鉄と鋼
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論文
リン濃縮スラグからのリン溶出挙動に及ぼす化学的·機械的要因
岩間 崇之 井上 亮中瀬 憲治植田 滋
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2023 年 109 巻 8 号 p. 661-672

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Abstract

Since it has been urgently demanded to secure the secondary phosphorus resources domestically in addition to the establishment of a stable supplying path of phosphate ore from overseas, the recovery of phosphorus from steelmaking slags is attracting attention. The phosphorus-enriched slag obtained by dephosphorizing the high phosphorus hot metal, which was prepared by the reduction of conventional steelmaking slag, is thought to be useful as a raw phosphorus resource. It was reported in our previous paper that phosphorus can be effectively separated from P-enriched slag by the citric acid leaching method. In this study, the effects of citric acid concentration in solution, solution temperature, slag/solution mass ratio, and P-enriched slag composition on phosphorus dissolution behavior were additively investigated. A phosphorus dissolution from the P-enriched slag was significantly promoted by increasing the citric acid concentration in solution. However, even if the solution temperature was increased during leaching, the speed and ratio of phosphorus dissolution from the P-enriched slag did not change. With increasing the slag/solution mass ratio, the concentration of each element in solution increased, while their dissolution ratios decreased. Furthermore, the phosphorus dissolution ratio was suppressed in the case of the P-enriched slag with low CaO and high P2O5 concentrations. Appropriate conditions for various factors affecting phosphorus dissolution behavior from P-enriched slag were discussed.

1. 緒言

リンはその大部分が農業分野で消費されており,国内需要の約88%は肥料用途である1)。一方で医薬品,メッキ剤,半導体エッチング剤,最近ではリチウムイオン電池の電解液など工業分野でも広く利用されており1),現代社会において必須な資源の一つである。しかし,原料となるリン鉱石は,その生産量が上位3か国で世界の74%を占めるほど偏在しており1),この偏在が国際的な供給不安の原因になっている。欧州委員会が2014年にリン鉱石を,2017年にリン(P4)を供給リスクおよび経済的な重要性が高い資源である”Critical raw materials”に指定している2,3)ことからも,リン資源の確保は国家資源戦略上,重要であることが明らかである。このような背景から,消費するリン鉱石を全量輸入に依存している日本1)では,二次リン資源を安定して確保することが急務となっており,さまざまな検討がなされている。その中で,1970年代に下水にリンが含有されていることが認識され始め4),湖沼の過剰栄養化対策としての水域環境保全のために下水からのリン除去の研究がなされてきた。さらに,リン除去技術を利用してリン回収を試みる研究もなされており,生成したリン酸肥料の施肥効果が報告されている516)。リンの二次資源としては下水のほかに畜産廃棄物や工業廃棄物なども候補として挙げられており,これらに下水処理技術を適用してリンを回収することが検討されている1721)。リンの二次資源の中で,近年,注目を集めているのは製鋼スラグである。Matsubae-Yokoyamaら22)は日本国内におけるリンのマテリアルフロー解析を行い,製鋼スラグ中に含まれるリンの総量が輸入リン鉱石中のリン量に匹敵することを示している。この製鋼スラグからのリン回収法について種々の報告2325)がなされているが,その中で,高リン銑を高温で脱リンして高濃度のリン酸を含むスラグ(リン濃縮スラグ)を製造し,これをリン酸肥料として有効利用するとともに,スラグのトータル排出量を削減するプロセスが提案されている26)。その際に得られるリン濃縮スラグ中にはリン酸が約30 mass%まで濃縮されており27),これは天然のリン鉱石に匹敵する28)。一方で,精製リン製品である黄リンは肥料用途のみならず単体リンを用いる工業分野1)でも使用されており,その製品価値が非常に高いことから,リン濃縮スラグからのリン分離プロセスの開発が重要である。著者らはリン濃縮スラグからのリンの分離について酸浸出法の適用を検討しており,これまで浸出液のpH,酸の種類,浸出における撹拌方法,スラグの冷却条件,スラグの高温酸化処理の影響を調べた29,30)。その結果,溶出液のpHを低くして,錯イオンを生成する有機酸を溶出液に添加することでリンの溶出が促進されることを見出した。また,ポットミルを用いて粉砕と浸出を同時に行うことが有効であった。さらに,スラグ作製においてリン濃縮スラグを高温から急冷し,さらに酸化処理を施すことがリンの溶出に有利であった。

リン濃縮スラグの浸出操作を実機規模で行うためには,これらの知見の他に,リンの抽出率や浸出速度の更なる向上,処理スラグ量の増加など,生産性の増強が必須であると考えられる。各種非鉄鉱石の湿式製錬法の一つである浸出法は工業化に成功している手法の一つであり,鉱石からの目的元素の抽出率・浸出速度を向上するため,鉱石の粒径,鉱石/浸出液比,浸出時の撹拌速度・温度・圧力・共存イオン濃度の影響など多くの研究報告がある3137)。それらによれば,鉱石粒径および鉱石/浸出液比は小さいほど,撹拌速度は大きいほど,浸出液温度は高いほど浸出速度が大きくなる。また,酸化鉱の高圧浸出では目的元素の抽出率が高く,薬剤消費を抑えられることから,高い経済性を有することが示されている38)。リン濃縮スラグは酸化物からなることから,原料鉱石の一つである酸化鉱と類似の性質を有しているとみなされ,鉱石浸出に及ぼす上記の諸因子は,リン濃縮スラグの浸出にも同様に影響を及ぼすと考えられる。本研究では,ポットミルとpHコントローラーを組み合わせた粉砕浸出法によるリン濃縮スラグの浸出実験を行い,各元素の溶出挙動に及ぼすクエン酸濃度,浸出液温度,スラグ質量/浸出液量比(S/L比),スラグ組成の影響を調べた。

2. 実験方法

2・1 リン濃縮スラグ

初期リン濃度1.02 mass%の溶銑2.5 tをマグネシア内張りの高周波炉(内径1.0 m)を用いて1400°Cで溶解し,アルゴンガス0.10 Nm3/min/tで底吹き撹拌しながら,上ノズルから酸素1.40 Nm3/min/tを湯面に吹き付けた。同時に,サブノズルから2.61 kg/min/tの石灰をアルゴンガス0.28 Nm3/min/tで湯面に供給し,脱リン処理を25 min行った。処理後にスラグを取り出し,鉄製の容器に入れて大気下で放冷した。得られたスラグを粒径3 mm程度まで粗粉砕し,磁選により粒鉄分を除去した後にさらに粉砕し,篩により25-53 µmに分級して,浸出実験用のスラグ(以下,スラグAと称する)とした。各浸出条件におけるスラグ組成の影響を求めるため,既報30)で用いた「徐冷スラグ」(以下,スラグBと称する)も同様に粉砕・分級し,本実験に供した。

2・2 浸出操作

ナイロン製ミルポットとナイロン被覆鉄球を用いたスラグ浸出試験装置の概略については前報29,30)で述べた。浸出に際しては,0.002,0.005,0.010または0.100 mol/Lのクエン酸水溶液をマグネチックスターラーで撹拌しながら粒状NaOH特級試薬を添加してpH=4に調整したものを初期溶液として用いた。この初期溶液800 mLおよびリン濃縮スラグ粉末1.00 gをスラグ浸出試験装置に入れ,直ちにナイロン製ミルポットを臨界回転数の80%となるように約90 r.p.m.で回転した。浸出試験中は,浸出液に浸漬したpHガラス電極によって浸出液のpHを常時測定しながら自動pH調節装置から初期溶液と同じクエン酸濃度の1 mol/L HCl溶液を滴下して,pH=4一定に保持した。

浸出時の溶液温度は室温(293~298 K),323 Kおよび343 Kの3水準とし,323 Kおよび343 Kへの浸出液の加熱のためにポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)で被覆したカートリッジヒーターを浸出液中に挿入した。所定の時間ごとに,メンブレンフィルターカートリッジ(開孔径0.2 µm)を付けたプラスチック製シリンジで浸出液を2~5 mLずつ採取した。特に323 Kおよび343 Kの実験では浸出液が蒸発して水量が減少するため,浸出実験中は連続的に蒸留水を滴下して浸出液量の変動を極力小さくしたが,採取した浸出液中のナトリウム濃度と初期溶液中ナトリウム濃度との対比から浸出液採取時の浸出液量を算出して,浸出液中の各元素濃度を補正した。

S/L比を変化させた実験では,室温で0.010 mol/Lのクエン酸水溶液800 mLにスラグAを4または8g添加し,0.010 mol/Lクエン酸-1 mol/L HCl溶液を滴下しながらpHを4一定に保持した。

浸出試験終了後,スラグと水和反応生成物が懸濁した浸出液をメンブレンフィルター(開孔径0.45 µm)を用いて減圧濾過し,得られた固相を20°Cに保持したインキュベータ内に48 h以上静置して乾燥した。

2・3 分析

採取した浸出液中の元素濃度は誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)を用いて求めた。また,リン濃縮スラグ粉末0.1 gにNa2CO3特級試薬2.0 gとB2O3特級試薬1.0 gを混合して白金るつぼでアルカリ融解を行い,希塩酸で温浸後にICP-AESを用いてスラグ組成を定量した。さらに,リン濃縮スラグ粉の研磨面と浸出後残渣粉について,エネルギー分散型X線分析装置附属走査型電子顕微鏡(SEM-EDS)により元素マッピングと各鉱物相の定量を行った。

3. 結果および考察

3・1 リン濃縮スラグの鉱物相

スラグAおよびスラグBの分析結果をTable 1に示す。ここで,FetO濃度とは全鉄濃度をFeO濃度に換算したものである。スラグAはスラグBと比較し,CaO濃度が低いがP2O5濃度は高く,またFetO濃度はそれぞれ23.3 mass%と20.7 mass%で大きな差はない。(mass% CaO)/(mass% SiO2)比で表される塩基度はスラグAが7.41,スラグBが5.12であり,通常の製鋼スラグと比較して著しく高い。さらに(mass% CaO)/(mass% P2O5)比(以下,C/P比と称す)を計算するとスラグAでは0.93,スラグBでは1.82であり,後者は純粋な3CaO∙P2O5(C3P)化合物のC/P比=1.18を上回っているが前者は下回っている。スラグAおよびスラグBの断面を鏡面研磨した後にSEM-EDSによる元素マッピングを行った結果をそれぞれFig.1と2に示す。スラグBにおける鉱物相の構成がリン濃縮相であるC3P相,およびウスタイト相,ガラス相(溶融スラグ相),金属鉄であることは既に報告した30)が,Fig.2においてはC3P相がa,ウスタイト相がb,ガラス相がcであり,金属鉄は他の視野で観察された。スラグAにおける鉱物相(Fig.1)は,スラグBと同様にa: C3P相,b: ウスタイト相,c: ガラス相であり,金属鉄相は他の視野で観察された。以上より,スラグAとスラグBとでは各鉱物相の形状は異なるものの,鉱物相の構成は同じであることが確認された。

Table 1. Analyzed chemical compositions of P-concentrated slags (mass%).
CaOSiO2P2O5FetOAl2O3MgOMnO
Slag A30.44.132.723.31.23.05.3
Slag B30)42.58.323.420.71.62.21.3
Fig. 1.

Elemental mapping on the cross section of slag A obtained by EDS a: C3P, b: wüstite and c: glass.

Fig. 2.

Elemental mapping on the cross section of slag B obtained by EDS a: C3P, b: wüstite and c: glass.

リン濃縮相へのリン濃化に及ぼすスラグ組成の影響を明らかにするために,以下の解析を行った。各スラグのリン濃縮相およびガラス相についてそれぞれ25~70点ずつSEM-EDSによる定量分析を行い,式(1)で表されるリン濃縮相とガラス相間のリン分配比LPを求めた。

  
LP=(mass%P2O5)inC3P(mass%P2O5)inliquid(1)

ここで,(mass%P2O5)in C3PはC3P相中,(mass%P2O5)in liquidはガラス相中のP2O5質量濃度である。このLPとスラグ塩基度,スラグ中FetO濃度,スラグのC/P比との関係をそれぞれFig.3(a)~(c)に示す。また,リン濃縮相中のFeO濃度との関係をFig.3(d)~(f)に示す。スラグBにおいてLP値の範囲が大きい理由は後述する。通常の製鋼スラグでは,その塩基度がCaO-SiO2-FetO系状態図における2CaO∙SiO2(C2S)のノーズ先端(およそ3.2)より高い場合,塩基度が上がるほど,またFetO濃度が下がるほど,C2S相/スラグ融体間のリン分配比は63から19まで低下する39)。本研究におけるリン濃縮スラグの場合も,Fig.3(a)に示すように,塩基度が上がるとLPは低下するが,LPは19以下であり,通常の製鋼スラグと比較して低い。一方,Fig.3(b)に示すLPとスラグ中FetO濃度の関係は通常の製鋼スラグと逆になっている。この理由は,通常の製鋼スラグにおけるリン濃縮相であるC2S相(低濃度のC3Pを固溶する)中にはFeOが固溶しないのに対して,リン濃縮スラグにおけるC3P相中には,Fig.3(e)に示すように,スラグ中FetO濃度の上昇に伴ってFeOがより高濃度に固溶するため,相対的にC3P相中のリン濃度が低下してLPが低くなることにあると考えられる。Fig.4にC3P相中のFeO濃度とSiO2濃度の関係を示すが,いずれのリン濃縮スラグにおいてもC3P相中のSiO2濃度が低いことから,C2Sを主体としたC2S-C3P相ではなくC3Pを主体とした固溶体相が形成していることになる。そこで,リン濃縮スラグ中の固液相間のリン分配LPやリン濃縮相中のFeO濃度とSiO2濃度を,スラグ塩基度よりむしろC/P比との関係で整理することを以下で試みる。

Fig. 3.

Relationships between phosphorus distribution ratio and FeO content in C3P and basicity, FetO content and C/P ratio in slag.

Fig. 4.

Relationships between FeO and SiO2 contents in C3P phases.

モル濃度表記でのCaO-FetO-P2O5系状態図40)Fig.5に示す。C3PのC/Pモル比=3(質量比で1.18)に対応する破線も図中に示している。この破線よりスラグ中P2O5濃度が低い場合は,C3Pと平衡する液相α~β中のP2O5濃度が低いのでLPは高くなり,一方で破線よりスラグ中P2O5濃度が高い場合は平衡する液相γ~δ中のP2O5濃度が高いのでLPは低くなる。Fig.5中に本研究のスラグ組成をプロットした結果,スラグAのP2O5濃度は破線より高く,スラグBでは破線より低くなっており,Fig.3(c)に示すスラグのC/P比とLPの関係が説明できる。また,スラグのC/P比がFig.5の破線の上側にある(スラグ中のP2O5濃度が高い)ということはC3Pを形成するためのCaOが不足していることを意味し,C3P生成量が減少する,即ち固相でのリン濃縮度が低下するために,Fig.3(c)に示すようなLPの低下につながる。また,Fig.5においてはC3P中にFeOは固溶しないが,著者らはC3P-Fe3(PO4)2固溶体を合成できた30)ことから,この不足分のCaOを補うためにスラグ融体中に豊富に存在するFe2+がC3P相中の二価陽イオンサイト(本来はCa2+サイトであった場所)に入り込んでC3P-Fe3(PO4)2固溶体になると考えれば,Fig.3(f)およびFig.4においてスラグAにおけるC3P相中のFeO濃度が上昇することが説明される。つまり,LPおよびC3P相中FeO濃度の変化はC/P比との関係で考えることが妥当とみなされる。一方,C/Pモル比が3(質量比で1.18)を上回るスラグBでは,過剰のCaOがスラグ中のSiO2と結合してC2Sが生成しC3P相中のC2S固溶量が上昇すると考えると,Fig.4においてスラグBにおけるC3P相中のSiO2濃度が高くなることが理解される。C3P相中のC2S固溶濃度は高温合成時あるいは徐冷過程での固溶反応の進行度によって定まるが,今回の合成操作のように反応容器が大きくて全体的な平衡に達しにくい実験系では,スラグ各部でC2Sの固溶反応の進行度に差が生じるため,スラグBにおけるC3P相中のSiO2濃度がFig.4のように大きくばらつき,このC2S固溶濃度の変動によってスラグBのLP値(Fig.3)に大きな幅が生じたと推測される。一方,スラグAのようにCaOが不足している場合は,C2Sが固溶しにくいためにC3P相中のSiO2濃度がFig.4のように低くなり,結果的にLP値の幅がFig.3のように小さくなったと思われる。

Fig. 5.

Composition of slag A and B plotted in CaO-FetO-P2O5 phase diagram40).

3・2 浸出に及ぼすクエン酸濃度の影響

スラグAと浸出液とのS/L比=1.25 g/Lの浸出実験において,クエン酸濃度を変化させた浸出液中の各元素濃度の経時変化をFig.6に示す。クエン酸濃度を0.002から0.010 mol/Lに増加させると,24 h後のリン濃度は47から67 mg/Lへ,カルシウム濃度は67から98 mg/Lへと上昇するが,0.010 mol/Lから0.100 mol/Lまで増加させるとリンの溶出濃度は127 mg/Lへ,カルシウムの溶出濃度は193 mg/Lへと約2倍まで大きく上昇する。一方で,24 h後の鉄,ケイ素,マンガンの溶出濃度は,クエン酸濃度を0.002から0.100 mol/Lに増加しても,それぞれ95から112 mg/Lへ,20から24 mg/Lへ,29から39 mg/Lへと上昇するに過ぎず,リンおよびカルシウムほど大きな濃度上昇は見られない。Fig.7(a)~(c)に浸出24 h後における各元素の溶出率RMとクエン酸濃度,温度,S/L比の関係をそれぞれ示す。ここで,RMは次式25)で算出した。

  
RM=CM×VW×xM/100(2)
Fig. 6.

Comparison of dissolution behavior of elements eluated from slag A in the solution with various concentration of citric solution at room temperature in the experiment of S/L = 1.25 g/L.

Fig. 7.

Dissolution ratios of elements at the 24 h leaching with various experimental conditions.

式(2)中,CMは浸出液中の成分Mの濃度(mg/L),Vは浸出液量(L),Wはスラグ量(mg),xMは初期スラグ中の成分Mの質量濃度(mass%)である。即ち,RMは成分Mのスラグ中の全量に対する溶液中に溶出した量の割合を表している。Fig.7(a)からリン,カルシウムの溶出率はクエン酸濃度を増加させるとともに0.2から0.7まで上昇することが分かる。鉄およびマンガンの溶出率も上昇するが,その上昇幅はリンやカルシウムと比べて小さい。一方でケイ素はクエン酸濃度が0.005 mol/L以上になるとほぼ100%溶出している。従来,酸性溶液中でガラス相の溶出は進行しやすい4146)ことが示されている。本浸出実験においてケイ素の溶出率がほぼ100%であることから,ケイ素が多く分配されているガラス相は24 hの浸出でほぼすべて溶出したことになる。一方でリンやカルシウム,マンガンの溶出率が70%未満,鉄のそれが50%未満であることから,クエン酸濃度が0.100 mol/Lと高くても,リン濃縮相やウスタイト相の溶出は24 hでは完了していない。各元素の溶出率は溶出液中での沈殿生成によって低く見積もられる可能性があるが,浸出後の残渣のXRD分析では,後述するように沈殿物が非晶質のために同定されず,EDS分析でも確認されなかった。一方,Fig.1と同様にウスタイト相は観察されており,Fig.7(a)において鉄の溶出率はクエン酸濃度を上昇させても大きく変化しないことから,鉄イオンはクエン酸と錯イオンを形成して浸出液中に溶存しやすくなる30)ものの,鉄を主要成分とするウスタイト固相の溶出に対するクエン酸量の影響は小さいとみなされる。よって,浸出液中のクエン酸濃度を上昇させることで,酸化鉄相の溶出を抑えながらリン濃縮相(C3P)の溶出を促進できると言える。

3・3 浸出液温度の影響

スラグAを用いた浸出実験において,Fig.8に各元素の溶出挙動に及ぼす浸出液温度の影響を示す。リンとカルシウムについては濃度変化の浸出液温度依存性は小さい。一方で,鉄,ケイ素,マンガンは浸出液温度が高いほど初期の濃度上昇が大きいが,2 h以降はほとんど変化しない。室温における浸出ではこれら元素の濃度上昇はゆっくり進行するが,12 h後には323 Kにおける濃度に達している。24 h浸出後の溶出率と浸出温度の関係をFig.7(b)に示すが,各元素の溶出率の温度による変化は小さい。Duら47)は通常の製鋼スラグからのリンの浸出実験において,浸出液温度を上げると浸出初期のリン溶出速度は上昇するが,120 min以降のリン溶出率の変化は小さいことを報告している。これに対して,リン濃縮スラグを用いた本実験においては,浸出初期におけるリンの溶出速度(Fig.8)も長時間後のリン溶出率(Fig.7(b))も浸出液温度によって変化していないことから,通常の製鋼スラグとリン濃縮スラグのリン浸出性について温度の影響は異なることが分かった。

Fig. 8.

Comparison of dissolution behavior of elements from slag A in 0.010 mol/L citric solution at various leaching temperature in the experiment of S/L = 1.25 g/L.

本実験のM2+(またはM3+)-PO43--クエン酸系水溶液内で生成すると考えられる各種リン酸塩の安定域の温度依存性を検証するために,リン酸塩生成反応の溶解度積から,pH=4,クエン酸濃度0.010 mol/Lにおける各種金属イオン濃度とリン濃度の関係を298,323および343 Kについて求めた。クエン酸イオンは水溶液内で(C6H5O7)3-,(HC6H5O7)2-,(H2C6H5O7)-および(H3C6H5O7)0として存在し48),リン酸イオンもpHによってその形を変える49)が,金属-クエン酸錯体が関与する各種リン酸塩生成反応の一般式は式(3)~(7)となる。

  
3Fe(HcC6H5O7)a2a(3c)+2HdPO4(3d)+8H2O=Fe3(PO4)28H2O(s)+3aHbC6H5O7(3b)+(3a(cb)+2d)H+(3)
  
Fe(HcC6H5O7)a3a(3c)+HdPO4(3d)+2H2O=FePO42H2O(s)+aHbC6H5O7(3b)+(a(cb)+d)H+(4)
  
10Ca(HcC6H5O7)a2a(3c)+6HdPO4(3d)+2H2O=Ca10(PO4)6(OH)2(s)+10aHbC6H5O7(3b)+(10a(cb)+6d+2)H+(5)
  
Al(HcC6H5O7)a3a(3c)+HdPO4(3d)=AlPO4(s)+aHbC6H5O7(3b)+(a(cb)+d)H+(6)
  
Mn(HcC6H5O7)a2a(3c)+HdPO4(3d)=MnHPO4(s)+aHbC6H5O7(3b)+(a(cb)+d1)H+(7)

計算の際にはMinteq.v450)データベースに格納されている各種リン酸塩の溶解度積データの中でpH=4において最も溶解度が低いものを用いたが,このデータベースの中にアルミニウムリン酸塩に関する値が無かったため,次式のAlPO4生成反応の平衡定数Kおよびエンタルピー変化ΔrH51)を考慮した。

  
Al3++HPO42=AlPO4(s)+H+logK8=7.2087,ΔrH8,298K=96.6313kJ/mol(8)

ここで,各反応におけるΔrHは温度によらず一定と仮定し,リン酸塩および錯イオンの生成平衡定数の温度依存性,リン酸イオンおよびクエン酸イオンの溶液内平衡の温度依存性を式(9)のファント・ホッフの式と298 Kの平衡定数値から求めた。

  
(lnKT)P=ΔrHRT2(9)

ただし,Fe3(PO4)2∙8H2O,Ca10(PO4)6(OH)2およびMnHPO4の分解反応,一部の鉄-クエン酸,アルミニウム-クエン酸,マンガン-クエン酸の錯イオン形成反応については,反応に伴うエンタルピー変化ΔrHの報告値は0であった。各クエン酸イオンが関与する全てのリン酸塩生成反応における金属イオン濃度とリン濃度を合算して得られた結果をFig.9に示すが,いずれのリン酸塩においても,金属イオン濃度とリン濃度の関係への温度の影響は小さいことがわかる。

Fig. 9.

Solubility of phosphate at various temperatures at pH =4 and 0.010 mol/L citric solution.

Fig.9中に本実験結果も与える。この実験点を各リン酸塩の計算平衡濃度と比較すると,Mn2+-PO43--クエン酸-水系において両者がほぼ一致していることから,本実験条件下ではMnHPO4が生成することによってリンの溶出が制限されている可能性がある。さらに,本実験結果の温度依存性が小さいことは,計算によって求めたMnHPO4の溶解度積のそれと合致している。浸出前スラグおよび浸出後残渣のX線回折パターンを2θ=10~30°についてFig.10に示す。いずれの試料においてもC3Pのピークが顕著に認められるが,X線回折パターン解析ソフトCrystallographica Search-Matchによればウスタイトの第一ピークは42.03°に存在するため,図中には示されていない。浸出前スラグのX線回折パターン(Fig.10(a))と比べて,浸出後残渣(Fig.10(b)~(d))において,非晶質について特徴的に現れるハローパターンが2θ=17~25°の位置に明瞭に認められることから,浸出液中で非晶質の二次生成物が生成したと考えられる。浸出後残渣のSEM観察およびEPMA分析からはMnHPO4の組成を持つ二次生成物は確認されなかったが,これはMnHPO4非晶質膜がスラグ粉のごく表面のみに薄く生成したためであると思われる。

Fig. 10.

X-ray diffraction peaks obtained by XRD analysis of slag A before and after leaching at various temperatures.

Fig.9に示した直線によれば,pH=4と低い場合はヒドロキシアパタイトなどのカルシウム系リン酸塩の溶解度は高いことから,その生成はリン溶出の阻害要因とはならない。また,鉄やアルミニウム系リン酸塩は弱酸~弱塩基の溶液中で溶解度は低いが,クエン酸との錯体安定度定数が高く安定な錯イオンを形成するため,リン酸塩の沈殿生成は抑制される。一方,マンガンもクエン酸との錯体安定度定数は比較的高いが鉄やアルミニウムほどではなく,また,マンガン系リン酸塩は弱酸~弱塩基の溶液中で溶解度が低い。つまり,前述したように,クエン酸を含む溶液中に溶出したマンガンはマンガン系リン酸塩を生成してリン平衡濃度を下げる可能性があることから,MnOを含まないリン濃縮スラグとすべきである。一方で,Fig.7(b)から,本実験系のような組成のスラグでは,実際の浸出作業における温度の制御は不要である。

3・4 スラグ/浸出液比の影響

Fig.11にスラグAと浸出液とのS/L比を変化させた際のリンの溶出挙動および溶出率を示す。S/L比が高いほど,浸出液中のリン濃度は浸出初期から高くなる(Fig.11(a))が,リン溶出率は低くなる(Fig.11(b))。

Fig. 11.

Dissolution behavior (a) and dissolution ratio (b) of phosphorus eluated from slag A in 0.010 mol/L citric solution at room temperature as a function of S/L ratio.

S/L比が大きくなるほどリン溶出率が低下する現象を説明するために,各S/L比のリン溶出率から,時間tn~tn-1における平均リン溶出速度vP,tn式(10)で求めた。

  
v¯P,tn=RP,tnRP,tn1 tntn1(10)

ここで,RP,tnおよびRP,tn-1はそれぞれtnおよびtn-1におけるリン溶出率である。Fig.12に平均リン溶出速度の経時変化を示す。図において,各S/L比における平均リン溶出速度は浸出初期には大きな差が認められないが,時間経過とともにS/L比が高いほど溶出速度が小さくなっており,即ち,リン溶出に遅れが生じていることになる。Fig.13に浸出後残渣のSEM像を示すが,S/L比が小さいほど残渣の粒径が細かくなっていることが観察される。本浸出実験を通じてミルポット形状,ミルボール個数,回転数は同じであることから,単位時間当たりの粉砕動力投入量EはS/L比によらず一定である。粉砕時間をt,スラグ量をWとすると,単位スラグ重量当たりの総粉砕動力投入量e=t·E/Wであるから,粉砕が進行してtが大きくなると,Wが大きいほど,即ちE/W比が小さいほどe増加量が小さくなり,粉砕の進行に差が生じると考えられる。一般的に鉱物の浸出においては表面積が大きいほど浸出速度は大きくなる52)が,Fig.13から明らかなように,本実験においてはS/L比が小さいほど粉砕が進行して粒径が細かくなるので,Fig.12に示したようにリン浸出が進みやすくなったと考えられる。

Fig. 12.

Average dissolution rate of phosphorus from slag A in 0.010 mol/L citric solution at room temperature.

Fig. 13.

SEM images of residues after leaching in 0.010 mol/L citric solution at room temperature.

以上の溶出リン濃度・リン溶出率(Fig.11),リン溶出速度(Fig.12),浸出後残渣の観察(Fig.13),投入動力についての考察から,ポットミルによる浸出においてS/L比を変化させたときの溶出挙動は次のように考えられる。浸出初期はSiO2を固溶したリン濃縮相であるC3P-C2S相やガラス相のような水溶性が高い鉱物相が溶出する。本実験で使用したスラグの場合,C3P-C2S相よりむしろガラス相が初期に溶出すると仮定すれば,この易溶出相の溶出速度は速やかであるためS/L比への依存性が小さく,S/L比が異なっても浸出初期のリン溶出速度に大きな差は生じないことになる。浸出中期以降のリンの溶出は,水溶性が高い鉱物相と比べてSiO2固溶量が少なくFeO固溶量が多い,即ち溶出速度が低いC3P相からが主となるならば,この鉱物相は溶液との界面積が大きいほど溶出しやすいので,S/L比が低くて単位スラグ重量当たりの粉砕エネルギーが大きいほどスラグの粉砕が進行し,リンの溶出が促進される。よって,バッチ処理量を増加させるために高S/L比で溶出操業を行う場合,溶出率を向上させるためには粉砕動力を上昇させることが望ましいと思われる。

3・5 スラグ組成の影響

Fig.14にpH=4におけるスラグAからの各元素の溶出率をスラグBの結果30)と比較して示す。スラグAおよびBのリン溶出率はそれぞれ0.36と0.43であり,さらにカルシウムの溶出率もスラグAの方が低いことから,スラグAにおけるリン濃縮相であるC3Pの溶出が阻害されている可能性がある。これは,Fig.4からもわかるように,C3P相中のSiO2濃度が低いほど,FeO濃度が高いほどC3P相の溶出が進行しにくい30)ためと考えられる。一方で,ケイ素の溶出率は,Fig.4においてリン濃縮相中のSiO2濃度が高いスラグBの方が低い。これは既報30)で示した通り,スラグBのリン濃縮相は溶出しやすい組成であるが,一方で多量に溶出した元素とともにケイ素が二次生成物として沈殿したためであると考えられる。スラグBからの鉄溶出率も同様に二次生成物の生成で低下すると考えられたが,溶出した鉄イオンの一部はクエン酸イオンと錯イオンを作ることによって溶液中に安定して存在するため,鉄の溶出率はスラグAと比較して高くなる。

Fig. 14.

Comparison of dissolution ratio of elements eluated from slag A and slag B in 0.010 mol/L citric solution at pH = 4.

スラグ組成によって特にリン濃縮相組成が変化するため,リンの溶出性が変化する。よって,高リン銑の脱リンにおいて,リンを溶出しやすい相に濃縮することが望ましい。通常溶銑の脱リンでは,スラグ融体/溶銑間のリン分配に加えてC2S-C3P相とスラグ融体間のリン分配を利用することで脱リン効率を向上できる53,54)ため,高リン銑に対してもC3P相と液相が存在する固液共存スラグを用いることにより脱リンが促進されると期待される。したがって,スラグへのリン濃縮とリン濃縮スラグからの浸出から成るリン分離プロセスを構築するためには,高温において固液共存スラグ中に易溶性リン濃縮相(SiO2濃度が高く,FeO濃度が低い)を生成させる必要がある。この条件を達成するには,3・1項で述べた通り,スラグのC/P比を1.18以上にすることが望ましい。

4. 結言

P2O5を高濃度に含むCaO-SiO2-FeO-P2O5系リン濃縮スラグからの各元素の溶出挙動に及ぼすクエン酸濃度,浸出温度,スラグ/浸出液比,スラグ組成の影響を調べ,以下のことが明らかになった。

(1)スラグ組成によって鉱物相の構成に変化は見られなかったが,スラグのCaO濃度が低くP2O5濃度が高くなるとリン濃縮相中のFeO濃度は高くSiO2濃度は低くなり,リン濃縮相/スラグ融体間のリン分配比は低下した。

(2)浸出液のクエン酸濃度を上げるとリンの溶出は促進され,特にクエン酸濃度を0.010 mol/Lから0.100 mol/Lまで増加させるとリン溶出率は約0.3から約0.7まで2倍以上上昇した。

(3)浸出時の溶液温度を変化させると,浸出初期の鉄とケイ素の溶出は速くなるが,リンとカルシウムの溶出に影響はなかった。

(4)スラグ/浸出液比を増加させると浸出液中の各元素濃度は上昇したが,浸出中のスラグ粒径が小さくならないためにリン溶出速度および溶出率は低下した。

(5)スラグ組成が変化することによりC3P相中のSiO2濃度およびFeO濃度が変化しリン溶出率に影響を及ぼすことから,高SiO2濃度で低FeO濃度のC3P相にするには,スラグのCaO/P2O5質量比を1.18以上にする必要があった。

以上より,リン濃縮スラグからのリン溶出を促進するためにはクエン酸濃度を高く,粉砕エネルギーの投入量を増やして,スラグ組成をコントロールすることが望まれるが,浸出温度の制御は不要であると結論付けられた。

謝辞

この研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(P12004)により行われた。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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