鉄と鋼
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論文
Mn添加鋼の選択表面酸化挙動に及ぼす再結晶焼鈍時露点の影響
吉田 昌浩 伏脇 祐介平 章一郎
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2022 年 108 巻 10 号 p. 728-738

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Abstract

A selective oxidation of alloying elements such as Si and Mn is generally important for the zinc wettability of high strength steels in the process of hot dip galvanizing. In the present paper, the effect of both the temperature and the dew point of recrystallization annealing process on the selective surface oxidation behavior of 2 mass% Mn added steel were investigated by glow discharged spectroscopy (GD-OES), secondary electron microscopy (SEM) and transmission electron microscopy (TEM). When the annealing temperature was below 973 K, the Mn internal oxidation did not occur and the amount of Mn external oxidation increased with increasing temperature regardless of the dew point. On the other hand, when the annealing temperature was more than 1023 K, both the external oxidation and the internal oxidation were observed. Especially, the internal oxidation occurred actively and the external oxidation is suppressed when the dew point is more than 263 K. Wagner’s theory could explain the phenomenon which the internal oxidation was occurred in the wider range of dew point as the annealing temperature increased.

1. 諸言

近年,自動車分野では,車体軽量化と衝突安全性向上を目的に,構造部材等への高強度鋼板の適用が拡大している15)。また,車体の防錆品質向上を目的に,亜鉛系めっき鋼板の適用も拡大しており,特に日本ではめっきの厚目付化が容易,且つ防錆性と溶接性に優れる合金化溶融亜鉛めっき鋼板が広く適用されている3,68)。そのため,高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板は自動車の品質向上を可能とする材料として期待されている。

高強度鋼板には高強度化と高加工性を実現化するために,SiやMnをはじめ,様々な元素が添加されている1,3,69)。しかしながら,連続式溶融亜鉛めっき設備(CGL)を用いた鋼板の製造においては,SiやMnの添加は好ましいものではない。一般的なCGLにおける溶融亜鉛めっき鋼板の製造では,露点を250 K以下,且つ温度を1000~1100 K程度に制御した3~20%vol%H2-N2ガス雰囲気の焼鈍炉内で,鋼板表面の自然酸化皮膜を還元するとともに,鋼板組織を再結晶させた後,溶融めっき処理が施される。この焼鈍炉内の雰囲気は,熱力学的にFeに対して還元性である一方,SiやMnに対しては酸化性であるため,SiやMnが鋼中から鋼板表層に拡散し,選択外部酸化(以下,単に外部酸化と示す。)する3,7,10)。形成したSiやMnの外部酸化物は,鋼板の溶融亜鉛に対する濡れ性を低下させるため,亜鉛が被覆しない不めっき欠陥を発生させる要因となることが知られている3,6,7,1013)

また,めっき皮膜中のZnと下地鋼板のFeとを合金化させる工程において,SiやMnを含む外部酸化物が合金化反応を阻害する問題が生じることが報告されている14,15)。従って,SiやMnを添加した鋼の外部酸化挙動を解明することは,高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造性を検討する上で重要である。そのため,再結晶焼鈍(以下,単に焼鈍と示す。)で起こるSiやMnの外部酸化については,その挙動や抑制方法について多くの検討がなされてきた10,1623)。例えば,Hashimotoらによると,Si-Mn複合添加鋼に対して焼鈍雰囲気の露点を高くすることで,SiやMnの選択内部酸化(以下,単に内部酸化と示す。)を促進でき,これにより外部酸化を抑制できることが報告されている16)。一方,Siを殆ど含まないMn添加鋼に対し,Okumuraらは,焼鈍時の到達温度が973 K以上,露点が238 K以下である場合にMnの外部酸化が鋼板表面へのMnの拡散律速で起こることを報告している17)。しかしながら,このようなMn添加鋼に対し,より広範囲な焼鈍温度と露点に対してMnの酸化挙動を論じた論文は他に見当たらない。

そこで本論文では,特に焼鈍露点が238 K以上になった場合のMn添加鋼に対する外部酸化挙動について検討を行う中で,内部酸化挙動についても見出すことができたため,それらの熱力学的考察を行った内容について論ずる。

2. 実験方法

供試材はTable 1に示す組成の厚さ1.0 mmの冷延鋼板(以下,2%Mn鋼と示す。)を用いた。この冷延鋼板を353 Kの3 mass%NaOH水溶液中で電流密度が790 A・dm-2,通電時間が30 sの条件で電解脱脂し,水洗後,333 Kの5 mass%HCl水溶液中に5 s浸漬させ酸洗し,水洗後に乾燥させる一連の前処理を施して焼鈍実験用の原板とした。この原板を5 vol%H2-N2,露点が238 K,263 Kおよび283 Kになるように制御した赤外線加熱炉内で焼鈍した。Fig.1に示す通り,焼鈍の熱履歴は室温から873 Kまでを12°C・s-1,873 Kから最高到達温度までを2°C・s-1の昇温速度となるように制御した。実験(A)では昇温過程における各到達温度でのMnの酸化状態を調査するために,823~1123 K に到達後,直ちに流量が200L・min-1の100 vol%N2でガス冷却を行った。一方,実験(B)では最高到達温度での均熱過程におけるMnの酸化挙動を調査するために,923~1123 Kに到達後,0~300 s間の均熱保持を行った後,流量が200 L・min-1の100 vol%N2でガス冷却を行った。

Table 1. Chemical composition of the specimens (in mass%).
CSiMnPSAl
0.0780.032.000.0130.0030.024
Fig. 1.

Heat pattern of recrystallization annealing.

焼鈍材の表面状態を調査するため,グロー放電発光分析法(GD-OES,堀場製作所製GD-Profiler2)で濃度プロファイルを測定した。測定条件は,測定径が4 mmΦ,出力が35 W,プラズマ用Arガスの圧力が600 Pa,スパッタ時間が300 sとし,その際のスパッタリング速度は,Fe換算で60 nm・s-1であった。

焼鈍材の表面は,走査型電子顕微鏡(SEM,日本電子製JSM-7001F)と付属するエネルギー分散型X線分析(EDS)を用いて,加速電圧が15 kVの条件で観察および分析した。一部の鋼板に対しては,鋼板表層の断面を集束イオンビーム法(FIB)により加工を行い,厚さが約50 nmになるように調製した後に,Cu製のグリッドメッシュ上に載せ,透過型電子顕微鏡(TEM,日本電子製JEM-2010F)と付属するEDSを用いて観察・分析を行った。なお,その際は,加速電圧が200 kVにて実施した。

3. 結果および考察

3・1 Mnの酸化挙動に及ぼす焼鈍条件の影響

3・1・1 到達温度と露点の影響

実験(A)で作製した焼鈍材について,各試料のGD-OESによる深さ方向元素プロファイルの測定結果をFig.2に示す。図より,いずれの試料においても,スパッタ時間が短い領域にてMnとOのピークが確認されており,鋼板の最表層にはMn系外部酸化物が形成されていることを示唆していると考えられる。また,Mnのピーク強度はいずれの露点条件においても,焼鈍到達温度が823 Kでは非常に小さいが,923 K以上で大きくなり,焼鈍到達温度の上昇とともに増加する傾向が認められた。さらに,いずれの焼鈍到達温度においても,露点の上昇とともにMnのピーク強度が減少する傾向が認められるが,同じ焼鈍到達温度の条件では,Mnのピーク強度が露点238 Kの条件で特に高く,それよりも高い露点の場合に低いことが分かる。これらの結果は,焼鈍後の鋼板表面に形成されるMn系外部酸化物は,焼鈍到達温度の上昇とともに生成量が増加すること,また本実験で用いた中で露点が低い238 Kの条件で生成量が多いことを示していると考えられる。

Fig. 2.

GD-OES depth profile of the surface of the samples annealed in 5vol%H2-N2 atmosphere at 823, 923, 1023, 1123 K and at the dew point of 238, 263, 283 K.

さらに,焼鈍到達温度1123 Kの条件では,露点が高い263 Kと283 Kの条件でスパッタ時間が長い領域(図中の矢印部)にもMnとOのピークが確認されており,鋼板の内部にMn系内部酸化物が形成されていることを示唆していると考えられる。

Fig.2でGD-OESの測定を行ったものと同じ試料の表面をSEM観察した結果をFig.3に示す。いずれのSEM像においても,白い粒状物質(図中の矢印部)の存在が認められており,これらは図中に示すEDS分析によりMn系酸化物であることが確認された。また,いずれの露点条件においても,焼鈍到達温度が823 Kでは,このMn系酸化物は非常に小さく,また観察される量も微量であるが,特に1023 K以上の温度になると,そのサイズも到達温度の上昇とともに大きくなっていることが分かる。さらに,同じ焼鈍到達温度で見た場合,923 Kまでは焼鈍露点による差はあまり認められないのに対し,923 K以上の焼鈍到達温度に着目すると,露点238 Kの条件では比較的多くのMn系酸化物が鋼板表面全体を覆っているが,それよりも高い露点の条件では,Mn系酸化物は,より疎らに存在しており,鋼板素地が露出している部分が多いことが分かる。これらの焼鈍到達温度や雰囲気露点によるMn系酸化物の存在に対する傾向は,前述したGD-OESのMnピーク強度の傾向と同様であった。

Fig. 3.

SEM images and EDS analytical results of the surface of the samples annealed in 5vol%H2-N2 atmosphere at 823-, 923, 1023, 1123 K and at the dew point of 238, 263, 283 K.

そこで,各試料に対して,鋼板表面に存在するMn系外部酸化物を定量化するために,Kobaらの報告6)にあるGD-OESの深さ方向元素プロファイルのMnピーク面積を算出する方法を用いた。各露点条件における焼鈍到達温度に対するMn系外部酸化物量の変化をFig.4に示す。図より,焼鈍到達温度が873 Kまでは,いずれの露点条件においてもMn系外部酸化物の量はほぼゼロであり,873 Kを超えると,到達温度の上昇に伴ってわずかにMn系外部酸化物量が増加していることが分かる。さらに,973 Kを超えると,露点238 Kの条件では,それ以外の露点の場合と比較して,到達温度に対する急激なMn系外部酸化物量の増加が認められた。

Fig. 4.

Effect of maximum temperature on Mn selective external oxidation behavior in 5vol%H2-N2 atmosphere at the dew point of 238, 263, 283 K.

Okumuraら17)がMn添加鋼における焼鈍時のMn外部酸化速度が973~1073 Kの温度域で温度の上昇とともに増加し,1073 Kで最大値を示し,1073 Kを超えると温度の上昇とともに減少することを報告している。さらに,特に露点238 Kの場合では,Mn系外部酸化量は焼鈍到達温度が973~1073 Kの範囲で到達温度の上昇とともに著しく増加し,1073~1123 Kの温度域では増減が殆ど認められず,焼鈍到達温度が1123~1173 Kの範囲で到達温度の上昇とも減少すると報告している。よって,本実験の結果は奥村らの実験結果と焼鈍到達温度が973~1123 Kの広い温度域で概ね一致した。ただし,本実験では露点が238 Kで焼鈍温度が1073~1123 Kの範囲においてもMn系外部酸化量の増加が認められており,この部分でOkumuraらの実験結果と乖離が生じた。この乖離の原因については特定できていないが,推定原因の一つとして,両者の実験で焼鈍の昇温速度が異なったことで表面酸化状態が異なったことが考えられる。

次に,焼鈍到達温度が973 Kを超える領域に対して,断面TEM観察を行った結果をFig.5に示す。到達温度が1023 Kの場合に,露点238 Kの条件では鋼板内部には特に目立った物質は確認されないが,露点が263 K以上の条件では表層側の鋼板内部に数十nm以下の微小な粒状物質の存在が認められ,露点の上昇に伴いわずかに増加する傾向であることが分かる。これらの粒状物質はEDS分析によりMn系酸化物であることが確認された。なお,EDSスペクトルに現れたCuのピークは,TEM観察に用いたCu製のグリッドメッシュ由来であると考えられる。一方,到達温度が1123 Kの場合には,全ての露点条件で数十nm以下の微小な粒状のMn系内部酸化物が存在していることが確認され,露点の上昇に伴い形成量が増加していることが分かる。

Fig. 5.

TEM images and EDS analytical results of the cross section of the samples annealed in 5vol%H2-N2 atmosphere at 1023, 1123 K and at the dew point of 238, 263, 283 K.

さらに,同じ露点条件では,焼鈍到達温度の上昇に伴って上記のMn系内部酸化物の形成量が増加する傾向が認められた。具体的に,露点が238 Kの場合に,到達温度が1023 Kの条件ではMn系内部酸化物の形成は認められないが,到達温度が1123 Kの条件では表層から300 nm程度の厚さの部分に数十nm以下の微小なMn系内部酸化物の形成が認められた。また,露点が263 Kの場合では,到達温度が1023 Kの条件で表層から100 nm程度の厚さの部分に数十nm以下の微小なMn系内部酸化物の形成が認められ,到達温度が1123 Kに上昇するとともにMn系内部酸化物の形成量が増加し,その形成範囲は表層から300 nm程度まで拡大した。さらに,露点が283 Kの場合では,露点が263 Kの場合と同様の傾向が認められ,到達温度が1023 Kから1123 Kに上昇するとともにMn系内部酸化の形成が表層200 nm程度の範囲から表層500 nm程度の範囲まで拡大して起こった。

以上の結果は,焼鈍後の鋼板内部に形成されるMn系内部酸化物は,焼鈍到達温度の上昇とともに生成量が増加すること,また本実験で用いた中で露点が特に高い283 Kの条件で生成量が多いことを示していると考えられる。

加えて,焼鈍到達温度が1123 Kの場合では,露点238 Kの条件のTEM像(図中の点線囲い部)に見られるような数十から数百nm程度の粗大なMn系内部酸化物が全ての露点条件で局部的に存在していた。なお,この粗大なMn系内部酸化物について,形成する位置と母材組織との関係については調査できていないが,MnやOの拡散速度が大きくなる粒界で形成および成長したMn系内部酸化物であると推定している。また,何れの試料のTEM観察においても,粒界,粒内を問わずSi酸化物やSi-Mn複合酸化物の存在は特に認められなかった。

以上のことから,Fig.4に示したMn系外部酸化物量に対する焼鈍到達温度や雰囲気露点の変化は,鋼板内部に形成されるMn系内部酸化物の量によるものであると予想される。

以上の結果を元に,2%Mn鋼の昇温過程におけるMnの選択表面酸化挙動について,観察結果をもとにFig.6に模式図を示した。まず初めに,到達温度が873 K以下の低温域では,いずれの露点条件においてもMnの外部酸化は殆ど起こらない。これは,低温域ではMnの拡散速度が小さく鋼板表面に雰囲気中の微量酸素と反応するMn量が十分でないことに起因すると考えられる。一方,到達温度が873 Kを越えると鋼中のMnが表面に拡散することで鋼板表面にはMn系外部酸化物がわずかに形成され,その量は到達温度の上昇に伴って徐々に増加する。さらに,到達温度が1023 K以上になると,Mn系外部酸化量は増加するが,最高到達温度や露点によりMn系内部酸化物の形成量に差が生じるため,Mn系外部酸化物の形成にもこれらによる変化が生じると考えられる。具体的には,露点が高い263 Kや283 Kの場合では1023 K以上の到達温度で既にMn系内部酸化物の形成が始まり,到達温度の上昇に伴ってさらに増加するのに対し,露点が低い238 Kの条件では1123 K以上の到達温度でMn系内部酸化物の形成が始まる。

Fig. 6.

Effect of dew point on selective surface oxidation behavior of Mn added steel.

なお,このようなMn系内部酸化物の周囲では,Hashimotoらが報告16)しているように,Mnの固溶量が低下し,Mnの原子移動が阻害される結果,表層側へ向かうMnの外方拡散量が減少し,Mn外部酸化が抑制されるものと考えられる。

3・1・2 最高到達温度における保持時間の影響

実験(B)では,前述の実験(A)においてMn系外部酸化物量に対して露点の影響が認められなかった到達温度923 K,および露点の影響が僅かに認められた1023 K,さらに露点の影響が顕著に認められた1123 Kにおいて均熱保持を行い,Mn系外部酸化挙動に及ぼす保持時間の影響を調査した。

保持温度が923 K,1023 Kおよび1123 Kで焼鈍した鋼板のGD-OES深さ方向元素分析結果をもとに,各温度におけるMn系外部酸化量の保持時間に対する変化をFig.7に示す。

Fig. 7.

Effect of dew point on Mn selective external oxidation behavior under isothermal holding at (a) 923 K, (b) 1023 K and (c) 1123 K.

図より,何れの焼鈍温度と露点の条件においても,Mn系外部酸化量は保持時間の平方根に比例して増加した。これはMnの外部酸化が鋼板表面へのMnの拡散律速であることを示しており,従来の知見17,22)と一致する。さらに,Mn系外部酸化物量は,いずれの保持温度および露点においても保持時間の増加と共に増加する傾向を示すが,保持温度が923 Kの条件では,Mn系外部酸化量は,露点が変化しても,保持時間に対してほぼ同等の値を示しながら増加していることが分かる。一方,保持温度が1023 Kと1123 Kの条件では,Mn系外部酸化量の増加挙動に露点により違いが認められる。まず,保持温度が1023 Kの場合では,露点が238 Kと263 K以上とで保持時間0秒でのMn系外部酸化量の差は小さいが,保持時間の増加とともにその格差が大きくなっていることが分かる。これに対して,保持温度が1123 Kの場合では,保持時間0秒の段階で露点による差が存在し,保持時間が増加しても,その差にはほとんど変化が認められないことが分かる。

なお,実験(B)の焼鈍後鋼板の断面観察は実施していないが,前述したGD-OESプロファイルにおいて1023 K以上の焼鈍実験を行ったものでは,鋼板内部に相当する部分にMnおよびOのピークが認められていた。このことは,焼鈍時の露点によりMn系外部酸化量の増加挙動に違いが認められた1023 K以上の場合には,Mn系内部酸化物の形成が影響していたものと推定される。

3・2 Mnの選択表面酸化挙動とWagner理論との比較

これまで述べてきたように,2%Mn鋼における焼鈍では雰囲気の露点ならびに到達温度の条件によってMn系外部酸化量が変化し,同時にMnが内部酸化物で存在するか否かにも影響することが分かった。得られた結果の妥当性について議論するために,Wagner理論24,25)による計算との比較を行った。なお,本理論計算はMn系外部酸化物,およびMn系内部酸化物を簡易的にMnOとして行った。

典型的な内部酸化は,酸素の内方への拡散速度が溶質元素の外方への拡散速度に比べ著しく大きい場合,すなわち雰囲気中の酸素ポテンシャルが高い,もしくは溶質元素の濃度が低いときに起こる。この場合,溶質元素は外方に拡散せずその場で酸化されるため,内部酸化層中の酸化物のモル分率はバルクの溶質元素のモル分率にほぼ等しい。

一方,溶質元素の濃度の増大や酸素ポテンシャルの低下が起こると,内部酸化は酸素の内方拡散と溶質元素の外方拡散の両方に支配されるようになる。したがって,内部酸化層中で溶質元素の濃化が促進され,酸化物の体積分率を増大させる。このとき,層中の酸化物体積分率(g)がある臨界体積分率(g*)を越えると内部酸化から外部酸化に転移し,このときの合金の最表面における酸素濃度(NOS*)は次式で表わされる26,27)

  
N0S={2x(NM0)2VMOxDM}/{πg*VDO}(1)

ここで,NM0は溶質元素(M)のバルクのモル分率,NOSは合金最表面での酸素のモル分率(雰囲気中の酸素ポテンシャルと平衡状態にあると仮定),DM,DOはそれぞれ合金中での溶質元素および酸素の拡散係数である。さらに,VとVMOxは合金および酸化物(MOx)のモル体積である。また,臨界体積分率(g*)の値には,本来Mn添加鋼中のMnOの臨界体積を用いるべきであるが,実験によって求められた値の報告例がないため,高温酸化の実験から見積もられたIn-Ag合金中のIn2O3の臨界体積(=0.3)28)を用いた。

ここで,式(1)を2%Mn鋼で行った本実験系の式に書き換えると以下の通りになる。

  
N0S={2x(NMn0)2VMnODMn}/{πg*VFeDO}(2)

なお,Fe合金中におけるMnとOの拡散係数は,Fe母材組織(フェライト,オーステナイト)によって変化するため,各相の比率を考慮する必要がある。この場合,式(2)はオーステナイト分率をf(0≦f≦1)とすると,式(3)のように表される。

  
N0S=f[{2x(NMn0)2VMnODMn}/{πg*VFeDO}]γ+(1f)[{2x(NMn0)2VMnODMn}/{πg*VFeDO}]α(3)

本検討では,実験に用いた2%Mn鋼について各温度におけるオーステナイト分率を熱力学計算ソフトThermo-Calを用いて算出した。2%Mn鋼のオーステナイト分率をFig.8に示す。図より分かるように,1083 K未満ではオーステナイト分率は温度に対して変化するのに対し,1083 K以上では全てオーステナイト相であるとして計算することになる。

Fig. 8.

Effect of temperature on the volume fraction of austenite in 0.078C-0.03Si-2.00Mn-0.013P-0.003S-0.024Al steel.

また,フェライトおよびオーステナイト中におけるMnの拡散係数(DMnα,DMnγ)および酸素の拡散係数(DOα,DOγ)は,それぞれ温度T(K)と気体定数R=8.3145(J・mol-1・K-1)を用いて示される以下の式2931)を活用した。

  
DMnα=1.49exp(55800/RT)(4)
  
DMnγ=0.16exp(62500/RT)(5)
  
DOα=0.4exp(39900/RT)(6)
  
DOγ=5.754exp(40350/RT)(7)

さらに,フェライトとオーステナイト,および酸化物(MnO)のモル体積(VFeα,VFeγ,VMnO)はそれぞれ,文献値32)の7.09×10-6(m3・mol-1),6.85×10-6(m3・mol-1),13.02×10-6(m3・mol-1)を活用した。

よって,上記に示した各値とMnのバルクのモル分率NMn0(=0.020),および酸化物の臨界体積分率g*(=0.3)を式(3)に代入することで,各温度においてMnの内部酸化から外部酸化へ変化する際の鋼板最表面における酸素モル分率(NOS)を算出することができる。

このようによって計算された酸素モル分率(NOS)を焼鈍雰囲気の露点により表わすためには,Swisher and Turkdoganにより表わされている以下の熱力学方程式33)を用いることができる。

  
H2(g,atm)+O(wt.%)=H2O(g,atm)(8)
  
K=(PH2O/PH2)[1/O(wt.%)](9)

ここで,Kは平衡定数,PH2Oは蒸気圧,PH2は水素分圧を示す。また,Kの温度依存性は温度T(K)と気体定数R(=8.3145(J・mol-1・K-1))を用いて,以下の式(10)で明示される33)

  
K=0.162exp(22876/RT)(10)

さらに,NOSとPH2O/PH2の関係は,以下の式(11)で表わされる27,34)

  
N0S=(1/K)(55.8/1600)(PH2O/PH2)(11)

以上の式(3)(10)および(11)を組み合わせることで,Mnの内部酸化から外部酸化へ変化する際のPH2O/PH2の値が算出され,本実験で使用した5 vol%H2-N2の一定条件からPH2を代入することでPH2Oを求めることができ,最終的に飽和蒸気圧曲線図から対応する露点を求めることができる32,35)

上述の理論計算により,各温度における2%Mn鋼の内部酸化から外部酸化に転移する露点を求めた結果をFig.9中に破線で示した。この破線よりも図中の上の領域ではMnは内部酸化し,下の領域ではMnは外部酸化することを示している。図中には,本実験で行った到達温度および露点に対して,Mn内部酸化物が認められた条件を丸印(○)で表記した。図より,到達温度がより高温になると,内部酸化が発生する露点の範囲が広がる傾向に対して,実験結果と理論計算の傾向の類似は認められるものの,必ずしも内部酸化領域のみで内部酸化が生じるとは限らないことが分かる。さらに,本実験で実施した全ての条件においてMn系外部酸化物の形成が認められていたことから,内部酸化領域でもすべてが内部酸化によりMnが消費されるとは限らず,実際はMn外部酸化が起こることを示しており,Mn外部酸化領域においても理論と乖離していることが分かる。

Fig. 9.

Equilibrium dew point plotted as a function of temperature and conditions for Mn internal oxidation of 0.078C-0.03Si-2.00Mn-0.013S-0.042Al steel.

なお,これらの乖離が生じる推定原因として,以下の二点が挙げられる。一点目は,Mnの内部酸化から外部酸化へ転移する露点の理論計算の不正確さによる実験データとの乖離である。具体的に,理論計算において,Mnや酸素の拡散係数(DMn,DO)として粒界や転位で起こる速い拡散が考慮されない完全結晶中における各拡散係数を用いていること,また酸化物の臨界体積(g*)として実験の対象とは異なるIn-Ag合金中のIn2O3の臨界体積を用いていることにより,転移露点が高い精度で予測されていない可能性が考えられる。さらに,本平衡理論計算では,Thermo-Calによって算出した2%Mn鋼のオーステナイト分率を用いたため,焼鈍温度が1083 K以上では母材組織が全てオーステナイトであると仮定されている。しかしながら,実際には焼鈍温度が1023 K以上では母材表層でMn内部酸化が起こり,その周辺ではMnの欠乏によってフェライトが安定することから,オーステナイト分率の値にもわずかに乖離があることが考えられる。

二点目は,本計算では速度を考慮に入れることができていない点が挙げられる。例えば,内部酸化領域であってもある時間を要し,その間に外部への溶質元素拡散が生じてしまい,外部酸化が生じてしまう可能性や,逆に外部酸化領域であっても,ある時間を要することによる乖離が生じてしまう可能性があると考えられる。

4. 結言

Mn添加鋼の選択表面酸化挙動に及ぼす再結晶焼鈍時の温度と露点の影響を明らかにすることを目的とし,2%Mn鋼の昇温過程におけるMnの外部酸化挙動と内部酸化挙動について調査した結果,以下のことが明らかとなった。

(1)Mn外部酸化の開始温度は,露点に関係なく823 K以上で認められた。

(2)873~973 Kの温度域では,露点に関係なくMn外部酸化量は温度の上昇に伴って増加し,またこの温度域では内部酸化の発生は認められなかった。

(3)1023 K以上の温度域では,露点が263 K以上の高い場合においてMn外部酸化が抑制された。これは,Mn内部酸化が活発に起こることで,Mn外部酸化が抑制されたためと考えられる。

(4)Wagnar理論を用いた計算により,到達温度が高温であるほど広範囲な露点で内部酸化が生じる挙動は説明することができた。より詳細には,各物性値の精度向上や速度論の考慮が必要であると考えられる。

文献
 
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