鉄と鋼
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特集号:高清浄度合金鋼溶製
高クロム鋼中の介在物の生成と組成変化
樋口 善彦 小野 英樹奥本 括嘉
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2022 年 108 巻 8 号 p. 460-468

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Abstract

Controlling inclusion content in high chromium steel is very important to prevent submerged entry nozzle from clogging in continuous casting and avoid the negative impacts of inclusions on steel properties. Therefore, effects of temperature and content of elements on phase stability diagram should be clarified in chromium bearing steel. However, the effect of chromium content on boundaries of MgO, MgO∙Al2O3 and Al2O3 in phase stability diagram are much different among the researchers. The direction of boundaries shift is affected by chromium content differently. Temperature dependencies of deoxidation equilibrium constants below 1873 K are also scattered. Calcium, which is used to avoid the negative effect of MgO∙Al2O3 inclusion, enlarges liquid region in phase stability diagram. However, the region replaced by liquid oxide is understood differently in low alloyed steel and high chromium steel. In TiOx-Al2O3-MgO system inclusion, commercial thermochemical software predicts that boundaries of Ti2O3, Ti3O5, Al2O3 and TiOx-Al2O3 shift toward lower titanium content in high chromium steel. However, the calculated phase stability diagrams vary among studies even in liquid iron or low alloyed steel. Therefore, equilibrium experiments under various conditions and reliable technique of thermodynamic calculation with high accuracy are desired.

1. 緒言

高クロム鋼中のMgO・Al2O3スピネル介在物は表面性状および成形性や耐疲労特性などの機械特性に悪影響を与えることが知られている。その欠点は本質的に高融点と高硬度に由来する。工場の操業における精錬から鋳造までの工程では他の問題もある。MgO・Al2O3スピネル介在物は鋳造中に浸漬ノズル(SEN: submerged entry nozzle)の内壁に付着する傾向がある。その結果,ノズル閉塞が生産性を低下させ,堆積物から剥がれた小片が表面欠陥を引き起こしてしまう14)。鋳造中の溶融した高クロム鋼の温度は溶鉄あるいは低合金鋼よりも低い。したがって,1873 Kより低い温度,特に1773 K,での熱力学データの取得が重要である。鋼材で見つかる介在物にはAOD(Argon Oxygen Decarburization)または取鍋での処理中に巻き込まれた精錬スラグを起源とするものがあることが報告されている。巻き込まれたスラグ粒子中のアルミナ濃度は製造プロセス中に増加するが,それは取鍋から鋳造にかけて温度が低下するためである。介在物中のアルミナ濃度の増加は溶鋼中でのMgO∙Al2O3相の晶出を促進する。溶鋼中の MgO∙Al2O3の存在は上述したように強い付着性のためにノズル閉塞を促進する。しかし,多くの研究が高い液相線温度をもつ低合金鋼を主な対象としてきたため,高クロム鋼の低温条件での熱力学データは少ない。

一方,スピネル介在物はデルタフェライトとの良好な格子整合性を有するチタン窒化物,TiN,の生成を促すことでチタン含有フェライト系ステンレス鋼の等軸晶の生成を促進することができる57)。チタンはクロム欠乏層の形成により粒界腐食を引き起こす固溶炭素や窒素を固定するために高クロム鋼に添加される。添加されたチタンの一部は酸化し,Ti2O3や Ti3O4などの酸化物を形成する8)。さらに,アルミキルド鋼の場合にはAl2O3-TiOx-(MgO)系酸化物が生成する場合がある9)。この酸化物はスピネルと同様の理由で鋼品質を低下させてしまう。

これらの理由から,商業生産における製鋼プロセスでは介在物組成の制御が極めて重要である。これまでに,溶鉄や低合金鋼,高クロム鋼を対象にした介在物制御に関する多くの研究が行われてきた。Park and Todoroki10)はステンレス鋼のスピネル介在物を対象に包括的な解説を行っている。 Liuら11)やDengら12)もまた様々な種類の鋼における介在物の生成と組成変化を解説している。しかし,熱力学計算に関わる報告値間での小さくない相違が存在している。特にMgO∙Al2O3スピネルやTiOx-Al2O3介在物の挙動に及ぼすクロム濃度の影響は研究者間の差異が大きい。したがって,操業のための脱酸条件を決定することが困難である。本報告は,熱力学的な評価の差異および介在物制御のために今後必要とされる研究について議論する。

2. MgO-Al2O3(-CaO)系介在物

2・1 MgO,MgO-Al2O3および Al2O3系介在物の相安定図

Park and Todoroki10)とLiら13,14)はそれぞれ,様々なクロム濃度の溶鋼における1873 KでのMgO,MgO∙Al2O3および Al2O3系介在物の相安定図を商用の熱化学ソフトウェアとデータベース(FactSage)を用いて計算している。それらの計算結果を比較してFig.1に示す。この図によれば,アルミニウム濃度が0.003 mass%以上の領域では,クロム濃度が増加するとMgO/MgO∙Al2O3境界とMgO∙Al2O3/Al2O3境界はとともに高マグネシウム濃度側へ移動することがわかる。その一方で,MgO/MgO∙Al2O3境界はクロム濃度とアルミニウム濃度の影響をさほど受けないことがわかる。アルミニウム濃度が0.003 mass%以下の領域では,クロム濃度の増加とともにMgO∙Al2O3/Al2O3境界は低マグネシウム濃度側へ移動している。

Fig. 1.

Phase stability diagram of MgO, MgO・Al2O3 and Al2O3 inclusions at 1873 K by Lie et al. and Park et al. (Online version in color.)

先に述べた熱化学ソフトウェアでは,熱力学モデルとデータベースに基づいて計算が行われている。プログラム内部の計算方法は複雑である。その結果,脱酸反応の平衡定数および一次や二次の相互作用係数などの様々な要素の影響の程度を評価することが難しくなっている。この商用ソフトウェアによる結果と従来の熱力学手法を使って計算した結果との比較を行った。使用した方法と熱力学パラメーターはItohら15)によって提案されたものと同じである。ここで扱うのは式(1)-(3)で示した反応であり,その脱酸平衡定数は文献値より式(4)-(6)で与えられる1618)。MgO飽和条件でのMgOおよび MgO∙Al2O3の活量は1と0.8とし,Al2O3飽和条件でのAl2O3および MgO∙Al2O3の活量は1と0.47にそれぞれ設定した18)。なお,クロム濃度の影響を考慮するために,相互作用パラメーターにはTable 1に示したようにeCrMgおよびeCrAleCrOを加えている。

  
MgO (s)=Mg_+O_(1)
  
Al 2 O 3 ( s )= 2Al_ + 3O_ (2)
  
MgO(s)Al2O3(s)=Al2O3(s)+MgO(s)(3)
  
logKMgO=logaMgaOaMgO=4.2804700T(4)
  
logKAl2O3=logaAl2aO3aAl2O3=11.62045300T(5)
  
logKMgOAl2O3=logaMgOaAl2O3aMgOAl2O3=0.8201085T(6)
Table 1. First and second order interaction parameter, eij, rij and rij,k in molten steel used in this work.
ieiAleiMgeiOeiCr
Al0.04319)−0.01920)−1.9817)0.009621)
Mg−0.01720)0−43016)0.04722)
O−1.1717)−28016)−0.1719)−0.03223)
rAlO = 4017), rAlAl,O = −0.02817), rAlMg,O = −26015)
rMgO = 35000016), rMgAl,O = −23015), rMgMg,O = −6100016)
rOMg = −2000016), rOAl,O = 47.417), rOMg,O = 46200016)

Fig.2に示すように,MgO/MgO∙Al2O3境界およびMgO∙Al2O3/Al2O3境界の計算結果がクロム濃度の増加とともに低マグネシウム濃度側に移動することがわかる。この移動方向は相互作用助係数eCrMg(0.047)が正の値であることに起因している。なお,他の研究者によって提案されているeCrMgも0.01(Nadif and Gatellier24))および0.022(Joら25))であることから,この相互作用上助係数が正であることは信頼できる。このFig.2Fig.1と比較すると,クロム濃度が相境界の移動方向に正反対の作用を及ぼしていることからFig.1の相安定図は再考する必要があることが示唆される。

Fig. 2.

Phase stability diagram of MgO, MgO・Al2O3 and Al2O3 inclusions at 1873 K. (Online version in color.)

高クロム鋼を用いた研究には,MgO/MgO∙Al2O3境界を特定したものもある。Liuら26)は1873 Kで11 mass%のクロムを含有した溶鋼で実験室規模の坩堝実験を行っており,Todorokiら4)は商用生産の連続鋳造において23.5 mass%のクロムを含有した溶鋼中の介在物を調査している。これらの結果を破線でFig.3に示す。実験と同じ条件を使った熱力学計算を行い,その計算結果も同じ図に示す。実験結果と計算結果を比較すると,MgOとMgO∙Al2O3の相境界の計算値は実験値に対して,高アルミニウム濃度域(>0.3 mass%)では高マグネシウム濃度側に,低アルミニウム濃度域(<0.1 mass%)では過度に低いマグネシウム濃度側に位置していることがわかる。

Fig. 3.

Phase stability diagram of MgO, MgO・Al2O3 and Al2O3 at 1873 K. (Online version in color.)

2・2 相安定図に及ぼす平衡定数の影響

ここでは上述した差異が脱酸平衡定数の組合せを選択することで説明できるかを議論する。Liuら11)は安定相間の境界はFig.4に示すように脱酸平衡定数の組合せによって移動することを指摘している。この図は脱酸平衡定数KMgOとして低い値を採用するとMgO/MgO∙Al2O3境界およびMgO∙Al2O3/Al2O3境界のどちらも低マグネシウム濃度側に移動することを示している。実際,Table 2でリスト化した平衡定数KMgOの値は互いに大きく異なっている。同様に,Tables 3,4でリスト化した平衡定数KAl2O3およびKMgO∙Al2O3によって相境界は移動してしまう。しかし,どのような選択をしても相境界はほぼ平行移動するだけなので,計算した境界線の両側に実験値が存在することを説明するのは困難である。

Fig. 4.

Calculated MgO/spinel/Al2O3 phase stability diagram at 1873 K11).

Table 2. Equilibrium constants of Mg-O system in liquid iron at 1873 K.
yearlogKAuthorRef.No.
1974−7.86G.K.Sigworth et al.27
1974−5.5V.I.Yavoiskii et al.28
1977−5.12E.B.Teplitskii et al.29
1980−9.24A.P.Gorobetz30
1985−8.54I.S.Kulikov31
1986−5.7M.Nadif et al.32
1991−7.74E.T.Turkdogan33
1994−7.8R.Inoue et al.34
1997−7.86H.Ohta et al.35
1997−6.03Q.Han et al.36
1997−6.8H.Itoh et al.16
2000−7.21J.D.Seo et al.37
2003−7.24W.G.Seo et al..38
2009−7.59N.Satoh et al.39
2011−8.07J.Gran et al.40
Table 3. Equilibrium constants of Al-O system in liquid iron at 1873 K.
yearlogKAuthorRef.No.
1974−13.34G.K.Sigworth et al.27
1980−13.6S.Gustafsson et al.41
1988−13.6Steelmaking Data Sourcebook (JSPS)19
1994−13.35H.Suito et al.42
1994−13.3S.W.Cho et al.43
1995−14.01S.Dimitrov et al.44
1997−12.57H.Itoh et al.17
1998−12.99J.D.Seo et al.45
2009−12.84N.Satoh et al.39
2003−13.34H.Ohta et al.21
Table 4. Equilibrium constants of MgO・Al2O3=MgO+Al2O3 at 1873 K.
yearlogKAuthorRef.No.
1965−0.84H.R.Rein et al.46
1991−1.18O.Knacke et al.47
2000−1.4K.Fujii et al.18

2・3 スラグ巻きこみ起源の介在物

ここまで,介在物は脱酸反応によって生成すると仮定して議論を進めてきた。しかし,溶鋼中のスピネル介在物の一部はスラグ巻きこみによってもたらされたものであると主張する研究者もいる。Hojoら48)はステンレス鋼を生産する工場でAODから取鍋への出鋼時,あるいは,タンディッシュで炭酸ストロンチウムをトレーサーとして添加し,Fig.5に示すように介在物生成の起源を調査している。その結果,精錬工程から鋳造工程への過程で溶鋼中の温度が低下し,懸濁したAODスラグ粒にMgO-Al2O3スピネルが晶出することを熱力学計算を通じて見出した。同様の知見は他の研究者らによっても発表されている4952)。Kimら49)Fig.6のように介在物組成が変化すること示した。Eharaら51,52)は介在物のアルミナ濃度変化が温度低下を考慮した計算結果とほぼ一致することをFig.7で示した。しかし,どちらの値も十分良い一致を示したとはいえない。脱酸平衡定数KAl2O3はこれまでに多数の研究者ら17,19,27,39,45)によってそれぞれ異なる値が報告されており,この脱酸平衡定数KAl2O3の選択が影響していた可能性がある。Fig.8 はlogKAl2O3と温度の逆数の関係を示したものである。この図から,ばらつき幅が1873 Kで1.0(-13.6から-12.6),1773 Kで1.6(-15.5から-13.9)であることがわかる。換言すれば,低温で平衡定数のばらつきが大きくなることを意味している。1773 Kという低温は溶鉄の融点よりも低く,そのために研究例が少ない可能性がある。

Fig. 5.

Experimental conditions48).

Fig. 6.

Composition of inclusions (SUS304)49).

Fig. 7.

Change of Al2O3 content in inclusions with temperature52).

Fig. 8.

Comparison of temperature dependence of log KAl2O3 in liquid iron. (Online version in color.)

2・4 介在物組成に及ぼすカルシウム濃度の影響

多くの研究者が有害なスピネル介在物の作用を緩和するためにカルシウムの利用を提案している53)。溶鋼中のカルシウムは液体酸化物を形成し,MgO∙Al2O3スピネル介在物をMgO-Al2O3-CaO系介在物に変える。Yangら54)はItohら15)と同じ手法を用いて熱力学計算を行い,クロムを含まない低炭素アルミキルド鋼中の介在物の相安定図に及ぼすカルシウム処理の影響をFig.9のように評価している。この図はMgOとAl2O3に挟まれたMgO∙Al2O3領域の幅は変化せず,液相酸化物である12CaO∙7 Al2O3がスピネル領域と置き換わって領域を広げていることを示している。その一方で,Liら13,14)は11 mass%クロム鋼と18 mass%クロム鋼の相安定図を熱化学ソフトウェアで計算している。Fig.10に示される計算結果は,カルシウム濃度の増加とともにMgOとAl2O3に挟まれたMgO∙Al2O3領域の幅は狭くなっており,Yangら54)の結果とは一致しない。カルシウム濃度がMgO∙Al2O3領域の縮小挙動に及ぼす影響が鋼中クロムの存在で変化する理由は明らかではない。ここまで述べたことから,MgO-Al2O3-CaO系の相安定図を理解し介在物組成を制御するためには高クロム鋼の平衡定数ならびに相互作用係数を含む熱力学データの再評価が必要である。

Fig. 9.

Phase stability diagram of MgO, MgO・Al2O3 and CaO・2Al2O3 inclusion formation in liquid iron at 1873 K ([Ca] = 2 ppm)54).

Fig. 10.

Phase stability diagram of inclusion in 18%Cr molten steel at 1873 K. (Online version in color.)

3. TiOx-Al2O3-MgO 系介在物

3・1 TiOx-Al2O3系介在物の相安定図

Kang and Lee55)およびLiら13,14)はそれぞれ熱化学ソフトウェアを利用してTi含有アルミキルド鋼の研究を行っている。報告された結果をFig.11に示す。この図はクロム濃度の増加にともない相境界がわずかに低マグネシウム濃度側へ移動することを示している。しかし,Fe-Al-Ti-O系の相安定図は多くの研究者5559)によって検討されてきたにも関わらず,クロムを含まない溶鉄条件でさえ意見が分かれている。Ruby-Meyerら56)は相安定図を熱化学ソフトウェアで計算し,1793 KではTi2O3領域と Al2O3領域の間に液相が存在することを示した。一方,他の研究者ら55,5759)は[Al]>0.001 mass%の範囲では1873 Kであっても液相を見つけることができていない。Ruby-Meyerらによるものを除いた計算結果をFig.12に示す。この図は報告値が互いに一致していないことを示している。したがって,溶鉄および高クロム鋼のいずれでも熱力学計算の結果が平衡実験で確認されることが強く期待される。

Fig. 11.

Phase stability diagram of inclusion in 0%, 11%, 18%Cr molten steel at 1873 K. (Online version in color.)

Fig. 12.

Phase stability diagram of inclusion in liquid iron at 1873 K. (Online version in color.)

3・2 介在物挙動に及ぼすスラグの影響

Kimら49)は18Cr-8Niステンレス鋼製品中のCaO-SiO2-Al2O3-MgO-TiO2系介在物を研究している。Fig.13に示す通り,スラグ起源の介在物はスラグから溶鋼に巻き込まれ,一部は添加されたチタンによって脱酸され,AODから鋳造までの温度降下によって介在物中のTiO2の濃度が増加することを見出した。その結果,Fig.14に示すように融点の高いMgO∙Al2O3およびTiO2介在物が晶出する。

Fig. 13.

Changes in composition of inclusions and molten steel temperatures at stainless steelmaking process49).

Fig. 14.

SEM micrograph of a typical inclusion causing defects on coil surface and EDS of each phase49).

熱化学ソフトウェアを使ったTiOX-MgO-Al2O3系の相安定図の計算は,Parkら9)が1873 K,PO2=10-13 atmの条件で,Li and Cheng60)が1873 K,PO2=10-12 atmの条件でそれぞれ行っている。前者は塩基度の影響を評価し,塩基度の増加にともない介在物が液相からスピネル+液相へ変化すると報告している。後者はスラグ中CaF2濃度の影響を調査し,CaF2濃度の増加にともない介在物がTiOx-Al2O3(Sp)からMgO-Al2O3-TiOX(TiSp)+liquidへ,更にMgO+MgO-Al2O3-TiOX(TiSp)+液相へ変化することをFig.15で示した。なお,図中のSample Aはスラグ/メタル反応前のプリメルト状態,Sample A3は10.07 mass%CaF2を含むスラグと反応させた後のものである。Li and Cheng60)は熱力学計算をもとに介在物中MgO濃度の増加は溶鋼中のマグネシウム濃度に及ぼすCaF2の影響で説明できるとしている。以上に示したように,スラグの影響はスラグ巻きこみと微小成分の制御の点で無視できないことがわかる。

Fig. 15.

Composition distributions of inclusions in MgO-Al2O3-TiOx phase stability diagram (1873 K, PO2 = 10−12 atm). (Online version in color.)60)

4. 熱力学評価

Wagner61)の展開式は熱力学的関係を計算するために広く利用されてきた。それに加えて,Darkenの二乗形式62,63)やRedlich-Kister 型多項式64,65)も提案されている。特に,後者は高合金鋼を対象とした計算で精力的に採用されている8,39,6668)。最近,3次の相互作用パラメーターを考慮することによりFe-Ni合金の脱酸平衡を高精度に予測できることが明らかにされている69)。今後,Redlich-Kister型多項式が様々な高合金鋼へ適用されることが期待される。

5. 結言

高クロム鋼の介在物組成を制御することは,連続鋳造時の浸漬ノズル閉塞を防止し,表面欠陥を含む鋼特性に及ぼす介在物の悪影響を避けるために非常に重要である。したがって,信頼性の高い熱力学データが必要である。しかし,クロム含有鋼の相安定図においてMgOとMgO∙Al2O3,Al2O3の相境界は研究者により大きく異なっている。相互作用パラメーターと脱酸平衡定数に基づく計算によれば,クロム含有鋼の相境界は低マグネシウム側に移動する。一方,熱化学ソフトウェアからは全く異なる結果が出されている。また,1873 Kよりも低温での脱酸平衡定数の温度依存性に関する研究も介在物を制御する上で重要である。しかし,低温での脱酸平衡定数は研究者間で大きく異なっている。カルシウムはMgO∙Al2O3介在物の悪影響を避けるために利用されてきたが,相安定図上で液相酸化物によって置換される領域は低合金鋼と高クロム鋼とで異なった理解がされている。

クロム含有鋼ではTiOx-Al2O3-MgO系介在物の各酸化物Ti2O3,Ti3O5,Al2O3,TiOx-Al2O3の間の相境界は全体的に低チタン濃度側に移動することが熱化学ソフトウェアの計算で示されている。しかし,計算された相安定図は溶鉄および低合金鋼においてさえ研究者間で大きく異なっているという問題が存在する。さらに,スラグの塩基度やCaF2濃度がTiOx-Al2O3-MgO系介在物の組成に強い影響を及ぼしていることが報告されているものの,その挙動は十分に明らかにされていない。

以上のように,信頼性の高い熱力学データの構築のためには,様々な条件での平衡実験が強く期待される。この目的に対して,新たな高精度の熱力学計算手法(例えば,Redlich-Kister型多項式)も高クロム鋼を対象として利用されるべきである。

謝辞

本レビューは日本鉄鋼協会「スラグ・介在物制御による高清浄度クロム鋼溶製」研究会グループの助言と援助を受けて行われた。日本鉄鋼協会および本研究会に深く感謝申し上げる。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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