鉄と鋼
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特集号:高清浄度合金鋼溶製
SiO2活量の異なる酸化物基板の溶鋼に対する濡れ性
古川 友貴張 子瑶廣角 太朗齊藤 敬高 中島 邦彦
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2022 年 108 巻 8 号 p. 572-583

詳細
Abstract

The contact angle between molten Fe-Al alloy with 0.03, 0.3, and 3 mass% Al composition, and Y2O3 matrix oxide substrate with 0.002, 0.32, and 1 SiO2 activity was measured using sessile drop method in Ar atmosphere at 1873 K, and the interfacial tension was evaluated. The contact angle and interfacial tension between the molten Fe-0.3 Al alloy and the Y2Si2O7 + SiO2 (aSiO2 = 1) substrate decreased over time during 60 s after the molten alloy was dropped onto the substrate. The decrease of the contact angle was 20°, and that of the interfacial tension was 628 mN・m−1 Conversely, the other contact angles and the other interfacial energies were almost stable during the same period. The decrease of the contact angles ranged between 0° and 7°, and that of the interfacial tensions ranged 4 and 195 mN・m−1. By observing the wetting behavior for 60 min, it was recognized that the interfacial reaction between the Fe-Al alloy and the oxide substrate was the redox reaction between Al composition in the alloy and SiO2 composition in the substrate, composed of SiO2 decomposition reaction and Al2O3 formation reaction between oxygen absorbed at the interface and Al composition in the alloy. In addition, it was indicated from the interfacial tension dependence on SiO2 activity that the medium SiO2 volume slag for the molten low-Al steel and the low SiO2 volume slag for the molten high-Al steel were effective in preventing the small droplets of molten slag into the molten steel.

1. 緒言

非金属介在物は,鋼の内外の欠陥,強度や耐疲労性の低下,耐食性の低下などの品質欠陥をもたらすため,高清浄鋼の製造技術の発展が求められている1)。SiO2は主要な非金属介在物の一つであり,Siによる脱酸工程において生じる。また,SiO2はモールドフラックスの主成分の一つである。モールドフラックスは,SiO2,CaO,およびAl2O3などの酸化物を主成分とした合成スラグであり,連続鋳造工程において,溶鋼上面の酸化防止,溶鋼から浮上した介在物の捕捉,鋳型と溶鋼間の熱伝達,潤滑および緩衝などの役割を果たしている24)。これらのことから,高清浄鋼溶製にあたって,SiO2介在物やSiO2スラグを効率的に取り除くことは極めて重要であることが分かる。

介在物やスラグの制御および除去にあたり,溶鋼と介在物およびスラグ間の濡れ性を把握することが極めて重要である。例えば,溶鋼と溶融スラグ間の界面張力が大きい際には,界面が平坦になる復元力が大きくなることから溶鋼への溶融スラグの巻き込みが防止される5,6)。一方,界面張力が小さい場合には,界面が不安定になり,溶鋼と溶融スラグが混ざりやすく,化学反応の進行が促進されると考えられる5)。他にも,介在物粒子の,オストワルド成長モデルなどによる見積りでも,溶鋼-介在物間の界面エネルギーは重要な物性値であることが知られている7)

Fe-Al合金とSiO2を含む合成スラグ間の濡れ性を評価した実験としては,Tanakaら,Sunら,およびRiboud and Lucasによる研究が挙げられる。Tanakaらは,Alを0.007-0.048 mass%含んだFe-Al合金と,SiO2を36.0 mass%もしくは40.0 mass%含んだ溶融SiO2-CaO-Al2O3スラグ間の濡れ性を評価することで,界面反応およびスラグ粘度が及ぼす界面張力の動的変化機構を報告した5)。Sunらは,Alを0.0002-0.0172 mass%含む7種の溶融Fe-Al合金とSiO2-CaO- Al2O3合成スラグ間の界面張力を評価し,溶鉄中のAlとスラグ中のSiO2成分間の酸化還元反応を報告した8)。Riboud and Lucasは,Alを2-4.5 mass%含む溶融Fe-Al合金と溶融SiO2-CaO- Al2O3合成スラグ間の界面張力が,溶鋼中のAlとスラグ中のSiO2成分間の酸化還元反応に伴う物質移動が多い時には著しく減少し,物質移動が少なくなると上昇する現象を報告した9)。以上のように,SiO2とAl間の影響を評価した先行研究は存在するが,一方で,同一条件下で,低SiO2活量から高SiO2活量までのSiO2の活量変化と,低Al組成から高Al組成までのAl組成変化が,界面反応および界面張力に及ぼす影響を系統的に調査した報告例は見当たらない。

そこで,本研究では,0.002,0.32,および1のSiO2活量を持つ酸化物基板を作製し,0.03,0.3,および3 mass%のAl組成を持つ溶鋼間の濡れ性(接触角および界面エネルギー)を静的法によってそれぞれ評価し,濡れ性に及ぼす界面反応の影響を系統的に調査するとともに,精錬スラグの巻き込み性について評価することを目的とした。

2. 実験方法

2・1 濡れ性評価実験試料

本研究の濡れ性評価実験では,Al含有量の異なる3種のFe-Al合金(Nippon Steel, Tokyo, Japan),およびSiO2活量(aSiO2)の異なる3種の酸化物基板を用いた。Table 1にFe-Al合金の試料組成を示す。Fe-Al合金のAl組成は,0.03,0.3,および3 mass%である。実験基板として,aSiO2=0.002のY2O3+Y2SiO5基板,aSiO2=0.32のY2SiO5+Y2Si2O7基板,およびaSiO2=1のY2Si2O7+SiO2の酸化物基板を以下の手順で焼結することにより得た。

Table 1. Chemical compositions of the Fe-Al alloys.
C
(mass%)
Si
(mass%)
Mn
(mass%)
P
(mass%)
S
(mass%)
T.Al
(mass%)
T.N
(ppm)
T.O
(ppm)
Fe-0.03Al0.0910.0060.003<0.001<0.0010.0361237
Fe-0.3Al0.0910.0040.004<0.001<0.0010.3181910
Fe-3Al0.0950.0070.002<0.001<0.0013.02125

JacobsonはTa+Y2O3+Y2O3・SiO2混合物,およびMo+Y2O3・SiO2+Y2O3・2SiO2混合物のSiO蒸気圧をKnudsen effusion mass spectrometry法(KEMS)を用いて計測し,1923 KにおけるY2O3- SiO2系のY2O3およびSiO2の純物質基準活量を算出した(Fig.1)10)。本研究では,この結果をもとにY2O3試薬(>99.9%, Katayama Chemical, Osaka, Japan),Y2SiO5試薬(Nippon Yttrium, Fukuoka, Japan),Y2Si2O7試薬(Nippon Yttrium, Fukuoka, Japan),およびSiO2試薬(>99.9%, mean size: 2.2 μm, Admatechs, Aichi, Japan)を調製し,SiO2活量の異なる酸化物基板を作製した。

Fig. 1.

Measured activity of SiO2 (dotted line) and calculated activity of Y2O3 (solid line) at 1923 K.

まず,使用する試薬をボールミリングによりスラリーを作製した。試薬の混合比をTable 2に示す1115)。ボールミリングでは,内容量500 mLのポリエチレン製ポットにZrO2ボールと混合試薬が重量比1:1になるよう装入した後に,混合試薬とZrO2ボールが浸る程度にエタノールを添加し,24時間粉砕混合を行った。ボールミリング後のスラリーに対して,ロータリーエバポレーター(R-3, BUCHI, Flawil, Switzerland)でエタノールを乾燥させた後,50×47 meshのふるいで整粒した。一軸加圧成形により2 kNで30 s成形後,冷間静水圧加圧法(CPA-50-300, Sansho Industry, Osaka, Japan)により300 MPaで3 min 成形することで成形体を得た。得られた成形体は,大気雰囲気のもとマッフル炉で焼結を行った。15 K/minで昇温し,1903 Kで2 h保持した後,マッフル炉の電源を切断することで炉冷を行った。Fig.2にY2O3-SiO2系の平衡状態図を示す16)。aSiO2=0.002のY2O3+Y2SiO5基板,aSiO2=0.32のY2SiO5+Y2Si2O7基板,およびaSiO2=1のY2Si2O7+SiO2の酸化物基板のいずれにおいても,焼結温度の1903 K(1630°C)においては混合物の二相共存域である。各試薬はボールミリングにより粉砕混合を行っていることから,得られた焼結体中では両酸化物が均一に分散した組織になっていると考えられた。得られた焼結体に対して,アルキメデス法により相対密度の測定を行った。Fig.3に酸化物基板の写真と相対密度を示す。

Table 2. Mixture ratio of regents for sintering substrates.
SubstrateCompositionmass%mol%vol%
Y2O3 + Y2SiO5
(aSiO2 = 0.002)
Y2O344.150.041.8
Y2SiO555.950.058.2
Y2SiO5 + Y2Si2O7
(aSiO2 = 0.32)
Y2SiO552.457.150.0
Y2Si2O747.642.950.0
Y2Si2O7 + SiO2
(aSiO2 = 1)
Y2Si2O785.250.075.9
SiO214.850.024.1
Fig. 2.

Phase diagram of Y2O3-SiO2 system.

Fig. 3.

Photographs and relative densities of the experimental substrates. (Online version in color.)

Y2O3およびSiO2の生成反応は以下の式(1)および(2)で与えられる。

  
2Y(s)+32O2(g)=Y2O3(s)(1)
  
Si(l)+O2(g)=SiO2(s)(2)

式(1)および(2)のギブスの生成自由エネルギーはそれぞれ-1370 kJ・mol-1および-577 kJ・mol-1(at 1873 K)である17)。ただし,(1)の生成自由エネルギーは,298 -1799 Kにおける生成自由エネルギーの外挿値を用いた。生成自由エネルギーが,Y2O3の方がSiO2よりも小さいことから,Y2O3の方がSiO2より化学的に安定であると考えられる。したがって,本研究では,溶融合金/実験基板間の界面反応は,溶融合金と実験基板のSiO2成分の間で行われると仮定した。

合金試料は,ダイヤモンドカッター(Isomet4000,BUEHLER,Lake Bluff,IL,USA)で切断した。その試料片を,実験直前に2 g秤量し,H2O:HCl=1:1の水溶液で10 s酸洗を行い表面の酸化膜を除去したものを実験試料とした。

各酸化物基板に対して,35 umのダイヤモンドディスクで面出しを行った。続いて,9,6,および1 μmのダイヤモンドスラリーで回転研磨を施した後,0.025 μmのコロイダルシリカで鏡面仕上げを行った。その後,石鹸水,超純水,2-プロパノール,およびアセトンの順で各15 min超音波洗浄を行い実験基板とした。

実験基板の表面粗さ(Ra)を表面粗さ測定機(SURFCOM 1500DX- 3DF, Tokyo Seimitsu, Tokyo, Japan)で測定した。各基板の表面粗さは,それぞれ,Y2O3+Y2SiO5基板; 0.099,Y2SiO5+Y2Si2O7基板; 0.109,およびY2Si2O7+SiO2基板; 0.052 μmであった。Oginoらによって,溶鉄とAl2O3基板の組合せにおいて,30 μm以内の表面粗さでは接触角に影響を及ぼさなかったことが報告されている18)。本研究の表面粗さは,30 μmよりも極めて小さいことから,本研究において,表面粗さは接触角に影響を与えないと考えられる。

2・2 濡れ性評価実験

Fig.4に本研究で用いた濡れ性評価装置の模式図を示す19)。本装置は主にグラファイトテーブル,グラファイト発熱体,およびサファイア窓から構成される。本試験は溶融金属を固体酸化物を滴下することにより行われた。Fig.5に本装置の溶融金属の滴下前後の模式図を示す。グラファイト基板に水平に設置された固体酸化物基板の直上に,2 gに秤量された合金試料を,グラファイト坩堝に保持されたアルミナ漏斗に装入した。装置内のガス(初期状態は大気)を30 Paまで排気した後に,シリカゲルとP2O5試薬で脱水されたArガスを1 atmまで流入した。この作業を3回繰り返すことによってAr雰囲気にした。Ar流量0.5 L/minのもと,装置を1873 Kまで15 K/minで昇温した。1873 Kに到達後,溶融合金を,アルミナ漏斗直上のアルミナ押出し棒によって実験基板に押出し,1 h保持し融体の形状変化を観察した。また,滴下および保持中の様子をサファイア窓から,動画で撮影し,接触角測定に用いた。1 h保持後,装置の電源を切り,室温まで炉冷を行った。また,試験前に1873 Kにおける装置からの排ガスの酸素分圧を測定することで,Arガスの酸素分圧は10-12 atmであることが確かめられた。酸素センサには,NiのRedox反応を標準極とした酸素濃淡電池を用いた。

Fig. 4.

Schematic diagram of the ultra-high-temperature wetting furnace. (Online version in color.)

Fig. 5.

Schematic diagram of the falling-drop region of the wetting furnace. (Online version in color.)

2・3 評価方法

溶融Fe-Al合金/酸化物基板間の接触角をカーブフィッティング法により測定した。液相と固相の表面張力,および液相/固相間の界面張力は,気相,液相,および固相の三相共存域において式(3)に示すYoungの式が成立することが知られている。

  
σSV=σSL+σLVcosθ(3)

ここで,σSVσSLσLV,およびθは,それぞれ,固相の表面張力,液相/固相間の界面張力,液相の表面張力,および接触角を表す。溶融Fe-Al合金/酸化物基板間の界面エネルギー評価は式(3)を用いて行った。界面エネルギー評価は,界面形成前後の濡れ挙動を評価するために,溶融合金滴下後60 s間の接触角を用いて行った。

濡れ性評価実験終了後,各合金サンプルは,ICP発光分光分析(ICP-OES;iCAP 6500,Thermo Fisher Scientific,Waltham,MA,USA)によりサンプル中のAl成分およびSi成分の定量化を行った。

3. 実験結果および考察

3・1 濡れ性評価実験

Fig.6からFig.8に濡れ性評価実験の観察結果を示す。Fig.9に各接触角の経時変化を示す。滴下後60 s間の接触角は,Fe-0.3Al / Y2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)の組合せの接触角は時間の経過とともに小さくなり,他の組合せの接触角はほぼ安定していた。Fe-0.3Al / Y2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)の接触角は60 s間で20°低下し,90°以下に到達したことから,時間の経過とともに濡れは良くなったと言える。一方,他の組合せの60 s間での接触角の低下は0°から7°にとどまり,接触角は90°より大きく濡れは悪いことが分かった。

Fig. 6.

Sessile drop images of the molten (a) Fe-0.03Al, (b)Fe-0.3Al, and (c)Fe-3Al and Y2O3 + Y2SiO5 (aSiO2 = 0.002) substrate wetting couple. (Online version in color.)

Fig. 8.

Sessile drop images of the molten (a) Fe-0.03Al and (b)Fe-0.3Al and Y2Si2O7 + SiO2 (aSiO2 = 1) substrate wetting couple. (Online version in color.)

Fig. 9.

Contact angle of each molten metal against (a) Y2O3 + Y2SiO5 (aSiO2 = 0.002) substrate, (b) Y2SiO5 + Y2Si2O7 (aSiO2 = 0.32) substrate, and (c) Y2Si2O7 + SiO2 (aSiO2 = 1) substrate.

60 minの形状観察において,溶融Fe-0.03Alは,いずれの基板に対しても形状および接触角は濡れが悪く安定で,表面は酸化膜に覆われないことが分かった。一方,溶融Fe-0.3AlおよびFe-3Alは酸化膜もしくは溶鋼の酸化が観察された。Y2O3+Y2SiO5基板(aSiO2=0.002基板)に対する,溶融Fe-0.3Alおよび溶融Fe-3Alの接触角は60 minの間で90°付近に達しなかった(Fig.6)。一方,Y2SiO5+Y2Si2O7基板(aSiO2=0.32基板)に対するFe-0.3Alの接触角は20 min後から約90°に達し,時間の経過とともに濡れが良くなった(Fig.7)。また,Y2SiO5+Y2Si2O7基板(aSiO2=0.32基板)に対するFe-3Alの接触角は5 min後から約90°に達し,時間の経過とともに濡れが良くなった(Fig.7)。また,Y2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)に対する溶融Fe-0.3Alの接触角は,30 s後から90°より小さく,濡れが良くなった(Fig.8)。

Fig. 7.

Sessile drop images of the molten (a) Fe-0.03Al, (b)Fe-0.3Al, and (c)Fe-3Al and Y2SiO5 + Y2Si2O7 (aSiO2 = 0.32) substrate wetting couple. (Online version in color.)

3・2 界面エネルギー評価

界面形成前後の濡れ挙動を把握するため,溶融合金滴下後60 s間の,異なるAl組成をもつ溶融Fe-Al合金と,異なるSiO2活量をもつ酸化物基板間の界面エネルギーをYoungの式(3)を用いて評価を行った。

まず,溶融Fe-Al合金の表面張力は,Keeneの報告から,Al組成の関数として以下の式(4)で与えられる20)

  
σFeAl=σFe18[at%Al](4)

ここで,σFe-AlおよびσFeは,それぞれ,溶融Fe-Al合金の表面張力,溶鉄の表面張力を表す。σFeは,Takiuchiらの報告から1873 Kにおいて以下の式(5)で与えられる21)

  
σFe=1900327ln(1+96aO)(5)

ここで,aOは溶鉄中の1 mass%基準の酸素活量を表す。aOは以下の式(6)および(7)を用いて算出された17)

  
12O2[O](6)
  
logaOPO2=5836T+0.354(7)

ここで,PO2は酸素分圧を表す。式(6)(7),および装置内の酸素分圧PO2=10-12 atmから,1873 Kにおける,溶鉄の酸素活量はaO=2.94×10-3と算出された。従って,これと式(5)から,本実験条件における溶鉄の表面張力は,σFe=1818 mN・m-1と算出された。Table 1からFe-0.03Al,Fe-0.3Al,およびFe-3AlにおけるAlのat%は,それぞれ,0.0742 at%,0.654 at%,および6.03 at%と算出された。ここで,Feの質量比は,Table 1に示す組成のバックグラウンドと見なした。よって,溶融Fe-0.03Al,Fe-0.3Al,およびFe-3Al合金の表面張力は,それぞれ,1817 mN・m-1,1806 mN・m-1,および1709 mN・m-1と算出された。

本研究で用いた酸化物基板は表面張力の文献値が存在しないことから,以下の式(8)で表面張力を見積もった。

  
σsub=σi×Vi23(8)

ここで,σsubσi,およびViは,それぞれ,実験基板(すなわち,Y2O3+Y2SiO5,Y2SiO5+Y2Si2O7,もしくは,Y2Si2O7+SiO2基板)の表面張力,固体酸化物(すなわち,Y2O3,Y2SiO5,Y2Si2O7,もしくはSiO2)の表面張力,および,実験基板における固体酸化物の体積割合(Table 2に示す)を表す。TriantafyllouらおよびBruceの報告から,Y2O3およびSiO2の表面張力は,それぞれ,1546 mN・m-1(σY2O3)および563.5 mN・m-1(σSiO2)であることが分かった22,23)。Y2SiO5およびY2Si2O7の表面張力の文献値は見当たらなかったため,Tanaka and Hiraiによって報告されている以下の溶融金属の推算式を応用して見積もった24)

  
σx=(1ZSurfaceZBulk)ΔHxVapVx23N013(9)

ここで,ZSurface,ZBulk,ΔHxVap,Vx,およびN0は,それぞれ,表面における配位数,バルクにおける配位数,蒸発熱,モル体積,およびアボガドロ数を表す。本研究において,式(9)は固体酸化物表面においても応用出来ると考えた。蒸発熱をΔHxVapを融解熱ΔHxFusで置き換え。本実験基板は緻密化した多結晶体であることから配位数に関する項を1と置くことで,式(10)が得られ,本式を用いて固体酸化物の表面張力の推算を行った。

  
σ=ΔHxFusVx23N013(10)

Maoらの報告から,Y2SiO5(ΔHY2SiO5Fus)およびY2Si2O7(ΔHY2Si2O7Fus)の融解熱はそれぞれ,ΔHY2SiO5Fus=186.5 kJ・mol-1およびΔHY2Si2O7Fus=142.6 kJ・mol-1で与えられる25)。さらに,モル体積は,それぞれの密度の値を用いてVY2SiO5=64.4 cm3・mol-1およびVY2Si2O7=85.6 cm3・mol-1と算出された14)

したがって,式(10)から,Y2SiO5(σY2SiO5)およびY2Si2O7(σY2Si2O7)の表面張力は,それぞれ,σY2SiO5=1374 mN・m-1およびσY2Si2O7=869 mN・m-1と推算された。さらに,式(8),固体酸化物の表面張力,およびTable 2に示す体積比から,実験基板の表面張力はそれぞれ,Y2O3+Y2SiO5基板(aSiO2=0.002基板)の場合1446 mN・m-1,Y2SiO5+Y2Si2O7基板(aSiO2=0.32基板)の場合1122 mN・m-1,およびY2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)の場合795 mN・m-1と見積もられた。

以上から,溶鋼および酸化物基板の表面張力,接触角の経時変化(Fig.9),およびYoungの式(3)を用いて,界面形成後60 s間の界面エネルギーを算出した結果をFig.10に示す。溶融Fe-0.3Al / Y2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)間の界面エネルギーは時間の経過とともに低下し,一方,他の界面エネルギーは60 s間でほぼ安定であった。溶融Fe-0.3Al / Y2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)間の界面エネルギーは60 s間で628 mN・m-1低下し,他の界面エネルギーの低下量は4から195 mN・m-1にとどまった。

Fig. 10.

Interfacial energy of each molten metal against (a) Y2O3 + Y2SiO5 (aSiO2 = 0.002) substrate, (b) Y2SiO5 + Y2Si2O7 (aSiO2 = 0.32) substrate, and (c) Y2Si2O7 + SiO2 (aSiO2 = 1) substrate.

3・3 界面反応

溶融合金と固体酸化物基板の界面形成に伴い,界面反応が生じると考えられる。界面反応に伴い,界面エネルギーひいては接触角は変化すると考えられる。本節では,溶融合金と実験基板の界面反応を,溶融合金の観察結果(Fig.6からFig.8)およびICP-OES分析結果(Table 3)から推察した。

Table 3. Results of ICP-OES analysis.
SubstratesAlloysAl (mass%)Si (mass%)
Y2O3 + Y2SiO5
(aSiO2 = 0.002)
Fe-0.03Al0.0140.031
Fe-0.3Al0.520.016
Fe-3Al3.070.023
Y2SiO5 + Y2Si2O7
(aSiO2 = 0.32)
Fe-0.03Al0.0020.65
Fe-0.3Al0.150.11
Fe-3Al2.740.13
Y2Si2O7 + SiO2
(aSiO2 = 1)
Fe-0.03Al0.0031.09
Fe-0.3Al0.130.14

Tanakaらは,溶融Fe-Al合金と溶融スラグ間の物質移動および界面反応が以下の式(11)で与えられる動的モデルを報告している5,26)

  
4Al_+3SiO2inslag2Al2O3inslag+3Si_(11)

式(11)は,以下に示すSiO2の分解・溶解反応およびAl2O3の生成反応からなる。

  
SiO2inslagSi_+2O_(12)
  
2Al_+3O_Al2O3inslag(13)

本モデルは,以下の現象からなると考えられている。i)式(12)で与えられるSiO2の分解反応および酸素原子の界面吸着,ii)式(13)で与えられる溶融合金中のAlと酸素原子の界面反応,およびiii)Al2O3のスラグへの拡散および界面に吸着していた酸素原子の脱離および溶融合金中への拡散5,2628)。Tanakaらは,溶融合金/溶融スラグ間の界面エネルギーおよび接触角の変化を,界面に過剰吸着している酸素量変化の観点から考察している5)。本稿では,本モデルをもとに,界面エネルギーおよび接触角の変化を,界面反応に伴う物質移動の観点から考察を行った。

溶融Fe-0.03Al合金と基板間の反応は,溶融Fe-0.03Al合金といずれの基板の組合せにおいても溶融合金に表面酸化が見られなかったこと(Fig.6からFig.8),およびICP-OES分析結果においてFe-0.03Alから算出されたSi量は同基板における他の溶融合金において算出されたSi量よりも多かったことから,主にSiO2の分解・解離反応が生じていると考えられた。また,Fe-0.03Al合金は初期Al濃度が小さいことから,Al2O3の生成と拡散反応の界面エネルギーおよび接触角に対する影響は小さく,溶融合金滴下後60 minにわたって接触角の変化は観測出来なかったと考えられた。

Fe-0.3Al合金およびFe-3Al合金と,aSiO2=0.32およびaSiO2=1基板間の界面反応は,式(12)および(13)による酸化還元反応(11)が生じていると考えられた。3・1節で上述した通り,これらの組合せにおいて,接触角は界面形成後60 minの間で90°以下,もしくは90°付近まで低下している。これは,界面反応の進行に伴う,界面エネルギーの低下によるものであると考えられた。また,ICP-OES分析から溶融合金中でAl成分の減少とSi成分の増加が確認されたことからも,酸化還元反応が生じていると考えられる。

以上の,溶融Fe-0.03Alと各基板間ではSiO2の溶解反応(12)の進行し,溶融Fe-0.3Alおよび溶融Fe-3AlとaSiO2=0.32およびaSiO2=1基板間では酸化還元反応(11)の進行が示唆されたという結果は,Tanakaらによる低Al組成の溶鉄(Fe-0.007Al)と溶融スラグの間ではSiO2の溶解反応(12)の界面反応が生じ,高Al組成の溶鉄(Fe-0.042Al)と溶融スラグの間では酸化還元反応(11)が生じたという結果と一致する。

一方,溶融Fe-0.3AlおよびFe-3AlとaSiO2=0.002基板間の界面反応は,上述の2つの反応内に分類することが出来なかった。ICP-OES分析(Table 3)において,Si生成量が小さく,Alの初期濃度からの減少も見られないことから,SiO2溶解反応(12)の影響は小さく,Al2O3生成反応(13)が優勢であると示唆された。これは,SiO2活量が0.002と小さいことからSiO2溶解反応の進行が遅く,溶解反応の進行後直ちにAl2O3生成反応が生じるためであると考えられた。また,界面形成後60 minにわたって接触角は90°よりも大きく,濡れは悪かったことからも,酸化還元反応(11)の進行は緩やかであったと考えられた。

最後に,以上では溶鋼中のAl成分と酸化物基板中のSiO2成分間の界面反応のみを仮定したが,溶鋼および基板中のY2O3成分の反応も考慮した界面反応の検討も行なった。Fe-0.03Alはいずれの酸化物基板に滴下したときにも,溶鋼の表面酸化は見られなかったが,Fe-0.3AlおよびFe-3Alを滴下したときには表面酸化が見られた(Fig.6 to Fig.8)。このことから,溶鋼の表面酸化反応は,溶鋼中のAl成分によって誘発されるものと考えることができる。Al含有量が大きい溶鋼ほど式(11)の反応の進行の駆動力が大きくなることから,Al含有量が大きい溶鋼/基板間の組み合わせほど,溶鋼/基板界面における酸素原子との反応によって生じる酸化鉄とAl2O3間の反応で与えられるFeAl2O4(ハーシナイト)の生成などが想定される17,29)

  
Fe+Fe2O3+Al2O3FeAl2O4(14)
  
FeO+Al2O3=FeAl2O4(15)

また,Y2O3- Al2O3系の状態図から,Y2O3- Al2O3間の反応では,多量のY2O3と微量のAl2O3が反応した際には2Y2O3・Al2O3が生じうること,および微量のY2O3と多量のAl2O3が反応した際には3Y2O3・5Al2O3が生じうることが分かる(Fig.11)16)。また,酸化鉄およびY2O3間の反応に関しては,一般にFe2O3- Y2O3系酸化物としてYFeO3およびY3Fe5O12が存在する。他にも,KimizukaらからはYFe2O4相の生成が報告されており,本研究においてもこのようなY系酸化物の生成は示唆される16,30,31)。一方,FeO,Fe2O3,Al2O3,およびY2O3の生成自由エネルギーは,それぞれ,-148 kJ/mol,-343 kJ/mol,-1080 kJ/molおよび-1370 kJ/molであり,Y2O3が最も化学的に安定な酸化物である。ただし,FeO,Fe2O3,およびAl2O3の生成自由エネルギーはそれぞれ以下の式で与えられ,式(16)の生成自由エネルギーは1650 – 1809 Kにおける生成自由エネルギーの1873 Kにおける外挿値を用い。式(17)の生成自由エネルギーは298 – 1809 Kにおける生成自由エネルギーの外挿値を用いた17)

  
12Fe(s)+12O2(g)=FeO(l)(16)
  
2Fe(s)+32O2(g)=Fe2O3(s)(17)
  
2Al(l)+32O2(g)=Al2O3(s)(18)
Fig. 11.

Phase diagram of Y2O3-Al2O3 system.

以上を踏まえると,溶鋼/基板界面で式(11)以外にも起こりうる酸化物の生成反応としてはFeAl2O4の生成が優勢であると考えられよう。実際には,SEM-EDSやEPMAなどを通した更なる解析が必要であると言える。

3・4 精錬スラグの巻き込み性

鋼中の酸化物系介在物の生成起源は,主として「二次精錬スラグの巻き込み」,「脱酸生成物」,「耐火物粒子」,および「溶鋼の汚染」に依るとされている32)。一般に,スラグ/溶鋼間の界面張力が大きい方が,スラグは巻き込まれ難く,高清浄鋼の製造に有利になると考えられる。例えば,スラグ/溶鋼界面でスラグが巻き込まれる際の慣性力,浮力,および界面張力間のエネルギーバランスを考慮した際には,巻き込み限界流速Vcr式(19)のように与えられ,Vcrは界面張力と密度差が大きくなるほど大きくなり,スラグ滴が巻き込まれ難くなることが分かる33)

  
Vcr=48gσSL(ρmρs)ρs24(19)

ここで,g,ρm, およびρsは,それぞれ,重力加速度,溶鋼の密度,およびスラグの密度を表す。本節では,SiO2系介在物の生成起源であるスラグ巻き込み性を,本実験の結果を用いて考察を行った32)

Fig.12に,横軸をSiO2活量として,溶鋼を基板に滴下後5 sおよび60 s後の界面張力をプロットしたグラフを示す。5 s後および60 s後のいずれにおいても,溶融Fe-0.03Alの界面張力はSiO2活量が0.32で極大となり,溶融Fe-0.3Alの界面張力はSiO2活量の増加に伴い下に凸に減少,および溶融Fe-3Alの界面張力もSiO2活量の増加に伴い減少していることが分かった。通常のキルド鋼のAl濃度は0.005 mass%以上であり,さらに,Alと平衡する平衡酸素濃度Oが最小となるAl濃度範囲は10-1-100 mass%であることから,溶融Fe-0.03Alおよび溶融Fe-0.3Alの界面張力に着目した(Fig.12)34,35)。これにより,溶融Fe-0.03Alの界面張力の挙動からは,低Al組成の溶鋼に対しては,中SiO2活量(中SiO2スラグ組成)においてスラグ介在物は巻き込まれ難くなり,溶融Fe-0.3Alの界面張力の挙動からは,高Al組成の溶鋼に対しては,低SiO2活量(低SiO2スラグ組成)ほどスラグ介在物が巻き込まれ難くなる可能性が示唆された。

Fig. 12.

Interfacial tension of each molten metal with activity of SiO2.

4. 結言

SiO2活量が0.002,0.32,および1である固体酸化物基板を作製し,Al成分を0.03,0.3,および3 mass%含んだ溶融Fe-Al合金との濡れ性をAr雰囲気,1873 Kにおいて調査した。各組合せにおける接触角を測定し,界面エネルギーを評価した。得られた結果を以下に示す。

(1)Y2O3をマトリックスとして,SiO2活量が0.002,0.32,および1である酸化物基板を作製することが出来た。

(2)今回測定を行った溶鋼と酸化物基板の組み合わせにおいて,界面形成直後における大半の接触角は90°より大きく濡れが悪いことが分かった。界面形成後60 sにおける界面エネルギーおよび接触角の低下量は,溶融Fe-0.3Al/Y2Si2O7+SiO2基板(aSiO2=1基板)の組合せが最も大きかった。

(3)溶融Fe-Al合金とSiO2を含んだ酸化物基板間の界面反応は,溶融合金中のAl成分と基板中のSiO2成分との酸化還元反応モデルによって説明することが出来た。

(4)溶融Fe-Al合金の界面張力の,SiO2活量による変化から,低Al濃度の溶鋼に対しては中SiO2活量のスラグに対してスラグ介在物が巻き込まれ難くなり,高Al濃度の溶鋼に対しては低SiO2活量スラグほど巻き込まれ難くなることが示唆された。

文献
 
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