2022 Volume 108 Issue 8 Pages 455-460
The chemical states of Fe and Cr in CaO-SiO2-MgO based oxide glasses prepared assuming actual chromium steel slag with different compositions and different melting conditions were investigated using X-ray absorption near edge structure (XANES) measured by X-ray absorption spectroscopy (XAS), and the valence ratios of each metal were determined. The results showed that the valence ratios changed depending on the oxygen partial pressure during melting, the basicity (CaO/SiO2 weight ratio), and the coexistence of Fe and Cr. It was also found that Fe was a two-component system with divalent and trivalent valences coexisting, while Cr had divalent, trivalent, and hexavalent valences, but only divalent and trivalent or trivalent and hexavalent valences coexisted. In particular, the effect of coexistence is complicated by the chemical states of Fe and Cr. The effect of MgO addition is not as large as that of metal oxide coexistence, but it is not only as a basic oxide. The usefulness of direct and quantitative analysis of metal chemical states by XAS was demonstrated.
クロム鋼の溶製時に使用されるスラグは,クロムや鉄の酸化物が混入することによりしばしばその物理化学的性質が変わる。しかも,異なる化学状態(酸化数)を取りうるクロムおよび鉄は,スラグ中の環境により化学状態が変わり,粘性1)や金属溶解度2,3)などに及ぼす影響も複雑となる。従って,高清浄度クロム鋼を得るためにはスラグ中に含まれるこれら金属酸化物の化学状態を把握することが重要である。しかしながら,これまでスラグ中における金属化学状態は熱力学的に推測するか,直接的な分析手段としては滴定による湿式分析1–4)が用いられてきた。しかし,分析試料を酸溶液に溶解する前処理を行う際,対象元素の化学状態が変化してしまう可能性がある5)。そこで本研究では,クロム鋼溶製において使用されるスラグ中に含まれるFeおよびCrの化学状態分析を,X線吸収分光法の適用により実施することとした。対象とするスラグは,CaO-SiO2-MgO-Cr2O3-Fe2O3系とし,CaO/SiO2重量比(塩基度),溶融時酸素分圧,MgO添加の有無および2種類の金属酸化物のうち片方のみあるいは両方を含む組成の違いが金属の化学状態に及ぼす影響を系統的に調査し,考察する。
CaO, SiO2, MgO, Cr2O3およびFe2O3試薬粉末(和光純薬製)を,Table 1に示す組成で混合する。組成は,CaO/SiO2重量比を塩基度として0.6, 0.9および1.2に設定した。このCaO, SiO2混合粉末,またはこれに5 wt%のMgOを加えた混合粉末に対して,Cr2O3あるいはFe2O3粉末を2 wt%加える。各混合粉末1 gを雰囲気制御電気炉あるいは赤外線ランプによる加熱炉を用いて溶融した後,急冷固化することにより溶融状態を保持したガラス状固体試料を得る。溶融工程は,まず雰囲気炉を用い流量300 ml/minの大気下で30分間行う予備溶融を行った後,同じ雰囲気炉で大気あるいはArガス雰囲気下で4時間30分間,もしくは赤外線ランプによるイメージ炉を用い加熱Tiスポンジ充填カラムを通して酸素除去(脱酸)処理を施した極低酸素分圧Arガス(脱酸Ar)流量100 ml/minの流通雰囲気下で30分間行う本溶融の順に実施した。大気およびArガス雰囲気下での溶融には雰囲気炉を,脱酸Arガス雰囲気下での溶融には赤外線炉を使用した。Arガスおよび脱酸Arガス雰囲気条件における酸素分圧の酸素センサー(エス・ティー・ラボ社製SiOS-200P)による測定値は,それぞれ約10-4 atmおよび10-22 atmであった。溶融温度はいずれも1550°Cである。急冷固化により得られるガラス試料は,溶融時の液体状態における均一かつランダムな構造と,FeおよびCrにおける異なる価数の存在比を保持していると考えられる。珪酸系スラグ中のFe価数存在比の冷却速度との関係をメスバウアー分光法により検証した報告例があり,150 K/min以上であれば溶融時に対して価数比が保持されるとしている6)。ここでは,約1500°Cの温度差を10分以内に冷却することに相当し,その条件は十分に満たされている。
| Sample | Basicity | CaO | SiO2 | MgO | Cr2O3 | Fe2O3 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| CS06-C | 0.6 | 36.8 | 61.3 | 0 | 2.0 | 0 |
| CS09-C | 0.9 | 46.4 | 51.6 | 0 | 2.0 | 0 |
| CS12-C | 1.2 | 53.5 | 44.5 | 0 | 2.0 | 0 |
| CS06-F | 0.6 | 36.8 | 61.3 | 0 | 0 | 2.0 |
| CS09-F | 0.9 | 46.4 | 51.6 | 0 | 0 | 2.0 |
| CS12-F | 1.2 | 53.5 | 44.5 | 0 | 0 | 2.0 |
| CS06-CF | 0.6 | 36.0 | 60.0 | 0 | 2.0 | 2.0 |
| CS09-CF | 0.9 | 45.5 | 50.5 | 0 | 2.0 | 2.0 |
| CS12-CF | 1.2 | 52.4 | 43.6 | 0 | 2.0 | 2.0 |
| CSM06-C | 0.6 | 34.9 | 58.2 | 4.9 | 2.0 | 0 |
| CSM06-F | 0.6 | 34.9 | 58.2 | 4.9 | 0 | 2.0 |
| CSM06-CF | 0.6 | 34.2 | 57.0 | 4.8 | 2.0 | 2.0 |
元素に固有の特性吸収端近傍のエネルギー領域におけるX線吸収スペクトルから,その元素の化学状態を反映した吸収端近傍微細構造(X-ray Absorption Near-Edge Structure, XANES)を得ることにより,非破壊かつ元素選択的に対象元素の酸化数を決定することができる。溶融後急冷固化したガラス状試料を粉砕した粉末に対して,特性吸収に伴ってX線吸収量に応じ放射される蛍光X線強度の入射X線エネルギー依存性をプロットすることによりX線吸収スペクトルを取得する。実験は九州シンクロトロン光研究センター(SAGA-LS),BL11ステーションにおいて実施した。Si(111)二結晶分光器により単色化し全反射集光ミラーを通したX線を測定試料に照射し,発生する蛍光X線を試料側方に設置した19素子半導体検出器(SSD)7素子シリコンドリフト検出器(SDD)で計数する。入射X線の強度は,試料前に設置したイオンチャンバーによりモニターしている。
2・3 金属酸化数解析XANESスペクトルは,吸収元素原子の外殻電子軌道の状態を強く反映するので,同じ金属元素であっても酸化数が異なればそれに対応して異なる形状を示す。FeおよびCrのK吸収端におけるXANESスペクトルには,吸収端低エネルギー側に小さな吸収ピーク(プレエッジピーク)が現れ,そのエネルギー位置が金属の化学状態(酸化数)に対応することが知られている7)。この酸化数に応じたプレエッジピークの相対強度等を利用した酸化数分配比の定量が試みられた8–11)が,バックグラウンドの見積りなどが定量性に影響を与えると考えられる。結晶質物質においては吸収元素原子周囲の配位環境が結晶構造ごとに大きく異なるので,酸化数が同じであってもXANESスペクトル形状が結晶構造に依存し一致しないが,液体やガラス等非晶質物質では常にランダム配位構造をとるので,XANESスペクトル形状は化学状態のみに依存すると考えてよい。従って,環境条件により異なる酸化数を取りうるCrおよびFeも,各酸化数に対応したXANES標準スペクトルが得られれば,複数の酸化数が混在する系における酸化数比を定量的に決定することが可能と考えられる。
Fig.1に,組成および溶融時雰囲気条件の異なる急冷固化ガラス状スラグ試料に対するFe K吸収端の規格化XANESスペクトルを示す。すべてのスペクトル曲線が,図中矢印で示されたエネルギー位置で等しい吸光度を示している。つまり,いくつかの等吸収点をもつことから,これらすべてのスペクトルには化学状態の異なる2種類すなわち二価鉄Fe(II)と三価鉄Fe(III)が異なる比率で混合し,含まれていると考えることができる。そして,それらの中で吸収端の立上りエネルギーが最も低いもの(太い実線),最も高いもの(太い破線)はそれぞれFe(II),Fe(III)のみを含む参照スペクトルとみなし,そのほかのスペクトルに対してこれら2つのスペクトルの重みつき足し合わせと比較することによって,各試料中のFe(II)とFe(III)の存在比を決定できる。

Normalized Fe K XANES spectra of glass slag samples with different composition and melting atmosphere condition.
Crに関しても,Feと同様にXANESスペクトルを用いて酸化数存在比を求めることができると考えられるが,組成・溶融条件の異なるスラグ試料すべてのスペクトルを重ねても,等吸収点を見出すことはできない。しかし,Fig.2に示すように全体を2つのグループに分けて表示することにより,異なるエネルギー位置に等吸収点が示される。Fig.2(a)に示したグループは,実線および長い破線で示した2つのスペクトルの重みつき足し合わせ,Fig.2(b)に示したグループは,長い破線および短い破線で示した2つのスペクトルの重みつき足し合わせであるとみなすことができる。すなわち,スラグ中においては3種の異なる化学状態が存在しうるが,混在可能なものはそのうちの2種のみと考えてよい。実線のスペクトルは二価クロムCr(II),そして長い破線のスペクトルは三価クロムCr(III)と考えられる。そして短い破線のスペクトルは,吸収端立上りの低エネルギー側,約5992 eVの位置にシャープなプレエッジピークがある。これは酸素四面体型4配位の六価クロムCr(VI)が存在するときにみられるものである。ただし,Cr(VI)酸化物のスペクトルに現れるプレエッジピークと比較してその強度は約19%であり11),6005 eV付近のシャープなピークおよび6016 eV付近のブロードなピークの特徴を有していることから,純粋なCr(VI)ではなくCr(III)が81%混在していると考えられる。この点を考慮し,Cr(III)とCr(VI)を含むグループにおける酸化数分配比を見積もった。

Normalized Cr K XANES spectra of glass slag samples with different composition and melting atmosphere condition for the group of including (a) Cr(II) and Cr(III), and (b) Cr(III) and Cr(VI).
各スラグ試料中のFe(II)とFe(III),Cr(II)とCr(III)およびCr(III)とCr(VI)の分配比を求めた結果をまとめてTable 2に示す。CaO-SiO2系スラグ(CS)では溶融条件をAr雰囲気(酸素分圧10-4 atm)および脱酸Ar雰囲気(同10-22 atm)のとしたときに得られた試料中の価数分配比を各々上段と下段に示しているが,MgOを加えた試料(CSM)についてはAr雰囲気下で溶融したものについてのみ示している。
| Sample | Basicity | Fe(II) | Fr(III) | Cr(II) | Cr(III) | Cr(VI) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| CS06-C | 0.6 | − | − | 13 | 87 | 0 |
| − | − | 55 | 45 | 0 | ||
| CS09-C | 0.9 | − | − | 0 | 100 | 0 |
| − | − | 40 | 60 | 0 | ||
| CS12-C | 1.2 | − | − | 0 | 97 | 3 |
| 17 | 83 | 0 | ||||
| CS06-F | 0.6 | 71 | 29 | − | − | − |
| 84 | 16 | − | − | − | ||
| CS09-F | 0.9 | 52 | 48 | − | − | − |
| 80 | 20 | − | − | − | ||
| CS12-F | 1.2 | 49 | 51 | − | − | − |
| 71 | 29 | − | − | − | ||
| CS06-CF | 0.6 | 91 | 9 | 8 | 92 | 0 |
| 96 | 4 | 31 | 69 | 0 | ||
| CS09-CF | 0.9 | 36 | 64 | 0 | 100 | 0 |
| 94 | 6 | 5 | 95 | 0 | ||
| CS12-CF | 1.2 | 28 | 72 | 0 | 100 | 0 |
| 69 | 31 | 2 | 98 | 0 | ||
| CSM06-C | 0.6 | − | − | 20 | 80 | 0 |
| CSM06-F | 0.6 | 68 | 32 | − | − | − |
| CSM06-CF | 0.6 | 84 | 16 | 0 | 100 | 0 |
まず,Fe酸化物のみを含むCS系スラグ(CS06-F, CS09-F, CS12-F)の結果をみてみることにする。いずれのスラグも,溶融時酸素分圧が高いほどFe(III)比が高くなっており,塩基度(CaO/SiO2重量比)が高いほどFe(II)比が低下した。FeOは塩基性酸化物といわれていることを考え合わせると,高塩基度条件で塩基性酸化物であるCaO組成比が高いスラグ中では相対的に低いFeO比で平衡すると解釈することができる。Fe2O3は両性(中性)酸化物といわれるが,この解釈に従えばFeO(Fe(II))と分配平衡するFe2O3(Fe(III))は両性というよりも酸性酸化物として扱うのが妥当と思われる。続いて,これらのスラグにCr酸化物を加えた場合(CS06-CF, CS09-CF, CS12-CF)には,塩基度に対する酸化数比の推移はFe酸化物単独の場合と同様であるものの,Cr酸化物添加によるFe酸化数比の変化は,低塩基度では溶融時酸素分圧条件によらず還元促進傾向であったが,高塩基度では逆に酸化促進となった。この結果をさらに考察するために,Cr側から同様にスラグ条件と酸化数比の関係を整理することにする。
Cr酸化物のみを含むCS系スラグ(CS06-C,CS09-C,CS12-C)の結果をみると,塩基度および溶融時酸素分圧が高い条件で作製したスラグほど高酸化数の存在比が高くなっている。この傾向はFe酸化物のみを含むスラグの場合と同様である。これらにFe酸化物が添加されたときには,Cr(VI)まで酸化されることはないがCr(III)の存在比がより高まっていることがわかる。Cr(VI)は,大気中(酸素分圧10-1 atm)で溶融した試料中には観測されるが,Arおよび脱酸Arガス雰囲気下という低い酸素分圧条件で溶融した場合には殆どの試料で検出されなかった。これは,Cr(VI)への酸化は容易には起こらずCr(III)が飽和状態となっていることを示すものと考えられる。この傾向は特に高塩基度条件の場合に顕著であり,比較的Cr(II)存在比の高い低塩基度条件のときには,FeとCrが共存することによって互いに酸化剤,還元剤としてはたらくが,Cr(III)で飽和している高塩基度条件では,さらなるCrの酸化が起こりえないためにFeもまた還元されない状態にあるものと考えられる。
塩基度0.6のスラグにおいては,MgOを添加した試料に対しても各金属の酸化数比を求めたので,その結果を整理して考察する。まず,金属酸化物を単独で含むスラグに対して両金属酸化物が共存したことによる影響を考える。CS06-FおよびMgOを加えたCSM06-FとCr酸化物を添加したCS06-CFおよびCSM06-CFとの比較から,MgO添加の有無にかかわらずCr酸化物添加によりFe(II)比が高くなってFe還元が促進されている。一方,CS06-CおよびCSM06-Cと,それぞれにFe酸化物を加えたCS06-CFおよびCSM06-CFとの比較からはFe酸化物添加がCrの酸化を促進することが示され,この傾向はやはりMgO添加の有無によらない。つまりスラグ中に両酸化物が共存する場合に,各金属が互いに相手の酸化剤,還元剤としてはたらく作用はMgO添加に影響を受けない。さらに,MgO添加の有無という観点からFeおよびCrの化学状態をみると,MgO非添加と比べて相対的にFeはわずかに酸化が促進され,Crは逆に還元が促進されていることが示されている。CaO/SiO2塩基度が高い,すなわち塩基性酸化物であるCaO組成が高いほどFe,Crとも酸化が促進されているので,塩基性酸化物といわれるMgOの添加はさらに酸化を促進するはずと考えることもできるが,実際にはFeはわずかに酸化促進されたものの,Crの酸化は抑制され逆に還元が促進される結果となった。これは,スラグ中における金属酸化還元が単に塩基性酸化物量で決まるものではないことを示すものである。
溶融後ガラス状に急冷,固化したスラグ試料を対象に,CaO-SiO2ベースの酸化物中におけるFeおよびCr各金属元素の化学状態,酸化数存在比を,X線吸収分光を利用して直接定量的に決定し,塩基度,溶融時の酸素分圧条件および金属酸化物の単独・共存の違いとMgO添加の有無が金属化学状態に及ぼす影響を系統的に整理した。その結果,共に複数の酸化数を取りうる金属元素同士が共存することにより互いに酸化剤,還元剤としてはたらくこと,塩基度の観点から塩基性酸化物であるMgOを添加した場合,単純に(CaO+MgO)/SiO2を指標として金属の酸化還元的な振る舞いを考えるべきではないことが示された。また,一般に両性酸化物といわれるFe2O3が,本実験における条件の範囲内においては塩基性酸化物のFeOと対比するとすればむしろ酸性酸化物として扱うのが妥当と示唆されたが,詳細を検討するにはさらに広い組成や溶融条件での測定,分析が必要である。
本研究では,X線吸収分光測定により得られたXANESスペクトルをもとに金属の化学状態から考察し,その有用性が示された。さらに,金属原子に隣接する酸素の配位構造を知ることができるEXAFS (Extended X-ray Absorption Fine Structure)を利用すれば,原子レベルの局所構造からスラグの物理化学的性質を解釈する強力なアプローチ手段となりうる。カチオン-酸素四面体の3次元連結ネットワークを形成するnetwork formerとしての振る舞い,そのネットワークを切断するnetwork modifierとしての振る舞いがそれぞれ酸性酸化物,塩基性酸化物と関連付けて解釈されているが,そうだとすれば前者のカチオンは酸素4配位,後者では6配位となるはずであるので,酸素配位数解析は非常に有用と期待される。ただしEXAFS解析における配位数の決定精度がさほど高くないのが課題である。
本研究に関連するX線吸収分光測定実験は,佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターの探索先導利用採択課題(課題番号1712138R,1804018R,1807055R,1809076R,1911191R,2012135R,2103019R)として実施されたものであり,瀬戸山寛之,河本正秀両研究員に支援を受けたことに謝意を表します。