2022 Volume 108 Issue 8 Pages 440-448
The knowledge of Cr2O3 activity in slag is necessary to decarburize chromium-containing special steel while minimizing the oxidation loss of chromium. In the present study, firstly, the phase relationship in the CaO-SiO2-Cr2O3 system was determined at 1573 K. Subsequently, the Cr2O3 activities in two- and three-phase coexisting slags at 1573 K were measured by equilibrating molten copper with oxide phases under a stream of Ar + H2 + CO2 gas mixtures, and the Gibbs energy changes of the formations of CaCr2O4 and Ca3Cr2Si3O12 were derived. It was found that the present results were compatible with the phase diagram and the literature data reported at higher temperature than 1573 K.
炭素は鋼の機械的特性に大きな影響を与える元素であり,転炉や二次精錬プロセスにおいて除去される。脱炭反応は酸化反応であり,次式で表される。
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Fig.1に示すエリンガム図1,2)によれば,Cr-Cr2O3間の平衡酸素分圧PO2eqはFe-FeO間よりもはるかに低いことが分かる。このことは,クロムを含有する特殊鋼は普通鋼よりも脱炭が困難であり,特殊鋼中の炭素濃度を極めて低くするためには真空排気やアルゴンガスを用いた希釈によりCOガス分圧を低下させる必要があることを意味している。一方,クロムは精錬スラグ中へ酸化ロスされやすく,環境負荷増大や製造コスト増加の要因となる。以上の考察に基づき,酸化クロムを含有するスラグの熱化学的性質に関する研究が数多く行われてきた。
クロムは複数の酸化数をとりうる遷移金属であり,金属クロムと共存するCaO-SiO2-酸化クロム系の固相面投影図3)をFig.2(a)に示す。なお複雑さを避けるため,固溶体を省略して作図した。このような強還元条件では,クロムは二価および三価の状態で存在することが分かる。次に,酸素分圧が10-10から10-13 atmの範囲に上昇すると,二価のクロムを含む化合物であるCaCrSi4O10および(Ca,Cr)Cr2O4は安定に存在せず,Fig.2(b)に示すようにクロムは基本的に全て三価で存在すると考えられる。また大気雰囲気下における同系の固相平衡関係もFig.2(b)と同一であることがGlasser and Osbornによって報告されている4)。ここで,化合物CaCr2O4の標準生成Gibbsエネルギー変化にはいくつかの報告例があるが5–10),値は一致しておらず,一部のデータは相平衡関係と整合していないことが知られている。さらに,化合物Ca3Cr2Si3O12の熱化学データは報告されていないのが現状である。
Projection of the Solidus Surface of the CaO-SiO2-chromium oxide system3). (a) in equilibrium with metallic chromium. (b) with PO2 =10‒10~10‒13 atm.
Xiao and Holappaは,金属クロムと共存するCaO-SiO2-酸化クロム系の均一液相におけるCrO活量およびCrO1.5活量を1773 Kから1873 Kの温度範囲で測定した11)。温度が低く,スラグの塩基度が高いほど,活量値は高く,二価のクロムの割合は低くなると結論づけた。しかし,Xiao and Holappaの結果は酸素ポテンシャルが非常に低く二価のクロムの含有量が高いため,スラグの熱化学的性質に大きな差異が生じてしまうことから,実操業での特殊鋼の脱炭には適用されない可能性があるとMoritaらは説明した12)。またMoritaらは酸素分圧PO2=6.95×10-11 atmの還元雰囲気,温度1873 KにおいてCrO活量とCrO1.5活量および酸化還元比の測定を行い,下記の式(2)~式(4)を用いて仮想的な化学種CrOxの活量を導出した。また,Fig.3のようにCaO-SiO2-酸化クロム擬三元系でのCrOx等活量曲線を図示した12)。
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Iso-activity curves of CrOx in the CaO-SiO2-CrOx system at 1873 K with PO2=6.95×10‒11 atm12). Cited with permission of Wiley-VCH GmbH.
式中のG°iは標準状態にある化学種iのモルGibbsエネルギー,aiとniはそれぞれ活量とモル数を示す。Moritaらは,種々のシリケートスラグへの酸化クロムの溶解度と酸化還元比
先行研究の知見と式(4)に従えば,CaO-SiO2-CrOx系の相平衡関係やCrOx活量は酸化還元比
Fig.4に実験装置の概略図を示す。本研究では制御した酸素分圧下で試料を平衡させ,(a)1573 Kにおいて固相平衡関係を決定し,(b)1573 Kにおける二相および三相共存領域におけるCr2O3活量を測定した。SiC抵抗加熱炉には,外径50 mm,内径42 mm,長さ1000 mmのムライト反応管を挿入した。制御用熱電対とPID温度調整器を用いて±1 Kの精度で電気炉を制御し,実験温度は試料直上に設置したPt-PtRh13熱電対で測定した。温度測定および制御における誤差は±2 K未満であると考えられる。
Experimental apparatus used for (a) determining phase relationship and (b) measuring Cr2O3 activities.
実験ではAr+H2+CO2混合ガスを反応管内に導入し,管内の酸素ポテンシャルを制御した。平衡酸素分圧の計算方法は以下に説明する従来計算法に基づいた。1573 Kにおいてガス種の間の化学反応は次のように表される。
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式中のKは反応の平衡定数を表す。Pi°はAr+H2+CO2混合ガス中のガス種iの初期分圧であり,反応中に酸素/炭素,水素/炭素およびアルゴン/炭素のモル比はそれぞれ保存される。
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また全圧を1 atmとすると次式が成り立つ。
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式(6),式(8)および式(9)から式(12)には6つの未知数(PAr,PH2,PH2O,PCO,PCO2,PO2)が含まれる。したがって,初期値(PAr°,PH2°,PCO2°)を用いて6つの式を連立して解くことにより,これらの未知数を求めることができる。なお予備実験では,酸素センサを用いて反応管内の酸素分圧が計算値と一致していることを確認した。
(a)1573 Kにおける固相平衡ナカライテスク株式会社(日本,京都)から入手した特級試薬のCaCO3,SiO2,Cr2O3を出発原料とした。化合物Ca2SiO4,Ca3Si2O7およびCaSiO3は,CaCO3とSiO2を適切な比で混合し,空気中において24時間,1573 Kで加熱して合成した。一方,CaCr2O4の合成ではCaCO3とCr2O3をモル比1:1で混合し,その混合物をAr+3%H2混合ガス気流中において24時間,1573 Kで加熱した。得られた各化合物を粉末X線回折(XRD)に供し,期待された相のみが合成されていることを確認した。
本実験に使用したスラグ試料はCa2SiO4,Ca3Si2O7,CaSiO3,CaCr2O4,SiO2およびCr2O3を混合して調製した。用いた出発物質と混合物のバルク組成をTable 1に示す。またバルク組成をFig.2(b)のCaO-SiO2-Cr2O3三元系状態図上にプロットした。Fig.4(a)に示すように,鋼製ダイスを用いてペレット状にプレス形成したスラグ試料をモリブデン板に載せ,Ar+H2+CO2混合ガス気流中,1573 Kで加熱した。H2とCO2の初期分圧はそれぞれ2.50×10-1 atmと1.67×10-3 atmであり,このとき反応管内の酸素分圧は1.02×10-15 atmである。約100時間加熱した後,試料を反応管内で冷却し,取り出した後,粉末X線回折に供した。得られたX線回折パターンが変化しなくなるまでこれらの操作を繰り返し,平衡相を得た。
Sample No. | Starting materials | Bulk composition (mass%) | Equilibrium phases | ||
---|---|---|---|---|---|
CaO | SiO2 | Cr2O3 | |||
1 | Ca3Si2O7 + CaCr2O4 + Cr2O3 | 34.5 | 21.9 | 43.6 | Ca2SiO4 + Ca3Si2O7 + Cr2O3 |
2 | Ca2SiO4 + Ca3Si2O7 + CaCr2O4 | 45.7 | 19.7 | 34.6 | Ca2SiO4 + CaCr2O4 + Cr2O3 |
3 | CaSiO3 + SiO2 + Cr2O3 | 35.3 | 45.5 | 19.2 | CaSiO3 + SiO2 + Ca3Cr2Si3O12 |
本実験では,Cr2O3,CaO,CaCr2O4およびCaSiO3+SiO2混合物から作成した4種類のるつぼを使用した。CaCO3を1573 Kで2時間加熱してCaOを準備し,その他の化合物は前述の方法で合成した。酸化物の粉末を鋼製ダイスでペレット状にプレス成型した後,外径20 mm,内径9 mm,高さ15 mmのるつぼ状に加工した。実験装置をFig.4(b)に示す。CaO+CaCr2O4二相共存領域およびCaSiO3+SiO2+Ca3Cr2Si3O12三相共存領域でのCr2O3活量を求めるため,1573 KにおいてAr+H2+CO2混合ガス気流中で溶融銅を酸化物るつぼと平衡させた。本実験を記述する反応は次式で与えられる。
(13) |
(14) |
式中の[Cr]Cuと<Cr2O3>はそれぞれ溶銅中のクロム,固体酸化物中のCr2O3を表す。また,aCrは純粋固体クロムを標準状態とした溶銅中のクロム活量,aCr2O3は純粋固体Cr2O3を標準状態とした酸化物中のCr2O3活量である。このとき,aCrは活量係数γCrとモル分率XCrを用いて次式のように記述できる。
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ここで式(16)は,γCrの値が既知のとき,Ar+H2+CO2混合ガスによってPO2を制御した雰囲気下で酸化物と共存させた溶銅中のクロム濃度XCrを分析することにより,1573 KにおけるaCr2O3が求められることを意味している。高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法により合金試料中のクロム濃度XCrを求めた。実験条件をTable 2にまとめて示す。本実験では,まず純粋固体Cr2O3るつぼ中でCu-Cr液体合金を平衡させ,1573 KにおけるγCr値を決定し,文献に報告されている値14–17)と比較した。
Sample No. | Initial pressure (atm) | Equilibrium pressure log (PO2/atm) | Holding time (hours) | XCu | ||
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H2 | CO2 | Initial | Equilibrium | |||
Cr2O3 | ||||||
1-1 | 1.88 × 10−1 | 3.75 × 10−3 | −14.03 | 7.5 | 0.00 | 1.37 × 10−3 |
1-2 | 16.0 | 0.00 | 1.26 × 10−3 | |||
2-1 | 2.14 × 10−1 | 2.86 × 10−3 | −14.38 | 8.0 | 0.00 | 2.35 × 10−3 |
2-2 | 15.5 | 0.00 | 2.22 × 10−3 | |||
3-1 | 2.34 × 10−1 | 1.95 × 10−3 | −14.79 | 8.0 | 0.00 | 3.15 × 10−3 |
3-2 | 16.0 | 0.00 | 3.30 × 10−3 | |||
4-1 | 2.56 × 10−1 | 1.23 × 10−3 | −15.27 | 25.5 | 0.00 | 8.55 × 10−3 |
4-2 | 32.0 | 0.00 | 8.03 × 10−3 | |||
5-1 | 2.61 × 10−1 | 1.05 × 10−3 | −15.43 | 17.0 | 0.00 | 1.13 × 10−2 |
5-2 | 25.5 | 0.00 | 8.82 × 10−3 | |||
CaO + CaCr2O4 | ||||||
6-1a) | 2.31 × 10−1 | 2.31 × 10−3 | −14.64 | 25.5 | 0.00 | 6.60 × 10−4 |
6-2a) | 36.0 | 0.00 | 6.84 × 10−4 | |||
7-1b) | 2.44 × 10−1 | 1.62 × 10−3 | −14.99 | 36.5 | 4.27 × 10−3 | 1.06 × 10−3 |
7-2b) | 44.0 | 4.27 × 10−3 | 9.78 × 10−4 | |||
8-1b) | 2.61 × 10−1 | 1.05 × 10−3 | −15.43 | 61.5 | 1.22 × 10−2 | 2.85 × 10−3 |
8-2b) | 69.5 | 1.22 × 10−2 | 2.93 × 10−3 | |||
9-1b) | 2.86 × 10−1 | 4.76 × 10−4 | −16.20 | 25.5 | 1.22 × 10−2 | 9.41 × 10−3 |
9-2b) | 42.0 | 1.22 × 10−2 | 8.33 × 10−3 | |||
CaSiO3 + SiO2 + Ca3Cr2Si3O12 | ||||||
10-1 | 2.25 × 10−1 | 2.25 × 10−3 | −14.63 | 79.5 | 4.27 × 10−3 | 2.32 × 10−3 |
10-2 | 86.0 | 4.27 × 10−3 | 2.05 × 10−3 | |||
11-1 | 2.44 × 10−1 | 1.62 × 10−3 | −14.99 | 26.0 | 4.27 × 10−3 | 3.15 × 10−3 |
11-2 | 33.5 | 4.27 × 10−3 | 3.37 × 10−3 | |||
12-1 | 2.58 × 10−1 | 1.12 × 10−3 | −15.36 | 26.5 | 1.22 × 10−2 | 7.16 × 10−3 |
12-2 | 35.5 | 1.22 × 10−2 | 6.45 × 10−3 |
a) CaCr2O4 crucible, b) CaO crucible.
CaO+CaCr2O4二相共存領域ではCaO活量が1であり,酸化物間の化学反応は次式で表される。
(17) |
(18) |
(19) |
Cu-Cr合金をCaOるつぼ内で加熱した場合,反応(19)は右向きに進行し,XCrは減少,Cu-Cr合金とCaOるつぼの界面にCaCr2O4が形成される。一方,初期にCuをCaCr2O4るつぼに挿入して加熱した場合,反応(19)は左向きに進行し,XCrは増加,CaCr2O4の一部が分解する。いずれの方法でも平衡状態においてCu-Cr液体合金はCaO+CaCr2O4混合物と平衡することになる。1573 KにおいてCu-Cr液体合金を酸化物るつぼ内で9時間保持した後,試料を反応炉内で冷却した。反応生成物が合金とるつぼとの間の接触を妨げないように凝固した合金表面を研磨し,再びCu-Cr合金をるつぼ内に挿入,反応管内で加熱した。反応(19)が平衡状態に達したことを確認するため,XCrが変化しなくなるまでこの操作を9時間間隔で繰り返した。
CaSiO3+SiO2+Ca3Cr2Si3O12三相共存領域では,aCr2O3の値は次式で定まる。
(20) |
(21) |
(22) |
Cu-Cr液体合金をCaSiO3+SiO2るつぼ中で加熱すれば,反応(22)は右向きに進行し,XCrは減少,Ca3Cr2Si3O12が生成する。実験手順および平衡の判定方法は,前述したものと同様である。
1573 Kにおける固相平衡関係の決定に用いた実験結果をTable 1に示す。Fig.5に示した各試料の粉末X線回折結果によれば,Ca2SiO4+Ca3Si2O7+Cr2O3三相共存領域,Ca2SiO4+CaCr2O4+Cr2O3三相共存領域,CaSiO3+SiO2+Ca3Cr2Si3O12三相共存領域が存在することが分かった。CaO-SiO2-Cr2O3三元系においてこれらの三相共存領域が存在するとき,幾何学的な条件から化合物CaCr2O4はCa3SiO5と共存し,化合物Ca3Cr2Si3O12はCa3Si2O7およびCr2O3と共存すると言える。本実験結果に基づいて決定した還元雰囲気下での1573 KにおけるCaO-SiO2-Cr2O3三元系の相平衡関係は,Fig.2(b)3)に示したものと同一であると結論づけられる。
X-ray diffraction patterns of slag samples used for determining phase relationship.
1573 Kにおける活量測定の実験結果をTable 2にまとめて示す。純粋固体Cr2O3と共存する溶銅中のaCrは,aCr2O3=1の条件で式(14)にPO2の値を代入することにより算出できる。Fig.6にaCrとXCrの関係を両対数プロットで示す。ここで,式(15)を式変形した式(23)によれば,溶銅中のクロム活量がHenry則に従う場合,logaCr とlogXCrの関係は傾き1の直線となり,回帰直線の切片からγCrの値を決定できることを意味している。
(23) |
Relationship between activity and mole fraction of chromium in molten copper at 1573 K.
本実験結果はOnoら14)やKobayashiら16)の報告値とよく一致しており,XCr<10-2の低濃度範囲で傾き1の直線関係が得られた。以上より,活量係数γCrは次のように求められた。
(24) |
またFig.6によれば,XCr>10-2の高濃度におけるJacob ら17)の報告値はHenry則から負に偏倚しており,Inouyeら15)の測定値は他に比べて若干小さいと言える。
前述したように,XCrが10-2以下では溶銅中のクロム活量はHenry則に従う。このとき,式(16)と式(24)から式(25)が導かれる。
(25) |
式(25)によれば,logXCrとlogPO2の関係は傾き-(3/4),切片(1/2)logaCr2O3-13.51の直線になると言え,CaO+CaCr2O4二相共存領域およびCaSiO3+SiO2+Ca3Cr2Si3O12三相共存領域での実験結果をlogXCrとlogPO2の関係としてプロットした図をFig.7に示す。それぞれの領域において直線関係が得られ,傾きは-(3/4)に非常に近くなった。実験結果に基づく回帰直線の切片より,1573 KでのaCr2O3はそれぞれ以下のように得られた。
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Relation between logXCr and logPO2 in the two-phase region of CaO + CaCr2O4 and the three-phase region of CaSiO3 + SiO2 + Ca3Cr2Si3O12 at 1573 K.
式(26)を式(18)へ,式(27)を式(21)にそれぞれ代入することにより,反応(17)および反応(20)の標準Gibbsエネルギー変化が下記のように求められる。
(28) |
(29) |
ここで,固体CaOと固体SiO2からCaSiO3が生成する反応の標準Gibbsエネルギー変化は文献に与えられている。
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式(29)と式(31)から,固体CaO,固体SiO2,固体Cr2O3からCa3Cr2Si3O12が生成する反応(32)の標準Gibbsエネルギー変化が得られた。
(32) |
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本節ではXRDによる相同定結果と測定した活量値が熱化学的に整合しているか否かについて検討するため,aCr2O3値を用いてCaO-SiO2-Cr2O3三元系の1573 Kにおける相平衡関係を再現することを試みる。CaCr2O4が化学量論化合物であると仮定すると,CaCr2O4中のCaO活量とCr2O3活量の間には式(34)の関係が成立する。
(34) |
CaCr2O4がCr2O3と共存するとき,aCr2O3は1であり,CaO活量は下記のように得られる。
(35) |
一方,CaO-SiO2二元系に存在する各化合物の生成Gibbsエネルギー変化は次のように報告されている。
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これらの熱化学データおよび式(30),式(31)を用いれば,1573 KにおけるCaO-SiO2二元系のCaO活量を計算することができ,その計算結果をFig.8(a)に図示した。CaOモル分率が増加するほどaCaOは上昇し,化合物Ca2SiO4中のaCaOの範囲は次式となる。
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(a) Activity of CaO in the CaO-SiO2 binary system at 1573 K. (b) Solid phase relationship of the CaO-SiO2-Cr2O3 system derived from the present activity data.
式(35)と式(42)から,Fig.8(b)に示すようにCaCr2O4+Cr2O3+Ca2SiO4三相共存領域(網掛けした三角形)が存在するが分かり,その結果からCa3SiO5はCaCr2O4と共存することになる(破線)。また,CaSiO3+SiO2+Ca3Cr2Si3O12三相共存領域(網掛けした三角形)は本研究でCr2O3活量を測定した領域であり,幾何学的な条件によりCa3Cr2Si3O12はCa3Si2O7およびCr2O3と共存すると結論づけられる(点線)。さらに,式(32),式(38),式(40)を組み合わせると,次式が得られる。
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(44) |
∆G°(43)が負の値になったことから1573 Kでは反応式(43)の右辺が安定相であり,Ca3Si2O7はCr2O3と共存し(一点鎖線),Ca2SiO4とCa3Cr2Si3O12は共存し得ない。以上の考察によりCr2O3活量値に基づいて描いた相平衡関係(Fig.8(b))は,XRD結果から決定したもの(Fig.2(b))と基本的に同一であった。したがって,本研究で測定したCr2O3活量はCaO-SiO2-Cr2O3三元系状態図と整合していると結論づけられる。
Fig.8(b)に示すように,1573 KにおいてCaO-SiO2-Cr2O3三元系には8つの三相共存領域が存在する。式(17),式(30),式(32),式(36),式(38),式(40)で表される各反応の標準Gibbsエネルギー変化を用いれば,これらの三相共存領域でのCaO活量,SiO2活量,Cr2O3活量を算出することができる。例えば,Ca3SiO5+Ca2SiO4+CaCr2O4三相共存領域でのCr2O3活量は下記の方法で求めることができる。
(45) |
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同様の計算方法により求めた全ての三相共存領域での1573 Kにおける成分活量値をTable 3にまとめて示した。
3-phase region | log aCaO | log aSiO2 | log aCr2O3 |
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CaO + Ca3SiO5 + CaCr2O4 | 0 | ‒4.81 | ‒1.33 |
Ca3SiO5 + Ca2SiO4 + CaCr2O4 | ‒0.02 | ‒4.75 | ‒1.31 |
Ca2SiO4 + CaCr2O4 + Cr2O3 | ‒1.33 | ‒2.12 | 0 |
Ca2SiO4 + Ca3Si2O7 + Cr2O3 | ‒1.66 | ‒1.46 | 0 |
Ca3Si2O7 + Ca3Cr2Si3O12 + Cr2O3 | ‒1.84 | ‒1.20 | 0 |
Ca3Si2O7 + CaSiO3 + Ca3Cr2Si3O12 | ‒2.07 | ‒0.85 | ‒0.35 |
CaSiO3 + SiO2 + Ca3Cr2Si3O12 | ‒2.92 | 0 | ‒0.35 |
SiO2 + Ca3Cr2Si3O12 + Cr2O3 | ‒3.04 | 0 | 0 |
固体CaOと固体Cr2O3からCaCr2O4を生成する反応のGibbsエネルギー変化∆G°(17)と温度の関係を文献値5–10)と併せてFig.9に示す。本実験値はKaiserら9)およびInouyeら10)による報告値と整合しており,本実験値とこれらの文献値9,10)に基づいて導いた∆G°(17)と温度の関係を式(48)に示す。また,Fig.9には回帰式(48)を実線で描いた。
(48) |
Gibbs energy change for the reaction CaO + Cr2O3 = CaCr2O4 as a function of temperature in comparison with the corresponding data from the literature.
式(48)を1873 Kまで外挿すると,CaOと共存するCaCr2O4中のCr2O3活量は次のように算出できる。
(49) |
Moritaらは,1873 KにおいてCa2SiO4およびCaCr2O4と同時に共存する液体スラグ(Fig.3,点a)でのCrOx活量は0.48であると報告している12)。また,スラグの塩基度が上昇するほど酸化還元比
(50) |
(51) |
(52) |
式(49)と式(52)によれば,1873 KにおいてCaO+CaCr2O4二相共存領域でのaCr2O3は液相aよりも低くなった。この計算結果はFig.3に示した1873 KでのCaO-SiO2-Cr2O3三元系状態図と整合しており,∆G°(17)の温度依存性を表す式(48)はMoritaらによる活量の報告値12)と矛盾しないと結論づけられる。今後は,1573 Kより高い温度においてもCr2O3活量と状態図の間の熱化学的な整合性についてさらに詳細に検討していくことが課題と言える。
精錬スラグ中へのクロムの酸化ロスを最小限に抑えながらクロム含有高合金鋼を効果的に脱炭することを目指し,本研究では1573 KにおけるCaO-SiO2-Cr2O3三元系スラグの相平衡関係の決定とCr2O3活量の測定を行った。得られた結果を以下に示す。
(1)溶銅中のクロム活量がHenry則に従うとき,クロムの活量係数は次にように与えられる。
(2)1573 KにおいてCaO+CaCr2O4二相共存領域およびCaSiO3+SiO2+Ca3Cr2Si3O12三相共存領域でのCr2O3活量を測定した。また測定値に基づいて化合物CaCr2O4およびCa3Cr2Si3O12の生成Gibbsエネルギー変化を下記のように算出した。
これらのGibbsエネルギー変化は1573 KにおけるCaO-SiO2-Cr2O3三元系の相平衡関係と整合することを示した。
(3)1573 KにおいてCaO-SiO2-Cr2O3三元系の全ての三相共存領域でのCaO活量,SiO2活量,Cr2O3活量を算出した。
本研究は,一般社団法人 日本鉄鋼協会とJSPS科研費18K04798の助成を受けて行われました。ここに謝意を表します。