鉄と鋼
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論文
スラグ鋳造時の熱応力亀裂防止のための冷却条件
星野 建 田 恵太矢埜 泰武當房 博幸
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2024 年 110 巻 2 号 p. 51-60

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Abstract

Ferrous Slag Hydrated Matrix has been developed by mixing steel slag as aggregate. The direct casting process from molten slag was investigated instead of the complicated and expensive Matrix manufacturing process. However, cracks during casting can reduce strength. To prevent crack formation, the mechanism of thermal stress crack initiation and the appropriate conditions for casting molten slag in rock form were investigated by casting experiments, sound measurements, and thermal stress analysis. Compared with the slag cooled in the mold, the slag under the optimum cooling condition suppressed the cracks and did not cause cracks inside the slag. The crack sound was measured by sound measurements. To suppress the cracks, it was suggested that the temperature in the slag should be uniform quickly within 10 min after the slag injection. The required solidification shell thickness could be estimated based on the tensile stress generated on the slag surface. Through casting experiments and thermal stress analysis, cooling conditions to suppress thermal stress cracks in slag casting were revealed. In other words, it was found that when the molten slag is poured into the mold and then is demolded at the stage where the solidification shell thickness sufficiently exceeds the strength of the slag surface against the tensile stress applied to the solidification shell. The solidified slag is thermally insulated, and the temperature inside the slag is uniform. It cools while remaining uniform.

1. 緒言

鉄鋼製造プロセスにおいて製銑および製鋼工程で副産物として鉄鋼スラグが発生する。鉄鋼スラグは主に高炉スラグと製鋼スラグに分けられ,国内で毎年約3,500万t産出されている1)。製鋼スラグの主な用途は,路盤材,土木・港湾材料である。近年,製鋼スラグを骨材として配合する鉄鋼スラグ水和固化体が開発され,鉄鋼スラグ水和固化体製人工石が天然石材の代替として港湾工事に利用されている2)。人工石の製造過程では,発生したスラグの破砕・粒度調整,含有するfree-CaOの水和膨張防止のためのエージング3),石状に加工するための高炉スラグ微粉末および水等との混練,打ち込み,養生,粗破砕加工等の多くの工程が必要である。また,製鋼スラグを微粉末として配合するコンクリートが研究されている4)。高炉スラグ微粉末代替を目標としているが,一般的に高炉スラグ微粉末と比較して反応性が劣ることが課題である。溶融スラグから鋳造して直接大塊状の鋳造石に製造できれば,上記工程の削減が期待でき,反応性の乏しい製鋼スラグでも活用できる。

Nakaseらは,Fe,P2O5,CaOの循環利用を目的として,ロータリーキルン方式による製鋼スラグからの鉄および燐回収技術を検討した5)。脱鉄および脱燐した後のスラグに関して,用途拡大のため,塊成化技術が求められている。

鉄鋼分野では造塊法により大型の鋼塊が鋳造されているが,スラグ分野ではスラグ大塊の鋳造は実施されていない。スラグの熱伝導度は2.0W/m・K未満であり,鋼の約1/10~1/100と小さいため6),冷却凝固過程で内部と表面で温度差が生じ,熱応力により亀裂が生じる。そのため,一般的な造塊法では,スラグ大塊の製造は困難であると推定される。ガラスやセラミックス等の無機材料では,熱応力による亀裂を防止するため,高温状態から冷却する際,炉内で徐冷して内部の温度差をできるだけ小さくして製造されている7,8)。都市ごみ焼却灰の溶融スラグでは,徐冷することでブロック状鋳造石を製造している9)。しかしながら,鋳造石の強度に関する考察がされていないこと,鋳鉄鋳型を用いた過度の徐冷では生産性を満足できないことから,鋳造石の製造プロセスとして実用化していない。熱応力による亀裂が生じずに,できる限り迅速にスラグを凝固させるには,熱応力による亀裂が発生する温度域やスラグ内部の温度分布を調査し,亀裂を抑制できる冷却条件を明らかにする必要がある。

一般的には有限要素法による熱応力解析を行うことで,亀裂を引き起こす熱応力の評価を定量的に行うことが可能であり,ガラスやコンクリートを対象とした解析が行われている10,11)。評価する材料の基礎物性(ヤング率,ポアソン比,熱膨張率,密度,比熱,熱伝導率)の温度依存性が分かっていれば,詳細な熱応力解析が可能である12)。Taらは板状の高炉スラグを対象とした亀裂現象に関する熱応力解析を報告した13)。しかしながら,塊状の凝固過程における亀裂現象に関する熱応力解析は未だ行われていない。熱応力解析の妥当性を把握するためには,実験による亀裂発生有無を確認する必要がある。

亀裂をその場測定するための方法として,亀裂形成によって発生した弾性波を利用するアコースティックエミッション(AE)法が用いられる14)。Evansらはセラミックス,Kumagaiらは耐火物内で熱応力亀裂によって発生した弾性波をAEセンサーで捉えている15,16)。しかしながら,セラミックスや耐火物と異なり,溶融スラグの冷却凝固過程では,センサーを接触させて測定するAE法の適用は難しい。

本研究では,スラグを鋳造する際に亀裂を抑制できる冷却条件を明確化することを目的に,凝固後の冷却時の亀裂の観察,亀裂発生を捉えるための音波測定,および冷却中の熱応力解析を実施した。それらを比較評価することで,亀裂発生メカニズムを調査した。

2. 実験方法

2・1 スラグ鋳造実験方法

製鋼スラグから鉄および燐を回収後のスラグを大塊状に鋳造する条件を検討した。ロータリーキルン方式で製鋼スラグから脱鉄,脱りんする場合,塩基度CaO/SiO2=1.2~2.0が想定されている5)。本研究で用いたスラグ組成をTable 1に示す。鉄,りんをほぼ含有しない塩基度CaO/SiO2=1.2の高炉スラグを用い,溶融高炉スラグ10 kgを円柱状に鋳造する実験を行った。各実験のフロー図をFig.1に示す。本実験は4水準の実験で構成される。

Table 1. Chemical composition of BF slag (mass%).

CaOSiO2Al2O3MgOMnOTiO2SP2O5T.FeCaO/SiO2
41.634.514.66.70.20.50.700.41.2
Fig. 1.

Experimental flow charts of Case 1~4. (Online version in color.)

Case 1,2では冷却条件による亀裂生成有無を確認した。Case 1はスラグの表面と内部で温度差が大きい状態で冷却し,Case 2ではスラグの表面と内部で温度差が小さい状態で冷却した。

Case 1の概要をFig.2に示す。本実験は,スラグを溶解する高周波溶解炉,スラグを鋳造する円筒型の鋳型で構成される。スラグ溶解用坩堝は,外径230 mm,内径200 mm,深さ300 mmの黒鉛製である。円筒型の鋳型は,外径160 mm,内径140 mm,深さ300 mmのSS400製であり,2分割できる構造である。凝固したスラグおよび鋳型の温度をR熱電対およびKシース熱電対を用いて測定した。R熱電対およびKシース熱電対の使用温度範囲はJIS C 160217)で規定されており,測定対象温度に応じて使い分けた。Kシース熱電対は1473 K以下対応のため,鋳型に熱電対の先端を溶接し,鋳型の測温に用いた。R熱電対は1873 K未満対応のため,アルミナ保護管(ニッカトー製SSA-S 6)を介し,凝固スラグの測温に用いた。円筒型の鋳型の熱電対の位置は,高さ110 mm,表面から中心方向に5,10,15,20,70 mmとした。高周波溶解炉内の黒鉛坩堝内で高炉スラグ10 kgをN2雰囲気下,1773Kで溶解し,30分間保持した。その後,溶融高炉スラグを円筒型の鋳型に注入し,室温まで冷却することで円柱状試料(直径140 mm,高さ220 mm)を得た(以下,鋳型冷却スラグと呼ぶ)。

Fig. 2.

Schematic diagram of casting experiment with measuring devices in Case 1. (Online version in color.)

次に,Case 2の概要を示す。黒鉛坩堝の熱電対の位置は,高さ50 mm,表面から中心方向に20,40,60,100 mmとした。Case1と同条件で高炉スラグを溶解,温度保持後,溶融スラグを高周波溶解炉内の黒鉛坩堝で冷却速度100 K/hで1073 Kまで徐冷した後に放冷し,塊状試料(直径200 mm,高さ100 mm)を得た(以下,高周波溶解炉冷却スラグと呼ぶ)。

Case 3,4ではCase1,2の結果を受け,スラグの表面の急冷を緩和する冷却パターンを検討した。Case 3およびCase 4の概要を示す。Case 3およびCase 4に用いた実験装置をFig.3に示す。本実験装置は鋳型を外す脱枠装置(Demolding Unit),運搬装置(Carrying Unit),炉底台車(Truck)および電気炉(Electric Furnace)で構成される。脱枠装置は,ハンドアームで鋳型を掴み,脱枠できる構造である。運搬装置は,断熱材を内張りにすることで鋳造スラグからの抜熱を抑制する構造である。断熱材はファインフレックスBIOブランケット(ニチアス製TOMBO No. 5615)を使用した。電気炉はプログラムで自由に温度パターンを設定でき,最大600 K/hで急速昇温が可能である。ヒーターはFe-Cr-Al系発熱体を使用した。断熱材はファイバーマックスボード(イソライト工業製 1800R)およびファインフレックスBIOブランケット(ニチアス製 TOMBO No. 5615)を使用した。電気炉直下の炉底台車は前後でそれぞれ電気炉に蓋ができる構造になっており,炉底台車が前方に出ている時は後方の部分で蓋をすることで,抜熱を抑制できる。炉床板はムライト,土台は耐火断熱煉瓦(イソライト工業製 B6)を使用した。各ユニットは圧縮空気により可動する。本装置内に円筒鋳型およびスラグの乗った手押し台車を装入した後,脱枠装置により鋳型を外し,運搬装置によりスラグを炉底台車へ運搬する。その後,炉底台車により,電気炉内部へ搬送する。手押し台車装入後の一連の流れは全自動で実施される。鋳型に溶融高炉スラグ注入5 min後に手押し台車を装入し,1 minで電気炉内へスラグを搬送した。冷却パターンをFig.4に示す。実線はスラグ表面かつ高さ110 mmの位置の温度を示す。点線は高炉スラグの固相線温度1500 Kである13)。破線および一点鎖線はCase 3およびCase 4の温度パターンの設定値である。Case 3では電気炉内で1423 K,Case 4では電気炉内,1473 Kで6 h保持後,10 K/hで徐冷することでスラグ内部の温度を均一化し,塊状試料(直径140 mm,高さ220 mm)を得た(以下,電気炉冷却スラグと呼ぶ)。

Fig. 3.

Schematic diagram of demolding and insulating apparatus in Case 3~4. (Online version in color.)

Fig. 4.

Temperature pattern of Case 1 and cooling conditions to suppress thermal stress cracks (Case 3 and 4).

2・2 亀裂発生の特定方法

Case 1およびCase 2のスラグ鋳造実験では,スラグの冷却凝固過程で発生する亀裂音を,Fig.2に示すマイクロホン(小野測器製 MI-3231)を用いて測定した。マイクロホンを用いた音波測定は,半溶融物体に対して非接触で亀裂音を検出可能である。マイクロホンのサンプリング周波数は51.2 kHzとした。FIRフィルタリングによって,周辺雑音である2 kHz以下の音をカットした。時間t[s]において捉えた信号f(t)の角周波数ω[rad/s]から亀裂発生のタイミングおよび亀裂の種類を把握するため,短時間フーリエ変換による信号処理を行った。窓関数w(t)を掛けた短時間フーリエ変換F(ω)は式(1)によって表される。

  
F(ω)=w(t)f(t)ejωtdt(1)

ここで,jは虚数単位(j2=-1)である。窓関数w(t)としてHanning窓(式(2))を掛けた。

  
w(t)=0.5{1cos2π(twTc)},if0twTc(2)

ここで,Tcは周期[s],はtwは窓長[s]である。窓長twを10 msとした。

Kashiwayaら18)やNassyrov and Jung19)は高炉スラグにおいて,1773 Kから冷却速度約35 K/s以上で冷却すると,結晶化せずにガラス化すると報告している。金属製の鋳型でスラグを鋳造する場合,鋳型接触面は急冷されガラス化する13)。ガラス相はスラグ表面に薄く形成されるため,強度に影響を与える可能性は低い。亀裂音は,結晶相の部分とガラス相の部分では異なる可能性があるため,結晶相とガラス相の亀裂音の分離を試みた。溶融スラグの鋳造実験の前に,結晶相スラグとガラス相スラグの亀裂音を測定し,特徴を解析した。

1773 Kで溶解させたスラグを鉄板上で急冷することでガラス相試料を作製した。また,Case 2の高周波溶解炉冷却スラグを切断することで結晶相試料を作製した。そして,各試料を直径10 mm×長さ15 mmの円柱状に切り出した。その後,圧縮試験装置(島津製作所製 オートグラフ AG-X)を用いて各試料を載荷した。載荷速度は0.5 mm/ minとした。それにより強制的に亀裂を生じさせ,ガラス相と結晶相の亀裂音の測定および短時間フーリエ変換を実施した。

得られた各試料の特徴を基に,鋳型冷却スラグの冷却凝固過程において得られた音波の特定の周波数帯を抽出し,実効値演算を行い,周期Tcにおける音圧p[Pa]を実効値xrms[dB]に変換した。実効値演算に用いた式(3)を以下に示す。

  
xrms=1Tc0Tcp(t)2dt(3)

2・3 熱応力解析モデル

スラグ冷却凝固過程の熱応力の経時変化を明らかにするため,3次元非定常熱応力解析を行った。解析ソフトウェアは,MSC MARC 2013.00を用いた。円筒モデルの対称性を考慮し,Fig.5に示した4分割モデルを計算対象とした。本モデルでは,液固相間の密度変化による収縮や空隙は考慮していない。スラグの初期温度は高周波溶解炉から鋳型に注入する時の抜熱を考慮して1723 Kとし,鋳型の初期温度は300 Kとした。境界条件として,スラグ上面は輻射および熱伝達するとし,鋳型表面は熱伝達のみとした。スラグおよび鋳型の接触は固着無しとするが,熱伝達は常時変化しないとした。拘束条件として,スラグおよび鋳型の1/4対称面に対して,それぞれ対称方向(x方向,y方向)の拘束を与えた。スラグの中央および鋳型底部の1点に対して,z方向の拘束を与えた。円筒鋳型寸法は,直径160 mm,高さ300 mm,厚さ10 mmとした。鋳型の物性値はTable 2に示す値を用いた。伝熱解析に必要な比熱容量および熱伝導率は,1373 K以下の範囲ではTaらの高炉スラグの測定値20)を用いた。1473~1723 Kの範囲については,Ogino and Nishiwakiの高炉スラグの比熱容量測定値21)を,Kang and Moritaの熱伝導率測定値6)を用いた。密度は,Taらの測定値20)を1723 Kまで直線近似して用いた。熱応力解析に必要なヤング率,ポアソン比,熱膨張率は,1373 K以下の範囲では,Taらの高炉スラグの測定値13)を用い,1373~1500 Kの範囲については,ヤング率は直線近似で1 MPaまで減少させた。ポアソン比および熱膨張率は1373 Kでの測定値で一定とした。スラグ長手方向中央位置について,スラグ表面から中心側に0~65 mmまで5 mm間隔で温度および応力履歴を出力した。

Fig. 5.

Thermal stress calculation 1/4 cylinder model. (Online version in color.)

Table 2. Physical properties of mold (SS400).

Young’s modulus 206[GPa]
Poisson’s ratio 0.3[−]
Coefficient of thermal expansion 11[10−6/K]
Specific heat 0.473[J/(g∙K)]
Thermal conductivity 51.6[W/(m∙K)]
Density 7.86[g/cm3

2・4 溶融スラグの内圧による凝固シェルに加わる引張応力の推定

上記の熱応力解析モデルでは冷却凝固過程における溶融スラグの内圧を考慮していない。溶融スラグの内圧による凝固シェルに加わる引張応力の推定を行った。凝固シェルが薄い円筒供試体における,凝固シェルに加わる引張応力σe[MPa]を以下の式(4)に示す22)

  
σe=prd(4)

ここで,pは溶融スラグによる内圧(=ρgh)[MPa],rは溶融スラグ半径[mm],dは凝固シェル厚[mm]である。また,溶融スラグの密度ρは2.93[g/cm3]とした。

3. 実験結果

3・1 鋳造スラグの亀裂

冷却後にCase 1~4のスラグを切断し,断面を観察することで,亀裂の発生状況を確認した。

Case 1の鋳型冷却スラグの外観および断面をFig.6に示す。上面および底面の外縁部は亀裂により剥離したが,円柱形状は保持した。上面および側面では表層約1 mmはガラス相になっており,内部は結晶相になっていた。表面に平行な楕円状の亀裂,垂直な横方向の亀裂が存在した。また,スラグ上部に大きな空隙がみられた。鋳型冷却スラグは,亀裂がスラグの全面に多数発生しており,天然石代替品として活用できない可能性が高い。

Fig. 6.

(a) Surface and (b) Cross section of slag cast block cooled in mold. (Online version in color.)

鋳型冷却スラグ内温度分布の経時変化をFig.7に示す。ここで,点線は高炉スラグの固相線温度1500 Kである13)。図中に示した時間は,溶融スラグを鋳型に注入した後の経過時間である。鋳型に注入した直後のスラグ表面は鋳型との接触により抜熱されるため,表面の温度が急激に低下した。注入5 min後の表面と内部の温度差は300 K以上あった。注入120 min後では,表面と内部の温度差は15 K以下であった。スラグ表面の冷却速度は600 K/hだった。

Fig. 7.

Change in temperature distribution in slag cooled in mold.

Case 2の高周波溶解炉冷却スラグの外観および断面をFig.8に示す。スラグ表層にガラス相は生じなかった。スラグ上部に体積収縮による引け巣がみられたが,表面から生じた亀裂はなかった。Fig.8(a)では接写撮影で被写体が歪むことにより試料の輪郭が膨らんでみえるが,Fig.8(b)の通り,膨らんでいない。

Fig. 8.

(a) Surface and (b) Cross section of slag cast block cooled in furnace. (Online version in color.)

Fig.9に高周波溶解炉冷却スラグ内温度分布の経時変化を示す。ここで,点線は高炉スラグの固相線温度1500 Kである13)。図中に示した時間は,1773 Kから100 K/hで冷却を開始した後の経過時間である。黒鉛坩堝内で徐冷しているため,初期から均一に冷却された。420 minに放冷開始し,480 minでは,表面が冷却されて僅かに温度差が生じる。その後,再び温度分布は均一となった。スラグ表面から20 mmから100 mmまでの冷却速度は最大約100 K/hであった。高周波溶解炉と物理的に干渉するため,表面から20 mmまでの測温ができなかった。ただし,高周波溶解炉の出力を制御し,黒鉛坩堝からスラグへ伝熱させることで冷却速度を制御したため,表面から20 mmまでの温度はスラグ内部と同等以上と考えられる。

Fig. 9.

Change in temperature distribution in slag cooled in furnace.

Case 1,2の結果から,スラグの表面と内部の温度差が亀裂生成の原因であると推定された。

Case 3の電気炉内で1423 Kまで再加熱した電気炉冷却スラグの外観および断面をFig.10に示す。鋳型冷却スラグと同様に,スラグ上部に大きな空隙がみられた。一方,スラグ表面にガラス相はみられず,全面結晶相になっていた。また,楕円状の亀裂はみられなかった。さらに,表面に垂直な横方向の亀裂の長さは約15 mmであった。電気炉冷却スラグは電気炉で徐冷し,温度を均一化させているため,亀裂は温度差が生じやすい初期に発生していると考えられる。また,亀裂は固相にしか生じない。そのため,凝固シェル厚は約15 mmであったと考えられる。

Fig. 10.

(a) Surface and (b) Cross section of slag cast block cooled in furnace in Case 3. (Online version in color.)

Case 4の電気炉内で1473 Kまで再加熱した電気炉冷却スラグの外観および断面をFig.11に示す。電気炉内でタル状に変形した後,高さ110 mmの位置のスラグ表面が破れ,スラグ内部の溶融スラグが流出した。凝固シェル厚は約5 mmであった。凝固スラグの表面温度が固相線温度付近まで上昇し,側面のスラグ表面が軟化することで,タル状に変形したと考えられる。

Fig. 11.

(a) Surface and (b) Cross section of slag cast block cooled in furnace in Case 4. (Online version in color.)

3・2 亀裂発生の特定

直径10 mm×長さ15 mmの結晶相とガラス相の高炉スラグ試料を載荷して発生した亀裂音のフーリエ解析結果をFig.12に示す。上段がガラス相スラグ,下段が結晶相スラグの亀裂音を示す。ガラス相スラグの亀裂音では,主に3 kHzの周波数のみにピークがあり,結晶相スラグの亀裂音では,主に3 kHzおよび10.2 kHzの2ヶ所にピークがあった。10.2 kHzの音の有無で,ガラス相スラグと結晶相スラグを区別できた。

Fig. 12.

Cracking frequencies with crystalline and glassy parts.

Case 1の鋳型冷却スラグの冷却凝固過程で得られたマイクロホンの波形の周波数帯抽出前後の経時変化をFig.13に示す。上段はマイクロホンで計測した原音の大きさ,下段は原音から抽出した結晶相の亀裂音である10–11 kHzの周波数帯の音の大きさである。0–1 minの音は実験に伴う高周波溶解炉の雑音である。最初の亀裂音は1.5 min後に生じ,5 min以内に計3回の亀裂音,5–10 min以内に計2回の亀裂音が生じた。Fig.7から溶融スラグ注入5 min後における凝固シェル厚は約15 mmであったため,溶融スラグ注入後5 min以内の3回の亀裂音は表面近傍のガラス相に生じた亀裂であると考えられる。溶融スラグ注入後5–10 min以内の2回の亀裂音は表面近傍の結晶相に生じた亀裂であると考えられる。他の多くの結晶相の亀裂音が10 min以降に生じた。スラグ内部の亀裂を抑制するためには,スラグ注入後遅くとも10 min以内に迅速にスラグ内温度を均一にする必要があると示唆された。

Fig. 13.

Original and filtered crack sounds of mold casting by microphone.

4. 熱応力亀裂発生条件の検証

4・1 熱応力解析による凝固中の引張応力の推定

鋳型冷却スラグ内温度分布の経時変化の実測値と計算値をFig.14に示す。ここで,点線は高炉スラグの固相線温度1500 Kである13)。Taらの知見20)を基に,スラグと大気間の熱伝達率10 W/(m2・K),鋳型内面の熱伝達係数hm1=10 W/(m2・K),鋳型上面および側面の熱伝達係数hm2=30 W/(m2・K),鋳型底面の熱伝達係数hm3=20 W/(m2・K),スラグ表面の熱伝達係数hs=10 W/(m2・K),スラグと鋳型の接触熱抵抗R=0.0009 m2・K/W,電気炉装入前の輻射率εe=0.92,電気炉装入後の輻射率εe=0.30に設定することで,温度分布の計算値(実線)と実測値(破線)がほぼ一致した。

Fig. 14.

Change in temperature distribution in slag cooled in mold by heat transfer calculation.

Case 1の鋳型冷却スラグおよびCase 3の電気炉冷却スラグ表面に生じる主応力の経時変化の計算結果をFig.15に示す。ここで,点線は高炉スラグの引張強度10 MPaである13)。実線はCase 1の鋳型冷却スラグ,破線はCase 3の電気炉冷却スラグである。鋳型冷却スラグ表面の引張応力は最大300 MPaと高炉スラグの引張強度の10 MPaを遥かに超え,亀裂が生じると示唆された。液相から固相への相変態によって生じる応力は表面に並行に生じ,温度差による応力は表面に垂直な方向に生じるため,Fig.6における楕円状亀裂は,急冷時に液固相間の密度差に起因する急激な体積収縮によって応力が液固相界面に集中したためであると考えられる。また,表面に垂直な横方向の亀裂は,温度差に起因する熱応力によって生じたと考えられる。電気炉冷却スラグでは,電気炉に入れるまでは引張応力が高炉スラグの引張強度を超過するため亀裂が生じるが,復熱後のスラグ表面の引張応力は最大10 MPa以下に低減され,高炉スラグの引張強度を下回っていた。

Fig. 15.

Change in surface principal stress of slag by thermal stress calculation in Case 1 and Case 3.

Case 3,4の電気炉冷却スラグにおける凝固シェル厚の経時変化の計算結果をFig.16に示す。実線はCase 3の電気炉冷却スラグ,破線はCase 4の電気炉冷却スラグである。鋳型による抜熱でスラグの表面温度は急激に減少する。その後,スラグ内部の熱による復熱で温度が上昇し,スラグ表面と内部の温度が均一に近づく。そして,再び減少する。その結果,復熱後にCase 3の凝固シェル厚は最小約15 mm,Case 4の凝固シェル厚は最小約5 mmになることが示唆された。Fig.10で示した亀裂長,Fig.11で示した凝固シェル厚と一致した。

Fig. 16.

Change in solidified shell thickness of slag by heat transfer calculation in Case 3 and Case 4.

Case 4の電気炉冷却スラグにおける30 min時点での温度コンター図をFig.17に示す。その際,固相線温度である1500 Kを点線で併記した。Case 4の凝固シェル厚が最も薄くなるのは,スラグの高さ110 mmの位置であることが推定され,Fig.11で示したスラグが破れた位置と一致した。

Fig. 17.

Contour plot of temperature of slag at 30 min by heat transfer calculation in Case 4. (Online version in color.)

4・2 溶融スラグの内圧による凝固シェルに加わる引張応力の推定

スラグの高さ110 mmの位置における電気炉冷却スラグの凝固シェルに加わる引張応力の計算結果をFig.18に示す。実線はCase 3,破線はCase 4における式(4)で予測した曲線である。高炉スラグの引張強度10 MPaを閾値として点線で併記した。

Fig. 18.

Tensile stress with solidified shell thickness of slag in Case 3 and Case 4.

Case 3の上部の空隙までの厚みはFig.10において25 mm程度であったため,空隙から溶融スラグの高さ110 mmの位置までは約85 mmであったと考えられる。よって,溶融スラグの内圧は2.4 MPa,凝固シェル厚は15 mmであるため,凝固シェルに加わる引張応力は8.9 MPaとなり,1473 Kにおける高炉スラグの引張強度10 MPaを下回った。それ故に,スラグ表面が破れなかったと推測される。

Case 4の上部の空隙までの厚みはFig.11において15 mm程度であったため,上部の空隙から溶融スラグの高さ110 mmの位置までは約95 mmであったと考えられる。よって,溶融スラグの内圧は2.7 MPa,凝固シェル厚は5 mmであるため,凝固シェルに加わる引張応力は35.5 MPaとなり,1473 Kにおける高炉スラグの引張強度10 MPaを超過した。それ故に,スラグ表面が破れた原因は溶融スラグの内圧に耐えられなかったためであると推測される。

上記により,スラグ鋳造における熱応力亀裂を抑制する冷却条件は,以下のとおりである。

(1)溶融スラグを鋳型に注入する。

(2)式(4)で求められる凝固シェルに加わる引張応力に対してスラグ表面の強度が十分に上回る凝固シェル厚になった段階で脱型する(スラグ内部は溶融した状態にする)。

(3)スラグ全体の温度を均一化した状態で凝固させる。

(4)表面と内部の温度差が生じない冷却速度で冷却する。

5. 結言

溶融スラグを塊状に鋳造する際の課題は,冷却過程で熱応力により亀裂が発生することである。鋳造実験,音波測定,熱応力解析で検討し,亀裂を抑制できる冷却条件を検討した。その結果,以下の結論を得た。

(1)鋳型で冷却したスラグに比べ,最適な冷却条件でのスラグは亀裂を抑制し,スラグ内部まで亀裂を生じさせなかった。

(2)音波測定によって,亀裂音を測定できた。亀裂を抑制するためには,スラグ注入後10 min以内に迅速にスラグ内温度を均一にする必要があると示唆された。

(3)スラグ表面に生じる引張応力を基に必要な凝固シェル厚を推定できた。

(4)鋳造実験および熱応力解析によって,スラグ鋳造における熱応力亀裂を抑制する冷却条件を明らかにした。

①溶融スラグを鋳型に注入する。

②凝固シェルに加わる引張応力に対してスラグ表面の強度が十分に上回る凝固シェル厚になった段階で脱型する。スラグ内部は溶融した状態にする。

③スラグ全体の温度を均一化した状態で凝固させる。

④表面と内部の温度差が生じない冷却速度で冷却する。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業の結果得られたものである。

文献
 
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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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