Tetsu-to-Hagane
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Observation of Retained γ Grains in TRIP Steels Using SEM-FIB/EBSD Method and Examination of Stability Evaluation Method
Takeshi Nishiyama Haruo Nakamichi
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 108 Issue 9 Pages 603-615

Details
Abstract

Morphologies of retained γ grains in TRIP steels are a very important factor for understanding the relationship between the microstructure and mechanical properties of TRIP steels. We have investigated a serial sectioning technique using a scanning electron microscope (SEM) equipped with an electron backscatter diffraction (EBSD) and a focused ion beam (FIB) to reconstruct 3D microstructure of TRIP steels. In this paper, FIB fabrication condition dependences of reconstructed 3D structures are presented in TRIP steels and γ-grains stabilities are discussed in terms of ion beam effects. Retained γ-grains are not recognized by EBSD map from a FIB fabricated surface using normal ion accelerating voltage of 30 kV, because γ grains are easily transformed into martensite due to ion irradiation. It was found that the transformation was suppressed by using a low acceleration voltage of 7 kV or less, and the three-dimensional morphology could be observed using low acceleration voltage serial sectioning technique. It becomes possible to evaluate morphology of each phase and we proposed evaluation method of γ stabilities by ion irradiation transformation.

1. 緒言

近年,自動車業界において,二酸化炭素排出量低減や燃費の向上に向けての車両軽量化を目的とした自動車用薄鋼板の高強度化が進められている。また,こうした高強度鋼板の適用にあたって実部材に応じた高い成形性が求められるため,高強度-高延性を両立した鋼板の開発が必要とされている。

その中で,残留オーステナイト相(残留γ相)を微細分散させ,残留γ相の変態誘起塑性(TRansformation Induced Plasticity:TRIP)効果を利用したTRIP鋼板13)は優れた強度-延性バランスを有することから自動車用鋼板への適用が進められている4,5)。TRIP鋼は,冷延した材料を二相域に加熱し,その後ベイナイト変態域への冷却および保持を行うオーステンパー処理によって作製される。このオーステンパー処理により,冷却中のフェライトの成長およびオーステナイトの一部がベイナイト変態することで,未変態オーステナイトに炭素を濃化させ,最終組織に残留γ相を形成させる。TRIP鋼の変形挙動は,鋼中残留γ相が変形に伴いマルテンサイト変態を生じる変態塑性誘起現象に大きく影響され,非常に大きな加工強化・塑性変形をすることで知られている。こうしたTRIP鋼の特性は,その特性が材料中の残留γ相の量だけでなく鋼中残留γ相の安定性に大きく影響していることが知られており,その安定性に影響を及ぼす因子として残留γ相の形態やサイズ,炭素濃度など様々な要因が提唱されている69)。そこで,走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)や電子線後方散乱回折(Electron BackScatter Diffraction: EBSD),透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)を用いた残留γ粒形態観察が行われ,γ相の性質と安定性との相関に関する研究がなされている10)。しかし,実際のTRIP鋼は微細な複相組織からなる複雑な三次元構造を有しており,従来のSEMやEBSD,TEMなどを用いた二次元での微細組織観察から試料全体の組織構造を把握することは困難である。またTRIP鋼において重要な変形挙動中のγ変態においても,実際は三次元的な変形が大きく影響している。このため,今後TRIP鋼の更なる特性の向上や組織制御を実現するためには,残留γ相の形態や分散状態などの解析を二次元のみならず三次元で行うことが重要になってくる。

材料組織の三次元観察対象は,原子や元素の偏析,格子空孔や転位,析出物や結晶粒サイズなどの原子オーダーからμm~mmオーダーまでの幅広い範囲において存在するため,観察対象に応じて多くの手法が考案されている。原子や元素の三次元分布を観察する手法として三次元アトムプローブ(3DAP)が有効である11)。また,対象物がnmオーダーの場合にTEMを用いた電子線トモグラフィ(3D-ET)法が良く用いられている12)。集束イオンビーム(Focused Ion Beam: FIB)とSEMを組み合わせたシリアルセクショニング(SEM/FIB)法は,FIBで加工可能な数μm~数十μm角の領域をSEMの分解能で3次元観察可能である。さらに,EBSDやエネルギー分散型X線分光法と組み合わせることで,像の取得だけではなく材料の結晶方位や元素分布を把握することが可能である13)。このように,手法によりそれぞれに観察可能な範囲や特徴を持つことから,目的に応じた手法を選択することが重要である。今回観察対象であるTRIP鋼は結晶粒サイズが数μ~十数μm程度であり,その中にサブμm以下の残留γ相が存在していることからSEM/FIB法にEBSD観察を追加したSEM-EBSD/FIB法を用いての解析を選択した14)。本研究では,SEM-EBSD/FIB法を用いて残留γ相を観察する際,FIBイオン照射の残留γ相への影響や,3次元観察を行う上での加工条件について検証し,更にはFIBイオン照射を用いた残留γ相の安定性評価法についての提案を試みた。

2. 実験方法

本研究では,0.3C-1.5Si-2.5Mn(mass%)鋼より作製したTRIP鋼板を用いた。供試鋼は50 kg真空溶解炉で溶製した後,粗圧延にて板厚20 mmのスラブとした。次に,加熱温度1250°C,仕上げ圧延温度850°C以上の熱間圧延により板厚3.2 mmとし,600°Cで3 h保持することで巻き取り相当の熱処理を行い,空冷した。その後,得られた熱延板を板厚2.8 mmまで両面から研削し,板厚1.4 mmまで冷間圧延を行った。その後,アルミナ流動層を用いて780°Cに加熱し,加熱途中からの冷却中に400°Cにて600 secのオーステンパー処理を行い,室温まで冷却した。

得られた供試鋼について残留γ量の測定,断面組織観察,残留γへのFIBイオン照射への影響調査およびTRIP鋼残留γ粒の三次元可視化を行った。残留γ量の測定はCo-Kα線を線源としたX線回折法(Xray Diffraction: XRD)を用いて測定し,(200)α,(211)α,(200)γ,(220)γ,(311)γの回折積分強度比から求めた。その際,板厚1.0 mmまで片面研削を行った後,シュウ酸による化学研磨を用いて表層を100 μm除去した試料を用いた。断面組織観察はDual-Beam FIB装置(Thermo Fisher Scientific社製: Scios)を用いて行い,方位解析やγ粒の識別には付属のEBSDを用いて行った。EBSD解析では,結晶方位を色別で表現可能なIPF-map,結晶相を識別して表現するPhase-mapおよび試料からの菊池パターンの鮮明度を表すIQ-mapをそれぞれ用いた。断面組織観察用試料調製として圧延方向に平行な板厚断面1/4位置を鏡面研磨し,A3電解液(メタノール:2-nブトキシエタノール:過塩素酸=10:6:1)を用いて40 Vの電圧で電解研磨を行った。EBSD測定では加速電圧15 kV,電流量6.4 nA,ステップサイズを50 nmとした。得られたEBSD像の解析にはOIM Analysis(TSLソリューションズ製)を用いた。EBSDを用いた3次元残留γ粒の観察では,断面観察時と同様に加速電圧15 kV,電流6.4 nA,測定時のステップ50 nmとした。こうして得られた連続画像をもとに,3次元再構築ソフト(Thermo Fisher Scientific製:Avizo)を用いて3次元像を作製した。

3. 結果

3・1 微細組織および残留γ粒体積率

Fig.1に電解研磨後板厚1/4位置の断面SEM観察像および同一視野からのIPF,PhaseおよびIQ-mapを示す。SEM像よりラス状の第二相が多数観察され,一部に塊状の組織も観察された。また,EBSD解析よりラス状および塊状組織は残留γ相であり,残留γ粒は母相であるマルテンサイトのラス境界や旧γ粒界に存在し,比較的均一分散していることが確認された。また,こうした供試材に対してXRDにより測定した残留γ粒の体積率は21%であった。このような組織を有するTRIP鋼に対して,SEM-FIBを用いた3次元微細組織観察を実施した。

Fig. 1.

EBSD IPF, Phase and IQ maps of the samples from electrolytic polishing surface. (Online version in color.)

3・2 SEM/EBSD-FIB法を用いた残留γ粒の観察

本測定では,SEM/EBSD-FIB観察用に供試材表面よりFIBを用いて10 μm角を超えるサイズの試料塊をピックアップし,測定用メッシュに張り付け3次元観察用試料とした(Fig.2(a))。ピックアップした試料の内10×10×10 μm領域内を50 nmピッチで200回加工を行い,得られた加工面よりEBSDを用いて供試鋼のIPF-mapとPhase-mapを取得し,Avizoにて微細組織の3次元再構築を行った。この時の総取得時間は30時間であった。Fig.2(b)に得られたIPF-mapより再構築したTRIP鋼組織の3次元再構築像,Fig.2(c)に2 μmおよび4 μm断面深さ位置におけるIPF,PhaseおよびIQ-mapを示す(IPFおよびPhase-mapはCI>0.1)。Fig.2(b)の再構築像およびFig.2(c)に示すIPF-mapより,すべての深さ位置において概ね良好なIPF-mapが得られており,FIBおよびEBSDによる連続断面像の取得が出来ている。一方で,Fig.2(c)に示すPhase-mapからはα相と同定可能な結晶粒のみであり,残留γ粒をほとんど測定できていないことが分かった。XRDより測定した残留γ粒の体積率は21%であるのに対し,SEM/EBSD-FIB法を用いて得られた3次元再構築像より測定した残留γ相の体積率は0.1%以下であった。この理由として,ピックアップを行った領域内に残留γ粒が存在しなかったことが考えられるが,Fig.1に示すように電解研磨面では微細分散した数多くの残留γ粒が確認できることから,残留γ粒は試料中にほぼ均一に分散していると推定され,観察範囲内に残留γ粒が存在しなかったという事は考えにくい。また,Fig.1およびFig.2(c)に示すIQ-mapを比較すると,電解研磨面では観察面全てにおいて高いIQ値が得られているが,SEM/EBSD-FIB法では一部の粒においてIQ値が著しく低下していることが分かった。このような現象が生じる理由として以下の2つが考えられる。1つ目は,FIBのイオン照射によりEBSD測定面の結晶構造が乱れたためであり,IQ値の減少量が結晶粒毎で異なるのは結晶方位によるチャネリングのためである。2つ目は,FIBによるイオン照射の影響ではあるが,チャネリングではなくα粒と残留γ相の組織の違いによるものである。どちらの理由でもFIBを用いたピックアップおよび連続EBSD像撮影のためのFIB加工が観察表面組織もしくは残留γ相になんらかの影響を及ぼしていると考えられる。そこで本供試鋼に対するFIBイオン照射の影響について以下の検討を行った。

Fig. 2.

(a) Pickup sample for three-dimensional observation (b) reconstructed IPF -3 D image (c) IPF, Phase and IQ-maps at 2 μm and 4 μm depth section. (Online version in color.)

3・3 残留γ粒に及ぼすFIB-Gaイオン照射の影響

結晶構造や残留γ粒に及ぼすFIBイオン照射の影響を明らかにするため,Fig.3の模式図に示す手法を用いて調査を実施した。初めに電解研磨を行った供試材に対してEBSDによる観察を行い,その観察面に対して垂直にFIBによるイオン照射を実施する。その後,イオン照射後の観察面に対して再度EBSD測定を行い,イオン照射前後における結晶構造および残留γ相の状態について比較を行う。この測定を複数回繰り返し,FIBイオン照射の影響を調査した。イオン照射の条件については,加速電圧30 kVおよび7 kVを用い,電流100 pA,1scanあたりのdose量を1 pC/μm2で揃えた。得られた結果をFig.4(a)に示す。EBSD Phase-mapより,FIBによるイオン照射前はラス状および塊状の残留γ粒が測定範囲内にほぼ均一に存在していることが確認された。次に,FIBによるイオン照射後の組織について観察を実施した。イオン照射後ではEBSD測定においてγ粒と判定される粒が減少していき,特に通常のFIB加工で用いる加速電圧30 kVの条件では2 pc/μm2のドーズ量で半分以上のγ粒が消滅してしまい,4 pc/μm2照射後は全面がα相とCI値が低く同定できない領域となっており,最終的にすべての残留γ粒が消失してしまった。それに対し,加速電圧7 kVでは5 pc/μm2のドーズ量であっても,一部の残留γ粒が消失しているものの,多くのγ粒が存在しており,10 pc/μm2のドーズ量においても多くのγ粒が変態せず残っていることが分かった。次に,イオン照射前後における残留γ粒の面積変化をFig.4(b)に示す。このグラフは,照射前の測定領域内のγ粒面積を1とし,イオン照射後の減少率を表している。FIBの加速電圧が高い場合には,低い場合よりも少ないdose量において残留γ粒が消失していることが分かった。また,FIBの加速電圧の高低にかかわらず,イオン照射初期に大きく残留γの面積率が減少し,その後は減少率がなだらかとなる傾向が認められた。この現象について,イオン照射初期にはFig.4(a)中四角で示す粗大で塊状の残留γ粒が優先して消失するため面積率が大きく減少し,その後は微細でラス状の残留γ粒が徐々に消失していくためだと考えられる。次に,この残留γ粒の消失が何故発生するかについて更なる解析を実施した。Fig.5にFIB加速電圧7 kVを用いて試料に垂直にイオンを照射した時の照射前後のIPF,PhaseおよびIQ-mapの変化を示す。Fig.5中四角で示した粗大な残留γ粒に着目すると,Phase-mapよりイオン照射後に大部分がBCC相に変化していることが確認できる。またIPF-mapの結果より,イオン照射前は一つの結晶だった残留γ粒が,異なる方位を持つ複数の結晶粒に分割されていることが分かった。また,IQ-mapに着目するとイオン照射前後で残留γ粒のIQ値が変化しており,イオン照射後ではIQ値が低下していることから,結晶性が低下していることが考えられる。一方で,その他の結晶粒をみてもIQ値の変化はほとんど観察されておらず,IQ値の変化はFIBによるイオン照射そのものの影響ではなく,残留γ粒が異なる結晶構造に変化したために生じた影響と推定される。この現象をまとめると,イオン照射により残留γ粒は,FCC構造からBCC構造へ変化,その際複数の結晶粒に分割され結晶性が低下する,となる。この結果から,残留γ粒はイオン照射によりマルテンサイト変態が生じていると考えられる。そこで,イオン照射前後における残留γ粒および照射後のbcc粒の結晶方位関係について解析を実施した。Fig.6にその結果を示す。Fig.6(a)はイオン照射前の残留γ粒IPF-map,Fig.6(b)はその方位を元にK-S(Kurdjumov–Sachs)関係の24通りのバリアントを計算した極点図であり,Fig.6(c)はイオン照射後のBCC構造に変態した結晶粒,Fig.6(d)はそれらより抽出した極点図,Fig.6(e)Fig.6(b)およびFig.6(d)の重ね合わせである。これらの結果より,イオン照射前の残留γ粒とイオン照射後の複数に分割されたBCC結晶粒はそれぞれK-S関係との差がI: 2.2°,II: 3.6°,III: 4.6°程度であり,K-S関係と近い角度関係を有していることが分かった。この結果はイオン照射により残留γ相がマルテンサイト変態していることを示唆していると考えられる。即ち,SEM/EBSD-FIB法にて残留γ相が観察されなかった原因は,FIBのイオン照射加工により残留γ相がマルテンサイト変態してしまい,EBSD解析にて同定が不可能であったためと考えられる。こうしたイオン照射によるオーステナイト相のマルテンサイト変態について,Wangら15)は3 MeVのAu2+イオンをオーステナイト系ステンレスに照射することでマルテンサイト変態が生じると報告している。またKinoshitaら16)は,SUS301に種々のイオンを数百keVで打ち込むことで,同じく鋼板表面にマルテンサイト相が生成すると報告している。またFIBを用いたGa+イオン照射の場合において,Kniplingら17)やBasaら18)より,オーステナイト系ステンレス鋼板に対してイオンのドーズやイオンの入射する結晶方位によってγ→α変態することが報告されている。またFIBによるGa+イオン照射では,Gaがフェライト安定化元素であることからChemically Induced Phase TransformationとBasaら18)は提唱している。また元の母相であるオーステナイト相の結晶方位とイオン入射方位に関するγ→α変態への影響についてはBabuら19)が詳細を報告している。上記の報告はオーステナイト系ステンレス鋼を用いて調査された結果であるが,イオン照射によりFCC構造からBCC構造へ変態しK-S関係を持つなど,今回著者らが実施したTRIP鋼中残留γ相へのイオン照射実験と同様の結果が得られていることが分かった。このことから,残留γ相であってもイオン照射によるマルテンサイト変態が生じており,SEM/EBSD-FIB法をTRIP鋼に適用した際に残留γ相が観察できない要因であることが分かる。このことから,残留γ相のマルテンサイト変態を抑制するためには,残留γ相へのイオン入射方位やdose量を制御する必要があることが分かる。またFig.4の結果より加速電圧とdose量にはある相関があり,加速電圧が低い場合はdose量が高い場合でも変態しにくいことが分かった。

Fig. 3.

Schematic diagram of FIB ion irradiation experiment. (Online version in color.)

Fig. 4.

Phase-maps (a) before and after ion irradiation at acceleration voltages of 30 kV and 7 kV (b) area fraction of retained γ grains before and after ion irradiation. (Online version in color.)

Fig. 5.

IPF, Phase and IQ-maps before and after ion irradiation at acceleration voltage of 7 kV. (Online version in color.)

Fig. 6.

(a) IPF-map of retained γ grains before ion irradiation, (b) variant in K-S relationship calculated from γ grain orientation in (a), and (c) IPF-map of residual γ grains after ion irradiation (d)pole Figure from γ grains of (c), (e) overlaped pole Figure of (b) and (d). (Online version in color.)

3・4 FIB加工断面における残留γ相の変態挙動

次に,加速電圧を変化させFIB加工断面に対する残留γ粒の変態挙動について観察を実施した。Fig.7に用いた手法の模式図を示す。初めに,通常の加速電圧である30 kVを用いてFig.2(a)のようにピックアップし,その断面に対してEBSD測定を行う。その後異なる加速電圧でのFIB加工とEBSD測定を繰り返し,その際の残留γ粒への影響を調査した。これは実際のSEM/EBSD-FIB法による測定法と同様であり,加工断面における残留γ相へのFIB加速電圧への影響を調査した。加工に用いたFIB加速電圧は,3・3節にて用いた30 kVおよび7 kVを用い,電流値は0.66 nAにて実施した。またその加工ステップは50 nmとした。Fig.8にその結果を示す。加速電圧30 kVを用いた場合はFIB加工を進めても残留γ相は確認できないが,加速電圧7 kVを用いた場合は加工0枚目(ピックアップまま)では観察されないものの,加工を進めた加工2枚目の断面(深さ100 nm)に残留γ相が確認されている。加工0枚目において残留γ相が観察されなかったのは,加速電圧30 kVで加工された断面であるためと考えられる。この結果は,FIBによる加工条件を最適化することでTRIP鋼中の残留γ相の観察が可能である事,またFIB加工による残留γ相の変態は極表面部のみに限られ,板厚内部にかけて残留γ相は残存していることを示している。イオン照射によるγ相の変態はBabuらの報告19)においても表層数十nm~百数十nm程度とされており,今回の結果はこれらの報告と良く一致していた。得られた知見を用いて,加速電圧を通常の30 kVではなく7 kVの低加速電圧にてSEM/EBSD-FIB法を実施し,残留γ相の観察を試みた。

Fig. 7.

Schematic diagram of observation of transformation behavior of retained γ grains for FIB fabrication. (Online version in color.)

Fig. 8.

EBSD Phase-map obtained from FIB fabricated surface using acceleration voltages of 30 kV and 7 kV. (Online version in color.)

3・5 低加速電圧を用いたTRIP鋼中残留γ相の観察

上記結果をもとに低加速電圧を用いた残留γ相の3次元観察を行った。電解研磨を行った領域より加速電圧30 kVのFIBを用いて10×10×10 μm以上のブロック状に加工した試料をピックアップし観察用メッシュに設置した。この試料に対し,5×5×5 μmの領域に対して加速電圧7 kVにて連続EBSD撮影を行いPhase-mapを用いて残留γ相の3次元再構築像を作製した。Fig.9(a)に深さ=0 μm地点より1 μm毎の深さにおけるIPF,Phase-mapおよびFig.9(b)にPhase-mapより得られた残留γ相の3次元再構築像を示す。この時,最表層は30 kV-FIB加工により残留γ相が消失していると考えられるため,7 kV-FIBにて0.5 μmほど加工を進めた断面を深さ=0 μmとしている。これらの結果より,加速電圧7 kVにて加工した場合どの断面深さにおいても残留γ相が残存していることが確認された。

Fig. 9.

(a) IPF and phase-map at each cross-sectional depth by SEM/EBSD-FIB method observed using an acceleration voltage of 7 kV (b) Three-Dimensional reconstruction image of retained γ grains obtained from the Phase-map of (a). (Online version in color.)

次に,得られた3次元像より残留γ相の長径およびアスペクト比を求めた。またFig.9に示す1 μm毎の深さにおける2次元連続断面Phase-mapおよび,Fig.10に示す100 μm四方より取得したEBSD Phase-mapより同様に残留γ相のアスペクト比および長径を求め,3次元再構築像と2次元観察で測定される形態の比較を実施した。アスペクト比は近接直方体を算出し,そのうち最大と最小の比をアスペクト比とした。結果をFig.11(a)~(f)に示す。Fig.11(a)(d),(b)(e),(c)(f)はそれぞれ3次元再構築像,2次元断面像,100 μm四方より取得したEBSDより測定した残留γ相の長径およびアスペクト比のヒストグラムである。残留γ相のアスペクト比の分布はどのある程度同様の分布を示しているが,長径に関しては3次元像と100 μm四方のEBSD観察より求めた分布が似ている傾向であるが,それらと2次元断面より求めた分布が大きく異なっていた。これは,2次元断面観察では測定エリアが局所的であり組織の不均一性が測定結果に極端に表れている事が考えられるのに対し,同じ2次元観察であっても100 μm四方より求めた結果ではそれら不均一性がある程度平均化されたため差が生じていると考えられる。また三次元観察では,観察領域が局所ではあるが奥行情報の乗算により同じく不均一性が解消されたため2次元断面観察異なる結果となったと考えられる。

Fig. 10.

EBSD Phase-map of test steel obtained from 100 μm square. (Online version in color.)

Fig. 11.

Aspect ratio of retained γ grains obtained by various observation methods and EBSD three dimensional observation results obtained from (a) (d) 3 dimensional reconstruction images (b) (e) 2 dimensional cross-sectional images (c) (f) 100 μm square area from electro polishing surface. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 FIBイオン照射を用いた残留γ粒の安定性評価手法の検討

本実験により,FIBイオン照射によりTRIP鋼中の残留γ相がマルテンサイト変態をすること,その変態の挙動が加速電圧により異なり,また個々の残留γ粒についても変態挙動に差があることが分かった。これらの残留γ相の変態挙動の差は残留γ相の安定性の差と考えられるため,FIB照射による残留γ相変態状態を随時観察することで,個別の残留γ粒の安定性を評価可能と考えられる。これまでにも残留γ相の安定性に関する研究は報告されているが,個々の残留γ相の安定性を評価する手法はなく,個別の残留γ粒の安定性評価法としてFIBイオン照射手法の検討を行った。初めに,イオン照射により残留γ相のみIQ値が低下するため,SEM/EBSD-FIB法により取得したIQ-mapが照射前のγ粒の分布,Phase-mapから照射後未変態のγ粒分布を知ることが可能と考えた。実際,Fig.9に示す3次元再構築で使用した連続EBSD結果の一部を用いて,IQ値の低い領域とPhase-mapよりγ相と同定された領域を重ねると(Fig.12(a)~(c)),両者は良い一致を見せておりそれぞれが変態前後のγ粒と対応すると考えられる。この結果より,個別のγ粒に対してFIBイオン照射後のIQおよびPhase-mapのγ相に相当する領域を2値化し,面積AIQおよびAPhaseを求めその比を算出することで各γ粒における未変態γ率を測定できると考えた。一般的に,残留γの安定性とはマルテンサイト変態の生じにくさとして考えられているため,ここではイオン照射後においてどれだけの割合でγ粒が未変態のまま残存したかを安定性の指標とした。即ち,FIB加工断面部のSEM-EBSD観察を行った際,未変態γ率が高い粒子ほど安定な残留γ粒とした。実際のFIBイオン照射実験では,FIB加工とEBSD測定を自動かつ連続で実施可能なSEM/EBSD-FIB法で行い,得られた連続EBSD結果を3次元再構築ではなく上記の未変態γ率の測定に用いた。また,本評価法の検証に際し,残留γ中C濃度の異なる供試材を用意した。これは,γの安定性としてMs点を考えた場合,Ms点を低下させる一番大きな要因は化学組成であり,Kung and Rayment20)の提案された式や高炭素鋼ではMurai and Tsumuraの実験式21)があり,これらの若干の違いはあるものの,C濃度が最もMs点に影響を与えるという点では一致している。そこで,イオン照射による変態の場合においても残留γ相中C濃度差に着目し,残留γ中の固溶C量の異なる供試材AおよびBに対し上記FIBイオン照射による安定性評価手法を行い,その変態挙動に差が観察されるかに着目した。Fig.13に著者らの所有する高精度FE-EPMA(Cアナライザー)22,23)により測定した供試材Aおよび供試材BのC分布を示す。Fig中のカラーバーは0~1.4 mass%で表示している。供試材AおよびBともにC濃度の高い残留γ相が観察されている。この内供試材Aでは残留γ相中のC濃度が1 mass%以下程度であるのに対し,供試材BではC濃度が1 mass%を超えた粒が数多く存在することがわかる。続いて,Fig.14(a)(b)にこれらの供試材にFIBイオン照射による安定性評価手法を行った結果を示す。これらのヒストグラムはIQおよびPhase-mapに対して2値化処理を行い,粒子毎にその面積比(=未変態率)を分類した結果である。2値化処理の関係上面積比が1を超えてしまうものが存在したが,その場合全て1としている。供試材AおよびBの面積比は,それぞれ平均0.40および0.60,標準偏差0.30および0.24となり供試材Aの方が供試材Bより変態したγ粒が多い結果となった。この結果は,少なくともイオンによるマルテンサイト変態に対しては供試材Bの方が安定なγ粒が多いということを示している。また,面積率が0-0.3を不安定なγ粒,0.7-1をより安定なγ粒として仮定し,各残留γ粒についてアスペクト比を求めた。Fig.15(a)および(d)に各試料におけるすべてのγ粒,Fig.15(b)および(e)に未変態率が0.3以下,Fig.15(c)および(f)に0.7以上のγ粒についてのアスペクト比のヒストグラムを示す。各試料ともに,0-0.3の範囲にあるγ粒において平均アスペクト比が小さく,0.7-1のγ粒において平均アスペクト比が大きくなっていた。この結果は,アスペクト比の大きなγ粒ほど未変態で残存する傾向があることを示しており,γ粒の形態もイオン照射誘起変態に影響を及ぼすことが分かった。アスペクト比の大きな残留γ粒はマルテンサイトやベイナイトのラス境界に存在すると考えられ,周辺組織からの静水圧により変態が抑制されていると考えられる24)。以上の結果より,FIBイオン照射による残留γ相の変態を観察することで残留γ相の安定性が評価可能と言える。

Fig. 12.

EBSD images obtained from FIB fabricated cross section EBSD (a) IQ-map, (b) Phase-map, (c) overlaped images of (a) and (b). (Online version in color.)

Fig. 13.

C distribution of specimen A and B measured by developed FE-EPMA. (Online version in color.)

Fig. 14.

Untransformed fraction distribution of residual γ phase measured from (a) specimen A and (b) specimen B by FIB ion irradiation method. (Online version in color.)

Fig. 15.

Aspect ratio distribution of (a) (d) all residual γ grains, (b) (e) retained γ grains with an untransformed ratio of 0.3 or less, and (c) (f) retained γ grains with an untransformed ratio of 0.7 or more, as measured from specimens A and B respectively. (Online version in color.)

一方で下記の点に注意が必要である。残留γ相の安定性は形態やサイズ,固溶元素により変化すると考えられ,本手法はその差をイオン照射時の変態挙動を観察することで評価を行っている。しかし,第3章の結果より,イオン照射時のマルテンサイト変態挙動はイオン加速電圧に非常に大きな影響を受けることが示唆されており,安定性の差が隠れてしまうほど高い加速電圧,または低い加速電圧の場合は本手法の適用が不可能になると考えられる。そのため,使用する加速電圧はその安定性の差が最も顕著に表れる加速電圧を選択する必要があると考えられる。本報では加速電圧7 kVを用いて安定性評価試験を実施したが,この条件が本供試材において評価に最適な加速電圧かどうかは不明であり,本手法を用いた安定性評価には更なる最適化が必要であることに注意されたい。

加えて,本報ではある一定の加速電圧を用いた場合の変態率(残存率)を求め,それを安定性の指標としたが,連続的に加速電圧を変化させてイオン照射および照射領域のEBSD観察を行い,加速電圧に対する残留γ相の変態率曲線を用いて安定性の指標とする方法も考えられる。即ち,得られた変態率曲線の傾きや,変態率(残存率)の増減率を比較することでも安定性の評価が可能であると考えられる。上記変態率曲線を測定することで,変態率(残存率)がそれ以上変化しない最大の加速電圧も同時に求める事が可能であり,この条件を用いることで目的の1つであるSEM-FIB/EBSD法を用いた残留γ粒の3次元形態の測定や,面積・体積分率の測定に関してより正確な解析が可能になると考えられる。

5. まとめ

TRIP鋼板中残留γ相について,SEM/EBSD-FIB法を用いた残留γ相3次元観察法について,残留γ相へのFIBイオン照射の影響について検討を行い,以下の知見が得られた。

(1)イオン照射により,γ粒は複数の結晶方位をもつbcc相に変態した。この変態した結晶粒は照射前のγ粒の結晶方位とK-Sの方位関係をもつことが分かり,マルテンサイト変態であると推定される。またこの変態は加速電圧に大きく影響され,低加速電圧では同じdose量であっても未変態γ粒が多く残存することが分かった。

(2)通常のFIB加工条件では残留γ相が変態してしまい,EBSD観察が困難であるが,加工条件を最適化することにより残留γ相の3次元手法を確立した。また,三次元像を用いて粒径やアスペクト比の測定に成功した。

(3)イオン照射によるγ粒のIQ値低下を利用することで,IQおよびPhase-mapのγ粒面積比から,照射によるγ粒の変態率の定量的な評価が可能なことが分かった。また,FIB/EBSDを用いた連続加工・撮影法を用いることで,複数のγ粒から未変態率を測定する安定性評価手法を提案した。

(4)イオン照射後の未変態γ率はγ中平均C濃度が高い試料ほど多くなった。これはC量の増加によるMs点の低下の為だと考えられる。また同一試料中でもアスペクト比の大きなγ粒ほど変態しにくい傾向にあった。これはアスペクト比の大きなγ粒はベイナイト母相のラス・ブロック境界に逆変態して生成したと考えられ周辺ベイナイトからの静水圧によりマルテンサイト変態を抑制されたためだと考えられる。

謝辞

本研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業「革新的新構造材料等研究開発」の一環による成果である。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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