鉄と鋼
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高温プロセス基盤技術
CaO非飽和の高濃度リン酸含有スラグにおける高温相平衡
内田 祐一 渡邉 知穂長谷川 将克
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2021 年 107 巻 9 号 p. 701-711

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Abstract

Japan relies on imports for almost the entire amount of phosphorus, which is indispensable for human life and industrial materials. Therefore it is required to recover phosphorus from dephosphorization slag and sewage sludge which are promising unutilized phosphorus resources. Aiming wholesale recovery of phosphorus from the slag and sludge, a fundamental study on condensation of phosphorus in solid phase through high temperature phase separation was carried out. The experiments at 1573 K on principal [CaO-SiO2-P2O5] ternary model sample and Al2O3 and Fe2O3 added therein showed unsaturation with CaO and precipitation of solid 3CaO・P2O5 as the phosphorus-concentrated phase in all the sample. The contamination of the other components in 3CaO・P2O5 was low, especially less than 1 mass% for Al2O3 added samples. The liquid phase was also formed with Al2O3 or Fe2O3 addition, and the liquidus composition in quaternary samples were consistent with those appeared in [CaO-SiO2-Fe2O3] and [CaO-SiO2-Al2O3] ternary diagram. P2O5 content in the quaternary liquid phases were lower in Al2O3 added samples than those in Fe2O3 added samples. Such difference was discussed in terms of optical basicity and CaO activity for liquid phase. Due to the coexistence of solid SiO2 phase at Fe2O3 addition, the SiO2 content in liquid phase became lower compared to Al2O3 addition, and led to higher optical basicity, which would allow higher P2O5 capacity in liquid phase. These considerations strongly suggest that an effective control of composition would be key technology for the phosphorus recovery through condensation and separation of phosphorus concentrated phase.

1. 緒言

リンは人体にとって,骨や歯を構成する元素であるほか,遺伝子のDNAにも含まれ,生命にとって必要不可欠な元素の一つである。また肥料の三要素の一つであり,世界的な人口増加に呼応した農業生産への需要拡大のみならず,バイオ燃料向けの作物生産用途も増加している。また,リンは工業分野においても幅広く利用されており,半導体,金属製品の表面処理,食品添加物や反応触媒など,あらゆる産業に必要とされている。しかし,日本はリンの原料となるリン鉱石を産出せず,消費の全量を輸入に依存している。2017年にはリン鉱石を26万トン輸入しており1),鉱石中のリン濃度を15%とすれば,年間4万トン近いリンを輸入していることになる。高品質のリン鉱石は国際的に枯渇が懸念される資源の一つであり,我が国は長期的かつ安定したリンの供給が課題となっている2)

国内で発生する未利用のリン資源として,発生量が多く有望なのは製鋼スラグ(脱リンスラグ)と下水スラッジである。鉄鋼業において,リンは原料である鉄鉱石に含まれており,鉄鋼製造プロセスの中で不純物として除去され,副産物のスラグの成分となる。脱リンスラグ中のP2O5濃度は10%以下と低く,また多成分であることから,脱リンスラグからのリンの分離回収は容易ではない。そのため,脱リンスラグの用途は土工用の埋め戻し材などの付加価値の低いものに限られている。しかし,製鋼スラグの年間生成量は約1100万トンと膨大であり3),生成する脱リンスラグに含まれるリンは,計算上10万トン超にも及ぶ。

脱リンスラグ中のリンの回収を目指した様々な研究が行われている。例えばShiomiら4)は,炭素熱還元法で転炉スラグ中の鉄酸化物およびリン酸化物をコークスで還元してFe-P-C合金を得て,その合金にフェロシリコンを添加してリンを気化除去して回収するプロセスを提案している。さらにTakeuchiら5)は,アークプラズマ溶融装置を用いて転炉スラグをFe-Si合金との共存下において炭素により還元し,スラグ中の鉄分をFe-Si合金中に回収すると同時に,リンをP2ガスとして気相へ除去して回収する可能性について検討しており,スラグの流動性や塩基度,および雰囲気ガス流量が気化脱リンに及ぼす影響についても考察している。またNakaseら6)は,製鋼スラグからの鉄とリンの還元/分離挙動に及ぼすスラグ中FetO濃度の影響と,FetO濃度に応じた気化脱リン促進条件も報告している。いずれにおいても,リンの還元時に同時に還元されて生成する金属鉄中にリンが取り込まれて合金化してしまうことから,リンと鉄の分離が課題となっている。

脱リンスラグの湿式処理によりリンを回収する方法も検討されている。Iwamaら7)は,スラグ組成(Fe2+/Fe3+)と鉱物相を制御することで,硝酸によるリン成分の選択浸出と,浸出液からのリン酸塩の回収を試みている。ただし湿式回収では,大量処理に際して廃液処理など大きな操業負荷が見込まれるため,スラグを対象としたリン回収には乾式処理が好適と考える。

片や,下水処理工程で発生する下水スラッジには,生活や耕地由来のリンが含まれており,安定した量で集積される。下水スラッジ(乾灰)中のリン濃度は15 mass%程度と高く,2015年度では年間約230万トン生成している8)。つまり,推定で年間約30万トンのリンが下水スラッジに集約されていることになる。一部の下水スラッジは肥料に用いられているものの,大半は建設資材や埋立用途であり,リン源としての活用は少ない。これはその組成が,高温処理時に均一に溶融してリンの分離には適さないことが一因である。

このように,脱リンスラグと下水スラッジは有望なリン資源ではあるが,単独での大量処理を念頭に置いた場合の乾式処理に適した組成ではない。両者は主要成分が似通っていることから,双方を組み合わせることで,脱リンスラグ中の産業由来のリン源と,下水スラッジ等の民生由来のリン源から同時にリンを回収することができれば,人工リン鉱石ともいえる国内産出のリン資源が得られ,鉄鋼スラグの環境資材としてのポテンシャルアップも期待される。

Table 1に,文献記載の情報9,10)に基づく脱リンスラグと下水スラッジの組成の一例を示す。両者は多成分であるが,CaOとSiO2が主成分として全体の半分近くを占める。そこで双方を組み合わせ,両者の混合物を加熱してリンの濃化した固相を析出分離させて,同時にリンを回収することを想起し,研究を開始した。

Table 1. Typical composition of dephosphorization slag and sewage sludge (in mass%).
CaOSiO2P2O5FeOFe2O3Al2O3MgOMnOC/S*
De-P Slag26.322.23.024.77.65.16.14.91.2
Sewage Sludge15.330.822.20.916.514.10.10.5

*) (mass%CaO)/(mass%SiO2)

脱リンスラグと下水スラッジのような多成分酸化物の混合物が高温で形成する相関係は複雑であることが予想される。したがって,相平衡を基本的に把握するために,両者の主成分であるCaOとSiO2,および回収対象であるP2O5から成る[CaO-SiO2-P2O5]三元系を基本系として考える。同系の状態図については幾つかの報告があるが1113),多くは液相線と初晶が示されているのみで,固相の生成する温度域についての相関係については詳細には示されていない。Saitoら14)はCaO-SiO2-P2O5三元系の1573 Kにおける等温断面の一部をFig.1のように示している。本系ではCa2SiO4(以下C2S)とCa3P2O8(以下C3P)を結んだ線上に連続組成を有する固溶体が特徴的である。この線よりも高CaO濃度側の組成領域では,いわゆる塩基度((mass%CaO)/(mass%SiO2),以下C/S)が高く,CaO飽和域も広いことから,鉄鋼精錬分野において多くの研究が行われている。またこの等温断面では,低塩基度側のCS(以下CaSiO3)とC2S-C3P固溶体との平衡について一部示され,当該組成域にベース組成を有する低塩基度スラグをリン含有溶銑と接触させた場合のリン濃化相についての研究も報告されているが15),さらに低CaO濃度の組成域についての相関係は示されていない。

Fig. 1.

Isothermal section of CaO-SiO2-P2O5 ternary phase diagram at 1573 K.

Table 1の脱リンスラグおよび下水スラッジの組成をFig.1の等温断面図上に投影して示す。両者の混合物は,混合比に応じて双方の組成点を結んだ線上に位置することになる。混合組成はC2S-C3Pを結んだ線よりも低CaO濃度側に位置し,その大半がSiO2,CS,C3Pを頂点とする三角形内にある。この組成領域はCaO非飽和と予想されるが,相平衡の詳細は明らかではない。

そこで本研究では,脱リンスラグと下水スラッジの混合物が高温で形成する相関係を基本的に把握するために,[CaO-SiO2-P2O5]三元系模擬スラグを対象として,1573 KにおけるCaO非飽和でリン酸濃度の高い組成域における相平衡の調査を行った。さらに,主要な成分としてAl2O3およびFe2O3を第4成分として添加した試料についても相平衡を調査した。

2. 実験方法

2・1 試料

原料として,試薬特級のCaCO3,リン酸二カルシウム,SiO2,Al2O3,Fe2O3を使用し,所定の組成に配合した。

CaO-SiO2-P2O5三成分試料の組成をTable 2に示す。これらの試料組成をCaO-SiO2-P2O5三元系状態図にプロットしてFig.2に示す。脱リンスラグと下水スラッジの混合を念頭に,脱リンスラグ相当組成とスラッジ相当組成における主要三成分CaO-SiO2-P2O5を抜粋し,重量比1:1,3:1および1:2で混合したものを調製した。これらの組成はいずれもSiO2,CS,C3Pを頂点とする三角形の組成領域に位置する。また試料L1-0とC/Sが同一でP2O5濃度の異なる試料を調製し,同領域内での平衡相と状態図との整合性を調査した。

Table 2. Composition of ternary samples (in mass%).
CaOSiO2P2O5Note
L1-036.744.119.2Slag: Sludge = 1:1, C/S = 0.83
L2-032.044.423.6Slag: Sludge = 1:2
L3-043.943.612.5Slag: Sludge = 3:1
L4-040.949.110.0mass%P2O5 = 10, C/S = 0.83
Fig. 2.

Sample compositions projected on CaO-SiO2-P2O5 ternary phase diagram at 1573 K.

さらに,スラグとスラッジの1:1混合相当組成の三成分試料であるL1-0をベースに,Al2O3およびFe2O3を添加した試料を調製し,四成分試料としてこれらの添加影響を検証した。試料の組成をTable 3に示す。ベース試料であるL1-0のCaO-P2O5-SiO2の比を一定とし,第4成分としてAl2O3, Fe2O3をそれぞれ5,10,13 mass%加えた。

Table 3. Composition of quaternary samples (1) (in mass%).
CaOSiO2P2O5Al2O3Fe2O3
L1-A534.941.918.25.0
L1-A1033.139.717.310.0
L1-A1332.538.316.113.1
L1-F534.941.918.25.0
L1-F1033.139.717.310.0
L1-F1332.538.316.113.1

さらに,試料L1-A10をベースに,Al2O3およびP2O5濃度を一定とし,CaOとSiO2の比を変動させた試料を調製することで,C/Sの影響を調査した。それらの試料の組成をTable 4に示し,Fig.2のCaO-SiO2-P2O5三元系状態図に投影して灰色の丸印で示す。

Table 4. Composition of quaternary samples (2) (in mass%).
CaOSiO2P2O5Al2O3C/S
A10-0.627.045.018.010.00.6
A10-0.832.040.018.010.00.8
A10-1.036.036.018.010.01.0
A10-1.239.332.718.010.01.2
A10-1.442.229.818.010.01.4

2・2 実験方法

試料の加熱はFig.3に示すようなムライト製炉心管(ニッカトー製,HB,od50×id42×L1000 mm)とSiC発熱体(シリコニット製,A8-2)を備えた横型抵抗炉で行った。雰囲気ガスはシリカゲルで脱水したArもしくは高純度エアを100 mL/minで炉心管内に流通させた。約1 gの試料を白金皿に載せ,事前に測定した炉内の均熱帯に置き,1573 Kに昇温した。50 hr以上保持した後に,試料を炉心管端部の概ね373 K以下の低温部に速やかに引き出して急冷した。このようにして得た試料を樹脂に埋め込んで研磨し,SEM-EDXによる鉱物相の分析に供した。各鉱物相の点分析値は3か所以上の測定値の平均を採用した。

Fig. 3.

Schematic illustration of experimental setup.

3. 実験結果

3・1 三成分系試料の相平衡

試料L1-0,L2-0,L3-0およびL4-0のSEM観察像をFig.4に示す。いずれの試料でも濃淡の異なる3種類の鉱物相が観察された。各鉱物相の点分析から得た組成をTable 5に示し,さらにCaO-SiO2-P2O5状態図にプロットしてFig.5に示す。バルク組成によらず,全ての試料において三角形領域の各頂点のCS,C3P,SiO2に相当する相が同定された。

Fig. 4.

SEM images of ternary samples.

Table 5. Compositional analysis of the observed phases in the ternary samples (in mass%).
SampleColorCaOSiO2P2O5Phase
L1-0Black0.899.00.3SiO2
Gray48.051.70.3CS
White52.70.846.5C3P
L2-0Black0.399.60.1SiO2
Gray48.250.41.4CS
White50.80.748.5C3P
L3-0Black1.498.20.4SiO2
Gray48.651.20.2CS
White50.61.747.6C3P
L4-0Black1.398.60.1SiO2
Gray50.449.30.3CS
White51.61.247.2C3P
Fig. 5.

Composition of the observed phases in the ternary samples projected on CaO-SiO2-P2O5 diagram.

凝縮系のGibbsの相律によれば,三成分で三相が共存すると温度一定の条件下では熱力学的自由度は1となり,バルク組成によらず同じ平衡相が析出することになる。今回の三角形組成領域内の異なるバルク組成の試料で同じ三種類の鉱物相が確認されたことは,熱力学的に矛盾はなく,試料が平衡に達していると判断された。また,1573 KにおいてCS-C3P,CS-SiO2およびC3P-SiO2のそれぞれの擬二元系が共晶系として報告されている1618)ことから,各二元系の共晶温度以下である実験温度1573 Kにおいてこれらの三相共存となることは既往状態図とも整合しているといえる。

これらの三成分系試料で確認されたC3P相に含まれているSiO2濃度は,高々1.7 mass%と低位であった。

3・2 四成分元系試料の相平衡

前節の三成分系試料のL1-0(スラグ:スラッジ=1:1相当)に,第4成分としてFe2O3およびAl2O3を添加した試料のSEM像をFig.6に示す。いずれの試料でも濃淡の異なる複数の鉱物相が観察された。

Fig. 6.

SEM images of quaternary samples (1).

Fe2O3添加試料で観察された各鉱物相の点分析から得た組成をTable 6に示し,さらにCaO-SiO2-P2O5状態図に投影してFig.7に示す。いずれの試料においても,固相のC3PとSiO2が同定され,CS相が消失して液相が観察された。液相中のFe2O3濃度はバルク試料中のFe2O3濃度に応じて高くなり,17.5~19.6 mass%であった。C3P相と液相のコントラストは,Fe2O3を5 mass%添加した試料と10,13 mass%添加した試料で逆転していた。各液相中のP2O5濃度は6~8 mass%であった。各C3P相中には2 mass%程度のFe2O3が含まれていた。

Table 6. Compositional analysis of the observed phases in the quaternary samples (1) (in mass%).
ColorCaOSiO2P2O5Al2O3Fe2O3Phase
L1-F5Black1.297.90.20.7SiO2
Gray32.443.66.417.5Liq
White50.00.647.42.0C3P
L1-F10Black0.698.30.30.8SiO2
White33.441.17.218.3Liq
Gray49.10.847.92.3C3P
L1-F13Black0.498.80.20.6SiO2
White31.141.47.819.6Liq
Gray48.20.848.42.7C3P
L1-A5Black0.898.60.50.2SiO2
Gray30.455.05.78.9Liq.
White52.50.547.00.0C3P
L1-A10Gray22.259.73.714.3Liq
White51.90.347.80.0C3P
L1-A13Gray23.653.94.817.7Liq
White50.10.548.80.6C3P
Fig. 7.

Composition of the observed phases in the quaternary samples containing Fe2O3 projected on CaO-SiO2-P2O5 diagram (1).

Al2O3添加試料で観察された各鉱物相の点分析から得た組成をTable 6に示し,さらにCaO-SiO2-P2O5状態図にプロットしてFig.8に示す。全ての試料においてC3P相が同定され,C3P相中のAl2O3濃度は0.5 mass%以下と極めて低位であった。これは,リンの濃化した固相を析出分離させてリンを回収するという観点では,不純物が少なくなるため有利といえる。

Fig. 8.

Composition of the observed phases in the quaternary samples containing Al2O3 projected on CaO-SiO2-P2O5 diagram (1).

Al2O3を5 mass%添加した試料L1-A5では,固相のSiO2,C3Pと,CS相由来と考えられる液相の三相が確認された。Al2O3は液相に偏在しており,この液相はAl2O3を8.9 mass%含んでいた。Al2O3を10 mass%添加した試料L1-A10では,SiO2相が見られなくなりC3P相と液相の二相となった。このときの液相中のAl2O3濃度は14.7 mass%であった。Al2O3を13 mass%添加した試料L1-A13でもC3P相と液相の二相が観察され,液相はAl2O3を17.7 mass%含有していた。各液相中のP2O5濃度は6 mass%以下であり,Fe2O3添加試料よりも低位であった。

このように,Al2O3添加試料ではリン濃化相(C3P相)とそれ以外の液相に分離しており,試料中のリンの濃化分離の観点では好ましい相関係であった。そこで,さらに組成の影響を把握するため,P2O5濃度とAl2O3濃度を固定し,CaO濃度とSiO2濃度の比である塩基度を変化させた試料を調製し,析出相を調査した。

塩基度を変化させた試料のSEM像をFig.9に示す。また,各鉱物相の点分析から得た組成をTable 7に示し,さらにCaO-SiO2-P2O5状態図にプロットしてFig.10に示す。塩基度が0.6の試料A10-0.6ではSiO2およびC3P固相と液相の三相が観察されたが,それより塩基度の高い試料ではC3P相と液相の二相が同定された。

Fig. 9.

SEM images of quaternary samples (2).

Table 7. Compositional analysis of the observed phases in the quaternary samples (2) (in mass%).
ColorCaOSiO2P2O5Al2O3Phase
A10-0.6Black0.499.20.20.2SiO2
Gray16.661.54.717.2Liq.
White49.10.649.11.2C3P
A10-0.8Gray22.259.43.814.7Liq
White52.20.347.50.0C3P
A10-1.0Gray26.952.95.414.8Liq
White51.10.548.40.0C3P
A10-1.2Gray31.846.67.214.5Liq
White50.60.748.70.0C3P
A10-1.4Gray36.740.78.614.1Liq
White51.31.147.50.0C3P
Fig. 10.

Composition of the observed phases in the quaternary samples containing Al2O3 projected on CaO-SiO2-P2O5 diagram (2).

液相中のAl2O3濃度は,バルク試料中のAl2O3濃度を10 mass%で一定としていることもあり,SiO2固相の析出したA10-0.6以外は14 mass%程度で大きな差異はなかった。各液相中のP2O5濃度はバルク試料の塩基度により違いが見られた。C3P相中のAl2O3濃度は概ね1 mass%以下と低位であった。

以上より,脱リンスラグと下水スラッジの混合を想定した本実験の模擬試料において,リン濃化相としてC3P相を析出し得ることが確認された。

なお,本実験の三成分および四成分系試料におけるC3P相中のCaOとP2O5の質量比は,化学量論化合物としての54.2:45.8に対し,多成分の混入を考慮してもP2O5濃度が高めの値となった。CaO-P2O5二元系状態図19)によれば,C3Pには量論組成より高P2O5側に組成幅を有するα’-C3Pが存在し,1573 K付近ではその組成幅が大きいことが分かる。今回の実験試料でC3P相中のP2O5濃度が高かったのは,これを反映するものといえる。C3P相の組成や脈石成分の混入(固溶)についてはさらに調査を継続しており,別報で報告したい。

4. 考察

4・1 液相組成の状態図による解釈

本実験において,CaO-SiO2-P2O5三成分系をベースとした試料L1-0に,Fe2O3およびAl2O3を添加したところ,三成分試料で観察されたCS相が消失し,液相が生成した。この液相中のP2O5濃度は数mass%のオーダーであり,いずれもFe2O3やAl2O3よりも低濃度であった。そこで,各液相の組成を[CaO-SiO2-Fe2O3]20)および[CaO-SiO2-Al2O3]21)三元系状態図にプロットし,それぞれFig.11Fig.12に示す。

Fig. 11.

Composition of the observed phases in the quaternary samples containing Fe2O3 projected on CaO-SiO2-Fe2O3 diagram.

Fig. 12.

Composition of the observed phases in the quaternary samples containing Al2O3 projected on CaO-SiO2-Al2O3 diagram.

Fig.11において,[CaO-SiO2-P2O5-Fe2O3]四成分試料の液相組成を[CaO-SiO2-Fe2O3]状態図に投影すると,CS飽和の二相共存域に位置することが分かる。四成分試料の液相が,三成分試料にFe2O3を添加することでCS相が溶解して生成したことを勘案すると,妥当な結果といえる。この液相がP2O5を数mass%含んでいることを考え合わせると,三元系の液相線よりも低Fe2O3濃度側に位置することも理解できる。

Fig.12には,[CaO-SiO2-P2O5-Al2O3]四成分試料の液相組成を[CaO-SiO2-Al2O3]状態図に投影しており,バルク試料のAl2O3濃度を変化させた試料と塩基度を変化させた試料を併せて示している。これらの液相組成も,CS飽和の二相共存域もしくはCSと平衡する液相域に概ね位置しており,三成分試料にAl2O3を添加することでCS相が溶解して生成したことに由来するといえる。またAl2O3添加試料では,塩基度0.6の試料を除きSiO2固相が析出しなかったため,SiO2が液相に多く存在することとなる。これを反映し,SiO2固相が析出したFe2O3添加試料よりも,液相組成が相対的に高SiO2濃度側に位置していることが分かる。

Fig.13に,バルク試料の塩基度と液相の塩基度の関係を示す。塩基度を変化させた試料は,バルク試料の塩基度の高いほど,液相組成の塩基度も高位であった。ただし,いずれの試料もC3P固相が析出したことから,液相組成の塩基度はバルク試料の塩基度と比較すると低位であった。バルク試料の塩基度が同一のFe2O3およびAl2O3添加試料を比較すると,前掲とも関連するが,SiO2固相が析出したFe2O3添加試料の方が相対的に液相の塩基度が高いことが明らかである。

Fig. 13.

Relationship between Bulk C/S and Liquidus C/S in the quaternary samples.

4・2 液相中P2O5濃度

今回対象とした脱リンスラグと下水スラッジの混合模擬試料の全てで,リン濃化相としてのC3P相とリン濃度の低い液相の二相に分離した。リン分離率の観点では,液相中のP2O5濃度の低いことが望ましい。そこで,液相中のP2O5濃度の低くなる条件を鉱物相組成に基づき考察した。

一般に多成分酸化物において,構成成分の塩基性や酸性に基づき,成分の安定性を考える。本実験における試料の液相組成から理論光学塩基度を算出し,P2O5濃度との関係を見ることとする。

理論光学塩基度Λthの算出はNakamuraらの方法22)にしたがい,各種酸化物の光学的塩基度,モル分率,および酸素イオン分率から求めた。

  
Λth=niXiΛiniXi(1)

ここでniは酸化物中の酸素イオンの数,Xiは各酸化物のモル分率,Λiは各酸化物の光学的塩基度をそれぞれ示す。

Fig.14に,液相の塩基度(C/S)とΛthの関係を示す。液相のΛthは,P2O5を除く[CaO-SiO2-Fe2O3]および[CaO-SiO2-Al2O3]の三成分で算出している。液相の塩基度の高いほど,Λthも高位となっている。今回の試料では,第四成分のバルク濃度をそれほど大きくは変化させておらず,液相中の第四成分の濃度に極端な差異も生じなかったため,Λthの変化はいわゆる塩基度の変化に概ね依存したものと考えられるが,今回の試料の特徴を表しているといえる。

Fig. 14.

Relationship between Liquidus C/S and optical basicity in the quaternary samples.

Fig.15には,Λthと液相中P2O5濃度の関係を示す。液相中P2O5濃度はΛthと良好な正の相関関係にある。P2O5が酸性酸化物であることから,液相のΛthの大きいほど,P2O5が液相中で安定化され,濃度が高くなるものと理解される。ここで注目すべきは,バルク塩基度が同じFe2O3添加試料およびAl2O3添加試料について,液相のP2O5濃度が異なっていることである。これは前節でも触れたが,両者におけるSiO2固相の析出有無に起因すると考えられる。ここで比較するAl2O3添加試料(図中△印)では,mass% Al2O3=5の試料を除きSiO2固相が析出せず,SiO2が液相に多く存在することとなるのに対し,SiO2固相が析出するFe2O3添加試料(図中◇印)では,液相組成が相対的に低SiO2濃度となる。したがって,同一のバルク塩基度でもAl2O3添加試料の方が液相のΛthが低くなり,液相中P2O5濃度が低位となると理解される。

Fig. 15.

Relationship between optical basicity and mass%P2O5 in liquid phase in the quaternary samples.

試料中のP2O5の成分分配を表す指標として,試料内の固相と液相の間のリン分配比を評価した。これはリン濃化固相であるC3P相のP2O5濃度と,液相中のP2O5濃度の比を取ることで求めた。Fig.16に,Λthとスラグ内リン分配比Lpの関係を示すが,Λthの大きいほどLpは小さくなった。この相関は,鉄鋼精錬分野におけるスラグ/メタル間のリン分配23)や,脱リンスラグにおける固相/液相間のリン分配24)について知られる傾向とは一見すると逆である。今回の対象スラグでは,固相としてほぼ化学量論化合物としてのC3Pが析出する。したがって,スラグ内リン分配比の固相側,即ち分配比の分子にあたる数値は大きくは変わらない。一方,液相側,即ち分配比の分母にあたる数値がスラグ組成によって変わり得る。そのため,Lpを液相のΛthに対してプロットすると,液相のΛthが大きいほど液相中のP2O5濃度が高位となり,Lpが小さくなるという関係が生じる。このように,今回対象のスラグ系でリンを出来るだけ液相から排除するには,いかにして液相のΛthを低下させるかが鍵といえる。

Fig. 16.

Relationship between optical basicity and phosphorus distribution ratio in slag.

ただしFig.16にも表れているように,液相のΛthを低下させるためにバルク塩基度を低下させると,塩基度0.6の試料ではSiO2固相が析出し,Lpが低下している。またこのような試料では,固液分離の際にSiO2固相が不純物として混入する懸念がある。したがって,組成に応じて適切な組成を見極めていく必要がある。

最後に,液相中のP2O5濃度について熱力学的視点からの検証を行った。P2O5が酸性酸化物であることから,液相のCaO活量の小さいほど,P2O5が液相中で不安定になり,濃度が低くなると推測される。今回の四成分試料における成分活量は報告されていないため,三成分系での活量を引用して比較を行った。

Fe2O3添加試料について,Fig.11の[CaO-SiO2-Fe2O3]状態図を参照すると,この等温断面上に投影された四成分試料の液相組成はCS飽和域に位置している。この組成域ではCSから液相線に向かって引いたタイライン上で活量が等しく,液相線上の組成に沿って活量が変化する。この組成域で最もCaO濃度の低い液相点point 1fは,SiO2とCSとの三相共存域の頂点にもあたっている。この組成点におけるCaO活量は式(2)で規定され,Kubaschewskiの集成データ25)を再評価26)した式(3)で求めることができる。

  
<CaO>+<SiO2>=<CaSiO3>(2)
  
ΔG°=9233011.82TlogT+40.56T=RTlnaCaO(J/mol)(3)

また,この組成域で最もCaO濃度の高い液相点point 2fは,CSとC3S2との三相共存域の頂点にもあたっており,CaO活量は下式で規定される。

  
<CaO>+2<CaSiO3>=<Ca3Si2O7>(4)
  
ΔG°=6654019.67TlogT+65.58T=RTlnaCaO(J/mol)(5)

これらの式から,今回の実験温度1573 KにおいてFe2O3添加試料で生成した液相について,[CaO-SiO2-Fe2O3]ベースでCaO活量を考えるならばlog aCaO=-2.92~-2.07の範囲であると見積もられる。

一方,Al2O3添加試料について,Fig.12の[CaO-SiO2-Al2O3]状態図を参照すると,この等温断面上に投影された四成分試料の液相組成も同様にCS飽和域に広範に亘っている。この組成域ではCSがCaO・Al2O3・2SiO2(アノーサイト)や2CaO・Al2O3・SiO2(ゲーレナイト)とも共存するため相平衡は複雑である。そこで,図中に示すように関連する液相線の端点をpoint 1a~4aとし,その点におけるCaO活量を見積もることとする。

point 1aについては,上記と同様にSiO2とCSとの三相共存域の頂点にもあたっており,CaO活量は式(3)で規定されるので,log aCaO=-2.92と求められる。

point 2a~4aについてはアノーサイトやゲーレナイトとの平衡を考慮する必要があり,例えば前者についてはデータ集に生成自由エネルギーが与えられている27)

  
<CaO>+<Al2O3>+2<SiO2>=< CaAl2Si2O8>(6)
  
ΔG°=13900017.1T(J/mol)(7)

ただし上式ではCaO活量を規定することはできない。そこで,熱力学計算ソフトFactSage7.328)を用いて,前掲の液相点の活量を見積もることとした。算出されたCaO活量は,point 1aでlog aCaO=-4.09,point 2aでlog aCaO=-3.60,point 3aでlog aCaO=-3.37,point 4aでlog aCaO=-3.12となった。point 1aは,式(2)によればpoint 1fと同じlog aCaO=-2.92であり,1桁程度の差異がある。また,[CaO-SiO2-Fe2O3]系のpoint 2fはlog aCaO=-3.08と見積もられ,式(5)から算出される値とは同様に1桁程度の差異がある。したがって,半定量的な比較との前提で考察する。

Fig.17に,上記で計算したCaO活量を,対応する組成点の塩基度を横軸として示す。まず,point 1aから4aに向かって状態図上の塩基度(CaO濃度)が増大するにしたがい,CaO活量は滑らかに上昇しており,熱力学的に不合理ではない。この図上に,バルク試料の塩基度が等しいFe2O3添加試料のL1-F5~F13と,Al2O3添加試料のL1-A5~A13について,液相の塩基度の範囲を矢印で示す。Fe2O3添加試料の液相の塩基度は0.74~0.81であるのに対し,Al2O3添加試料のそれは0.37~0.55と相対的に低い。したがって,Fig.17に見られる傾向から推測すると,Al2O3添加試料の方が液相のCaO活量が低位であると考えられる。これにより,P2O5活量が高くなるものと推測され,本系スラグ中のP2O5の活量係数は不明だが,Al2O3添加試料の方が液相中のP2O5濃度が低かったことと矛盾はないものといえる。

Fig. 17.

Calculated CaO activity under various slag basicity.

Fe2O3添加試料はpoint 1f~2fの間でFactSageでの計算値としてlog aCaO=-4.09~-3.08の範囲の値を取り得るのに対し,Al2O3添加試料のそれはpoint 1a~2aの間でlog aCaO=-4.09~-3.60を取り得ると見積もられる。これは状態図から,[CaO-SiO2-Al2O3]系では1573 KにおいてCSと平衡する液相が,CaO活量の高いC3S2とは共存せず,point 2aがpoint 2fよりも相対的に低CaO濃度側にあることに由来すると見て取れる。試料内のP2O5の分布を制御するには,このように状態図を精査し理解することが鍵といえる。

5. 結言

(1)脱リンスラグと下水スラッジの混合による同時リン回収を念頭に,[CaO-SiO2-P2O5]三元系のCaO非飽和組成をベースに,Al2O3およびFe2O3を添加した模擬試料の高温相平衡について調査した。

(2)三成分系の脱リンスラグ相当組成(51.1 mass%CaO, 43.1 mass%SiO2, 5.8 mass%P2O5)と下水スラッジ相当組成(22.4 mass%CaO, 45.1 mass%SiO2, 32.5 mass%P2O5) が重量比で1:1,3:1および1:2になるよう試薬から調製した模擬試料を1573 Kに加熱したところ,[CaO-SiO2-P2O5]三元系の1573 K等温断面のCaO非飽和組成域においてSiO2,CaO・SiO2,3CaO・P2O5の三固相が共存することが確認された。

(3)前述の1:1混合相当組成の試料にFe2O3およびAl2O3を添加した四成分試料ではCaO・SiO2相が消失し液相が生成したが,いずれの試料でもリン濃化相としての3CaO・P2O5相の析出が確認された。四成分試料で生成した液相組成は,[CaO-SiO2-Fe2O3]および[CaO-SiO2-Al2O3]における液相組成と近かった。

(4)四成分試料における液相中のP2O5濃度はAl2O3添加試料の方が低位であった。その理由が,Al2O3添加試料の液相の光学塩基度およびCaO活量が,Fe2O3添加試料のそれらより小さいことに基づくものと解釈された。

謝辞

本研究の遂行に際し,日本工業大学工学部の大倉野宇士工学士の協力を仰いだ。また本研究の一部は(公財)鉄鋼環境基金2019年度助成研究として行われた。記して謝意を表す。

文献
 
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