鉄と鋼
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マーカー実験法によるAl溶融メッキ時に生成するFe2Al5相の成長機構の解明
篠塚 計 江阪 久雄
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2023 年 109 巻 5 号 p. 456-461

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Abstract

In order to investigate the formation mechanism of η phase (Fe2Al5 phase) during aluminizing process, a so-called marker experiment has been developed in this study. Angular and small MgO particles have been placed firmly on the surface of iron plate. Using iron-saturated aluminum melt bath, which was kept at 700 ºC, an iron specimen was dipped for 11 minutes. Then the cross section was metallographically analyzed. MgO particles were found on the boundary between the Al-Fe alloy region and η phase. This fact indicated that Al diffuses into the α-iron but Fe does not diffuse out into the aluminum melt. It also indicated that the formation site of η phase is on the η/α-iron interface. Since the thickness of η phase is proportional to the square root of dipping time, this process is controlled by the volume diffusion of Al atoms in the η phase. It also found that the thickness of iron plate increased with increasing dipping time. This can be explained semi-quantitatively taking into account of the change in the phase and volume between α-iron and η phase.

1. 緒言

溶融アルミメッキ鋼板は高輝度で耐食性・耐熱性に優れ,近年その用途が広がっている。この製造プロセスは,アルミニウム浴中に鋼板を通過させることによって実現されているが,鋼と溶融アルミニウムとの反応が速く,比較的もろい金属間化合物が生成する。Fe-Al系の金属間化合物の中で,Fe2Al5相(以降η相)が粗大で舌状に生成することが知られている131)。その生成の速度論や反応を抑制する方策などが多数研究されており,物質移動でη相の厚みが決まっていること116,1831),アルミニウム浴にSiなど第三元素を添加することによって金属間化合物の生成速度が変わること13,59,1719,21)などが明らかになってきている。しかし,これらの反応機構の詳細はいまだに完全にはなっていない。

ところで,二相の界面において,界面反応がどのように進行するかについては古くから興味を持って研究され,マーカー実験と呼ばれる実験技術が発展してきた3239)。これは接する二相に対して不活性な物質を二相界面に設置し,反応前後でこの物質の位置変化から物質移動や反応サイトを明らかにしようとするものである。接する二相に関しては,固相-固相,固相-液相,固相-気相の組み合わせが考えられる。この中で,固相-固相3234),固相-気相3539)については多くの研究例がある。しかし,固相-液相に関しては筆者らの調べた範囲では報告例が無い。その理由は固相-液相の二相界面の実験の困難さにあると思われる。具体的には,固相表面に設置したマーカーの離脱と考えられる。

溶融メッキプロセスは固相の鋼材と液相のメッキ浴との間の反応であり,上記の固相-液相の組み合わせ例である。本分野の先駆的研究報告のなかで,Nishida2)やShibataら29)は金属間化合物の生成機構を明らかにするにはマーカー実験が必要であると述べている。しかし,マーカー実験が本系に適用されたという報告例は見当たらない。そこで本研究では鋼板の溶融アルミニウムメッキプロセスにおいて,固相-液相の二相界面でのマーカー実験法を確立し,これを利用して界面反応機構について検討を加えた。

2. 実験方法

鋼板の溶融アルミニウムメッキでは,FeもしくはAlが界面を通して移動して,Fe-Al系の金属間化合物が生成することが知られている116,1831)。マーカーとしてはこれらの元素に対して不活性であることが必要である。さらに物質移動を妨げない程度にマーカーは小さいことが必要である。これらの条件を満足する物質として,本研究ではマグネシアレンガを粉砕した粒子を用いた。これらの粒子をSEMにより観察したところ,直径が約5 µmから150 µmの角ばった粒子であった。

本実験では浸漬する鋼材がアルミニウム浴に溶解しないように,鉄飽和のアルミニウム浴を利用した。鉄飽和のアルミニウム浴では浸漬する母材の鋼材は溶解しないとされている3,4,8,16,21)。しかし,マーカー粒子の固着が緩いとマーカー粒子が離脱する可能性があったため,本実験では粒子を鉄板表面に軽く食い込ませるように設置した。具体的には次のような手順である。① ダミー鉄板-1上にMgO粒子をふりかけ,サンプル鉄板を置く。② その上にMgO粒子をふりかけたのち,ダミー鉄板-2を置く。③ ダミー鉄板-2の上からをハンマーで1-2回たたく。④ サンプル鉄板を取り出し,エアーダスターにより付着しなかったMgO粒子を除去する。

なお,浸漬するサンプルは市販の2 mmtの鉄板で,15 mm×30 mm×2 mmとし,#800のSiC耐水研磨紙で表面を軽く研磨した後,エチルアルコールで表面の油脂分を除去した。さらに10 vol%の希塩酸により1分間酸洗することにより,表面の酸化物を除去した。

アルゴン雰囲気下で鉄飽和のアルミニウム浴を700 °Cに保持した。表面にMgO粒子を固着させたサンプルを直上で5分間予熱した後に11分間浸漬した。引き上げ後,直ちに水冷することにより,反応を停止させた。取り出したサンプルは下端から10 mmの位置を水平に切り出し,研磨した。0.3 µmのアルミナスラリーで研磨後,コロイダルシリカでの研磨により仕上げた。観察および分析はFE-SEMおよび付属のEDSにより行った。

3. 結果および考察

3・1 断面組織とマーカー粒子の確認

浸漬サンプルの下端から10 mmの位置の断面組織をSEM観察した結果をFig.1に示す。右側の全体的に暗く観察できる部位はアルミニウムを主体とする領域であり,比較的粗大な塊状あるいは針状の白色の結晶相が観察できる。これらは初晶として晶出したθ相(Fe4Al13相)である。暗く観察できる部分を詳細に観察すると微細な二相からなっていることがわかる。これはAl相とθ相からなる2元共晶組織である。SEM像の明度・コントラストでは識別は困難であるが,θ相の微細結晶からなる層が約5 µmの幅にわたって形成されている。これについては多くの研究報告と一致している14,6,812,14,15,1830)Fig.1のほぼ中央で灰色を呈した粗大な舌状の結晶相が認められる。これはXRDあるいはEBSDによる分析の結果,η相であることを確認している2628)。これは純アルミニウム浴に鉄板を浸漬させた場合1,2,47,915,1720,2225)でも,鉄-アルミニウムの固相同士の拡散対実験をした場合2931)でも見られており,多くの先行研究と一致している。なお,Fig.1の左側の最も明るい領域はα-鉄である。

Fig. 1.

SEM image of the cross section of aluminized steel at 700ºC for holding time of 660 seconds.

Fig.1とほぼ同じ部位をEDSによりFe,Al,Mgの各元素のマッピング分析した結果をFig.2に示す。a)は分析位置のSEM像である。b)のAlおよびc)のFeの分布についてはFig.1で述べた各相の分布に対応してそれぞれの明るさにわずかではあるが差が認められ,舌状のη相,薄い層状のθ相が確認できる。d)に示したMgは,この観察範囲内では約20 µmのやや角ばった粒子状のものが1点だけ認められる。これはマーカーとして設置したMgO粒子であり,今回の観察では全断面で5点認められた。MgO粒子を浸漬したサンプル鉄板に軽く食い込ませたこと,および鉄飽和アルミニウム浴としたことにより,11分間の浸漬中にも離脱することなく,元の位置にとどまっていたと考えられる。MgO粒子の位置はFe飽和のアルミニウムが凝固した領域とθ相の界面の,アルミニウムが凝固した領域側であると判断できる。

Fig. 2.

EDS mapping analysis of aluminized steel at 700ºC for holding time of 660 seconds with MgO marker. a) SEM image, b) Al, c) Fe, d) Mg

3・2 金属間化合物相の成長機構

3・2・1 η相の厚み変化

筆者らは種々の温度に保持をした鉄飽和アルミニウム浴に鉄板を浸漬して,金属間化合物の厚さの推移を研究してきた2628)。そこではいくつかの先行研究例1214,23)と同様に,η相の平均厚さ(dη)は舌状のη相の面積を画像解析より求め,元の接触長さで除することによって求めた。今回と同一条件の,700°Cでの浸漬時間とη相の平均厚みとの関係をFig.3に示す。dηtnで回帰すると,べき数は0.65と求められた。これは0.5に近く,多くの研究者が述べている通り,物質移動律速でη相の厚みが決まっていると考えられる116,1831)。ただし,体拡散の他に粒界拡散の寄与があるためにべき数は0.5より小さくなるとしている報告もある13,15)一方,特に短時間でのアルミニウム浴での浸漬では反応と物質移動の複合律速だとして,べき数は0.5と1.0の間にあるとしている報告例もある23,25)。詳細は今後の検討課題である。

Fig. 3.

Relation between holding time and thickness of η phase at 700ºC.

Fig.1に示す領域でη相の平均厚みを求めたものをFig.3に黒四角で示す。他のデータと同一線上にあることから,MgOのマーカー粒子があることによってアルミニウムメッキの現象が影響を受けていないと判断できる。

不活性なMgO粒子の鉄板側にのみ金属間化合物が生成していたことから,アルミニウム原子が鉄板側へ内方拡散していると結論付けられる。逆に鉄原子がアルミニウム浴方向に外方拡散する可能性もあるが,この物質移動は無視できることを示している。これにより,アルミニウムがθ相およびη相を通して内方拡散し,η/α界面で次式のような反応が起こり,η相がα-鉄の内部方向に成長してゆくと結論付けられる。

  
2Fe+5Al=Fe2Al5

3・2・2 浸漬サンプルの厚み変化

今回の結果に基づけば,生成する金属間化合物の外側の位置は,元の鉄板の表面位置に対応する。鉄板の両面に形成される金属間化合物の外側の間隔を測定し,これから片側の板厚の増分(Δd)を求めた。700°Cの鉄飽和アルミニウム浴での浸漬時間と板厚の増分との関係をFig.4に示す26,27)。浸漬時間の増加とともに板厚は増大することがわかる。今回のマーカー実験の結果を黒四角で示すが,やはり同一線上にある。この点からもMgOのマーカー粒子はメッキプロセスにはほとんど影響がなかったと判断できる。

Fig. 4.

Relation between holding time and increment of sample thickness of steel plate at 700ºC. Red dotted line is the prediction model result taking into account of the phase and volume change between α-iron and η phase. (Online version in color.)

アルミニウム浴への浸漬前後の鉄板サンプルの変化の様子を模式的にFig.5に示す。(1)はマーカー粒子をつけた鉄板の断面図で,当初の板厚を示している。(2)はt秒間アルミニウム浴に浸漬した後の断面図である。MgOマーカーの鉄板側に金属間化合物が生成し,MgOマーカーを取り囲んで鉄飽和アルミニウム融液の凝固組織が形成される。ここでは厚み変化を概算するために以下のように簡略化した。①マーカー粒子の内側に形成するθ相は薄いために省いた。②舌状に形成するη相を平均厚みの一定厚とした。

Fig. 5.

Schematic drawing of change of steel sample before and after dipping in the iron-saturated aluminum bath. (Online version in color.)

ここで,α-鉄中に拡散侵入したAlは全て反応してη相になるとする。その厚みはdηである。その反応に関与した元のα-鉄の厚みを推定する。同様の検討はChenらが行っている22)ので,それにならって記述する。単位断面積で考えると,α-鉄の厚み,密度,原子量をそれぞれdηαραMαと置くと,反応に関与した鉄のモル数は次式で示せる。

  
dηαραMα

同様に,η相の厚み,密度,分子量をそれぞれdηρηMηとすると,反応で生成したη相のモル数は次式の通りである。

  
dηρηMη

前述した化学反応式のモル数比を考慮すると,α-鉄の元の厚みは式(1)のようになる。

  
dηα=2ρηραMαMηdη(1)

ここで,M/ρは体積の次元を持ち,モル体積という物性値である。α-鉄,η相それぞれのモル体積をVmαVmηと置くと,式(1)式(2)のように変換できる。

  
dηα=2VmαVmηdη(2)

式(2)を用い,Fig.5の模式図を参考にすると,片側の板厚の増分(Δd)は式(3)のようにη相の厚みを用いて表される。

  
Δd=(12VmαVmη)dη(3)

ここで,VmηについてはRichardsら6)が提示している59.99×10-6 m3/molという値を用いた。これはNishida and Narita30)が報告している結晶構造および格子定数から求められる値やChenら22)が提示している値に近い。なお,Hibino16)はα-鉄およびアルミニウムのモル体積からη相の原子数に応じて算出しているが,これはη相の結晶構造を考慮していないために受け入れられない。また,Vmαについては金属データブック40)に記載されているραMαとから筆者らが算出した7.09×10-6 m3/molを用いた。これはChenら22)が提示している値に近い。

Fig.2に示したη相厚みの実測データから求めた回帰式を用いて,式(3)に代入して求めた板厚の増分の経時変化の推測値をFig.4中にモデルとして破線で示す。板厚は浸漬時間の増加に伴い増加するという傾向は正しく予測できているものの,実測値は推測値よりも小さい。式(3)を用いた推測はη相が全く拘束を受けない状態での体積変化に基づいている。溶融アルミニウムメッキの場合はα-鉄中に生成するη相が侵入あるいは貫入するように成長するため,周囲からα-鉄の拘束を受けると考えられる。そのため,実際の体積変化量は予測値よりも小さくなったと考えられる。また,今回の検討では薄いものの,η相の外側に形成しているθ相を無視した。このために推測値が高めになったと考えられる。さらに,Cheng and Wang14)がη相の3D形状を明らかにしているように,η相は観察面の奥行方向にも舌状を呈している。生成したη相の平均厚みを用いてη相の体積を推定する際,少し高めに見積もったため,推測値が高めになった可能性もある。以上のようにいずれも推測値と実測値との差を大きくする因子であることを考慮すると,今回の推定モデルは実測値と半定量的に一致したと言える。

先行研究の中には溶融アルミニウムメッキ前後のサンプル厚みの変化に注目した研究も多い1,3,4,8,17,19,21,22,24)。鉄飽和のアルミニウム浴ではサンプルは厚くなると報告されている3,4,8,21)。しかし,元のサンプル表面がどのように変化するのかについては明記されていなかった。今回,マーカー実験によってメッキ前後の鉄板サンプルの表面位置を特定できたことから,アルミニウムメッキ中に生成するη相の生成機構が正確に理解できた。

4. 結言

鉄板に溶融アルミニウムメッキをする場合の,鉄板表面の位置を特定するマーカー実験法を確立した。これにより,固相/液相間で生成する金属間化合物の生成機構を解析した。得られた結論は以下の4点である。

(1)角ばった,不活性なMgO粒子を鉄板表面に食い込ませることによって,固/液間反応を解析できるマーカー実験法を確立した。ただし,鉄飽和のアルミニウム浴として浸漬中に鉄板が溶解しないことが必要である。

(2)MgO粒子のマーカーの内側にのみFe-Al系の金属間化合物が生成したことから,Alの内方拡散が起こり,Feの外方拡散は無視できると判断できる。

(3)η相の成長点,すなわち2Fe+5Al=Fe2Al5という反応が起こる反応サイトはη/α界面であり,生成したη相内を拡散するAlの物質移動によって律速される。

(4)反応に伴う相変化と体積変化を考慮した簡易モデルにより,アルミニウムメッキに伴う板厚変化をほぼ合理的に説明できる。

文献
 
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