Tetsu-to-Hagane
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Hydrogen Embrittlement Mechanism of Ultrafine-grained Iron with Different Grain Sizes
Satoshi MitomiHideaki Iwaoka Shoichi Hirosawa
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 108 Issue 11 Pages 864-876

Details
Abstract

To investigate the effect of grain sizes on hydrogen embrittlement of 4N-purity iron, miniature tensile tests were conducted after hydrogen charging for ultrafine-grained specimens produced by high-pressure torsion and subsequent annealing. Hydrogen embrittlement indexes defined from reduction of area were increased with decreasing grain size, and shear-type fracture was occurred with fine dimples on the fracture surface of the specimen with a smaller grain size. The formation and growth of microvoids at triple junctions of grain boundaries ahead of propagated cracks were responsible for such earlier shear-type fracture because necking between adjacent microvoids is more likely and extensively occurred. In the specimens with larger grain sizes or without hydrogen charging, on the other hand, local coalescence and growth of microvoids were predominant due to longer distances between triple junctions, resulting in void coalescence-type fracture with coarser dimple patterns. Therefore, hydrogen atoms introduced by hydrogen charging are considered to enhance the formation of deformation-induced vacancies in ultrafine-grained iron, resulting in shear-type fracture with finer dimple patterns.

1. 緒言

近年,低炭素社会の実現に向けて,様々な資源から作り出すことができ,利用段階でCO2を排出しない水素エネルギーの活用が期待されている。社会全体として水素の活用を図るためには水素の貯蔵や輸送のためのインフラを整備していく必要があるが,容器として用いられる金属材料では,水素が侵入することで強度特性や破壊特性が劣化し,早期に破断する水素脆化が問題となっている。特に,軽量化と安全性の観点から利用が拡大している高強度鋼は,強度が高くなるほど水素脆化感受性が高くなることが知られており1),その対策を考える上でも水素脆化の機構を解明することは重要である。

通常,金属中に侵入した水素原子は結晶格子中だけでなく,転位27)や空孔8,9),結晶粒界6,10)などの格子欠陥にトラップされた状態でも存在する。金属の変形や破壊は格子欠陥の存在状態に支配されるため,水素が格子欠陥にどのように影響するかについては,これまで多くの検討がなされてきた。例えば,塑性変形を担う転位と水素の相互作用が材料を脆化させる機構として,水素助長局所塑性変形理論(Hydrogen-Enhanced Localized Plasticity,HELP)が報告されている11)。これは水素原子が転位の易動度を増加させることで,き裂先端領域の局所的な塑性変形が助長され,き裂の進行が促進するというものである12)。また,空孔が関与した水素脆化機構としては,水素助長歪み誘起空孔理論(Hydrogen-Enhanced Strain-Induced Vacancy,HESIV)が報告されており13),水素原子の存在が塑性変形によって生じる空孔量を増加させ,空孔同士の凝集を助長してボイドを形成することで14),延性的な変形を示しつつもき裂の進行が促進されるとしている。

さらに結晶粒界に関しては,材料中に水素を多量にチャージすると,粒界破壊が起こりやすくなることが報告されており1518),分子動力学計算の結果から,水素によって結晶粒界の凝集エネルギーが低下することが原因であるとされている19,20)。しかし一方で,結晶粒を微細化すると水素による延性低下が起こりにくくなるという報告もあり2129),結晶粒界と水素の相互作用が水素脆化抑制に寄与する可能性も示唆されている。ただし,これらの報告の中には,引張変形中に加工誘起マルテンサイトや変形双晶が生じている場合もあり,必ずしも水素脆化に及ぼす結晶粒界の影響をとらえているわけではない。例えばParkら24)やZanら25)は,結晶粒径の異なる高Mn鋼に対して水素チャージ後に引張試験を行い,粒径が小さいほど水素原子のトラップサイトとなる変形双晶の発生が抑制され,水素チャージによる伸びの低下が緩和されると報告している。またChenら23)は,引張変形したFe-Ni合金では結晶粒径が小さいほどすべり帯中の転位が少なく,転位によって結晶粒界へと輸送される水素量が減少するために,水素脆化感受性が低下するとしている。このように,水素脆化は結晶粒微細化に付随する微視的組織変化とも密接に関連しており,結晶粒界と水素の相互作用の影響と,上述した微視的組織変化の影響とを分離して理解することが肝要である。

本研究では,結晶粒微細化に付随する微視的組織変化の影響を排除して,結晶粒界と水素の相互作用が水素脆化に及ぼす影響を調べるため,高圧ねじり(High-Pressure Torsion,HPT)加工30)およびその後の熱処理によって作製した様々な結晶粒径をもつ4N純度の超微細粒鉄に対して予め異なる時間水素をチャージしてから引張試験を行った(水素予チャージ引張試験)。HPT加工は多量のひずみを与えることで純金属でも1 μm以下の超微細粒組織にすることができ,不純物の混入も少ないといった特徴を持つ。過去にMineら31)やTodakaら32)はHPT加工により結晶粒を微細化したFe-0.01 mass% Cや極低炭素鋼に対して水素チャージ後に引張試験または水素環境下で小型パンチ試験を行うことで,水素による機械的特性の変化について調査している。これらの結果から結晶粒が微細な試料ほど水素脆化が起こりやすくなるとする一方,超微細粒材料の破壊のメカニズムについては十分検討されておらず,結晶粒界の水素脆化への影響については明らかとなっていない。そこで,本研究では超微細粒をもつ4N純度の鉄においてどのようなメカニズムで破断が起こっているのかを引張試験片破断面および破断直前の試料内部のボイドやき裂の観察から考察し,そこから結晶粒界が水素脆化に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。

2. 実験方法

2・1 試料作製と熱処理

供試材として,Table 1に示した純度99.99%(4N)の鉄を用いた。厚さ1 mmの板材から放電加工によりφ20 mmのディスク状試料を切り出し,Ar雰囲気中において750°Cで3 hの焼鈍を行った後(Anneal材),圧力P=1.5 GPa,回転速度ω=0.25 rpm,回転数N=5の条件でHPT加工を施した(HPT材)。その後,Fig.1に示すようにHPT材から放電加工により,微小引張試験用に長さ4 mm,幅1 mm,厚さ0.6 mmの平行部をもつダンベル状試験片を,昇温脱離分析(Thermal Desorption Spectrometry,TDS)用にφ8.6 mmのディスク状試験片を切り出した。両試験片の表面をエメリー紙#100~#2000で研磨後,0.3 μm のAl2O3粒子によるバフ研磨を行い,Ar雰囲気中において250,300,350°Cで1 hの熱処理を施して,様々な結晶粒径をもつ試料を作製した (HPT+250,300,350°C材)。なお,各試料の組織の観察は電界放出型走査電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscopy,FE-SEM)JSM-7001F付属の結晶方位解析装置(Orientation Imaging Microscope,OIM)による電子線後方散乱回折(Electron Back Scatter Diffraction,EBSD)解析をステップサイズ7.5 nmで行った。

Table 1. Chemical composition of the investigated 4N-purity iron.
FeCSiCuNiCrMn
Bal.0.002<0.0020.00050.00040.00030.0001

Unit: mass%

Fig. 1.

Sampling positions of tensile specimen and TDS specimen from the disk processed by HPT. (Online version in color.)

2・2 水素予チャージ引張試験

本研究では,HPT+250,300,350°C材に対して,陰極チャージ法により予め水素チャージしてから引張試験を行う“水素予チャージ引張試験”と水素チャージせずに引張試験を行う“未チャージ引張試験”を実施した。Fig.2に示したように,微小引張試験片を試験機にセットした後に,氷水で温度を一定とした0.2 N NaOH水溶液中に浸漬し,電流密度50 A/m2の一定電流を流しながら,HPT+250°C材には0.5,1,3,6,12 h,HPT+300°C材には3,4.5,6,12,18 h,HPT+350°C材には3,6,12,18,24 hの水素チャージを施した。その後,すぐにNaOH水溶液中にて初期ひずみ速度8.3×10-5 s-1で引張試験を行い,公称応力-クロスヘッド変位曲線を取得した。なお,クロスヘッドの変位は試験片平行部以外の変形や試験片と治具間の遊びなども含むため,本研究における延性の評価法としては,引張試験前の試験片断面積S0ならびに走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy,SEM)像から得られた破断後の試験片断面積Sから算出した絞り値F

  
F=S0SS0(1)
Fig. 2.

Schematic illustration of miniature tensile test after cathode hydrogen charging. (Online version in color.)

を用いることとした。

2・3 SEMおよびレーザー顕微鏡による観察

水素予チャージ引張試験および未チャージ引張試験を行った試験片の破断面をSEMによって加速電圧15 kVで観察した。さらに,試験片の破断部をKEYENCE製レーザー顕微鏡VK-X250を用いて三次元的に観察し,結晶粒径や水素チャージ量の違いによる破壊形態の変化を調査した。

また,一部の試料に関しては,破断直前で引張試験を中断し,試験片のネッキング部をエメリー紙および酸性アルミナ懸濁液(OP-Aサスペンション)によって研磨した後,内部のボイドやき裂の様子をSEM観察ならびにEBSD解析により調査した。

2・4 昇温脱離分析

水素予チャージ後の試料内の水素量を評価するため,昇温脱離分析(TDS)装置IH-TDS1700を用いてTDS測定を行った。0.5,1,3,6,12 h水素予チャージHPT+250°C材や3 h水素予チャージHPT+300,350°C材を,昇温速度20°C/minで-130~300°Cの温度範囲に昇温し,放出された水素量を比較することで,チャージ時間の増加に伴う試料内の水素量の変化や,同じチャージ時間で侵入する水素量の結晶粒径依存性を評価した。なお,TDS測定用試料の水素チャージ条件は,水素予チャージ引張試験と同等とした。

3. 実験結果

3・1 平均結晶粒径と水素予チャージ前の試料内の水素量

Fig.3(a-f)にEBSD解析によって得られたHPT+250,300,350°C材の結晶方位マップ,結晶粒界マップを示す。いずれの試料も方位差15°以上の大角粒界をもつランダム方位の超微細結晶粒からなり,平均結晶粒径はそれぞれ~0.50,~0.82,~1.01 μmであることが確認された。この結晶粒径は,2N純度のFe-0.01%C合金HPT材に300,400,500°Cで0.5 hの熱処理を施した際の結晶粒径~0.167,~0.239,~0.395 μm31)よりも大きく,本研究で用いた4N純度の鉄はより低温の熱処理でも十分にHPT加工によって導入された転位が回復,超微細粒が成長,結晶粒界が大角化することがわかった。また,方位差5°以上の境界を結晶粒界として作成したKernel Average Misorientation (KAM)マップ(Fig.3(g-i))から,方位差θKAMは結晶粒界で大きくなっているものの結晶粒内では小さいことがわかった。KAM値の値とGN転位密度には相関性があることから33),本研究で用いた試料の結晶粒内の転位は結晶粒界近傍に比べて少ない状態であると考えられる。

Fig. 3.

(a)(b)(c) Orientation maps, (d)(e)(f) grain boundary maps and (g)(h)(i) KAM maps of (a)(d)(g) HPT+250°C, (b)(e)(h) HPT+300°C and (c)(f)(i) HPT+350°C samples.

Fig.4にAnneal材,HPT材,HPT+250°C材を水素チャージせずにTDS測定した結果を示す。大きな転位密度ならびに小さな結晶粒径をもつHPT材では,水素チャージを行なわなくても0.667 mass ppmの水素が検出され,湿式研磨中に水との反応で多くの水素原子が試料内に侵入したことが示唆された。しかし,これらの水素原子はHPT材を250°Cまで昇温すると多くが放出され,事実HPT+250°C材では0.00175 mass ppmとほとんど水素が検出されなかった。そのため,本研究で施した熱処理は試料の結晶粒径を変化させるだけでなく,湿式研磨時に侵入した水素を除去する役割も果たしていることが確かめられた。

Fig. 4.

TDS profiles of annealed, HPT and HPT+250°C samples without hydrogen charging. Total contents of detected hydrogen are numerically indicated. (Online version in color.)

3・2 水素予チャージ引張試験と水素脆化感受性指数

Fig.5に,HPT+250°C材の未チャージおよび0.5,1,3,6,12 h水素予チャージ引張試験結果,HPT+300°C材の未チャージおよび3,4.5,12,18 h水素予チャージ引張試験結果,HPT+350°C材の未チャージおよび3,6,12,18,24 h水素予チャージ引張試験結果を示す。試料やチャージ時間によらず,いずれの公称応力-クロスヘッド変位曲線においても,応力が最大値に達した後に急激に低下し,その後は緩やかに応力が減少する不連続降伏現象が観察された。この臨界(最大)応力を降伏強度とすると,平均結晶粒径が小さいHPT+250°C材が最も降伏強度が大きく(Fig.5(a)),結晶粒微細化強化が図られたことがわかる。一方,降伏強度の水素チャージ時間(t)依存性はほとんど観察されず,破断までのクロスヘッド変位量のみがtの増加に伴って減少した。この傾向は,絞り値Ftに対してプロットしたFig.6でも明らかであり,HPT+250,300,350°C材いずれにおいても,tが増加するにつれてFが単調に減少した。ただし,長時間チャージを行うとFの減少は飽和しており,飽和に達するtはHPT+250°C材で3 h程度だったのに対し,HPT+350°C材では18 h程度と,結晶粒径が大きくなるほど長くなった。

Fig. 5.

Stress-crosshead displacement curves of (a) HPT+250°C, (b) HPT+300°C and (c) HPT+350°C samples after hydrogen charging for different charging times. (Online version in color.)

Fig. 6.

Charging time dependence of reduction of area for (a) HPT+250°C, (b) HPT+300°C and (c) HPT+350°C samples obtained by miniature tensile test. (Online version in color.)

Fig.7に,水素脆化感受性指数Iをチャージ時間tに対してプロットしたグラフを示す。ここでIは,Fig.6に示した各試料のFから

  
I=F0FHF0(2)
Fig. 7.

Charging time dependence of hydrogen embrittlement index for (a) HPT+250°C, (b) HPT+300°C and (c) HPT+350°C samples obtained by miniature tensile test. (Online version in color.)

の式によって求められ,Iが大きいほど水素チャージによる延性の減少率が大きい,すなわち水素脆化の影響を強く受けていることを表している(ここで,F0:未チャージ材の絞り値,FH:水素予チャージ材の絞り値)。Fig.7より,結晶粒径が小さいほどIが大きく,特にHPT+250°C材では短時間の水素チャージで急激に水素脆化することがわかった。

3・3 破断面の解析と破壊形態の遷移

Fig.8Fig.9に,HPT+250°C材の未チャージおよび12 h水素予チャージ引張試験片,HPT+350°C材の未チャージおよび24 h水素予チャージ引張試験片の破断面のSEM像を示す。HPT+250,350°C材ともに,未チャージ引張試験片は平行部断面が大きく絞られ(Fig.8(a), (b)),その破断面には<1 μmの微小なディンプルと,中心部が窪んだ粗大なディンプルが確認された(Fig.9(a), (b))。一方,水素予チャージ引張試験片では,HPT+350°C材で未チャージ引張試験片と同様の延性破面が観察されたのに対し(Fig.9(d)),HPT+250°C材では平行部断面がほとんど絞られず(Fig.8(c)),<1 μmの微小なディンプルとともに矢印で示すような伸長した浅いディンプルを持つ破断面となった(Fig.9(c))。破断部の違いは,対応するレーザー顕微鏡像でも確認され,中央部が大きく凹んだボイド合体型破壊(Fig.10(a)(b)(d))と,斜めに切られたせん断型破壊(Fig.10(c))とに破壊形態を分類することができた。なお,ここでは示していないが,HPT+250°C材の0.5 h水素予チャージ引張試験片は前者,1 h水素予チャージ引張試験片は後者の破壊形態を呈しており,Fig.7でHPT+250°C材が示した急激な水素脆化感受性指数Iの増加は,ボイド合体型破壊からせん断型破壊への破壊形態の遷移に対応することがわかった。ちなみに,このような破壊形態の遷移は2N純度のFe-0.01%C合金HPT材でも確認されている31)

Fig. 8.

SEM images of fracture surface for (a) HPT+250°C sample without charging, (b) HPT+350°C sample without charging, (c) HPT+250°C sample with 12 h charging and (d) HPT+350°C sample with 24 h charging.

Fig. 9.

Magnified SEM images of fracture surface for (a) HPT+250°C sample without charging, (b) HPT+350°C sample without charging, (c) HPT+250°C sample with 12 h charging and (d) HPT+350°C sample with 24 h charging.

Fig. 10.

Laser scanning images color-coded with the difference in height of fracture surface for (a) HPT+250°C sample without charging, (b) HPT+350°C sample without charging, (c) HPT+250°C sample with 12 h charging and (d) HPT+350°C sample with 24 h charging. (Online version in color.)

3・4 水素予チャージ後の試料内の水素濃度と水素脆化感受性指数

Fig.11に,水素脆化の影響が顕著に表れた0.5,1,3,6,12 h水素予チャージHPT+250°C材のTDS測定結果を示す。試料内の水素量Cのチャージ時間依存性を示すFig.11より,Cはチャージ時間とともに増加するが,3 h以降は増加が緩やかになり~0.7 mass ppm程度で飽和した。このことからFig.7においてIが3 h程度で飽和したのはそれ以上チャージを行っても水素が内部に侵入しなかったためであると考えられる。

Fig. 11.

Charging time dependence of hydrogen content in HPT+250°C sample. (Online version in color.)

Fig.12に,3 h水素予チャージHPT+250,300,350°C材のTDS測定結果を示す。同じ時間水素チャージを行ったにも関わらず,結晶粒径が小さいほど試料内の水素量Cは大きく,陰極チャージ中に試料表面で発生した水素原子は,結晶粒界量の多いHPT+250°C材ほど試料内に侵入,Cが増加したものと思われる。

Fig. 12.

Grain size dependence of hydrogen content in HPT+250°C, HPT+300°C and HPT+350°C samples after hydrogen charging for 3 h. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 水素未チャージ材の破壊機構

水素チャージによって試料内の水素量を増加させた水素予チャージ材の水素脆化機構を考える前に,まずは試料内に水素をほとんど含まない水素未チャージ材の引張破壊機構について検討する。Fig.9(a)(b)に示したように,HPT+250,350°C材の未チャージ引張試験片の破断面には<1 μmの浅いディンプルならびに中心部が窪んだ粗大なディンプルが観察され,引張試験中にマイクロボイドが形成,一部で合体,成長しながら延性破面となったことが示唆される。一般に,ボイド形成の起点としては析出物や介在物などの第二相粒子が挙げられ,粒子が割れたり,粒子と母相との界面で剥離が起きたりすることで,多数のボイドが形成される。しかし,今回用いた4N純度の鉄ではそのような第二相粒子はほとんど存在せず,別の機構でボイドが形成,成長したものと考えられる。Kumerら34)は,ナノサイズの結晶粒径を持つニッケルのTEM内その場引張試験を実施し,粒界すべりに伴って生じる粒界三重点におけるずれや,結晶粒界で粒内すべりと粒界すべりが交差して生じるずれなどが,ボイド形成の起点になると提案している。そのため,結晶粒界量の多い超微細粒材では,このような機構でマイクロボイドが形成し,その後局所的に合体,成長することで,第二相粒子を含まない4N純度の鉄であってもボイド合体型破壊(Fig.10(a)(b))を呈したものと考えられる。事実,破断直前で引張試験を中断した際のHPT+250,350°C材の未チャージ引張試験片内部のSEM像(Fig.13(a)(b))には,粗大なボイドが多数存在し,互いに連結している様子も観察された。なお,粒界すべりは結晶粒界に転位が吸収されて生じると報告されており35),本研究においても,Fig.5に示した不連続降伏前に結晶粒界で転位が吸収されることで36,37),粒界すべりが生じて,粒界三重点におけるずれ,すなわちマイクロボイドが形成したものと推察される。

Fig. 13.

SEM images of tensile-tested specimens just before fracture of (a) HPT+250°C sample without charging, (b) HPT+350°C sample without charging, (c) HPT+250°C sample with 12 h charging and (d) HPT+350°C sample with 24 h charging. Magnified images of rectangular area are also shown on the right side. (Online version in color.)

Fig.14(a)に,超微細粒鉄の水素未チャージ時の引張破壊機構の模式図を示す。初めに,粒界すべりによって粒界三重点にマイクロボイドが形成し,塑性変形で生じた空孔を吸収しながら成長する。その後,マイクロボイドの間隔が小さくなるとボイド間のネッキングが起こることで合体,粗大化し,最終的にボイド合体型破壊に至る。ただし,水素未チャージ材の場合には,マイクロボイドが形成されない粒界三重点も多く存在するため,局所的にボイドの合体・成長が起こっても,すぐにはき裂の発生や進展が起こらず,延性破面特有の粗大なディンプルパターンも同時に観察されたものと考えられる(Fig.9(a)(b))。

Fig. 14.

Schematic illustration of fracture mechanisms of ultrafine-grained iron (a) without hydrogen charging, (b) with hydrogen charging (in case of smaller grains) and (c) with hydrogen charging (in case of larger grains). (Online version in color.)

4・2 水素予チャージ材の破壊機構

続いて,上述した超微細粒鉄におけるマイクロボイドの形成機構に対して,チャージによって侵入した試料内の水素原子がどのような影響を及ぼすかを考察するため,HPT+250°C材の12 h水素予チャージ引張試験片の引張破壊機構を検討する。3節で示したように,予め~0.7 mass ppmの水素チャージ(Fig.11)を施してから引張試験を行うと,公称応力-クロスヘッド変位曲線上に伸びが観測されなくなり(Fig.5(a)),引張試験片の平行部断面もほとんど絞られず(Fig.8(c)),破壊形態がせん断型破壊に遷移した(Fig.10(c))。さらに,Fig.13(c)に示した破断直前で引張試験を中断した際の試験片内部のSEM像を見ると,水素未チャージ材(Fig.13(a))とは異なり,試料内に粗大なボイドは確認されず,代わりに内部でき裂が発生している様子が観察された。対応するき裂進展部近傍のSEM像ならびに結晶方位マップ(Fig.15(a))では,点線の四角で囲んだ領域で見られるようにき裂は結晶粒界に沿って進展していることがわかる。しかし,対応する破断面には粒界破壊の形跡はなく,ディンプルパターンのみが生じていた(Fig.8(c))。さらに,き裂前方の粒界三重点の多くでマイクロボイドが形成していることも確認され(Fig.15(a)の矢印),そのため水素チャージした超微細粒鉄の引張破壊機構はFig.14(b)の模式図のように表せる。すなわち,粒界すべりによって粒界三重点にマイクロボイドが形成し,塑性変形で生じた空孔を吸収しながら成長する点は水素未チャージ材(Fig.14(a))と同様であるが,その頻度ならびに程度は水素予チャージ材の方が高いものと推察され,各ボイド間の距離が短くなるために,ボイド間のネッキングが起きるとミシン目をちぎるようにき裂が発生し,き裂進展の起点になったものと考えられる。

Fig. 15.

SEM images and the corresponding orientation maps around propagated cracks in (a) HPT+250°C sample with 12 h charging and (b) HPT+350°C sample with 24 h charging. Orientation maps are depicted for rectangular area in SEM images.

ボイド合体型からせん断型への破壊形態の遷移はAHSS(advanced high-strength steel)鋼においても報告されており38),水素チャージによってせん断型破壊が起きた試験片では,き裂が進展している領域においてFig.9(c)で見られたような微細なディンプルと伸長した浅いディンプルが混合した破面を持つ。また,同様の破面はカップ・アンド・コーン型破壊のせん断応力破壊が起きている破面でも見られることから39)Fig.9(c)のき裂の進展領域の破面はせん断応力破壊の特徴を示していると考えられる。一方で,AHSS鋼では試験片平行部断面の角部において粒内破壊が起き,そこを起点としてき裂が進展しているのに対し,本研究では試験片内部の粒界三重点に形成されたマイクロボイドをつなぐように発生したき裂が起点となっていることから,結晶粒微細化によってき裂進展の起点の発生メカニズムが変化していることがわかった。

なお,試料内の水素原子がマイクロボイドの形成,成長を促進する機構としてはHESIV12)が挙げられ,チャージされた水素原子が塑性変形で生じる空孔量を増加させ,より多くの空孔が粒界三重点のマイクロボイドに吸収されることで,破壊に寄与するサイズまで成長したボイドが増加し,最終的にせん断型破壊に至るものと考えられる。

4・3 水素予チャージ材の引張破壊機構の結晶粒径依存性

最後に,平均結晶粒径が最も大きいHPT+350°C材の24 h水素予チャージ引張試験片がせん断型破壊ではなく,ボイド合体型破壊の破壊形態を呈した理由について考察する(Fig.8(d)Fig.9(d)Fig.10(d))。Fig.13(d)に示す破断直前で引張試験を中断した際のSEM像から,連結した粗大なボイドとともにき裂が存在しているのが確認できる。対応するき裂進展部近傍のSEM像ならびに結晶方位マップ(Fig.15(b))を見ると,平均結晶粒径が最も小さいHPT+250°C材(Fig.15(a))と同様に結晶粒界に沿ってき裂が進展していた。ただし,結晶粒径が比較的大きいためにマイクロボイドが形成する粒界三重点の間隔が長くなり,局所的なボイド形成ならびに合体・成長が優勢になって,ボイド合体型破壊に遷移したものと考えられる(Fig.14(c))。

Wanら40)は分子動力学計算により,BCC鉄の結晶粒界で転位が消滅すると粒界上にボイドが形成,その形成が水素原子によって促進されることを報告している。しかし,もし粒界三重点だけでなく,結晶粒界上で形成したボイドも破壊挙動に関与するのであれば,本研究においても,結晶粒径の異なるすべての試料でせん断型破壊となるはずである。そのため,そのような傾向が見られなかったことから,超微細粒鉄では主に粒界三重点で形成したマイクロボイドが破壊機構を支配,水素原子がそのボイドの成長を促進して顕著な水素脆化を引き起こすものと考えられる。

5. 結言

本研究では,高圧ねじり(HPT)加工とその後の熱処理によって結晶粒径を変化させた純度99.99%(4N)の超微細粒鉄に対して,予め異なる時間水素をチャージしてから引張試験を行い(水素予チャージ引張試験),試験後の破断面および破断直前の試験片内部のボイドやき裂を観察することで,結晶粒径や試料内の水素量の違いによって,4N純度の鉄の水素脆化機構がどのように変化するかを調べた。得られた結果を以下に示す。

(1)HPT加工後に250,300,350°Cで1hの熱処理を施すことで,方位差15°以上の大角粒界をもつランダム方位の結晶粒からなる,平均結晶粒径~0.50,~0.82,~1.01 μmの超微細粒材を作製できた。また,水素チャージを行わずに引張試験した際のHPT+250,350°C材の破断面には,<1 μmの微小なディンプルならびに中心部が窪んだ粗大なディンプルが観察され,延性破壊時によく見られるボイド合体型の破壊形態を呈していた。

(2)結晶粒径が最も小さいHPT+250°C材に水素チャージを施すと,試料内の水素はチャージ時間とともに増加したが,3 h以降は増加が緩やかになり~0.7 mass ppm程度で飽和した。また,同じ3 hの水素チャージを施した場合,結晶粒径が小さいほど試料内の水素量が多く,陰極チャージ中に試料表面で発生した水素原子が,結晶粒界量の多いHPT+250°C材でより多く侵入したことが示唆された。

(3)水素予チャージ引張試験で得られた公称応力-クロスヘッド変位曲線より,結晶粒径や試料内の水素量によらず,いずれの試料も不連続降伏現象を示すことが確認された。また,延性を表す絞り値から評価した水素脆化感受性指数は,水素チャージ時間が増加するにつれて単調に増加した。特に,結晶粒径が最も小さいHPT+250°C材では,1 hの水素チャージによって破壊形態がボイド合体型破壊からせん断型破壊へと遷移した。破断直前の試験片内部には粒界三重点に形成されたマイクロボイドをつなぐようにき裂が発生しており,これがき裂進展の起点になることで破壊形態の遷移が起こったと考えられる。

(4)一方,ボイド合体型破壊を呈したHPT+350°C水素予チャージ材では,結晶粒径が大きい分,マイクロボイドが形成される粒界三重点の間隔が長くなって,局所的なボイド形成ならびに合体・成長が優勢になったものと考えられる。

謝辞

本研究の一部は,第28回鉄鋼研究振興助成,科学研究費補助金「若手研究(B)」(課題番号16K18268)の支援を受けて行われたものである。また,本研究を遂行するにあたって九州工業大学のHPT装置を使用した。ここに謝意を表します。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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