2023 Volume 109 Issue 2 Pages 87-105
Studies on the oxide scale in hot-rolling process are reviewed. This paper outlines scale formation and the effects of alloying elements on scale formation, scale behaviour in hot-rolling processes such as rolling and descaling, blistering phenomenon, red scale, whisker generation, scale transformation, and Cu-induced hot shortness.
鉄鋼製品には表面疵や模様がないという表面品質が求められる。鋼材表面に高温酸化によって生成する酸化皮膜(以下スケールと記す)が表面疵の原因となる場合がある。鉄鋼製品の歩留まり落ちの約1/3がスケール起因であるという報告(Fig.11))がある。
An example of yield loss of steel sheet products1).
スケールが起因する表面疵の多くは熱間圧延で発生する。熱間圧延では鋼材を所定の形状や寸法や材質とするように圧延される。スケールが鋼材と一緒に圧延により引き延ばされれば表面疵は発生しないものの,スケールと鋼材の機械特性が異なるため,あるいはスケールと鋼材との密着性が保たれない場合には,スケールは不均一に変形して外観状の疵となる。赤熱脆性のようにスケールが起因して鋼材が均一に変形しない場合や,熱間圧延終了後に矯正や加工時を加える等してスケールが不均一に剥離する場合や,ウイスカーのようにスケール自体が平滑な膜とならない場合にも外観不良となる。代表的なスケール疵の外観,発生形態,発生原因,防止策が整理されている2)。
本論文では,鋼材表面の造り込みに携わる技術者・研究者を対象に,鋼材表面疵に関連するこれまでのスケール研究を概説し,スケールの制御を考えるための基礎知識を得られること,また紹介する論文を読むことでさらなる理解ができるようにと考えた。代表的な研究例は入れているものの,引用できなかったものも多い。興味のある研究分野では,研究者名から検索することで,関連する研究を調べてほしい。なお,鋼の高温スケールに関してはこれまでにも鉄鋼便覧3)やTaniguchiのレビュー論文4)等優れた解説記事があり,それらも参考にしてほしい。
鉄の上に生成するスケール問題を考察するには,スケールに関する基礎的事項の理解が有用である。
2・1 鉄-酸素(Fe-O)状態図鋼の上に生成するスケールはヘマタイト(Fe2O3),マグネタイト(Fe3O4),ウスタイト(FeO)の三つの酸化物で構成される。スケールは一般にこれらの酸化物が層状になって構成されている。これらの酸化物の性質が異なること,定常的なスケール生成時あるいはスケール生成時の雰囲気等の環境が変化する場合に,これらの酸化物間での相変化が常にあるいは容易に起きることを理解しておくことも重要である。
Fig.2にFe-Oの状態図5)を示す。ヘマタイトは成分範囲が極めて狭い。マグネタイトはFe3O4の化学量論組成から若干Fe側に存在領域を持つ。ウスタイトはFeOの化学量論組成からFe側に広がった非化学量論組成を持つ。これは酸化物の欠陥構造によるもので,スケールの特性に影響する。また,ウスタイトは570°C以上でのみで安定である。従って,570°C以上ではヘマタイト,マグネタイト,ウスタイトの三層構造のスケールが生成し,570°C以下ではヘマタイト,マグネタイトの二層構造のスケールが生成する。薄板の熱間圧延の場合のように,570°C以上で生成したスケールが徐冷される場合には,後述するようにスケールはウスタイトから変態した組織となる場合がある。
Fe-O phase diagram5).
大気中でのように酸素が十分にある環境では,ヘマタイト,マグネタイト,ウスタイトからなる三層構造のスケールが生成する。この場合スケールの成長は時間の1/2乗に比例する放物線則で成長する。純鉄や合金元素の含有量の少ない鋼の場合の放物線速度定数(kp)に関する多くの報告があり,Sheasbyら6)やChen and Yuen7)が整理して近似式をアーレニウスの式で示している(Table 1)。
(1) |
(2) |
ここで,kp0: 頻度因子,w: 酸化による質量増加,t: 時間,E: 活性化エネルギー,R: 気体定数,T: 温度である。式(1)のように用いられる単位には,酸化により取り込まれる酸素による単位面積あたりの質量増加を表す単位[g cm-2]を用いる場合が多い。この値を7300倍することでおおよそのスケールの厚み[μm]に換算することができる。Table1の近似式をプロットすると,放物線則でのスケール厚は,酸化温度が100°C高くなるとスケール厚はおよそ2倍になることがわかり,この関係を覚えておけば,製造現場や実験時のスケールに関する問題を考える上で便利である。
スケールの成長機構をFig.38)に示す。各酸化物の性質により酸化物内を拡散する元素が異なる。ヘマタイト内では鉄(Fe)イオンと酸素(O)イオンの両方が,マグネタイト内とウスタイト内ではFeイオンが外方に拡散して成長する。従って,三層構造のスケールが生成する場合,Oと最初に結合してできるFe酸化物はヘマタイトの表面だけでなくヘマタイト/マグネタイト界面でも生成する。ヘマタイト層下部ではマグネタイトへ還元し,マグネタイト層下部がウスタイトへ還元することで,スケールは成長する。これらの還元反応は体積膨張を伴うために,スケール成長時にスケール内に圧縮応力が作用する9)。スケール生成は全体としては酸化反応であるが,スケール内では酸化物の還元が常に進行している。
Oxidation mechanism of iron to form a three-layer scale of FeO, Fe3O4, and F2O3 above 570°C8).
一方,酸化初期でスケールが薄い場合や低酸素濃度の雰囲気ではウスタイト単層のスケールが生成する場合もある。酸化反応による鋼材表面での酸素の消費に対して,鋼表面への酸素(O2)ガスの供給が律速となり,ウスタイト単層のスケールが生成し,その成長は時間に比例して成長する直線則に従う。この場合では酸化速度は酸素濃度に比例し,温度の影響は小さい10,11)。また,スケールの成長速度はガス流速に依存し11,12),気相拡散モデル13)で簡易的に説明される。
2・3 合金元素の挙動とその影響鉄(Fe)の酸化に及ぼす合金元素の影響を椙山が調査している14)。炭素(C),ケイ素(Si),マンガン(Mn),アルミニウム(Al),クロム(Cr),ニッケル(Ni),銅(Cu),コバルト(Co)の元素が1mass%以下の含有量であれば,生成するスケール厚には大きく影響しない。
一方,スケールの特性に合金元素は大きく影響する。スケールが生成する際の合金元素の影響を考える際に,スケール生成時に合金元素がどのように分布するかを考える必要がある。まず,それぞれの元素の酸素(O)との親和性を考えることが重要であり,エリンガム図を用いるのが便利である。FeよりOとの親和性の高い(卑な)元素であるC, Si, Mn,リン(P),Cr, Al等の元素は酸化物で存在し,FeよりOとの親和性の低い(貴な)硫黄(S),Ni等の元素は金属状や酸化物以外で存在する。さらに元素の分布状態は酸化物の状態図を用いて考えることができる。
次に,代表的な元素の挙動と作用に関して説明する。CはFeより卑な元素でスケール/鋼界面で一酸化炭素(CO),二酸化炭素(CO2)のガスになり,スケールをこれらのガスが透過する場合にFig.415)に示すようにスケール下部で鋼の脱炭が進行する15)。またこれらのガスの圧力によりブリスタリングとよばれるスケールの剥離が起きるという考えも示されている16,17)。
Mechanism of decarburization of plain carbon steel with simultaneous scaling15).
SiはFeより卑な元素であり,スケール/鋼界面にファイアライト(Fe2SiO4)として存在する。ファイアライトはウスタイトとの間で1170°Cの共晶点をもつことから,この温度以上ではFe-Si-Oの液相が形成され,その後のデスケーリングが困難となり,デスケーリングされずに付着したスケールが圧延されることで後述する赤スケールとよばれるスケール疵が発生する18)。
CuはFeより貴な元素でγ鉄(γ-Fe)に1100°Cで7%程度の固溶限を持つ,スケール/鋼界面に金属Cuとして析出する。Cuの融点が1083°Cであることからそれ以上の温度では液相の銅として存在し,後述する赤熱脆性を引き起こすことが知られている19,20)。
NiはFeより貴な元素でγ-Feに全率固溶する元素であるため,スケール/鋼界面の鋼内部に濃化して分布し,スケール/鋼界面の凹凸を形成させる。Niの含有量が多い場合にはスケールの密着性が高くなりデスケーリングが困難となり,表面疵の原因となることが知られている21,22)。Fukagawa and Fujikawa21)はスケール/鋼界面の凹凸形成機構として,スケール/鋼界面近傍の鋼内部にFeより貴なNiやCuが濃化した部位にFeが内部酸化し,酸化の進行により内部酸化物がスケールとつながることで凹凸を形成すると説明している。
2・4 鉄酸化物の物性鉄酸化物の物性の把握はスケールが関連する課題を考える上で重要である。硬さや降伏応力に関して,Matsuno and Nishikida23)が報告している。マグネタイト粉末と鉄粉末を高温の真空中で圧縮して作製したウスタイト単体の試料を,ビッカース硬さ試験と三点曲げ試験にて,ビッカース硬さ(Fig.523))と降伏応力を示している。温度が高くなるにしたがって軟らかくなり,900°Cでは鋼と逆転するほど軟らかくなることを示している。さらにウスタイトにMnが固溶した場合に関しても報告している24)。
Vickers hardness of wustite and iron23).
ヤング率に関しては,Sakaiら25)が,酸化した鋼材に共振法を用いてウスタイトのヤング率を求めている。ウスタイトは1000°Cで80GPa,ヘマタイトは1000°Cで180GPaは程度の値を示している(Fig.625))。
Young modulus of wustite, hematite, and iron25).
高温での鉄酸化物の変形挙動をHidakaら26)は調査している。純鉄を完全に酸化した酸化物試料を用い,ウスタイト,マグネタイト,ヘマタイトの引張試験を行っている。一般に酸化物は脆いと考えられているものの,Fig.726)に示すようにウスタイトは700°C以上で,マグネタイトは800°C以上で塑性変形をすることを報告している。一方,ヘマタイトは1200°Cまでの温度でも脆性的に破壊する。Hidakaらの実験は比較的遅いひずみ速度の条件での結果であり,圧延のような比較的速いひずみ速度条件での変形挙動の把握が求められる。
Stress-strain curves of the tensile test of iron oxides at high temperatures for the strain rate of 2.0×10−4 s−1. (a) α-Fe2O3 (b)γ-Fe3O4 (c) FeO26).
鉄酸化物の比熱に関してはSlowikら27)がデータを示しており,酸化物の種類によって異なっている。生成するスケールのほとんどはウスタイトであるため単純な熱伝導を考える場合は,ウスタイトと考えて問題ないと考えられるが,鋼材がロールと接触した瞬間を考えると,接触界面の温度は両物質の熱伝導率と比熱に依存することから,最表層の酸化物が何であるかとその物性値が重要である。
鉄酸化物の熱伝導率は鋼材の冷却や圧延時の表面温度の低下を予測する上で重要である。熱伝導率に関してもSlowikら27)が報告している。金属のFeに比べておおよそ1オーダー小さな値である。焼結体での測定例もあり28,29),値は若干異なっている。Liらはレーザーフラッシュ法にてウスタイト(Fig.830))とマグネタイト31)の熱拡散率と熱伝導率を測定している。また,鉄酸化物の線膨張係数はTakedaらによって測定されている29)。
Corrected thermal conductivity of FeO from the measured values30).
スケールが剥離した状態で圧延されるとスケール疵の原因となるため,スケールの密着性に関する理解も重要である。常温でのスケールの密着性を評価する方法がいくつか報告されている。まず,スケールが生成している鋼材を曲げあるいは引張り等の加工を加えて,スケールの剥離面積を求める方法である。この方法はスケール密着性の定性的な把握はできるものの,密着性の定量性には劣る欠点がある。もうひとつの方法として,接着剤で治具をスケールに張り付け,治具を引き離すことでスケールを剥離させる手法である32)。この方法は定量的な密着力を測定できる反面,接着材の接着強度より高い密着力を測定することは不可能である。引張試験を用いてスケールの密着エネルギーが定量的に求められている。Chandra-ambhorn and Klubvihok33)は18-240 Jm-2,Yamadaら34)は1.7-36 Jm-2の値を求めている。これらは常温での値であり,熱間圧延が施される高温域への展開が期待される。
スケール起因の表面疵を考える場合,高温状態でのスケールの密着性を議論する必要があり,さまざまな高温でのスケール密着性評価手法が提案されている。定性的な評価手法として, Okada35)は分割した二つの鋼材を接近させて酸化させ,生成したスケールが一体化した後に,二つの鋼材を引き離した場合のスケールの残存形態から,スケールの密着性を定性的に示す試みを示している。また,Takedaら36)は,酸化した鋼材試験片を圧縮する際にスケールが剥離する面積割合を測定する手法を提案し,スケール内のボイドの面積割合とスケールの密着性に関係があることを示している。Krzyzanowsiki and Beynon37)は高温で酸化した試料の引張試験を行い,スケールに縦割れが発生する場合と,スケール/鋼界面でのスケールの剥離が起きる場合があることに着目し,それらの現象が遷移する温度域から鋼材に生成スケールの密着性を定性的に求めることができると推定している。
スケールの密着力を求める定量的な評価手法として,Moritaら38)は酸化前の鋼材表面にボルトを置き,酸化によりボルトがスケールに埋め込まれた後に,ボルトにつけたワイヤーを引き上げて,スケールが剥離する時の荷重からスケールの密着力を定量的に求めている。1000°C程度の高温でのスケールの密着力が0.01~0.03 MPaであることや,温度と鋼中のSi濃度に密着力が影響していることを示している。しかし,本手法ではボルトがスケールに埋め込まれるほど厚いスケールを生成させる必要がある。また,Kushidaら39)は,分割した鋼材を離した状態で酸化させ,両試験片の相対する面を合わせて強く押しつけることでスケールを接着させ,引き離す時の荷重を測定し,スケールの破壊や剥離挙動を数値的に模擬して,スケールの剥離の瞬間の荷重を求める手法を示している(Fig.939))。この場合,900°Cで15~50 MPa程度の荷重となっており,Moritaらの求めた値よりもオーダーの異なる大きな値となっている。さらにKondo and Tanei40)はKushidaらと同様に二つの試験片のスケールを用い,強く押し当てることなく酸化により二つの試験片のスケールを一体化させた後に,機械的にスケールを剥離させる時の最大荷重を測定し,スケールの密着力が1 MPa程度であることを求めている。これらの手法では測定方法により密着力のオーダーが異なっており,より正確な測定方法の確立が求められる。
Experimental method to obtain exfoliating stress between scale and steel39).
高温での金属の酸化中さらには冷却中の高温酸化皮膜の剥離挙動を,アコースティックエミッション(AE)を用いて測定する手法が用いられている。TaniguchiらはSi含有鋼のスケールの冷却中の剥離挙動の調査に適用し,FeO-Fe2SiO4の共晶温度の上の温度で酸化した場合と,共晶点の下の温度で酸化した場合とではスケールの剥離挙動が異なることを示している41)。
熱間圧延時のスケールの変形に関しても多くの研究例がある。実機の熱間圧延ラインと比較して実験室での圧延は速度が遅く,圧延時のスケールと鋼材の温度低下が大きい。これを回避するために,Filatovら42)は鋼材でスケールを鋼材間にサンドイッチ状に挟んで圧延する実験を行い,900°C以上の高温域ではスケールが一様に伸び,低温では脆性的に破壊されることを示している(Fig.1042))。Okada35)はスケールの熱間圧延時の挙動を実験的に調べている。スケール厚が10 μm程度と薄い場合,圧延後の表面はマクロ的には滑らかな外観を示すものの,顕微鏡で表面あるいは断面を観察すると,スケールの粒界に沿ったスケールを厚み方向に貫通する細かい割れが発生していることを示している。一方,スケールが厚くなるとマクロな外観で確認できる幅の広い割れが発生する。このように大きな割れが発生する場合と表面が平滑になる場合の境界を温度とスケール厚の関係で示しており,900°Cでおおよそ8 μmの厚みである(Fig.1135))。
Rolling experimental results of three-layer sandwich specimens42). (a) Deformation behaviour of scale. (b) Cross section of the rolled specimen at 800°C with 60% reduction. (c) Cross section of the rolled specimen at 1050°C with 40% reduction.
Scale behavior by rolling at high temperatures35). (a) Oxide scale after rolling. (b) Effects of scale thickness and temperature on scale cracking behaviour.
Okada35)は,さらにスケールが厚い場合でのスケールが粉状に粉砕されて圧延される領域を,同じく温度とスケール厚の関係で示しており(Fig.1235)),900°C以下では20 μm以上の厚みで粉砕されるとしている。大気中の圧延では粉砕されたスケールがヘマタイトとなるために赤くなり,赤スケールの原因になると考えられている18)。Utsunomiyaら43)はスケール厚を変えた鋼材の熱間圧延実験を行い,スケールが厚い場合に熱間圧延時スケールが分断されるのは,スケールの熱伝導率が比較的低く,低温の圧延ロールとの接触でスケール表面がウスタイトの脆性域に入るためと推定し,スケールが分断するスケール厚の温度依存性を求めている。
Rolling conditions of red surface view of steel surface35). (a) Effect of rolling temperature. (b) Effect of scale thickness.
スケールの圧延挙動を観察するには,圧延終了後にスケール状態を凍結する必要がある。スケールの凍結には剥離やさらなる酸化を抑制する手段が取られる。一般には急速に冷却する手法が取られるが,この方法ではスケールが剥離するおそれがある。これを回避するために圧延実験を真空中で行う手法が提案されている。Segawa44)は真空チャンバー内で,酸化物試料を酸化源として鋼材を酸化させ,それを熱間圧延することで圧延後のスケール組織を保存できるとしている。また,Haraら45)は圧延直後にガラス酸化物で表面を覆うことで圧延後のスケール組織を凍結できる手法を確立している。この手法を用いてUtsunomiyaら46)は圧延時にスケールがスケール/鋼界面で滑る現象があることを確認しており,スケールが圧延時の摩擦係数低減に寄与するメカニズムであると推定している。
4・2 圧延挙動の解析的研究圧延時のスケールの挙動を解析的にシミュレーション手法も報告されている。Krzyzanowski and Beynon37,47)は,有限要素法(FEM)を用いた数値シミュレーションを試みている。圧延時の熱伝導,スケールの変形/破壊,スケールの密着/剥離,スケールの界面での滑り等の現象を考慮している。モデルはマクロなモデルとミクロなモデルとからなり,マクロモデルにて温度と応力を解き,その解を内挿してミクロモデルに移している。スケールのクラック生成は予めクラック発生可能位置を想定してメッシュを作成し,破壊条件を超えた段階でメッシュ間が分離する設定としている。スケール内のボイド等も観察結果からメッシュ構成に反映させている。また,これらの現象を模擬するにはスケールおよびスケール/鋼界面の高温での機械特性が必要となる。具体的には,スケールのヤング率,スケールの破壊靭性,スケール/鋼界面の密着性や滑り挙動であり,Krzyzanowski and Beynon37,47)は酸化した鋼材の引張実験からスケールの密着性を推定するなど,実験と数値計算からこれらの値を推定している。また,スケール厚が異なる場合での圧延挙動のシミュレーション結果を示しており,スケールが厚いほど割れが大きく,大きな割れが発生した場合に,割れに鋼が押し込まれて,界面凹凸が発生することで疵の原因になると報告している(Fig.1337))。このような数値シミュレーションはいくつかの研究グループが採用し始め,Picqueら48)はスケール疵が発生するスケール厚条件を導き出している。これらの結果を利用するにはシミュレーションに用いたスケールの機械特性値が妥当であること,さらには計算前提としてどのようなスケール組織を仮定しているかを理解しておくことが重要と考えられる。
An example FEM simulation of steel surface at high temperature37).
熱間圧延ライン工程の途中でのスケール厚を推定するために,スケール厚のシミュレーション手法が取られる。上記で示したように比較的酸素濃度の高い大気雰囲気の場合,Feの酸化はほぼ放物線則で成長する。熱間圧延ラインの仕上圧延工程でのスケール厚を放物線則で求めている。高圧デスケーリングがある場合はそこでスケール厚がゼロになるとし,圧延時にはスケール厚が圧下率に応じて厚みが減じると仮定している49)。
4・3 デスケーリング高圧水でのスケールのデスケーリングは,デスケーリング不良があった場合,表面疵に直結するために重要な工程である。高圧水でのデスケーリング機構に関しても研究されている。
Raudenskyら50)は,実験と数値シミュレーションを組み合わせて高圧デスケーリングのスケール剥離機構を推定している。高圧水デスケーリング時の圧力測定とその時の温度測定を行い,逆問題解析手法から熱伝達係数を推定している。また温度分布と応力分布を数値計算することにより,高圧水の衝突によるスケール表面での急激な温度勾配の生成が原因となり,スケール表面に引張応力に起因する亀裂が発生し,亀裂内に侵入した水が蒸発することによる圧力でスケールが剥離するという高圧水デスケーリングの機構を提案している。Okada51)は高温の炉内に少量の高圧水を打ち込む実験方法を考案し,高圧デスケーリング機構を調査している。1060°Cで所定時間鋼材試験片を酸化させた後に,窒素雰囲気で0~10秒の短時間の高圧デスケーリングを,高圧水の噴射圧力を変えて実験している。その結果,スケールの剥離開始条件は高圧水の衝突エネルギーで決まり,剥離面積は熱衝撃によって決まる(Fig.1451))ことから,剥離起点の生成は機械的な作用が主で,その後の剥離には熱応力が主な作用機構であると結論している。
Study on hydraulic descaling51). (a) Experimental apparatus. (b) Effect of water jet energy on removed scale area by the descaling. (c) Effect of flow rate on removed scale are by the descaling.
鋼材を短時間酸化させると,ブリスタリングと呼ばれる円形の膨れが発生する場合がある。熱間圧延中にブリスタリングが発生して,その後圧延されると,スケールが押し込まれて表面疵となる。熱間圧延では高圧デスケーリングと仕上圧延機の間,あるいは仕上圧延機内でブリスタリング発生するとウロコスケールなどと呼ばれる表面疵となる2)。ブリスタリングの抑制を目的に,ブリスタリング現象に関する多くの研究がなされている。
ブリスタリングの発生する条件が酸化温度と時間で整理されている。Matsuno52)は恒温状態で試料を酸化させた時の,ブリスタリング発生の温度と開始時間との関係を整理し,950°Cで最も発生開始時間が短く,それよりも温度が高い場合でも低い場合でも発生時間が長くなることを示している(Fig.1552))。Kizuら53)はブリスタリング発生開始時間に及ぼす添加合金元素量の影響を求め,C, Mn, Pは発生開始時間を短くし,Sは発生開始時間を長くし,Siは温度によって影響が異なることを示している(Fig.1663))。Chen and Yuen54)は短時間での鋼の酸化挙動を調査している。スケール生成には,表面が粗いウスタイト単層のスケールが生成する場合と,表面が平滑なヘマタイト,マグネタイト,ウスタイトの三層構造からなるスケールが生成する場合とがあり,ブリスタリングは表面が平滑な領域にのみ発生することを示している(Fig.1754))。
Blistering behaviour at the isothermal oxidation52).
Effect of Si, Mn, and P contents and oxidation temperature on the blistering onset time53).
Surface appearance of the samples oxidized at 1180°C54). Oxidation durations for the samples from left to right were 6,12,18,24,30,42,and 60 s, respectively.
ブリスタリングの発生機構として大きくガス発生によるものとスケールの成長応力に起因するものが提案されている。
鋼の上にスケールが生成する場合,スケール下部では鋼中の炭素(C)が酸化され脱炭が進行することが一般に知られており15),CO,CO2ガスがスケール下部で発生すると考えられている。Modin and Tholander16)は,電解鉄に対してC濃度の高い鋼ではブリスタリングが発生することからCO,CO2ガスの発生がブリスタリングの原因と推定している。Kondoら17)は薄い試料で片面のみを酸化させて試料の反りからスケールの応力状態を観察する実験により,ブリスタリング発生時にはスケールに引張応力が作用することを示し,ブリスタリングの発生原因がスケール内の圧縮応力が原因とは考えがたく,スケール下部からのガス発生が必要であると推定している。
鋼の上にスケールが生成する場合,スケールに圧縮応力が発生することも知られている9)。Griffith55)は多くの実験結果からブリスタリングの発生にスケールの成長応力が関与し,それに加えて非酸化性ガスが補助的な作用を及ぼしていると推定している。Matsuno52)はブリスタリングの発生に温度条件が大きく関与していることから,スケールが生成する際の応力の発生がブリスタリング発生の原因であると推定している。スケールの密着性の温度依存性があること,さらに高温ほどスケールの応力緩和が起きやすく低温ではスケールの成長速度が遅くなると考えられることから,ブリスタリング発生開始時間がCカーブになると説明している(Fig.1852))。さらに等温での酸化と比較して,冷却しながら酸化させた場合にブリスタリング発生開始時間が短くなる(Fig.1952))のは,冷却時の熱応力がスケール内の成長応力に加わるためと推定し,ブリスタリング発生がスケール内に作用する圧縮応力に起因するものと説明している。Kizuら53)は,スケールの集合組織とブリスタリングの発生時間との関係からブリスタリングの発生原因を推定している。ウスタイトの主方位である{100}方位に対して,{111}や{110}方位が増加するとブリスタリングの発生時間が短くなっており,この結果からスケールの成長応力がブリスタリングの発生原因であると推定している。Kimら56)はCを添加した鋼およびC, Siを添加した鋼を用い,ブリスタリングの発生面積を定量的に求める実験を行い,950°C以下ではスケール内の応力発生が顕著であり,それ以上ではウスタイトの塑性変形により応力は低下し,1100°C以上の温度域ではCO,CO2のガス発生が顕著になり,ブリスタリング発生面積の温度依存性を説明できるとしている。これらの研究はスケール内の応力等を定性的に説明しているものであり,定量的な検討や考察が今後期待される。
Schematic illustration of blistering behaviour at isothermal condition52).
Blistering behaviour of scale at the oxidation during the cooling condition52).
鋼の高強度化に伴いSiを含有する場合が多くなっている。鋼がSiを含有する場合に赤スケールとよばれる表面疵が発生する(Fig.2057))場合がある。
An appearance of red scale57).
赤スケールの発生は次のように説明されている。圧延前のスケールが比較的厚い場合にはSi含有量に関わらずスケールは圧延により細かく粉砕され,表層の粉状のヘマタイトが赤い外観となる18,58)。Siを含有する鋼はFeO-Fe2SiO4の共晶点を超えて液相化したFe-Si酸化物が共晶点以下で固化した場合にデスケーリングが困難になる18)。この難デスケーリング性に,通常の鋼に含まれているレベルの0.01%程度の微量のNiがスケール/鋼を凹凸形成の作用を与えてデスケーリングを困難にしていること59)が示されている。
赤スケールの抑制技術としてOkada は,加熱炉で生成する一次スケールが除去された後,高いSiを含有する鋼では二次スケールの成長が遅いこと60)や,二次スケールが薄いとデスケーリングしにくいものの,二次スケールが厚くなるとデスケーリングしやすくなること61)を見出し,熱間圧延時の仕上げ圧延前に鋼材を1150°C以上に再加熱することで赤スケールを抑制できる62)と報告している。Fig.2157)は実機での赤スケールの抑制効果を示す図である。
Effect of temperature after bar heating on red scale are ratio57).
赤い外観のスケール疵に鉄酸化物ウイスカー(whisker)発生によるものもある。圧延や鋼材の熱処理時に鋼材のスケール表面にミクロ的に髭状のウイスカーとよばれる酸化物が生成する場合がある(Fig.2263))。表面が粉を吹いた様相であり,触ると赤い粉を拭き取ることができる。
Iron oxide whisker formed at 450°C63).
ウイスカーの発生傾向に関して以下の報告がある。Vossら64)はこれまでの報告から,ウイスカーは800°C前後の温度域での酸化で発生しやすい傾向があるものの,400-900°Cの広い温度範囲で発生することを示している。Takagi65)は各温度での酸化時間とウイスカー長さは時間の0.3乗に比例し,その成長速度は700-750°Cで最大値となることを示している。Gulbransen and Copan63)の熱処理や冷間加工の前処理条件によってウイスカーの形態が異なり,針状,ブレード上,円盤状の形態をとることを示している(Fig.2366))。
Various localized oxide formation in the oxidation of iron66).
ウイスカーの成長機構と発生機構に関して以下の報告がある。ウイスカーの成長機構に関して,短時間で比較的長いひげ状に成長することからRapp67)はウイスカー内部にある“dislocation pipe”を通してFeイオンがパイプ拡散する機構を提案している。ウイスカーの発生機構に関して,Takagi65)はヘマタイト層中に発生する圧縮応力に起因して生成するらせん転位に起因していると推定している。Moritaka and Koizumi68)は線材圧延時のウイスカー発生を,水冷後の復熱過程でスケール表面に圧縮応力が作用するためと推定している。近年はウイスカーに関する報告は少なく,製造現場でのウイスカー発生を考えるためにもさらなる研究が必要である。
ウスタイトの変態挙動の理解はスケールが付着したいわゆる黒皮付きの薄鋼板の外観にとって重要な研究課題である。
まず,薄鋼板のスケールは主にウスタイトからの共析変態組織からなっている。薄鋼板の熱間圧延時に圧延終了した鋼材は600°C超の温度で巻き取られる場合が多く,ウスタイトの共析温度が570°Cであるため,冷却後の薄鋼板のスケールにはウスタイトは変態し,ほとんどがマグネタイトとFeからなる組織となる69)。Chen and Yuen70)は巻き取り温度とコイル位置に対応した薄鋼板のスケール組織を詳細に調査している。
次に,薄鋼板のスケールの密着性にスケールの構造が影響している。Kobayashiら71)は曲げによる手法でウスタイトを変態させた後のスケールの密着性を評価し,Fig.2471)に示すようにスケール下部にマグネタイトが生成しやすい400°Cで変態する場合に,スケールの密着性が高くなると報告している。このスケール下部のマグネタイト層はマグネタイトシームとよばれており,マグネタイトシームを生成させることが薄鋼板のスケール密着性向上には重要と考えられている。Kobayashiらはさらにマグネタイトシームの結晶と鋼の結晶の整合性が高いことが密着性向上の原因と推定している71)。マグネタイトシームのスケール密着性への影響に関して論文で公開されているのはラボ実験のデータしかなく,実際の薄鋼板でのデータで補強する必要があると考えられる。
Effect of continuous cooling starting temperature after the scale formation at 800°C on peeled scale weight after bending tests71).
ウスタイトの変態挙動は産業上の重要性も高く多くの研究がなされている。ここではスケールの密着性を考える上で重要なマグネタイトシームの生成に関連する研究を紹介する。
等温での変態挙動を表すTTT線図(Time-Temperature Transformation Diagram)が示されている。Baudら72)は,純鉄を用い900°Cで酸化させた試料を大気中で等温変態させる実験を行い,Fig.2572)のような恒温変態線図(TTT線図)を作成している。400°C前後で変態が早く開始する。300~500°Cの温度域では,初めに粒状のマグネタイトが析出し,その後,Fig.2672)に示すように,スケール/鋼界面において層状のマグネタイトシームが析出するとしている。Okadaら73)やGleesonら74)も400°C近傍で変態が早く開始することやマグネタイトシームが形成しやすいことを報告している。Chen and Yuen75)は連続冷却時のウスタイトの変態挙動を調査し,5-10°C/min以下の比較的遅い冷却速度で層状のマグネタイト(マグネタイトシーム)が生成することを示している。
Time-temperature transformation diagram of the scale formed at 900°C on a pure iron72). ■ Continuous film formation. ● Nuclei ▼ No decomposition visible with optical microscope.
Pure iron scale of 20 μm formed 900°C by isothermal treatment in an argon atmosphere at 450°C for 15 min72).
変態温度の組織への影響も調べられている。Okadaら73)は大気中で酸化した鋼材のスケールの変態挙動を調査し,500°C以上の比較的高温域では酸化で生成したマグネタイト層が厚くなることで変態が進行すること,360-500°Cの中程度の温度域では酸化で生成した表層のマグネタイトが厚くなるのと平行してスケール/鋼界面からマグネタイトシームが生成すること,360°C以下の比較的低温域では酸化したスケールのウスタイト層内に細かいマグネタイトが析出することを示している(Fig.2773))。Hayashiら76)は純鉄上に生成したスケールを用いさらに詳細に調査し,Okadaらと同様のマグネタイトの析出挙動を観察したのに加え,500°C以上の比較的高温では共析組織の形成はほとんどみられないこと,400-500°Cの中程度温度域ではマグネタイトシーム形成後に共析変態が起きること,320°Cの比較的低温域では酸化したスケール内のウスタイトから細かいマグネタイトが析出した後にウスタイトがFeとマグネタイトに共析変態することを示している(Fig.2876))。このようなマグネタイトの析出の仕方は,ウスタイトの共析温度である570°Cからの過冷度が小さい場合には核生成しにくいため酸化でできたマグネタイトが成長する形で成長し,過冷度が中程度の場合はウスタイト/鋼の相界面がマグネタイト析出の核生成サイトになり,過冷度が大きい場合には,スケール内でも核生成しやすいためと説明している73,76)。さらに,Otsukaら77)はIn-situでのX線回折を行い共析組織のマグネタイトの析出によりウスタイトが化学量論組成により近い(Fe-Oの状態図のウスタイトの存在域でよりFeに近い領域)組成に変化した後に進行することを明らかにしている。
Schematic illustration showing effect of temperature on transformation behaviour of oxide scale73). W in the figure shows FeO (wustite).
The TTT curves of FeO formed on Fe76).
薄鋼板の製造を考えると低酸素分圧領域での変態挙動が重要と考えられる。570°Cを超える温度で巻き取られたコイル内は酸素が枯渇した状態であり,化学量論組成により近いウスタイトに組成変化してから変態すると考えらえる。Tanei and Kondo78)は変態前にマグネタイトが存在しないウスタイト単層からの変態ではマグネタイトシームの出現が早くなると報告している。Hayashiら79)は純鉄上に生成したスケールの500°Cでの変態挙動に及ぼす酸素ポテンシャルの影響を調査し,マグネタイトシームの生成には酸素ポテンシャルは影響されないものの,低酸素ポテンシャルほどマグネタイトの析出が早く,共析組織の出現が遅れることを示している。今後,低酸素ポテンシャル領域でのより広い温度域での調査が望まれる。
地球環境問題の観点から赤熱脆性の問題が注目されている。高炉での鉄鋼製造と比較して,スクラップを鉄源として利用して電気炉にて製造する場合にはCO2の排出を抑えられるものの,スクラップに混入するCuやスズ(Sn)等のFeより貴な元素は精錬での除去が困難であり,リサイクルされる間にスクラップに濃縮して,熱間圧延の際に鋼材表面の割れを引き起こす赤熱脆性の問題がある20,80)。
赤熱脆性の機構は次のように説明されている。Cuを含む鋼材が加熱されて表面にスケールが生成される際に,Feが選択的に酸化され鋼中のCuは酸化されずにスケール/鋼界面に濃化し,γ-Fe中のCuの固溶限を超えると金属Cuとして析出する。一方,Cuの融点は1083°Cであるために,約1200°Cで加熱する熱間圧延の加熱時にはCuは液相として析出する。この状態で鋼材が圧延されると,鋼の結晶粒界に液相のCuが浸潤して,表面割れを生じる。
9・2 赤熱脆性に関する研究赤熱脆性に関してはShibataら80)による優れたレビューがあり,それも参考にするとよい。
9・2・1 赤熱脆性の発生機構Cuを含有する鋼を鍛造する時に表面が脆化する現象は古くから赤熱脆性として知られており,Cu以外にSn,アンチモン(Sb)が高温で液相域を持ちCuと同じ作用を持つ元素であること,赤熱脆性は1100°C前後の温度域で激しくなること等,基本的な発生機構が明らかされている20,81,82)。
Kajitaniら83)は引張試験の手法で低ひずみ領域での割れの進展を調査し,γ粒界への液相Cuの浸入により割れが進展する第一ステージと,割れが拡大する第二ステージがあることを示している。さらに,固体のFeと濡れ性のよい液相Cuが形成されることで割れが発生開始すること,割れの深さは液相Cu量で決まることも示している。
9・2・2 赤熱脆性への影響因子 (1)温度の影響Kajitaniら83)は0.2%Cuの鋼材においては,1050°C以上で割れが発生し1100°Cで割れが最も深く進展すること,Cu濃度が高くなると,割れ発生開始温度は1050°Cで変わらないものの割れが深くなる温度が高くなることを示している(Fig.2983))。Imaiら84)はスケールが生成する温度と引張試験で加工する温度を分けて実験し,引張試験を1100°Cと固定した場合,1200°C以上の酸化では赤熱脆性が発現しないのに対して,1100°C以下の酸化で赤熱脆性による割れが発生することから,酸化温度が影響することを示している。Hatanoら85)は1250°Cで加熱した後に1100~1200°Cに温度を下げて保持した場合,加工が施されなくとも割れが発生するのを確認している。これは高温で固溶していたCuが,温度低下により析出したためと推定している。またCuの粒界への侵入速度と鋼への拡散速度との相対的な関係に関しても考察している。
Temperature dependence of crack depth and width83).
赤熱脆性を抑制するNiの影響に関する多くの報告がある。Nicholson and Murray20)は,酸化実験と高温での曲げ試験を行い,赤熱脆性に及ぼす鋼中Cu濃度の影響とNi, Snの影響に関して調査しており,Cuが0.1%を超えると割れが発生すること,Snは赤熱脆性を助長するもののNiは赤熱脆性を抑制する作用があることを示している。これらの理由として,Snはγ-Fe中のCuの溶解度を下げ,Niはγ-Fe中のCuの溶解度を上げるためと推定している。また,スケール/鋼界面近傍のスケール内にCuが小さな粒状に取り込まれる現象(Occlusion)があることを示し,合金元素のSi, Mn, Alにはそれを促す作用があることを示している。Melford81)やImaiら84,86)もSnおよびNiに関して同様の影響を求めている。Akamatsuら87)はFe-Ni-Cuの状態図から液相Cuの出現機構を考察して,NiとCuの濃度比(Ni/Cu)が0.9を超えると液相が出現しなくなることを示し,Niによる赤熱脆性の抑制機構作用を定量的に示している。Chen and Yuen88)は薄スラブ連続鋳造の温度履歴を想定して,スケール生成時の液相Cuの析出状況を調査し,赤熱脆性の抑制にはCuがスケール下部の界面近傍に小さな塊として取り込まれるOcclusionが重要と考え,OcclusionにはNiが必要であり,臨界量のNiを含有させることで液相Cuの出現を抑えられることを示している。Weblerら89)は高温酸化実験で界面の液相Cuの析出量に対するNi濃度の影響を調査し,Ni添加はスケール/鋼界面の凹凸を形成することで,高濃度のNi領域の出現が拡散速度を変えて酸化速度に影響していると報告している。
Si,P,C等のその他の元素にも赤熱脆性の抑制作用があると報告されている。Kajitaniら83)は鋼のSi濃度が高くなると,脆化温度範囲が狭くなることを示し,これはFeO-Fe2SiO4の共晶点が1170°Cにあり,Fe-Si-Oの液相の酸化物が出現し,液相酸化物内に液相Cuが取り込まれるためと推定している。Hatano and Kunishige90)も鋼中のNi, Siの影響を調査している。0.1%程度のSi添加で赤熱脆性が抑えられることから,Kajitaniらとは異なり,Si添加によりスケール/鋼界面の凹凸が激しくなり,スケール内へのCuの取り込み(Occlusion)が増えるためと推定している。Seoら91,92)は鋼中のSi, Pの影響を調査し,Si,Pの単独添加でも赤熱脆性の抑制効果があり,両者の複合添加ではさらに効果が強まることを示している。組織観察からこれらの元素添加で界面の析出Cu量が減少することを示している。この理由として,Siはスケール/鋼界面の凹凸を激しくさせてスケール内に取り込まれるCu量を増加させるためと説明している。Pに関しては,Cuの棒を埋め込んだ試験片の引張試験からγ粒界へ液相Cuが侵入しにくくしていると推定している92)。Nicholson and Murray20)は赤熱脆性に関して,鋼中のNi, Sn以外にSi,Mn,Alの影響を調べている。スケール下部の組織観察から,界面近傍のスケール下部には金属Cuが粒状にスケール内に取り込まれてるOcclusionがあり,Si,Mn,Alの添加ではスケール内へのCuの取り込み量が多くなり,赤熱脆性が発現しにくくなっていることを示している。Nagasakiら93)はさらにB,Pの赤熱脆性抑制作用に関して調査し,ホウ素(B)は液相Cuの粒界浸潤性を低下させること,Pは液相Cuの析出量の減少と析出形態をフィルム状から塊状へ変化させ,さらに液相Cuの粒界浸潤性を低下させる作用も有することを示している。Webler and Sridhar94)は酸化実験によるスケールの観察から,Si添加の場合,液相酸化物と液相Cuが混ざりやすいことを示している。しかし,Mnは酸化挙動に影響を与えずCuの析出挙動に影響がないこと,同じくAlに関してもCuの析出挙動に影響がないことを示している。Shibataら92,95)は,さらにMn,C,B,Sの影響も調査しており,いずれも赤熱脆性を抑制する作用があることを示している。Mn, Sに関しては界面の液相Cu量の析出量を減少させる作用があり,CはPと同様に液相Cuの粒界への侵入を阻害する作用があること,Bは析出量を減少する作用と粒界への液相Cuの侵入を阻害する両方の作用があることを示している。
(3)前処理および熱処理の影響スケールが生成する前の鋼表面にショットピーニングによる前処理を行うことで赤熱脆性の抑制作用があることがTakemuraらによって示されており96),鋼表面の細粒化にともないスケール/鋼界面のミクロな凹凸形成により赤熱脆性が抑制される機構も明らかにされている97)。
スケールが生成する際の熱処理条件の影響も調査されている。Shibataら92)は熱処理で鋼の粒径を変えた鋼にCu棒を埋め込んだ試験片を作製し,鋼の結晶粒径の赤熱脆性感受性への影響を調べる実験を行い,粒径が小さいほど赤熱脆性の感受性が低いことを示している。粒径が小さくなることで同一の析出Cu量であれば粒界への侵入深さが浅くなるためと説明している。Nicholson and Murray20)は酸化雰囲気中の水蒸気濃度のスケール中に取り込まれるCu量への影響を調査し,水蒸気濃度が低いほど取り込み量が多くなっていることを示している。Hatanoら98,99)も,従来多くの赤熱脆性評価の酸化実験が大気雰囲気で行われてきたのに対して,実プロセスと同様に水蒸気を含む雰囲気での赤熱脆性評価を行っており,水蒸気を含有する雰囲気では赤熱脆性を悪化させることを示し,水蒸気雰囲気の酸化ではスケール/鋼界面が平坦になるため,凹凸形成にともなう析出Cuの排出作用(Occlusion)が軽減したためと推定している。Shibataら95)も酸化雰囲気中に水蒸気が存在すると赤熱脆性が促進されること示している。Webler and Sridhar94)は酸化実験からスケール/鋼界面に濃化するCu量を定量的に扱う試みを進めている。実験では酸化だけで鋼の粒界にCuが浸潤しており,酸化によって鋼に引張応力がかかる状態,すなわち小さすぎるサンプルを使用したものと推定される。しかし,Cuの濃化析出量を酸化によるFe損失と鋼中へのCuの拡散量との差に由来するとして,数値計算の試みも行っており,このようなCu析出量を定量的に扱う有力な手段である。
以上述べてきたように,赤熱脆性に関しては元素添加や熱処理条件での赤熱脆性の抑制作用が報告されており,圧延実験や実機で検証され,開発された技術が実用化されることが期待される。
鉄鋼材料表面に生成する高温酸化スケールに関する研究を概観してきた。最後に今後の本分野の研究への期待を述べる。まず,鉄鋼材料の高機能化にともない,Si等の合金元素を利用する場合が増えてきている。スケール厚だけではなく,様々なスケールの特性に合金元素がどう影響するのかの研究が必要になると考えられる。次に,今回引用した文献の半数以上は日本人研究者によるものであり,スケール関連研究をリードしてきたといっていい状況である。一方で中国の鉄鋼生産量が増大してきており,今後研究も活発になってくると予想される。国内でも引き続き最先端の研究がされることが期待される。さらに,赤熱脆性のように鉄鋼業におけるCO2排出量削減の観点からも注目される課題でもある。このような課題は国内全体,さらには世界全体での課題でもあり,企業さらには国の枠組みを超えた連携での研究が必要であると考えられる。