鉄と鋼
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加工・加工熱処理
冷間圧延用オンライン先進率モデルの開発
藤井 康之 前田 恭志宇都宮 裕
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2021 年 107 巻 9 号 p. 732-740

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Abstract

Compared with the rolling conditions of mild steels, those of high tensile strength steels (HTSS) are very different, because of their high flow stress. Dimensional accuracy of the thickness at the top end of industrially rolled HTSS is lower, compared with mild steel. This is because predicted rolling force for HTSS is not accurate sufficiently. This problem is due to not only the used flow stress model, but also the rolling theory model. If the standard Hill’s rolling force equation and the standard Bland and Ford’s forward slip equation are used, a large discrepancy between the two estimated friction coefficients is observed in high slip region for HTSS. In this study, the authors propose new practical equations for the forward slip. The equation takes into account the effects of non-constant flow stress and of friction coefficient over the roll bite so that the equations are applicable to HTSS rolling conditions. The Bland and Ford’s equation has been modified to introduce 2 new parameters (C and B). Parameter C corresponds to the change of the friction coefficient in the roll bite, and parameter B corresponds to that of the flow stress. The new equations have been installed into an actual set-up model of steel works. Improvements in prediction accuracy of rolling force and forward slip are confirmed.

1. 緒言

冷間圧延工程における板製品の製造では,全長にわたる板厚精度の確保が重要な課題である。その板厚精度は,一般的には板先端部に対してはロールギャップとロール周速のセットアップにより,以降の定常部に対してはAGC(Automatic Gage Control)制御により担保される。このうちセットアップは,不適正であると板先端部の歩留まり低下や通板トラブルを招くため特に重要視される。特にタンデム圧延機のセットアップでは,ロールギャップに加えてロール周速を各スタンドについて同時に設定する必要があり,より高い精度が求められる。

ロールギャップとロール周速のセットアップは,圧延荷重と先進率の予測値に基づいてなされる。ここで圧延荷重,先進率は,予め設定された変形抵抗と摩擦係数を用いて圧延理論モデルにより予測される。圧延理論モデルに関しては従来より多くの研究が行われおり1),冷間圧延のセットアップのための圧延理論モデルとしては,Hillの圧延荷重式2)およびBland and Fordの先進率式3)が広く用いられてきた。Bland and Fordの先進率モデルは,Karmanの微分方程式を,ロールバイト内の板厚減少と変形抵抗の加工硬化が逆傾向にあることに着目して導出された近似解である。一方,Hillの圧延荷重式は,Bland and Fordの解法の圧下力関数の近似解である。両モデル式の予測精度は一般的には実用上十分であるとされているが実験値との間に乖離が見られる場合もある。例えば,実操業における高張力鋼板の圧延に対しては圧延荷重,先進率の予測精度が不十分であることが経験的に知られている。その予測精度不良の原因として,変形抵抗が従来の軟鋼板より高いことに加えて圧延条件(低圧下率,高張力)が異なることや酸洗条件の違いに起因して圧延入側の表面性状が異なることが考えられる。すなわちロールバイト内での加工硬化の挙動が軟鋼板とは異なること,および摩擦係数が一定でないことで,実現象が理論モデルの仮定から逸脱していると考えられる。

ところで,近年の冷間タンデム圧延機では,全スタンド間にドップラー板速計等が導入されるなど,高い精度の圧延操業情報が各コイルについて入手できるようになってきた。さらに,これらの実測された圧延荷重,先進率等の圧延操業ビッグデータを用いた逆解析により摩擦係数,変形抵抗の推定がなされている。これらの推定データに基づき,実操業でのロールギャップ,ロール周速のセットアップが行われる。このため,不適切な圧延理論モデルは,実操業データからの摩擦係数,変形抵抗の推定,推定データに基づく圧延荷重と先進率の予測を介してのセットアップの双方に悪影響を与える。本報では,冷間圧延におけるセットアップモデルの精度向上を目的に,Bland and Fordの先進率式の修正を検討した。具体的には,(株)神戸製鋼所加古川製鉄所冷間タンデム圧延機で採取された膨大な実績操業データを用いた解析から,高張力鋼板に対して従来圧延理論モデルに基づく予測精度の課題を抽出するとともに,Bland and Fordの先進率式をロールバイト内における摩擦係数,変形抵抗変化を考慮可能な形に修正した。そして,実機に適用した結果,セットアップの高精度化が確認されたので,その内容について報告する。

2. 従来のセットアップモデルと問題点

2・1 従来モデルにおける摩擦係数,平均変形抵抗の推定精度

緒言でも述べたように,セットアップ精度向上には変形抵抗と摩擦係数の高精度な推定が重要となる。そこでまず,現状の推定精度の把握を目的に,冷間圧延で一般的に使われている圧延理論モデル式を用いて平均変形抵抗と摩擦係数の推定を行った。データは(株)神戸製鋼所加古川製鉄所冷間圧延タンデムライン第2スタンドの実測データを採用した。従来より冷間圧延理論式を用いた摩擦係数の逆算方法が報告されているが1,410),本法ではHillの圧延荷重式,Bland and Fordの先進率式,Hitchcockのロール偏平変形式11)を用い,圧延荷重と先進率の実測値とそれら予測値の差を最小とするように非線形最小二乗法を行い摩擦係数と変形抵抗を推定した。尚,荷重,先進率の予測値の計算に用いる扁平ロール径の算出には実績の圧延荷重を使用している。Fig.1に軟鋼板と高張力鋼板の摩擦係数と平均変形抵抗の推定結果を示す。Fig.1(a)に実測先進率と推定摩擦係数の関係,(b)に実測先進率と推定平均変形抵抗の関係を示す。一般に摩擦係数が増加すると,中立点が上流に移動するため,先進率も増加することが知られており,先進率は摩擦係数の推定に強く影響する。Fig.1(a)から軟鋼板では推定摩擦係数は先進率の増加とともに直線的に増加するのに対して,高張力鋼板では,先進率が2%以上の領域では摩擦係数が先進率の増加とともに急激に増加し,そのばらつきも大きい。また変形抵抗は材料固有の値であるので,本来,先進率には依存せず一定の値となるはずである。Fig.1(b)から軟鋼板の推定平均変形抵抗は先進率に寄らずほぼ一定であるのに対し,高張力鋼板では先進率の増加に伴い減少する傾向が見られる。この先進率に依存した平均変形抵抗の変化は先進率2%以上の領域での推定摩擦係数の急激な増加が影響していると考えられる1214)。このような推定値のばらつきおよび理論上説明できない挙動は,従来より指摘されているように逆解析に用いた圧延理論モデルが適正でなかったことが原因と考えられる15,16)。特に高張力鋼板に対しては,先進率に依存した推定摩擦係数の急上昇と平均変形抵抗の減少が見られることから,従来から指摘されているようにBland and Fordの先進率式に課題があるものと考察された1,17)

Fig. 1.

Estimated friction coefficient and mean flow stress as a function of measured forward slip1214).

2・2 Bland and Fordの先進率式の問題点

Bland and Fordの先進率式はKarmanの微分方程式に仮定を設けることで導かれた近似式である。式(1)にKarmanの微分方程式を示す。ここでxは最小ロールギャップ位置を原点に圧延方向と逆向きにとった座標である。φは圧延角,hは圧延角φにおける板厚,qは圧延方向の応力,μは摩擦係数,pは圧延圧力(ロール面圧),kは2次元平均変形抵抗である。またここで符号は,中立点より上流を(-),下流を(+)を表す。また,式(2)は降伏条件を表している。

  
hkddx(qk)=2p(φ±μ)(1)
  
p=q+k(2)
  
hkddx(pkk)+(pkk)ddx(hk)=2p(φ±μ)(3)

式(2)式(1)に代入したものが式(3)となるが,式(3)では解析解を求めることができない。そこでBland and Fordはロールバイト内の板厚減少と変形抵抗の加工硬化の両影響が逆傾向にあることを利用し,式(3)の第2項の変化が十分小さい(hkが一定)と仮定することで解析解を導出した。言い換えれば,ロールバイト内における変形抵抗変化(加工硬化)は圧延条件に伴う板厚減少に依存することが前提となっている。また,この際の摩擦係数はロールバイト内で一定と仮定されている。

しかしながら,実際の圧延挙動はBland and Fordの先進率式の仮定と乖離している可能性が考えられる。例えば平均変形抵抗に対しては,冷間圧延鋼板では冷間圧延の前工程で焼鈍されるため,前段スタンドでは加工硬化率が大きく,後段スタンドでは加工硬化率が緩和されるためスタンドごとに加工硬化率が異なるはずである。また軟鋼板と高張力鋼板ではパススケジュールが異なることにより各スタンドでの板厚減少量も異なる。これら理由によりBland and Fordの先進率式の仮定条件から逸脱するスタンドや鋼種が存在すると想定される。

また,摩擦係数に関しても,ロールバイト内における変化があると考えられる。冷間圧延における摩擦係数は,ロールバイト内への導入油量,エマルション性状,プレートアウト特性,ロール,板表面粗さ等の複合因子に影響されることが知られている18,19)。一方,ロールバイト内における摩擦変化に関しては古くから多くの報告がある。例えばMizunoらは流体潤滑領域ではロールバイト内の延伸効果により導入油膜は出側にかけ薄くなり摩擦係数が高くなるとしている20)。またMatsuura and Motomuraは測圧ピンを用いたせん断,垂直応力の実測結果から,中立点付近で摩擦係数が変化すること,入側摩擦係数が高いことを示している21)。他方,工具や材料粗さに関しては,板表面の凹部にトラップされた油が加工の進行に伴い接触面に浸み出す効果によりロールバイト出側に向け摩擦係数が低下する可能性も報告されている2224)。実機操業における現象としても,冷間圧延鋼板の元板表面は酸洗肌のため表面粗さが高く,特に高ケイ素含有鋼板に関しては表面粗さが高い。また,第1~4スタンドまでは低粗度ロールを用いている。このように板粗さとロール粗さの変化が大きい場合があり真実接触率(境界潤滑面積)がロールバイト内で大きく変化する場合には,摩擦係数もロールバイト内で変化していると考えられる。

以上のことから,実際の圧延現象ではロールバイト内の変形抵抗変化や摩擦係数変化が存在すると想定されるにも関わらず理論モデル(Bland and Fordの先進率式)では,その影響が無視された形で定式化されている。このことから筆者らはロールバイト内のこれら変化を考慮することにより,摩擦係数,平均変形抵抗の予測精度が向上するのではないかと仮定した。

3. ロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗変化が及ぼす先進率への影響

前述のBland and Fordの仮定条件と実際の圧延挙動の乖離が摩擦係数,平均変形抵抗の推定精度不良の要因であると考え,ロールバイト内における摩擦係数,変形抵抗変化の影響について数値解析を用いて検討を行った。推定される摩擦係数,平均変形抵抗は,実測先進率とBland and Fordの先進率式で予測された先進率の差が最小になるように導出される。そのため,推定摩擦係数の急上昇や平均変形抵抗の減少の問題を改善するためには,先進率の予測精度を改善する必要がある。そこで,ロールバイト内での摩擦係数変化,変形抵抗変化を考慮できるようにBland and Fordの式を修正した。

具体的な解析方法を以下に示す。式(1)に示したKarmanの微分方程式の構成因子である摩擦係数,変形抵抗に式(4)式(5)で示されるロールバイト内での単純な線形変化を導入した。

  
μ=μ0(1+Mφφ02φ0)(4)
  
k=Lr+k0=LHhRφ2H+k0(5)

式(4)の摩擦係数変化係数Mはロールバイト内摩擦係数の変化率を表す係数である。式(4)によってロールバイト内の平均摩擦係数μ0は変化させずに,ロールバイト内の中間位置(φ0/2)を基準に圧延角φよって線形的にバイト内の摩擦係数を変化させることができる。M>0の場合にはロールバイト内の中間位置(φ0/2)を基準に入側摩擦係数が出側摩擦係数よりも大きい状態を表現でき,M<0の場合には入側摩擦係数が出側摩擦係数よりも小さい状態を表現することが可能である。式(5)の変形抵抗変化係数Lは材料の線形加工硬化・加工軟化率を表している係数となる。入側の変形抵抗k0を基準とし,L>0の場合には圧延角φに応じて出側にかけ加工硬化を表し,L<0では加工軟化する方向に変化させることが可能である。なお,φ0は接触角,φは圧延角,μ0はバイト内平均摩擦係数,k0は圧延入側における変形抵抗,H,hは入側,出側板厚,rは圧下率を示す。Table 1に示す解析条件で,ロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗変化を与えた場合の各々の解析例をFig.2に示す。

Table 1. Rolling conditions assumed for numerical analysis.
Entry thickness1.40 mm
Delivery thickness1.12 mm
Tension150 MPa
Roll diameter540 mm
Yeild stress800 MPa
Firiction coefficient0.03~0.14
Parameter M–0.1 / 0 / 0.1
Parameter L–100 / –50 / 0 / 50 / 100
Fig. 2.

Effect of changes in (a) friction coefficient and (b) flow stress, on friction coefficient estimated from forward slip12,13) .

摩擦係数変化を与えた場合(Fig.2(a)),入側摩擦係数が出側摩擦係数と比較し低い場合には(M<0),力の釣り合いから中立点が出側に移動するため先進率が減少する。逆に入側摩擦係数が高い場合は,中立点は入側に移動するため先進率は増加する。摩擦係数のロールバイト内変化と先進率の関係は,摩擦係数が高い側に中立点が移動する傾向が示された。一方,変形抵抗の加工硬化を与えた場合(L>0),先進域における面圧が上昇し中立点は下流に移動して先進率は減少する(Fig.2(b))。この結果から,変形抵抗のロールバイト内変化については,変形抵抗が高い側に中立点が移動する傾向が示された12,13)

本解析の結果から,ロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗変化を導入することにより先進率が変化することが確認された。この結果から摩擦係数や変形抵抗変化を適切に導入すれば,圧延荷重や先進率の予測精度を向上できるものと推察される。

4. Bland and Fordの修正先進率式

4・1 Bland and Fordの修正先進率式の構築

本章ではBland and Fordの先進率式にロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗変化を考慮することを目的に先進率式の修正方法を検討する。従来のBland and Fordの先進率式を式(6)に示す。

ここでμは摩擦係数,R’は扁平ロール径,tftbは前後方張力,fsは先進率を示す。ここでHhは圧延前後の板厚を表す。

  
μ=hRlog(Hh1tf/k1tb/k)2(tan1(Hhh)2tan1(fs))(6)

まずロールバイト先後進域の摩擦係数,変形抵抗を個別に設定した際の式形について検討を行った。μ1を後進域の摩擦係数,μ2を先進域の摩擦係数,k1を後進域の変形抵抗,k2を先進域の変形抵抗とする3,15)式(7)に平均の摩擦係数を,式(8)式(7)および先後進域の変形抵抗を用いた場合の,Bland and Fordの先進率式を示す。

  
μ=μ1+μ22(7)
  
μ=hRlog(Hh1tf/k21tb/k1)2(tan1(Hhh)2tan1(fs)+(2μ1μ1+μ21)tan1(Hhh))(8)

式(8)は,従来の式(6)の分母に先後進域の摩擦係数と入出側板厚で構成された項,分子に先後進域の変形抵抗の項が導入された式形となる。ところで,冷間タンデム圧延における摩擦係数は,表面粗さや圧延条件(速度,圧下率等)で変化する導入油膜厚に依存することが知られている。また,変形抵抗は材料組成,ひずみ,ひずみ速度,圧延温度によって決定されるとされる。冷間圧延では各鋼種,各スタンドでパススケジュール(入出側板厚H,hや圧延速度等の圧延条件)がほぼ固定されており,上記に示す摩擦係数,変形抵抗の影響因子は鋼種,スタンドごとに固定されていると考えて良い。そのため,式(8)で新たに導入された項は各鋼種,各スタンド層別の固定値として設定することが可能であり,計算負荷の小さい実用モデルとして構成することも可能と考えられる。

そこで, ロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗変化を考慮したBland and Fordの実用先進率式として式(9)(10)に示すパラメータで構成された式(11)を用いることとした。なお,導入した係数C,Bは鋼種,スタンド層別ごとの固定値として設定した。

  
C=(2μ1μ1+μ21)tan1(Hhh)(9)
  
B=k2/k1(10)
  
μ=hRlog(Hh1tf/(Bk1)1tb/k1)2(tan1(Hhh)2tan1(fs)+C)(11)

4・2 Bland and Fordの修正先進率式の妥当性検証

新たに導入した係数C,Bの物理的な方向性,妥当性の検証として,ロールバイト内の線形変化式を考慮した理論モデル式(4)(5)と修正先進率式(11)の関係を比較検討した。具体的な検討方法を以下に示す。まず理論モデル式を用いて摩擦係数変化比率M,加工硬化率Lを変更し先進率を算出する。次に算出された先進率に一致するように式(11)の導入係数C,Bを最小二乗法により導出した。算出された係数C,Bの結果をFig.3に示す。(a)は加工硬化率L=1に固定し摩擦係数変化比率Mのみを変更した場合の結果(ロールバイト内の加工硬化・軟化は無く,摩擦係数変化のみ存在する状態),(b)は摩擦係数変化比率M=0に固定し加工硬化率Lのみを変更した場合(摩擦係数変化は無く,加工硬化・軟化する状態)の係数C,Bの結果である。図から係数Cは摩擦係数変化率Mに,また係数Bは加工硬化率Lに強く依存していることがわかる。また,入側摩擦係数を大きくする場合(M>0)場合には,補正係数Cも入側摩擦係数が高い方向(C>0)にあり,また加工硬化する場合(L>1)にはB値も増加することが確認された。以上の結果から,導入した係数C,Bはそれぞれロールバイト内の摩擦係数変化,変形抵抗変化を定性的に表現したパラメータとしてBland and Fordの先進率式に導入されていることを確認した12)

Fig. 3.

Relationship between the parameters C/B and the parameters M/L12).

4・3 Bland and Fordの修正先進率式の精度検証

Bland and Fordの修正先進率式の精度検証を目的に,従来のBland and Fordの先進率式と修正先進率式を用いた摩擦係数と平均変形抵抗の推定値の比較を行った。修正先進率式での摩擦係数,平均変形抵抗の推定にあたっては係数C,Bを決定する必要があるが,そのためには摩擦係数,平均変形抵抗の予測モデルが必要となる。具体的な導出方法を以下に示す。まず,摩擦係数,平均変形抵抗モデル式を仮定する。次にHillの圧延荷重式と式(11)に示す修正先進率式を用い,実測と予測の圧延荷重偏差および先進率偏差が最小となる様,式(12)式(13)に示す摩擦係数,平均変形抵抗モデル係数と式(11)の係数C,Bを非線形最小二乗法により同時に同定した。なお,仮定した摩擦係数,平均変形抵抗モデル式を式(12)(13)に示す。ここで,Leは圧延長,Vは圧延速度,rは圧下率,εはひずみ,ε˙はひずみ速度,αは材料成分の回帰パラメータを示している。

  
μ=F(Le,V,r)(12)
  
k=G(ε,ε˙,α)(13)

Fig.4にBland and Fordの先進率式と修正先進率式を用い場合の高張力鋼板の第2スタンドにおける推定摩擦係数,平均変形抵抗を示す。図からわかるように,修正先進率式を用いることにより,Fig.1で見られた高張力鋼板の先進率2%以上で見られていた推定摩擦係数のばらつき,および平均変形抵抗の先進率依存性が改善しており,摩擦係数,平均変形抵抗の推定精度が向上していることを確認した。

Fig. 4.

Friction coefficient estimated from measured forward slip with new/conventional model (High tensile steel).

5. 考察

5・1 高張力鋼板における摩擦係数,平均変形抵抗の推定精度不良の原因

高張力鋼板での先進率が2%を超える領域で推定摩擦係数のばらつきが大きくなる要因を従来のBland and Fordの先進率式と修正先進率式から検討した。Fig.5は高張力鋼板を第2スタンドで圧延した場合の実機データから推定した摩擦係数をBland and Ford先進率式(式(11))分母項に対してプロットしたものである。従来のBland and Ford先進率式では先進率が2%を超える領域すなわち摩擦係数が0.05を超える領域で,μのばらつきも大きくなり不安定になっていることが分かる。これに対し,修正先進率式は,係数C項(C>0)の導入により分母項がプラス側にシフトすることで摩擦係数が安定的に推定可能となっている。高張力鋼板の圧延条件に対しては,従来のBland and Fordの先進率式では圧下率と先進率のバランスにより数式上不安定になることが推定摩擦係数,平均変形抵抗のばらつきを生じさせている原因であり,修正係数Cの導入により数式的安定性が得られることがわかった。

Fig. 5.

Relationship between estimated friction coefficient and denominator of forward slip.

5・2 ロールバイト内の摩擦係数変化の影響

Fig.6に高張力鋼板の各スタンドでの係数C値と各スタンド間での板の表面粗さRaの変化量の関係を示す。ここで板の表面粗さ変化量⊿Raは,各スタンドでの入側板表面粗さRa(μm)から出側板表面粗さRa(μm)を引いた値である1214)

Fig. 6.

Relationship between parameter C value and amount of plate roughness change between stands1214).

算出された補正係数Cの値は,各スタンドでC>0の値であるためロールバイト内の摩擦係数を考えた場合,入側の摩擦係数が出側の摩擦係数よりも高くなることを示している。他方,各スタンド間での板表面粗さ変化量は,後段スタンドになるほど減少する。板表面粗さの絶対値も圧延原板が最も高く,後段スタンドに向け低下してくる。この板表面粗さの変化は,圧延機入側では酸洗肌であるため元板の表面粗さが高く,後段スタンド程ロール表面粗さが転写し,粗さおよび摩擦係数が減少しているものと考えられる。また,係数Cと各スタンドの板表面粗さ変化量⊿Raには相関があることがわかる。

すなわち,板表面粗さの変化が大きいほど係数C値が大きくなっており,ロールバイト内における板表面粗さの変化がロールバイト内の摩擦係数変化に影響していることが推測される。高張力鋼板の場合,軟鋼板と比較し粒界酸化の影響により元板の表面粗さが高いことが知られており,板表面粗さの変化量,ロールバイト内での摩擦係数変化は大きく,Bland and Fordのロールバイト内摩擦係数変化一定の仮定からの乖離が大きなっていたことが摩擦係数,平均変形抵抗の推定精度不良に繋がったものと考えられる。

6. 実機適用結果

加古川製鉄所冷間タンデム圧延機(5スタンド冷間タンデム圧延機)の操業データにおいて,修正先進率式を適用した結果を以下に示す。なお,先進率式の補正係数,摩擦係数式,平均変形抵抗式のモデル係数は鋼種ごと,および冷間タンデム圧延機のスタンドごとに設定している。Fig.7に高張力鋼板を圧延した際の板先端部における実測荷重と予測荷重(Fig.7(a)),および実測先進率と予測先進率の標準偏差(Fig.7(b))を示す。 Fig.7は,従来モデルによる第4スタンドの標準偏差を基準として各スタンドの標準偏差を規格化して示している。本修正先進率式を実機冷間圧延ラインに適用した結果,標準偏差で荷重は30~50%,先進率は10~40%改善することを確認した1214)

Fig. 7.

Effect of new forward slip equation on prediction accuracies of the fourth stand of cold tandem rolling mill at Kakogawa works12,13,14).

特に第1スタンドの先進率について改善効果が大きく,これはロールバイト内の粗さ変化による摩擦係数変化を考慮したことが奏功したものと思われる。また荷重については加工硬化が大きい下流スタンドでの効果が大きい。

7. 結言

実機冷間圧延タンデム圧延機における高張力鋼板のセットアップ精度向上を目的に,Bland and Fordの式を修正しロールバイト内における摩擦係数,変形抵抗の変化を考慮した実用的なオンライン先進率モデルの開発を行い,軟鋼板と比較しつつ高張力鋼板の圧延特性について調査を行った。

(1)Bland and Fordの先進率式を用い摩擦係数,平均変形抵抗を推定した結果,特に高張力鋼板では先進率が2%を超える領域で摩擦係数の推定精度が十分ではなく,予測された平均変形抵抗が先進率依存性を示すことを確認した。このためBland and Fordの先進率式は,高張力鋼板の圧延への適用は困難であった。

(2)高張力鋼板の摩擦係数の推定精度の低さが,Bland and Fordの先進率式で考慮されていないロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗変化の影響と仮定し,数値解析からこれらの影響による先進率変化を調査した。その結果ロールバイト内で摩擦係数が変化する場合には摩擦係数が高い側に,また変形抵抗が変化する場合は変形抵抗が高い側に中立点が移動する傾向が示された。すなわち圧延圧力が高い側に中立点は移動する。

(3)実機適用のために,Bland and Fordの先進率式を修正した新たな先進率式として式(11)を提案した。修正式には,ロールバイト内の摩擦係数,変形抵抗の変化を表現する以下の2つのパラメータを新たに導入した。①ロールバイト内の摩擦係数変化係数C(式(9))②ロールバイト内の変形抵抗の加工硬化・軟化係数B(式(10))

(4)提案した修正先進率を用いることで摩擦係数,変形抵抗の推定精度が向上し,加古川製鉄所冷間圧延タンデムラインにおいて荷重,先進率の変動が少なく,高精度なセットアップが可能となった。

文献
 
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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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