2023 年 109 巻 1 号 p. 76-85
A cell structure development and a crack initiation during a fatigue of an Fe-3 mass%Si alloy was investigated through electron channeling contrast imaging in a scanning electron microscope and electron back-scatter diffraction analysis. The crystal rotation regions (CRRs), deformation bands (DBs), and cell bands (CBs) together formed a hierarchy in the dislocation structures. In the early stage of fatigue, deformation is constrained near grain boundaries; this impedes further dislocation propagation. This restriction is attributed the formation of CRRs with a width of several hundred micrometers. Further, DBs that were several microns wide were developed inside the CRRs, and CBs with a width of several hundred nanometers were formed inside the DBs. Meanwhile, a crack was initiated from a CRR near a grain boundary. At the crack tip, a DB penetrating the CRR was formed parallel to the crack-propagation direction. It was elucidated that the cell boundary in the DB had a high misorientation angle of approximately 10 degrees, which greatly affected to the crack initiation. In addition, the penetrating DB was composed of elongated cells and cell bands. Prior to crack initiation, the boundaries of the cell bands evolved in proportion to the increasing dislocation density during fatigue. The elongated direction of the cell boundary, which was almost parallel to the {110} plane with a tilt boundary feature, dominated the crack-propagation direction. The formation plane and the cell boundary development process can be explained by analyzing the geometrical relationship of the activated slip systems between adjacent cells.
自動車用鋼板などの構造用材料として広く用いられる鉄鋼材料において,疲労特性の向上は特に重要性の高い課題である。鉄鋼材料の疲労特性向上に関する先行研究として,鉄に異種元素を添加した二元系合金の室温疲労試験が行われてきた1–3)。Yokoiらは,Fe-Cu合金の疲労試験を行った結果,Cu添加によりセル組織の形成が遅れベイン組織に留まることを報告した1)。同様に,Ushiodaらは,Fe-Si合金に対して繰り返し曲げ疲労試験を行った結果,Si未添加材ではセル組織が形成されたのに対し,Si添加合金では,セル組織の形成には至らずベイン組織が観察されたと報告しており,Si添加による転位組織発達の抑制と疲労強度との間に関連性があるとした2)。さらにShuto and Yokoiは,添加元素の種類を変化させた複数の二元系鉄合金で疲労試験を行った結果,セル組織を形成しやすいNi添加合金よりも,セル組織形成の抑制が認められたSi,Al,Cu添加合金で疲労強度の上昇が得られると報告した3)。このように固溶元素添加により転位組織の発達,特にセル組織の形成・発達を抑制することは,鉄合金の疲労特性向上に寄与すると期待されている。Shutoらは,疲労によるセル組織が未発達のFe-Si合金においては,転位組織としてベイン組織,ウォール組織,ラビリンス組織が形成されることを見出している4)。さらに,多重すべりが生じる条件で,ラビリンス組織を構成する転位ウォールの形成方位は,活動転位のバーガースベクトルの幾何学的関係によって説明できるとしている4)。これに対し,Fe-Si合金単結晶を用いた研究5,6)では,疲労によるセル組織形成が報告されている。単一すべり方位の単結晶を用いたMoriら5)やŠestákら6)の研究においては,固執すべり帯内に形成されたセル組織を観察している。また,多結晶材を用いた研究ではUshiodaら2)がセル組織を観察している。しかし,いずれの研究においてもセル組織形成における活動すべり系の特定はなされておらず,その発達過程の詳細は明らかにされていない2,5,6)。
一方,FCC構造の銅においては,疲労により形成される転位組織の発達過程が単結晶を用いて詳細に研究されている。単一すべり方位の銅単結晶では低せん断塑性ひずみ振幅(γpl<6×10-5)ではベイン組織を形成し,せん断塑性ひずみ振幅の増加に伴いベイン組織を横切る固執すべり帯にラダー組織が形成され(6×10-5 ≤ γpl ≤ 7.5×10-3),ベイン組織がラダー組織へと置き換わると(γpl>7.5×10-3),セル組織へと発達すると報告されている7–11)。ベイン組織やラダー組織を構成する転位は主すべり系の刃状転位であり,ラダー組織の転位ウォールは転位双極子によって主すべり面に垂直に形成されると説明されている7–11)。多重すべり方位の銅単結晶においては応力軸を[001]とする場合,塑性ひずみ振幅の増加に伴い,ベイン状組織がラビリンス組織へと発達し,セル組織へと至る12–14)。同様に[111]を応力軸とする場合,ベイン状組織からウォール組織へと発達し,変形が局所化した領域には,ウォール組織を横切る変形帯が形成され,その内部にはセル組織が発達する15–17)。これら多重すべり方位においては,ラビリンス組織やウォール組織の転位ウォールの形成方位は活動すべり系の転位のバーガースベクトルの幾何学的関係によって説明が可能とされている13,14,17)。このようにFCC構造の銅単結晶においては,転位組織の発達過程が詳細に研究されている。しかし,BCC構造の鉄合金での転位組織に関する研究は散発的であり18–22),系統的な解明は遅れているといえる。
他方,セル組織はき裂発生と密接に関わる疲労転位組織であり,Katagiriら23)やAwataniら24)によるFCC金属の銅を用いた研究やAwataniら25)やShihら26)がBCC金属の鉄の研究で,き裂近傍に形成されたセル組織を観察している。Fe-Si合金においてもTakahashiら27)がFe-3.2 mass%Si合金単結晶材の疲労試験を行い,き裂に先行してセル組織が形成され,このセル組織の形成・発達がき裂発生と密接に関連することを示唆している。しかし,き裂の前駆となるセル組織の形成・発達がどのようなすべり系の活動あるいは組み合わせによって進行するかについての説明はなされていない27)。これらのことから,Fe-Si合金における疲労き裂発生を理解するには,その前段階の転位組織発達過程において,セル組織形成に関与する活動すべり系を特定し,セル組織の形成・発達過程とき裂発生の関係を解明する必要がある。
そこで本研究では,Fe-Si合金の室温での疲労試験を行い,セル組織に着目して組織形成・発達を走査電子顕微鏡(Scanning electron microscope, SEM)観察により捉え,活動すべり系を考慮したセル組織形成機構の考察に基づいて,その後のき裂発生に至る過程を明らかにすることを目的とする。
供試材はFe-3 mass%Si合金であり,その合金組成をTable 1に示す。供試材のインゴットに1473 K,2 hの熱処理を行い,熱間鍛造にて厚さ30 mmの板に成形した。成型後の供試材は,平均結晶粒径2 mmの粗大粒材である。供試材よりFig.1に示すドッグボーン型の疲労試験片を放電加工機にて切り出した。応力軸方向をLD(Loading direction),試験片板面法線方向をND(Normal direction),試験片側面法線方向をTD(Transverse direction)とした。切り出し後の試験片の表面は,湿式研磨機を用いて,エメリー紙による機械研磨とコロイダルシリカによるバフ研磨により,鏡面に仕上げた。疲労試験は,室温(293 K)で塑性ひずみ振幅制御にて実施した。塑性ひずみ振幅はセル組織形成を想定して,εpl=6.0×10-3とし,繰り返し回数131回の破断前で試験停止した。疲労試験後,試験片表面を機械研磨とバフ研磨で再度鏡面に仕上げ,SEM(日本電子社製JSM-7001F)観察を行った。転位組織観察にはECCI(Electron channeling contrast imaging)法を,結晶方位解析にはEBSD(Electron back scatter diffraction)法を用いた。ECCIの観察条件は加速電圧20 kV,作動距離(Working distance, WD)を4 mmとし,EBSDでは加速電圧を15 kV,WDを15 mmとした。さらに,転位組織の形成面方位を解析するため,TD-LD面に加えてLD-ND面も観察する二面観察を行った。FIB(Focused ion beam)加工装置(日立ハイテクノロジーズ社製FB2200)にてLD-ND面と平行に微小片を切り出し,LD-ND断面についても転位組織観察と結晶方位解析を行った。
C | Si | Mn | P | S | Al | N | O | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.0064 | 2.88 | 0.01 | 0.001 | 0.002 | 0.037 | 0.0012 | 0.002 | Balance |
Shape and size of the fatigue test specimen. The unit is mm.
Fig.2に繰り返し硬化曲線を示す。試験開始初期には繰り返し回数の増加に伴い応力振幅も増加し,繰り返し硬化が生じた。繰り返し回数が62回で最大応力振幅498 MPaに到達した後,軟化に転じ,130回でさらに応力振幅が大きく低下した。この時点で試験片にはすでにき裂が発生していたが,破断には至らなかった。試験はここで停止し,この後の組織観察試験片とした。
Cyclic hardening curve. εpl = 6.0×10−3.
疲労試験後の試験片ゲージ部表面(TD-LD面)のEBSD測定から得たND方向のIPF(Inverse pole figure)mapをFig.3に示す。Fig.3(a)の矢印で示した粒界近傍には,結晶方位が変化した領域が最長1 mm程度にまで及んで形成されていた。また,写真右下のゲージ部端の粒界近傍では表面からき裂が発生し,800 μm程度進展して停止していた。Fig.3(a)のA領域を拡大したIPF mapをFig.3(b)に示す。母相に対して結晶方位が変化した領域,すなわち結晶回転領域(Crystal rotation region, CRR)が,幅約100 μmで結晶粒界から粒内に向かって複数形成されていた。さらに,Fig.3(a)のき裂を含む領域Bを拡大したIPF mapをFig.3(c)に示す。き裂は試料表面の粒界から発生し,粒界に沿ってわずかに進展後,粒内へと進展していた。粒界から500 μm程度離れた領域でもCRRが観察されたことから,観察した粒界近傍では,領域A同様にき裂発生前に広い範囲に亘ってCRRが形成されたといえる。
The IPF maps (ND) observed in the Fe-3 mass%Si alloy cyclically deformed at εpl = 6.0×10−3. (a) Low magnification image, (b) high magnification image of CRR (region A) and (c) high magnification image of crack (region B).
Fig.4にFig.3(b)のCRRに対応するECC像を示す。Fig.4(a)および母相内領域Eを拡大したFig.4(b)より,CRR両側の母相には応力軸に垂直な転位ウォール組織が約0.5 μm間隔で均一に形成されていた。これに対しCRR内部では10 μm幅の変形帯(Deformation bands, DBs)が発達しており,CRR内に変形が局所化したことを示唆している。Fig.4(a)からDBは特定の面に沿って形成されていることが認識できる。この方位をTD-LD面でのトレース解析から調べたところ,DBは(011)面に沿って形成されていることがわかった。DB内部(領域F)をさらに拡大したECC像をFig.4(c)に示す。DB内部には帯状セル組織(cell bands: CBs)が特定方向に沿って発達しており,その伸長方向はDBのそれとは異なっていた。CBの伸長方向を解析すると(101)面トレースに沿って形成されており,セル幅は約350 nmだった。
ECC images of dislocation structure. (a) DBs in CRR (region C in Fig.3(b)), (b) wall structure in matrix at region E and (c) CBs alignment strictly along the (101) plane in DBs at region F.
Fig.5(a)にFig.3(c)の領域Dに対応するき裂全体のECC像を示す。き裂は粒界から10 μm程度離れた粒内を50 μm進んだ後,進展方向をTD方向に変え,さらに,粒界から100 μm程度離れた位置を粒界とほぼ平行に進み,表面から770 μmの位置で停止していた。き裂中央の領域GのECC像をFig.5(b)に示す。き裂直近の30 μm幅の領域には,微細なセル組織が形成されていたのに対し,き裂から30 μm以上離れた範囲では,特定方位に伸長したセル組織(伸長セル)が形成されていた。き裂周りの微細セルは左下から右上に配列していることから,そのセル境界は(101)面に沿って形成されていると予測することができ,セル幅は約300 nmだった。伸長セル,微細セルいずれもセル間ではコントラスト差が顕著であり,結晶方位差が生じていることを示唆している。Fig.5(b)の領域IとJそれぞれに対応した拡大ECC像をFig.6(a)と(b)に,また,GROD(Grain reference orientation deviation)angle mapをFig.6(c)と(d)に示す。領域IのFig.6(a)および(c)より,伸長セルは[77 31 11]を伸長方向として380 μm幅で形成されており,隣接するセル間には回転軸を[35 40 2]として約11°の方位差が存在していた。また,(c)より,セル方位は一つおきにほぼ同一となっており,伸長セル全体として方位差を相殺するように,正負の回転成分を持つ二種類のセル境界が交互に形成されていることがわかった。これに対し,領域JのFig.6(b)および(d)に示す微細セルでは,(d)内の赤×印で示す基準点と隣接セルの黒×印の点とのあいだに生じた方位差角は約9°であり,その回転軸は[11 3 11]となった。微細セルの境界が(101)面に沿って形成されているとすれば,回転軸はセル境界とほぼ平行となり,セル境界は傾角粒界の性格を有するといえる。Fig.6(d)の視野内に存在するセルにおいては,基準点に対して最大で18°の方位差が生じており,視野の右外側に位置するき裂に近づくにつれて方位差は大きくなっていた。
(a) ECC image of the crack (region D in Fig.3(c)) and (b)fine cell and elongated cell structures were developed around the crack (region G).
ECC images of the cell structures developed around the crack. (a) The elongated cell structure at region I and (b) the fine cell structure at region J in Fig.5(b). GROD angle maps of same regions are also indicated in (c) and (d). The white and red cross marks indicate the reference point each other.
Fig.5(a)のき裂先端領域Hを拡大してECC観察した結果をFig.7に示す。Fig.7(a)よりき裂進展方向に沿って約30 μm幅のDBが伸びており,その内部は左上から右下方向に伸びたセル組織で覆われていた。これをCBI(Cell band I)と呼称する。DBから外れた母相内には転位ウォール組織が残存しており,CBI形成はDB内の局所変形によるものと推察できる。ここでの観察からDBIは特定の面に沿って形成されていることが容易に予測でき,面方位の特定は後に示す二面解析により行った。Fig.7(a)の領域Kを拡大したFig.7(b)のECC像より,き裂先端塑性域では,CBIとは異なるセル組織CBIIが帯状に形成されていた。CBIIは,き裂進展に伴ってCBIから置き換わるように発達したと解釈でき,き裂進展方向にほぼ平行となっていることに注意したい。Fig.7(b)の領域Lから取得したGROD angle mapをFig.8(a)に示す。この図では,CBIの一つのセル内を基準点(赤×印)に選び,方位差角度を表示している。観察領域では,基準点に対し最大20°近くの方位差が生じており,特に,CBII内で大きな方位差が生じていた。CBIからCBIIにかけてのセル間の方位差変化を定量化するために,Fig.8(a)内の黒矢印に沿って結晶方位差を測定し,その結果を方位差分布としてFig.8(b)に示した。CBI内では,セル間方位差は最大5°程度であるのに対し,CBII内の特定のセル内では方位差が急増し,最大で18°に達していた。Fig.8(a)でCBII内の隣接セルαとβに着目すると,この二つのセル間で13°の方位差が生じていることから,CBII内でのセル組織発達が顕著であり,同時にα/βセル境界が担う方位差もCBI内のセル境界に比べて有意に大きいといえる。
(a) GROD angle map of cell bands I and II developed at the crack tip (region L in Fig.7(b)). The red cross mark indicates the reference point. (b) Misorientation distributions along the black arrow which length is 5 μm from the reference point.
CBIとCBII内に存在するセル境界の形成面方位を特定する二面解析を行うために,Fig.7(b)の領域MからFIBにより幅15 μm,厚さ3 μm,長さ15 μmの大きさの微小片の抽出を行った。Fig.9は,Fig.7(b)の観察面であるTD-LD面,およびFig.7(b)の観察面を奥行き方向に掘り下げた縦断面に相当するLD-ND面での観察から得た二つのECC像を立体的に示した再構成像である。この観察結果およびそれぞれの面から取得したEBSD解析結果から,CBI内のセル境界は(011)面に近い(8 65 63)面(正確な(011)面から5°のずれ)に沿って形成されていた。一方,CBII内のセル境界は(101)面から約9°ずれた(61 11 53)/(58 1 71)に沿って形成されていた。ここで,二つの面指数によるセル境界表記は,セル境界を挟んだ両側のセルそれぞれについて得た面方位を意味する。CBIIのα/βセル間に生じた方位差の回転軸は[23 28 6]と解析でき,この回転軸のセル境界面からのずれは約15°と小さかった。したがって,CBIIのセル境界も傾角粒界に近い性格を持つ境界といえる。
Two-dimensional reconstruction of the ECC images observed from ND and TD directions.
考察にあたって,本研究で得られた疲労初期のCRRの形成からき裂の発生までの過程を以下にまとめる。疲労最初期から複数のすべり系が同時に活動を始めると,結晶粒全体に亘って転位ウォール組織が形成される。しかし,結晶粒内での変形の不均一により,変形拘束の大きい結晶粒界近傍から粒内に向かって幅数百ミクロンのCRRが複数形成される。このCRR内部では局所変形が生じて幅数ミクロンのDBが{110}に平行に発達し,さらにその内部は幅数百ナノメートルのCBで構成される。これらのことから転位組織は,疲労の進行に伴いマクロからミクロへと階層的に発達し,セル組織形成に至ったといえる。他方,き裂の発生においては,Fig.3(c)よりき裂近傍にCRRが形成されていたことから,き裂はCRRが形成した場所に発生したと予測できる。また,Fig.7に示したように,き裂先端にはき裂の進展方向と平行なDBがCRRを貫通するように発達しており,その内部には伸長したCBIが形成されていた。これに対し,き裂中央ではFig.5(b)のように,伸長したセルと微細なセルが形成されており,これらのセル組織は階層的に形成されたCRR内のCBとは異なっていた。Fig.6の伸長セルおよび微細セルのGROD angle mapで示したように,き裂近傍のセルはその境界が10°程度の方位差を担っており,疲労の進行に伴い,方位差が大きくなった場合にき裂発生に至ると予測できる。そのためCRRを貫通するDB内に発達するセル組織がき裂発生に強く関与すると解釈できる。き裂先端塑性域の変形帯内では,CBIの形成後に,き裂の進展方向と平行にCBIIが伸長して形成されていた。CBIIのようにき裂の進展に先行して形成されるCBはTakahashiら27)によってもFe-Si合金単結晶材の疲労転位組織として観察されていることから,き裂の発生・進展に密接に関連する転位組織であると解釈できる。そこで本章では,き裂先端に形成されたCBIIについて,活動すべり系を予測してセル境界面方位を解析し,き裂に直結すると予想されるセル境界の形成機構を考察する。
CBIIを構成するセル境界の中で,Fig.8に示した基準点から2.2 μmの位置に存在する結晶方位差14°のセル境界面に着目する。この境界面を挟むセルαおよびβの結晶方位をEBSD測定によるオイラー角から見積もり,ステレオ投影図に表したものをFig.10(a)と(b)にそれぞれ示す。これらのステレオ投影図はND方向の極を中心に描いたものであり,それぞれのステレオ投影図には二面観察によって特定したCBIIのセル境界面(61 11 53)および(58 1 71)の大円を緑線で,セル境界面の面法線の極点を緑×印で示している。セルαおよびβの(101)面の面法線となる[101]極点はセル境界面の[61 11 53]/[58 1 71]極点に近いことがそれぞれのステレオ投影図からも読み取ることができ,セル境界面はセルαおよびβ両者の(101)面に近いことがわかる。セル間の方位差を生じる回転軸は,図中の青×印で示す方位であり,方位回転軸がセル境界面に平行に近いことから,セル境界は傾角粒界に近い性格を有しているといえる。ここで,このセル境界が繰り返し変形中の活動転位の集積によって形成されたと仮定したとき,(101)傾角粒界に相当するセル境界が形成可能かを検討する。一般的に傾角粒界が一種類のバーガースベクトルの刃状転位列によって構成される幾何学的モデルはよく知られているものの,ここで着目しているセル境界が,純粋な傾角粒界からずれていることを考慮すると,セル境界を構成する転位は,両側のセルからそれぞれ独立に供給される転位と考えるのが合理的であろう。活動すべり系のバーガースベクトルは,どちらのセルにおいても
Stereo graphic projections of (a) cell α and (b) cell β in Fig.8. (c)Overlapped stereographic projection of (211) slip plane of cell α and (112) slip plane of cell β.
続いて,転位線方向とセル境界面との幾何学的関係を議論するために,すべり面を考察する。上で導いた転位のバーガースベクトルの組み合わせ候補が妥当であるには,転位線方向とセル境界面の平行関係が満たされることも条件となる。Shutoら28)はFe-3 mass%Si合金多結晶材の室温での疲労試験において,すべり面として{112}が活動することを示している。本研究でもb1およびb2の転位の活動すべり面として{112}を仮定すると,(112)面もしくは(211)面がすべり面候補となる。セルαでは,(211)[111]すべり系が活動し,セルβでは,(112)[111]すべり系が活動したとして,ステレオ投影図上にそれらすべり面を描くことができる。これらすべり面がCBIIのセル境界面でどのように交わるか,またその交線の極点とセル境界面との幾何学関係を検討するため,セルαの(211)面(赤線),セルβの(112)面(橙線)およびセル境界面(緑線)それぞれの大円を重ねたものをFig.10(c)に示す。これより,セルαの(211)面,セルβの(112)面,そしてCBIIのセル境界面が一つの交線上で交わることがわかる。これは,上で仮定した二つのすべり系の転位線が一つのセル境界面上で共に平行に存在する幾何学条件が成り立つことを意味する。すなわち,二つのセルからすべり系の異なる転位がそれぞれ供給され,二つのすべり面の交線上に転位線が配列してセル境界を形成したとして,幾何学的矛盾なく説明することができる。このとき,境界面に配列する転位が純粋な刃状転位であれば,形成されるセル境界は純粋な傾角粒界となる。しかし,上の幾何学で転位線方向とバーガースベクトルは直交しないため,刃状成分とらせん成分を共に含んだ混合転位と解釈するのが妥当といえる。その成分比を混合転位の転位線方向とバーガースベクトルの成す角θbを用いて幾何学的に求めると,
(1) |
となる。セルα,βそれぞれから供給される転位の成分比を見積もると,セルαから供給されるb1転位は刃状成分57%,らせん成分43%の混合転位となる。これに対し,セルβから供給されるb2転位は刃状成分68%,らせん成分32%の混合転位となり,いずれも刃状成分の割合が高い混合転位であることが予測できる。この結果は,実際に観察されたセル境界面が傾角粒界に近い性格を有することと矛盾しない。同時に,セル境界と方位回転軸が厳密に平行とならなかったことは,セル境界を構成する転位が刃状成分とらせん成分を含む混合転位であることの証左の一つであるといえる。これらのことから,疲労の進行に伴い,き裂先端塑性域において,き裂に先行してセル境界が形成され,その境界内での転位密度が増加しセル境界が発達して行くことにより,セル境界に沿ったき裂進展が生じるといえる。よって,き裂の進展方向は,マクロには変形帯に沿った方向であり,ミクロには方位差の大きく発達したセル境界に沿った方向に支配されると予測できる。
Fe-3 mass%Si合金に対して塑性ひずみ振幅εpl=6.0×10-3で室温疲労試験を行い,転位組織をSEM-ECCI法およびEBSD法にて観察を行った結果,以下のことが明らかとなった。
(1)疲労初期には結晶粒界近傍の変形拘束によりCRRが複数形成され,疲労の進行に伴いCRRは数百ミクロン幅まで発達する。CRRの内部には幅数ミクロンのDBが形成され,さらにその内部は幅数百ナノメートルのCBで構成される。これは疲労の進行に伴い転位組織がマクロからミクロに向かって階層的にセル組織へと発達したことを示している。
(2)き裂はCRRが形成された場所に発生したと予測され,き裂先端にはき裂の進展方向と平行なDBがCRRを貫通するように発達していた。また,き裂近傍には階層的に発達したCRR内のCBとは異なる伸長したセルと微細なセルが形成されており,疲労の進行に伴いこれらセル境界の方位差が増大してき裂発生に至ると予測できることから,CRRを貫通するDB内で発達したセル組織がき裂発生に強く関与すると結論できる。
(3)き裂先端塑性域のDB内では,伸長したCBIの形成後に,これに置き換わるような新たなセル組織CBIIがき裂の進展方向と平行に伸長して形成されていた。このCBIIの境界は{110}面とほぼ平行かつ傾角粒界の性格を有しており,このセル境界を挟んで隣り合うセルの活動すべり系の幾何学的関係からその形成面と形成過程を説明することができる。
(4)疲労に伴う転位密度の増加により,き裂に先行して形成されるCBIIのセル境界が発達し,セル境界に沿ったき裂進展が生じる。そのため,き裂のマクロな進展方向は変形帯に沿った方向であり,ミクロな進展方向は,方位差が顕著に大きなセル境界に沿った方向に支配されると予測できる。
本研究は,一般社団法人日本鉄鋼協会第30回鉄鋼研究振興助成の支援により実施したものである。特記して謝意を表す。本研究で利用したFIB加工装置は,文部科学省先端研究基盤共用促進事業(新たな共用システム導入支援プログラム)JPMXS0420900521で共用された機器である。