いあう現象である。Cの粒界偏析量が増すにつれ,PやSnの偏析量は低下する傾向にある11,12)。一方で,Cr, Nb, Ti等は炭化物を形成することで固溶Cを減らすため,P, Snの粒界偏析を助長すると考えられている1315)。但し,C量によっては,Nb, Tiがりん化物を形成し,固溶Pを減らすことでP偏析を軽減する場合もある16)

MoもCと同様に焼き戻し脆化を抑制することが知られているが,その機構は異なりりん化物の形成でPの粒界偏析を低減する17),粒界偏析には影響しないが粒界強度を上げること15)などが報告されている。

NiはSite Competitionとは逆に,SnやSbと共偏析するため,粒界における存在場所が異なると考えられている7,18)。Pの偏析に対しては影響しないが固溶軟化によりDBTTを下げる効果がある事が知られている15)

Laは粒界偏析元素と化合物を形成するため焼き戻し脆化の改善に有効であり,Cr-Mo鋼,Ni-Cr-Mo-V鋼において,La=8.7S+2.3Sn+4.5P(mass%)が最適な添加量であるとされている19)

このように鉄鋼材料において,Snは焼き戻し脆化の原因となる不純物元素として取り扱われる場合が多いが,一方でSnを積極的に添加して一方向性電磁鋼板の二次再結晶を促進させる研究もあり,SuzukiらはFe-3 mass%Si鋼を用いた研究で,粒界および析出物界面にSnが偏析し,析出物(MnS)の形態やサイズに影響することで,再結晶に影響するためとしている20)。更に,昨今では耐食性を向上させるために,Snを積極的に添加した極低炭素フェライト系ステンレス鋼が開発されており,Matsuyama,HatanoらはSnが素地の溶解を抑制し不働態化を促進すると推察している21,22)。0.05~0.1 mass%の添加でも耐食性が向上するため,CrやMo等のレアメタル削減が可能であり,今後もSnの添加鋼が開発されると思われる。そこで,これまでに低合金鋼や低炭素鋼,珪素鋼で研究されてきたように極低炭素フェライト系ステンレス鋼においても,Snの粒界偏析挙動を把握することが必要と考えられる。

極低炭素フェライト系ステンレス鋼の代表鋼種であるSUS430LXはFe-16.5 mass%CrでC,Nを低減し,TiやNbを添加することで,製造工程や溶接などの熱履歴におけるCr欠乏層の形成を抑制した鋼である。Cr欠乏層が形成し難いため耐食性はSUS430に較べ良好であり,多くの用途に用いられている。そこで本研究ではSUS430LX鋼を基本組成とし,Sn添加による粒界偏析挙動を調べることにした。SUS430LX鋼は,凝固から室温までフェライト単相であり,Suzukiらが研究したFe-3 mass%Si鋼に似ているが,炭素鋼や珪素鋼に較べて不純物としてPを多く含み,固溶Cが極めて低い特徴を有することから,PとSnの粒界偏析挙動と靭性への影響に注目して調査した。また靭性に及ぼす安定化元素(Ti,Nb)や析出物の影響についても共に調査することにした。

2. 実験方法

SUS430LX鋼のモデル組成において平衡状態図を計算しFig.1(a),(b)に示した。汎用のデータベースには,Snを考慮しかつりん化物を含むものが無かったため,Snを考慮したSSOL523)データベースでSnを含む析出物が存在しないことを確認したうえで,Snは含まないが一部のりん化物を含むFE623)データベースを用いて計算した。FE6にFeTiP, (FeCr)3Pのデータは含まれるがFeNbP24,25)は含まれていない。FeNbPについてはTokunagaらのデータ24)をFE6データベースに組み合わせて状態図の計算を試みたが,FeNbPの析出は計算上認められなかった。また,Nb添加フェライト系ステンレス鋼においてFe2Nbと競合析出することが報告されているFe3Nb3C26)のデータはFE6に含まれているが,これも析出しない計算結果となった。これらの計算状態図,析出物に関連する文献27)とSnの粒界偏析に関する文献20)を参考に,供試鋼の組成と加工熱処理条件を決めた。

Fig. 1.

Calculated phase diagram of 16.5 mass% Cr-Ti・Nb model steels.

(a) 0.0041 mass%C-0.1 mass%Si-0.1 mass%Mn-0.027 mass%P-0.001 mass%S-16.5 mass%Cr-0.3 mass%Sn-0.16 mass%Ti-0.007 mass%N

(b) 0.0042 mass%C-0.1 mass%Si-0.1 mass%Mn-0.026 mass%P-0.001 mass%S-16.5 mass%Cr-0.3 mass%Sn-0.40 mass%Nb-0.009 mass%N

供試鋼の化学組成をTable 1に示す。これらは実験室の高周波真空溶解炉を用いて溶製したTi添加とNb添加の極低炭素16.5 mass%Crステンレス鋼であり,100~130 mm厚,300 mm長さのインゴットに鋳造した。鋼種T0S~T6Sは0.15 mass%Ti-0.03 mass%P鋼において,Snの添加量を0~0.6 mass%に6水準変えて鋳造した。鋼種T3S-LPは比較鋼としてP無添加とし,T0S-LN,T3S-LNは0.0007 mass%Nとした。鋼種N0S~N3Sは0.40 mass%Nb-0.03 mass%P鋼において,Snの添加量を0~0.3 mass%に4水準変えた。これらのインゴットを1433 Kに3.6 ks加熱し,4.1 mmまで熱間圧延した。熱延板を再結晶させ粒成長で結晶粒径を揃え,一部の析出物を溶体化するための熱処理を,0.15 mass%Ti鋼は1298 Kで120 s,0.40 mass%Nb鋼は1348 Kで120 s行い水冷した。引き続き,673から1173 Kで0.6-604.8 ksの熱処理を行った。各試料から板厚4.0 mmのVノッチシャルピー衝撃試験片を作成し,延性-脆性遷移温度(DBTT),あるいは373 Kの衝撃値を測定した。DBTTはエネルギー遷移温度(TrE)で評価した。一部の試料については,オージェ電子分光分析(AES),SPEED法28)を用いた析出物の電解抽出分析を行った。AES装置はPHI社製のSAM-670を用い,装置内の超高真空下で試料を液体窒素冷却後に衝撃破断し,破面観察,ビーム径0.05 μmによる元素分析を行った。粒界破壊を主とする破面については,任意に10個の粒界を選んで分析し平均値を求めた。粒内破壊を主に呈した場合も,粒界を探して分析したが,2 mm角の測定領域において10個の粒界面が認められない場合は,観察された全粒界面の測定値の平均とした。

Table 1. Chemical composition of steels used /mass%.
SteelCSiMnPSCrNiCuMoSnTiNbVAlN
T0S0.00390.110.090.0280.00116.480.070.020.020.000.150.000.0410.0500.0070
T1S0.00420.100.100.0260.00116.440.070.020.000.100.160.000.0410.0510.0067
T2S0.00400.110.090.0280.00116.480.070.020.020.210.150.000.0420.0510.0070
T3S0.00410.100.100.0270.00116.440.070.020.020.320.160.000.0410.0500.0069
T4S0.00430.110.090.0280.00116.410.070.020.020.410.150.000.0420.0500.0070
T6S0.00440.110.090.0280.00116.400.070.020.020.610.150.000.0420.0490.0068
T3S-LP0.00460.100.100.0010.00116.500.070.020.020.320.160.000.0420.0480.0067
T0S-LN0.00390.100.100.0260.00116.510.070.020.000.000.160.000.0400.0450.0007
T3S-LN0.00430.100.100.0260.00116.520.070.020.000.300.160.000.0400.0450.0007
N0S0.00430.100.100.0260.00116.470.070.020.020.000.020.400.0380.0420.0079
N1S0.00430.100.100.0260.00116.500.070.020.020.100.020.400.0380.0430.0078
N2S0.00430.100.100.0260.00116.470.070.020.020.200.020.400.0380.0420.0082
N3S0.00420.100.100.0260.00116.480.070.020.020.300.020.400.0380.0420.0088

3. 結果

供試鋼の溶体化処理後の代表的な組織写真をFig.2に示す。0.15 mass%Ti鋼と0.40 mass%Nb鋼は溶体化処理温度を変えることで,結晶粒径を57~67 μmの間に揃えた。両鋼ともSn含有量による結晶粒径への影響は認められなかった。

Fig. 2.

Microstructures of 16.5 mass% Cr-Ti·Nb-Sn steels after solution treatment.

0.15 mass%Ti-0.03 mass%P鋼のDBTTに及ぼすSn,N量と973 Kで3.6 ks時効の影響をFig.3に示す。溶体化処理後のDBTTは0 mass%Snで301 Kであり,0.1 mass%Sn増加と共に約10 K高くなった。一方,973 K時効材のDBTTは0 mass%Snで288 Kであり,0.1 mass%Sn増加で約60 K高くなった。Sn無添加では溶体化処理材と973 K時効材のDBTTがほぼ同一のため,973 K時効による脆化はSnの影響であることが分かる。一方で,0.0070 mass%N鋼と0.0007 mass%N鋼においてDBTTの差は認められなかった。

Fig. 3.

Relationship between transition temperature of 16.5 mass% Cr-0.15 mass% Ti steels and the content of both Sn and N.

次に0.40 mass%Nb-0.03 mass%P鋼のDBTTに及ぼすSn含有量と973 Kで3.6 ks時効の影響をFig.4に示す。溶体化処理後のDBTTは0 mass%Snで243 Kで0.1 mass%Sn増加と共に約7 K上昇した。973 K時効後のDBTTは0 mass%Snでも293 Kまで上昇し,0.1 mass%Sn増加で28 K上昇した。

Fig. 4.

Relationship between transition temperature of 16.5 mass% Cr-0.40 mass% Nb steels and Sn content.

これらシャルピー衝撃試験における脆性破面について,SEMによる観察を行いFig.5に示した。0.15 mass%Ti鋼はSn含有量によらず,溶体化処理後は粒内破壊で劈開破面を示した。973 Kで時効後,Sn無添加鋼の破面形態は変わらなかったが,0.3 mass%Sn鋼は粒界破面を示した。一方0.4 mass%Nb鋼では,Sn含有量や時効の有無にかかわらず粒内破壊が主であり,粒界面は稀にしか認められなかった。0.15 mass%Ti鋼の粒界破面比率に及ぼすSn含有量の影響をFig.6に示すが,Sn含有量の増加と共に粒界破面比率が増え,0.1 mass%Snで約50%,0.4 mass%Snでほぼ100%が粒界破面を示した。

Fig. 5.

Brittle fractured surface morphology of Charpy impact test specimens for 0.15 mass% Ti steels and 0.40 mass% Nb steels.

Fig. 6.

Effect of Sn content on the brittle fractured surface morphology of 16.5 mass% Cr-0.15 mass% Ti-0.03 mass% P-Sn steels after aging at 973 K for 3.6 ks.

T3S鋼とN3S鋼を溶体化処理し773~1173 Kで3.6 ks時効した試料でP, Ti, Nbの析出量を分析した結果をFig.7に示す。T3S鋼は973~1073 Kで,N3S鋼は973~1173 KでPの析出が認められた。析出量は973°Cで最大となり,T3S鋼では0.012 mass%P, N3S鋼では0.009 mass%Pの析出が認められた。ここでTi, Nbの析出量には,りん化物と共に炭窒化物,Fe2Nb等が含まれる。

Fig. 7.

Effect of aging temperature on the amount of Ti, Nb and P precipitation after 3.6 ks aging in T3S steel and N3S steel.

0.15 mass%Ti鋼と0.40 mass%Nb鋼の代表的なAES分析例としてT3S,N3S鋼の分析結果の一つをFig.8, 9に示した。AES測定プロファイルと共に併記した表は,10個の結晶粒界を分析した平均値である。過去の大多数の文献では,AES分析値を単原子層濃度(被覆率)に換算して報告されているが,本論文中は,換算せずに数nm深さの情報を包括した濃度で整理し,換算した濃度は粒界被覆率と表記する。図中のSEM写真は分析した代表的な粒界をAES点分析箇所と共に示している。T3S,N3S鋼共に973 Kで3.6 ks時効後の粒界破面には微細な析出物と思われる凹凸が観察された。T3S鋼ではTi(C,N), Ti4C2S2, FeTiP,N3S鋼ではNb(C,N), MnS, Fe2Nb, Fe3Nb3C等の析出物と推測された。AES分析では析出物を避ける目的で,比較的平滑な部位を選んで点分析を行った。両分析点において,両鋼の組成よりも高いSnやPの分析値が得られており粒界偏析と考えられた。しかし,Ti, Nbも同様に濃化していることから,分析値には析出物が影響していると考えられた。ここではT3S鋼とN3S鋼のAES分析例を比較したが,0.40 mass%Nb鋼における粒界破面の現出頻度は極めて少ないため,粒界偏析挙動の詳細な調査は主に0.15 mass%Ti鋼で行った。

Fig. 8.

Example of the AES analysis of T3S steel after aging at 973 K for 3.6 ks.

Fig. 9.

Example of the AES analysis of N3S steel after aging at 973 K for 3.6 ks.

16.5 mass%Cr-0.15 mass%Ti-0.03 mass%P鋼におけるSn含有量が973 Kで3.6 ks時効後の粒界偏析に及ぼす影響をFig.10に示す。Sn含有量の増加と共に,粒界におけるSn量は増加し,P量は一定であった。そこで,粒界のSn偏析量とDBTTの関係をFig.11に示したが,Snの粒界偏析量とDBTTは本試験範囲で線形関係を示した。

Fig. 10.

Effect of Sn content on Sn and P grain boundary segregation in 16.5 mass% Cr-0.15 mass% Ti-0.03 mass% P-Sn steels after aging at 973 K for 3.6 ks.

Fig. 11.

Effect of Sn segregation on DBTT of 16.5 mass% Cr-0.15 mass%Ti-0.03 mass% P-Sn steels after aging at 973 K for 3.6 ks.

これらの試験は,時効温度を973 Kとしたが,十分な拡散が起こる温度範囲において,粒界偏析は低温ほど増加するため,T3S鋼に673から973 Kで604.8 ksの時効処理を行い,粒界偏析を調べた結果をFig.12,373 Kにおけるシャルピー衝撃試験の衝撃値をFig.13に示す。時効前の溶体化処理材には数個の粒界面しか認められず,粒界面,粒内破壊面ともに,明瞭なP,Snのピークは観察されていない。ノイズレベルの強度を定量化した値は両元素とも約0.5 at%であったが,この数値にあまり意味は無く,ほぼバルク濃度と考えられる。溶体化処理後に673 Kで時効した試験片の破面にも,PやSnの偏析は認められなかったが,773 K時効後は粒界にPの偏析が認められた。Pの偏析量は更に時効温度が高くなると低下した。一方で,Snの偏析は773 K以下で認められないが,873 K以上でPの偏析量より高くなった。

Fig. 12.

Dependence of aging temperature on grain boundary segregation in T3S steel aged for 604.8 ks.

Fig. 13.

Charpy impact value of T3S steel aged for 604.8 ks dependence of aging temperature.

これら604.8 ks時効材の373 Kにおけるシャルピー衝撃値は,時効温度が873 K以上で低下し脆性破壊を示した。粒界のSn偏析量と373 Kにおけるシャルピー衝撃値の関係をFig.14に示したが,粒界におけるSn偏析量の増加によって,衝撃値が低下したと考えられた。

Fig. 14.

Charpy impact value of T3S steel aged for 604.8 ks dependence of the amount of Sn grain boundary segregation.

粒界における主偏析元素が時効温度によってPからSnに変化した原因を明らかにするため,P無添加のT3S-LP鋼とT3S鋼におけるSnの粒界偏析量を比較しFig.15に示した。その結果,T3S-LP鋼では773 Kでも顕著なSnの粒界偏析が認められ,873 K以上ではT3S鋼と同じSnの粒界偏析量を示した。T3S-LP鋼の時効後の373 Kにおけるシャルピー衝撃値をT3S鋼と比較してFig.16に示すが,Snの粒界偏析が認められた773 K以上で靭性が低下していることが分かった。

Fig. 15.

Grain boundary segregation of Sn in T3S and T3S-LP steels aged for 604.8 ks dependence of P content.

Fig. 16.

Charpy impact value of T3S and T3S-LP steels dependence of P content and aging temperature.

更に,T3S鋼を973 Kで時効した時の粒界偏析の経時変化をFig.17,373 Kにおけるシャルピー衝撃値の変化をFig.18に示した。その結果,時効初期はPの粒界偏析が主であるが,時効時間が長くなるにつれ,Pの粒界偏析量が低下して,Snの粒界偏析量が主に変わった。シャルピー衝撃値も時効時間の増加と共に低下しており,Snの粒界偏析が進むことで,脆化したと考えられた。AES分析値は約10個の粒界を分析した平均値を示しているが,各測定における最後の測定箇所は深さ方向分析を行っている。そこで,600 s, 3.6 ks時効材における深さ方向分析結果をFig.19に示した。600 s時効材の破面におけるP, Sn濃化は表面に限定されるが,3.6 ks時効後のP濃化は4 nm以上の厚みを有しており,この測定箇所においてはFeTiP等の析出物が存在していると考えられた。全てのAES分析が析出物を含んで分析しているとは言えないが,一部に析出物を含む値があることが分かった。一方で,Sn濃化は表面に限定されており,粒界偏析を評価できていると考えられた。

Fig. 17.

Variation of the grain boundary segregation of Sn and P in T3S steel with aging time at 973 K.

Fig. 18.

Variation of Charpy impact value of T3S steel with aging time at 973 K.

Fig. 19.

Comparison of AES depth profile of T3S steel aged at 973 K for 600 s and 3.6 ks. (a) 600 s, (b) 3.6 ks

4. 考察

4・1 靭性に及ぼす安定化元素とSnの粒界偏析の影響

16.5 mass%Cr-0.15 mass%Ti鋼は溶体化処理後に,Sn無添加でも室温以上のDBTTを示したが,これは市販鋼に較べて比較的粗大な結晶粒のためと思われる。溶体化処理材においてSn含有量と共にDBTTが上昇したのは,Snによる固溶強化と共に変形機構が変化し変形双晶の発生頻度が変化したと考えられた。置換型固溶強化元素の固溶強化能については様々な報告があり,Feとの原子サイズの差が大きい元素ほど固溶強化能が大きいため,SnはSiの1.4倍と高い固溶強化能を有することが報告されているが2931),Cuのようにα鉄を固溶強化しても,変形双晶を抑制することでDBTTを下げる元素もあるため32),脆性破面近傍の詳細な組織解析が必要と思われた。

973 K時効材は,Snの含有量増加に伴うDBTTの上昇が顕著で,Snの含有量とDBTTは線形関係を示し,0.1massSnあたりDBTTが約60 K上昇した。Sn無添加では973 K時効前後のDBTT変化が見られないことや,Sn含有量の増加と共に973 K時効後の粒界におけるSn偏析量が増加したことから,Snの粒界偏析に起因する脆化と考えられる。Snの粒界偏析に起因する脆化を,Snの固溶強化に起因する脆化と比較すると,DBTTの変化代で約6倍である。

一方,16.5 mass%Cr-0.4 mass%Nb鋼はSn無添加でも973 K時効による脆化が認められたが,粒内破壊でありLaves相(Fe2Nb)やFe3Nb3Cの析出に起因する脆化と考えられた。Snの増加と共に溶体化処理後,時効後のDBTTが共に高くなり,時効前後のDBTT差は拡大したが,破面はいずれも粒内破壊であり,Snの粒界偏析に起因する脆化でなく,析出物による脆化がSn含有量の増加により助長したと考えられた。0.4 mass%Nb鋼でSnによる粒界脆化が生じなかった原因は明確でないが,0.15 mass%Ti鋼,0.40 mass%Nb鋼共に,高い耐食性を示すことが知られており,製造工程や,溶接の熱サイクルでは鋭敏化し難い材料であることから,固溶C量は同程度に低いと考えられる。一方で両鋼におけるFeTiPやFeNbP,(CrFe)3P等のりん化物形成能は異なり,973 K時効後の固溶P量の差がP, Snの粒界偏析量に影響していると考えられるが,N3S鋼の粒界には50%超の粒界破面比率を示したT2S鋼と同等のSnの偏析が認められていることから,0.40 mass%Nb鋼はSnの粒界偏析による粒界強度の低下を補うほどに,Nbの粒界偏析で粒界強度が上昇したと考えられた。

一方,Sn無添加の0.15 mass%Ti鋼と0.4 mass%Nb鋼を比較すると,0.15 mass%Ti鋼のDBTTが高い。溶鋼中に晶出する粗大介在物TiNの影響と考えられたため,今回の試験ではT0S鋼とT0S-LN鋼でNを0.0070 mass%,0.0007 mass%に変えて靭性を比較したが,DBTTへの影響は認められなかった。そこで,両鋼におけるTi炭窒化物の析出量と固相線温度をサーモカルク23)を用いて計算しFig.20に示した。平衡状態下であれば0.0007 mass%N鋼は固相線以上の温度でTiNが晶出しない結果となった。凝固偏析部に晶出した僅かなTiNでも靭性に影響したか,0.15 mass%Ti鋼と0.40 mass%Nb鋼で変形機構が異なったと考えられた。

Fig. 20.

Calculated phase diagram showing the amount of titanium carbonitride in T0S and T0S-LN steels. (online version in color.)

4・2 Ti安定化鋼におけるSnの粒界偏析

T3S鋼を673 Kから973 Kで604.8 ks時効すると,773 Kでは主にPが粒界偏析していたが,873 K以上ではSnの粒界偏析量がPよりも高くなった。Sn,P共に,拡散が十分に起きる温度域であれば,低温ほど粒界における平衡偏析量が増加するはずであり,この温度域で主となる粒界偏析元素が変化するとは考えにくいが,PとTiの析出量は973 Kで最大となっており,固溶P量の低下でSnの粒界偏析量が増加したと考えられた。FeTiPの析出挙動については11 mass%Cr-0.18 mass%Ti-0.027 mass%P-ULC鋼における筆者らの研究例27)があり,973~1023 K,1時間の熱処理で析出量が0.025 mass%と最大となり,973 K,600 sでも0.019 mass%のPが析出していたことから,Fig.17において時効初期はPの粒界偏析がSnよりも高く,時効時間と共にPの粒界偏析が低下してSnの粒界偏析が上昇した結果も,FeTiPの析出量増加により固溶P量が徐々に低下したことが影響したと考えられた。今回の研究における16.5 mass%Cr-0.15 mass%Ti鋼とは最大析出量が異なっているが,供試材が一方は熱延板で,本実験は溶体化処理材を用いていることやCr, Ti含有量の差が影響しているとも考えられた。

りん化物の析出が認められなかった773 KにおけるT3S鋼中のPの粒界偏析量は4.8 at%と高くSnの粒界偏析は認められなかった。P, Sn含有量を原子濃度で比較するとPはSnの約1/3であることから,T3S鋼においてPはSnよりもかなり粒界偏析し易いものと考えられた。これまでに報告されているα鉄中のP, Snの粒界偏析エネルギー∆GP0,∆G0Snは773 Kにおいて式(1),(2)4)から,それぞれ-51 kJ/mol,-43 kJ/molと推定され,その差は比較的小さい。またPとSnの拡散速度も式(3),(4)33)に示す様に差が小さく,拡散速度の差でSnの粒界偏析が遅れているとも考えにくい。P無添加のT3S-LP鋼で時効後の粒界Sn濃度が773 Kにおいて最大になっていることも,Snの拡散が773 Kで十分に生じていることを示している。

  
ΔGp0=3430021.5T(J/mol)(1)
  
ΔGSn0=(22500±2800)(26.1±0.9)T(J/mol)(2)
  
DP=1.65×104exp(221.5×103/kT)(m2/s)(3)
  
DSn=2.24×104exp(222.2×103/kT)(m2/s)(4)

T3S-LP鋼ではP無添加の組成で,Snの粒界偏析量を773-1298 Kの範囲で調べたことから,T3S-LP鋼におけるSnの粒界偏析エネルギーを概算することにした。ここまでに示した粒界偏析量はAESによる定量分析結果であり表層から数nm深さまでの平均組成を示すため,Hondros and Seah1),Suzukiら12)の手法を参考にして,過去の多くの報告と同様に粒界被覆率(一般にGrain boundary concentration, Grain boundary coverage,又はMonolayer coverageと表記)に換算し,式(2)とLangmuir-McLean式(5)4,34)で計算した結果と比較した。ここでθiは偏析元素iの粒界被覆率,xiはバルク中のモル分率を示す。

  
θi/(1θi)=xiexp(ΔGi0/RT)(5)

結果をFig.21に示す。計算値と本結果は873から973 Kでほぼ一致しており,粒界被覆率の換算は妥当と考えられた。一方で,粒界被覆率の温度依存性に計算と実験値の乖離が認められたため,実験値を基にSnの粒界偏析エネルギーを求めることにした。式(5)からFig.22に示す傾き,切片を求めることで,Snの偏析エネルギーは式(6)の様に表され,773 Kでは-46 kJ/molとなった。式(2)に示す過去の報告では773 Kで-43 kJ/molとなるため,本結果も妥当な値と考えられた。但し,粒界偏析エネルギーの温度依存性が逆であるなど疑問点も残るため,温度に依らず一定として取り扱う方が妥当かもしれない。

  
ΔGSn0=48200+2.7T(J/mol)(6)
Fig. 21.

Segregation of Sn at grain boundary in T3S-LP steel as function of aging temperature.

Fig. 22.

Plot of the data in Fig.21 on equilibrium segregation of Sn on Fe according to the Langmuir-McLean equation.

従来のほとんどの研究では鋼の相変態を考慮して,1173 K以下のフェライト単相温度域で粒界偏析挙動を調べられており,本研究のように相変態を伴わないフェライト単相の16.5 mass%Cr鋼で調べた例は認めらない。本研究で,溶体化処理を1298 Kで行った際に,粒界のSn偏析量はAES分析における検出限界まで低下したが,過去の報告例にみられる様な,Snの粒界偏析エネルギーの温度依存性を考慮すると,1298 Kでも粒界偏析が生じることになり,実験結果を説明することが出来ない。過去の報告例と,本研究の供試鋼組成が大きく異なっていることが原因とも考えられるし,相変態の影響も考えられる。今後は,特にCr含有量の影響などを考慮し,また,フェライト単相鋼であるFe-3 mass%Si鋼などと共に,比較調査することが必要である。

4・3 SnとPのサイトコンペティション効果とPの粒界偏析エネルギー

鉄におけるCとPのサイトコンペティションに関するGrabkeの研究4)において仮定された前提条件を参考に,SnとPの共存下における粒界被覆率を式(7),(8)として,P, Snそれぞれの粒界被覆率を773 Kにおいて計算しFig.23に示した。

  
θP /(1θPθSn)=xP exp(ΔGP 0/RT)(7)
  
θSn/(1θPθSn)=xSnexp(ΔGSn0/RT)(8)
Fig. 23.

Influence of P content on grain boundary coverage of Sn and P at 773K.

この解析ではT3S鋼において,773 KでSnの粒界偏析が顕著に抑制され,Pの粒界偏析が主になった実験結果を説明できない。りん化物の析出温度未満27)であり,りん化物の析出影響は無視できる。従って,これまで報告された式(1)に示すPの粒界偏析エネルギーに対して,今回の供試鋼におけるPの粒界偏析エネルギーは大きく変化していると考えられた。そこで773 KにおけるPの粒界偏析エネルギーがPとSnの粒界偏析量に及ぼす影響を計算しFig.24に示した。ここでSnの粒界偏析エネルギーは今回の試験結果から-46 kJ/molとした。Pの粒界偏析エネルギーがこれまでに報告されている式(1)から求めた-51 kJ/molの約1.4倍になれば773 KでPの粒界偏析量が増加しSnの粒界偏析量が,ほぼバルク濃度まで抑制されると考えられた。供試鋼における16.5 mass%Cr添加によって,Pの活量が増加したことが,Pの粒界偏析エネルギーに影響したと考えられるが,フェライト系ステンレス鋼のような高Cr含有量まで,Pの粒界偏析挙動を系統的に調べた例はこれまで認められず,今後の調査が必要と思われた。

Fig. 24.

Dependence of segregation energy of P on Sn and P grain boundary segregation at 773 K in Fe-0.3 mass% Sn-0.03 mass%P model alloy.

5. 結言

低合金鋼においてSnは焼き戻し脆化を引き起こすトランプエレメントとして知られるが,極低炭素フェライト系ステンレス鋼では耐食性を向上させる目的で,積極的な添加が行われている。しかし,これらステンレス鋼におけるSnの粒界偏析挙動や靭性への影響について調べた例が見られないため0.15 mass%Ti鋼と, 0.40 mass%Nb鋼について調査を行い,次の結論を得た。

(1)溶体化処理材におけるDBTTは0.15 mass%Ti鋼に比べ0.40 mass%Nb鋼が低く,Sn添加量の増加と共に両鋼ともほぼ同程度DBTTが上昇した。

(2)時効処理を973 Kで行うと0 mass%Sn-Ti鋼以外はDBTTが上昇し,0.3 mass%Sn添加のTi鋼における脆性破面はほぼ全て粒界破壊,Nb鋼では粒内破壊を示した。Ti鋼では粒界におけるSn偏析量増加と共にDBTTが上昇した。Nb鋼においてTi鋼と同程度のSnが粒界偏析しても粒界破壊が見られないのは,主にNbによる粒界強化の影響と考えられた。Sn添加鋼の973 K時効によるDBTT上昇はTi鋼がNb鋼の約2倍大きかった。

(3)0.15 mass%Ti-Sn鋼ではりん含有量や,時効後のりん化物析出量によって,Snの粒界偏析量が変化したため,PとSnはSC効果を示すと考えられた。Snの粒界偏析エネルギーは773 Kで-46 kJ/molであり炭素鋼における報告とほぼ一致したが,Pの粒界偏析エネルギーはCr量の影響で炭素鋼の約1.4倍に低下していると考えられた。

文献
 
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