鉄と鋼
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特集号:高清浄度合金鋼溶製
非金属介在物-溶融Feおよび溶融Fe-18%Cr-9%Ni合金間の界面エネルギー評価
古川 友貴齊藤 敬高 中島 邦彦
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2022 年 108 巻 8 号 p. 560-571

詳細
Abstract

The contact angles between three non-metallic inclusion-type oxide substrates, viz. Al2O3, MgO, and MgO·Al2O3, and molten Fe and molten Fe-based stainless steel (Fe-Cr-Ni alloy) were measured using the sessile drop method in Ar atmosphere at 1873 K. The contact angles between molten Fe and oxide substrates ranged between 111° and 117°, while that between molten Fe-Cr-Ni alloy and substrates ranged between 103° and 105°. The angles between the alloy and each of the substrates were smaller than the corresponding values for Fe, which was attributed to the superior wettability of molten Fe-Cr-Ni alloy on the substrates. The wettability of the molten materials is related to the interfacial tension between the molten metals and each substrate. Thus, the interfacial tension between the molten metals and the non-metallic substrates was quantitatively evaluated using Young’s equation and the measured contact angles; the interfacial tension for molten Fe ranged from 1.862 to 2.781 N·m−1, while that for molten Fe-Cr-Ni alloy ranged from 1.513 to 2.286 N·m−1. Owing to the higher reactivity between molten Fe-Cr-Ni alloy and the substrates, the interfacial tension and energy between them were lower than those between molten Fe and the substrates.

1. 緒言

非金属介在物は,鋼の内外の欠陥となることで強度や耐疲労性の低下などの品質低下を引き起こすため,高清浄鋼の溶製技術の発展が求められている1,2)。Al2O3,MgO,およびMgO・Al2O3は製鋼工程の際に生じる代表的な非金属介在物であり,Al2O3介在物はAlによる脱酸工程において生じる。これらAlやAl2O3と,耐火物の溶損などにより生じたMgOやMg間の反応により,MgO・Al2O3介在物が生成される3,4)

非金属介在物の除去にあたっては,介在物同士の衝突および凝集合体を促進し,浮上分離に有利な粗大介在物とすることが有効である2,5)。介在物の凝集合体の制御および見積りには,界面エネルギーや接触角といった介在物-溶鋼間の濡れ性を把握することが重要である2,6)。Sasaiは,Al脱酸溶鋼中のAl2O3介在物粒子が以下で与えられる空隙架橋力によって凝集合体することを示した2):

  
FA,S=πR42ΔPFe+2πR4σFe(1)
  
R4={3σFe+(9σFe28σFeΔPFercosθFe/Al2O3)0.5}/(2ΔPFe)(2)

ここで,FA,S,R4σFe,r,ΔPFe,およびθFe/Al2O3は,それぞれ,凝集力(空隙架橋力),空隙架橋頸部の半径,溶鋼の表面張力,空隙架橋と溶鋼間のLaplace圧,およびAl脱酸溶鋼-Al2O3間の接触角を表す。式(1)および(2)におけるσFeは,Al脱酸溶鋼の表面張力を表す。式(1)および(2)から,介在物粒子間の凝集力を見積る際には,溶鋼-Al2O3間の接触角が必要となることが分かる。Kitayamaらは,ファセットを有する結晶の液相中における(100)および(001)面のオストワルド成長モデルが,それぞれ,式(3)および(4)で与えられることを報告した7):

  
dadt=σVRTDKaD+Kaa(2r11a1c)(3)
  
dcdt=σVRTDKcD+Kcc(2r12c)(4)

ここで,a,c,σ,V,D,Ka,Kc,およびr1は,それぞれ,(100)面間隔,(001)面間隔,結晶-液相間の界面エネルギー,モル体積,拡散定数,[100]方向成長における平衡定数,[001]方向における平衡定数,および球状粒子の半径を表す。Fig.1に,(100)面および(001)面を伴うファセット結晶の模式図を示す。式(3)および(4)から,結晶-液相間の界面エネルギーが液相中での結晶成長の見積りにおいて重要な値であることが分かる。以上から,接触角や界面エネルギーは,粒子の状態を制御する上で,必要不可欠なパラメータであると言える。

Fig. 1.

Illustration of a faceted crystal with (100) and (001) facets.

介在物-溶鋼間の濡れ性評価に関する先行研究は既に多く存在する820)。しかし,先行研究内でも,温度,雰囲気,および結晶方位といった実験の諸条件が相互に異なり,界面エネルギーや接触角の各値を一元に比較することが難しい。例えば,Oginoらの研究では,Al2O3-溶鋼間の接触角はH2雰囲気,1873 Kのもとで128°と報告されている11)。一方,Nakashimaらの研究では,同組合せの接触角はAr雰囲気,1873 Kのもとで120°と報告されている8)。これらのことから,異なる介在物-溶鋼間の濡れ性を相互に比較するためには,濡れ性の評価は同条件下で行われるべきものであることが分かる。

そこで本研究では,Al2O3,MgO,およびMgO・Al2O3の3種の非金属介在物基板と,溶鉄および溶融Fe-18%Cr-9%Ni高合金(%は重量比率mass%を表す)として溶融SUS304合金間の濡れ性評価を同条件下で行った。非金属介在物-溶鋼間の接触角および界面エネルギーを評価し,界面状態を調査した。

2. 実験方法

2・1 濡れ性評価実験試料

濡れ性評価実験は,金属試料として純鉄(99.95%+purity, Nilaco, Tokyo, Japan)およびFe-Cr-Ni合金としてSUS304(Hikari, Osaka, Japan)を準備し,また,非金属介在物基板としてAl2O3(poly crystal, 99.9% purity, Nikkato, Osaka, Japan),MgO(poly crystal, 99.6% purity, Nikkato, Osaka, Japan),およびMgO・Al2O3(poly crystal, 99.99% purity, Dalian Keri Material Technology, Dalian, China)の3種の基板を準備した。SUS304の組成表をTable 1に示す。

Table 1. Chemical composition of SUS304 (mass%).
CSiMnPSNiCr
Max.0.081.002.000.0450.03010.5020.00
Min.8.0018.00
Ave.0.060.531.660.0310.0248.5818.44

金属試料は,ダイヤモンドカッター(Isomet4000, BUEHLER, Lake Bluff, IL, USA)で切断した。濡れ性評価実験直前にその金属片を2 g秤量し,H2O:HCl=1:1の塩酸に10 s間浸漬することで,表面の酸化膜を除去した。

Al2O3およびMgO基板の片面を35 μmのダイヤモンドディスクで研磨後,9,6,および 1 μmのダイヤモンドペーストで研磨を行った後,0.025 μmのコロイダルシリカで鏡面仕上げを行った(AutoMet250, BUEHLER, Lake Bluff, IL, USA)。MgO・Al2O3基板は製造過程で研磨されていたため,本実験では研磨を行わなかった。各実験基板は,濡れ性評価実験直前に石鹸水,超純水,2-プロパノール,およびアセトンの順で15 minずつ超音波洗浄を行った。

実験基板の算術平均粗さ(Ra)を表面粗さ測定機で測定した(SURFCOM 1500DX-3DF, Tokyo Seimitsu, Tokyo, Japan)。その結果,Al2O3,MgO,およびMgO・Al2O3基板の算術平均粗さ(Ra)は,それぞれ,0.078,0.38,0.011 μmであることがわかった。

2・2 濡れ性評価実験

Fig.2に本研究で用いた濡れ性評価装置の模式図を示す。本装置は主にグラファイトステージ,グラファイト発熱体,およびサファイア窓から構成される。本試験は溶融金属を固体酸化物に滴下することにより行われる。Fig.3に本装置の溶融金属の滴下前後の模式図を示す。グラファイト基板に水平に設置された固体酸化物基板の直上に,2 gに秤量された金属試料をグラファイト坩堝内に保持されたアルミナ坩堝に装入した。装置内のガス(初期状態は大気)を30 Paまで排気した後に,Arガスを1 atmまで流入した。この作業を3回繰り返すことで,純粋Ar雰囲気を作った。Ar流量0.5 L/minのもとで,装置を1873 Kまで15 K/minで昇温した。1873 Kに到達後,溶融金属を,アルミナ坩堝直上のアルミナ押出し棒によって実験基板に押出し,1 h保持し融体の形状変化を観察した。1 h保持後,装置の電源を切り,室温まで炉冷を行った。また,滴下および保持中の様子をサファイア窓から,溶融金属の滴下後5 s,1 min,5 min経過後,および10分おきに写真を撮影し,接触角測定に用いた。試験中の実験装置内の酸素分圧は10-15 atmと見積もられた。酸素センサには,NiのRedox反応を標準極とした酸素濃淡電池を用いた。

Fig. 2.

Schematic of the ultra-high-temperature wetting furnace. (Online version in color.)

Fig. 3.

Schematic of the falling-drop region of the wetting furnace. (Online version in color.)

2・3 評価方法

実験後の基板試料および金属試料は,加速電圧15.0 kVのもとで,走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS; SUPERSCAN SS-550, Shimadzu, Kyoto, Japan)を用いて観察を行った。試験後の各金属試料に対して,金属/基板界面から1 μm離れた箇所に,電子線プローブマイクロアナライザ(EPMA-1720, Shimadzu, Kyoto, Japan)で点分析を行った。さらに,各金属試料の溶解酸素O濃度の測定を非分散型赤外線吸収法(ONH836, LECO, Tokyo, Japan)で行った。

接触角はカーブフィッティング法により測定した。ここで,接触角の誤差は±1%とした。液相,固相,および気相の三相共存点において,以下に示すYoungの式(5)が成立する。

  
σSV=σSL+σLVcosθ(5)

ここで,σSVσSLσLV,およびθは,それぞれ,固相の表面張力,液相/固相間の界面張力,液相の表面張力,および接触角を表す。酸化物基板-溶鋼間の界面エネルギー評価は,式(5)を用いて行った。界面エネルギー評価は,溶融金属/介在物の界面形成前後の濡れ挙動を評価するために,溶融金属が酸化物基板に滴下後5 s 後の接触角を用いて行った。

3. 実験結果および考察

3・1 濡れ性評価実験

Fig.4, Fig.5 Fig.6, Fig.7, Fig.8, Fig.9に,各溶鋼-介在物基板の組合せの観察結果を示す。いずれの組合せにおいても,時間の経過に伴い,溶鋼表面の酸化が確認された。溶鋼を基板に滴下後5 s後の各組合せの接触角は,それぞれ,114°(Fe/Al2O3; θFe/Al2O3),111°(Fe/MgO; θFe/MgO),117°(Fe/MgO・Al2O3; θFe/MgO・Al2O3),105°(Fe-Cr-Ni合金/Al2O3; θFe-Cr-Ni/Al2O3),103°(Fe-Cr-Ni合金/MgO; θFe-Cr-Ni/MgO),および103°(Fe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3Fe-Cr-Ni/MgO・Al2O3)であった。

Fig. 4.

Sessile drop images of the Fe/Al2O3 wetting couple. (Online version in color.)

Fig. 5.

Sessile drop images of the Fe-Cr-Ni alloy/Al2O3 wetting couple. (Online version in color.)

Fig. 6.

Sessile drop images of the Fe/MgO wetting couple. (Online version in color.)

Fig. 7.

Sessile drop images of the Fe-Cr-Ni alloy/MgO wetting couple (Online version in color.)

Fig. 8.

Sessile drop images of the Fe/MgO・Al2O3 wetting couple. (Online version in color.)

Fig. 9.

Sessile drop images of the Fe-Cr-Ni alloy/MgO・Al2O3 wetting couple. (Online version in color.)

各組合せの接触角の経時変化をFig.10に示す。接触角は,溶鋼に表面酸化が見られるまでの間で,測定を行った。いずれの基板に対しても,溶融Feおよび溶融合金の接触角は90°より大きく,濡れが悪いことが分かった。また,いずれの基板に対しても,溶融合金の接触角は,同基板に対する溶融Feの接触角より小さく,溶融合金の方が濡れが良いことが分かった。これは,介在物基板-溶融合金間の界面エネルギーの方が,介在物基板-溶融Fe間の界面エネルギーよりも小さいことによると考えられた。

Fig. 10.

Contact angle of each wetting couple over time.

3・2 界面エネルギー評価

界面エネルギーをYoungの式(5)を用いて算出した。Takiuchiら9)およびOzawaら21)の研究から,溶融Feの表面張力および溶融SUS304合金の表面張力は以下の式で与えられる:

  
σFe=1900327ln(1+96aO)(6)
  
σ304=0.3291(T1694)+1692(7)

ここで,aOは溶鉄中の1 mass%のHenry基準の酸素活量である。これらから,溶融Feおよび溶融SUS304合金の表面張力は,1873 K下で,それぞれ,1897 mN·m-1(σFe)および1633 mN·m-1(σ304)と算出された。aOは,以下に示す酸素の溶解反応式から算出した22):

  
12O2[O],logK=logaOPO2=5836T+0.354(8)

本実験における酸素分圧(PO2)が10-15 atmであったことを用いて,aOは,9.31×10-5と算出された。さらに,Al2O3,MgO,およびMgO・Al2O3の表面張力は,1873 Kにおいて,それぞれ,1090(σAl2O3),1708(σMgO),および1919(σMgO・Al2O3)mN·m-1と見積もられた23,24)。したがって,溶鋼を基板に滴下後5 s後の接触角と,溶鋼および酸化物基板の表面張力を用いて,Fe/Al2O3,Fe/MgO,Fe/MgO・Al2O3,Fe-Cr-Ni合金/Al2O3,Fe-Cr-Ni合金/MgO,およびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の界面張力は,それぞれ,1862(σFe/Al2O3),2388(σFe/MgO),2781(σFe/MgO・Al2O3),1513(σFe-Cr-Ni/Al2O3),2075(σFe-Cr-Ni/MgO),および2286(σFe-Cr-Ni/MgO・Al2O3)mN·m-1と算出された。溶融FeとAl2O3基板間の界面張力(1862 mN·m-1)は,Oginoらの報告値(1680 mN·m-1,1873 K)より大きい値であった25)。また,溶融FeとMgO・Al2O3基板間の界面張力(2781 mN·m-1)は,Fukamiらの報告値(1530 mN·m-1,1833 K)より大きい値であった16)。これら以外の組合せの界面張力の報告値は見当たらなかった。本実験における界面張力の算出値は,いずれの基板との組合せにおいても,溶融Fe-Cr-Ni合金-基板間の界面張力の方が,溶融Fe-基板間の界面張力よりも小さい値となった。これは,溶融Fe-Cr-Ni合金-基板間の反応性の方が,溶融Fe-基板間の反応性よりも高いためであると考えられた。

3・3 熱力学的考察

溶鋼と基板が接触することにより,界面反応が生じる。界面反応の進行により,界面の物質移動に伴い界面張力が減少する26)。このため,溶融Fe-Cr-Ni合金-各基板間の界面エネルギー(界面張力)の方が低いことは,溶融Fe-Cr-Ni合金-各基板間の方が反応性が高いことを表していると考えられる。本節では,溶鋼への各基板の溶解反応およびCr2O3生成反応を溶融Fe-Cr-Ni合金-各基板間の界面エネルギーを低下させる界面反応として想定し,溶融Feおよび溶融Fe-Cr-Ni合金へのAlおよびMgの溶解度および溶解度積を算出し,比較した。本計算では,溶鋼-各基板界面の局所平衡を想定し,溶解度および溶解度積を算出した。

Oginoらは,溶融Fe-Ni合金-Al2O3基板間の反応性は溶融Fe-Al2O3基板間の反応性よりも高く,この反応性の高さを,Al2O3と高い反応性をもつNi成分の影響であると報告している27)。そこで,溶融Feおよび溶融Fe-Cr-Ni合金中へのAlMgの溶解度および溶解度積を,基板溶解反応により生じたAlおよびMgと溶解酸素量O間の平衡をもとに算出し,各基板の溶解反応量を推定した。

各基板の溶解反応は以下のように与えられる:

  
Al2O32Al_+3O_(9)
  
MgOMg_+O_(10)
  
MgOAl2O3Mg_+2Al_+4O_(11)

ここで,式(11)は,式(9)(10),および以下に示すMgO・Al2O3のAl2O3およびMgOへの解反応から得た:

  
MgOAl2O3Al2O3+MgO(12)

式(9)(11)の平衡定数は以下で与えられる:

  
K9=aAl2aO3=(γAl[Al])2(γO[O])3(13)
  
K10=aMgaO=(γMg[Mg])(γO[O])(14)
  
K11=aMgaAl2aO4=(γMg[Mg])(γAl[Al])2(γO[O])4(15)

ここで,aAl,aMg,およびaOは,それぞれ,Al,Mg,およびOの溶融Fe中での1 mass%基準の活量を表す。また,γAl,γMg,およびγOは,それぞれ,Al,Mg,およびOの活量係数を表し,[Al],[Mg],および[O]は,それぞれ,AlMg,およびOの質量パーセント濃度を表す。更に,Kは平衡定数を表す。式(13)(15)において,酸化物基板の活量は1とした。Table 2に,標準自由エネルギー変化(ΔG0)を示す。

Table 2. ΔG0 values for the substrate dissolution reactions and Cr2O3 formation reaction (Henrian activity of 1 mass% standard state in molten Fe is chosen for solute components).
Chemical reactionΔG0 J・mol−1
Al2O32Al+3O(9)1225000 − 393.8T34)
MgO→Mg+O(10)89960 + 82.0T1)
MgOAl2O32Al+Mg+4O(11)1334000 − 305.5T
MgOAl2O3→Al2O3+MgO(12)18828 + 6.3T1)
2Cr+3O→Cr2O3(22)−843100 + 371.8T34)
Al2O3+2Cr→Cr2O3+2Al(23)381900 − 22T
3MgO+2Cr→Cr2O3+3Mg(24)−573200 + 617.8T
MgOAl2O3+83Cr_43Cr2O3+2Al_+Mg_(25)209900 + 190.2T

まず,溶融FeへのAlおよびMgの溶解度および溶解度積は以下の手順で算出した。AlMg,およびOは,溶融Fe中で無限希薄溶液中の溶質成分と見なして,活量を質量パーセント濃度で近似した。これにより,式(13)(15)は,それぞれ,式(16)(18)で書き換えられる:

  
K9=[Al]2[O]3(16)
  
K10=[Mg][O](17)
  
K11=[Mg][Al]2[O]4(18)

化学平衡時,標準自由エネルギーと平衡定数には以下の関係が成立する:

  
ΔG0=RTlnK(19)

Table 3に濡れ性評価実験後の各金属試料中の溶解酸素量の分析結果を示す。Table 2の熱力学データと,Table 3の溶解酸素量を式(16)(19)に用いて,溶融FeへのAlおよびMgの溶解度および溶解度積は,Fe/Al2O3,Fe/MgO,およびFe/MgO・Al2O3の組合せで,それぞれ,1.88×10-4 mass%([Al]),1.45×10-5 mass%([Mg]),および2.80×10-12(mass%)3([Mg][Al]2)と算出された。

Table 3. Dissolved oxygen content O inside the metal samples (mass%).
Al2O3MgOMgO・Al2O3
Fe0.008980.01110.00377
Fe-Cr-Ni alloy0.008230.01210.0209

溶融Fe-Cr-Ni合金と各基板間の界面反応から算出される,溶融Fe-Cr-Ni合金へのAlおよびMgの溶解度および溶解度積は,各溶質の相互作用を考慮することで推定された。溶鉄中の溶質成分の一次および二次の相互作用助係数をTable 4に示す28)。AlおよびMgの活量係数はそれぞれ,式(20)および(21)で算出された:

  
logγAl=eAlj[j]+rAlAl[Al]2(20)
  
logγMg=eMgj[j]+rMgNi,Cr[Ni][Cr](21)
Table 4.

First- and second-order interaction parameters eji, (rji), and {rij,k}. (Solvent: Fe)

Table 5にFe-Cr-Ni合金の実験後のサンプルのEPMA分析結果を示す。Tables 3–5の値,および式(20)および(21)から,Al,Mg,およびOの活量係数および活量は,Fe-Cr-Ni/Al2O3の組合せでは2.08(γAl),0.00728(γO),および5.99×10-5(aO),Fe-Cr-Ni/MgOの組み合わせでは1.07(γMg),0.0134(γO),および1.61×10-4(aO),Fe-Cr-Ni/MgO・Al2O3の組合せでは0.0321(γMg),7.32(γAl),1.30×10-5O),および2.72×10-7(aO)と算出された。これらの値と,Table 2式(13)(15),および式(19)を用いて,溶融Fe-Cr-Ni合金へのAlおよびMgの溶解度および溶解度積は,Fe-Cr-Ni合金/Al2O3,Fe-Cr-Ni合金/MgO,およびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せで,それぞれ,0.166 mass%([Al]),9.37×10-4 mass%([Mg]),および6.07×104(mass%)3([Mg][Al]2)と算出された。

Table 5. EPMA point analysis of each wetting couple near the interface.
CrNiMgAlOCSiMn
Fe/Al2O30.0590
Fe/MgO000
Fe/MgO∙Al2O300.0521.439
Fe-Cr-Ni alloy/Al2O319.0668.7190.10402.3310.4550.406
Fe-Cr-Ni alloy/MgO18.5617.891002.0630.4080.218
Fe-Cr-Ni alloy/MgO∙Al2O319.3418.7170.0010.03008.3860.3570.289

AlおよびMgの溶解度および溶解度積は,いずれの基板との組合せにおいても,溶融Fe-Cr-Ni合金に対する方が溶融Feに対するよりも大きいことから,基板の溶解反応の反応性は溶融Fe-Cr-Ni合金の方が高いと言える。よって,溶融Fe-Cr-Ni合金/基板間の界面エネルギーの方が,溶融Fe/基板間の界面エネルギーよりも小さくなったと考えられた。

EPMA分析により,Fe/Al2O3,Fe/MgO・Al2O3,Fe-Cr-Ni/Al2O3,およびFe-Cr-Ni/MgO・Al2O3の界面近傍からAlが検出されたことから,Al2O3およびMgO・Al2O3基板の溶解反応が実験的に確認されたと言える(Table 5)。Fe/MgOの組合せにおける実験後のFeサンプルの反射電子像(BSE像)をFig.11に示す。Fe内部において介在物粒子が観察され,介在物粒子のEPMA分析から,Mgの存在を確認でき,これは,Fe-Cr-Ni合金/MgO,Fe/MgO・Al2O3,およびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せにおいても,同様に観測された。このことから,MgOおよびMgO・Al2O3基板の溶解反応が実験的に確認されたと言える。

Fig. 11.

BSE image of the Fe region in the Fe/MgO wetting couple after the wetting test.

Shinらは,溶融Fe-19%Cr-10%Ni合金とAl2O3間でのCr2O3反応層の生成を報告している14)。この合金と本実験における合金組成が極めて近いことから,Cr2O3生成反応についての考察を行った。溶融Fe-Cr-Ni合金中でのCr2O3生成反応は以下の式で与えられる:

  
2Cr_+3O_Cr2O3(22)

式(9)(11)式(22)の複合反応を考えることで,溶融Fe-Cr-Ni合金と各基板間でのCr2O3生成反応を以下の式で表せる:

  
Al2O3+2Cr_Cr2O3+2Al_(23)
  
3MgO+2Cr_Cr2O3+3Mg_(24)
  
MgOAl2O3+83Cr_43Cr2O3+2Al_+Mg_(25)

ここで,生成反応(23)–(25)は,次の現象からなると考えた。i)式(9)(11)による基板の溶解,および酸素の溶融合金への溶解および/もしくは界面吸着,ii)式(22)によるCrと酸素間の生成反応。式(23)(25)の平衡定数は以下の式で与えられる:

  
K23=(γAl[Al])2aCr2(26)
  
K24=(γMg[Mg])3aCr2(27)
  
K25=(γAl[Al])2(γMg[Mg])aCr83(28)

ここで,基板およびCr2O3の活量は1とした。標準自由エネルギー変化(ΔG0)をTable 2に示す。一次および二次の相互作用助係数(Table 4)および界面近傍のEPMA分析結果(Table 5)から,溶融Fe-Cr-Ni合金中におけるCrの活量係数および活量は,それぞれ,Fe-Cr-Ni合金/Al2O3の組合せでは0.537(γCr)および10.2(aCr),Fe-Cr-Ni合金/MgOの組合せでは0.576(γCr)および10.7(aCr),Fe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せでは0.110(γCr)および2.12(aCr)と算出された。

式(19)式(26)(28),Crの活量,AlおよびMgの活量係数,Table 2の値を用いて,Cr2O3生成反応に関するAlおよびMgの溶解度および溶解度積は,Fe-Cr-Ni合金/Al2O3,Fe-Cr-Ni合金/MgO,およびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せで,それぞれ,0.873 ppm([Al]),0.170 ppm([Mg]),および7.00×10-4(ppm)3([Mg][Al]2)と算出された。溶融合金に含まれるCr成分によるCr2O3生成反応の影響で,溶融Feよりも各基板間との反応性が高くなっていると考えられた。よって,溶融Fe-Cr-Ni合金-各基板間の界面エネルギーは,溶融Fe-各基板間の界面エネルギーよりも小さくなっていると考えられた。

Fig.12にFe-Cr-Ni合金/Al2O3の組合せの,実験後のFe-Cr-Ni合金およびAl2O3基板の界面付近のSEM像を示す。Fe-Cr-Ni合金/Al2O3の組合せにおいて,反応層は見られず,これは,Fe-Cr-Ni合金/MgOおよびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せにおいても同様であった。このことから,Cr2O3の生成反応は極めて少ないと言えるが,溶融Fe-Cr-Ni合金は,Cr成分を含むことで,溶融Feよりも各基板間との反応性が高くなると考えられた。

Fig. 12.

SEM microimages of the (a) Fe-Cr-Ni alloy and (b) Al2O3 regions near the interface of the Fe-Cr-Ni alloy/Al2O3 wetting couple after the wetting test.

さらに,溶融合金と基板間での界面反応として,固溶体形成および複合酸化物の生成についても考慮した。Mizukamiらは,Cr成分が4.4 mass%以上の溶融Fe-Cr合金が1873 KにおいてCr2O3-Al2O3固溶体と平衡関係にあることを報告した29)。Alperらは,MgOとCr2O3間の化学反応を調査し,MgO・Cr2O3生成を報告した30)。Greskovich and Stubicanは,Al2O3およびMgO・Al2O3が,Cr2O3と固溶体を形成することを示唆している31)。これらを基に,溶融合金を滴下した各基板に対して,Fe成分,Cr成分,およびNi成分のSEM-EDS分析を行った。Fig.13にFe-Cr-Ni合金/Al2O3の組合せにおける,Al2O3基板のSEM-EDS分析結果を示す。Al2O3基板から,Fe,Cr,およびNi成分を検出することは出来なかった。Fe-Cr-Ni合金/MgOおよびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せにおける,各基板のSEM-EDS分析においても同様にこれらの成分を検出することは出来なかった。Fe-Cr-Ni合金/Al2O3の組合せにおけるAl2O3基板から,Fe,Cr,およびNi成分がEPMA分析によって検出された(Fig.14)。これは,Cr2O3がAl2O3と局所的に固溶体を形成している可能性を示唆していると言える。固溶体形成や複合酸化物の生成が少ないとしても,溶融Fe-Cr-Ni合金に含まれるCr成分やNi成分の影響で,溶融Feよりも各基板との反応性が高くなると考えられた。

Fig. 13.

Element mapping of Al2O3 region of Fe-Cr-Ni alloy/Al2O3 couple; (a) SEM image, (b) Fe mapping, (c) Cr mapping, (d) Ni mapping, and (e) Al mapping.

Fig. 14.

BSE image and EPMA point analysis of the Al2O3 region in the Fe/Al2O3 wetting couple after the wetting test.

これらの結果から,溶融Fe-Cr-Ni合金と溶融Feの界面エネルギーの差が,基板溶解反応とCr2O3生成反応によって生じることがわかった。これらの反応性の違いは,溶融Fe-Cr-Ni合金と溶融Fe間の組成の違いに起因する。溶融Fe-Cr-Ni合金と各基板間の界面エネルギーが,溶融Feと各基板の界面エネルギーのよりも低いことから,溶融Fe-Cr-Ni合金と各基板の接触角が,溶融Feと各基板間の接触角よりも小さくなったと考えられた。

3・4 接触角の経時変化

Youngの式(5)は,接触角が固相および液相の表面張力,および界面張力に依存することを表している。まず,接触角が時間の経過に伴い変化する要因の一つとしては,温度,雰囲気などの外部要因にも依存する溶鋼の表面張力変化が挙げられた。Fe/MgO・Al2O3,Fe-Cr-Ni合金/Al2O3,およびFe-Cr-Ni合金/MgO・Al2O3の組合せの接触角が時間の経過に伴い,減少する要因としては,基板溶解反応および/もしくはCr2O3生成反応による,界面エネルギーの低下が挙げられた。Fe-Cr-Ni合金/MgOの組合せの接触角は界面形成後は一旦減少し,5分後から増加および安定化が見られた。一方,Fe/MgOの組合せの接触角は時間の経過に伴い増加した。Fe-Cr-Ni合金/MgOの組合せの接触角の減少は,上述の溶解反応および生成反応による界面エネルギーの低下が原因であると考えられた。Fe/MgOの組合せの接触角の増加は,基板溶解反応によるMgの溶融Feに対する溶解度が,溶融Fe-Cr-Ni/MgOの組合せにおける溶解度と比較して小さいことから,溶解反応の終了に伴った界面エネルギーの増加によるものと考えられた。また,この接触角の増加は,溶融Fe表面のMgおよびOの影響によるものであるとも考えられた。Shibataらは,1933 KにおいてFe/MgO((100)単結晶)の接触角の減少と増加が繰り返される現象を報告している12)Mgは,式(10)の反応に従って導入され,溶融Feの表面に蓄積し,式(29)で表される反応によって蒸発していくと考えられ,式(10)および(29)の反応に伴って,溶融Fe中の酸素成分も増加すると考えられている。

  
Mg_=Mg(g)(29)

本研究においても,Mgの表面への蓄積や,溶解酸素の影響で,溶融Feの表面張力が低下し,接触角が増加した可能性も考えられた。また,Fe-Cr-Ni合金/MgOの5 min後からの接触角の増加も,MgOの影響による可能性も挙げられた。

Fe/Al2O3の接触角は最も安定しており,界面エネルギー低下の接触角に対する影響は小さかった。これは,溶鋼がアルミナ坩堝に保持されていることから,溶融Feの滴下以前にAl2O3との反応が始まっており,界面エネルギーの低下が観測されなかった可能性が挙げられた。一方,Fe-Cr-Ni合金/Al2O3の組合せでは,接触角の低下が観測され,これはAlの溶解度が高いことによると考えられた。

また,CrおよびNi成分の溶融Fe-Cr-Ni合金からAl2O3基板への溶解がEPMA分析により観測された(Fig.14)。CrおよびNi成分の影響で,溶融Fe-Cr-Ni合金は溶融Feよりも高い反応性を示し,アルミナ坩堝に保持されているにもかかわらず,接触角の低下が観測されたと考えられた。

接触角の時間変化について,酸素原子の界面吸着による界面エネルギーの動的変化による可能性も挙げられた。Tanakaらは,溶融Fe系合金と溶融スラグ間の界面エネルギーの動的変化モデルを報告している32,33)。このモデルは,溶融合金と溶融スラグ間の酸化還元反応に起因する酸素原子の界面吸着,およびスラグの解離反応および溶融合金への溶解反応からなる。本実験において,酸素原子は基板溶解反応によって生成される。酸素原子が溶鋼/基板界面に吸着することで,界面エネルギーおよび接触角が減少すると考えられた。また,酸素は表面活性元素であることから,基板溶解反応や雰囲気からの溶解反応によって溶鋼に導入された酸素原子が,溶鋼表面に蓄積することで溶鋼の表面張力を変化させ,これに伴い,接触角も変化する可能性も挙げられた。

4. 結言

溶融Feおよび溶融Fe-Cr-Ni合金と,非金属介在物系酸化物(Al2O3,MgO,およびMgO・Al2O3)基板間の濡れ性評価実験をAr雰囲気,1873 Kのもとで行った。各溶鋼と基板間の組合せの接触角を測定し,界面エネルギーを評価した。さらに,濡れ性評価実験後の試料をSEM-EDSおよびEPMAを用いて分析を行った。主要な結果を以下に示す:

(1)溶融FeとAl2O3,MgO,およびMgO・Al2O3基板間の接触角は,それぞれ,114°,111°,および117°であった。溶融Fe-Cr-Ni合金との接触角は,それぞれ,105°,103°,および103°であった。このことから,溶融Fe-Cr-Ni合金の方が,各基板間との濡れ性が良いことがわかった。

(2)溶融FeとAl2O3,MgO,およびMgO・Al2O3基板間の界面エネルギーは,それぞれ,1862,2388,および2781 mN·m-1であった。溶融Fe-Cr-Ni合金との界面エネルギーは,それぞれ,1513,2075,および2286 mN·m-1であった。溶融Feと溶融Fe-Cr-Ni合金間の接触角の差は,界面エネルギー(界面張力)によって生じていると考えられた。Youngの式によって算出された界面エネルギーの値は,いずれの基板においても,溶融Fe-Cr-Ni合金の方が,溶融Feよりも小さくなった。

(3)溶融Fe-Cr-Ni合金と溶融Fe間の界面エネルギーの差は,溶融Fe-Cr-Ni合金の方が,溶融Feよりも各基板との反応性が高いことによって生じると考えられた。

接触角および界面エネルギーの時間変化には,いくつかの要因が挙げられた。しかし,変化に影響を及ぼす決定的な要因の特定には至らなかった。これらの特定には,更なる調査が必要である。

謝辞

各金属試料の酸素濃度分析について,東京工業大学小林能直教授および中沢亮太氏のご協力を賜りましたこと,ここに深く謝意を表したい。

文献
 
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