鉄と鋼
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相変態・材料組織
中Mn鋼の中断焼入-二相域焼鈍により形成されるコア-シェル型第二相組織の制御
土山 聡宏坂本 孝之田中 祥平増村 拓朗
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2022 年 108 巻 5 号 p. 306-315

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Abstract

Medium manganese steel (Fe-5.0%Mn-1.2%Si-0.10%C alloy) was subjected to interrupted quenching from the austenite single-phase region to a temperature between Ms and Mf followed by intercritical annealing in the ferrite and austenite dual-phase region at 923 K. As a result, a core-shell type second phase, which consisted of a fresh martensite core surrounded by a film-like retained austenite shell, was formed. The mechanism and kinetics of reversion for the interrupted-quenched specimens were analyzed with DICTRA simulation and TEM observation. With regard to the effect of the core-shell type second phase on mechanical properties, it was inferred that the fresh martensite core functioned as a hard second phase and enhanced work hardening by stress partitioning similar to DP steel, while the film-like retained austenite contributed to improved ductility due to the TRIP effect. As the interrupted quenching temperature decreased, the volume fraction of the fresh martensite core decreased, while the stability of the retained austenite shell increased. This showed potential for controlling the strength and ductility balance of medium manganese steel. A possible beneficial effect of the core-shell type second phase on the ductile fracture behavior was also discussed in terms of stress/strain relaxation at the interfaces between hard martensite and ferrite matrix.

1. 緒言

次世代の高強度構造用材料として注目されている中Mn鋼(Mnを3~10%含む低C鋼)は,二相域焼鈍(Intercritical Annealing: IA)処理時に形成されたMnやCが濃化した残留オーステナイトによって発現するTRIP効果に起因して,優れた強度-延性バランスを示す19)。TRIP効果を高ひずみ域まで持続させ,中Mn鋼の優れた機械的性質を引き出すには,残留オーステナイト量の増加およびその機械的安定度の向上が必要となる。そのためにはフェライトから逆変態オーステナイトへのMn分配を十分に生じさせなければならないため,IAはMnの拡散が生じる約900 Kで行われる。5%Mn-0.1%C鋼を923 KでIAをした場合1),フィルム状の逆変態オーステナイトがラス境界に生成し,分配局所平衡(Partition Local Equilibrium: PLE)モードで成長する79)。その結果,Cおよび10%近いMnが濃化した残留オーステナイトが得られる。一方でそのような高温でのIAでは,マルテンサイト母相の回復が大きく促進され,転位密度の減少およびオーステナイトへのCの分配により母相の強度が著しく低下することになる。すなわち,残留オーステナイトの安定度を高めようとすると母相の硬さは低下してしまう。

著者らは,5%Mn-0.1%C鋼においても強度を損なうこと無く,高温での焼鈍により残留オーステナイトの安定度を高める手法として,中断焼入-二相域焼鈍(Interrupted Quenching and Intercritical Annealing: IQ-IA)処理を考案した1)。本手法では,Ms点とMf点の間に中断焼入(IQ)をした後,マルテンサイトと未変態オーステナイトが共存する状態で約900 KのIAを行う。IA中は,逆変態オーステナイトが幅方向と長さ方向に成長する。そのとき,Mnの長距離拡散が十分起きるほど焼鈍温度が高くないため,オーステナイト/マルテンサイト界面の移動によって掃かれた領域のみにMnが濃化し,あらかじめ存在していた未変態オーステナイトのMn濃度は平均組成のまま変化しない1)。室温まで冷却するとMn濃化領域はオーステナイトのまま残存するが,Mn未濃化部の元からあるオーステナイトはマルテンサイトに変態する(フレッシュマルテンサイト)。その結果,コアとなるフレッシュマルテンサイトをシェルとなるフィルム状残留オーステナイトが取り囲んだ,コア-シェル構造を有する特異な組織が得られる。この組織制御では,あらかじめ生成していたマルテンサイトの回復は急速に進むが,高密度の転位および高濃度のCを含むフレッシュマルテンサイトにより高強度化が達成され,IA中に十分に安定化した残留オーステナイトのTRIP効果によって延性も向上する。近年では,同様の熱処理をFe-0.2%C-8%Mn-2%Alの組成を有する中Mn鋼に施し,組織形成挙動や引張強度向上に関する調査が詳細に行われている9)

本鋼種の特性をさらに引き出すために,IQ温度を変化させた5%Mn-0.1%C鋼の組織および機械的性質を調査した。フレッシュマルテンサイト体積率は未変態オーステナイト体積率に相当し,それはIQ温度に依存するため,IQ温度を変化させることで本鋼種の引張強度を制御できると期待される。さらに,残留オーステナイトの体積率や安定度,Mnの分配挙動についても検討を行い,コア-シェル構造を有する第二相が延性破壊に対してどのような利点を示すかについて,引張変形中のボイド生成の観点から考察を行った。

2. 実験方法

本研究で使用した鋼材の化学組成をTable 1に示す。最も単純な中Mn鋼として用いられている,Fe-5Mn-1.2Si-0.1C合金(mass%)を選択した。Siは熱処理中のセメンタイト析出を抑制するために添加している。本鋼種のMs点およびMf点はそれぞれ約600 K,約370 Kであることを熱膨張試験により確認している。本研究では以下の二種類の熱処理を施した。

Table 1. Chemical composition of the steel used in this study (mass%).
CSiMnPSAlNOFe
0.101.195.00.0030.0020.0170.00130.0010Bal.

(I)中断焼入-二相域焼鈍(IQ-IA)処理

試料に対し,オーステナイト単相域である1173 Kで1.8 ksのオーステナイト化処理をした後,ソルトバスを用いてMs点とMf点の間の温度である461 K,518 K,546 KでIQ処理を行った。それらのIQ温度で60 s保持を行い,未変態オーステナイト体積率をそれぞれ約10%,20%,30%とした。その後,別のソルトバスに移して923 KでのIAを最大100 ksまで行い,室温まで水冷した。オーステナイト体積率の制御のため,IQ温度は熱膨張試験により事前に決定した。

(II)完全焼入-二相域焼鈍 (Full Quenching and Intercritical Annealing: FQ-IA)処理

試料に対し,オーステナイト単相域である1173 Kで1.8 ksのオーステナイト化処理をした後,室温まで水冷することで完全焼入(FQ)を行った。残留オーステナイトを除去するため,焼入れた試料に対してただちに77 Kで1.8 ksのサブゼロ処理を行った。さらに,923 KでのIAをソルトバスにより行い,水冷した。

923 KでのIA中の相変態率の推移を熱膨張試験機(Formaster-F, 富士電波工機)により測定した。試験片形状はφ3×10 mmの棒状試験片とし,上述の(I),(II)の熱履歴と同様の熱処理を行った。ただし,装置の都合上,サブゼロ処理は本試験では実施していない。昇温および冷却速度はそれぞれ10 K/s,100 K/sとした。最後の焼入れ処理後,残留オーステナイト体積率を室温での飽和磁化測定により求めた10)。組織観察には光学顕微鏡および透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた。また,走査型透過電子顕微鏡(STEM, JEM-ARM200F)を用いたエネルギー分散型X線分光法(EDS)により,Mnの分配を評価した。引張試験には平行部形状が6 mm×3 mm×1 mmの試験片を用い,インストロン型引張試験機により初期ひずみ速度5.56×10-4 /sの条件で実施した。

3. 結果および考察

3・1 中断焼入(IQ)材および完全焼入(FQ)材の逆変態挙動

Fig.1は各試料における923 K(IA温度)での全オーステナイト体積率(a)および923 KでのIA中に新たに生成した逆変態オーステナイト体積率(b)の変化を示す。Fig.1(a)はIQ後に存在する未変態オーステナイト体積率も含んだ値となっている。Fig.1(a)中の破線はThermo-Calc.(データベース:SSOL2)により計算した,923 Kでの平衡オーステナイト体積率である。461 K,518 K,546 K-IQ材の初期オーステナイト体積率はそれぞれ10,19,28 vol%であり,これらの値はIQまま材の未変態オーステナイト体積率に対応している。すべての試料において,IA時間の増加にともないオーステナイト体積率が同様に上昇しているが,その増加率には相違が見られる。初期オーステナイト体積率が大きいほど増加率は小さくなっており,FQ材で最も大きな増加率を示した。初期未変態オーステナイト体積率が増加するほど系の自由エネルギーは平衡状態に近づいていることから,マルテンサイトからオーステナイトへの逆変態の駆動力の違いに起因して増加率が変化していると考えられる。

Fig. 1.

Changes in volume fractions of all austenite, including untransformed austenite formed by interrupted quenching, Vγ (a), and reversed austenite newly formed during IA at 923 K, Vrevγ (b).

FQ材とIQ材の熱処理条件を最適化するために,拡散モジュール(DICTRA)による逆変態挙動のシミュレーションを行った。Weiら7)やNakadaら8)は,全面マルテンサイトの5%Mn-0.1%C鋼の場合,フェライト/オーステナイト界面で局所平衡条件を満たすと仮定したときにIA中の逆変態挙動がDICTRAで良く再現できると報告している。それらはオーステナイトの核が一次元方向に成長する単純なモデルであるが,成長速度の変化や元素分配を精度良くシミュレーションできている。したがって,それらのモデルを参考に,異なる初期オーステナイト体積率のIQ材についてDICTRAによる計算を行った。計算前に設定したIAの初期条件をFig.2に示す。本計算では,マルテンサイトの熱力学および拡散データはフェライトのデータベースで代用した。セルの長さは観察したラス幅(1 μm)の半分の500 nmとし,IQ時の未変態オーステナイト体積率に合うように初期オーステナイト幅を461 K-IQ材,546 K-IQ材でそれぞれ50 nm,150 nmに設定した。上述の条件で各試料のオーステナイト体積率変化を計算した結果をFig.3に示す。Fig.3(a)では平衡状態付近までの時間を対数目盛で,Fig.3(b)では本研究で実験した範囲の時間を線形目盛で示している。Fig.3(a)より,いずれの試料においてもNPLEからPLEへの逆変態メカニズムの遷移が10-3 s付近で直ちに生じている(図中矢印)。これはマルテンサイト単相の5%Mn-0.1%C鋼において報告されている現象であり8),IQ材においても同様の遷移が生じることが明らかとなった。各試料のオーステナイト体積率は100 s付近から上昇し始め,平衡値である36%を超えた後,ピークを迎えて減少している。平衡状態に至るには106 s以上の時間が必要である。ピーク値は初期オーステナイト体積率に依存している一方で,ピーク値や平衡状態に達するまでの時間に大きな違いはない。Fig.3(b)Fig.1(a)に示した実験値を比較すると,Fig.2のような一次元方向の単純な成長モデルを適用したにもかかわらず,DICTRAによるシミュレーションはIQ材の逆変態挙動をよく再現できていることが分かる。Fig.4は461 K-IQ材および546 K-IQ材におけるIA中のMnおよびC分配挙動をDICTRAで計算した結果を示す。PLEモードではフェライト/オーステナイト界面で局所平衡が成立しているため,界面付近のオーステナイトのMn濃度は約9%まで上昇している。しかしながら,IA温度である923 KではMn原子の拡散速度が小さいため初期オーステナイトの中心部ではMn濃度が変化しておらず,10 ksの長時間IA後においても元の5%Mnのままである。その領域の幅は461 K-IQ材で20~30 nm,546 K-IQ材で約100 nmであった。つまり,Mn分配は界面移動に伴い新たに生成したオーステナイト領域でのみ生じ,Mnが濃化したオーステナイトは室温への冷却後も高い安定度を保っていると考えられる。一方で,Mn濃度の低い中心部ではIA後の冷却によりマルテンサイト変態が生じる。結果として,フレッシュマルテンサイトのコアと残留オーステナイトのシェルから成る,コア-シェル構造の第二相がIQ-IA後に形成されることになる。

Fig. 2.

Initial conditions of IA set for DICTRA simulation.

Fig. 3.

Results of DICTRA simulation for the change in volume fraction of austenite during IA in the specimens interrupted-quenched at 461 K and 546 K, where the results were drawn against logarithmic scale to the near-equilibrium state (a) and against linear scale in the range observed in this study (b).

Fig. 4.

Changes in the concentration profile of Mn and C during IA near the (austenite/martensite) interface in the specimens interrupted-quenched at 461 K and 546 K.

3・2 IQ-IAにより得られる組織

Fig.5はFQ(a)および461 K-IQ(b),518 K-IQ(c),546 K-IQ(d)後に923 Kで10 ksのIAを施した試料の光学顕微鏡組織を示す。逆変態オーステナイトを判別することは難しいが,熱処理条件に応じて逆変態オーステナイト体積率が異なるはずである。Fig.6はIA処理後に室温で測定した残留オーステナイト体積率の変化をIA時間で整理した結果を示す。オーステナイト体積率はいずれの試料においてもIA時間と共に増加しているが,FQ材とIQ材でその増加傾向が異なる。FQ材では100 ksの間に0%から25%まで比較的早く増加している一方で,IA開始時から多くの残留オーステナイトを含むIQ材では,IQ温度に依存してゆるやかに最大値に達している。IQ温度の低下に伴いIA温度でのオーステナイト体積率は小さくなるにもかかわらず(Fig.1(a)),IA後の残留オーステナイト体積率は逆に大きい。また,10 ksのIA以降では,オーステナイト体積率は変わらないかわずかに減少している。以上の結果より,IA温度でのオーステナイト体積率が高いほどC濃度が希釈されるため,オーステナイト安定度が低くなったと推測される。Fig.4でのDICTRAシミュレーションで示すように,残留オーステナイトシェル部のC濃度は461 K-IQ材よりも546 K-IQ材のほうが0.07 mass%ほど低く,Ms点は30 K高い計算になる11)。IA温度でのオーステナイト体積率と室温での残留オーステナイト体積率を比較するため,Fig.6およびFig.1(a)の結果をFig.7にまとめている。両者の違いはIA後の焼入れにより生成するフレッシュマルテンサイト量に対応している。IQ温度が高いほどフレッシュマルテンサイト量が著しく増加していることから,IQ温度によりフレッシュマルテンサイト量を制御でき,鋼の強度も変化させられることが明らかとなった。

Fig. 5.

Optical micrographs of specimens fully quenched (a) and interrupted-quenched at 461 K (b), 518 K (c), and 546 K (d), followed by subsequent IA at 923 K for 10 ks.

Fig. 6.

Change in volume fraction of retained austenite measured at ambient temperature after the final IA treatment as a function of IA treatment time.

Fig. 7.

Change in volume fraction of fresh martensite and retained austenite measured after IQ-IA process as a function of IA treatment time.

Fig.8~10は各試料のTEM明視野像,暗視野像およびディフラクションパターンを示す。また,TEM像をトレースすることで,各組織を明示した図も示している。FQ材(Fig.8)では200~500 nm幅の典型的なラス状残留オーステナイトが焼戻しマルテンサイト中に分散しており,焼戻しマルテンサイトの転位密度は高温で長時間のIA処理により非常に低くなっている。また,オーステナイトは焼入れマルテンサイトのラス境界に沿って生成していると考えられる。一方で,二つのIQ材(Fig.9Fig.10)では通常のラス状残留オーステナイトに加え,コア-シェル構造の第二相が存在し,それは高転位密度のフレッシュマルテンサイトがフィルム状のオーステナイトに囲まれた組織になっている。フレッシュマルテンサイトの体積率およびサイズは461 K-IQ材(Fig.9)よりも546 K-IQ材(Fig.10)のほうが大きく,これはIQ処理後の未変態オーステナイトの分布を引き継いだものである。フィルム状オーステナイトの幅は100 nm以下と,Fig.4での計算結果とよく一致する。界面が掃くことで新たに生成するオーステナイトの成長速度はIQ温度が低いほど大きいため,理論上は461 K-IQ材でフィルム状オーステナイト幅が広くなるはずであるが,単なる2次元観察では確認できなかった。IQ-IA材のMn濃度分布をSTEM-EDS解析により調査した結果をFig.11に示す。461 K-IQ材(a)および546 K-IQ材(b)ともに,Mn濃度が高いシェル部,中間の濃度のコア部,低濃度の母相が明確に識別でき,これらはおおよそ残留オーステナイト,フレッシュマルテンサイト,焼戻しマルテンサイトにそれぞれ対応している。さらに,コア-シェル構造の第二相に対して組織を横切るようにMn濃度分布の線分析を行った。ここでは初期濃度の5%を点線で示している。Mn濃化層の厚さは同じIA条件ではほとんど等しく,コア部の幅はIQ温度に依存して変化している。(1)のような100 nm幅以下の小さい第二相では残留オーステナイトの中心部で約9%Mnの最大値に達している。これはFQ材と同様に,IA処理中に新たに核生成したオーステナイトであると考えられる。(2)の組織の場合,Mn濃度は中心部でも約8%まで増加しているが,ピーク値までは到達しておらず,わずかに下に凸の形状をしている。これは,この第二相の組織が小さいためMn拡散が中心まで達したか,TEM用の薄膜試料で大きな第二相の上面のみが切り取られている可能性を示している。(3)や(4)のように未変態オーステナイトのサイズが十分大きいとき,明確なコアシェル構造の第二相が形成されている。以上の結果はDICTRAによるシミュレーション結果と良く一致しており,オーステナイトの成長がPLEモードでの界面平衡下で進行していることが示唆される。

Fig. 8.

TEM bright- (a) and dark-field (b) images with diffraction pattern of the fully quenched specimen intercritically annealed at 923 K for 10 ks. Schematic illustration (c) corresponds to TEM images.

Fig. 9.

TEM bright- (a) and dark-field (b) images with diffraction pattern of the specimen interrupted-quenched at 461 K and intercritically annealed at 923 K for 10 ks. Schematic illustration (c) corresponds to TEM images.

Fig. 10.

TEM bright- (a) and dark-field (b) images with diffraction pattern of the specimen interrupted-quenched at 546 K and intercritically annealed at 923 K for 10 ks. Schematic illustration (c) corresponds to TEM images.

Fig. 11.

Results of STEM-EDS analysis representing distribution of Mn concentration across the core-shell type second phase in 461 K-IQ (a) and 546 K-IQ (b) specimens. (Online version in color.)

3・3 IQ-IA処理により得られたコアシェル構造を有する中Mn鋼の機械的性質

Fig.12はIQ-IA処理を行った試料の公称応力-ひずみ曲線を示す。比較材として,FQ-IA材の結果を灰色の線で示している。IA処理は923 K-10 ksと統一しているため,それぞれの組織の体積率はFig.7における右の縦軸の値から読み取れる。全ての試料において一般的なDP鋼と類似したラウンドハウス型の降伏を示した。IQ材では強度が大きく向上しており,とくにIQ温度が高いほどその傾向が強い。例えば,546 K-IQ材の引張強度は1127 MPaであり,FQ-IA材の1.4倍の値になっている。IQ-IA材の伸びはFQ-IA材よりも低いが,局部伸びはわずかにしか減少していない。著者らは残留オーステナイトを含まない一般的なDP鋼の引張特性を調査しており,引張強度と伸びはそれぞれ947 MPa,12.5%であることを報告した12)。本研究の結果と比べると,IQ-IA処理を施した中Mn鋼は,安定な残留オーステナイトによるTRIP効果および,硬質なフレッシュマルテンサイトによる高強度化に起因して優れた強度-延性バランスを有していることが分かる。Fig.13(a)は引張試験中のIQ-IA材の残留オーステナイト体積率変化を公称ひずみで整理した結果を示す。残留オーステナイトの機械的安定度を評価するために,Fig.13(b)では縦軸をオーステナイト体積率の対数表示,横軸を真ひずみに変換している。Sugimotoら13)k値(Fig.13(b)中の直線の傾き)がオーステナイト安定度の指標になるとして,以下の式を提唱している。

  
logfγ=kε+logfiγ(1)
Fig. 12.

Nominal stress-strain curves of specimens obtained in this study with the IQ-IA process.

Fig. 13.

Changes in volume fraction of retained austenite in the IQ-IA processed specimens during tensile testing as a function of nominal (a) and true (b) strains. The slope of the ε – log fγ plots (b) corresponds to the stability of retained austenite.

ここでεは真ひずみ,fiγおよびfγはそれぞれ初期オーステナイト体積率,ある真ひずみεでのオーステナイト体積率を意味する。kが減少すると,オーステナイト安定度は向上していると判断される。Fig.13(b)に示すように,461 K-IQ材で最もk値が小さく,3つの試料の中で機械的安定度が最大となっている。これは,IA温度におけるオーステナイト体積率が最小であるため,残留オーステナイト中のC濃度が最も高いことに起因すると考えられる。これらの結果より,IQ温度に依存するフレッシュマルテンサイトの体積率によって,強度レベルやオーステナイト安定度を制御できることが明らかとなった。

コア-シェル構造という特徴的な形態は機械的性質,とくに,ボイド形成を伴う延性破壊挙動や局部伸びに影響を与えると期待される。一般的なDP鋼では引張変形により硬質なマルテンサイトと母相フェライト界面近傍でマイクロボイドが形成されることが良く知られており,ボイドの粗大化や結合により早期破断に至る12)。コア-シェル構造を有する中Mn鋼の場合,DP鋼のようにフレッシュマルテンサイトが加工硬化を担う一方で,その界面に存在する残留オーステナイトが引張変形中に応力/ひずみ誘起変態を起こす。この現象は硬質なマルテンサイトと母相フェライト間の応力/ひずみ緩和をもたらし,延性破壊挙動に対して良い影響を与えると推測される。事実,IQ-IA材では過去に報告されたDP鋼よりも少量かつ小さなボイドが形成される傾向にあるが,今後更なる研究が必要である。

4. 結論

(1)中Mn鋼(Fe-5%Mn-1.2%Si-0.1%C合金)に対してIQ-IA処理を行った結果,フレッシュマルテンサイト(コア)がフィルム状残留オーステナイト(シェル)に囲まれたコア-シェル構造の第二相が焼戻しマルテンサイト母相中に形成された。

(2)コア-シェル構造の第二相はIA中に未変態オーステナイトが成長することで形成される。オーステナイト/マルテンサイト界面が移動することで掃かれた領域(シェル部)でのみMn濃化が生じている一方で,コア部では初期組成の5%Mnが維持されている。

(3)IQ温度が高いほど,未変態オーステナイトの体積率およびサイズは大きくなる。それに伴い,フレッシュマルテンサイトの体積率およびサイズも増大する。一方で,残留オーステナイトの体積率および安定度は,IQ温度が高いほど低下する。これはオーステナイト中のC濃度が希釈されるためである。

(4)IQ-IA材はTRIP効果に起因して,一般的なDP鋼よりも優れた強度-延性バランスを示す。本鋼種の引張強度はフレッシュマルテンサイト体積率に依存し,IQ温度により引張強度が変化する。

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP17H01333の支援を受けて行われたものです。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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