2024 年 110 巻 15 号 p. 1203-1215
Daily and seasonal changes in temperature (T) and relative humidity (RH) were monitored using a sensor network system installed in the Hokkaido Centennial Memorial Tower, built more than 50 years ago using weathering steel, to investigate its corrosion condition. Five T-RH sensors were set at the south side wall, inside the south tower, in the semi-open central area, inside the north tower, and on the north side wall on the 4th, 14th, and 24th floors. The T changed as a function of altitude, location in the floor, season, weather, solar radiation, diurnal cycle, distance from the wall, etc. The highest T of the south wall at daytime in the winter season could rise more than 30 °C even if the outer temperature was below 0 °C due to solar radiation causing the repetition of ice or snow melting in the daytime and freezing of water at night. The change in RH and T inside the tower followed a Tomashov-type RH-T curve (high RH at low T in the morning and evening). In winter, however, T and RH distribution, i.e., high-RH (> ca.60%) area below the freezing point and low-RH area with the high-T, caused air transportation inside the tower, condensation (and freezing) in the low-T area, and drying in the high-T area. In the visual inspections, severe corrosion, such as blistering and peeling, has been observed at the bottom of the tower, where snow has accumulated, and rainwater has stayed for a long time, especially at welds and joints.
鉄鋼あるいは鉄筋コンクリートで構築されるインフラ構造物など社会資本の防食を含む維持管理長寿命化は国家戦略的課題となっている1,2)。また歴史的建造物の保全にも腐食対策は必須となる3)。このような目的のために,構造体全体の腐食や劣化診断および継続的なモニタリングが行われるようになってきている4)。巨大な構造体は,場所により日射や雨掛りの有無,すきまや塗膜,飛来塩分や汚染物などの蓄積状況が異なるために,これらの条件を考慮して場所による腐食調査を行う必要がある5,6)。また人手による構造体全体の場所毎の調査は膨大なコストと時間を要するため,無線による遠隔モニタリング,AIを用いた画像による迅速な診断7),高層部・橋梁底部などアクセス困難部のドローン(UAV)による診断8,9)などが活発化している。
本報で調査対象とした北海道百年記念塔は,北海道百年記念事業の一環として札幌市厚別区の野幌森林公園内に1970年7月に竣工した構造物で,全体が耐候性高張力鋼で作られている。耐候性鋼はCr,Cu,P等を含む低合金鋼で,大気曝露下で表面にさびが生成し,長期間経過後に耐腐食性を有する安定さび層が形成されて腐食進行を抑制することから,塗装などメンテナンスコストが削減できる10)。腐食速度はY=AXB(B≦1),Y:減肉量(mm),X:時間(年),A,B:係数に従うとされ,時間と共に減少する11,12)。さびは初期にはγ-FeOOHが成長し,長期間曝露後には外層,(中層),内層にわかれる13,14,15,16,17,18,19)。内層はCrなどを含む非晶質スピネル型酸化物あるいはαオキシ水酸化鉄の安定さび層となる。この内層はカチオン透過性を示し,外層のアニオン透過性とあわせてバイポーラ構造となることでさび全体として高いイオン透過抵抗を示し,Cl−イオンの侵入やカソード反応を抑制することで腐食速度を低下させる20,21,22,23)。実環境で長期間使用後の橋梁などの実用材あるいは暴露材の調査が多数行われるようになり,安定さび構造の構造やイオン移動度,添加元素の効果,融雪剤など環境因子の影響などに関して調査されてきた12,18,19,21,22,23,24,25,26,27)。
以上見たように,耐候性鋼の腐食状況は腐食環境と密接に関係する。北海道百年記念塔は平坦な森林地に立つランドマークとなっていたが,海岸から直線で10 km離れていたものの海塩飛来量もそれなりにあり,築50年を経て腐食が進行し維持管理費がかさむため2023年に解体された。解体に先立ち北海道大学の腐食研究者グループは,公的研究機関の研究者,構造物検査診断企業の研究員らとチームを組み,腐食状況の調査研究を行うプロジェクトを発足した。計測開始前年に何度か塔内外の腐食調査を行い,ドローンによる外観観察,計測項目の検討,センサネットワーク設置の下見と採寸を行った。鋼材の温度・湿度・濡れ状態などは,腐食に影響する基本的な環境因子である。特に巨大な構造物ではこれらの因子が場所により異なるため,腐食状況もまた場所依存となる。このため,構造体の腐食状態や寿命を推定するためには,構造体全体でのこれら環境因子の把握が求められる。そこで本調査では,構造体全体の温度湿度分布を通年で調査するために構造体内部に温度湿度センサネットワークを設置した。センサ設置の目的を,(1)50年に渡る耐食性鋼の腐食状況をもたらした腐食環境の把握(2)積雪地域の冬季間における腐食環境の把握(3)100 m規模の構造体全体の腐食環境の把握とその方法論の検討とした。現地調査をした翌年1月10日にセンサネットワークを設置して計測を開始し,飛来塩分捕集用ガーゼによる塔内部への飛来塩分調査,塔内の通年温度分布計測,ドローンによる概観撮影,要所での電磁膜厚計,分極抵抗測定による腐食量検査などを約2年間実施した。本報では,温度湿度センサネットワークの構築と通年計測を行った結果について報告する。
塔の外観をFig.1(a)に示す。標塔は高度(海抜)52 mの地に造られた高さ100 m,25階の鉄骨トラス構造体で,全体構造は空に延びる二次曲線,塔断面は「北」の文字,基部は雪の結晶を形象する六角形,塔壁面に多数の凹凸をもつ複雑な外観を示す。外壁には厚さ4.5~6.0 mmの耐候性高張力鋼を用い,8階にガラス窓付き展望室があり,最上階までの保守用エレベーターを有する。周辺環境は住宅地に近い森林で,石狩湾から直線10 kmの距離にある。エレベーターシャフト(4F~24F)および周り階段を含む中央部,その両側の南北空洞構造から成り,垂直方向には1F管理室,8Fガラス張り展望室(一般客はここまで),24Fエレベーター機械室,屋上となっている。8F以外の中央部は,4F~7Fはルーバー,9F以上はネットで外界と仕切られているのみで,基本的に外部解放状態であり,風雨が吹き込む。空洞構造内部へは鍵付きのドアからアクセスでき,内部は梁構造体と足場があり外壁内面へ到達できる。
Overview of the temperature/humidity/atmospheric pressure sensor network installed at the Hokkaido Centennial Memorial Tower. (Online version in color.)
Fig.1(b)に設置したセンサネットワークの構造を示す。構造体全体の温度湿度分布を把握するため,高さ方向に3水準(4F, 14F, 24F),横方向は腐食環境の違いにより,南壁面,南側塔内部(閉鎖空間),中央階段室(半解放),北側塔内部(閉鎖空間),北壁面の5ヶ所,計15ヶ所にセンサを設置することとした。商用電源が使えない状況で長期間運転する必要性,かつ鉄鋼構造体内部で無線が使えないことから,温度/湿度/気圧センサを有線で接続するネットワーク構造とした。総線長が100 mを超えるため,有線ネットワークを,階間を長距離接続するバックボーンと,各階のセンサを接続するサブネットワークの二重構造とし,以下のように機能設計した。(1)窓ガラスに覆われ環境から保護されている8F展望階にプライマリーロガーを設置し,データ収集,記録,ネットワーク全体への電源供給,電話回線を通してクラウドサービスへのデータ転送等を行う。(2)計測各階(4F, 14F, 24F)にセカンダリーロガーを設置する。設置階は階段踊り場的な半開放空間なので,ある程度の耐環境性を考慮する。省電力のためにセカンダリーロガーは常時休止状態とし,プライマリーロガーからの給電で起動し担当階の5個のセンサに電源を供給して計測を行う。計測結果をプライマリーロガーに転送する。(3)バックボーン(階間接続)には平衡ラインで長距離伝送可能なRS485を使用する。(4)サブネットワーク(各階のセカンダリーロガーとセンサ間の接続)には,バス強化i2cを用いる。(5)複数年の運用で発生するデータ量を考慮し,測定頻度は1時間毎とする。(5)センサネットワークとは別に,冗長性担保のため独立した温度湿度センサロガーを同一箇所に設置する。Fig.2(a)に,センサネットワークの構成図を示す。以下,各装置の概要を記する。
(a) Brief circuit of a wire-sensor network system. (b) Primary logger, (c) wire-sensor module, (d) sensor installation. (Online version in color.)
電源:Fig.2(b)にセンサネットワーク回路の外観を示す。プライマリーロガーは日射の得られる8F展望室に太陽電池とともに設置し,低温耐性のある6 V鉛蓄電池に適時充電を行なった。日射不足における過放電や晴天時の過充電を防ぐため,太陽電池の最大出力はバッテリーの過充電電流以下のものを使用した。ロガーは極力省電力とし,システム全体の消費電流は,電話回線(LTE)通信開始時最大500 mA以上,通常の通信時約70 mA,1時間に1回測定で測定開始から通信終了まで1分程度,それ以外の休止状態は約1.6 mAであり,2年間の運用において電力不足は発生しなかった。
コントローラー:プライマリーロガーは何度か更新したが,最終版では32bitマイクロコントローラー(MC,Teensy3.2,Arduino互換)を使用し,ファームウェアはArduino IDEにて作成した。主な機能は以下の通りである。(1)常時スリープ状態とし,リアルタイムクロック(RTC)により1時間毎起動する。(2)セカンダリーロガーへ通電する。(3)セカンダリーロガーからのデータ受信後,セカンダリーロガーへの電源を切る。(4)記録項目は,15個のセンサからの温度・相対湿度・気圧,RTCの時間,電池電圧とする。(5)SDカードへデータを記録する。(6)電子ペーパーディスプレイにこれらの数値を表示する。(7)LTE回線を通じてクラウドサーバーにこれらの数値を送信する。(8)以上を終了後,スリープに移行する。
有線ネットワークライン:プライマリーロガーとセカンダリーロガー間,およびセカンダリーロガーとセンサ間の接続には,コネクタも含めた入手および作業容易性,安価,耐環境性,多芯などの点で市販のイーサネットケーブル(LANケーブル,ストレート接続)に統一した。イーサネットケーブルは2線毎により線となっており,RS485の平衡伝送において同相ノイズ除去に有利である。コネクタ部はケーブル接続後に防湿処理したが,各機器は完全防水仕様ではない。
RS485インターフェイス:プライマリ/セカンダリロガー間を接続するバックボーンのRS485ラインには,市販のTTL-RS485変換モジュール(MAX485)を使用した。カテゴリー6のLANケーブルの導体抵抗100 Ω/km程度であり,本モニターシステムでロガー間距離80 mを想定した際の導体抵抗は8 Ωとなる。ネットワークの両端となる4Fと24Fのロガーに終端抵抗100 Ωを設置した場合,十分な差動信号が得られる。
電子ペーパーディスプレイ(e-paper dispay:EPD):プライマリーロガー本体に用意したデバッグ用シリアルポートに月1回現地でPCを接続して動作状態をモニタしたが,作業に時間を要し,特に冬期間低温中は作業効率が悪いため,現地で一瞥するだけで運転状態が確認できるようEDPに最終データおよび計測日時を表示するようにした。EPDは電源切断後も表示を維持する不揮発性ディスプレイであり,商品タグなどに使用されている。
LTE回線:ロガーとセンサは外気や水に曝される過酷な条件であり,現地にアクセスできるのは月1回に限られ,現地で不具合による装置停止などが判明しても修理などの対応ができない。このため,遠隔から運転状況を確認するために,1時間毎の計測終了後,携帯電話回線(LTE)経由でインターネット上のクラウド計測サーバー(Sakura.io)に測定データを送信した。通信モジュールには「さくらの通信モジュールSCM-LTE-01」を使用した。サーバー上の測定データはWEBブラウザ上でグラフとして確認できる他,ダウンロードできる。降雪などで電波状況が悪い場合などデータ欠損が頻繁に起こったが,遠隔での動作確認には有効であった。
2・4 セカンダリーロガーセカンダリーロガーは8bit MC(Atmega328P,Arduino互換)を搭載し,外部のセンサモジュール(4個)と自身に配置したセンサ(1個)の計5個と通信してデータを収集後,プライマリーロガーにデータを送信する。セカンダリーロガーとセンサモジュールの接続はi2cバスを用いた。i2cバスはノートPC内のキーボードなど,プリント基板内や筐体内の短距離通信に用いられる規格だが,電流バッファ(NXP Semiconductors, PCA9600D)を経由して低インピーダンス化することで通信距離を延長できる。特に塔の裾に近い4Fでは,センサモジュール間の距離は10 m以上になる。
2・5 温度・湿度・気圧センサモジュール(有線センサ)Fig.2(c)にセンサモジュールの外観写真を示す。温度(T)・相対湿度(RH)・気圧(P)センサ(Bosch社製BME280,i2c接続),PCA9600Dバッファ,LANコネクタを含むプリント基板(PCB)を防湿用ポリウレタン樹脂(日新レジン社製アダプト 60L)で封止し,3Dプリンタで作成したケースに収めた。ただし防水仕様ではない。ケースの四端には固定用磁石を埋め込んだ。ケース底面には防湿コーティングを施したセンサモジュールが露出しており,対象物とほぼ密着するようになっている。ただし,後述する様に,すき間がほぼないことからセンサ内部に結露水が滞留してしまい,湿度は短期間しか測定できなかった。
2・6 USBロガー(USBセンサ)測定系の冗長性確保のため,上記の有線センサネットワークとは別に,電池駆動の温度湿度ロガー(Elitech社製LogEt 1 TH型,USB接続,内蔵電池は交換不可)を15個,有線センサと同一箇所に取り付けた。有線センサネットワークが通信等の不調により計測が中断した際は,USBセンサのデータで補完した。記録上限値は16000点で,1時間毎の記録で1年10カ月程度記録できるはずだが,実際には不良品や電池寿命の短いものが含まれていた。USBロガー内のセンサは壁面から8 mm程度離れている。Fig.2(d)に,有線センサとUSBセンサの取り付け状況を示す。
有線センサネットワークの稼働状況だが,(i)低温時のネットワーク内通信不良(ii)降雪など天候等の影響によるLTE回線の通信不通 などの不具合が発生した。現地へのアクセスが月1回かつ滞在時間が半日程度なので,機器の不具合調査や交換作業などの手段が限られ,データ欠損は最後まで無くすことはできなかった。一方USBセンサが動作不良の場合も都度新品に交換したが,その間のデータが欠損した。今回のセンサネットワークシステムは急遽組み上げたため不具合対策がほとんど用意できなかったが,実用のためには冗長性確保やエラーリカバリの仕組みが不可欠なことが改めて確認できた。
3・2 1年間の温度・湿度の測定例以下に1月から約1年間の計測結果の概要を記す。USBセンサ1(4F塔中央,開放環境)のTとRHの通年変化をFig.3に示す。Tは冬季間(12月~3月)の氷点下から夏季の30°C付近まで,RHは天候等に応じて40%から90%以上の範囲で変動した。1月の4日間に有線センサで測定されたT,RH,P,およびその他のデータの例をFig.4に示す。T,RH,Pは階ごとに色分けし,また南側壁面に接触した有線センサのみ白抜きとしている。Fig.4(a)に示すT変化において,夜間では全てのTが氷点下であるが,日中には上昇し,特に南壁面では最大30°C程度に達している。Fig.4(a)に示す気象庁公表の日射強度(Insolation)との比較より,温度上昇が日射強度に対応していることが確認できる。耐候性鋼表面は焦茶色で日射エネルギーを効率的に吸収するため,特に日射が直接当たる南側壁面での温度上昇が顕著である。ただし実際の壁面温度は,入射エネルギーの他に環境温度や風速などが影響するため,壁面最高温度が日射の強さと必ずしも対応するとは限らない。その一方で日射のない場所では日中でも氷点以下の場合もある。Fig.4(b)に示すRHは日中に低くなり,また降雪のある日は高く維持された。また日射により温度上昇が見られた南壁面のRHは他に比べて相対的に低くなった。各階で測定されたP,および気象庁公表の札幌市内降雪量(降雨量)とP(Ref)をFig.4(c)–(d)に示す。P(Ref)は札幌市内測定の気圧を海抜0 mに換算したものである。また記念塔基部の海抜は52 mである。Pは標高が高くなる上階ほど低くなり,また降雪日付近では低気圧の影響で低くなっている。
Changes in temperature and humidity measured by USB sensor 1 placed at 4F. (Online version in color.)
Time-transition of (a) temperature and insolation intensity, (b) relative humidity, (c) pressure measured with the wire sensors installed on three floors in the Hokkaido Centurial Memorial Tower and (d)weather for 4 days in January. Wether data was provided by Japan Meteorological Agency.
1月15日,日中12時に有線センサから得られたT,RHおよびPの空間分布をFig.5に示す。塔の写真とともに示されている数値は測定各階のTで,右から南壁面,南側塔内部(閉鎖空間),中央階段室(半解放),北側塔内部,北壁面である。当日の外気温は氷点下であった。(i)塔中央のTは4Fで外気温が反映した−5°Cだが,上階ほど上昇した(ii)南壁面は日射により温度が上昇し,24Fでは26°Cに達した(iii)南側塔内部の大気は壁面で加熱されて塔内部を上昇するため上階ほど温度が高い(iv)北側塔内部は冷気を保持している(v)北側壁面は弱い日射による温度上昇が見られる などの状況が推定できる。特に南壁面は1月中の早朝の最低温度−10°C付近から日射下での最高温度30°C付近までの大きな寒暖差に曝されることがわかった。このほか,RHはTと逆相関の関係にあること,Pはセンサの標高が高くなるにつれて低下することが確認できた。
Spatial distribution of temperature (T), relative humidity (RH) and atmospheric pressure (P) measured at the Hokkaido Centurial Memorial Tower on January. 15th.
24Fの有線センサとUSBセンサの比較をFig.6に示す。有線センサは点線+白抜きシンボル,USBセンサは実線で示している。センサ11は塔中央,13は南壁面,15は北壁面に接触している。天候は晴れである。日中は日射により壁面のTが上昇する一方,RHは低下した。T上昇は南壁面(センサ13),塔中央(11),北壁面(15)の順で大きかった。同一場所に設置した有線センサとUSBセンサは同程度の温度を示したが,南壁面に接触したセンサ13では温度差が大きく,壁面に密着した有線センサは,壁から離れているUSBセンサより5°Cほど高い値を示した。また壁面の冷却が進む夜間は2°Cほど低い値を示した。RHは有線センサの方が低い値を示した。なお有線センサは,一旦結露するとセンサ内部に水が残留して長期間RHが100%が維持されることがあった。
Daily transition of (a) temperature (T) and (b) relative humidity (RH) on January, 23. (c) Comparison of wire sensor and USB sensor arrangement.
Fig.6に示したセンサ13,15は塔の内壁に設置されているため,外気のRHは反映していない。しかし塔中央のセンサ11の設置場所はほぼ開放状態であるため,測定されたRHは外気の値に近いと思われる。Fig.7に塔中央センサ 1, 6, 11のTおよびRHの経時変化を示す。Fig.5に示したように,日中の壁面温度は上階ほど高くなる。しかし塔中央は開放空間であるため南壁面ほど顕著ではないが,それでも上階となるにつれTが上昇し,特に24F(センサ11)ではその差は明らかである。この温度差のため,RHにも高度依存性が表れている。これらの結果を考慮するに,塔外壁の外側でも日射により鋼板温度が上昇するため,その近傍の雰囲気のRHは低下すると推定される。外部環境は風や壁面に沿った上昇気流など大気移動があるが,表面近傍では層流状態となるため,腐食に影響する鋼板最近傍のRHはこのような状態になっていると推定される。
The transition of (a) temperature (T) and (b) relative humidity(RH) on Febrary 23rd.
Fig.8は2月23日~24日のデータで,23日の天候は雪,24日は晴れ/曇り/雪の不安定な天候である。24日は湿度が高く,壁面に接しているセンサ13, 15はRHが100%に達しており,湿度が低下した翌日でも100%が維持されており,壁面の結露でセンサ内部に水が溜まったフラッディング状態になったと推定される。計測期間が長くなるにつれ,フラッディングによるRHやPの異常値を示す有線センサが徐々に増加したが交換措置は行わなかった。以上の検討より,(i)鋼板温度は密着している有線センサの方がよく反映しているが,湿度に関してはUSBセンサの方が雰囲気の状況をよく反映していると判断される。
Transition of temperature and humidity on Feburary 23~24.
USBセンサで計測された通年のセンサ毎,月毎のT-RH分布をFig.9に示す。季節変動はおおまかに以下の様に分離される。1月:低温安定期,2月:遷移不安定期,3~5月:温度上昇期,6~8月:高温安定期,9~10月:温度降下期,11月:遷移不安定期,12月:低温安定期。Fig.10に典型的なT-RH曲線を示す。破線で示した夏期間では,日中の日射による温度上昇と,夜間の温度低下によるRH上昇と結露の間で日周期サイクルを示す。領域A, Bは氷点以上の挙動で,従来報告されている大気腐食型となる。RH>65%で金属表面に薄い水膜が形成され,金属の湿食が進行するようになる。従って,領域Bが腐食が進行する状態となる。これに対して冬季間では,氷点下の領域Cにおいて水蒸気が氷結するため腐食状況が異なる。(i)氷点以下では水が凍結するため,湿食条件とは限らない。ただし雪が塩類などを含むと濃厚塩溶液層が形成され腐食が進行する場合がある28)(ii)氷点下であっても,日射により鋼板温度が上層すると氷が融解して湿食状態となる(iii)水分の凍結/融解サイクルともなう力学的応力により腐食の促進や鋼材へのダメージが蓄積される可能性がある。以下,特徴的な月について見てゆく。
The monthly T-RH relationship measured by 15 USB sensors. Gray cityscape plot is a histogram corresponding to each axis. (Online version in color.)
(a) Typical T-RH curve; broken line in the summer season, solid line in winter season. (b) Tomashov's atmospheric corrosion model. (Online version in color.)
Fig.9(a)に示す1月は年間で最も気温が低く,温度域が安定して氷点下の時間が長い。RH>65%となる温度も氷点下であり,表面水が氷結している状態が長い。しかし日中の温度上昇により,融点を経由した温度変化過程があることから,鋼板表面で氷の融解・凍結が頻繁に起きうる可能性がある。直接日射を受ける南側壁面(センサ3, 8, 13)の温度変動はそれ以外のセンサより大きく,日中の最高温度は20°C以上となった。これらのセンサは塔内部に設置されていたが,塔中央のセンサ1, 6, 11の設置環境は実質屋外のため,鋼板の外側はこれらセンサのRHが反映していると考えられる。2月(Fig.9(b))では暖かい日が現れることで,1月と比較して温度変化がいくぶん大きくなっている。3月(Fig.9(c))は氷点下の期間が減少し,南壁面の温度は日射強度の増加により最大30°Cを超えている。また塔中央(センサ1, 6, 11)ならびに南側内部(センサ2, 7, 12)の温度も上層階ほど大きくなり,南壁面からの熱流入が大きくなっていることがわかる。さらに,北壁面の温度も塔内部と比較して高くなる傾向を示し,北壁面でも日射の吸収による温度上昇が見られるようになる。RHの変動幅も1~2月よりも増大している。4月以降では温度はほとんど0°C以上となり,Fig.10に示すような典型的なRH-T曲線を示すようになる。7月(Fig.9(d))は4Fと14Fの南側壁面と北側壁面が同程度の温度上昇を示したことから,太陽高度が高くなり両側とも同程度の入射エネルギーが得られるようになったと推定される。これに対して直接日射が当たらない塔中央の温度上昇は相対的に小さかった。9月(Fig.9(e))は季節遷移にともなう低温,高温の2領域が見られる。太陽高度が低くなるにつれ,北側壁面・南側壁面での日射差による温度差が再び顕在化するようになった。またRHが高い方にシフトした。これ以降,月を経るにつれて気温低下が続き,冬型のパターンに遷移した。
3・6 外観調査による腐食状況の概要ここでは,塔の腐食調査結果に関して,本報の温度計測データと関連する部分のみ簡潔に述べる。塔の外側全体はさび層形成による焦げ茶色を呈していた。外壁の垂直面は雨水や雪が残留せず,日射による温度上昇で乾燥する傾向にあるため,重篤な腐食は見られなかった。塔の下階は水平に近づくことで積雪や雨水の残留期間が長くなるが(Fig.11(a),(b))29),鋼板の平面部はやはり重篤な腐食は見られなかった。しかし溶接部や板合わせ部などでは,垂直,水平部ともに所々に亀裂や変形,さびの蓄積によるふくれ(Fig.11)や剥離などが見られた。また垂直部でも複雑な凹構造部分では,残雪や排水孔詰まりによる顕著な腐食進行箇所が見られた。これまで示したように,鋼板表面は外気が氷点下であっても日射により氷点下を上回る温度サイクルに曝され,場所によっては積雪の融解/凍結を経験することになり,積雪や水が残留する部位では冬季間でも比較的長い時間水環境に曝されることになる。また鋼板自身の熱伝導や塔内部の対流伝熱により,直接日射の届かない積雪下であっても融解が進行し得る。こうして生成した水が積雪下での腐食進行に寄与している可能性がある。
(a) The condition of snow accumulation at the bottom of the tower, (b,c) blistering corrosion of steel at the corner edge of the bottom of the tower. (d) Corrosion of steel at the welded site in the vertical face. (Online version in color.)
塔の基部付近の垂直部下端は特に重篤な腐食により鋼板全体がさびに転換し脱落した部分も見られた。これは塔上部からの雨水や積雪に長時間さらされ,またおそらくは積雪の融解/凍結を経験することで力学的ストレスも加わるためと推察される。水は氷結に際して体積が膨張するため,狭隘部に入り込んだ水分が凍結すると材料に力学的ストレスを与え,また密度の低いさび層に吸収された水が凍結することで,Fig.11(b),(c)に見るようなふくれ腐食やさび層の剥離を引き起こしている可能性がある30)。塔内部は雨水雪に直接曝されず基本的には大気腐食が進行すると思われるが,完全密閉構造ではないため場所によっては雨水が侵入したり低温時は結露・凍結が起こっていた。これらの水分が溶接部など鋼板と構造材の間に滞留し,さびの蓄積と力学的ストレスを与え,板材外壁に到達する腐食損失をもたらしていた(Fig.11(d))。以上のことから,腐食環境評価の指標のひとつとして,温度が積雪の融解/凍結を経由する(0°Cを経由する)ゼロクロス時間・頻度が重要であることが示唆される。
実際の腐食量や腐食生成物のより詳細な定性・定量解析,今回計測された腐食環境との関係の解析などは,塔外壁の鋼板サンプル入手後に行う予定である。
北海道百年記念塔に温度・湿度・気圧計測用のセンサネットワークを設置し,塔全体の温度・湿度・気圧の変化を通年測定した。その結果,100 m級の構造体における耐候性鋼表面の温度分布は,高度,風速,方位,日射強度(天候),積雪状況,傾斜など多くの因子に影響されることがわかった。特に冬季間は,外気温が氷点下であっても日中に直射日光をうける南面の表面温度は30°C以上になることもあり,夜間の冷え込み時との温度差は40°Cにも達する。このような温度サイクルに曝されることで,鋼板表面は積雪の融解/凍結を経験することになり,積雪や水が残留する部位では冬季間でも比較的長い時間水環境に曝されることになる。また狭隘部や密度の低いさび層に入り込んだ水分が凍結し体積膨張することで構造材料に力学的ストレスを与え,ふくれさびやさび層の剥離を引き起こすと推定された。
以上のように,構造体全体の通年温度計測結果より,寒冷地における鋼板製構造体の腐食では,水の凍結/融解を含む温度サイクルと力学的ストレスが加わることで,構造体の腐食劣化を促進している可能性が示唆された。
本研究は,日本鉄鋼協会第29回鉄鋼研究振興助成(2020年)の援助を受けました。ここに謝意を示します。