鉄と鋼
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
力学特性
準安定オーステナイト鋼のTRIP効果における加工誘起マルテンサイトの役割
土田 紀之 石丸 詠一朗川 真知
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2021 年 107 巻 9 号 p. 751-759

詳細
Abstract

Role of deformation-induced martensite in the transformation-induced plasticity (TRIP) of metastable austenitic steels was studied by examining effects of temperature on the tensile properties of Fe–18%Cr–6%Ni–0.2%N–0.1%C (6Ni–0.2N–0.1C) steel. The tensile properties obtained by tensile tests at various temperatures between 123 and 373 K were compared with those of SUS304 steel. The 0.2% proof stress, tensile strength, and uniform elongation of the 6Ni–0.2N–0.1C steel were larger than those of SUS304 at all temperature studied, and the mechanical stability of the austenite for the 6Ni–0.2N–0.1C steel was higher than that for the SUS304 steel. Neutron diffraction experiments at room temperature showed that the improvements in the mechanical properties in the 6Ni–0.2N–0.1C steel were associated with larger work hardening of the austenite and larger strength of the deformation-induced martensite. The increase in strength of deformation-induced martensite with N and C additions leads to better mechanical properties due to the TRIP effect, despite of smaller amounts of deformation-induced martensitic transformation.

1. 緒言

TRIP(transformation-induced plasticity)効果は,加工誘起変態によって伸びの向上が得られる強化機構である13)。これまでに,準安定オーステナイト鋼1,36)やTRIP型複合組織鋼2,710)などにおけるTRIP効果に関する,様々な研究が報告されてきた。我々はTRIP効果における加工誘起変態挙動の役割について注目し,準安定オーステナイト鋼のTRIP効果に及ぼす試験温度11,12)やひずみ速度12,13),Ni当量(化学組成)14)の影響について検討を行ってきた。加工誘起変態挙動は,TRIP効果において重要な役割を果たす1,3,8,10)ことはよく知られており,これまでに加工誘起変態制御の観点からTRIP効果について検討した研究が多数報告されてきた1,3,711)

一方で,TRIP効果においては,加工誘起マルテンサイト強度の役割を考慮することも重要である。例えば,Harjoら15)はその場中性子回折実験結果より,TRIP型複合組織鋼(TRIP鋼)の加工誘起マルテンサイト強度が2~2.5 GPaであることを報告した。残留オーステナイト体積率が約10%であるTRIP鋼においては,加工誘起マルテンサイトの強度が均一伸びの向上に重要な役割を担っていることがわかる。Tsuchidaら16)は,省資源型二相ステンレス鋼の機械的特性に及ぼす試験温度の影響を検討し,TRIP効果による均一伸びの向上はSUS304やSUS301L鋼とほぼ同じであることを報告した。Fujisawaら17)は,二相ステンレス鋼における様々な温度でのオーステナイト組織の機械的安定性と機械的特性に及ぼすNiとNの影響について検討し,これらの二相ステンレス鋼の優れた均一伸びと引張強さは,硬質な加工誘起マルテンサイトと関係していることを報告した。省資源型二相ステンレス鋼には,Niの代わりにNが添加されているため,オーステナイト組織の変形挙動も向上していることが予想される16,18)

オーステナイト鋼の機械的安定性と機械的特性に及ぼすNとCの影響については,多くの研究が行われている。Leeら19)は,18Cr–10Mn鋼にNを0.33から0.51 mass%添加した材料を用いて,室温における引張変形挙動を調査した。N添加量増加によってオーステナイトの機械的安定性は増加し,N添加量が0.51 mass%になると室温の引張試験では加工誘起変態は起こらなかった。Miuraらは,SUS304とSUS316をベースにNを0.05から0.18 mass%,Cを0.085 mass%添加したオーステナイト鋼を準備し,室温,77 K, 4 Kにおける引張変形挙動を調査した20)。0.2%耐力はNとC添加量の増加とともに増大し,伸びはMd30(真ひずみ30%でオーステナイトの50%がマルテンサイトに変態する温度)付近で最大値を示した。Yoshitakeら21)は,オーステナイト系ステンレス鋼の加工硬化挙動に及ぼすNとCの影響について検討し,Masumuraら22,23)はオーステナイト組織の安定性に及ぼすNとC添加の影響について詳細に検討し,NとCの影響を考慮したMd30の修正式も提案した。しかしながら,加工誘起マルテンサイト組織の強度の観点から,TRIP効果における加工誘起マルテンサイトの役割に関する定量的な研究はほとんどない。

以上より,本研究では,TRIP効果における加工誘起マルテンサイトの役割を明らかにするため,NとCを添加した準安定オーステナイト鋼の引張変形挙動について検討した。ここでは,機械的特性と加工誘起変態挙動の変化を明らかにするため,試験温度は123 Kから373 Kまでの範囲で行った。さらに,N, Cを添加した準安定オーステナイト鋼とSUS304を用いて室温における中性子回折実験を行い,加工誘起マルテンサイトの引張変形挙動の観点からそれぞれのTRIP効果について議論を行った。

2. 実験方法

本研究では,2種類の準安定オーステナイト鋼である,6Ni–0.2N–0.1C鋼およびSUS304鋼11)について検討した。これらの化学成分をTable 1に示す。6Ni–0.2N–0.1C鋼に関しては,SUS304よりNiを2 mass%減らし,オーステナイト生成元素としてNを0.2 mass%,Cを0.1 mass%添加し,真空溶解したインゴットを厚さ4.5 mmまで熱間圧延した後,1123 Kで30 s保持後空冷した。その後,厚さ1.5 mmまで冷間圧延し,1123 Kで30 s保持後空冷した。最後に,1323 Kで1.8 ks保持後水冷の溶体化処理を行った。Fig.1に6Ni–0.2N–0.1C鋼の光学顕微鏡写真を示す。切断法により求めた平均オーステナイト粒径は,55.6 μmであった。これらの鋼板より,平行部幅5 mm,平行部長さ25 mmの引張試験片を作製し,ギア駆動式引張試験機を用いて試験温度123 Kから373 Kの範囲で,初期ひずみ速度3.3×10-4 s-1にて静的引張試験を行った11,12)。この時,試験温度は恒温槽を用いて制御した。また,加工誘起変態挙動に及ぼす温度の影響を調査するため,様々な真ひずみ(ε)を加えた試験片を準備し,X線回折実験を行った11,12)。X線回折実験によるオーステナイトと加工誘起マルテンサイトの体積率は,各相の全ての回折ピークにおける積分強度が対象とする相の体積率に比例するという考え方に基づいて計算した12,24)

Table 1. Chemical compositions (mass%) in the 6Ni-0.2N-0.1C and SUS304 steels.
CSiMnPSNiCrN
6Ni-0.2N-0.1C0.0990.40.990.0020.00046.018.20.20
SUS3040.050.40.980.030.0088.218.20.023
Fig. 1.

Optical micrograph of the 6Ni–0.2N–0.1C steel.

室温での中性子回折実験では,平行部幅6 mm,平行部長さ55 mm,厚さ1.5 mmの引張試験片を準備した。試験片は,日本原子力研究開発機構の大強度陽子加速器施設(J-PARC),物質・生命科学施設(MLF)にある,工学材料回折装置「匠」に設置した引張試験機に装着した15,25,26)。匠に設置した一対の90度散乱検出器バンクを用いて,引張方向と(Axial)と引張方向に垂直方向(Transverse)の回折パターンを同時に測定した。AxialとTransverseの回折パターンは,いずれも水平±15°,垂直±15°範囲の検出面積をカバーしている。引張変形は,弾性変形領域においては,段階的に荷重をかけて300 s保持し,回折パターンを測定した。塑性変形域では,ひずみ速度5×10-4 s-1で引張変形を加え,εを約0.05加えるごとに試験を中断し,除荷した状態で600 s間回折パターンを測定し, このような測定は最高荷重点付近まで繰り返し行った。得られた回折パターンから,オーステナイト(γ)相とフェライト(α)相の残留格子ひずみと体積率を計算した。本研究では,α相のデータを加工誘起マルテンサイトとして扱い,残留相ひずみは各相の残留格子ひずみの平均より算出した。残留格子ひずみ(εrhkl)は,次の式を用いて計算した。

  
εhklγ=dhkl  dhkl0dhkl0(1)

ここで,dhklは引張変形後の格子面間隔,d0hklは変形前の格子面間隔である。γ相のd0hklは変形前のピーク解析により得られるが,準安定オーステナイト鋼の場合,α相は変形前に存在しない。そのため,α相のd0hklは次の式を用いて推算した。

  
Vγεγrph.+Vαεαrph.=0(2)

ここで,εγr-ph.εαr-ph.γα相の残留相ひずみであり,VγVαγα相の体積率である。あるεにおけるεαr-ph.は,εγr-ph.VγVαを用いて計算することができる。変形前のα相の格子定数aα0は,εαr-ph.と格子面間隔の平均として得られる,任意のεにおけるα相の格子定数から計算できる。そして,各結晶粒に対するα相のd0hklは,aα0を用いて計算することができる。

3. 結果と考察

3・1 6Ni–0.2N–0.1C鋼の機械的特性に及ぼす試験温度の影響

Fig.2に,様々な温度での静的引張試験で得られた,6Ni–0.2N–0.1C鋼の公称応力-ひずみ曲線を示す。0.2%耐力と引張強さは,温度低下により増大し,均一伸びは308 Kで最大値を示した。Fig.3には,6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304鋼11)の試験温度に対する0.2%耐力,引張強さと均一伸びの関係を示す。各温度における0.2%耐力,引張強さと均一伸びは,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きな値を示した。6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304鋼の引張強さの違いは,低温ほど大きく,均一伸びの違いは273 K以上の温度で大きくなった。いずれの試料も308 Kで均一伸びの最大値を示したが,0.2%耐力の温度依存性は異なっていた。SUS304の0.2%耐力は,243 K以下で減少した11)のに対して,6Ni–0.2N–0.1C鋼の0.2%耐力は引張強さと同様に温度減少により増大した。SUS304の0.2%耐力の温度依存性は,SUS304のMsσ点が243 Kである11)ことと関係している。6Ni–0.2N–0.1C鋼においても,低温では0.2%耐力以下で加工誘起変態が起こっていると考えられるが,0.2%耐力は温度低下により増大した。6Ni–0.2N–0.1C鋼のような0.2%耐力の温度依存性は,約0.1 mass%のNを添加したSUS301Lにおいても報告されている11,12)。また,Miuraら20)による室温,77 Kと4 Kにおける引張試験結果より,0.18 mass%までのN添加は0.2%耐力の温度依存性を大きくすることが報告されており,これは6Ni–0.2N–0.1C鋼における0.2%耐力の温度依存性の結果と一致する。したがって,6Ni–0.2N–0.1C鋼の0.2%耐力の温度依存性は,γ相の高い機械的安定性,0.2%耐力におけるVαが少ないこと,そしてN添加により0.2%耐力の温度依存性がSUS304と比べて大きくなったことが関係している。Fig.4に,6Ni–0.2N–0.1C鋼の様々な温度におけるεに対する真応力(σ)と加工硬化率(/)の関係を示す。373 Kにおける加工硬化率はεとともに減少したのに対して,308 K以下の温度では,εに対する減少が途中で止まり,再び増大した。このような加工硬化率の挙動は,低温ほど顕著になり,同様のことはSUS304や SUS301Lにおいても報告されている1,11,12)。6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS30411)の加工硬化率を比較すると,様々な温度でのあるεにおける加工硬化率は6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きな値を示した。

Fig. 2.

Nominal stress–strain curves of the 6Ni–0.2N–0.1C steel obtained by the static tensile tests at various temperatures. (Online version in color.)

Fig. 3.

0.2% proof stress, tensile strength and uniform elongation as functions of temperature in the 6Ni–0.2N–0.1C and SUS30411) steels. (Online version in color.)

Fig. 4.

True stress and work-hardening rate as functions of true strain at various temperatures in the 6Ni–0.2N–0.1C steel. (Online version in color.)

3・2 6Ni–0.2N–0.1C鋼の加工誘起変態挙動に及ぼす試験温度の影響

Fig.5に,6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304の試験温度に対する,εが0.3における加工誘起マルテンサイト体積率(Vα)の関係を示す。Fig.5からVαが50%における温度をMd30点とし19,23),推定したMd30点は6Ni–0.2N–0.1C鋼が258 K,SUS304が278 Kであった。これらのMd30点より,γ相の機械的安定性は6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が高いと考えることができる。6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304の加工誘起変態挙動を詳細に比較するため,様々な温度におけるεに対するVαの関係をFig.6に示す。Fig.6において,実線(6Ni–0.2N–0.1C)と点線(SUS304)は,次に示すMatsumuraら27)により提案された式を用いた計算結果である。

  
Vα=1Vγ01+(k/q)Vγ0εq(3)
Fig. 5.

Volume fraction of deformation-induced matrensite at true strain of 0.3 as a function of temperature in the 6Ni–0.2N–0.1C and SUS30411) steels. (Online version in color.)

Fig. 6.

Volume fraction of deformation-induced martensite (a) and rate of deformation-induced martensitic transformation (b) as functions of true strain at various temperatures in the 6Ni–0.2N–0.1C and SUS30411) steels. (Online version in color.)

ここでVγ0は変形前のγ相の体積率,kqは定数である27)。任意のεと温度におけるVαは,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方がSUS304よりも小さく,6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304のVαの違いは,試験温度とεが大きくなるに従い大きくなった。Fig.5と6より考えると,6Ni–0.2N–0.1C鋼のγ相の機械的安定性はSUS304よりも高いと考えられる。6Ni–0.2N–0.1C鋼は,Vαは小さいにも関わらずSUS304よりも優れた機械的特性を示した点は興味深い。

3・3 応力-ひずみ関係における加工誘起マルテンサイトとオーステナイト組織の役割に関する中性子回折実験からの考察

Fig.7に,室温における中性子回折実験と静的引張試験により得られた,6Ni–0.2N–0.1C(a)とSUS304(b)のσε関係を示す。それぞれで得られたσε関係は,いずれの試料もほぼ一致したことを確認した。Fig.8には,中性子回折実験により得られた,6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304のεに対するγα相(加工誘起マルテンサイト)の残留相ひずみを示す。ここで,残留相ひずみは各相の残留格子ひずみの平均値として推算した。γ相の残留相ひずみは加工誘起変態開始後に圧縮となり,α相は引張であった。γα相の残留相ひずみの差は,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きかった。残留相ひずみ差は,γα相の応力分配と関係し,準安定オーステナイト鋼の加工硬化の大きさに繋がる10,15,18,2830)Fig.9に,6Ni–0.2N–0.1C鋼(a)とSUS304(b)のεに対する様々な結晶粒の残留格子ひずみの関係を示す。Fig.9より,結晶粒間の残留格子ひずみ差より,各相の加工硬化挙動について議論することができる18,29,30)γ相の残留格子ひずみ差に注目すると,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方がSUS304よりも大きいことがわかる。これは,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方がγ相の加工硬化が大きいことを示している。α相の残留格子ひずみ差は,いずれの試料もほぼ同じであったが,あるεにおける各結晶粒の残留格子ひずみは6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きい値を示した。Fig.10に,常温における中性子回折実験で得られた,6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304のεに対するVαを示す。あるεにおけるVαは6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が小さく,加工誘起変態挙動はFig.6に示したX線回折実験結果とほぼ同じであることを確認した。

Fig. 7.

True stress–true strain relationship obtained by the neutron diffraction experiments and the static tensile tests in the 6Ni–0.2N–0.1C (a) and the SUS304 (b)11) steels. (Online version in color.)

Fig. 8.

Residual phase strains vs. true strain in the 6Ni–0.2N–0.1C and SUS304 steels obtained by the neutron diffraction experiments at room temperature. (Online version in color.)

Fig. 9.

Residual lattice strains vs. true strain in the 6Ni–0.2N–0.1C (a) and SUS304 (b) steels obtained by the neutron diffraction experiments at room temperature. (Online version in color.)

Fig. 10.

Volume fraction of deformation-induced martensite as a function of true strain at room temperature in the 6Ni–0.2N–0.1C and SUS304 steels obtained by the neutron diffraction experiments. (Online version in color.)

残留相ひずみとσの関係から,γα相に対するあるσにおける相ひずみを弾性領域での傾き(Eph.)を用いて推算した26)。相ひずみは,引張方向(εph.axial)と引張方向と垂直方向(εph.transverse)に対して推算し,相ひずみとεの関係を整理した。推算した相ひずみから,引張方向に対する相応力(σph.axial)を次式を用いて計算した。

  
σaxialph.=Eph.(1+νph.)(12νph.)[(1νph.)εaxialph.+2νph.εtransverseph.](4)

ここで,Eph.νph.は回折弾性係数と回折ポアソン比である26,28)Fig.11に,常温における6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304のγα相のσph.axialε関係を示す。ここで,中性子回折実験から推算した相応力はプロットで示し,実線は次に示すSwiftの式31)による計算結果である。

  
σ=a(b+ε)N(5)
Fig. 11.

Estimated phase stress of austenite (γ) and deformation-induced martensite (α) phases vs. true strain in the 6Ni–0.2N–0.1C and SUS304 steels obtained by the neutron diffraction experiments. (Online version in color.)

ここで,a, b, Nはそれぞれ定数である。σph.axialεデータの両対数プロットより,直線の傾きからNの大きさが,ε=1における切片からaの値が求められる。bの値は,過去の研究結果32,33)を参考に決定し,Fig.11で用いたa, b, Nの値は,Table 2に整理した。あるεにおける,γα相の相応力は6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きく,6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304のα相の相応力の違いは,約1 GPaであった。ここで,中性子回折実験結果より推算した相応力について詳細に検証するため,マイクロメカニクスに基づくSecant法34,35)を用いて 6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304のσε曲線を計算した。Secant法を用いたTRIP鋼のσε曲線の計算方法の詳細は,参考文献3436)に報告している。式(5)を用いて計算したγα相のσε曲線の入力データと,式(3)27)により計算した加工誘起変態挙動に関する情報は,Table 2に整理した。6Ni–0.2N–0.1C鋼とSUS304の常温における,σε曲線の計算結果と実験結果の比較をFig.12に示す。計算によるσε曲線は,実験結果とよく一致していると言える。したがって,本研究で検討した2種類の準安定オーステナイト鋼の引張変形挙動は,Fig.11に示したγα相の応力-ひずみ関係から議論することが可能だと考えることができる。Fig.8, 9, 11から,6Ni–0.2N–0.1C鋼の優れた引張強さと均一伸びは,α相が高強度であることと,γ相の優れた加工硬化挙動の2点が影響していると説明することができる。さらに,6Ni–0.2N–0.1C鋼の引張強さと均一伸びに及ぼすα相の強度とγ相の加工硬化の影響を,計算の観点から検討した。Fig.13に,Secant法により計算したσε曲線と加工硬化率を示す。図におけるCalc. 1は,Fig.12における6Ni–0.2N–0.1C鋼の計算結果と同じである。Calc. 2は,Calc. 1を元にγ相のσε曲線データをSUS304のデータに変えた場合の計算結果であり,Calc. 3については,α相のσε曲線データを,SUS304のデータに変えた場合の計算結果である。これらの計算において,加工誘起変態挙動はFig.10Table 2に示した6Ni–0.2N–0.1C鋼のデータと同じとした。σ/と等しくなる塑性不安定条件は,公称応力-ひずみ曲線における引張強さと均一伸びを示す37)。Calc. 1からの均一伸びの減少は,Calc. 2と3ではほとんど同じであった。これは,6Ni–0.2N–0.1C鋼の均一伸びに及ぼすγの加工硬化挙動とαの強度の影響はほぼ等しいことを意味する。一方で,Calc. 2における引張強さは,Calc. 3よりもわずかだが大きかったことより,6Ni–0.2N–0.1C鋼の引張強さはαの強度に大きく影響していると考えられる。Yoshitakeら21)とMasumuraら22,23)は,NまたはCを添加したオーステナイト系ステンレス鋼の応力-ひずみ関係と加工誘起変態挙動について調査した。NもしくはC添加量が0.1 mass%の場合,オーステナイトの機械的安定性に及ぼすCの影響は,Nの影響よりもわずかに高く,0.1 mass% Cを含んだオーステナイト鋼は強度と延びが大きな値を示した23)。彼らはこれらの違いについて変形組織の観点より議論したが,これらの結果はFig.11に示したαの相応力と関係していると思われる。中性子回折実験結果と計算結果より,NとCの添加によるα相の強度の増大は,6Ni–0.2N–0.1C鋼が少ないVαにも関わらず優れた引張強さと均一伸びを示した点に非常に有効であったと結論づけることができる。Tsuchidaら16)とFujisawaら17)により報告された,0.2から0.5 mass%のNを含む二相ステンレス鋼の機械的特性もまた,本研究の結果と密接に関係していると考えられる。二相ステンレス鋼におけるγ相のN量は0.3 mass%以上である16,17)ため,α相の強度とγ相の加工硬化は本研究の6Ni–0.2N–0.1C鋼と比較して大きいと推察できる。したがって,二相ステンレス鋼ではVαが約40%であった16,17)にも関わらず,TRIP効果によって優れた均一伸びが得られたと考えることができる。

Table 2. a, b and N in the Eq. (5) and k and q in the Eq. (3) used in the calculations of true stress–true strain curves of the 6Ni–0.2N–0.1C and the SUS304 steels of Figs. 12 and 13.
phaseabNkq
6Ni-0.2N-0.1Cγ13930.0020.3636.6072.823
α331110−70.111
SUS304γ9550.0020.297.7812.396
α266110−70.229
Fig. 12.

Calculated true stress–true strain curves and measured ones in the 6Ni–0.2N–0.1C steel and the SUS304 one. (Online version in color.)

Fig. 13.

Effects of austenite and deformation-induced martensite on the calculated true stress–true strain curve in the 6Ni–0.2N–0.1C steel. (Online version in color.)

4. まとめ

本研究では,SUS304鋼よりNiを2 mass%減らし,Nを0.2 mass%,Cを0.1 mass%添加した18Cr–6Ni–0.2N–0.1C鋼を用いて,引張特性とTRIP効果に及ぼす試験温度の影響を検討した。引張試験は,試験温度範囲123 Kから373 Kにて行った。得られた結論は以下の通りである。

(1)各温度における機械的特性(0.2%耐力,引張強さ,均一伸び)は,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きな値を示した。6Ni–0.2N–0.1C鋼の各温度,真ひずみにおける加工誘起マルテンサイト体積率は,SUS304鋼よりも少なかった。

(2)常温における中性子回折実験から,残留格子ひずみ差と関係するγ相の加工硬化挙動と,残留相ひずみからの加工誘起マルテンサイト強度は,6Ni–0.2N–0.1C鋼の方が大きいことがわかった。これらの2点は,SUS304よりも6Ni–0.2N–0.1C鋼が優れた引張強さと均一伸びを示した主な理由である。

(3)オーステナイト鋼へのNとCの添加は,γの高い機械的安定性と大きな加工硬化に加えて,α相の強度増大にも寄与することがわかった。これが,α相の体積率が少ないにも関わらず,TRIP効果によって優れた引張強さと均一伸びに繋がったと考えることができる。NとCの添加は,加工誘起変態挙動以外の観点からTRIP効果の有効利用を達成するために重要な要素である。

謝辞

本研究を遂行するに当たり多大なるご協力をいただいた,兵庫県立大学の馬上凌輔氏,物質・材料研究機構の上路林太郎博士,日本原子力研究開発機構,J-PARCセンターの相澤一也博士,ステファヌス・ハルヨ博士,川崎拓郎博士,ゴン・ウー博士に心より感謝申し上げます。中性子回折実験は,日本原子力研究開発機構のJ-PARC/MLFビームライン(Proposal No. 2014P0102)にて実施した。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本鉄鋼協会

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top